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5枚の写真は、1971年8月に撮ったものです。 海岸沿いの貨物列車は、室蘭本線礼文付近の礼文華海岸で撮ったものです。 遠景の貨物列車の撮影場所は、不明ですが、もしかしたら洞爺付近で撮ったのかもしれません。 道路沿いの写真は、大沼公園で撮ったもので、旅客列車の牽引車は、D51 1153です。 駅で撮った機関車は、大沼駅に停車中のD52 136とD52 235です。
2026.07.27
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4枚の写真は、1971年7-8月に撮ったものです。 蒸気機関車は、函館本線大沼付近を走るD52 468です。この機関車は、その後梅小路機関区に異動し、現在は、京都鉄道博物館で静態保存されています。 バスは、標津線西別駅から乗車した国鉄バス尾岱沼線です。途中、バスが道路から落輪した時のものです。乗客皆で協力して、この場を脱出しました。車体を水平に戻すために、バスの胴回りにかけたロープを進行方向と直角の方向へ乗客皆で引っ張り、バスが水平になるにつれ少しずつ運転手が車を後ろに動かして、無事脱出です。車掌さんは、このような事故には慣れているようで、てきぱきと、乗客を動員して対処しました。 景色は、野付半島トドワラで撮ったものです。
2026.07.26
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5枚の写真は、1971年8月に室蘭本線でとったものです。 駅を出発する機関車は、D52 204で、長万部駅で撮ったものだと思います。 海沿いの写真は、礼文―大岸間の礼文華海岸で撮ったものです。D52 56、D51 1160などが写っています。
2026.07.25
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4枚の写真は、1971年8月に、函館本線山線上目名駅から線路沿いに歩いてトンネルを抜けて熱郛(ねっぷ)方面へ向かった辺りで撮った急行「ニセコ3号」(103レ)札幌行です。 シュルシュルとジェット機のような音を出して、ニセコ3号が坂を登ってきました。牽引機は、前補機にC622(スワローエンジェル)、本務機はC6215です。
2026.07.24
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5枚の写真は、1971年8月に、函館本線山線小沢駅周辺で撮ったものです。 貨物列車は、キューロクの69624(倶知安機関区所属)が牽引しています。 重連の蒸気機関車が牽引する旅客列車は、急行「ニセコ1号」(104レ)です。前補機はスワローエンジェルのC622で、本務機はC623です。 D51が牽引する旅客列車は、旭川を6時22分出発、函館に19時52分到着の普通列車(122レ)です。牽引機関車はD51327(長万部機関区所属)です。
2026.07.23
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4枚の写真は、1971年7月に、苫小牧市東部に広がる勇払原野で撮ったものです。 D51牽引の貨物列車が、堰堤を登って千歳方面へ向かっています。 苫小牧方面からこちらに向かってくる蒸気機関車はC57です。この旅客列車(229レ)は、函館を8時10分に出発して、岩見沢に18時20分に到着する普通旅客列車のはずです。写真を見ると、なんと、グリーン車が連結されています。当時、この場所で、普通列車にグリーン車が付いていることは考えられません。その理由を調べてみたのですが、これは謎です。どなたかご存じの方いませんか?
2026.07.22
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5枚の写真は。2026年7月20日朝に、上野恩賜公園不忍池で撮ったものです。 蓮の花は、早朝から咲き始め、午後になると花を閉じてしまいますが、実は午後になっても開いている蓮の花があるそうです。聞くところによると、蓮の花は早朝に開き、午後に閉じることを3日間繰り返し、4日目には夕方頃まで美しく咲き続けたあと、散っていくのだそうです。
2026.07.21
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5枚の写真は、1971年7月に、苫小牧市東部に広がる広大な湿原・湿地帯の勇払原野で撮ったものです。 ナメクジの蒸気機関車は、D5197です。 堰堤を登っている蒸気機関車は、おそらくD51454です。千歳線です。苫小牧の方角に、遠く煙突が見えます。製紙工場の煙突で、赤と白に塗り分けられています。
2026.07.20
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5枚の写真は、1971年7月に、苫小牧市東部に広がる広大な湿原・湿地帯の勇払原野で撮ったものです。 蒸気機関車は、室蘭本線を行く貨物列車と旅客列車(230レ)で、それぞれD51とC57が牽引しています。貨物列車は、苫小牧から岩見沢方面に向かっています。旅客列車は、岩見沢方面から苫小牧へ向かっています。 気動車は、キハ82系で、千歳線を行く特急おおぞら2号(函館ー釧路)あるいは特急おおとり(函館-網走)で、苫小牧から札幌方面に向かっています。背景に見える湖は、ウトナイ湖です。
2026.07.19
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4枚の写真は、1971年7月に撮ったものです。 キューロクは、網走駅で撮ったものです。 夜のC58は、網走駅で出発を待つ札幌行急行「大雪」(518レ)です。この列車は、網走から北見までは普通列車(1528レ)で運行されます。 すれ違った貨物列車は、D5154が牽引していました。この写真を撮った場所は、室蘭本線の岩見沢-苫小牧間だと思いますが不明です。 熊の写真は、のぼりべつクマ牧場で撮ったものです。
2026.07.18
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5枚の写真は、1971年7月に、釧網本線原生花園仮乗降場付近で見かけたC58の写真です。 原生花園仮乗降場は、小清水原生花園の最寄り施設で、観光シーズンに合わせて開設されていました。 C5862(釧路機関区所属)、C58119(釧路機関区所属)及びおそらくC58391?(北見機関区所属)が写っています。
2026.07.17
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5枚の写真は、1971年7月に、石北本線金華駅付近および網走駅付近で撮ったものです。 D51734(北見機関区所属)牽引の旅客列車(おそらく1532レ)が金華駅を出発しました。 D51859(遠軽機関区所属)牽引の旅客列車(おそらく1531レ)が金華駅ホームに入ってきて、機関助士がホーム上のタブレット受け機にタブレットを引っかけていました。 機関区の写真は、場所不明です。おそらく網走駅付近から撮った北見客貨車区網走支区の景色ではないかと思います。
2026.07.16
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5枚の写真は、1971年7月に、石北本線金華駅付近で撮ったものです。 本務機D511008(旭川機関区所属)、後補機49600(遠軽機関区所属)の貨物列車が金華駅から常紋信号所に向けて走っていきました。
2026.07.15
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5枚の写真は、1971年7月に、石北本線金華駅で撮ったものです。 ゼブラ模様のキューロク49600(遠軽機関区所属)が、金華駅で待機しています。この後、常紋信号所まで貨物列車の補機として活躍します。 D51157(北見機関区所属)がホームに入ってきました。金華駅で一休みです。
2026.07.14
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5枚の写真は、1971年7月に、石北本線常紋信号所から金華に向かっているときに撮ったものです。 D511008(旭川機関区所属)牽引の貨物列車とD51608(北見機関区所属)牽引の貨物列車が常紋信号所から金華に向かって走ってきました。 ゼブラ模様のキューロク49600(遠軽機関区所属)が単機で峠を下ってきました。金華駅に行くと、49600が補機として坂を登る準備をしていました。
2026.07.13
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4枚の写真は、1971年7月に、石北本線常紋信号所-金華間で撮ったものです。 この区間は、D51が牽引する貨物列車をキューロクを補機に従えて登板する姿を見ることができました。 写真は、69644が前補機に付いた重連の貨物列車です。69644のナンバープレートは、「6 96 44」となっていて、96の数字の前後にある微妙なスペースが興味深いです。
2026.07.12
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5枚の写真は、1971年7月に、石北本線常紋信号所付近で撮ったものです。 常紋信号所は石北本線生田原と金華の間にある信号所で、勾配の途中にあるスイッチバック式の構造で、側線が3本ありました。常呂と紋別の間にあることから、常紋と呼ばれています。
2026.07.11
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5枚の写真は、1971年7月に、石北本線常紋信号所付近で撮ったものです。
2026.07.10
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5枚の写真は、函館本線南美唄支線南美唄駅付近で撮ったもので、南美唄駅に接続している三井美唄炭鉱専用線(三美鉱業専用線)のB6形蒸気機関車の作業風景などです。 蒸気機関車は1号機で、鉄道院時代の番号は2500形2649号です。1905年(明治38年)に製造され、1940年に明治製糖、1967年に三美運輸に渡ったものです。2500形は、アメリカのBaldwin社製で、同系の3形式(2100形、2120形、2400形)とともにB6形と通称されています。 1973年に三美炭鉱が閉山となり、専用線も廃止となりました。 馬車の写真は、たまたま馬車がやって来たので、撮ったものです。
2026.07.09
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5枚の写真は、1971年7月に、美唄駅付近及び美唄機関区で撮った三菱鉱業美唄鉄道所属の蒸気機関車です。 2号機関車は、国鉄4110形と同じものです。動輪が5軸あります。 6号機関車は、国鉄9600形(キューロク)蒸気機関車と同じものです。
2026.07.08
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5枚の写真は、1971年7月に、美唄駅付近及び美唄機関区で撮った三菱鉱業美唄鉄道2号機関車です。 この機関車は、1919年に製造されたE型蒸気機関車で国鉄4110形と同形式です。4110形は、動輪5軸を有し奥羽本線等の急勾配区間で運用されました。 2号機関車は、美唄鉄道が三菱造船(株)神戸造船所に発注したもので、三菱造船にとっては、初めて製造した蒸気機関車です。1972年の美唄鉄道廃止まで使用されました。
2026.07.07
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写真は、1971年7月に、美唄鉄道美唄機関区で撮った4110形蒸気機関車の4122です。 4110形は、鉄道院が製作した急勾配路線用のタンク式蒸気機関車で、動輪5軸を有する強力形蒸気機関車です。奥羽本線等の主要幹線の急勾配区間で運用されていましたが、1948年に、同じく動輪5軸を有するE10形蒸気機関車に活躍の場を譲りました。 4122は、1914年製で、1949年に国鉄から三菱鉱業美唄鉄道へ譲渡され、1971年に廃車となりました。円形のナンバープレートが可愛いです。
2026.07.06
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3枚の写真は、室蘭本線追分駅等で1971年7月に撮ったものです。 C57144が、岩見沢第一機関区所属で、室蘭7時51分発、岩見沢11時51分着の旅客列車(225レ)を牽引していました。 構内で入れ替え作業をしている機関車は、追分機関区所属のキューロク19673です。 前の方だけ写っている写真は、すれ違ったD51509を列車内から撮ったものです。
2026.07.05
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