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高さ10メートルの飛込み台から時速60キロでダイブして、わずか1.4秒の空中演技の正確さと美しさを競う飛込み競技。その一瞬に魅了された少年たちの通う弱小ダイビングクラブ存続の条件は、なんとオリンピック出場だった!女コーチのやり方に戸惑い反発しながらも、今、平凡な少年のすべてをかけた、青春の熱い戦いが始まる―。大人たちのおしつけを越えて、自分らしくあるために、飛べ。
2010.01.30
本書は、ある夫婦のブログから誕生した。「Casa Esperanza」(希望の家)と題されたこのブログには、32歳で肺がんと診断された 妻、横山文野さんと、新聞記者である夫、山口智久さんの、2002年から2005年まで3年間に及ぶ闘病生活が克明に綴られている。発病当時、文野さんは長年の研究生活を経て、跡見学園女子大学の専任講師に赴任したばかりだった。その後の精密検査で、病状はすでに腰骨への遠隔転移があるステージIVのがんと判明。手術は不可能となり、抗がん剤による化学療法と、放射線治療による闘病生活に入る。“なんでがんなんかになったんだろう”“私の研究者としてのキャリアはどうなってしまうのか”“もう子どもは持てないのだろうか”不安と後悔がせめぎあい、治療の痛みと副作用が続く。それでも文野さんはがんと闘い、希望を捨てまいとしていた。そのかいあって、1年後には小康状態を得、文野さんは教壇に復帰を果たす。しかしそれもつかの間、がんは進行をとめることなく、脳と肝臓に転移していた。さらに骨転移が広がり、治療の痛みと入院のストレスからうつ病を併発する。「精神状態がとても悪い。どうしていいのかわからず、泣いてばかりいる。とても苦しい」ついにはブログを更新することもできなくなってしまった文野さん。そんな文野さんを支えたのは、夫の智久さんをはじめとする家族だった。それからまもなく、文野さんは当時の新薬、イレッサと出会う。それは劇的な効果を上げ、原発巣は一時的に縮小。精神と病状が安定した文野さんは再度の職場復帰を果たす。「正直、いつまたがんが暴れだすかと思うとこわい。周りにも迷惑をかける。でもおびえてばかりはいたくない。今日から私は専業のがん患者をやめる」 しかし安息の時間はまたしても短かった。がんは脳に再発、さらに脊椎へも転移する。2005年7月、肝機能の低下により容態が悪化した文野さんは緊急入院。智久さんは、文野さんが勇気をもらい、そして与えてきたブログで呼びかけた。「妻が大好きな青い花の写真を張ってください。みなさん、パワーをください」文野さんが逝ったのはそれから8日後のことだった。「不思議だ。僕はまだ信じている、息を吹き返すのではないかと。看護師たちが体をきれいにしてくれている。こうしている今も、僕はまだ信じている」
2010.01.29
フリーライターの深沢岬は、仕事の依頼で待ち合わせたホテルのロビーで、ベビーカーに乗った赤ん坊を目の前にしていた。「その子はあなの娘だ。引き取ってもらいたい」。岬にかかってきた電話の主は、最初から赤ん坊を渡すつもりで依頼者を装い、岬を呼び出したのだった。身に覚えのない岬は激高するが、それがまさか前年、報酬欲しさに違法だと知りつつ提供した自分の卵子から生まれた子だったとは…。第一回小学館文庫小説賞を受賞した『感染』に続く待望の医療ミステリー第二作がいよいよ登場。
2010.01.28
「医療崩壊」が叫ばれる今、日本の医療現場では、なにが起こっているのか。深刻な医師不足、羅針盤のない医療政策、よい医者を育てられない医学部の現実、「患者より研究」の大学病院、過熱する医療事故報道で萎縮する医療現場、医療費を払わないなどのモンスターペイシェント問題......。京大大学院教授から聖路加国際病院院長になった著者が、これらの医療を取り巻く問題を考える。「最高の医療」を実現するために聖路加がしてきたこと、そしてこれからするべきこととは何なのか。
2010.01.27
万感をこめて描く、野球がベースボールを超えた日。野茂英雄を巡る旅、ほか七篇―珠玉のスポーツノンフィクション。
2010.01.26
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