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麻酔かけられし手術台の上の我の手を ぎゅっと握りしは母か?毎朝、見舞いに来し母の 漬物によって病院の一日が始まれり「店は?」問う我に 「だいじょうぶ!」母のキッパリした口調
2013年08月31日
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灯り消した病室に「お変わりないですか?」の若き声 眠ったふりで息をひそめる結石出来、「ほうれん草たくさん食べるでしょ?」アホかいなと思いつつうなづいておく同室の屈託なき人生を送るらし男、世間はあちらを好むものかなタバコ吸い、テレビ見ながら楽養生 人生はまだこれからの二十八歳
2013年08月30日
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バイク飛ばし、朝食介助に駆けつけぬ 病室の母、目覚めし前に 食堂の一番隅の定席に 母の車椅子着け 朝食を待つ 食事する母のとなりに座り居て ガラス窓越しに見る 朝の山脈(やまなみ)
2013年08月29日
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帰り時間 気にせず入浴る銭湯の 淋しさとともに家路に着きぬ
2013年08月28日
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人生にはいくつかの分かれ道があるのだろう。もちろん良いほうへ行きたいのはやまやまだが、常に頭がかしこく働いてそちらを選ばせてくれるとは限らない。もしかしたら自分はまずい方向ばかり選んで生きてきたのではと思うこともある。もうひとつの道をたどって行ったもう一人の自分は、そちらで満足した人生を送っているのではと...うたたねしていると、ふと自分があの晩、何事もないまま、過ごしているのではないかという気分に陥った。かたわらにはいつもどおり母が眠っていて安らかな寝息を立てている。明日もきっと平穏な日が訪れるに違いないと思って自分も眠りに入っていく。だが、自分はその分かれ道で違った選択をしてしまった。救急車を呼ばずに寝てしまったことで、翌朝から人生で一番大変な期間を経験することになってしまった。頭に何も警戒するキーワードが浮かばなかった。自分はこちらがわ(今の冷厳な現実)に来てしまった。そして人生も一変してしまった。大切な人を失って......
2013年08月24日
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愛達磨くんのブログが5月5日から更新されていないな。何かあったのか?諸行無常の世とはいえ気になる。
2013年08月23日
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だそうです。近況8月10日に「施餓鬼会」(施食会とも言うらしい)に行った。数年間さぼっていた菩提寺(曹洞宗)の行事だ。人がたくさんいるところへ行きたかった、理由はそれだった。自分の中で孤独が始まっているなと感じた。年寄りや中年がほとんどだが、がやがやしているところに居てなぜか、ほっとしている自分を発見。 となりにかなりの年齢のおばあさんが娘さんか嫁さんかに連れられてすわった。いくつなんだろう? 自分の母親といくつぐらい違うのだろう、そんなことが気になる。街を歩いていても年寄りを見るといくつぐらいかと気になる。こんなことは今までなかったことだ。儀式はにぎやかに過ぎてなかなかよかった。お坊さんも最近は結構ぜいたくに暮らせるようで悪くない職業だなと感じた。かつてはあまり物事に動じなかった自分だが、ここのところ涙もろくなっている。何を見ても憐れを感じる。ところで「経」とは絶対不変の真理という意味だが、自分の中でもこの真理というやつの片鱗をもっと見てみたいという欲求がある。ふだんの日常の中ではあまりお目にかからないが、とてつもない真理というやつがこの現世には存在していて、しかるべき時にはそれが姿を現すと思うのだ。諸君はそんなふうに思ったことはないか?
2013年08月21日
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以前、交通事故に遭いそうな直前に「何かある」と感じたことがある。結果的に事故には遭わなかった。その時こういう感覚を感じた時は気をつけようと思った。あの晩、土砂降りの中で感じた、世界の中でひとりぽっちになったような激しい孤独感。なぜ誰かに助けを求めなかったのか。 誰もいなかった。 どこにも相談したりできなかった無力な自分。まるで知能が低い人間ででもあるかのように考えの浮かばなかった自分。「何かある」という重大な時であったのに...あの時、自分はなぜ適切な対応が取れなかったのか?今でも解らない、きっと死ぬまで僕は考え続けることになるのだろう。あの時、自分に何が起こっていたのか、そして全てがどのように動いていったのか、仕組まれていたプログラムのようなものがあったのか?適切に行動していたら、その後の展開はどのようなものだったのか?
2013年08月18日
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見えないおちからさまへ。 一筆啓上賜らせていただきます。あなたさまは何もおっしゃらず、何にもお示しにならないまますべてを動かしておられます。あなたさまは、私の母のからだにどんな指令を出されたのでしょうか?母は春も終りに近いころ、食べ方が変わり始めました。いくつもおどろきがありました。味噌汁の具のあさりをすべて飲み込むことをせず、口から出してしまったり、大好きなあんパンも少ししか食べなかったり、ヤクルトをいらないと言ったり。あなたさまのどこからそんな指令を母のからだに出されたのですか?わたしにその場所を見せてください。わたしにその理由も示してください。何もおっしゃらないあなた、見えないおちからさま!あなたはすべての良いこととすべての悲惨なできごとを全て司どっていられます。あなたがすごいことは充分知っているつもりでしたが、わたしの母にこの指令を出したことは承服できませんよ。こう言ってみても、あなたは何の感情もなく毎日毎日、人を不幸にし、人を幸福にもし、人をいろいろな目に合わせているんですね。見えないおちからさま、あなたを初めて恨んでいます。あなたがすごいかただとは解っていても、あなたに対して文句を言うことをやめることができません。
2013年08月18日
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ヘルメットを留める首かけの部分が劣化して切れた。同じ頃、履いていたスニーカーも壊れてしまった。この世のものは全て寿命がくることを再学習させられる。ものと同様、この世の全ての生命もその期間を終える時がくる。今は生き生きと元気に動き回っていても、宇宙の時間からみたら一瞬のことなのだろう。山は崩れ、海は溢れ、盛んなものは衰え、全ては静寂へと帰っていく、理屈では解っていても、現実のことが起きると人間の弱さはただ淋しく取り残されるだけだ。自分はひとりぽっちでこの現し世にぽつねんと残っている。ただ淋しさだけが自分にまとわりついている。何をしてもむなしく、何をみても楽しくない。生まれて初めてこんなぬけがらのような感覚を覚えた。だれもが経験することだとは解っていても、納得できそうもない。誰のことばも何の知識もすべてがむなしい。どんな努力もどんな行動もすべてがむなしい。どこにも自分の知己はいないし、どこにも自分の親しい存在はない。何もない感覚......
2013年08月17日
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母はすぐれていた。癌や脳梗塞などの疾病にかからなかった。足腰の痛みがほとんどなかった。89歳でも髪の毛は黒い部分が多かった。認知症になってもさほど困惑させる症状は起こさなかった。家族を困らせることなどほとんどなかった。若いころから他人を傷つける言葉を口にしない人だった。父が亡くなってから毎朝、般若心経をあげていた。信心もあった。嫁に対して悪口を言うことが一度もなかった。母ほど性格のすぐれた女性はあまり世間に見かけたことがない。母は姉妹の中でもひときわ性格が温和で他人と争うことが嫌いな人だった。父はあんなすばらしい女性と見合いで結婚することができて幸せだった。母の徳はずっと讃えられるべきものであり、僕にとって母は世界で一番すてきな人だ。
2013年08月15日
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「千の風になって」数年前に大ヒットした時にいい詩だなと思った。新井満のセンスも好きだったし、面白がって歌っていた。でも、現実に母の問題として考えると、「違う!」とはっきり言う。亡くなって自然の一部になるとか、空から見つめているとか、こころの中にずっと生きているとか、そんなことは信じない。僕の考え方はこうだ。母は生前、一個の人間として活動してきた。 だから僕はそれを尊重してきた。でも今は、僕という存在の中に、僕に与えた遺伝子によって生じた僕という肉体と精神の中に生きているのだ。僕の血は母からもらったものだ。 僕の肉も母からもらったものだ。すなわち、僕という存在は、僕自身であると同時に母自身でもあるのだ。これからは、僕は僕という一個の人間であるばかりでなく、母という人間も内包したまま、生きていくことになるのだ。一層責任は重くなるが、やりがいのある責任だし、母から受け継いだすぐれた遺伝子を伝えていかなければならない。僕はだから悲しみとともに生きがいも母から与えてもらったのだ。がんばらなくてはならない、自分のためにも母のためにも!
2013年08月12日
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起きれて(手助けはするけど)、話せて(妄想もありだけど)、食べれる。この三つが出来ていた母は幸せだったのではないだろうか、と考える。寝たきりで、話すこともできず、食べることもできないまま、生かされている人たちも多いと聞く。施設や病院の部屋で一日中天井を見つめながら、あるいは意識がないまま、時折やってくる家族を待ちながら時を送り続ける。絶望とは言わないが、そんな生活を母にさせることがなくて良かったと思う。自分の家で、家族と一日中過ごし、自分の口で食事を楽しむこともでき、家族に言いたいことも言えた。 ときには軽いけんかもした。 文句も言い合った。知らないうちに平均寿命もクリアしていたし(笑)、体が健常なころとQOLはさほど変わらなかったんじゃないかなと思う。考えたくもなかった出来事を突然与えられてショックを受けたけど母さんは家族をいやな気分にさせなかったよ、最後まで。とても静かに落ち着いてステップを踏んでくれたような気がしているよ。すごくすごく感謝しているよ、母さん。
2013年08月08日
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食事という行為当たり前の日常行為だと思ってるだろ?でもあんたが年取った時、それはたちまち「恐喝の道具」に変身するんだぜ。年取ったあんたがある日、いつものように食べようと思ったのに食べ物が喉を通っていかない。 あんたは愕然とする。 若しくは、出てきた食べものをいつもほど欲しいと思わなくなる。そういうことがしばしば起こると、からだが起きている事さえつらくなってきて横になっていることが多くなる、そしていつもうつらうつらするようになる。家族はあんたを心配して医療に相談する。そこであんたに宣告されるのは、腹に穴を開けるか、鼻の穴から管を入れて栄養分を注入するしか生きる方法はない!意識が薄くなったあんたはほんの少し前までは元気に食事していたのに今はベッドの上で家族に顔を見守られながら、いつも寝ているだけだ。たかが食事できなくなっただけで、あんたの生活は一変してしまいあんたはたちまち死の淵に立たされる。これが現実だ。あんたが20年から4、50年経つと、「食事」はあんたを恐喝し始めるんだ。ある日、いきなり突然に何の前触れもなく、そいつはやってくる...
2013年08月02日
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