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アタシはアタシの役割を果たしていても永遠にこの檻(家)の中では『オマケ』であることに変わりはない。アタシがどんなに頑張っても彼ら(両親)の要求はとめどない。More(もっと)More(もっと)More(もっと)まだしばらくはココから離れられない。例え離れようと試みても、彼らはどんな手段を使ってでもアタシをココへ引き戻す。彼らと、彼らを取り巻く環境が納得する手段を行使しなければアタシはココから出て行くことは出来ないのだ。『箱入り娘』だとアタシを思ってる人も沢山居る。アタシは想う。『箱入り』ならまだ全然マシだ。アタシの居るところはまるで『檻』だもの。格子の隙間から、外の世界はよく見渡せる。檻の中から見て、手の届く範囲では外の世界に触れることが出来る。「もしかしたら出られるかも?」そんな淡い期待に胸膨らませて、イザ出て行こうとする。しかし現実は頑丈な格子に阻まれて不可能だ。一歩を踏み出す勇気を振り絞るエネルギーはアタシにとっては大きい。消耗しても簡単に補給されない。ココに居たらいずれアタシは壊れてしまう。何度ダメでも、チャレンジし続けないと・・・何度目かの脱出を試みた直後、アタシの身体が悲鳴を上げた。またしばらくエネルギーを溜める期間を作らないと闘えない。深い絶望に見舞われた。そんな時、いつも母は父からアタシを守ってくれなかった。彼女は彼女で『自分の病気』との闘いに必死だからだ。アタシは誰にSOSを送れば良いのだろうか?ある時、知人の前で母は言った。「コレ、○○(おとうと)が好きだったのよ。」ソレはアタシの好きなものでもあるんだよ。「アタシもソレが好き。」と言ったら「あら、知らなかったわ。」そうなんだよね、お母さん。あなたはアタシの好みをほとんど知らない。何度言っても覚えてくれない。多分、この先も『こういうやりとり』は何度も続けられる。アタシは諦めることを知った。アタシに「おまえは投げやりだ」と言った人が居る。アタシに「もっと気楽に行け」と言った人が居る。大きな背中と膝に抱えられて、小さなアタシは聴いていた。読経の響く中で大きな背中と、膝の中と、その人の思い出と、小さな昔のアタシとがグルグル回って行った。人前で泣かなかったアタシは、周りの視線を少し気にしながらもその人を思って泣いた。ただその人と、その人を本当に大事に思った人々を思って私は涙が溢れるままに任せた。昔のアタシも流してしまおう・・・
2005年03月31日
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高校生活はとっても楽しかった。『独りの時間』以外で心底楽しいと思う時間があった。学校生活はすごく充実していた。勉強も楽しかった。良い先生に沢山めぐり合ったと思う。ある授業でアタシは『アイデンティティ』という言葉を知った。初めて聴く単語。思春期の心理状態と密接すると先生は言った。アタシにとって『実年齢』はさほど重要ではない。しかし世間はそう見ない。アタシにとって自分の性別が『女』であることは、極めて重要なことだった。多くの大人たちは自分たちの本心を偽って、平気で『男女平等』などと口にする。「思春期だから自我が目覚めた」とか「男女平等の世の中だから」などと簡単に片付けようとする。自分たちだって「子供」だったクセに生まれた時から「完成した人間」のように振舞う『大人の姿をした子供』が大嫌いだった。アタシは何でも『好き』か『嫌い』で判断した。『なんとも思わない』というのは最悪だ。『なんとも思わない』というのはどうでも良くて、つまり関心がないということだから。『関心があるフリ』はもっとヒドイ。最悪な上に厄介だから。まるで深く係わり合いを持たないのが、最善策であるかのようにアタシの身近な大人たちは『アタシに関心があるフリをした。』高校3年のときに『仲良し集団脅迫症』のクラスメートが沢山増えた。なんでも『調和』『協調』で解決しようとする。それが大人のすることだと勘違いしていたようだ。アタシはこの中で、「とりあえず謝っておく」という自己防御を見出した。自分がそうだからか、アタシは『ウソのゴメンナサイ』をスグに見破る特技を身に付けた。アタシはアルバイトで、多くの親子を見た。色んな家族が居る。色んな親が居る。色んな子供が居る。家(うち)はどうだろう?アタシは疑問だらけになった。漠然と思うアタシの家族は『役割を果たす3人』というだけで、役割以外のことをしてはいけなかった。それ以外の本質?はまだ分らなかった。いや、気付けなかった。うすうす感じてはいても気付かなかった。もしかしたら気付くのが怖かったのかもしれない。それともアタシが鈍感で気付かなかっただけなのかもしれない。「おとうと」が死んで、アタシのこの先の人生は『オマケ』みたいなもんだと気付いた。アタシは『積極的に自分を殺そう』と考えたことはないが『死ぬこと』は全く怖くなかった。どうして怖いかが分らない。生きてることが死ぬことを上回る幸せであると『生』の方が『死』よりも恐怖ではないと当然のように思う『その感覚』が理解不能だった。かといって、肉体(物体)が死滅しても魂(精神)は残るのに・・・などとも思わないのだ。コレは今も変わっていない。
2005年03月31日
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突然だった。「おとうと」が病気になった。家の中の中心は『おとうとの病気』になった。「ゆがんだ家」は『おとうとの病気』によって一瞬、強力な『結束力』を手に入れたような『錯覚』をもたらした。でも、母子にはスグにそれが『まやかし』であると分った。ソレに気付かない父が居た。あきれるくらいに。ドレくらいだか分らないけれどただひたすら歩き続けたことがある。夏の暑い日だ。アタシはものすごく痩せていた。お風呂に入ると鎖骨のくぼみにお湯が溜まる。あばら骨が浮き出ていて、薄手の服は着れなかった。どこもかしこも骨だらけ。母はアタシの身体のアチコチを「ヘンだ。」と言い、「気持ち悪い。」と言った。悪気はないと分っていたが全てが非難がましい口調だった。ヒドイ貧血で体重が増えなかった。でもそんなことは「ゆがんだ家」にとってもアタシにとってもどうでも良いことだった。強烈な直射日光を浴びてはいけない。海水浴なんて持っての外。軽いものも含めて運動はしないように。医者にそう言われた。それでもアタシは歩き続けた。頭がクラクラした。目の前を何度も見たこともないような『幾何学模様』やら『へんてこりんな柄』が浮かんでは消えた。ソレら全てはなぜかモノクロだった。停まっている車にアタシはぶつかった。そこでハッとワレに返った。「家に帰らなければ・・・」慌てて空を見上げたら激しい眩暈が襲ってきた。母が仕事から帰ってくる時間が近づいていた。仕度をして「おとうと」の所へ両親は向かう。それまでには家に居ないと。急ごうとしたが身体が動かない。それでもソロソロと家へ向かって歩き出した。家に着いた途端にアタシは玄関で倒れてしまった。いつしか母が大根でアタシを突付いていた。「こんなところでなんで寝てるのよ!」確かこんなようなことを言われた。アタシはユックリと身体を起こした。冬の寒い日、上着の中に猫を抱きかかえて歩き続けたこともある。なぜそんなことをしたか分らない。『夏の日の気まぐれ』をもう一度してみたかったのかもしれない。猫はとっても利口だった。でも、母の猫だった。父は動物をよく虐待した。思い通りに動物が自分への反応を示さないと、愛情の裏返しとして、執拗な報復をしていたのだ。猫は父を見ると逃げるようになった。母の猫を抱きかかえて少し歩き出すと彼女は激しく泣き出した。しばらく泣いてから、特に危害が加えられないと悟ったのか大人しく私に抱きかかえられていた。猫の身体の重みがアタシの身体には重かった。アタシは歩き続けるのを断念した。帰宅したとき、家の中は相変わらずアタシ独りだった。いつもそうだ。学校に居る時以外のほとんどは独り。独りに慣れ過ぎていた。でも『寂しい』という感情はあまり沸き起こってこなかった。父はとってもおしゃべりだ。父が居る時間、アタシは自分の話を聴いてもらえない。母しかアタシの話を聴いてくれないのに、父が母を独占していた。読書が好きだったアタシは本の世界で他人の会話を楽しんだ。独りで居ても言葉をあまり発しない。驚いても声が出ることは少ない。リアクションが薄いと言われた。想うこと考えることは沢山あるのにそれを放出する場はあまりなかった。放出することよりも思考することばかりに時間を費やした。考えても考えても考えても『アタシが欲しい答え』は見つけ出せなかった。また、『アタシが欲しい答え』を与えてくれる人も居なかった。しかし、『ヒント』をくれた人が居た。でも折角くれた『ヒント』を私は忘れてしまった。あの時のアタシは、『ヒント』から答えを導き出すことが出来なかった。そしてそのままだ・・・
2005年03月30日
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『おまえは子供の姿をした大人だ』7歳の私にそう言った人が亡くなった。ふっと『昔のアタシ』を思い出した。昔のアタシは、頑なで、冷ややかで、ギスギスしてて、とっても可愛気のない女だった。アタシのことを『子供らしい』と思う大人は少なかった。アタシは『非情な部分』と『自分自身を他人のように直視する部分』を持っていた。いつからそうだったかは分らない。ただ無邪気さに欠けてたように思う。多くの大人たちがアタシを『可愛くない娘(こ)』だと表現した。親でさえ、アタシを『子供』だと思って居なかったようだ。アタシは『独りの時間』をやり繰りするのが上手だった。『孤独』よりも『自分の時間』という感覚が身にしみていた。いつしか、モンスターのように多くの大人が『扱いに困る不思議な子供の姿をした大人』に出来上がっていた。アタシはそういう風にアタシを捉えている大人たちを『大人の姿をした子供』だと思うようになった。アタシの家は外からは分らない『ゆがみ』を抱えていた。その『ゆがんだ家』の中で、『おとうと』だけが真っ直ぐで、純粋で、ほがらかだった。まるで太陽の光が全て『おとうと』を明るく照らしているみたいに。アタシには『月の光』さえも当たっていないかのようだった。『おとうと』の朗らかさがが余計にアタシを『難解なイキモノ』に見せていると言った人が居た。今の私になら分る。表面上は分りにくいだけで『おとうと』は周りが思うほど明朗に生きていたわけではなかった。小さな心と身体でも自分の居る場所(家)が『ゆがみ』を抱える家であることを感じていたようだ。ソレに全く気付かないフリをして姉弟は一緒の時間を過していた。問題の『核』はどこにあるのか?気付いていながら、母は目の前のことをこなしていくしかしなかった。ますますアタシは『自分でも得体の知れない人間』になっていった。
2005年03月29日
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脳は痛みを感じない。『痛みを感じる信号』は神経を通して脳に伝える必要があるからで、脳自体に痛みがあったとしても、ソレを伝えるべき場所がないからだと言う。彼は脳を病に冒されていた。痛みは全くないと言う。『意識があることが信じられない。』医師は彼の症状についてこう言った。彼の姿は、以前とは全く変わっていた。たとえ知己であったとしても、彼だと分からないくらいの変貌だ。異常なまでに外見を気にする彼にとって、この病が失明をもたらしたのは不幸中において大きな幸いだったのかもしれない。痛みを感じず、著しく変わった容貌を知らず、その時が来るのを待っているだけだ。見る人々の心の痛みが刺激されるのみ。言葉の刃。多くの切り傷を受けて感覚麻痺に陥る。どうして自分にばかり『その刃』は振りかざされるのか?何故か自分の心に『痛点』がないと多くの人に思われているようだ。大勢居る中でさえ、自分ひとりがいつも『その刃』を受ける役割。損をしてると嘆いたところで事態は変わらない。ならばむしろ、受け流して『心を強化させるための糧としよう』そう考えなければ生きていけない気がしていた。ところがこの始末。病でさえ自分の『痛点』を感じさせないとでも言いたいのか?こんな彼の想いなど無視するかのように病は彼の正常な意識と判断能力をも蝕んでいった。
2005年03月20日
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