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また、論文ネタですみません(汗)月曜日に先生にチェックしてもらうために提出した仮原稿が、火曜のゼミの際に先生から返却されました。沢山赤入れされて(泣)いや、むしろ喜ぶべきなんですよね。先生にも感謝です。忙しいところ、こんなにしっかり読んでいただいて。具体的な主な修正点は、・章の下の節が多過ぎる。節を減らして章を増やしなさい。・不必要な「また」が多過ぎる。・○○については私の××という論文に詳しく書かれている。(参考にしなさい)などなど。論文って初めて書くので、どうも勝手がわかりません。そうか、節って沢山あってはよくないんだ。私は17も節を立てていました(汗)ってことで、現在再構成中…。「また」? 言われてみると確かに私の文章って、「また」を多用するクセがあるようです。他の方に読んでいただくと、自分では気付かない点を指摘してもらえるから、やっぱりいいですね。早速かなりの数を削りました。先生の論文っすか? え、そんな論文書かれていたの知りませんでした(汗)知っていれば勿論参考にしましたよ、あ、本当ですって。そんなわけで、今日、バイトの後大学図書館へ飛んで行ってコピーしてきました。で、明日もう一ヶ所へ追加資料探しに行ってと。なんとか来週前半には終わるかな、って感じです。そうそう、火曜に返してもらう際、先生が「よく書けてるじゃないですか」と。怒られたことは数え切れないですが、誉められたのは初めてでした。思わず耳を疑ってしまったほど。本心からおっしゃったのかどうなのか。幸い私は単純な性格なので、素直に受け取って喜んでますが(笑)
2005/06/30
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バンコクに行くと、私にとってバスは欠かせない交通手段となっています。縦横無尽に走る路線は、どこへ行くにも重宝する存在です。こんな便利なバスですが、時々車中で事件も起こっているようで。例えば、日本人も狙われることがよくあるスリ被害とか。あとは学生カップルが最後部座席であらぬ行為に耽るなんて事件(?)も(笑)それ以外でよく聞くのは、職業訓練校の学生同士による抗争事件。それだけで迷惑な話ですが、たまに無関係の乗客が流れ弾に当たって死亡するなんてこともあるので、問題になっているようです。去年10月、私が47番バスに乗った際、シート背もたれに貼り紙を見つけました。この写真がそうです。なんて書いてあるんだろうと思って読んでみると、 情報提供求む。2004年8月17日、47番バス車内にて、 学生が犯人にナイフで刺され死亡しました。 犯人をご存知でしたらお知らせください。3万バーツの賞金をご用意しています。 証人になる必要はありません。トゥンマハーメーク警察署事件が起きてから2ヶ月も経っていませんでした。それからずっとこの事件が気になっていたのですが、今日ネットで検索していてその後の事件の結末を見つけました。新聞「プーチャッカーン」ネット版2004年10月17日の記事に、それは載っています。事件からちょうど2ヶ月で、犯人が捕まったとのことでした(よかった…)。この貼り紙のお陰か、目撃者が現れたことが解決につながりました。事件の経緯はこんな感じです。職業訓練校生である犯人は、バス車内で抗争相手の職業訓練校生を見つけ、ナイフで刺殺。しかし殺された学生は、奨学金をもらって学校に通うなど真面目で、抗争に関わるような子ではなかったようです。では、なぜ犯人がこの学生の殺害に及んだかと言うと、以前犯人と同じクラスの友達が校門前で銃で殺されたんだとか。犯人は、抗争相手の職業訓練校生の仕業と決めつけ、誰でもいいから報復に殺そうと思ったようです。職業訓練校同士の抗争という根深い問題が、事件の背景にあるんですね。日本でも私が中学生くらいの頃は隣町の学校との抗争なんてよくありましたが(笑)過激さは比べ物になりません。ここまで過激になった理由は、1つにはかつての政府にも責任があるのでは、と私は思っています。そのへんはまたの機会に…。今日は話題が重くなってしまいました(汗)でもこんな事件は滅多に起こりません。どうぞ普通に注意を払いつつ、バスの利用をなさってください!
2005/06/28
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今日、とりあえず仕上がった修士論文を先生に提出してきました。みなさんの激励のお陰で、なんとか投げ出さずにここまで来られました(笑)ありがとうございます!でも、まだホッとはしてられないんですよねー。先生がおかしな表現などに赤入れをして、明日返してくださるんだそうな。きっと真っ赤になってくるに違いない…(汗)白状すると、もう少し掘り下げて調べたかった部分もあるんですが、まあ、キリがないですからね~。と言いつつ、この期に及んで図書館で資料を借りてくるという往生際の悪さ(笑)最終提出まであと2週間ですから、いずれにしてももう大したことはできません。もうすぐ解放されると思うと嬉しいような、心残りなような変な気持ちです。
2005/06/27
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すみません! 更新滞ってます~。いや、明日の修士論文仮提出を目指して、現在Excelと格闘中なんです。う~ん、うまくいかん。明日、先生に渡しておかしな内容や構成などを指摘していただき、修正した上で7月中旬の本提出となる予定。では、また後半戦に突入します。ExcelにKOされないよう気合入れるぞ~!
2005/06/26
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昨日の日記で外務省外交資料館にはタイ関係の資料もあると書きました。でも、そんな東京までわざわざ行ってられないという方も多いと思います。そんな方にオススメなのが、ここ、アジア歴史資料センターなんと、ここのサイトで昔の日本の外交関係資料を見ることができるんです!閲覧可能なものは、国立公文書館、外務省外交史料館、防衛庁防衛研究所図書館所蔵の資料のうち、日本とアジア近隣諸国等の歴史に関する資料とのこと。だいたい、終戦の頃までの資料が公開されているようです。あ、利用するには、トップページ下にある「DjVuプラグイン」という無料ソフトをダウンロードしなければなりません。でも時間も手間もかかりませんよ。で、どんな資料があるかというと、たとえば…かつてタイは「暹羅」(シャム)と呼ばれていました。なので「日本 暹羅」で検索すると、2番目に「日本暹羅修好通商航海条約」が出てきます。開くといきなり墨書の文書が目に飛び込んできます。日付は「明治三十一年六月十六日」2ページ目には「内閣総理大臣侯爵伊藤博文殿」などという名前も登場。実はこの日本暹羅修好通商航海条約は、日本がタイとの間で結んだ最初の条約なのです。新条約が発効する大正十三年まで使われていました。また、63番目の「暹羅国封鎖撤去ノ件」を開くと、フランスがシャム湾封鎖を解除したとの情報が在香港領事代理からもたらされたことが書かれています。4/22の日記で書いたフランス軍艦のチャオプラヤー川遡上事件(1893年7月)の後、フランスは軍艦でシャム湾を封鎖して、外国貿易船のタイ入港を阻止してたんです。まったく当時のフランスは…。それが同年8月3日に終わったとの情報です。その他、色々見ていると他にも多くの興味深い文書が見つかります。みなさんも是非お暇な時にでも覗いてみてください!
2005/06/24
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一昨日、論文資料の最終確認のため、外務省外交資料館へ行ってきました。東京の六本木の近く、飯倉というところにあります。どんな施設かと言うと、その名のとおり外務省の外交文書が閲覧できるんです。と言っても、明治から新しくても70年代前半のものですが。外務省が在外日本大使館や各国政府とやりとりした文書の実物(一部マイクロフィルムまたはCD-ROM)と対面できる上、「機密」と判の押された文書も多数公開されてたりしてワクワクします(笑)でも明治期の文書は筆で墨書してある上、この上なく達筆なために私には判読不可能(泣)そんな中で、タイ関係の文書も沢山あります。条約締結交渉の模様や、タイの政変を伝えるものなど興味は尽きません。時々タイ語の文書にも出会って、ちょっと嬉しくなったりもします。ま、論文書き終えたら、きっと訪れることはないと思いますが(笑)
2005/06/23
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ここは、バンコクの某所…と言われたら私なんか信じてしまいそうです。いや、それにしては建物の雰囲気がタイらしくないなあ、と気付くでしょうか。そう、この写真はタイではありません。ニュージーランドの商都オークランドの歓楽街の一角です(笑)98年に英語の勉強で滞在した時に発見。しかし何故ここにこれがあったのかいまだに謎です。ちなみにその後、消されてしまったため、今では見ることができません。ニュージーランドって、当時はタイ人もノービザで入国できました。なので英語学校にもタイ人学生が多かったですよ。私はそんなタイ人の一人と、イタリア人、ドイツ人と仲良ったです。日本人の友人から「枢軸国で集まって危険だー」とからかわれたりしました(笑)タイレストランも多いし、何故かトゥクトゥクがダウンタウンを走ってるし、ニュージーランドは、タイが身近にある国だと感じました。そのうち、ぜひまたニュージーランドにも行ってみたいです。
2005/06/22
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耳よりなニュースが入ってきました!成田-バンコク間にシンガポール航空(SQ)の直行便が運航されるそうです!成田発は金曜日を除く毎日(日中便)バンコク発は木曜日を除く毎日(深夜便)9月2日から運行されるそうです。今まで関空からはSQのバンコク直行便があって羨ましく思っていたのですが、やっと成田からでもあの抜群のサービスのフライトを利用できることになって嬉しい限りです!しかし、喜ぶのはまだ早いことに気付きました。成田発は、何時だと思いますか?なーんと9:252時間前に空港へ到着するには、ウチからでは始発電車に乗っても間に合わないんですけど…(泣)ま、無いよりはいいかなと。そんなワケで「タイ・ミニ写真館」を延期して、取り急ぎお伝えしました。
2005/06/21
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ゼミの先輩がタイから預かって来てくれた、Nさんの結婚式招待状ですが(6/8の日記参照)、先日やっと受け取りました。で、日程を確認すると、7月下旬だと思っていたのに結構早めでした。あれ、その日って…あーー!! 親戚の結婚式の日だーーー!!!さすがに親戚の結婚式に出席しないでタイへ飛ぶわけには行きません。しかも予想どおり、バンコクではなく地方都市で挙式するそうで。心底、祝福しに行きたいと思っていたのですが、これで100%不可能に(泣)ゼミの友達と相談して、電報を送るとか花束を贈るとか考えようと思います。Nさん、行けなくなっちゃったけど、日本から祝福してます!ちょっと早いけど、お幸せに~!!
2005/06/19
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私は朝、よくFMのJ-WAVEを聴いています。と言っても、東京周辺以外では聴けないんですよね、スミマセン。六本木ヒルズにあるFM局で、テンポの良い番組が多いのでお気に入りなんです。とくに好きな番組は、朝9:00からの「BOOM TOWN」なぜ好きかと言うと、ナビゲーターのクリス智子さんの声が心地いいんです(笑)タイ語の響きも心地いいですが、クリスさんの声は、またそれとは違った心地良さ。クリスさんの声のお陰で、気持ちよい午前中を過ごせています。ほんと、感謝です。で、昨日の番組でクリスさんが、英語の勉強法として英語の映画のDVDを見ることを勧められていました。ファミリーものや恋愛もののようなよく使う言い回しが出てくる映画を英語字幕を表示させて見るのを「絶対オススメですよ」とおっしゃっていました。これはタイ語の学習でも、誰もが思いつく勉強法だとは思います(タイ語音声&タイ語字幕にして)。でも、英語がネイティブなクリスさんにそう言われると、とっても説得力があるもんです(笑)クリスさん自身も、英語を忘れないためにやってるそうですし。よし、私も次回タイへ行ったらタイ映画のDVDを買ってきて勉強に使ってみます!どんな映画がいいですかね?フェーン・チャンなんて良さそうです。歴史ものは王族用語が多くてパスですね。サトリー・レック(アタック・ナンバーハーフ)もある意味、専門用語だらけなのでパス(笑)でも、DVDってリージョンっていうのがあるんですよね。リージョンフリーでないDVDプレーヤーでは見られないんでしょうか?PCなら大丈夫そうですが、字幕表示がわからない(汗)今手元にタイ映画のDVDが一枚も無いので試せません。クリアーしなければならない課題が多そうです…
2005/06/17
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A大学院受験一本に絞ったのですが(6/13の日記参照)、出願期限まであと2ヶ月ちょっと。その間に書類を揃えないといけません。出願書類の中にはTOEFLかTOEICのスコアもあります。TOEFLは受験してスコアを持っていたのですが、とても提出できるようなレベルでは…(汗)そこでTOEICを受験しようと日程を調べると、なーんと、スコア到着が出願期限に間に合わないのです!!試験日は1~2ヶ月に一度、しかもスコア発送は試験日の1ヶ月後!日本の実施機関さん、それは怠慢じゃないですかね~。一瞬途方に暮れたのですが、私はヒラメキました。そうだ! バンコクでTOEICを受験しよう!!TOEICは、タイでもCenter for Professional Assessment(Thailand)というところが実施機関となって、バンコクとチェンマイで試験を行っています。そのうちバンコクでは試験が、月~土曜の毎日9:00~12:00と13:00~16:00の2回実施されているんです!スコア受領も原則的に翌日10:00以後にはOK。ただし金曜受験の場合は翌月曜、土曜受験の場合は翌火曜以後の受領となります。しかも受験料は800バーツ(約2,400円)日本の約3分の1の料金なんです!さらに運がいいことに、私は願書提出期限の2週間前に仕事でバンコクに出張することに!(笑)おー、なんてツイテるんだと嬉しくなりつつ、TOEIC受験日まで対策勉強に励んだのでした。ちなみにバンコクでのTOEIC試験は、当日1時間前に直接行って申し込むこともできますが、満席のことも多々あるので、前日までには電話(英語orタイ語)で予約した方がいいそうです。また祝祭日等で試験やスコア受領ができないことも考えられるので、要確認ですね。そんなワケで出張でバンコクへ行った私はTOEICを受け、無事にスコアを入手できました!ちなみにこのバンコクのTOEIC試験実施機関は、アソーク通りのBBビルディングにあります。地下鉄のスクンビット駅とペッチャブリー駅の間です。スクンビット駅からですと、日本大使館領事部の入ったサーミット・タワーを過ぎてマックを過ぎてちょっと行った反対側です。ペッチャブリー駅の方が近いかも知れません。
2005/06/16
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実は私、バンコク以外のタイって、あまり行ったことがないんです(汗)タイ語学習ならやはりバンコクのタイ語学校がいいですし、そこで友達ができると、次回タイに行ってもバンコクになってしまいます。なので、イサーン地方も行ったのは2回だけ。イサーン料理が大好きなのに(泣)1回目は、ピマーイとパノムルンの遺跡見学へ。2回目は、日本人の友人とイサーン料理食べ歩きの旅へ。その2回目は、3年前の11月でした。友人と別れた後、夜に一人ウドンタニーの町に入った私は、いつものように散策へでかけました。すると公園の端にお寺を発見。夜空には綺麗な満月が上がっていたので、思わず写真を撮りました。そう、この日はちょうどローイクラトン(灯篭流し)の日だったのです。近くの大きな公園では、大勢の市民がクラトンを池に流してました。私も早速クラトンを買って流しましたよ、一人で(泣)縁日や盛大なミスコンテストもやっていて、見ているだけでも楽しかったです。
2005/06/14
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丸1ヶ月中断していた、大学院に入るまでの経緯の話を復活させようと思います(笑)(前回は5/12の日記です)一番入りたかったA大学院でオープンキャンパスと説明会が開催されると知った私は早速申し込んで、当日朝から参加したのでした。まずは「模擬授業」大学院ってところがイマイチ理解できていない私には、学部と同じように講義の授業があるとわかって(それさえも知らなかった…)、いい収穫でした。模擬授業の後は、相談コーナーの設けられた部屋へ移動。なぜか私が一番乗りで(笑)、進学相談のコーナーに座りました。単刀直入に「日本人がタイに長期滞在する上で関係する法律を研究したいのですが、可能ですか?」と質問してみたんです。すると「ほう、それは頼もしい」と、コーナーに座っている方が答えました。「私はタイ関係を専門としている○○です」!!!!以前相談に行った大学の先生が薦めてくださった先生、まさにその方だったのです!途端に額から汗が吹き出ました(笑)前提知識の有無やタイ語力について聞かれて、それなら研究は可能だと答えてくださったこと以外は、憧れていた研究室の先生との予想外の対面にアガリまくり、よく覚えてません…。でも研究者然として厳しいながらも、面倒見の良い先生だと感じました。ふと後ろを見ると大勢順番待ちしているので早めに切り上げ、次へ移動。今度は現役生による学生生活相談のコーナーへ。そこでもまた単刀直入に質問。「合格の秘訣は何ですか?」(笑)「とにかくヤル気を見せることだと思いますよ。絶対入学して研究したいんだと」研究計画書は理路整然としたものよりも、随所で意気込みが感じられるものの方が評価されるようだとのこと。親身になって答えてくださいました。対応してくださった方々の印象が良かったこともありますが、何よりも先生にお会いできたことに、「縁」を感じた私は(そう、単純なヤツなんです)このA大学院を受験しようと、やっと決心したのです。それで書類審査に通っていたB大学院は、面接試験を受けずに蹴りました。一か八かの一本勝負です!
2005/06/13
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とうとうアクセス数が10,000を越えることができました!今年3月1日に始めた頃は、1万を越えている他の方のブログを見ては、「私のはいつになったらそこまで行くんだろうか…」と、途方も無い数字に感じたものです。これもひとえにみなさんがご覧になってくださったお陰です。ありがとうございます!しかし、こんなタイ一色のディープな内容なのに、ちょっと不思議です(笑)それだけ、タイやタイ語に興味を持っている方が多いということなのでしょうね!毎年日本からは100万人の方がタイへ行っているそうです。ウチの市の全市民が毎年7,8回行っているに等しい数ということに…(笑)とてつもない数字に感じますね。多くの日本の方がタイへ行かれて、日本人のタイへの理解がもっと深まればいいな~と、私は思っています。きっとそうなっていくことでしょう。私はこのブログでこれからもタイやタイ語に関する話題を書いていくつもりです。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします!
2005/06/12
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みなさん、「アジア語楽紀行 旅するタイ語」見てますか?(タイ在住の方、スミマセン)私はタイ語だけでなくインドネシア語も、例のPAL再生可能HDD-DVDレコーダーに取りためてたんです。昨日思い立ってインドネシア語全12回分を、まとめてDVDにダビングしてたら、「旅するタイ語」の一昨日放送分を誤って消してしまいました! まだ見てないのに!(泣)慣れない機械の操作は慎重にしなきゃ。あー…そうそう、6月19日(日)午後3:35~4:45にその「バリ・旅するインドネシア語」全12回が一挙放送されるそうです。大学のインドネシア語講座で、先生が言ってました。と、言うことは8月あたりにタイ語の方も、まとめて放送されそうですね!見逃した方(私も含めて)は、是非その時にご覧ください。って、まだ来月には再放送があるんでした…。
2005/06/10
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3月に卒業して帰国したタイ人のNさん、帰国前の送別会で西洋人と結婚することを発表してビックリさせてくれました(3/25の日記参照)。そのNさんの噂はその後もチラホラと耳にしてました。そんな中、タイでの調査から帰国したゼミの先輩Mさんからメールが。「Nさんと会って来たよ。Lamyaiさんへの結婚式の招待状も預かってます」あー! そう言えば7月下旬に結婚式をするから来てねと言われてなぁ。でもその時期には修士論文の口述試験があるし、何よりも先立つものが…(泣)行って祝福してあげたいのは山々ですが、かなり難しそうです。でもギリギリまで行ける可能性を探ってみます!
2005/06/08
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私の初タイ旅行はパック・ツアーだったんですが、その時の宿はバンコクのノボテル・ホテルでした。もうあれから10年ちょっと経ってますが、いまだに私が泊まったホテルの中で最高級ホテルです(笑)そのノボテルがそびえるサイアム・スクエアは、チュラロンコン大学の所有地である事実はよく知られています。Bakery Musicが出していたファッション雑誌「Katch」2000年4月号によると、そのサイアム・スクエア、元々はチュラ大が、福利厚生の一環として教師に対して商業ビルを貸し出したことが始まりなのだそうです。そう言われてみると確かに今でも塾や予備校、クリニックの多さが目につきますもんね。きっとそれらはチュラ大の先生が副業で始めたのでしょう。その後段々と服飾店やレストランが増えるに従い、先生のテナントは1階部分をそうしたお店に譲り、上の階へと移っていったのだとのこと。なかなか意外な歴史があるんですね。この写真はそのサイアム・スクエアの中心、「センター・ポイント」。ここを正面から写した写真はよく見るので、ちょっと趣向を変えて後ろからの風景にしたら、座っているみんなも、後ろ向きでした(笑)正面右に見える大画面TV下にピンクの看板のお店があるのわかりますか?その「Milk Plus」、私はサイアムでホット・コーヒー最安値のお店だとニラんでます!もっと安いお店をご存知の方がいましたら、是非教えてください~。
2005/06/07
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いきなりですが、みなさんって霊感がありますか?(笑)私は、ほとんどないんです。それらしき経験は今までの人生で2回のみ。1回目は、前の職場で…(詳しくは営業妨害になるので差し控えます(笑 )2回目は、バンコクのアパートでの初金縛り。その時はタイ人に「プラ・クルアンをどこに置いてた?」と聞かれ、寝た姿勢で足の裏が向く方向に置いていて、しかもその日に限って倒れていたのに思い当たりました(汗)あれはバチが当たったのかも…と、これだけしかありません!が、母は違うらしいのです。よく金縛りに遭ったり、「人が体に入って来ようとする」などと私にはにわかに信じがたいことを訴えていました。寝るのが怖いらしく、かなり悩んでいたので、きっと本当なんでしょう。そこで思いついたのが、あのプラ・クルアン。そう、ワット・ラカンで手に入れたルアン・ポー・トーのです(昨日の日記参照)。(実物の写真を撮るのははばかられる気がしたので、ネットで似たのを探してきました。) あのナーン・ナークを鎮めたルアン・ポー・トーのプラ・クルアンならきっとご利益があるのではないか?それで、母に渡しました。母は寝る時、いつも枕元に置くようになったんですが、それ以来、金縛りに遭うことも、人が入って来ようとすることも無くなったそうです。たまに霊を見るそうですが、でも悪さはしなくなったんだそうで…不思議な話ですが、私は信じています、ルアン・ポー・トーのお力。
2005/06/05
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このワット・ラカン(昨日の日記参照)ですが、ナーンナークを鎮めたルアン・ポー・トーが祀られていることの他に、もう一つ有名なことがあります。タイのお守り「プラ・クルアン」ってご存知でしょうか?たいてい仏像の姿が立体的にデザインされていて、タイ人は首にぶら下げていつも身に付けています。プラ・クルアンをしていると銃弾に当たらないと信じられているので、タイのヤ○ザ屋さんは、沢山ぶら下げているとか(笑)ゼミにいるタイでお役人さんをしている留学生も3つも付けてるんですよね。彼の仕事って一体…(汗)脱線しましたが、このプラ・クルアン、プレミアがついて取引きされてます。中でもワット・ラカンの古いあるモデルは、「ベンツが買える」金額だとか!調べてみたら確かに…このワット・ラカンのプラ・クルアンいくらだと思いますか? な、なーんと1,500万円!! (=500万バーツです)こんな値段でも欲しいっていう人がいるということでしょうから、お金持ってる人は持ってるんですねー。なんだか悲しくなってきます(汗)。で、私はそこまで及びませんが、境内のプラ・クルアン売場で千数百バーツのものを「借りました」。プラ・クルアンは、一応お寺の所有物なので、「買う」ではなく「借りる」と言うのだそうです…。私が手に入れたものは金属製で、仏像ではなく、ルアン・ポー・トーの姿をしてます。そのプラ・クルアンをめぐり、帰国後また話は続くのでした(汗)
2005/06/04
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「ナーンナーク」というタイ映画をご存知でしょうか?タイ在住の方でしたら、きっとご覧になった方も多いと思います。日本でも2,3年前に上映されました。 私もタイで上映された時に見に行きました。タイ人なら誰もが知っているこのストーリー、私は全く知らなかったため身を震わせて泣いたものです…(汗)時は19世紀後半。バンコクのプラカノンで実際にあった話だとのこと。反乱を起こしたホー族鎮圧のために徴兵された夫を待つ身重のナークの身に不幸が。一方戦争で瀕死の重傷を負った夫マークは僧侶のもとで治療を受け、やっとナークのもとへ帰ったのですが…。ご覧になった方は、クライマックスで先の僧侶がナークを鎮めるために舟でやってきたのを覚えてますでしょうか?その僧侶は、勿論俳優さんが演じているのですが、私はその姿にいたく感銘を受けたのでした(ちょうど泣いてる真っ最中…)なんて表現すればいいのか、あの雰囲気がまさにタイの仏教僧を体現しているように感じたのです。後日、当時通っていたバンコクのタイ語学校の先生に聞くと、その僧侶は実在した方で「ソムデット・プラプッターチャーン・トー」(1788-1872年)という高名な僧侶とのこと。普通タイ人からは「ルアン・ポー・トー」と呼ばれています。ルアン・ポーは高名な僧侶に対する敬称、トーがお名前です。で、ルアン・ポー・トーはワット・ラカンというお寺に祀られていると聞いて、私は早速行ってみました。場所はトンブリー側のチャオプラヤ河畔。ター・チャーンだったかター・プラチャンだったかから渡し舟が出ています。ここがワット・ラカンです。渡し舟の上から写したら、なんだかよくわからない写真になってしまいました。NHKの「アジア語楽紀行」旅するタイ語のテキストをお持ちの方は、表紙の裏をご覧ください。白黒の写真の下側のがワット・ラカンです。なんとグッド・タイミングな。で、話はまだ続くのでした(汗)
2005/06/03
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私、実はあまりタイ料理の種類を知らないんです。なので、現地で一人で食べる時は知っている数種類の料理のローテーション(笑)そんな中でも頻度が高いのが、コレです。日本語では「挽肉のホーリー・バジル炒め」とか「ガパオ炒めごはん」とか言うみたいです。タイ語では、パット・カパオ・ラート・カーオ・カイダーオ。長ったらしいので、パット・ガパオとかカーオ・パット・ガパオとか言って注文してます。「目玉焼きも乗せてね」と付け加えることも忘れません。庶民のタイ料理の代表って感じのこの料理、簡単ですけどおいしいですよねー。まずい店って、まずないのではないでしょうか?でも本当においしい店も、屋台などでは、なかなかありません。無性に食べたくなって、この前の日曜日のランチ時、いつもの自由が丘のタイ・レストランにお邪魔しました。またかよって感じですが(笑) だっておいしいんですもん。「鶏挽肉のホーリー・バジル炒め」を注文してでてきた料理が上の写真。ホーリー・バジルがふんだんに入っているので、とてもおいしいです!
2005/06/02
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