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福井の売り場什器の初導入(納品)から1週間が経ち、、各地方面に飛んで行った若手3人たちが業務の進捗報告を兼ねて、一旦、業務を切り上げて支社に戻ってきた。一番早かったのが「ニシ」。中国・四国地方の担当。広告代理店マンとしてブレが少なく、平衡感覚に秀でている。余裕のある表情で安心した。2番目は「ケン」九州地方担当。九州地区は最初に火が付いた北陸(富山・石川・福井)の次に宮崎、鹿児島、熊本と受注が続いていた地域。ケンは東京本社採用のプロパー社員。こんな泥と汗にまみれた地上戦は初めてだったはず。最後は「ターナー」四国・中部地方担当。前職がプロダクションだったことも在り、機転が利き動きが良い。四国地方の動きは当時まだ緩慢だったが、中部地区、長野・岐阜は動きが速かった。当時、入社3か月の僕なので、3人とも若手社員と言ってもニックネームで呼べるほど親しくはなかったけど、ココでは申し訳ないけれど、当時の愛称で。・・・多分、この1週間、、大変だったと思う。例えば、午前、朝イチで広島市内で2件現場打合せ・現地調査して、それを纏めて本部に送信。午後は松江に飛んで現調。その報告を入れて、次の予定を調整して終わり。泊るところは現状、こちらから指示してあげることができない。1週間づっと。ヨーやってくた。けど、支社に帰ってきた3人とも満面の笑みで、まるで、お泊り保育から帰ってきた園児の様な無邪気さで、あまり余計なことは話さず。現状報告してくれる。当時、30歳過ぎの僕が偉そうには言えないが、、、、、、なんか、、みんな一回り大きくなった気がしたで。・・・申し訳ないんやけど、あと、1週間よろしくね。
2022/04/06
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僕の、30代半ばから40才の手前まで5年間ほど務めた広告代理店で出会った人たちはとても良い人ばかり。最後まで諦めないし、、結果を残してきてた。コイツらとやったら、負ける気せんわぁーーただ、企業としての終焉は、訪れる。**;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;支社の若手3人を現場に飛ばした僕は、プロモーションの運営・運行、業務進行業務を行う。当初、想定していた規模から考えると、デザインと製作を請け負ったプロダクションとそれを形にする造作会社が間違いなく近いうちにパンクする。経験豊富な上長や部長と相談して、大手の造作専門会社にアタリを付けることにするが、、、小さいながらも、今まで僕に付き合ってくれてたプロダクションを切ることができるのかなぁ。って、僕。・・・・・・・有り難くない頃に、、クライアントの通信会社から、規模を拡大して、西日本のインターネット回線の売上げ上位100店舗にすると連絡がある。。。それも、、年度内に。年度内って、今、11月半ばやで!3月末って、あと、、、5か月無いやん。wwwwwwムリや。そんなんムリやわぁぁぁぁ。そんな折、大手通信会社の担当チームのリーダーが力を貸してくれた。。。「今、進行している上位30店に関しては、家電量販店フロアに簡単に移動できないくらいの規模の売り場をオリジナルで作り、それ以外は量産の据置き型売場を作りましょう」と、クライアントの担当者に進言してくれる。目の前の業務をこなしている僕とは違い、クライアントの事、現場の状況や進行具合、そして僕らの様な実際現場に当たる人員の事を考慮した提案だった。実際、100店舗というけど、1店舗300~500万円くらいの製作費用が掛かるので、人件費や移動費、諸経費を合わせると・・・・・・・・・・・・・予算規模5~7億円くらい???広告宣伝費じゃなく、販売促進費やで。クライアントは、、、チームリーダーの意見を受け入れてくれた。
2022/04/04
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