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今日は朝7時に市役所に行ってり災証明を取りに行きました。7時だというのにすでに沢山の人が並んいて市役所はごった返していました、8時に112番の整理券を貰い受け付け順がくるまでさらに一時間半待ちました、全国各地から応援の人が多数来ていただいたお陰で手続きそのものはスムーズに進みました。り災程度の判定の結果は全壊でした、浸水は全壊の基準に満たなかったのですが物置が流されサッシを壊して家の中まで入ってきたことが考慮されたようです。ただご近所に聞くとほとんどこの地域は全壊扱いのようでうちだけ半壊じゃぁなくてちょっとほっとしました。り災証明が終わると次は被災者生活再建支援金の請求申請です、これも応援の方々のお陰でなんなく手続きが終わりました。り災証明を貰ったついでに住宅の応援修理制度の申請もしてきました。こちらは申請する人も少なく説明を聞いて申請してきました。今までは家の片付けに没頭してきましたが、これからは市役所での申請や補修工事の手配など並行してやっていかなければなりません。やたらいろんな制度がありややこしいのですがちゃんと申請しないと貰えない場合があるようです。そういえば義援金はどうなったのでしょう?あまり人の金をあてにしちゃぁなんだけど、当面の生活費とダメになった家電製品の購入資金にしたかったのに・・・最近は話題にもならなくなったなぁ、取り敢えずカードで買物してるけど来月の支払い大丈夫かな!?
2011.04.25
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ここ二週、週末は山形へ行ってました。目的は入浴と洗濯、そしてたまの気晴らし、石巻から山形まではバスで3時間弱、往復で三千円くらいです。山形へは仙台経由するわけですが仙台の街中はまるで別世界のようで表面上は震災の影響は感じられません。やはり津波を被ったところとそうでないところの差は歴然としてます。さて、何故に山形かというと被害が無かったからとかおいしいものがあるとかいろんな理由があるわけですが、何故かマイルドセブン系のタバコが売っているです。それも街外れの小さな商店の自販機で。他の地域の情報がないのでタバコの販売状況は知りませんが石巻では輸入タバコしか販売してません。それがいつも吸っているタバコがあるだけでやっぱ山形へ行く価値があると思う。タバコを吸う人にしか解らないことだろうナァ~
2011.04.25
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石巻でも桜が咲きました、今週末はほぼ満開です。津波に浸かった桜も今は枝いっぱいに華麗な花を付け春の訪れを教えてくれます。我が家の水仙も桜より一足先に満開になりました、背丈は例年と比べ伸びなかったものの可憐な黄色の花を見せてくれました。津波の汚泥に三週間も浸かってたのに、自然の力強さに勇気を貰う思いがします。先週我が家の電話回線が復旧しました、早速ブロバイダーに連絡してモデムを送って貰えるよう手配したのですが今週の水曜になっても来ません。どうなっているか問い合わせると出荷はしたが石巻の配送業者の営業所に着いてないので解らないとのこと、どうも説明が理解出来ないしつじつまが合わないのでさらに問い詰めるても先の事を繰り返すばかり、こちらも日頃のストレスのせいか頭にきて、出荷したなら伝票番号が解るはず、それを提示しろとさらに詰め寄る。先方は石巻の営業所に着かないと解らないの一点張り、そんな事は有り得ない話しで出荷の時点で伝票番号が解るのは常識、他のお客様にもこれで納得してもらってますなどと白々しく言うものだからつい罵倒してしまった、しかも相手のプライドを傷つけるような言葉でそうしたら金曜にクロネコがモデムが持ってきた、伝票番号から配送を調べると電話した翌日に出荷したようだ。その後かかってきた電話から推測するとやはり出荷はしてなくあまりの剣幕で言われたものだから急遽飛脚からクロネコに変えて出荷したようだ。出荷してないのだったら始めからそう言えばこちらも怒らなかったのに、そんなのはオペレーターの責任じゃないからね。そんなこんなでやっと届いたモデムをセットしてみるとネットに繋がらない、聞くとNTTの支局とブロバイダー間で問題があるとのこと解決するのは何時になるかわからないそうだ、やはりYahoo!BB はダメな会社だ。いつまでも続くようだったら真剣に変更を考えなきゃならないようだ。今の時期こんな事に時間を使う暇はないんだけどなぁ。
2011.04.25
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しばらく更新を休んでいましたが、相変わらず家の片付けに明け暮れています。震災から40日以上たちようやく家の方も水洗いが始められ少しづつですがスリッパで歩ける場所が増えてきました、ただ一度津波に浸かり汚泥で汚れた廊下や床は何度洗ってもなかなかきれいにはなりません。今週の大まかな予定は床板を取り外し床下の汚泥を取り出し石灰散布、時間があれば大量に家からでてきた食器類の洗いをする予定です。それと石巻でもり災証明の申請が始まったのでまだ大分混雑しているようですがそれにも行ってきます、り災証明がでれば住宅の応急修理制度が利用でき52万円の補助が受けれるそうで電気工事と壊れた玄関の修理、ボイラー交換の足しになればと思ってます、それにしてもやることばかりで何時になったら安心して住める生活がくるのやら、地盤が沈下し傾きかけたこの家は果たして住めるのか心配だなぁ~
2011.04.24
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震災から早一ヶ月になります、この間いろんなことがありました。地震直後は家にすぐ戻り母親の安否を確認、余震が止まないので小雪ちらつく中庭に出ると大津波警報のアナウンス。足の悪い母親を連れては逃げ切れぬと思ったのとまさかここまでは来まいという甘い考えでとりあえず家の2階に避難、2階に上がってほどなく津波がやってきた。始めこそちょろちょろだったのが直ぐさま黒い濁流にかわり家になだれ込んできた、下の部屋から聞こえるガラスの割れる音、あっという間に水嵩は増していく。2階の窓からは今まで見たこともない光景が繰り広げられていた、どんどん流れてくる車や流木、家の物置は直ぐに流され玄関を塞いだ。一行に退かぬ水位、それどころか津波が来る度に2階に迫る水位、甘く考えていた自分を悔やんだ。年寄りをかかえては逃げ切れぬと覚悟を決めた。暗いなか夜通し窓から水位を見守り助かったと思ったのは翌日の朝、水位が下がってきのだ。その間食べ物は煎餅が数枚、飲み物は無かった、喉が渇いたという母親の言葉で水に胸までつかり飲み物を求めて近くの避難所を目指した。結局避難所には水すら無かったたが、途中偶然に荷物を持ってあげた見知らぬ人から烏龍茶をいただいた、うれしくてなみだが溢れた。2階に上がる途中一階でまだ濡れてない袋入りの煎餅を数枚見つけその日はそれだけ食べた。翌日水位はさらに下がったが母親は地震と津波の恐怖でほとんど歩けない状態、無理でも避難所に行くか迷っていた時親類が救助に来てくれようやく家をでれた。一日だけ母親を預けるついでに世話になり翌日からまた家の2階で寝泊まりして家の片付けを始めた。最初の一週間は親戚の安否確認と食料確保に明け暮れた、朝は6時に起き避難所で余った物があれば貰い新聞店に行って無料の新聞を余分に貰い近所に配った。津波を免れた地元のスーパーが在庫で営業しているという話を聞いて朝7時前から並んだ、5時間以上待ってようやく食料を手にできたときはありがたかった。十日を過ぎた頃から自衛隊が朝昼晩とお湯を配給してくれるようになり温かいカップラーメンが食べれるようになりお菓子中心の食生活が改善された。二週間を過ぎると避難所中心だった救援物資が自宅避難者にも配給してくれようになり水の給水と合わせて食料の不安が無くなった。この頃ようやく電気が近くまできたが我が家は漏電するということで使えなかった(その後問題が解決し現在は2階のみ復旧)、水道は三週間目で復旧した(これも今だ側溝が詰まっているのですぐ溢れてしまい自由には使えないが)これが今私の住んでいる石巻市の大街道地区の状況です。ただ僅か数十メーター海側に行っただけで状況は激変し瓦礫が散乱し手付かずのところも多数あります、さらに二、三キロ離れた門脇・南浜町地区は津波の直撃と火事により壊滅しており幹線道路さえいまだ自衛隊が瓦礫の処理を終えていません。一ヶ月たってもそこはまるで戦後の焼け野原のごとき光景が広がるばかりで同じ石巻市民として見るに堪え難いものです。今日たまたま市役所に行く機会がありました、行ってみると街中にはボランティアと見受けられる沢山の方々が懸命に道路沿いの泥を取ってくれていました。本当にありがたいことです、でも本当は(旧)石巻市内でもほとんど被害の無かった地域はありその人達が率先してやらねばならないはずなのに、地元もそうだけど同じ県内でも津波の被害が無かった地域からの活動は見えてきません。遠くから駆け付けてくれたボランティアの方々を見て何も感じないのか、壊滅した門脇、南浜町地区の惨状を正視できるのか、結局信頼できるのは近所の他人と遠くの他人だけというのは寂しい話だね。
2011.04.10
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余震にはもう慣れっこになったと思っていたが昨晩の余震は再びあの悪夢を思いだした。そろそろ寝ようかなと思っていた頃を突然やってきた強い揺れ、すぐヒーターを消し火燵にしがみついた、早く収まれ!と思うこちらの気持ちとは裏腹に強さを増しなかなか終わらない、やっと収まったときすぐ思ったのは「津波」、怖くて手元にあった防寒着を着て懐中電灯だけ持って逃げたさ、暗いなか走って走って近くの避難所の小学校に着くころには息も絶え絶え、それでも三階まで階段を駆け上がってさ、辺りは停電で避難者の懐中電灯だけが唯一の灯、みんな口々に恐怖と不安を嘆いていたよ。本当、いつまでこんな余震に怯えた生活が続くんだろう?幸い津波はこず警報も一時間ぐらいで解除されたので自宅にもどり暗い部屋で眠れぬ夜を過ごしました、本当は怖かったけどね、朝になり電気は回復していましたが、強い揺れで家の前に積み上げていた土砂が門側に崩れていました。せっかく何日もかけて積み上げのに・・・でも被害はそれだけだったからこれでよしとしなきゃね。
2011.04.08
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すっかり津波にやられ10cm以上の汚泥が堆積してしまった我が家のお庭、もう草木もすべてダメになったと諦めていました、それが先日といっても三日ぐらいだから津波に浸かって三週間ぐらい後に泥を掻き出していると地面から緑色ものがでていました。傷つけないように手でそっと掘り進めると水仙の芽のようです、それがあちこちから出ています、そういえば毎年この辺りは水仙が咲いていたところでした。震災前に芽が出ていたところは緑にその後伸びたところは黄色、なんか黄ニラのようにも見えます。津波の塩水に浸かって三週間、ずっとこの日を待ってくれてたんだ生きていてくれてありがとうそれから毎朝水をあげ少しづつ成長しているようにもみえます。どうかこのまま大きくなって花を咲かせておくれその頃には僅かかもしれないけど家も片付き街も復興に向け前進していることでしょう今年は桜の花見は無理だけど懸命に生きる水仙の花をもう少しゆったりとした心持ちで見たいな。
2011.04.06
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やっと我が家にも電気が通りました!!もちろん浸水した一階は漏電しているのでダメで2階だけですけどあ~ぁ、なんて明るいんだろう、これほど電気のありがたみを感じたことはありません。思えば携帯の充電の為に朝の6時から自転車で市役所まで行ったり、防寒着を着て布団に入り寒さを凌いだり苦労の連日でした。それも昨日でおしまい、なにせ2階には火燵もヒーターもあります、そして頼もしい味方の電子レンジや冷蔵庫もテレビはないが携帯でワンセグが見れます。そういえば今日久しぶりに見たテレビのニュースで大阪のグリコの看板が自粛の名の下に消えていたのが今日からネオンが復活するとかずいぶんとんちんかんな話しに思えます、被災していない地域は普段通りというかもっと元気に盛り上って日本を引っ張ってほしいのになぁ。まぁ、なにはともあれ今は久しぶりの電灯の明るさと暖房の心地良さを満喫してます。
2011.04.05
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今日はもう携帯のバッテリーがないのであまり書けません。書きたい事はいろいろありますが明日にします、明日は近くのソフトバンクショップで充電しに行きます、なにせこのショップには綺麗なお姉さんがいるので実は楽しみなんです、今唯一、若い女の子と喋る一時の幸せを噛みしめよう!
2011.04.03
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昨日は疲れて7時頃に寝てしまい更新できませんでした。さて、津波をもろに受けた我が家はいまだ電気がきてません、近くまではすでに復旧しているものの古い家なのと塩水につかったことにより漏電しているということで今だ懐中電灯生活です。なのでテレビはしばらく見ていないので分からないのですが、まだテレビのCMはACばかりなのでしょうか?マスコミは全く馬鹿げたとんちんかんなことばかりしてますね、計画停電も被災地の為というより電力会社の供給不足の影響で営利優先で危機管理を怠った結果です。だいたい壊滅状態の地区は電信柱すら流され三週間たった今でも数本しか立てられてなく、私の住んでいる石巻でめ大きな工場のほとんどは港付近にあるため休業状態で再開の見通しさえ立っていません。すべて見通しの甘かった企業のツケが全国に波及していると思います。そんななか今回の震災で被災した身で心苦しいしいのは全国で自粛ムード があることです、それは確かに電力の問題とか警察が被災地に派遣されているので警備上の問題とかあるでしょうが、お祭りとか花見が取やめになったというニュースを聞くと心が痛くなります。せめてこういう時だからこそ被害が無かったところでは派手に楽しんでほしいな、楽しんでる話題に触れらればこちら側も勇気がもらえる、いつか復興したらそんな日がくるんだと。全国、各国からの熱いメッセージは毎日ラジオから聞いて励まされます、たぶん東北の私た達はそんなメッセージを聞いて取り残されていない、心の隅でも気に留めてくれていてくれるんだとおもえればこれからも頑張り続けます、だから無意味な自粛なんかしないで春の息吹を楽しんでください。
2011.04.01
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