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 「龍馬伝」は終わってしまいました。

 大政奉還直後の政治状況を、陸奥宗光の「後藤伯」から引用します。

前回 の続きです。



「 もしこの計画にして行われんか、日本は王政と武将政治との調和の下に、封建的合議体の政体を得べかりしならん。

その得失長短はこれを論ぜず、無血の革命を遂ぐるの功は後藤に帰せられ、その盛名は西郷、大久保、木戸の上に出で、土佐の勢力は薩長二藩の上に出でしならん。

而して爾来三〇年日本の国状はおそらくは一種異様の状態を呈しならん(このときの政体の企書、いま 田中光顕子 の家に蔵すと聞く)。




 然れども失敗の悪魔はつねに人を襲わんとしつつあり。



後藤伯が今や鎌倉幕府創立以来の一大変革を談笑の間に行わんとするや、この策略を一掃すべき謀議は、正(まさ)しく他の方面において計画せられつつありき。

すなわち土佐人が主としてその公武合体の意見を実行しつつあるときにあたりて、薩長の二藩、倒幕派の公卿は、その倒幕の意見を実行せんとし、ひそかに勅諚を薩、長、芸の三藩に下し、慶喜を逆賊と号し、兵力をもって逆賊を討つべきを命令せんとす。

ことに驚くべきはこの勅諚を二藩に下さんとしてもっとも苦心せるものが、かつて公武合体の意見を有するのゆえをもって退けられたる岩倉具視なるしことこれなり。

さらに驚くべきことは、この密勅の下りしは実に慶喜公が大政返上の奏議を上げたると同日にありしことこれなり。

かくのごとくして慶喜公が拱手(きょうしゅ)して朝廷の命を待つ間に、薩長両藩の将士は隊伍を整えて兵庫に上陸せり。

幕府の譴責(けんせき)によりて官位を失したる七卿は、その官爵を回復せられたり。

薩、長、芸、尾、越五藩の兵をもって禁門の内外を守衛せしめられたり。

王政復古の大号令なるものは公示せられたり。

而していわゆる列藩、公卿を集むという国是会議なるものの開かるるや、慶喜公はその集会の外に疎外せられぬ。

容堂、後藤伯ら、岩倉を攻撃して論難すといえども、大勢すでに慶喜公窘迫(きんぱく)に傾きてまた如何ともする能わず。

而して慶喜公一旦大政返上の奏議を上りしがため、幕府党の人心、沮喪(そそう)して、よってもって朝廷派を威すに足らざるなり。



かくて土佐派の沈黙となり、薩長、公卿の飛躍となり、慶喜公の失望となり、鳥羽、伏見の戦となり、ついに天下をして薩長の天下とならしめぬ。」





 ということで、政治というものは、今も昔も、あざといものです。



 しかし、現在の民主党政権には、坂本龍馬が当然のことのようにもっていた、戦略的発想も行動力もありません。






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最終更新日  2011年12月03日 04時19分26秒
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