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今日は仕事のあとふと思い立って笹塚で電車を降りてみた。ブラブラするのが目的だが、ついでなのでカレンダーを探して歩いた。 笹塚の駅前には真新しいオフィスと商業施設を兼ねたビルと、その道向かいに昔からの商業ビルがあり、その回りに飲み屋が広がっているという形だった。 高架化された駅の真下にも小綺麗の飲食店街が貫き、駅前再開発の輪郭がはっきりと見てとれた。 結論から述べるとカレンダーは見つからなかった。 どこへ行ってももう季節じゃないからと店頭に置いてなかったのだ。本屋も三軒ほど回った。まぁもう6月になるしそんなもんか。 昔から買い物は店でする方だ。 余程値段の差があったり店頭で品薄だったりしなければ、大体街をぶらぶらして買う。 時間も使うしあまり効率的じゃないけど、きっと街をブラつくのが好きなんだ。 小さい頃は迷子常習犯だったらしいし。 カレンダーは見つからなかったが、本屋を回ったお陰で山と高原地図の43番、南アルプス・北岳を買ってしまった。 7月最初の土日に、滋賀県の友人と南アルプスへ歩きに行く予定だ。 やはり放浪癖というのか、やたら遠くへ行きたがる節がある。 それかもしくは、小さい頃は部屋でレゴブロックに没頭していたので、その反動なのかもしれない。 6月は自炊を心がけて、節約して生活しよう。
2017.05.30
カレンダーが欲しい。 あれをやりたいこれをやりたいと思ったときに予定を書き込んでおく。 最近やりたいことへの情熱がすぐに消えてしまうことが多いので、カレンダーを見てワクワクしたいのだ。まだ25歳でそんなこと言ってるのもアレなんだけど。 予定とか書き込むタイプのカレンダーって普通にお店に売ってるんだろうか。 カレンダーというのは普段利用してるコープや町会、家を立ててくれた建設会社などが勝手にもってきて置いて行ってくれるものだという印象しかないので、いかんせんカレンダーを買うという認識がない。 そりゃちょっと洒落たモノなんかはインテリアとしての意味合いが強いので、雑貨屋なんかで買うんだと思うんだけど。 スマホにもカレンダーはついている。 しかし、すぐに目に入る場所にかけてある壁掛けの大きなカレンダーには到底敵わない。 今日は散髪に行ったので時間がなくなってしまったが、明日はカレンダーを探す旅をしようと思う。
2017.05.29
自分で考えていること、感じていることはどんどんドバドバと吐き出すべきだ。 だからこのブログも更新することにする。 2015年9月の日記をみるに、不毛な時代に支えてくれた人々へ楽しい時間を提供することで感謝を示していく旨がつらつらと書いてあった。前向きだ。 あれから一年半ほどたって、どうだろう。そんなに変わってない気もする。一緒に遊んでいるが、それ以上ではない。 友人たちには貰ってばかりだ。僕が提供できるのはなんなのか。 誰かに、相手に喜んでもらえるだろうとアタリをつけて動くということを、2010年から2011年にかけて完全放棄した時代があった。爪痕はデカい。何も表現しなくなったし、感じなくなった。 今回ブログを書いているのはそういうわけだ。考えたこと、感じたこと、少しでもいいから表現する。感想を書く。感想なんか楽しかったとか面白かったとかそんなんで良い。高尚なことは意識して書くもんじゃあない。 価値観を取り戻すには地道に表現するしかない。感覚は内的なものだけれど身体の外に出して形にしないかぎりはそれが確固たるものにならないのだ。考えたことは形にして初めて意味がある。 10代のころは迷いなくそれができていた。 今さらその頃の自分を取り戻そうとは言わないし、取り戻したところで若さの悪い部分まで引きずってくるのは成長していないのと同じだ。 しかし参考にはなる。自分がどう考えて感じていたかを探る上で手がかりになるのは確かだ。囚われすぎても毒だが。 だから新しいブログを作らず、ここで書くのには意味がある。 変化をみるにはある程度の期間の観測が必要だ。ここにはすでに蓄積された自分がいる。
2017.05.28
ここ二年間であったことをつらつらと。 2015年2月に地場ゼネコンに入社。 スーツを着て、ごくフツーのサラリーマンをやる作戦にでた。自分の価値観が全く信じられないので、フツーのサラリーマン。 元請け業者として協力会社を束ねる立場で、仕事そのものの裁量はなかなか広く、リズムをつかんでからは少し面白味も感じていた。 2015年当時に一回だけ更新されている日記には、仕事はクソほども面白くもなんともないと書かれている。この後秋から冬にかけてリズムを掴み、お客さんも増えてやりがいも感じるようにはなるのだけど。 営業車を一人一台与えられ、自由に動いて仕事を獲得、価値有る形にしてお客さんに買って貰う。良い仕事だったと思う。 いかんせん、職場の人間と考え方が合わなかった。 自分の至らなさ、若さ、了見の狭さ。おそらくそういったことにも原因が多々あるのは重々承知だ。しかしこのblogでそこに回帰してしまうと救いがなくなってしまうので、棚の上に上げておく。自分の日記上でくらい、自分を全肯定してやらなければならない。 率直に言って建設業界は全体的に古いのだ。同調圧力と、上下関係と、非効率。この業界にいてこれを嘆いても「なんだそれ。承知の上で入ってきたんだろう」と言われるのがオチなのだけど、それでいいのか。 少なくともあのゼネコンではそういった効率化と風通しの良さを推し進められる革新の様な動きは起こらないだろうと思ってしまった。 休日は強迫観念に責め立てられる様に遊んだ。 自転車で走っている時は自由だ。 スピードも、目的地も。目的地はあっても無くても良い。ある方が充足感が得られることが多かったけれど。乗っていることが楽しい。 遠くへ走ればそれだけ自由になれる気がした。20歳を超えて就職したって中学生だ。尾崎豊となにも変わらないのだ。 一生懸命遊んだ。 鋸山 草津、渋峠 北陸、白川郷、琵琶湖 とにかく遠くへ。 夏休みになって、久しぶりに彼女と再会した。 彼女は2015年の4月から公務員としてとても厳しい環境でたくましく働き、成長していた。具体的な職はここでは伏せる。 伊豆へ車で旅行に行き、海で泳ぎ、夜には色々なことを話して、そして眠った。 私の夏休みの終わりに職場で研修の修了式があるので、それに来て欲しいと話していた。 修了式は圧巻だった。とても遠いところへいってしまったような、置いていかれている感覚に襲われた。 どうしようもなくなって、やりきれなくて、対抗してハードな長野県の山岳救助隊などの職についてやろうかと高ぶった。本場北アルプスを見に行ってやろうと、お盆休み最終日の前日に松本まで自転車で走った。北アルプスは曇っていてなにも見えず、ネカフェで一晩過ごして浅間温泉に浸かり、午後のスーパーあずさで帰宅した。ちょっと狂っていた様に思う。 その秋に仕事のリズムをつかめたのだ。 単純に言えば彼女の頑張りに触発されたのだと思う。それから半年ほどは頑張れた。とても短いけど。 まあ、結論から言えば続かなかった。 2016年はいよいよ転職しようと活動していた。通常業務と転職活動と自転車活動をぼちぼちと。彼女は冬から初夏にかけて海外へ長期の出張だった。 自転車師匠の福田さんはやはりアフリカへ行くと言って、その資金を貯めるために山へ戻ることに。夜桜を見ながら最後の酒を飲み交わし、東京から去っていった。 自転車や山の活動に関してはとても良い年だったと思う。すべて自己満だけども。 東京→名古屋の初級キャノンボール 東京→青森の740kmファストラン 那須岳での山岳サイクリング 富士山一周 槍ヶ岳、北穂高登山 常念山脈縦走 そして特筆すべきネパールサイクリング 転職の目処がたったので11月末に仕事をやめたわけで、ネパールへ。詳細はまた今度にするけど。 エベレスト街道は素晴らしかった。 転職先は、これがまた建設業界。 一応大手の建材メーカーに拾われた。 土日休みで給料も良かったので決めた。大きい会社で働いてみたかったというのも理由の一つだ。 価値観を外注するとこうなる。 自転車と山を満喫し、転職も成功。 2016年はそんな年だった。 長くなったのでまた次回。
2017.05.28
二年間ほどブログを放置していました。 お久しぶりの武者です。 とりあえず更新。詳細は次回。
2017.05.28
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