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こんにちは、こはりです。今学んでいるヨガは、身体にかなりはっきりとした負荷と刺激を与えて、積極的に身体の可動域とか能力を開発していくものです。普段の生活の偏りや個人的な癖から、あまり動かさない部分、意識が及ばない部分を見つけ、そこを果敢に開いていきます。それはさながら身体の「僻地開発」とも呼べるもので、今まで全く手つかずの部分であればなおさら、そこを開いていくときの痛快さときたらありません。快感と苦痛の入り交じったような複雑な感覚。表情をゆがめながらも呼吸は止めずに平然としてゆったり深くしなければいけない。呼吸を続けている内にだんだんとほぐれてきて純粋な快感に変わってきます。今まで無関心、無干渉でいたせいで錆び付いた部分、長年ないがしろにされてきた部分は、すねて、ひねくれてしまっているとも言えるかも知れません。そこを俄然、表舞台にあげ主役にしてしまうわけです。積年の無念が晴らされるような爽快さは想像に難くないでしょう。さらに「修正法」という技術を使います。硬く曲がりにくい動作があった場合、補助者にその反対の動作を妨げるように抵抗を加えてもらい、息を吐きながら逆らうように動かしていきます。2、3度繰り返すと劇的に曲がるようになる。ほんの数秒前までできなかった動作が軽々とできてしまうのです。「二人で協力していくあり方」その素晴らしさを体感するとともに、世界にたったひとつしかない自分の身体に対して感謝と敬意と愛着を感じずにはいられません。自分の可能性を広げていく一つの方法として身体を柔軟にしていくということがあります。それは変化の豊かさを体現していくことであり、感覚を研ぎ澄ませていくことであり、こころとアタマを柔らかくしていくことでもあります。逆立ちの練習もしました。「あの人はアタマがカタイから」と言いますが、本当にかたくなります。僕のアタマも恥ずかしながらコチコチでした。床に当たる頭皮が痛いのなんの。当面の目標ができました。アタマを柔らかく、逆さメガネをかけて世の中を見渡すことです!?
2009.01.28
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なおです。私事ですが、先日誕生日を迎えました。一緒に働くスタッフみんなからの 温かい言葉。親や友達からの嬉しいメール。そして本館スタッフから 素敵な寄せ書きをいただきました。 予想外の出来事に 感激!!一緒に働くことはなくなっても こうしてどこかで気にかけてもらえる事は幸せなことです。本当に嬉しかったです。ありがとう。誕生日は 大切な人に“ありがとう”を伝える日。産んでくれた 両親に。毎日一緒に働いている 仲間に。離れているけれど 応援してくれている友人に。そして 今日という日を迎えられることに。大切なことに気付かせてくれた とても幸せな一日でした。去年のクリスマスに ある方から教えていただいた詩があります。日々の中で 忘れてしまいがちなこと。でも いつも心に留めておきたいと思う。とても素敵な詩なので みなさんにもご紹介します。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆2001年9月11日アメリカで起きた同時多発テロの後世界中に配信されたひとつの詩がありました。『最後だとわかっていたなら』 作・ノーマ コーネット マレック/訳・佐川 睦あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたらわたしはもっとちゃんとカバーをかけて神様にその魂を守ってくださるように祈っただろうあなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたらわたしはあなたを抱きしめて、キスをしてそしてまたもう一度呼び寄せて、抱きしめただろうあなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたらわたしはその一部始終をビデオにとって、毎日繰り返し見ただろうあなたは言わなくてもわかってくれていたかもしれないけれど最後だとわかっていたら、一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」とわたしは伝えただろうたしかにいつも明日はやってくるでも、もしそれがわたしの勘違いで、今日で全てが終わるのだとしたらわたしは今日どんなにあなたを愛しているか、伝えたいそしてわたしたちは、忘れないようにしたい若い人にも、年老いた人にも明日は誰にも約束されていないのだということを愛する人を抱きしめられるのは、今日が最後になるかもしれないことを明日が来るのを待っているなら、今日でもいいはずもし明日が来ないとしたらあなたは今日を後悔するだろうから微笑みや、抱擁や、キスをするためのほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと忙しさを理由に、その人の最後の願いとなってしまったことをどうしてしてあげられなかったのかとだから、今日あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめようそして、その人を愛していることいつまでもいつまでも大切な存在だということをそっと伝えよう「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とうそうすれば、もし明日が来ないとしてもあなたは今日を後悔しないだろうから今は亡き、愛する我が息子に捧ぐこの詩を読まれるみなさんが、無関心や忙しさから愛する人にその愛を伝えることを忘れてしまわないようにこの詩が、それを伝えるきっかけになるように、祈りつつノーマ コーネット マレック「最後だとわかっていたなら」ノーマ コーネット マレック・作 佐川睦・訳 より抜粋
2009.01.27
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こんにちは、こはりです。先日こんな言葉に出会いました。やすらぎの時間を持ちなさいやすらぎと静けさの中に過ごす時間は、けっして無駄にはなりません。心を静め、内面の奥深くにあるものについて思いをめぐらすこと、人生で本当に大切なもの、自分の人生を今の人生たらしめているもの、魂の道について思いを馳せることは、誰であろうとも必要なことなのです。(「心の扉を開く」アイリーン・キャディ)最近、ゲストのみなさまと瞑想をすることがあります。あわただしく忙しない日常。世界がめまぐるしく激変する時世。こんな時だからこそ、心を一ヶ所に置き、一旦立ち止まってみる。するといつもは走って通り過ぎていた路傍に、きれいに咲いた花を見つけるかもしれない。やすらぎの里で過ごす時間が、ゲストのみなさまにとって尊い時間になりますように。
2009.01.25
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こんにちは、こはりです。念願の「お蔭参り」してきました。日本の総氏神、天照皇大神を祀る伊勢神宮。江戸時代に起こった伊勢神宮への集団参詣運動は、数百万人規模のものが、60年周期に3回起こったといわれています。それだけ人々を惹きつけて止まない場所。一度は行ってみたいと思ったのでした。早朝まだ薄暗い中、外宮、内宮とお参りしました。率直な感想として、日本人として、いやひとつの生命として、一生に一度はこの場に立ち会わなければいけない、そんな場所に感じました。現世利益的で手前勝手なお願いをするような雰囲気ではまったくありませんでした。賽銭を投げ入れる気にもなれない。目の前にある時空を超えた宇宙的なものを前にして、ただただ茫然として立ちすくみ、絞り出せても生かされていることに対する感謝のみ。式年遷宮を経て2000年間変わらずそこにあり続ける迫力たるや筆舌に尽くしがたいものがあります。外宮はひっそりとしながら、突き刺すような神気が漂っていました。反対に内宮は日本の最高神にして女性の神、アマテラスを祀っているだけあって、荘厳な中にもやわらかな印象を受けました。鳥居越しに太陽が昇ります。その方角はまさに太陽神アマテラス。その無限の愛に改めて気付かされました。
2009.01.21
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なおです。高原館では、ゲストの方がお帰りになる際にお土産にケーキをお渡ししています。今日はそのケーキのご紹介です。『自然の惠ケーキ』お砂糖を使わず、ドライフルーツとくるみを入れて焼いています。ドライフルーツは あんず、いちじく、プルーン、ブルーベリー、レーズンの5種類。 一口食べてみて、その自然の甘みに驚きます。ほんとにお砂糖が入ってないの?と思うくらい。自然の惠がぎゅっと詰まった 贅沢なケーキです。きっと心も大満足☆高原館にいらっしゃる際はこのお土産ケーキも楽しみのひとつに 入れてみてくださいね♪
2009.01.21
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こんにちは。わだです。本館のやちさんがお辞めになりました。高原館のハーブ・ガーデンを作ってくれたのも彼でした。ご縁のあった方からのお誘いがあり、新しい土地で心機一転がんばるそうです。会うたびに、たわいもない話をして楽しませてくれました。「楽しい」思い出ばっかりです。またいつでも遊びにいらしてくださいね。やちさんがくれたハーブバターを使ったガーリックトースト。天然の香り高い味がするのです。マクロビオティックの基本的な考え方に「ハレの日を楽しむために、普段は粗食をする」というものがあります。たまには動物性の食品も楽しみつつ、思い出にひたるのも良いものですね。やちさん、新天地でも「いい味」出してくださいね!
2009.01.16
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こんにちは。わだです。最近、スタッフのみんなのやる気をひしひしと感じます。正月太りをした身としては、焦りを感じます。なので、本日はやわらかいお話を。・・・といっても、おなかのお肉のお話ではないのです。ブレイクブレイク、です。相変わらず休みの日のウォーキングは続けているのですがいっこうに痩せません。それどころか、確実に肥えてきています。なぜか。それは、食べているからです。余分なものを。わかってる~わかっているのに~食べずにはいられーないーもう どうにも とまらない ズンチャ ズンチャ ズンチャ♪なーんて言っていていいのは、若いうちだけです。取り返しのつかないことになる前に、ダイエットします。といっても、きちんと食べるダイエット。お米中心・お菓子はほどほどに・・をがんばりまーす。 こういうの、大好きなんですよねえ。作りすぎ・食べすぎには注意しましょう。とほほ。
2009.01.10
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なおです。遅ればせながら 明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。今年は実家で新年を迎えることができました。紅白を見て 初日の出を拝んで お雑煮を食べて。何とも日本人らしいお正月でした。“人は自分が言葉にした存在になる”これは お正月に読んだ本の中で目にした言葉です。自分が言葉にして その言葉を自分に約束する。そして その約束を生きることを選択する。私も実際に 今年そしてこれからをどんな風に過ごしたいのかを自分の言葉にしてみました。言葉にしてみると 不思議とそれはより明確に そして現実味を帯びてくるような気がしました。大事なのは 自分の言葉にしてみること。言葉という かたち にしてみると 思いはちゃんと自分の“もの”になるようです。新年の始まり 皆さんもご自分の思いを言葉にしてみませんか。アロエの花があちらこちらで咲いています☆
2009.01.09
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和田です。新年ですね。伊豆は快晴です。皆様から沢山の年賀状をいただきました。ありがたく拝見させていただいております。今年も、気をひきしめてまいりたいと思います。
2009.01.02
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こはりです。謹んで新春のお慶びを申し上げます。旧年中は、ゲストのみなさま、スタッフのみなさま、たくさんの方々とのご縁をいただき、幸せな一年を過ごさせていただきました。ありがとうございました。年末からの暗いニュースを見るにつけ、今年も経済情勢は決して明るくないようにみえます。しかし、心は常に明るくありたいと思っています。やすらぎの里がやすらげる場所であり続けるために今後も一層精進していく所存です。今年もみなさまにとって良い年になりますように心よりお祈り申し上げます。「一年の計は元旦にあり」僕は特定の信仰を持ちませんが、縁あって年またぎはある寺の本堂にいました。元朝護摩焚きを拝むためです。数十人の信徒がとり囲む中、ひときわ厳かな袈裟を身にまとった大僧正が護摩のくべられた場所に座します。色とりどりの袈裟を身にまとった僧侶がほら貝を手にして十数名左右にひかえました。賽銭箱の前には年があけた瞬間に初詣をしようとする参拝客がごったがえし長蛇の列をつくっています。年があけた瞬間、ほら貝が一斉に鳴り響きました。続いて読経が始まります。護摩には火が放たれ、みるみる炎が吹き上がりました。ゆったりと始まった経も徐々にスピードが上がっていきます。般若心経にさしかかると合掌する信徒たちのボルテージも一気に上がっていきます。乗じて僧侶たちも各々分担の鳴り物を乱れ打ちして、共振した振動は増幅して腹の底を突き動かすようでした。 興奮が最高潮に達しようとするところで真言の連呼が始まります。不動明王の「ノウマクサンマンダバザラダンセンダマカロシヤダソワタヤウンタラタカンマン」炎と轟音の中、何十回何百回とただただ繰り返します。僕のすぐ前には鮮やかな黄色の袈裟を着た僧がいました。顔を見ればまだあどけない。丸刈りしているので高校球児と言っても通るような。この場にいなければ、きっとかわいい彼女をつれて初詣していてもいいようなくらいです。彼の担当は木魚でした。読経しながら、ただただ乱れ打っていました。一心不乱に経を唱えるその眼差しは顔立ちに似合わず鋭く、そして気高かったです。「今ここにいる」彼はまちがいなく今この瞬間、全身全霊を捧げていました。まだ若い、遊びたい時期ではないでしょうか。だが因縁あって彼は僧道を歩んでいる。その脇でおばあさんが柱になかば支えられるようにしながらも、合掌し必死に真言を唱えていました。現世利益にまみれた大衆のすがる気持ちに応える大乗仏教。科学技術の進展する現代社会、都会のど真ん中に信じられないくらいの非日常、精神世界が展開しているのです。この後一時間おきに護摩焚きは繰り返されるといいます。僕ははっきり彼の中に仏性を見ました。それはなんら奇異なものでなく、人間の本来の有り様を見せつけられたような、憧憬にも似た感情でした。「行住坐臥一切の事勢これ最善の道場」日々の生活の中でできることから始めたいと思いました。生まれてきた意味、生きる意味。「人生に“行”を見い出す」新年のインスピレーション。自分の内に、すでにある可能性に気付くために。
2009.01.01
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