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自分がされて嫌なことはしないようにしている。そんなことをわざわざ宣言しなくても、誰でもそう心がけているだろう。それにもかかわらず、どうして嫌な思いに何度も行き当たるのだろう、と思ったとき、各人の感覚差が浮かび上がってくる。そしてその感覚は人によってずいぶん違うということも最近特に実感している。卑近な例。ネコ博士が出勤する時、私が家にいようが、駅まで送ってすぐに帰る予定であろうが、彼は必ず外出時に外から鍵をかける。しっかり者だ。一緒に出る時はそれでいい。日本で生まれ育った私は、それほど施錠にこだわらないが、大切なことは承知している。しかし、私が家にいるのに外から鍵をかけられるのは辛い。イギリスの家はだいたい鍵が二つ以上ついていて、一つはオートロックで外側からは鍵がなければあかないが、中からは手で開けられるもの。そしてもう一つはどちらからも鍵がないと開かないものがある。これが曲者なのである。実は私は閉所恐怖症。自由を愛する射手座ならではの恐怖症なのかもしれないが、狭いところはどこも苦手だ。狭いだけではなく、自分の意思で自由に外に出て行くことの出来ない状況を病的に恐れる。港に係留されている船を散策していても、ある程度下に行くと、窓がないのに水圧を感じて突然、息苦しくなる。もしかしたら前世かその前の負の記憶なのかもしれない。というわけで、外から施錠されると、非常に息苦しく感じる。一方、締めて行くネコ博士にも「危ないから」という大義名分があるし、それは認める。私も鍵こそかけないが、チェーンは家の中にいるときは必ずかけているのだから。ほんの些細なことであっても、相手の嫌なことをしてしまっているのである。いくら常日頃、自分のいやなことは人にしないようにと心がけていても、良かれと思ってやったことが一番近くにいる人にさえ全く通じていない。ということは、家族以外の人に嫌なことをせずに人生をやっていけるなんてゆめゆめ思ってはいけないんだな、と自分の想像力の欠如を恐ろしく思うのであった。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2010/02/10
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最初に意識を持って接した洋楽がUKモノだったこともあり、英国式発音への親しみは日本人としては長く、自信がある・・・というか、それしか話せない。それしか話せないといえば、日本語も標準語しか出来ない。一時期、仙台弁らしきものを話していたが、それもイントネーションだけで、語彙まではマスターしきれず。仙台弁で有名な「いづい」の意味はuncomfortabaleになるんじゃないかと、イギリスに来てから思い当たった。その「標準語」しか話せないコンプレックスの裏返しでもあるのだが、歌手には標準語を発音してほしいと思う。話さなくてもいい、発音してほしい。例えばマドンナはガイ・リッチーにメロメロでイギリスにいる時も、アメリカ人丸出しのアメリカ語を話していたが、The English Roses[洋書]歌にはそれほど訛りは出ていない。やはりきちんとしたボイストレーナーについたのだろう。一方、イギリス人なのに出身地域(階級とも密接に関係がある)の影響が強く、「頼むから録画取りしてボイスオーバーかけてくれ!!」と切に願うグループもいる。どうやら兄弟げんかの度がすぎて解散したらしいが。そして、最近もう一度聴いてみて、どうやら彼も「訛り」がある、と気がついたのがボーイ・ジョージ。まさか彼が女王バリのクイーンズイングリッシュを話すとは思っていなかったが(別な意味での女王系英語だが・・・)、歌でさえアイルランド訛りが強い。つまり彼の母国語はアイルランド訛りで、英語は第二言語でしかないのだろう。例えば「It’s a miracle」「ミラクル」なのに「ミリカル」に聞こえる。Culture Club カルチャー・クラブ / Colour By Numbers 【CD】カタカナ表記の限界があるが、聴いていると明らかに口を横に開け過ぎているのがわかる。だが、その後に続く「Dreams are made of emotion」のRやMとの組み合わせでとても美しく聞こえるのだ。そして初期の音源では彼の声がかすれたり伸びたりしていくのと相まってたまらない。でも、やっぱり「ちゃんと」発音してくれれば、私の英語ももう少し早く上達しただろうなと思うと、むちゃくちゃちょっと悔しい。昨今、日本のポップカルチャーが世界中に輸出されているが、歌う人たちよ、どうか「正しく美しい」発音を心がけてほしい。誰がどのように聴くか、わからないのだから。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2010/01/30
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前回はコンサートの前後について書いたが、今日はMCを聞いて考えたことを綴ってみたい。曲を紹介する前に一言、観客から突込みがあればまた一言、とかなりおしゃべりで、最近詳細なライブ報告を受けた相対性理論とはかなり違うことを再確認。新譜出ました♪相対性理論 / 渋谷慶一郎 / アワーミュージック 【CD】いや、相対性理論がしゃべらな過ぎるんだけど。理論は曲を知らなきゃセトリ作るの大変だろうな。反面MCだけなら書きとめる必要ないかも、とさえ思う。両極端だな(笑)ま、理論はいいや。今日は、ボーイ・ジョージ。彼は、カルチャー・クラブ(以下CC)時代の恋人(と同時に彼らの破局がCC解散の原因でもあった)ジョン・モスとはいまだに会っているらしい。驚いた。何年か前のTV番組で、CCの特集をやっていた時に、バンドのキーボーディストが「ジョンが結婚して子供がいるんだよ!考えられる?あのジョンがだよ!」と言っているのを見ていたので、女性と結婚していることや、子供がいることには驚いていない。が、まさかボーイ・ジョージが会ってたなんて!一番上は19歳になる女の子で「んもう、とっても華々しい美人なのよぉ~」とジョージは言った。一対一ではないし、どうせ客席は暗くて見えないのだろうが、それでもどういう顔をして聞いたらいいのか、ちょっと迷った。こんなこときいて困った顔をしているのは考えすぎちゃった日本人とそういう経験をしたゲイぐらいじゃないだろうか?別な日に彼はまたジョンの子供たちの話題を振り「だからアタシ言ったの、アタシがあなたたちのママだったかもしれなくてよって(はーと)」その後すぐ「まぁ、臓器が足りなかったんだけどね」と落としたが、落ちに至るまでの微妙な空気の流れる微妙な時間。ジョージ・・・まだ忘れてないんじゃないか?だとしたら、どういう顔で、どういう気持ちでジョンに会っているんだろう?それでも会えるだけいいと思っているのだろうか?どういうきっかけで再会したのだろう?家族と会うようになるって、お互いにとってどういう事なんだろう?クリスマスシーズンに入るや否や、イギリスのラジオでは「Do they know its Christmas time at all?」という【 レコード・LP盤 】(中古) バンド・エイド/ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス? (12インチシングル)80年代のバンドエイドの曲が流れる。この曲にCCからはジョージとジョンが参加している。多忙な中、あえて二人で参加した意味は大きいだろうし、映像が残っている。長い人生の一瞬のこととはいえ、忘れがたい思い出の一つになっていることは間違いない。そして、毎年定期的に思い出させられる。彼らはそれぞれどういう気持ちでこの曲を聴くのだろう。もし、未練がなかったら、この季節をどう感じるだろう?もし、未練があったなら、再会なんてできるだろうか?幸か不幸か、私にはそうからかわれる子供も、からかってやろうという子供もいない。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2010/01/20
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ある日、新聞を見ていたら「Boy George」という単語が目に飛び込んできた。知らない人もいるんかな?◆一生涯保証付・一点もの◆[直筆サイン入写真] (カルチャー・クラブ) ボーイ・ジョージ Boy Georgeこれはその昔、土曜日の新聞で見開き2ページのFM番組表をざっと見ただけで「カルチャー・クラブ」という単語が飛び込んできたのと同じだ。まだ、というべきか、またというべきか、その能力をしっかり持ち合わせている。それに続いて「2010年Up clse and personnalヨーロッパツアーに先立ち、ロンドンライブ!」なんとクリスマスをはさんで(クリスマス前後が休みというのが、いかにもイギリスのアーティストらしい!!)8日の連続公演だ。連続とはいえ、クリスマス前後はしっかり休むところがイギリスだ。客もこないだろうし。初日は既に満席だったので、2日目のチケットを取った。自分の経験から、初日はいろいろ気が回らないところもあるが、まだたるむには早い。ある意味、一番レベルの高いものが期待できる(はず)。当日、念入りに化粧をし、文字通り頭の先からつま先まで、全方位びしっと決めて出発した。が、その日は雪で最寄の地下鉄駅は閉鎖。バスで地下鉄が動いている駅まで行くことにした。そのバスも「あと1時間半ぐらいは来ない」と、信用ならない。地下鉄に乗れる駅は車なら片道5分の距離、つまり歩くと30分。いつ来るかわからないバスを待つほど余裕はない。積もった雪にブーツのヒールを突き刺すようにして歩く。地下鉄も「30分に1本の運行となっております」と言われ、すわ遅刻かと思ったが、運のいい私のこと、2分後にちゃんと次の地下鉄がやってきた♪神様、ありがとう~!キャパ400人ぐらいの会場は両端に酒類販売コーナーというか、パブと同じカウンターがある。最近、コンサートと言えば、スマップのドームしか行っていなかったので、飲みながらなんて考えもしなかった。が、そこは臨機応変な私のこと、財布を片手にさっさと買いに行く。もう一つ驚いたのが、写真。絶対にダメだと思っていたので、せめて会場の雰囲気だけでもと思って恐る恐る撮ったが、始まってからもデジカメで、ケータイで、静止画像で、動画で撮りまくっている。観客の80%はリアルタイムでカルチャー・クラブを聴いたと思われる世代と、その連れ。そして30%はゲイだった、さすがだ。【送料無料】In & Out With Boy George 輸入盤 【CD】私の斜め前にいたゲイカップルもiPhoneを使っていて、そのあたり、異常にiPhone密度が高い。なんてことを考えながらワインをすすっているうちに開演。思いがけずよかったのが「Everything I own」ソロのデビュー曲だ。外の寒さをすっかり忘れさせようという演出なのか。Boy George & Culture Club / Best Of 輸入盤 【CD】一緒に歌えるほど聞き込んだ歌なのになぜか「Own(所有している)」を「Owe(借りがある)」と聞き間違えたが、潜在意識がそうさせたのかもしれない。とにかくそれ以来、このカリブ海のカラッと乾いた、しかし強烈な太陽を思い出させる曲を脳内&iPhoneでヘビロテしている。iTuneだけで販売している最新アルバムからの曲を中心に、ソロ曲、カルチャークラブ時代の曲まで幅広く取り上げた。「彼」のファッションはすっかり理解不能になってしまったし、外見もイギリスにいるからこそ何とも感じないが、日本標準を見慣れている人なら、驚くほど太っている。後日ライブにいった話をしたら、イギリス人の義妹は「昔は細かったわよね」と平然と言ってのけて、返答に困った。現役時代でさえぽっちゃりしていたと思っているのに。ということで、その後、彼女と見に行くことにした。それにしてもあの美声。あれだけは変わってない。アレンジが変わってかつての伸びを見せ付ける曲が少なかったのは残念だが、そういえばカルチャー・クラブ時代のツアーアレンジはどうだったんだろう?と思い出そうとして、あの時は仙台の田舎でくすぶっていて、行きたいと思ったライブに全て行けた訳ではなかったことを思い出した。あの頃の自分がやりたかったことを簡単にできるほどいろんな意味で自由になった今だが、失ったものも大きいとやっとわかった。♪You gave my life to me, set me free, set me freeThe finest years I ever knew were all the years I had with you♪バンドはギター、ベース、打楽器、キーボード、そして男女のコーラスの7人編成。女性BGV(Back ground vocal)は声質こそ80年代のカルチャークラブ時代のコーラスをしていたヘレンに似ているが、若くて細いお姉ちゃんを選んでいる。さすがジョージは客席から「ゲイ・ジョージ!」と声掛けされて「はいよっ」と答えるだけあって、美に対する基準は高い(他人限定かも?)。二度目はいろんな意味でバンドもスタッフも肩の力が抜けていた。が抜けすぎていて、前半はPAの調子が悪く、ジョージが何度も音量チェックの指示を出していたし、バンドも気がついただけで3回間違えたし、ギターの弦も切れた(これは不可抗力だが)。観客もノリがよく、掛け合いも気が効いていて、おねだりもうまい。ギターの弦を張り替える間、即興でクリスマスをお題に歌わせるなんて、かえって得した気分だ。Oh, George, you are THE best!どちらがいいかどうかは別にしても、観客によって舞台は作られるんだな、ブログにしてみれば、皆さんのコメントが記事を作るということか。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします★
2010/01/10
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もちろん、数字の苦手な私が好きな相対性理論はアインシュタインじゃなくて、音楽の方♪今年の6月にハマってから、早くも半年がたつのだけど、最初にドボンと落ちて終わりかと思ったら、さすがにもう毎回聞くたびに新たな発見があるわけではないのだけど、それでもあの不思議な言葉の世界にはまっていく。なので私の手帳やツイッターは「相対性理論的一言」が多い。そんなある日、ネットで見かけた一言。「人の手は つなぐように できてるの」テレ東 ひ~!!これ、テレ東っていうのがツボ!なんといっても相対性理論の曲には「テレ東」というタイトルの曲があるのだ。これの1曲目ハイファイ新書 / 相対性理論これをNHKで坂本龍一が紹介した時には字幕までついていた。その番組を録画してくれた友人やSNSのコミュでは「NHKがテレ東流していいの?」と言っていたけど、あの曲がCMになるかどうかは微妙なのでいいんじゃないかと思っていた。が、テレ東がこんなCMを打つということは、あの曲をテレ東のテーマソングへと路線変更するんじゃないだろうか?まぁ、それはそれでいいかな。たいくつな水曜にでも相対性理論のPVでも流すってのはどうだろう?バンドのボーカル、やくしまるえつこのソロCDおやすみパラドックス/ジェニーはご機嫌ななめ / やくしまるえつこをまだゲットしておらず、イマイチ日本のファンとは話が合わないのだけど(インテル日本のCMもやっと先日見た)これは早かった!グリコのプッチンプリンのCM~!プッチン大統領 来年はこのまま一気に彼らの不思議ワールドがブレークしてしまうのだろうか?隠しておきたい気持ちと、好きなバンドが世間に受け入れられる嬉しさとを抱えながら来年の彼らの活躍を見ることにしよう。ねがわくば、真部くんとまるえつの(もしつきあってるのなら)縁の切れ目がバンドの切れ目になりませんように!!といつ行くのか判らない初詣にでもお願いしておこう。これで今年の更新は終わりです。今年も一年お付き合いいただき、どうもありがとうございました。皆様の楽しい毎日を祈りつつ、来年もよろしくお願い申し上げます。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/12/20

一日で二つの展示会をはしごした。一つは大英博物館で行われた土偶。日本に居たらそれぞれの出土地(青森、長野、埼玉、九州が多かった)にいかないと見れない、それも国宝級の土偶が、なぜかロンドンで一同に会している上、無料で一般公開されているというのだから、私のような無教養な者でも見に行かないわけには行かない。最近は「古代少女ドグちゃん」2009年12月23日発売古代少女ドグちゃん 1(期間限定版)(仮)というドラマもあると聞くので、流行ってるのかな?長い歴史を持つ土偶は、豊穣や出産、再生にかかわるらしく、女性像が多い。多少デフォルメされているだろうが、確かにあの大きなお尻と立派な太ももは妙に親近感が沸く、というよりも私の先祖に違いないと思う。あぁ、私は間違いなく日本人だ。縄文時代からはじまり、と学校ではさりげなく習ってきたけど、実はかなり長い時期を指し、その文化の変遷も奥が深い。ちなみにwikiにあったこの土偶も展示されていた。講習会に行った人の話によると、これは眼をつぶっているので、死んだ人を意味しているんだそうだ。他にも顔がハート型の土偶、中が空洞になっている土偶(これはすごい技術的進歩だ!)なども展示されていた。この前の「黄金伝説」でついうっかり「次は縄文時代の生活してみたい」なんて言ってしまったツヨポン、もしそれが本当になったら土偶とか作るんだろうか。「ぷっすま」でも彼の画伯ぶりから察するにすごいものが出来そうだ。そして次は砥部焼の展示会へ足を運ぶ。砥部焼とは磁器の一種であり、私の大好きな白磁や青磁も作られている。展示会というよりは即売会で、大量生産されているものに比べれば当然高いのだが、一つ一つが手作りの芸術作品として考えれば安い。散々迷ったが、付きっ切りで説明してくれた作者さんがとても偉い人らしく、並べられていた作品がとても繊細な香炉(上の写真右側の白いの)で、それはそれで美しかったのだけど、我が家では実用品としては使えないので残念ながらその場で愛でるだけにした。でも、いくつかいいな、と思った作品があり、それは全て同じ作家さんの作品だった。もしその方がその日いらっしゃったら、きっと私の財布の紐は緩んでしまっただろう。危ないところを助けられたのか、これを機にアールヌーボーやアールデコ(生活の中に組み入れられた美術。芸術的見地からも、実用の点からも優れている日用品)の生活に入れずに残念なことなのかは今ではわからない。失礼な私は砥部がどこにあるか知らず、会場のスタッフの言葉から関西だろうな、と思っていたが(日本の焼き物は基本、西日本だし)この記事を書くために調べてみたら、なんと四国の愛媛県だった。本当に不勉強ですみませんでした。砥部町の役場に砥部焼のタイルが飾られているのはもちろんのこと、国連の本部には砥部焼の地球儀が設置されているという。隠れた実力者を発見した半日だった。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/12/10
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明日が誕生日で、それも10年ぶりに大台に乗るというので、ちょっとナーバスになっている。もちろん今までも10年毎の節目はそれなりにドキドキ期待と不安が入り混じっていたが、今までは10代の頃から私のロールモデルである10歳年上の女性歌手■送料無料■白井貴子&THE CRAZY BOYS CD【25TH ANNIVERSARY ~NEXT GATE 2006~】 07/12/19発売を見つめていたことで恐怖心は無かった。が、今回はなぜかあまり楽しい気分になれない。長年言い続けてきた「あと100年生きる」というのがさすがに本気では言えなくなっているにもかかわらず、私は今までの人生、何をしてきたと言えないからなのかもしれない。NHKでやっていたドラマ「白州次郎」を見ても戦争中の白州次郎の苛立ちはヒトゴトではなく感じられる。もちろん、いろんな意味で同一視は出来ないのはわかっているが。一時期スピリチュアル関連の本を集中して読んでいた。ほとんどはピンと来なかったが、唯一ストンと来て今でもそれを信じている考え方がある。それは「生まれ変わる魂は、胎児の形が出来てから宿る」というもの。「胎動は魂が宿った印」とは明記されていたのか、私の想像なのかはあやふやであるが。私には弟がいるが、その間にもう一人キョウダイがいたかもしれないとは子供の頃から聞いていた。だが、その「異変」を無意識に察知したらしい子供の私は、まだ安定期に入る前の母をそれはそれはこき使ったらしい。いろんな意味で悪だ。ごめんなさい。10代になって、何度目かのその話を聞かされた時は、間違いなく自分のことではあるが、まだ人間になる前なので責任取れないと困惑しながら伝えた。お母さん、ごめんね。しかし、その本を読んでからは、それほど自己嫌悪には陥らなくなった。それに万一、すでに魂が宿っていたとしても、弟に対する横暴さで証明したように、人使いのあらいワガママで俺様な私のこと、きっともっと酷い仕打ちをしたに違いない。だから冷たいようだが、そこで諦めてくれてよかったのだ、と自己弁護している。強者の論理と言われようが、やはり生まれた者勝ちなのだ。そして、今、この世界にいる弟に想いを寄せる。どういう因果があって今生で兄弟となったのかはわからないが、この世界に生まれてきた「同士」から酷い仕打ちを受け続けたにもかかわらず、本当に強くまっすぐ、立派な人になってくれて、姉は嬉しく、誇りに思う。ありがとう。今まで反面教師でしかなかった私も最近はあなたの役に立てているようで嬉しく思う。でも、私よりも2才下のあの有名人がもしかしたらキョウダイだったりして、なんて密かに思うのはちょっと楽しい。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/11/30

先週、イギリスのTVで「Kamikaze Girls」(邦題「下妻物語」)をやっていた。それをイギリスの新聞で見かけたので、義母に頼んで録画してもらったのを見たのだけど、これがものすごく面白かった。よく、タランティーノが日本のアニメを実写したような現実にはありえないばかばかしさと評されるけど、それと同じニオイがした。私は刃物が出てくる暴力モノは好きではないので、キル・ビルや映画ミニポスター『キルビル』◆バトル・ロワイヤルは苦手だけど、これはよかったなぁ。9歳の姪も途中から見ていたけど、最後まで見ていたので、きっと面白かったのだろう。ヤンキーって今でもいるのかどうかわからないけど(たぶん、いるんだろうな)そのレディースといかにも2次元世代のロリータの話なんて、イケてる。高校生、17歳ぐらいって設定がまたいい。その頃の友人って外見じゃなくて、心の底がつながっているような感じがする。大人の付き合いを始める直前だし、自分自身が変わりつつある時だから、時にはつい無防備に踏み込み、またある時には恐る恐る互いの距離感を計る。そして失敗したり、ついうっかり許したりして、二人に信頼関係が出来る。ロリータの桃子はそのヒラヒラからは想像しがたいが、かなりクール。でもクールに決めたいヤンキーのいちごの内面がアツいからちょうどいい組み合わせなのかもしれない。クライマックスに向かう途中でちょっと都合がよすぎると冷めてしまったくだりがあったが、最終的には甘くなりすぎない結末がいい。あれだけ近づいたというのに「Babyのお洋服の一番のファンでいることは最大の贅沢だと思うのです」という桃子はどこまでもクールなのだ。ってことは私はいちごかな・・・・・・いや、年齢的に言えばどっぷりと桃子の母だ(苦笑)桃子、暴走族といえば、あの映画を思い出す人もいるのではないだろうか。そう、ハイティーン・ブギ。たのきんムービー第4弾!マッチのヒットナンバーにのせて贈る青春グラフティ!初々しい“14才”武田久美子&“17才”三原順子も必見!DVD未発売。【中古VHS】■ハイティーン・ブギ■マッチのファンではなかったので、映画こそ見たことはないが、私もその世代なので、なんとなく重ねて見ていた。「獄本野ばら」が英語字幕ではNovalaになっていたのが、彼らしいこだわりだな、と思った。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/11/22

オリバーとは男性の名前で、わりとよく使われている。欧米に住んでいれば「オリバー」という名前の知り合いが一人、二人はいるだろうし、女性名の「オリビア」もあわせると3人は固いだろう。日本にいても「オリバー」の名前は聞いたことがあるだろう。ミュージカルの「オリバー」。このタイトルは主人公の男の子の名前からきている。そして「オリバー・クロムウェル」これは世界史で習ったことがあるだろう。イギリスの市民革命の立役者。歴史の一瞬、イギリスが共和制だったときの権力者の名前である。反乱軍の主なので、イギリスでは嫌われているのかと思えば、そうでもなく、ロンドン西部、ハロッズの前を通る大きな通りは、その先、自然史博物館の前では「クロムウェル・ロード」という名前だし、フル・ネームの「オリバー・クロムウェル」という名前を冠した道もイギリスのあちこちにある。さて、そのオリバー・クロムウェル。彼の率いた軍隊と政府軍の戦いを模した、大規模なコスプレが毎年夏に、ロンドン郊外で開かれている。雑誌によると、会場の森の中はすっかり17世紀(?)の様相。各自、この日のために準備した衣装を身にまとい、男性はクロムウェル、または政府軍の軍人として、女性は従軍料理人として、森の中に入る。すごいのは、そこで作る料理も当時のレシピ、当時使われていた食材で、さすがに材料こそ新鮮だが。私たちが普通に手に入れる卵は殻に日付スタンプが押してあるが、ここではスタンプがないものを使うというこだわりよう。料理も最初のうちは現代風だったのが、どんどん探して行くうちに古いレシピが発見されたり寄せられたり、研究が進んでいるらしい。レシピが「でてくる」というのがいかにもイギリスらしいし、そういう相互作用は、なんだかステキだ。そこで、男たちは当時の「戦い方」にのっとり、おっとりと戦う。もちろん、実際に殺すことはないが、それでも火器を使ったり、刀を振り回したりはするらしい。年によって、政府軍が勝ったり、反乱軍が勝ったりする(!!)今年(2009年)は反乱軍が勝利を収めたらしい。日本人としては、政府軍を勝たせるシナリオを作って演じさせたいところだが、それを笑って許しているところが、イギリス王室の懐の深さだと感心する。一度このコスプレ戦争に参加すると、翌年も参加したくなるらしい。ちょっと興味はあるが、どう考えてもその時期に日本人がいたとは思えないので、ギャラリーとしてか、裏方として見に行く方法がないか、来年までに探してみようかな?なんて思ったりした。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/11/10

60年代にデビューしたアメリカのバンド、「ザ・フォーシーズンズ」。(ちなみに、ググってみると当然ながらホテルが山のように出てくるので、英語のwikiから辿った)リード・ボーカルのフランキー・ヴァリを主人公にデビューまでの紆余曲折、デビュー後のアップ&ダウン、メンバーの入れ替わり、友情愛情親子の情を彼らの曲に乗せたミュージカル、「ジャージー・ボーイズ」を見た。(サイトはイギリス版)基本的に、好きになったアーティストを徹底して繰り返し聴く「狭く深く」志向で、あまりラジオを聴かなかった私には往々にしてあることだが、曲を知らない。それに、このバンドは日本でどれだけ人気になったんだろう?という地域的ハンデに加え、年代が違うという時間軸ハンデもある。確かに知らない曲はたくさんあったが、それでも屈託のないメロディーラインと、R&Bのチャートでも成功を収めたバンドなので、元歌がいいのだろう、楽しかった。いや、楽しかった理由はもう一つある。座席だ。「ドレス・サークル」と名前は美しいが、日本語に訳すと「スタンド席」なので、期待しない。切符を見た場内係の人が「こちらの階段です」と案内してくれるのが劇場ロビーの入り口から近い。つまり、ステージから遠い。ひざの悪い義母は大変だと思ったが、今日は楽しみの方が強いらしく、文句も言わずに上る。「こちらでございます」案内された先は、なんと一番後ろ!!確かに誰かは一番後ろに座るわけなんだけど、スマップや嵐のコンサートじゃなくても、こういう席になるってことがあるんだなぁ、と妙に感心しつつ、文字通り一番後ろなので、荷物の心配はないし、ドームやスタジアムと違って傾斜もそれほど急ではなく、足元のスペースも立ち上がって踊れるくらい広い♪一緒に行った義母はもちろん、義妹たちも70年代のリバイバルは経験していたらしく、全ての曲を知っていたという。そりゃぁやっぱり全ての曲を知ってたほうが楽しめるに決まっている。ジャニーズ事務所かフジテレビあたりで、全曲スマップのを使ったミュージカル作ってくれないかなぁ?お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/10/30
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無意識というのは不思議だ。大好きなバンド、ハイファイ新書相対性理論の歌に♪わたしもうやめた 世界征服やめた 今日のご飯 考えるので精一杯という一節があり、それは「今日からは 掃除洗濯 目一杯」と続くのだが、その日の私は♪わたしもうやめた 掃除洗濯やめた~と歌っていた。ということは「今日からは 世界征服 目一杯」と続くのかね、と苦笑しながらノリ突っ込み。確かに学生時代は若気の至りというか、バカ気の至りというかで、恥ずかしげもなく「世界征服したい!」と豪語していたけど、さすがに今は世界征服をしているつもりはない。ただ、この本によると「世界征服」は形を変えて息づいているというが、私はその意味でも世界征服には参画していないと感じている。それなのに、歌っていた。「掃除洗濯やめた」と。確かに洗濯は唯一気にならずにできる家事ではあるが、それでも好きで好きで仕方がないという訳ではない。そして掃除は子供の頃から嫌いだった。何故だろう。きれい好きの母は私の掃除嫌いを目が悪いから埃があっても気にならないのだろうというが、高校までは時々メガネをかけるだけで、裸眼で過ごしていたし、何より中学生の頃までは目は悪くなかった。それでも掃除は嫌いだった。シンデレラが継母や義姉たちに言いつけられて床にはいつくばって掃除しているイメージがあって、それがとても屈辱的に感じられたのも、理由の一つかもしれない。また、私が通った小学校では教室や廊下の掃除はするが、トイレ掃除はしなかった。それが引っ越した先の仙台(当時は宮城県泉市)ではトイレも自分たちで掃除することになっていて、それはものすごい大きなカルチャーショックだった。トイレ掃除をしたことがなく、ただただ、驚いて目を見開いている私とは裏腹に、新しいクラスメートたちは手際よく掃除をしていく。誰一人、この「異常事態」に文句を言うことなく・・・ただでさえ掃除嫌いだったのが、トイレ掃除というショックを受け、掃除の時間は数学の授業よりも嫌いで、忌避するべきものNo1になった。しかし、根は真面目なので、合法的にサボれるように、さまざまな手を使った。放送委員をやっていたときは、掃除の音楽をかけつつ、放送室を掃除するという名目で、顧問の先生を説き伏せた。もちろん、放送室はあまり人が入らず、そうそう汚れる場所ではないので、掃除の必要はなかった。そう思うとやっぱり、掃除よりも、世界征服の方が魅力的かつ容易に感じる。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/10/19
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今日の「日記」に似ている話だけど、これは2005年に書いていたもの。PCの整理していたら出てきた。例にしている話題はちょっと古いし今ならこういう表現は使わないなぁ思う点もいくつか含まれているが、自分が考えていることはあまり変わってないみたい。・・・それっていいことなのか、恥ずかしいことなのか?以下、本文。人は自分の信じたい事を信じると言われている。例えば、神様の存在。例えば、健康法。例えば、美味しいお店。自分が信じたい事に近ければ近いほど、疑わない。恐ろしい事であるが、全てをまず疑ってかかるというのも疲れるから、初めから自分の望む答えが出そうなほうに向かう。体調が悪い時。病院に行くのか、薬やサプリメントを摂るのか、ゆっくり休むのか。自分で判断したくない人、重くなりたい人は病院へ行き、体調が悪い事実を消してしまいたい人は薬を飲み、そういう日もあるさと思う人は眠る。およそ今の西洋医学は、最大公約数に属する人の最大限の標準を満たすように考えられている。こういう症状です。そうですか、それではまずこの薬を飲んで様子を見て、効果が無いようだったらまた来て下さい。効果が出ない・もしくは症状が悪化するような薬などいらない。なぜ最初から患者と向かい合ってきちんと診断して、その人に最大限の効果を発揮する薬を処方しないのか?・・・効率が悪いからである。遺伝子についての研究が進み、遺伝子にあわせた治療法を探っているらしいが、それでも最大集団とせいぜい第2・第3の有力な集団向けの治療法が分けられるだけだろう。今の数値まみれの診断基準に遺伝子をそれもひとつではなく、遺伝子全てを考えに入れるのであれば、体調が悪くなった人は巨大なデーターベースに今の症状、体温、血圧などの数値データを入力するだけで病名と処方箋が出てくるようになるだろう。それでもきっと診断ミスはなくならない。今、日本で流行の遺伝子ダイエット(その人が持つ肥満遺伝子にあわせたダイエット法。リンゴ型、洋ナシ型、バナナ型に分け、それぞれ食生活、運動についての注意点が異なる)も、日本人の97%が保有する3種類の肥満遺伝子の形に当てはめている。が、そこに含まれなかった3%には全く意味が無いし、肥満遺伝子を複数持っている人はもっと多くいるだろう。それぞれの型は相反する特徴や注意点を持っており、そういう人たちへの助言は見つからない。その3%、数にすれば約400人でそれほど多く感じないかもしれないが、それが自分だったらどうだろう?それ以外のダイエットも、あの人に効いたから私にも効くわけではない。それどころか、自分が10代のときにしていたダイエット法は今では効かない。そのダイエット法が古くなったのではなく、身体が変わってきているから。「情報は変わらないが自分が変わる」とは養老孟司氏の本を一冊でも読んだ人は理解している事だろう。バカの壁方法はともかく、食べる以上に使うという原則を押さえていれば、痩せる。先日読んだ「運命の法則」を書いた天外伺朗氏は働き盛りの頃に心臓病を患ったが、手術もせずに治してしまった。運命の法則そこまで自分を信じられるかどうか、まだ自信は無い。それでも生活習慣病は薬で治すものではないと思っている。かといって、全てを精神力や代替医療だけでまかなうつもりもない。どんな薬にも副作用があり、解毒・分解を行う肝臓には負担がかかる。薬もサプリメントもきっとホメオパシーなどのエキスも、肝臓に負担をかけない訳が無い。それでも10年の臨床報告しかない薬を一生服用し続けるよりは、ジャンクサプリメントに埋もれている自分にあう逸品を探し出し、生活習慣を改善してピンピンコロリといきたい。もちろん飲食・運動の生活習慣を改善することがサプリメントに手を出すよりも先である。私たちはまるで真っ暗な世界に投げ込まれているようだ。出口を求めて、光を求めて人々は右往左往している。が、立ち止まって、じっと目を凝らすと暗闇の中に浮かび上がってくるものがある。実はそれこそが出口の扉に続く道標なのだ。自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分の心で感じないと、自分の求める幸せは手に入らない。私の求める幸せは数字で表すことができない。 お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/10/01

ロンドン・アイや国会議事堂、ロイヤル・フェスティバル・ホールや映像センターなどのある、テムズ川沿いを歩いていたら赤地に白の水玉が目に付いた。日の丸と逆パターンだが、最近、白い水玉模様のファイルや筆箱をスーパーや文房具店で見かけるので、きっと水玉がはやっているんだろうな、と思いつつ近づく。水玉といえば、草間彌生さん。以前、こちらのブログで教えていただいてから、気になっていた。興味を持つと、それに対してアンテナの感度が上がるようで、以来、よく彼女の作品を目にする事が増えていた。そんなことを考えながら、派手な水玉模様の布で包まれた街路樹に差し掛かると、足元には。あぁ、やっぱり!!草間彌生さん、お目にかかりたかったです。日本まで行かないと(作品に)お会いできないと思っていたのに、わざわざロンドンまでいらしていただいて・・・感謝。作品に触れることができるのは道端展示の醍醐味である。あたかも点字を読むかのように、私は彼女の作品を鑑賞した。楽しかった。ついつい顔がほころぶが、とめられない。数日後、地下鉄の駅でこの展示会の宣伝が開始された。あの日、テムズ川を歩いていたのは、偶然なのだが、偶然というよりもむしろ、何かに導かれたというのが適切である。導いて下さった、崇高な力に感謝します。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/09/10
総選挙が終わった。経過結果その後は皆さんの方がよく知っているだろうから割愛。驚く人もいるかもしれないが、私のように日本に住んでいない日本人にも選挙権がある。渡英した直後はちょうど在外邦人に選挙権を、という運動がピークになっていたこともあり、日本で卒業した大学の関係者がその運動に携わっていたという義理もあり、ITオタク学生だった私はできることだけを手伝っていた。再び選挙権をもらって最初の選挙は登録した選挙管理委員会に投票用紙を送ってもらう自分で郵送式の投票だった。この「登録した選挙管理委員会」というのが微妙で本籍や家族の住所ではなく、日本を出る前に最後に居住していた地域の選挙管理委員会に属することになる。私の場合は、埼玉県浦和市だ。それはいい。浦和には愛着があるから。しかし「私が住んだ市は、私が離れた直後に政令指定都市になる」という変なジンクスにより、紆余曲折の後、埼玉県さいたま市浦和区になり、「埼玉県浦和市選挙管理事務所」はもう存在しない。が「在外選挙人登録証にあるのと同じ住所・選挙管理事務所宛に」書類を出すようにと指導され、半信半疑だったが、ちゃんと投票用紙が戻ってきた。でも、さすがにもう今はだめだろうな、と思っているし、在外公館(ロンドン日本国領事館)でも投票させてくれるようになったので、領事館まで投票に行っていた。今回もそのつもりだった。8月20日から23日までの4日間、朝9時半から夕方5時のうちに投票するのだが、時間を間違えて、到着したのは門が閉まった17分後だった。土日もあいているとはいえ、そこはやはりお役所だった。本当に投票してほしいのかよ?と思いつつ、やっぱりどこかで線を引かないといけないからね、と、実のところ、どこに入れようか決めかねていたこともあり、ちょっとホッとした気持ちを隠しきれずに領事館に背を向けた。今まで、歴史に残るといわれていた大きな選挙はほとんど選挙権がなく、羨ましい思いでみていたのだが、これはそれらに匹敵する初の大きな選挙だったというのに、それも選挙権があるにもかかわらず、行使しなかった最初の選挙となった。国内での投票よりも1週間早く在外邦人の投票が終わった後、日本国内では選挙戦が加熱し、BBCでも報道し始めた。この時ほど「内地」「外地」という古い言葉が自分の中で鮮やかに実感できたことはない。「外地」にいるから早く投票しなければならず、「内地」の実情を感じ取れない。今時この言葉を使う人は少ないだろうし、嫌なイメージを持っている人も少なくないのではないかと察するが、100年近く前の、顔も知らない、親戚でもない日本人の気持ちに妙にシンクロしてしまう。そのきっかけが中道左派が圧勝した選挙っていうのが、なんだか意味深なんだけど。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/09/03
最近、いろんな偶然が立て続けに起こって、もしかしたら、これは偶然ではないのかな?と思い始めた。キーワードは「いつか」「いつか」という言葉に期待をかけていたことと、「いつか」という言葉を隠れ蓑にして逃げてきたことが、ほとんど同時にやってきた。それも期待していた方は、自分の舵のとり方一つで失敗してしまう危険性があるが、逃げてきたことの方は、それをしないという選択肢はなさそうな強引さで。なんか、フェアじゃない(ちょっと)神様の存在は昔から信じているのだけど、この「いつか」の急速な現実化に、最近はことさら強く感じる。それも、シンクロニシティを多用して、のらりくらりとごまかしてきたことを、絶対に私にさせようという、涙ぐましいまでの努力と配慮が感じられる。そんな妙に人間的な神様の存在感に苦笑しながらも、決心してドドッと一気に走ってしまおうという気にならないのは、その道は間違いなく茨の道だから。神様がこれだけ私の好きな人たちや私に影響力のある人たちを動員して、シンクロニシティを作りだして、私を宥めたりすかしたりして歩かせようっていう道が、平坦なわけがない。一応、行かないという道はないということだけは理解したし、最初の試練でさっさと投げた時でさえ、「いつか」はその道を歩かなきゃいけないんだろうな、という諦めに似た予感もあった。が、まだ覚悟なんて出来てないし、「いつか」は始めるんだろうな、と人ごとみたいに思って、毎日のんべんだらりと過ごしているのだ。いや、本当のところはそれとも微妙に違う。毎日ダラダラと過ごしていながらも、実は小さな準備を一つ一つしている自分に気がついている。あー、神様の思う壺か、悔しいな。でもそれはきっと私がこの世に生まれてきたからには絶対にやらなければいけないことなのだろう。もう逃げる気なんてないし、逃げおおせるとも思っていない。それと同時に、自分ひとりの力ではやり遂げることは出来ないだろうが、きっと神様がいろんな人を使って助力してくれるという勝手な自信というか、安心感はある。それの一つが、「いつか」という言葉を信じて、諦め切れなかった憧れを今、目の前に並べてくれていること。それにしても、憧れというニンジンを目の前にしてイバラの道を歩いたその先に何があるのか、皆目見当がつかない。果たして私はニンジンを食べられるのか?それとも、目の前にぶら下がってるニンジンさえも忘れてしまうほど、茨の道を歩くことに集中するのだろうか。そんなことが、考えるともなしに、頭に浮かんできていて気がついた。「いつか」という言葉に期待をかけていたことと「いつか」という言葉で逃げていたことはコインの両面、車の両輪。もうFRでもFFでも四輪駆動でも何でもいいから動け・・・・・ってことなんだろう。でも性格上、おとなしくて制御しやすいFRではなく、今風のFFでもきっとなく、四駆、できればスポーツ四駆(スバル・インプレッサや三菱ランサーなどWRCカー)で、その茨の道をぶっ飛ばしたいものだ。買わないといけないほど若いかどうかは微妙だが、それでも苦労なんて・・・少しでも軽くて短いほうがいい。美味しいニンジンもじっくりと楽しみたい。神様、私はこういうヘタレなんですよ。・・・それでもやれと仰るのですね。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/08/27
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春のことだけど、とても楽しかったし、今でも楽しい思い出なので書くことにした。演劇ワークショップに参加した時のことを。演劇なんて、中学校のクラブ活動(授業時間内に組み込まれている趣味の時間)以来で、英語での演技は初。中には10年以上も演劇に携わってきた人や、劇団に所属してセミプロだった人もいる。が、巧いかどうかではなく、本人が楽しむかどうか、がイギリス流。そういう人と同じ舞台に立てるというだけで、有難いことだと感謝しよう。ウォーミングアップで身体をほぐしてから、発声練習。それでもまだ硬い私たちに、インストラクターの先生は即興劇をさせた。最初のチームのお題は「エレベーターに乗っていると急に止まってしまった」私がやったのは「学生が3人で共同生活をしているが、一人はきれい好き、一人は散らかす天才。その二人が言い争いをしているところに帰ってきたもう一人」という設定。そのお題を聞いた瞬間、「のだめカンタービレ / 巴里編(2CD)」「のだめカンタービレ」の千秋真一が思い浮かび「きれい好きな人、やりますっ!」待つことなく「僕は散らかす人!」と、高校を卒業したばかりのロン毛にタレ目がかわいいサム君。かわいい「のだめ」じゃないか★劇は、家に入るところから。あらかじめ先生が部屋の様子を指示してくれている。役者としてはド素人だが昔はママゴトに夢中になった女の子、見えない扉や家具をあることにするのは得意だ。「のだめ」の部屋を思い浮かべながら、千秋真一モードになる。自分が着ているもの、部屋に散らかっているものを想像、そしてそれを想像してムカつくぐらいの感情移入。「あー、つかれた・・・うわ、また大変なことになってるな、靴は脱がないでおこう」イギリスだからわかってもらえる設定。「なんだよー、これは座るところなんてないじゃん。椅子は?い・・・す?」転びそうになって手をついたら本がずり落ちるなどの細かいところは演技力ではなくセリフでカバー。そうしているうちにサムが帰ってくる。「ただいまー。あー、疲れた」どかっと座る。怒りがこみ上げる。そこで片付けろ、片付いているの言い合いになる。このサムが本当に頭の回転が早く、演技とはいえ、ああ言えばこう言うのが面白い。こちらも負けずに言葉の遊びやあげ足取りの応酬。さて、ずっと立ちっぱなしだから、ちょっと動いてみるか。「大体ねぇ・・・」床から何かを拾い上げる動作をして「コレ、何?」靴下のつもりだが、果たしてサムはわかるか?「a pair of socks(靴下)」花モチーフソックスお、よく分かったな、Good boy(おりこうさん)!でもここは演技。渋い顔をしてみせる。「No~!ペアなら2つあるべき。片方だけの靴下は何ていうか知ってる?ゴミっていうんだよっ!捨ててやるっ!・・・ってゴミ箱ないじゃん。サムッ!ゴミ箱どこ?!」アクリルサニタリーフタ付きダストボックスデイジーそこへ三人目登場、最後はひっちゃかめっちゃかになって終わり。ラブのないコメディだったらしい(苦笑)講評でみなさんから好評をいただいた。「面白かった」「まるで台本があるみたいだった」「テンポがよかった」「巧かった」などの嬉しいお言葉の中でも特に感激したのが「もっと見ていたい」私も楽しくて、もっと演っていたかったけど、これ以上のストーリー進行を考えていないので、今日はココまで。即興劇の練習が終わって、本当の劇やミュージカルの発表になった時に白いシャツにギャルソン風の衣装になったサム君が実はかわいいだけではなくてハンサムだって事に気がついた。次はぜひともラブストーリーで競演したいなぁ~♪って、彼は18歳、ギリギリ犯罪は免れてるけど、守備範囲広すぎかも、私?!お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/08/21

この家は、ウィリアム・モリスが結婚して最初に住んだ家。グリニッジの更に東にあり、いまは「ロンドン」市内で、まわりは住宅地になっているが、当時はもっと田舎で何もなかったに違いない。ここに若いモリスと妻ジェイン、そして4人の召使たちが住んでいた。今は猫が住んでいる?!モリスとその職人仲間の友人たちはいいところの出身者ばかりだが、妻ジェインは下層階級の出身だった。女主人のジェインの出自を誰も知るはずはないのだが、ガイドさんの説明によると、その「訛り(言葉遣いも含む)」から召使たちは彼女の結婚前の階級が、自分たちよりも低かったことを理解し、それなりの扱いをするようになったという。また、娘二人を生み、幸せ一杯のはずだったが、長女のてんかんやモリスの仲間たちとの創作活動の時間の長さにストレスを感じていたようだ。それだけでなく、婦人科系の病気に罹り、ふさぎこむ日が続いたという。それらの理由からジェインはこの小さくて愛らしいRed Houseを嫌うようになった。ガイドさんも言っていたが、夫婦の寝室は北側の寒くて暗い部屋で、南側の明るい大きな部屋は、モリスが仲間たちと創作活動を行う部屋だった。意識的にか、無意識的にかはわからないが、明らかにモリスは妻とのプライベートな生活よりも仲間とのパブリックな活動に重きを置いていたのがわかる。これが日本のように夫と妻は別、という考えもなく、そういう社会背景もなく、また彼女自身も工芸家としてモデルとして、創作活動に加わっていただけに、だんだん家の中に自分の居場所がなくなっていくのをひしひしと実感していたのだろう。人は大切にされてはじめて、自分に自信が持てる。認められたい、という気持ちは生理的欲求の次に重要である。だから彼女はどんなに倫理的に正しくないことだとわかっていたとしても、優しくしてくれるロセッティに走ってしまったのだろう。庭には梨やリンゴの木も私たちがRed Houseを訪れた日も、とても美しく晴れ渡った日だった。目にもまぶしく窓から差し込む光は、私の中で、誰にも見えなかったジェインの暗い心の内を際立たせた。モリスはこの家を売って、ケルムスコット・マナーに移ったが、後にも先にも、彼は家を買うことはなかった。そこにウィリアムのジェインへの想いが垣間見れるような気がするが、既に暗く閉ざされたジェインの心には届かなかったのだろう。レッドハウスのシンボル、井戸モリスからこの家を買った人は、やはり職人で、パーティー好きで、多くの人々を家に招待した。ちょっと変わった次の家主は1900年前後にこの家を訪れた人々のサインを玄関ホールのはめ込み式ガラスに集めた。日本人の書名もいくつかあるので、探してみては?お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/08/14

日本から来た友達のリクエストで、コッツウォルズにあるケルムスコット・マナーに行った。といっても私は単にイギリスに住んで車を持ってるというだけだが、彼女はウィリアム・モリスのファンで建物の歴史や中の展示品の話はよく知っている。つまり彼女がガイド、私が運転手。そんな私たちの同行者は彼女のあみぐるみ、ポルポル。コイツだ。ウィリアム・モリスといえば、ビクトリア時代(日本が明治維新の頃)のイギリスで活躍したデザイナー。銅で一財産築いた家の跡取りで、何ひとつ不自由なく過ごした。生活の全てを職人の作る作品で飾ることをよしとした人で、彼の周りには、たくさんの芸術家や職人が集まった。ウィリアムモリス ティータイム トレイ中でも評論家のジョン・ラスキン、エドワード・バーン=ジョーンズやフィリップ・ウェッブ、特にイタリア系イギリス人のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティは忘れることが出来ない。ロセッティが劇場(どの程度のレベルの劇場かは不明、というか、あえていかがわしい劇場だったことを隠しているんだろうな)で知り合ったモデルのジェインを紹介してくれた恩もあり、仲良くしていた。ことになっているが、当時婚約していたロセッティが立場上(そしてあまりにも違う身分を慮ったのと思われる)ジェインとは結婚できないから、独身で仕事好きでジェインを悪しからず思っていたウィリアムに「お下がり」させたのではないか、と思っている。ウィリアム・モリス/William Morris デザインノートブック/B6事実、ロセッティが世間の好奇の目をあざむくかのようにウィリアムとジェインの結婚プレゼントに贈ったとされる豪華な手製の絵は、彼らがその家を引っ越す時に、自らの手で破棄してしまっているし、元々病弱だったロセッティの妻は結婚2年後に自殺に近い死に方をしている。ケルムスコット・マナーはウィリアムが結婚後、2度目に移り住んだ場所である。1871年から彼の死の1896年まで住んでいた。別荘と言われているが、彼の中ではどちらがメインだったのかはわからない。今ほど交通網が発達していない時代、それでもやはり今と同じようにロンドンのパディントン駅から汽車(今は電車だ)で片道4時間かけて、更に馬車で、きっと舗装されていない道なき道(マナーに行くときも最後の方はその気分が十二分に味わえる。駐車場から建物までの間に農家があり、のんびりと牛が草を食んでいるのばかりに意識が行ってしまい、携帯が圏外なのに迷いそうになって焦ったのは私だ)を行き、やっとたどり着けるようなところにある。ウィリアムモリス プレイスマットそこはウィリアムの次女(長女はひどいてんかんで一生一人前の大人になることはなかったらしい)メアリーが創作活動(主に刺繍)に打ち込んだ家でもある。いわゆるイギリスの田舎のコテージ(「マナー」とはウィリアムが勝手につけた名前であり、正当な「マナー」ではなく、規模からしても「コテージ(小屋)」が適当だ)で、天井が高く、光が差し込む窓や、庭の芝の緑が太陽を照り返す様子はとても明るく、屋根裏には子供部屋もあり、なんだかとても楽しい。ロンドンで仕事に追われるモリスが少しでも時間があくと急いでこの家に帰ってきたのもわかるような気がする。が、これは夏の天気がいい日に行ったからそう感じたのであって、もし窓から見えるのが真冬の北風吹きすさぶ雪景色だったら、どう感じただろう。【 ウィリアム・モリスWilliam Morris アイリス2PR8042/2】生地この家には、モリスと次女の作品が所狭しと飾られている。だからこそ余計に影の薄い女(ひと)の面影を追い求め、切なくなってしまう。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/08/07

今月初めのTime誌で1989年の特集をしていた。その年の4月に大学に入ったこともあり、何かと身近に感じる。大きな事件は色々あったが、特筆すべきは11月9日のベルリンの壁崩壊と6月4日の天安門事件だろう。6月4日は個人的に思い出がある。一年後のその日。私は、どちらにしてもあまり気の乗らない三角関係の修羅場をようやく終決させ、後日、恋人に乞われるまま、6月4日という日付入りのペアリングを作った。それを目ざとく見つけた中国人留学生の親友にものすごい勢いで怒られたのだった。5月25日に始まったソビエト人民会議でソビエト連邦の崩壊が始まった。その頃の私はまだバイトも定まらず、クラスメイトも知らず、サークルを通じて多くの留学生や先輩に会い、毎日が興奮の真っ只中だったのだろう。最初に教師になることに躓いたのもその頃だ。塾講師のバイトの研修を受けて、尻尾を巻いた。それよりも楽しそうなことがたくさんあったし、両立できるほど才能もなく、させるための努力もしたくなかった。人生がバブルのようなものだった。12月13日、南アフリカのデクラーク大統領がネルソン・マンデラと会談し、アパルトヘイト崩壊の兆しを見せた。高校の先生が「アパルトヘイトは20世紀中に崩壊する」と断言したのを期待して、大好きだった南アフリカ産の『アップルタイザー』 断ちをしていたのだが、バブルの崩壊とともにアップルタイザーそのものを見かけなくなっていた。今のイギリスにはアップルタイザーのほかに洋ナシのペアタイザー、新製品のフルーツタイザーがあるが、(これは日本にはないらしい・・・)一番好きなグレープタイザーは赤も白もなくなっている。日本にはあるのに~!!さわやか炭酸と果汁ジュースのいいところどり♪グレープタイザーレッド 275ml 6本パック【アップルタイザー】さわやか炭酸と果汁ジュースのいいところどり♪グレープタイザーホワイト 275ml 6本パック【アップルタイザー】最近、当時のノートを見直したら「アパルトヘイトは21世紀中に崩壊する」と書いてあり、それは2000年代が21世であって、あと100年以上あったのなら断言した意味ないじゃん、と思いつつ、それが言い間違いなのか、書き間違いなのか、今では調べる術もない。これは10年前6月4日を記念日にした恋人とはバブル崩壊と同じ頃に別れた。「ロンドンに(駐在で)連れて行ってあげる」との甘言は最初から聞き流していたが、案の定、私だけがイギリス在住を果たし、旧東ドイツのドレスデンでは1989年にはまだ知りあっていなかった友人に会い、アップルタイザーだけではなく、南ア産のワインを常飲し、例えばコレとか・・・KWV 南アフリカ共和国産 白ワインKWVシュナン・ブラン 2008 白ワイン 750ml 南アフリカ共和国やや辛口今は塾の講師として働いている。これが20年過ぎた、ということなのだろうか。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/07/31
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直感が鋭いのか、考えるのが面倒なのか、よ~く一目惚れするタイプである。人に限らず、本(作家)、映画(監督、俳優)、音楽、土地、ファッション、スタイル、言語・・・それぞれのジャンルで少なくとも5つは一目惚れした名を挙げられる。そんな私の「一目惚れリスト」に一番新しく加わったのが、バンド「相対性理論」。シフォン主義 / 相対性理論ネットで見かけて「どれどれ?」と調べてみたらズボッとはまった。まるで罠にかけられたウサギかキツネかイノシシか。バンドのHP(即、音が出ます)で「Loveずっきゅん」視聴版を聞いてから、あの独特な脱力ロリータボイスとそれに絡むようなちょっと固めのエレキギター、巧みに計算された言葉遊びが忘れられず、中毒状態。全部聴きたい、今すぐ聴きたい。とYoutubeに飛び込み、3曲をヘビーローテーション。元々自分の好きな音楽に関しては偏狭的に「ヘビロテ」をする偏食家なので、一人でいる昼間に何百回も聴いた。もしこの音が漏れ聞こえた近所の人は、気が狂ったに違いないほど。今のところ、苦情も気が狂いそうな気配の人もいないので、たぶん聞こえていなかったのだろう。ハイファイ新書/相対性理論アマゾンからの発送を待っている間に、Youtubeでその前身ボーイズバンドの解散コンサートまで見てしまうほどの入れ込みよう。これ、一般の個人が相手ならかなりストーキング入ってる。ネットって便利だけど、怖いよね。でも、相手がバンドという複数人の集合体なので、それほどヤバイ事にならずに、むしろ「ヘタウマと言われるが、本当は素晴らしい表現者」といわれる、やくしまるえつこをボーカルに据えたことであのバンドが成功したことを実感するまで理解が深まった。彼女のボーカルは椎名林檎(彼女も気になっていたけど、あまり知らないので、一緒に買ってみた)と比べられることが多い。これ買ってみた。東京事変(椎名林檎) CD【大人(アダルト)】通常盤どちらも数曲しか知らないまま言っているので誤解があるかもしれないが、温度が違う。断然、椎名林檎の方が熱い。これはStudio Voice7月号に誰かが書いていたけど、歌を作る人と表現者が同一人物であるか、別人であるかというのが違いも確かにあるかもしれないが、それだけではないような気がする。単純に人種と言うか性格の違いが、このアツさの違いなのだと思う。相対性理論は掴みどころのない高校生ぐらいの熱。バブルの頃、マラカスを振りながら♪ここ、ここ、ここがいいのよ~、あなたのそばが~♪とやる気なさそうに歌っていた家電製品のCMがかなり近いアツさというか冷め方だと思う。ちなみに家族からはそれを歌う若い女性が私と似てると評判だった。そんなに人生、気だるく感じていた訳ではないのだが、時代か、流行か、その年齢に特有の症状なのかもしれない。相対性理論には、「平熱36.2度」という歌詞がある。とすると椎名林檎の平熱は36.7分位だろうか。違いを引き立たせているのは温度だけではなく、粘度。椎名林檎の「二人の間にもし何かあったら化けてでてやるぜ」という、いわば六条御息所的ネットリ感と相対性理論の「それは残念だけど、仕方ないよね」という明石の上的スンナリ感。それはまるで、内田春菊の「波乱万丈繁殖系」VS酒井順子の「サラサラ少子系」ぐらい違う。世代の違いか、作り手の意識の違いか、シチュエーションの違いか、いや、きっと年代の違い。1978年生まれ、30代の椎名と、たぶん20代前半、多めに見積もっても半ばのやくしまるせつこ。そして椎名と同列にさえ出来ない私はそんなにアンニュイにして世をはかないでも、もうカッコつく年じゃないのだろう。まだ相対性理論の全部の曲を聴き込んでいないが、私が一番好きな曲は「地獄先生」に違いないと思われる。このすっとぼけた言葉遊び、PVの訳わかんない萌え具合、そしてシチュエーション。ずっきゅんというよりはズッドンと入ってきた。でも、PVの面白さは「Loveずっきゅん」の方が数段上だ。「私、まだ女子高生でいたいよ~」という気持ちは20年たった今でも持っているし、あの頃のことを思い出したり、その設定の夢を見たりするだけで、簡単に心だけは時を超えている。でもカラダは時間も空間も越えられずに、岡村靖幸に「今夜君のヒップが何で出来ているか、パパやママや皆に教えてあげる」なんて囁かれて、反射的に「きゃー、ヤメテ!!」と叫ぶのは、みずみずしい恥じらいではなく、アンタに言われなくてもセルライトが主成分を占めることぐらい、既にもう知っているから。そんな自分を鏡に映して冷静に見つめて、今日もため息とともに絶望的な現実をつぶやく。「私、まだ女子高生でいたかったよ」そんな私のリアルな平熱は36.50分。奇しくも及川光博が歌う「かけがえのない36度5分のぬくもり」にドンピシャ。そうか、ミッチー、やっぱりあなたが一番近いんだね。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/07/24
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アメリカとロシアの地図専門店に行ったという話を読んだ。アメリカとロシアにあるのなら、イギリスにないわけがない。ただ、私が知っているのは旅行関連専門の本屋。これはノッティングヒルの恋人という映画でヒュー・グラントが働いていた本屋で今でも営業している。もう一件がここ。Stanford(スタンフォード)一度しか行ったことがなかったので辿りつけるか不安だったが、地図も見ずに発見!「世界で一番大きな地図と旅行関連本屋」なんだそうだ。ってことはサンフランシスコやイルクーツクのはもっと小さいのだろうか?いつかは行ってみたいな。Stanfordに入る。右手には地球儀コーナーで、その奥は文房具と、旅行小物。左手はレジがあり、その近くは地球をかたどった小物や、青い表紙で有名なLonely Planet[ロンリープラネット]Tokyo ※英語版が真ん中の机に平積みになっている。その奥にポスター状の地図各種がおいてある。そういえば、最初にイギリスに来た時、珍しくて嬉しくて、イギリスの地図と世界地図を買って帰った。今でも日本の実家にあるはず。さて、地球儀。子供のころからずっと地球儀が欲しかった。これなんて面白いよね、浮動地球儀 ブルー友達の家で見かけたのだろう。地球儀を親が子供に買い与える理由は、世界の国を覚えて欲しいだろうが、地球儀を買ってと言えないまま、小学校3年生で地図帳を手にしてから、世界&日本地図帳社会の時間をはじめ、暇があると地図帳を眺めていた。当然、世界の国と首都と大体の位置はすぐに覚えてしまったので、買ってもらう口実を失ってしまった。ので、変わらず地図を飽きずに眺めてすごした。ここにはどんな人が住んでいるんだろう、天気はどうなんだろうか、今は暑いだろうか、寒いだろうか。ここの子供たちも同じように学校に行ったり、遊んだり、時にはつまらない理由でケンカなんかしちゃったりしているのだろうな、と、限られた情報から様々な想像をしていた。その想像はあまりにも稚拙で、当時何度かの中東戦争真っ只中だったのでニュースでよく耳にした、イスラエルやパレスチナ、ヨルダン、レバノンなどにもきっと私と同じような子供がいるはず、と思っていたのだから、本当に何も知らない幸せな子供だった。だからかもしれない、今でも地図を眺めていると幸せな気分になるのは。いつになるかわからないけど、やっぱりアメリカとロシア、行こう!お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/07/17
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イギリスといえば、シェークスピアと反射的に出てくる英文科の人は多いだろう。そのシェークスピアの三大悲劇の一つがこれ、「ハムレット」。ポニーキャニオン 野村萬斎/萬斎ハムレットそれをイギリスが誇る俳優、ジュード・ロウが演るっていうのだから、見に行かない訳には行かない!とMrs.Bさんから譲ってもらったチケットを握り締めて向かった。ストーリーや解釈を研究していければ理想だけど、せめてあらすじと人物関係は把握していったほうがいい。ハムレットそう、私は「ハムレット」と「オセロ」がごっちゃになっていた。川を流れるオフィーリアは、これが元ネタだったというのも初めて理解した。**名画・油絵 アーサー・ヒューズの名作 「オフィーリア」ハムレットの有名なセリフは「to be or not to be; that’s the question」位はわかっていたが、情けないことに、見て初めてストーリーを知ったのだ。この舞台は当時の衣装ではなく、王妃もスーツ姿なので誰が誰なのか、特に身分の上下や年齢が非常にわかりにくかったし、この舞台ならではの解釈も加わり、かなり混乱した。それでもさすがだな、と思ったのがイギリスにおけるお芝居を楽しむ人の裾野の広さ。それとトイレかな。壁紙がとてもイギリスチック。閉所恐怖症の人には向きません。ジュード・ロウ見たさのミーハーも私たち以外にいないわけではないが、見渡したところ、それが目当てとは思えない人たちも少なからずいた。もしかしたら、将来のジュード・ロウかもしれない♪し、彼ら予備軍の未来像かもしれない。そういう人たちの思いや感動を受け止めるのが劇場そのものかもしれない。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/07/09
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映画から遠ざかっていた時はあらすじ、もしくは結末まで知らないと見に行く気になれなかった。それが最近、また久しぶりに映画を見に行くようになったのだけど、高校生の時に投資したおかげで、タイトルやスタッフ、キャストを見ただけで、自分の好きな映画かどうかがわかるという当時のカンがすぐに戻ってきた。これがその復帰第一作。ストーリーや設定は知らず、ただケイト・ウィンスレットが出てるってだけで見に行こうとタイミングを待っていたのだが、日本公開とほぼ同時に見てこれた。ケイト・ウィンスレットといえば・・・タイタニック <アルティメット・エディション>(初回限定生産)(DVD) ◆20%OFF!1958年の雨のベルリン。この鬱々とした始まりがいい。現在と過去をカットバックしていく。過去はどんどん近くなっていくが、最後まで現在には繋がらない。十代で、年上のひとを好きになって、でも相手には自分に見えないいろんな過去があって、そういうのが時を経てわかって行くけど、その間の会えない何十年という時間の長さ。たとえ連絡を取り合っていても、再会した時のいかんともしがたい、時間の溝というか、想像と現実とのギャップ。二人とも辛いだろうな、と見ていて涙が出るより前に胸が苦しくなった。あまりにも両方の気持ちがわかって、最後まで涙を流せるほどの距離を保てなかったのだ。人は、あまりに悲しい時は、泣けない。切ない、というほうが適切な表現かもしれない。それにしても、このヒロイン、ハナは三十代後半で十代の男の子を夢中にさせられるって、スゴイ。ケイト・ウィンスレットの目のあたりの皺、腰周りやお尻の肉付きのよさは彼女の体をそのまま生かしたのか、そのために準備やメイクを施したものなのか、気になる。まぁ、どっちにしても微妙。三十代後半の女性はそういう顔や体つきなんだろうと思われてるってことが。六十代のメイクやしぼんだ感じはリアルだったから、素かどうかは別にしても世間にはきっとそう思われてるんだろう。なら、華奢で美容に気を使う日本人が若く見られても当然かも。それにしても、二十代の時に職務に忠実にやったことを二十年後の論理で問い詰められても、困る。仮に、私が最初に就いた職業で売った機械が、当時は存在しなかった「京都議定書に反してるから」とか裁かれても、責任は取れない。でも、それでも1970年の文脈で1945年の話を取り上げる。戦争とか人間ってそれが怖いんだよな。一方、英語では「Kid」と呼ばれていた年下の彼。日本語字幕では「坊や」と訳されていたようで、素晴らしい訳だとひとりごちた。夢中になった人が、ある日突然目の前から消えて、再会というよりは、一方的に見かけたというほうがふさわしい状況。相手を尊重するあまり、自棄になり、彼女とは離れる人生を選ぶ。選んだはずだったが、やはり彼女と完全に切れてしまう人生ではなかったようで、付き合っていた当時とはすっかり見た目も、寄せる思いの質も変わってしまっただろうが、やはり大きな意味で、彼は「愛」し続けるのだった。が、同じく何十年も時を隔てた彼女は、若かりし日に自分のプライドの方が重要で、受け止められなかったその「愛」だと信じたいのである。だって、アラフォーで15歳の少年を夢中にさせた彼女だもの、70近くなっても多少は自信があったかもしれない。少なくとも彼にだけはアピールできるかもしれないと期待を抱いて、何が悪い?「愛」の形や意味が変わるって、切ない。彼が彼女に対して抱き続けた気持ちは「愛」という以外に表現できないのだから。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/07/02
「今月の目標」でもチラリと書いたけど、私の生涯目標は「実年齢の半分に見えること」。先日、義母の家の壁にかかっていた親戚の写真を説明されて目が釘付けになった。3人の女性がパーティーで肩を並べている写真だった。義母によると「いとことその娘たち」だという。義母は自分の息子よりも若い妹がいるという兄弟の多い家庭なので「イトコ」と言われても年齢の推測ができない。逆に言うと、「イトコ」といった時に大体がその当人と同じ世代をさす日本の場合、分かりやすいと言うか、みんな似たり寄ったりと言うか。本当に例外が少ないのね。上原美優ぐらいか?すごいのは?元に戻って、その写真を説明してもらう。「イトコ=従姉」は義母よりも少し年上で、その娘たちは二人とも50代だという。「うそっ!」思わず日本語で叫んだ。ありえないでしょ?薄暗い室内で、解像度のあまり高くないデジカメの写真を家庭用プリンターで印刷したものだってのを差し引いても、50代と言われたその女性はどう見てもハタチそこそこだった。「実年齢の半分に見えること」というのは、年をとればとるほど、容易になる。若い頃、例えば20歳だったら、それが10歳に見えるのは無理で、せいぜい誤差の範囲程度だろうけど、30が25とか40が30とかはアリだと思うでしょ?だとすれば、60歳なら30、70なら45歳で杭い止めておけばいい。しかし、50代でそれを達成しているロールモデルがこんなに近くにいるなんて・・・負けてられない!カルカッタに住んでいるというわが師、一度お会いしたいです~!!らぶっ!お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/06/25
春休みの日程を左右するイースターが移動休日ということもありイギリスの学校の夏休みは、毎年微妙に違うのだけど、それでも大学は5月の終わりごろから試験がバラバラとあり、とっている授業によって、一人ずつ個別にいつの間にか終わっていく。それより前の小中高校はそれよりはもう少し集団的だが、6月か7月に終わる。それから授業が始まる9月までの間、長い夏休みだ。学年が変わるので宿題も(多分)ない。そうやって2-3ヶ月まるまる「学校の勉強」から遠ざかる。それでもちゃんと18歳になると大学に入れるほどの学力になっており、もっと前の時点でも、世界各国の子供たちの数学や理科の能力を比べる調査でもそれほど悪い訳ではない。つまり夏休みはしっかり長いんだけど、それでも学習能力、知能は世界標準であり、ある意味、辻褄があってる。一方の日本式。地域によって違うけど、4-6週間の長い夏休みではあるが、学年の途中なので宿題もたんまり出るし、受験生は夏を制すとばかりに塾に行く。学年の節目である、春休みは、これも地域によって違うだろうが2-3週間ぐらいはあるだろう。が、この時期は日本の会社の多くが決算なのでとても親が休める状態ではないので、家族旅行などもってのほかで、なんとなく家の中も落ち着かず、塾の春季コースに行ってしまったりするんだろう。そうやって子供時代をすごしてきた結果が、大学で同じスタートラインに立つ。アリもキリギリスも冬になって同じだけの食べ物があると考えていいだろう。遊んでいても、勉強しても同じように冬を越えられるのなら。夏の間一生懸命働いても、冬を越えるだけの食料しかためられないのなら。日本人、やり方というか、休みの取り方、間違ってないか?お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/06/19
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先月の終わりにSF映画のクラッシックともいえる「スタートレック」の最新作を見てきた。内容がピンとこなくても、この衣装に見覚えは?【通常便なら送料無料】【スタートレック,ハロウィン,コスプレ,衣装,グッズ】新スタートレック 洋画 クルー服 (ゴールド) ハロウィン コスプレ 衣装 パーティー 結婚式 二次会 演出 / Next Gen. Gold Shirt 8766青はエンジニア系の乗組員【通常便なら送料無料】【スタートレック公式ライセンス商品。ハロウィンやコスプレに♪】映画「スタートレック(2009年)」青シャツ デラックス 子供用 コスチューム / Star Trek Movie (2009) Deluxe Blue Shirt Child Costume 31388赤は下っ端で、序盤で必ず一人は死んでしまうらしい。そういえば・・・【通常便なら送料無料】【スタートレック,ハロウィン,コスプレ,衣装,グッズ】新スタートレック クルー服 (赤) 大人用 コスプレ衣装【コスチューム】パーティー / Star Trek Next Gen. Red Shirt Xlそんな赤をこよなく愛する人たちのファンクラブもある・・・これは元々去年のクリスマスが公開予定だったのに、封切が遅れることほぼ半年。お蔵入りにならなくてよかった・・・。私がSFを楽しみにしているなんて、驚いた?そう、当然、お目当ては別にある。悪の帝国を取り仕切るのが愛するエリック・バナなのだ♪【送料無料選択可!】ハルク / 洋画という不埒な正当な理由でスタートレックを見に行った。しかし、前回の彼の出演作は初日に見に行ったのだが、今回は既に2週間後。SFに対する腰の引け方がよく現れている、我ながら。さて、スタートレック。予習はこれで!SFテレビドラマの金字塔、遂に登場!パラマウント ホーム エンタテインメント STAR TREK THE ORIGINAL SERIES 宇宙大作戦 GALAXY BOX DVD大全集道すがら、SFマニアにその40年にわたる歴史を講義された。が、あまりよくわからず、とりあえず登場人物の名前と関係を理解するように努めた。これはとても効果的な予習だった。優秀な成績にもかかわらず、人間とのハーフということで教授陣から難癖をつけられるスポック青年。なぜかアメリカ、アイオワ州で(アメリカ人なら「アイオワ州」の意味するところが分かるのだろうが、私にとってはそれがさっぱりわからない。日本だったら何県に相当するんだろう?)子供ながらにスポーツカーをぶっ飛ばし、無茶をする不良少年カークは喧嘩の延長でトレーニングを受けた挙句の果てに、無理を通してエンタープライズの乗組員になった。要所要所を押さえて、危険な任務に志願し、遂行する。エンタープライズ号のパイク船長は悪の総督、エリックさま♪の元で囚われの身。それもいいわ~♪と思うのは私だけらしく、他の全員は助け出したい模様。それまで何かにつけて反目しあっていた、水と油のようなキャプテン代行のスポックとカークがキャプテン救出という目標に向けて協力する。そのうちに、互いを認め合い、信頼関係を築いて行き、最終的にカークがエンタープライズの船長になりキャプテン・カークとスポックの黄金のコンビが誕生する。『スタートレック4 故郷への長い道』 カーク&スポック アクションフィギュア2 パック ダイアモンドセレクト(予約:09年5月発売予定)いわゆる秀才タイプのスポックはパイク船長の信頼できるNo.2だったこともあり、キャプテン代行に任命される。が、彼は頭はいいが、人をまとめたり、リーダーシップを発揮するのが苦手なタイプなので、その重圧に一人苦しむ。一方、組織の中でやっていけるギリギリの協調性しかないカークはその大胆さとカリスマ性で、人心を大いに掴む。その人並外れた大胆さは向こう見ずとも呼ばれ、一つ間違えば命を落としかねないのだが、ラッキーなことにカークは自分に与えられたチャンスをしっかりとモノにしていく。そしてスポックも単に頭がいいだけではなく、冷静に自分を客観視し、一番の頂点に立つのではなく、ブレーンとして右腕になるのが自分に合っていると分析している。スポックのすごいところは、それに気がつき実行したところ。そしてラッキーなところは、トップに立つカリスマを見つけられたこと。私はこの映画で、エリックの違う面を発見し、「適材適所」の大切さを学んだ。ま、ほとんどの人はそういう教訓は得ないと思うけど。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/06/12

ガーデニングが好きな人にとっては祭典と言われている、チェルシーフラワーショウ。そういえば、これを見に来るためにわざわざ日本から来るという熟年婦人グループの航空券を手配したこともあったっけ。口蹄疫でキャンセルになっちゃったけど。それに、数年前はドイツから友達がその義理の母と双子の子連れでやってきた。5歳以下の子供は入場できないと入り口で知らされて、近くの公園で遊んだみたいだけど。と、私の周りは行けそうで縁のない人たちが多かった。去年の私も、和服でパンフレットを配るボランティアに声をかけられて、行く気マンマンだったが、直前になって日程が違っていたので行けなく、やはり縁が薄かった。が、満を持したのか、今年は平服でパンフレット配りのボランティアに参加した。一日がかりの仕事だ。晴れ女の面目躍如で、予定通り快晴。麦藁帽子とサングラス、そして日焼け止めもバッチリ塗って「出勤」。手首にピンクのスタッフ用リボンを巻く。午前中は人も少なく、涼しく、ゆっくり見るには最適。デザイナーの二宮さんに「嫌がられない限り、とにかく、このブースの前を通る人にはパンフレット渡して」といわれた。二宮さんの作品は茶室を望む和風庭園。聞かれませんように、と願いながら、作品に使われている植物の一覧表をジーンズのポケットに突っ込み、お仕事開始。午後になって、夏のような強い日差しになると、お客さんの持っている冷たいピムズに目が釘付けになる。うわー、美味しそう!!パンフレット配りの合間に休憩でお茶を飲んだり、ランチをしたり、他のブースを見に行ったりした。隣の庭は小薗江さんは上尾出身の若き女性デザイナーの作品。使っている植物はイギリス産だが、そのシンプルさに和が引き立つ。こういう庭のある家いいなぁ、と思いつつ、私が庭付きの家がほしい理由は猫なので、無理だと諦める。ネコ様用の庭はすっきりしすぎていてはいけないのだ。二宮さんの和風庭園は銀賞を貰ったこともあり、多くの人がわざわざ探してまで見に来てくれる。1日だけのボランティアとはいえ、見に来た人からしてみれば、私もスタッフの一員。「この庭、素晴らしいね、銀賞おめでとう!」と声をかけてくれるお客さんに「ありがとうございます、デザイナーに伝えておきます」と満面の笑みで返答する。朝一でフラワーショウに来る方は、英国の古きよき時代の老夫婦が多かった。ご主人はジャケットにアスコットタイ、奥様はひざ下のボックスプリーツスカートに3センチのパンプス。きっと郊外の大きな庭を庭師とともに管理しているのだろう。奥様は一日中庭仕事を楽しんでいるご主人のために濃いミルクティーを一日に何度も淹れる。そんなほほえましい連想をしてしまうカップル。それとプロかセミプロのカメラマン。彼らはパンフレットを受け取ってくれないが、どの位置から写すのか、チラリと確認。構図まで見れないのが残念なところだ。ボーっとたったまま配っているよりも、たとえ1歩でも近付いて渡すと受け取ってもらいやすいし、足もラクだ。また黙って配っているのはつまらないので、「いかがですか?」「もう受け取りましたか?」といいながら配る。すると、人好きのする人は返事をしてくれる。それだけだが、言葉を交わすのが楽しい。爪のきれいな人には「素敵な爪ね」、変わったイヤリングをしている人には「それ好きだわ」と賞賛を惜しまない。なんだかハッピーの輪が広がっているようだ。一人の老婦人が近付いてきた。一見してインド系である。熱心に見ていたのは気付いていたので、パンフレットを手渡すと、流暢な日本語でお礼を言った。あまりに予想外のことだったので一瞬、日本語だということに気がつかなかったが、彼女は庭を褒めた後「私は第二次世界大戦の時にシンガポールに住んでいました。そこで日本語を習いましたが、ほとんど忘れました」と言ったが、昨今の「コニチハ」ジャパニーズとは一線を画す流暢さだったので、反射的に「いえ、そんなことないです。とてもお上手です」と正直に感想を伝えたら、彼女はかすかに笑って私の二の腕に自分の肩をぶつけきた。あとでデザイナーにかいつまんで話すと「そういう人がいるんだよな。そういう人は日本にいい印象をもってないから」と言ったが、日本が嫌いだったら、なぜあれほどまでに熱心に庭を見ていたのだろう。日本人が嫌いだったら、言葉を交わすのも、日本人に触るのもイヤだと思うんじゃないかなぁ、とどこまでも楽観的な私は思うのだった。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/06/04
NHKがブラジル政府と10年間もの粘り強い交渉を続けて、やっと150日間だけ滞在することが許され、世界で初めてTVカメラが入ったというヤノマミ族の生活。私も日本の友達に無理言って頼んで撮ってもらった。すごかった、というと通り一遍の感想でしかないように思えるが、実にゆさぶられた番組だった。150日間の滞在の中、カメラが捉えた生活はほんの一部だろうし、「編集」で作り手の思惑に合わないためにカットされた時間の方が多いのだが、それでも、すごかった。「ヤノマミ」は彼らの言葉で「人間」という意味なのだそうだ。彼ら以外の「ヒト」は「ナパ」といい「人間以下のもの」という意味なのだそうだ。最初はその差別的な言葉や発想に反発と違和感を覚えたが、ヤノマミのプライドの高さに筋が通っているようで、いわば、江戸後期から明治初期の日本人が重なって、そのまま見ていた。時間が経つにつれ、彼らの中に出産や死が起こる。そういう時、撮影隊は「人間以下のもの」だったからこそ、まだへその緒がついたままの胎児を撮影することや、病気治癒のための祈りも撮影できたのだろうと思うと、「人間以下」でもいいじゃないか、と、妙に納得する。短い番組ではあったが、それでも、一度に見る時間がなくて、途切れ途切れだったので、感動も、反芻も強烈ではないが、あれを一気に見れるほど、強靭な精神力を持ち合わせていないような気がする。ひどく衝撃的だったのは、あれほど何もかも達観してないな、ということ。彼らに比べて私はなんと頭でっかちで、情けなく、薄っぺらいんだろう。何かを知っているということは、例えば、コンピューターや携帯電話の使い方を知っているとは、そんなにすごいことなのだろうか。生まれ育った土地やコミュニティから遠く離れることは、それほど重要なことだったのだろうか。生理痛ひとつ自分で治癒できずに、どうして女やってるんだろう。番組の中で14歳の少女が生まれてくる子供を精霊のまま天に返すか、人間として受け入れるかを決める。決めるのはその子を産み落とした母親の責任で、他の人は理由を聞かず、母親の決意を受け入れなければならいのだ。彼女は仲間に囲まれながらも、一人で子供を産み、決断した。どちらを選んでも辛いだろう、苦渋に満ちた問題を一人で解いた。14歳の私はそんな大きな決断ができただろうか・・・なんて、聞くまでもない。因数分解さえ一人で解けなかった14歳の私は、人間以下だった。そしてきっと今もやはり、ナパ(人間でないもの、人間以下のもの)に違いない。ヤノマミは、正しい。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/05/28
世の中が便利になったせいなのか、「めんどくさい」ことが増えたような気がする。それは決して、私がぐうたらなせいだけではないと思う、いや、思いたいというか、思ってもいいだろう。なんであれもこれもそれもどれもめんどくさいんだろう。人に会うのがめんどくさい。どこかに出かけるのがめんどくさい。かといって、家にいればいいのではなく、部屋を片付けるのがめんどくさい。時にはDVDを見るのも、本を読むのもめんどくさいと思ってしまう時がある。そういえば欝の始まりは無気力と倦怠感というが、これが行き過ぎると鬱になっちゃうんだろうなぁ、なんて思ったり(得てして、そういう自覚がある時は決して鬱ではないし、メルマガの発行やブログの更新は嬉々としてやっているので、ご心配なく)。これでもなるべく自分を甘やかさないようにしているのだが、それでもついめんどくさいと思うことを、思う自分を止められないこともある。もともと甘いが、それが更に拍車をかけた気がするし、めんどくさいという言い訳に対して、社会の許容範囲が広くなったような気もしている。今まで私が「めんどくさい」と言わないようにしていたのは、母が厳しかったからで、今でもある意味怖いのだが、その母が「めんどくさい」を理由に依頼を断ったのを聞いてから、すっかりたがが外れたように「めんどくさい」と感じるようになってしまった。そりゃ、もちろん、親だって人間だし年もとれば弱くもなるけど、それでもせめて、自分の両親だけはやっぱりいつまでも強く気概のある親でいて欲しい、というのは子の甘えだろうか。それとも、そろそろ親を追い抜いているべきなのだろうか。来たるべく日に備えて。ボタン一つで何でもできるような錯覚に陥っているので、すべてが面倒に思えるのだろうか。いや、本当は何ひとつ変わってはいないのだ。ただ、多くのことがコピー&ペーストでできるようになっただけ。敏腕編集者は、その作品を読めば、その作家がPCで書いているか、ペンで書いているかが判ると言うが、そこまではわからなくても確かに前後と微妙にそぐわない文章に出会うと「コピペか?」と疑ってしまうし、何度も繰り替えさえると興ざめする。人のことをいうだけではフェアではない。洗濯は洗濯物のかごから色ものと白ものを分けて、下洗いをして、ネットに入れて、設定を確認して、洗剤や柔軟剤を入れて、スイッチを入れる。自分で意識しているのはスイッチを入れるだけだが、それまでに実に多くの細かなことをほぼ無意識にこなしている。子供の頃は柔軟剤が最初から入れられなかったので、タイミングを見計らって後から入れたり、脱水のために違うドラムに移動させたりしていたが、それに比べれば、それでも、なんだってラクなんだろう、今は。でも、人は欲張りである。もっと、を求める。洗濯は好きなんだけど、それでも願わくば、シャツの襟と袖口を洗ってくれる機能がついた洗濯機が欲しい!お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/05/22
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個人旅行、というよりもバックパッカーに近いタイプの旅行・・・えてしてそういう人は「旅」と言いたがるが・・・をする人たちは、団体の観光旅行を快く思っていないらしい。角田光代さんのこの本は旅人がよく出てくる東京ゲスト・ハウスそこまでしていなくても、インターネットの発達した時代、手配旅行をするなんて、と思っている人が多くを占めるだろう。が、実は往復の飛行機の手配と現地での宿(たとえそれが最初の一泊だけであっても)を手配してもらっていたら、それはもう団体旅行となんら変わらない手配旅行だ。素人がネットと時間を駆使して自分で探して予約するよりも早くて確実で、きっとほとんどの場合、そのほうが安い。ので、私は臆面なく往復の足と滞在先がパックになっている旅行を選ぶ。あわよくば空港からホテルまでの片道の車が手配されていたら、それも遠慮なく使わせてもらう。だって、女ですもの、予約が必要な一流レストランでなくても美味しいものを食べられそうな店を探したり、ブランドじゃなくても楽しいウィンドウショッピングの時間は確保したい。空港からの移動で時間や体力を費やして、あとで後悔したくないもんね。その点、車での移動はいいかもしれないぼくとネモ号と彼女たちよく一人旅が趣味だという人は「観光旅行ではなく、旅をしなさい」と教え諭してくれるのだが、彼らの言う「旅」とは一体何なのだろうか?日常を離れるのだから、見知らぬ土地の安宿で、身も心も緊張しまくり、普段よりもストレスを抱える必要はない、と思う。毎回とは言わないし、やりすぎると品がなくなるが、物価の違いを存分に利用して、お姫様気分を味わいたい時だってあるのだ!!彼らの言う「旅」とはどうやら、地元の庶民と交流せよ、ということらしい。恋するように旅をしてしかし、それなら自由時間があれば観光旅行でだって、なくてもホテルの従業員や他の国から来た旅行者と親しく言葉を交わせば、それで十分「旅」は成立するし、例えばロンドンの場合、自らわざわざ外国に行かなくても、向こうからやってくる。ほんの少しだけ口元を緩めて心を開けば、異民族との交流は驚くほどたやすい。そう感じるのは、どこかに帰る場所を持ち、そこを拠点にあちこち動く「旅行」という移動の仕方が、もしかしたら私はそれほど好きではないのかもしれない、なんて考えたりする。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/05/15

シンガポールにリトルインディアと呼ばれるインド人地区がある。他にもイスラム教徒地区とか、当然中華街もある。初めてシンガポールに行った時のこと、体中に長い長い針を刺して、その針の先に花やお香をぶら下げてねり歩くお祭りを見に行った。鍼灸が日常の日本人だから、西洋人のようにイタイんじゃないか、と的の外れた感想は言わないが、長い針がたわむほどの花やお香、時には文鎮のようなものをつける意味がわからない。公開修行か?まぁ、とにかくインドはすごい、と改めて感じた。その印象があまりにも強くて、その後リトルインディアを訪ねた時は、イギリスでかなりインド文化に接触したこともあり、それほど強烈にインドを感じなかったが、私みたいなのは少数派で、きっとリトルインディアは以前よりもインド臭を増していると感じる人の方が多いだろうし、それが理に叶っていると思う。リトルインディアの多数派はタミル人である。タミル系っぽい人が経営していたカフェ。故郷の南インドやスリランカを追われるように離れて、シンガポールに移り住んだ新旧の人々。長く住めば住むほど、新参者に故郷の香りを強く求め、故郷の文化習慣風俗に強く惹かれるのは、移民の当然の心理なのだ。日本にいた時ははなも引っ掛けなかった日本文化だが、イギリスに来て10年経ったころから着物に興味を持ち、習字を始めた私がいい例だろう。リトルインディアが以前よりもインドっぽさを増していて何の不思議もないし、むしろそうであることが当然だ。が、その裏にたくさんの人の狂おしい望郷の思いを感じて切なくなる。これは気軽に「おいおい、何か昔来たときよりよりインドっぽさを増してないかい?」と言う旅人にはわからないし、わからなくていい。例えば昔の恋人の面影を求めてもてあます夜を「わからない幸せ」もあるのだから。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/05/08
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オーストラリアのグレートバリアリーフ(ニモが流されたあたりだ)にレディ・エリオット島がある。【ディズニー・アニメ】 ファインディング・ニモ(DVD)ひどくイギリス的な名前だ。小一時間も海岸沿いに歩けば一周できるサイズで、ここは「完璧な」エコ・リゾートなんだという。何が「完璧」かは行っ人にしかわからないのかもしれないけど。公式サイトのリンク。(やっぱりニモがいた!)滞在したことのある人の話によると、グレートバリアリーフ国立公園の中にあるその「島へのアクセスは小型セスナ機のみ」で、1件しかない宿泊施設は「宿泊客数が制限されているうえ、電気は自家発電、飲み水は海水から、洗濯用水は再利用」されるだけではなく、温水は太陽熱で作ったり、雨水を有効利用している。そして「生態系への配慮からゲストの行動は大いに制約を受ける」のだそうだ。例えば・・・「なまこを採らない」・・・突っ込みたいけど、まじめな優等生が胸を張って言った正解を茶化すようなのでやめておこう。そうか、エコって無駄なエネルギーを使わないだけじゃなくて、もう一歩先の、生態系への配慮も必要なんだ。いや、たしかエコって元々はそういう声なき小さき地球の仲間たちを守るためのリサイクルやエネルギーの無駄遣い対策と問題だったのが、日々の目先のエコにばかり注目していていつの間にか本末転倒になっていたのかもしれない。と守るべき具体的なものが見えているオーストラリアの切実さに驚いた。やっぱりオゾンホールが開いてるっていうのもあるだろうし。私は「一日中冷暖房完備のオフィスビルで働き、パソコンと向かい合って暮らしながら「エコ、エコ」と言」っているわけではないのだが、それに反発できるほど真剣に日々、生態系や環境について考えていないことは確かだ。冷暖房完備のオフィスビルで働いてはいないが、パソコンとは向かい合って(というより、もはや「抱き合って」と言うべきレベルかもしれない)暮らしている。ごみの分別は(近所のガイジンと比べて)かなりまじめにやっている方だと思うが、趣味でもあり、仕事にも使う車は手放せない。しかし、なぜレディ・エリオットへの交通手段は小型セスナだけなのだろう?飛行機そのものがかなり環境に優しくないような気がするのだけど、どうして船ではいけないのだろう?波が激しいなどの気候の問題なのか、距離の問題なのか、それとも資本主義的問題が隠されているのか。なんて穿った見方をしてしまうのは、イギリスに住んでいる限りそこを旅行先の選択肢に入れることができないひがみ、なのかもしれない。すっぱいぶどうだ。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/04/30
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久しぶりに音楽評。ミッチーの「レインボーマン」税込\2000以上のご購入で全国送料無料!!※代引き手数料を除くRAINBOW-MAN(初回生産限定盤)(DVD付)■及川光博このツアーの途中で、2009年のツアーがないことを発表したミッチー。新しい「相棒」に選ばれたし、ここで音楽以外の仕事にも力を入れてみるのだろうか。趣味と実益を兼ねたガンダム関係の仕事もあるらしいし。口の(意地の?)悪いファンである私はこの7曲しか入っていないアルバムをみてさもありなん、と思ったりする。7曲のうち2曲はシングルカットされているし、一つは既にあった(ライブでやってた?)ものを手直ししたので、正味4曲。好ましくないが、では順番に。1.Most beautiful night オープニングとしては適当な曲じゃないかな?あまり面白みはないけど、アレンジがいい。2.GO AHEAD!!! これが今回のヘビロテ曲。アニメ「バトルスピリッツ少年突破バシン」マンガにもなってるバトルスピリッツ少年突破バシン(1)の主題歌。「ショーメン突破」がそぐわないなぁと思っていたら、バトルスピリッツ少年突破バシン正面突破大全全12種セット入れなきゃいけないキーワードだった↑のね。主題歌なだけあって、ノリもよく、歌詞もよく考えられてる。3.ザッツ・エンターテインメント ミッチーにとってのエンターテインメントは演技とサーカスらしい。これは、一作前の「露天風呂」に近いイヤらしさがある(ニヤリ)4.ポン酢・ポンザー・ポンゼスト わはは、これを聞いてたらポン酢を使う料理が食べたくなった。個人的にはサラダドレッシングの代わりに使うのが好き♪ミッチーいわく「無駄に才能を発揮した歌」だそうだ。イロモノめ。5.キミハキレイ 「運命のいたずら」と同じ「手に入らないから好き、欲しい」がテーマ。♪君の優しさは全部が冷たい♪は「血管と白夜」にも通じてる。♪僕のことキライだから好き♪この部分が最初に脳内ヘビロテ6.運命のひと 運命のひとかどうかわからないからもう少しそばにいてと、去り行く女性に向かって歌っている。♪これ以上求めない何も~♪が切ないね。7.Sparkling Girl 「二の足よりもステップ踏みませんか」が最高!こういう言葉遊びが好きななんだよね。最近、メ~テレでの仕事が多くないか?さては名古屋に女が?!いてもいいけど。いつになるかわからないといわれているけど、次回作、期待してます!お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/04/23

蜷川幸雄演出のシェークスピアの「十二夜」を下敷きにした歌舞伎を見に行ってきた。歌舞伎だけあって、和服の日本女性も多い。最終日というのもあり、日本人率は観客の半分超に感じたので、日本人であればかなりの確率で和服を着ているということか。席は前から2列目の舞台右側。舞台のスモークが流れてくるほど近い。見切れではないが、なんせ2列目、舞台装置の微妙なところが見えにくい(これが見切れ?)。靴を脱ぐ場面などは、ちょっと背を伸ばさせてもらったが、近眼の私にはちょうどいい距離。双眼鏡なしで着物の美しい刺繍が見えた。角度によっては俳優の汗が飛ぶさままで見えるし、さすが歌舞伎俳優だけあって、客席を満遍なく見渡してくれる。スマップのドームコンサートで「きゃぁ♪(こっちの方を見たから)目が合った(ことにしておく)」というのとは違い、本当に「見られているなぁ」と実感する。■10%OFF+送料無料■SMAP ライブDVD【super.modern.artistic.performance tour 】08/12/17発売実はこの「十二夜」を下敷きにした日本の伝統芸能は去年、オックスフォードで日本語専攻の大学生が能で演じたのを見ている。どちらも日本語での上演だが、片や母国語、かたや発音もたどたどしい学生。いやいや、それより何より、片やプロ、方や学生の発表会。舞台慣れの度合い、演出、衣装、どれをとっても天と地の差なのだが、きらびやかな分だけ、魅了されて当然と思っている分だけ、小さな失敗が見えると「え、こんなものなの?」とちょっと興ざめ。プロンプが聞こえたり、演じている後ろで次のシーンの舞台を設置しているのだろう、カーテンやセットが揺れる。字幕の電光掲示板がかかる花道もない西洋の舞台で、時差と戦いながらも、あれだけのレベルを保持するのは大変だと思う。それでも、言ってみれば、白鳥が優雅にすべる、その水の下で必死に水をかいている様子まで見えてしまったのだ。カルガモの子供ならぴちゃぴちゃやっていて当然、むしろほほえましいのだが。白鳥であることの厳しさ、難しさを改めて感じた。が、期待をしていなければ、学生の能を見ていなければ、私はきっと大感激しただろう。日本のNHKで放送されるそうです。何よりも見てほしいのは、最初に出てくる聖歌隊でソロを歌っている少年!お父さんもかなりヴィジュアル系なんだけど、それを凌ぐ芽が出てきている男の子。友達の息子さんなの♪お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/04/16

先月の新聞に載っていた記事。郵便局兼雑貨屋を営む店主が「英語を話さない客には売らない」と公言しているそうだ。彼自身、スリランカからの移民で、18年前にイギリスに来た。イギリスに来てからは英語を勉強し、いや、英語で勉強して自分の店を持つまでになった。しかし、最近は英語を話せずに、話さずに日常生活の全てをやってしまう移民が多いのが気に入らないらしい。気に入らないというよりは、今まで自分を支えてきてくれた地元のコミュニティーに申し訳ないという気持ちらしい。「イギリスに来た以上は、私は自分のことをイギリス人だと思っている。イギリスでは全てが英語。法律も英語。イギリスにいる限り英語を話すべきだし、話さない人はきちんとした扱いを受けられなくても当然」ノッティンガムという、日本で言うと北関東か南東北のような、東京に日帰りできない距離ではないが、通勤圏ではなく、その地域の中核都市にバスや自家用車で働きに行くグループが多い町に住んでいるからだろう、このような保守的な考え方になってしまうのは。実際、私も1993年にノッティンガムに行き、バス停近くの雑貨屋でチョコレートバーを買った時に、ヴェールをかぶった女性店員にあまりにもじろじろ見られたので「私、日本人だけど、そんなに珍しいの?」と聞いたら、彼女は「日本人、初めて見た」とつぶやいた。日本人からすれば、彼女の方がよほど珍しかった。ロンドンにいれば、英語が母国語の人の方が少ないのではないか、と思ってしまうほどだし、もし郵便局で日本語が通じる人が働いていたら、そりゃーその人に当たりたいと思うだろう(日本的サービス精神を期待している、というのも当然ある)。反面、もし中国人スタッフがいて、中国語を話す客と声高におしゃべりしていたら、きっとムカつくだろうとも思う。自分のことと人の事は別に考えているなんて「オレって小せぇ~」と思いつつ、それでもやはり、言いたい。外国に行ったら、少なくともその国の文化言語風俗習慣を理解しようとする姿勢はとるべきだと思う。旅行で立ち寄るだけでも、いや、好きで選んで来ているのだからむしろ旅行者こそ愛情深いまなざしでその国を見つめるべきだろう。仕事や親の都合で仕方なくだったとしても、その期間がどれだけであったとしても、また、未来永劫生まれた国に住むことがない、できない場合でも、故や縁あってその国で生きることを許されているのだ、もっと愛情と敬意をもって、そのコミュニティーに尽くしてもいいのではないだろうか。それが自分の生まれ育った所なら、なおさら。一人で徹底するほどの覚悟も度量もないのだが、それでも私はこの人の頑固さにエールを送りたい。これが先週言ってた「先進国で仁王立ちしている、苦痛を与える側にいる」という意味なんだけど、このジレンマ、わかってもらえるかな?お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/04/09
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不法移民を載せてリビアを出発した船が途中で転覆し、1人が死亡、23人が救助された事件が先月末に報道された。乗っていたのは44人だけ・・・なんて可愛いものではなく、250人とも350人とも言われている。リビアは(わからなかったらこれで調べましょう)読んで見て楽しむ世界地図帳地中海を挟んでイタリアと対峙しており、アフリカからヨーロッパへの不法移民のメインルートのひとつになっている。リビアはその反欧米政策やテロ支援国家としてアメリカに空爆されたりしていて(1986年の空爆については大江千里が「AVEC」で歌っているけどこのアルバムには収録されていない。オーダーメードファクトリーの「Senri Premium~MY GLORY DAYS 1983-1988」に収蔵されている)日本にはなじみの薄い国だが、イスラム諸国や地続きの国々とは普通に交流していることもあり、ヨーロッパに向かう不法移民たちは何回も国境を越えてマリ、ソマリア、ナイジェリアなどから続々と集まってくる。今回の被害者もエジプト、チュニジア、パレスチナ人が含まれていると発表されている。さて、ここまでは事実である。教科書や新聞には劣るが、なるべく感情を入れずに書いた。が、ここから先はブログだからこそ書ける部分だ。昔の私だったら。どのくらい昔かというと、そういう事情がわかり始めてきた高校生ぐらいから日本を出るまでのいわば若くみずみずしい感性を持っていて、また同時に呆れるほどのんきで、素直で物知らずだった頃の私だったら、あぁ、なんて酷いことでしょう、幸せな未来を求めて海に出た途端にそんな目にあって・・・と自分の家族が乗っていたかのように身悶えたであろう。身悶えは言いすぎでも、悲しく思ったであろう。想像力のたくましさは今でもあまり変わりばえがしないが、だからこそ、もし彼らが上手くイタリアまで到着したとして、幸せな未来に至るまでに、どれだけの苦労、屈辱、理不尽が待っているかと思うと胸が痛む。そして更に恐ろしいことに、私はその苦労、屈辱、理不尽を与える側としてヨーロッパにいるのだ。一体、どこで何が変わってしまったのだろう。こんな大人になるはずではなかったのに。もう一度、あの頃のように素直に話を聞いたら元に戻れるのだろうか。それとも、先進国で仁王立ちしている私にはもう二度と、自分の歪んだ世界観を見つめなおすように呼びかける声は届かないのだろうか。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/04/02
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先入観もなく、いや、それどころかタイトルさえも「スラムダンク」と勘違いしたまま(バスケの話??)スラムダンクを読み返せ!!第2版アカデミー賞発表の前日に映画館に入った。街中で見かけるポスターから、インド系の若く美しい俳優たちが、お金持ちになるストーリーだろうとは想像していたが、まさかこんな話だったとは。今年の第81回アカデミー賞の作品賞、監督賞、脚色賞など8部門をかっさらった作品である。「クイズ・Who wants to be a ミリオネア」という誰もが見たことのあるテレビ番組を元に、こんなに深い作品が作れるとは、さすが【DVD】トレインスポッティング DTSスペシャル・エディション/ユアン・マクレガー「トレインスポッティング」のダニー・ボイル監督だ。そして、悲しく、美しく、時に残酷で、過酷な台本は【中古DVD】フル・モンティ <期間生産限定版>/コメディー「フル・モンティ」のサイモン・ボーフォイ(ビューホイとも表記されている)が書いた。久しぶりにわしづかみで心を揺すぶられた映画だった。一介の旅行者ならまず行かない、スラム街の奥深くを走り、電車の屋根に上り、靴を盗む。殴られ、ハエにたかられながら眠り、雨にぬれる。主人公は18歳の設定だが、どうしてどうして、その倍ちかく生きている私よりも倍以上、濃くて激しい人生を送っている。映画館ではいつも最後のエンドロールが終わるまで席に座っている。もともとガラガラだった映画館は、メインストーリーが終わるやいなや、あっという間に貸切になった。暗闇の中、見るともなしに名前が上がっていくのを見つめながら、昨夏、二人の友人たちの手を煩わせて取り寄せてコピーしたエッセイの一文を思い出していた。「そもそも、真の豊かさとは何なのか。物質的な意味でだったら、アフリカの都市と農村とでは天と地ほどのちがいがある。(中略)バスが停車するたびに、バナナやポテトや、みやげ物を売りさばこうと殺到する子供たち。みんな裸足だし、服だってぼろぼろだ。なのに彼らの表情には、暗さ、みじめさはみじんも感じられない。むしろ彼らのたくましさに、羨望すら感じるのはなぜであろうか」そう、私は羨ましかったのだ。学校にも行かず、きっと父の顔は見たこともなく、母には死に別れ、汲み取り式のトイレに飛び込み、逆さ吊りで食べるものを盗む(というよりは、余り物をいただく感覚?)にわかガイドとして観光客の写真を撮り、信号待ちの車の窓ガラスをたたいて物乞いをし、コーラ1本で大人に騙されて搾取される。それでもこぼれそうな大きな目をまっすぐに向けて歩いている彼、ジャマールが。なぜなのかはわからない。純粋なひたむきさか、純情を貫いたことか。いや、その前のまだ子役がやっている頃から、羨ましさを感じていた。もしかしたら、その理由が解けた時、私はまた十代のあの頃に戻れるのかもしれない。日本も4月から公開になるらしいね。ぜひ、見に行って!お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/03/27
メールマガジン「ロンドン偏食生活」を始めたのが2006年3月19日。おかげさまで、昨日で丸3年が過ぎ、今日から4年目に入りました。人間で言うと、3歳。まだまだベイビーちゃんです。「石の上にも三年」という言葉がありますが、恥ずかしながら3年以上続いたものは習い事、仕事、学校・・・あまりないのです。あるとすれば、ミーハー活動(笑)一度好きになったら、温度の変化こそあれ、ずっと好きなタイプ。つまり、好きなことしか続かない。となると、10年以上イギリスに住んでいることや3年間、一度も欠かさずに週3回メールマガジンを書き続けてきたことは、間違いなく好きなこと。これからは「好きこそ物の上手なれ」に近づけるように、日々、精進していきたいと思います。皆様の応援、声援、支援ありがとうございます。全員にお返事申し上げることが難しくなっていますが、フィードバックを感謝して受け取っております。これからも変わらぬご愛顧よろしくお願いいたします。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/03/20
あるブログで見かけた記事の一文。「日本は中国や韓国よりも「人」の存在感が薄い。(中略)『日本製品』に対して『日本人』の存在感がどこか希薄である。このことは、もしかすると大きな弱点なのではないだろうか?」なんと鋭い。そこはかとなく希薄な日本人の存在感、よくわかる。かく言う私も、この国でどこまで日本人としての存在感を示しているか、と問われると心もとない。典型的な日本人のような姿勢ではないらしく、道を歩けば「ビューティフル・チャイニーズ・プリンセス!」(中国に王族はいないよ!)と声をかけられ、韓国系スーパーやレストランでは韓国語で通す(が、返事は英語)酔っ払ってなければ彼らほど声は大きくないし、(普段の)化粧は濃くないし、(世界標準からすれば)傍若無人ではないけれど、どちらかといえば日本人の存在の希薄感に一役買っているほう・・・なのかもしれない。食卓にも書いた通りだ。あ!一度だけ地下鉄で日本語の本を読んでいたときに「ワタシ、ニホンゴ、勉強します・・・すた?」と話しかけられたことがあったから、その時は日本人に見えたんだな。だからと言うわけではないが、希薄な存在感は必ずしも弱点になるとは思わない。「日本製品」はあくまでモノ。品質がよくて当然(これでも、1960年代ごろまではイギリスでも、安かろう、悪かろうの日本製品というイメージがあったのだ)。人の気質なんて、モノの品質と違って一定していない。存在感とはつまり、個性ではないだろうか。外見もさることながら、自然にあふれてでてくるパワーや意志である。無理に出そうとしたって、出るものではない。仮に出そうとして出てきたとしても、それはもはや個性ではなく、演技だ。本人の絶対的、相対的な存在感の有無や生まれ育った文化的背景。それらが複雑に絡み合った結果として存在感の有無に繋がるのではないだろうか。おとなしいことは、時に軽々しく扱われることもある。しかし、騒いで自分の存在と誰かに無礼を働かれたことを広く知らしめればいいのか、それともスマートに問題を解決するのがいいのか。目立つことだけが人生ではない。自分自身が意に反して目立ちがちなので、人よりも強く、きっと目立ってしまう分だけ、おとなしい方に憧れる。クラスやグループに一人はいただろう、普段は黙っていて、物静かだが、時々発する一言がたまらなく面白かったり、とてつもなく重かったりする人が。そういうキャラクターが国民としてあってもいいと思う。この旅人は韓国中国に比べて希薄な日本人の存在感をロシアで感じていた。旅人よ、あなたにはその言葉や立居振る舞いから極東の3民族の違いがはっきりとわかるだろうが、目の前にいるロシア人はあなたをどこの国の人だと認識しただろうか。いや、それよりも、そこまで考えただろうか?日常で出会う外国人一人ひとりに対してどこの国から来た、何民族か、私たちがあまり深く考えないように(そんなことをしていたら、道も歩けない!)、彼らも毎日の営みの中で、あなたの指差すピロシキがいくつでいくらなのかの方が、あなたの指の色よりも重要だったのではないだろうかと考察する。それに体験上「こいつ、どこから来たんだよ?!」と思う時は、気分を害されているときの方が、逆のケースよりもはるかに多い。そういう心の狭いことをいうのは私だけかもしれないけどね。そう考えると、あまねく広がっている高級な「日本製品」のイメージのいいところを踏襲しつつ、ここぞという時に、人間らしさを加味していく。そういう美味しいカードを使わずにむやみに存在感を増長して、何になると言うのだろう?日本人が海外に出て路上に座り込み、車内で化粧をし(わたしはしないが・・・)、歩きながら喫煙する(・・・あなたもコレをしてないだろうね?)そうすれば、存在感は強まるかもしれない。しかし、何のための存在感なのか?存在感を示して、どうするのか?何がしたいのか?それによって、弱点と見るか強みととるか、個性だとするかが、かわってくるのではないだろうか。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/03/12
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よく、男性は競争心が強いといわれるけど、私も負けず嫌いという意味では相当なものだと思う。水泳の選手だった頃も、自分が今どのくらいのペースで泳いでいるかよりも、隣のコースのライバルとの駆け引きの方が、確かな手ごたえを感じていたし、張り合いも結果も出た。同じように数字で表されるタイムを気にするのでも、オリンピックに出るような一流選手がこだわる、自分との戦いの結果の数字ではなく、相対的な勝負で満足していたのは幼かったからか、才能がなかったからか。数字の無意味さは、苦手なだけに良く知っているし、比べてどうする訳でもないのに、大人になった今でも、ついつい比べてしまう。勝つと単純に嬉しいし、負けていたら、それを補おうと努力をする。「コップに半分はいった水」を「半分しかない」もしくは「半分もある」と見るかでポジティブさがわかるというが、私は「半分しかない」派。ただし、その後には「半分しかないから、もっと増やそう」と続くからポジティブなのか?ネガティブなのか?なんにしろ、一言だけでその人がわかるわけではない。「一言」を「数字」に言い換えてもいいだろう。数字で表される、日々のいろいろ。くだらないことではあるのだけど、それがリアルの世界では手も足も出ない、ライバルにさえなれなかった相手なら、なおさら勝ちたいと思うし、勝ったらたまらなく嬉しい。ネットの世界で下克上!あぁ、なんと気持ちいい~。この前も混んでいて有名な駐車場(でもそこが一番便利)にあわよくば車を止めようと思っていた。満車と書かれた駐車場から車が出て行くのを見たので、飛び込んだ。先客がいたが、先に見つけてやるぜ!と目を皿のようにして巡回し、一台分のスペースを見つけて駐車完了。車から降りて見渡したら、その車はまだぐるぐるしていた。「その車」【フジミ】スバルレガシーVerB 1/24プラモデル【インチアップID-106】競り勝ったからこそ満足感が大きいし、もしライバルがいなければ、「満車だからなぁ~」と、その空きスペースを見つけることはなかったかもしれない。自分がこういう性癖の人だったとは、と驚きつつ、イヤナヤツっていうのも面白いので、鍛錬しながら、その状態を楽しんでいいのではないかと思っている。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/03/06
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大人になってからの「修学旅行」といえば、やはり日光だろう。大学入学が決まったときに、予備校で仲良くなった女ばかり5人のグループで日光に行った。いわゆる「卒業旅行」のようなものだ。東照宮、華厳の滝、いろは坂など広範囲に見て回った。栃木県 日光限定 華厳の滝キティー 根付 ~滝の中にキティーちゃんが♪~しかし、覚えているのはその後の益子焼の体験。きゃぁきゃぁ言いながら、粘土をこねて、形成し、名前を彫って焼いてもらう。これを「修学旅行」といわずに何と言おう。益子焼き花瓶(中古)あれから何度春がやってきたのだろう。必ずしも嵐の番組に触発されたわけではないが・・・いや、嘘はいけない。正直に言おう。櫻井くんの微笑みに誘(いざな)われた私は、やはり嵐の松潤ラブ♪の高校時代からの友人Iと日光に降り立った。きっかけはミーハー旅行でも、目的は大人の修学旅行!嵐のメンバーがゆばの引き上げ体験をしたお店は休日だったし(涙)鮎のつかみ取りは行かなかったけど、しっかり、金谷ホテルでお食事をした♪こだわりのおいしいパンとハンバーグ、チーズタルトのセットで♪金谷ホテル オリジナルセット 【送料無料】東照宮のパワースポットに行ってパワーを充電してくるというシタゴコロもあり、お互い忙しい身なので1泊2日で東照宮だけを見るというとても日本的なタイトスケジュールを決行した。早朝でひと気の少ない日光東照宮は、雨というより雲の中にいるような潤った天気だったこともあり、清々しい。一点豪華主義で日光東照宮をじっくり見るため、他の建物の入場が割安になる抱き合わせチケットには目もくれず、東照宮一点買い。あまりにも朝早かったためか、三猿のレリーフが施してある厩舎内の馬はまだお休み中。さらに国宝の回廊は細工のお色直し工事期間中(涙)でも、ビニール越しに職人さんの作業が見れたのはある意味、ラッキー。いくつかの韓国人や中国人観光ツアーグループとすれ違う。ガイドさんにいろいろ説明してもらうと面白さも倍増するのだろうが、どこで申し込んだらいいのか見つけられず。早すぎたのか?片手のガイドブックをなぞるだけなら、わざわざ来る必要あったのか?という自虐的な突っ込みを入れて苦笑した。しかし、冷え切った板に足を乗せる瞬間や、手袋を外した時に低温湿潤の空気が指に触れたり、杉林の彼方で鳥のなく声を聞くというのはそこに身を置かなければ感じられないことだ。陽明門の逆さ柱を写真に撮ろうとして、いかにそれが意味のない、空しい行為だと思い知ったし、啼き龍の耳を劈(つんざ)くような高い音も、実際にその場で受け取る以外に方法はない。目には見えないけど、東照宮が持つ特別なパワーを受け取るというのも、やはりそこに行かないとダメ。どれだけパワーを受け取ったかはわからないけど、今回の東照宮は「身をもって体験することの大切さ」を教えてくれた。体験あるのみ。さぁ、行動しよう。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/02/27
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「大人の修学旅行」という言葉を耳にした。確かに修学旅行で行く場所は有名どころで、修学旅行だからこそ見れるものも少なくない。それなのに、学生時代は若さゆえの傲慢さで、まったくと言っていいほど覚えていない。もったいないことだと気がつき、もう一度行くのが大人の修学旅行ということらしい。TV番組で嵐のメンバーが千葉や日光に行ってたのも「大人の修学旅行」を想定したロケだったのだろう。日光は子供の頃には行かなかったけど、群馬県の榛名は小学校の林間学校で訪れた後、大学生になってからだろうか、高校時代の女友達と再訪した。林間学校は文字通り東京から来た都会の子供に自然と親しませよう、というコンセプトだったので2泊3日でメインは榛名山登山。だったので、榛名の何も知らなかったが、温泉に行った時は榛名の歴史や風情を楽しんだ。【杜仲うどん】 上州榛名山麓で無農薬栽培された【杜仲茶葉配合】★杜膳うどんセット★300gX10袋入り《1袋・3人前》【群馬県推奨優良品】贈り物に【化粧箱入り】【あす楽対応_関東】【あす楽対応_甲信越】【あす楽対応_北陸】【あす楽対応_東海】【あす楽対応_近畿】修学旅行の定番である、京都奈良は縁がないらしく、学生時代には行っていない。仙台に住んでいた中学の時は東京・横浜そしてディズニーランド!! 【希少】ディズニーランドに行くなら、くまのプーさんのこの姿を見てから??Winnie-the-Pooh:And the Honey Tree【H】【A】【Walt Disney ウォルト・ディズニー】【洋書絵本 英語の絵本】【5000円以上で送料無料!!】ディズニーランドは大学時代に休講になるとみんなで遊びに行ったし、その後も何度となく行ったから語るほどではない。高校は北海道か関西かを選べた。地続きの関西はきっといつか行くことがあるけど、親戚もいない北海道は行かないだろうなぁ、という単純な理由で北海道を選んだ。その予想が当たっていたのか、逆にそれに縛られていたのか、大阪は高校卒業直後に、京都奈良はイギリスから訪ねたが、北海道再訪は20年以上待たなければならなかった。ずっと待っていてくれた時計台よ、ありがとう~!お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/02/20

テート・モダンにRothko展を見に行ったついでに入ったCildo Meireles(シルド・メアレスと読むのだろうか?)展。期待していなかったからなのか、オブジェクトが多かったので比較的わかりやすかったからか、感性があったのだろうか(だとしたら彼は血中パンク濃度高めだ)すごく気に入った。1948年リオデジャネイロ生まれ。ブラジル社会や政治のもたらす抑圧に対抗するテーマで作品の多くは大型、中には見る者との交流を促すものもある。だから面白かったのかも。1987年の「ミッション(大聖堂の作り方)」は床にコイン、天井に人骨が。ラジオを埋め込んだ天井まである巨大な塔は「バベル2001」。日本製のラジカセが多くてニヤリ。(写真はここから)「Fonts」という作品も面白かった。真っ白な部屋に何の変哲もない白い丸い時計が壁が見えないほどかけてあり、それらはてんでばらばらの時間を示している。床には数字が散らばり、天井からは小学校で使ったような折り曲げ式の定規が何十本もぶら下がっている。それが髪に引っかかるのには閉口したが、それを差し引いても面白かった。この展示は手前の部屋に小さな作品を集めていて、奥に大きな作品を持ってきていた。小さな作品も面白かったので、そこで帰ろうかと思ったが、奥の部屋の真ん中にあったこの作品を見て、ふらふらと引き寄せられてしまった。それが「Through 1983-9」。壊れたガラスの上を歩く。ここでは生きた魚もアートだ。もう一つ面白かったのが「Red Shift」という「赤の部屋」。赤が好きな女の子のワンルームの部屋を覗いたらこうなんだろうな、と。部屋の中は家具、じゅうたん、洋服、アクセサリーなど全部赤。これがまた芸が細かくて、PCのスクリーンセーバーも赤が主体の映像だし、冷蔵庫を開けるとその中に入っているものも全て赤い。イチゴ、ざくろ、ジュース、プラスチックの入れ物も赤。徹底している。流れ出した赤いペンキに誘われて入っていくと隣の部屋には・・・ネタバレになるので言わない!もし、ブラジルの美術館がこれを常設しているのなら、これと「Through」を見るためだけにブラジルに行ってもいい。現代美術の微妙なところは、自分が気に入った(もしくは気に入らない)作品について熱く語れば語るほど、普段は隠しているものが露になる。たとえば口の中を見られるような恥ずかしさ、といえばわかってもらえるだろうか。なので、どう感じたかはあえて言わないが、とにかく、楽しかった。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/02/12

マーク・ロスコ。1903年にロシア(現ラトビア)生まれ、1913年にはユダヤ教徒の家族とアメリカに移住し、1970年謎の自殺で人生を終えている。画家。彼の作品は千葉県佐倉市の川村記念美術館とロンドンのテート・モダン、そしてアメリカ、ワシントンDCのナショナル・ギャラリー・オブ・アートなどに分かれて所蔵されているが、今回(2008年9月26日から2009年2月1日まで)テート・モダンで大規模な展示が行われていた。テート・モダンは常設展(無料部分)でもロスコ(英語表記だとRothko、最後の音が伸びて「ロスコー」と聞こえる)の作品が展示されている。私と彼の出会いはその常設展だった。テート・モダンは現代美術を集めた美術館なので、中には非常に毒々しかったり、受け入れがたい色や印象を持つ作品もあるのだが、その中でロスコの作品は一服の清涼剤のように美しく、穏やかだった。年齢的には、私の祖父母世代よりも上になる。1970年の作品もあったことから、最後まで創作意欲は失われておらず、むしろ1950年代後半ごろからどんどん脂が乗ってきていたように感じられるので、残念でならない。彼の作品の特徴は、大きいこと。カンバスを縦や横に区切って色分けしていること。この色のニュアンスや、区切る割合がほとんどの彼の作品ごとの違いになる。1958年にニューヨークにあるシーグラムビルのレストラン(社員食堂)にかけるために作った幻の連作が、今回一堂に会した。一部は日本の川村美術館から借りてきたものだ。窓のない体育館のような大きさのホールに、ロスコの絵がバン、バン、バンとかけてある。赤や紫、黒に近い茶色などがそれぞれ違う組み合わせ、配置で描かれている。その連作は、結局レストランに飾られることがなくなったのを聞いて「どこかの美術館に飾るときは、これ一枚だけでもいいから、その壁にはほかの作者の作品をかけないでほしい」と言ったという。それだけ思い入れのある作品なのだ、彼も草葉の陰で喜んでいることだろう。どうせなら、その展示会場で社員食堂らしく何か食べたら、彼ももっと喜んだかもしれないが、残念、飲食禁止。現代美術の作家なので、タイトルがない作品も多い。確かに言葉では語りつくせない思いがあるだろうが、私のような無粋者には、ある程度の方向性を指示してれる言葉の手助けがあったほうがありがたい。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/02/06
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前回の「ハンサム★スーツ」で思い出した替え歌。記憶と言うのは、私の場合だけかもしれないけど、芋づる式になっているようで、替え歌を思い出しただけでなく、その状況も思い出した。休み時間に前の席のTが自分のノートを持ち、くるりと振り向いて「面白い歌を作った」と言ったのだった。他にも彼女はさまざまな「傑作」を生み出した。今でも覚えているのは稲垣潤一の「夏のクラクション」稲垣潤一『夏のクラクション(UGAカラオケ動画)』を学校に遅刻したモノローグにしたり、アルプスの少女ハイジの歌「おしえて」アルプスの少女ハイジ アルムの山をテストがわからないことにひっかけたり。箸が転がってもおかしい年頃をかなり越えた今、思い出しても顔が緩むのを止められない。笑いが止まらないという点では、その前の年に同じクラスだったJもよく笑わせてくれた。彼女は絵が上手かったので、いろいろ書いては授業中に授業の後に、送ってくれたものだ。いまはもうこの世にはないと思うが、それでも私の記憶の中に強烈に張り付いている一枚がある。ナツメヤシを背景に、ヴェールで髪を申し訳程度に隠し、慎ましそうにらくだに乗っている女性の額には、なぜかビンディーが。イベント~クラブに☆ゴージャスビンディーシール<12Type>0126PUP5Fいま思うと、いったいどこの人だよ?!と突っ込みたくなるのだが、当時の私たちにはそれが考えうる限り精一杯の「エキゾチックな外国人女性」だった。ちなみに沙漠に住むイスラム教徒は髪だけではなく、全身を隠す宗派が多く、ビンディーはヒンズー教徒の習慣。理由はあえて言わないが、TもJも私の反応を楽しみに私のことを思ってあれこれと、その才能を如何なく発揮してくれたのだということに、今更ながらに気がついた。いい友達に恵まれていたんだな。そしてそれは、友達だけではなく、クラスメート、部活や委員会での先輩や後輩など、たくさんの人に少しずつ大切に思われていたからこそ、時も場所もこれだけ遠ざかってしまった今でもこうやって懐かしく、ちょっぴり切なく、思い出すのだろう。もう、TもJも音信不通になって久しいので、こういう手段でしか伝えられないし、もし本人が読んでもそれが自分のことだとは気がつかないかもしれないけど、言わずにはいられない。どうもありがとう。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/01/29
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人は見かけじゃない、と昔からいうけれど、今の世の中、ある程度見かけがよくないと選別の対象にさえもならないんだよね~、というテーマを面白おかしく料理した作品。DVDは3月15日に発売!(DVD)ハンサム★スーツ スペシャル・エディション(ハンサムスーツ)「元の姿」を演じた俳優たちはもちろんのこと、カッコよくなるためのスーツの俳優がいい。特に谷原章介!面白い人だとは漏れ聞いていたが、こんなに顔(とイメージ)壊しちゃっていいの?!とファンながら(だからか?)不安に思った。でも、きっと彼はこういう顔をして、友達と遊んだりしてるんだろうな、なんて思ったり。ってことは「スィンユーのミッツィー(訳「親友のミッチーこと及川光博)」も似たような顔をして飲んでたりするんだ?フフフ。アイディアは「転校生」●ネットバンキング決済・コンビニ後払いも可能!大林宣彦DVDコレクション転校生 DVD SPECIAL EDITIONの「本人版」。入れ替わるわけではなく、自分がミシュランマンMICHELIN/3Dタイプ(消臭剤) ミシュランマンL 置き型 [ML12400]のようなスーツを着るのだ。「自分」にかえりたくなったらスーツを脱げばいい。または「自分」にかえらなければならなくなった時も。エンディングは薄々読めていたけれど、それでもやっぱりドキッとしたり、「をぉ?」と思ったり、「うわ、ヤメテ」と小さく叫んだり。テーマソングが渡辺美里の「My Revolution」、コレにも収録されてます<送料無料>■送料無料■渡辺美里 CD【M・Renaissance~エム・ルネサンス~】 05/7/13発売ほかの歌も80年代サウンドで、ついつい聞き入ったり、歌いたくなったり。きっと同じ世代の人が作ったんだろうな、と、見たことのないスタッフに親近感を覚えた。そういえば、昔、友達がこんな替え歌を作った。♪さよなら Sweet pain 頬杖ついていた夜は昨日で終わるよ確かめたい 教師になった意味を 教室の中 目を開いてホームシックの先生たちは 3時になるとソワソワしだす手伝いたそうな 顔をするけど 用を頼むと ムッとするよきっと本当の 雑用なんて 自分ひとりで こなすものさ~♪働くことを知らなかった当時は想像しては笑っていたけど、今では、その友達の洞察力に感動すら覚える。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/01/22
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2008年の映画。■送料無料■久石譲 CD 【「おくりびと」オリジナルサウンドトラック】08/9/10発売本木雅弘は昔から一風変わった映画に出ていたので、シコふんじゃった。(DVD) ◆20%OFF!【送料無料選択可!】ファンシイダンス / 邦画今回も興味があった。幸いにして、まだ新しいうちに見ることが出来たのだけど、当然泣きながらいろいろ考えてしまった。ひょんなことから納棺師となった彼の、死や仕事に対する考え方の変化、そして彼の気持ちの変化が時間を経て周りの人々に伝わる様子が描かれている。もちろん本木雅弘は上手かった。映画だということを忘れてしまうほど上手かった。しかし、実は妻役の広末涼子もかなり演技派だということを知った。当然、彼の上司、同僚、友人、その母、それぞれの役者がしっかりしていたからこそ、小さいスクリーンだったにもかかわらず、そのストーリーの中に入ってしまった。この映画を見る直前にずいぶん長い間アマゾンのショッピングカートに入れたまま、買う決心がつかないでいた今、親に聞いておくべきことという本をとうとう購入し、親にインタビューをし始めたところだった。だから余計にいろいろ感じるところがあったのだろうが、人目も気にせずに(というか、そんな余裕なく)ボロボロ泣いた。私が冷たいからなのか、演出過剰なのかはわからないけど、中にはあまりにもわざとらしすぎて鼻白むシーンがないわけではなかったし、映画の中で最後に納棺するシーンは、出来すぎだと感じた。全てのお葬式に納棺師が出向いてくれる訳ではないだろうし、当然、イギリスではそれを望むのは無理なのはわかっている。そして、全ての納棺師が、この映画に出てくる納棺師たちのようではないのは百も承知だ。それでも、毎日死を見つめている人なら、きっと心をこめて納棺してくれそうな気がして、納棺の義をして欲しいと思ってしまった。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/01/16
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11月に007の最新作「慰めの報酬(原題 Quantum of Solace)」を見てからずっと書きたくて仕方がなかったけど、自主規制していた。でも日本でもそろそろ公開される頃だろうからいいよね?CMや番宣でやっているだろう以上の筋は話しませんので、ネタバレ嫌いな方もご安心を!前回の「カジノ・ロワイヤル」【DVD】007 カジノ・ロワイヤル スペシャル・エディション/ダニエル・クレイグは予告編のほとんどが最初の30分で明かされてしまい、がっかりしたのだが、今回の予告編はもう少しバラけている。あまり説明的すぎないのもいいが、登場人物がこんがらがる。日本語字幕ではそのあたりが上手く説明されていることを祈る。ボンドガールも21世紀らしく、よく動き、よく戦う!彼女が最初にボンドを乗せる車、あれがナンだったのかが個人的にとても気になる。このシリーズの007はフォードがスポンサーなので、フォードのフェスティバかKAあたりが妥当なんだけど、どうしても日産のマーチに見えた。判った人、教えてください。21世紀らしいといえば、争うものが21世紀らしい。いままでの作品でもダイヤモンド、石油、宇宙開発、核兵器、情報などの利権を争ったものが多いが、今回争うものは納得の21世紀モノ。悪役も「世界征服」は可能か?と被るところがあり、興味深い。その悪役、フランス人俳優のマチュー・アマルリックは「ミュンヘン」【DVD】ミュンヘン スペシャル・エディション<2枚組>/エリック・バナでダニエル・クレイグと共演しており(二人で一緒のシーンはないが)カメラの回っていないところでその話をしたりしたのかな、と想像するのも楽しい。マチューは日本の「ミュンヘン」ファンの間で「SMAPの中居くんに似ている」という噂もあり、私もそれに賛同しているので、ちょっと注目してみて欲しい。また彼はソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」【DVD】マリー・アントワネット【通常版】/キルスティン・ダンストにも出演していたらしいが、気がつかなかった!!かなりコスプレだったからなぁ。前作に比べると製作側のプレッシャーや気負いなどの肩の力が抜けたいい作品に仕上がっている。また、今後の「007」がどの方向に行くか、興味をそそる伏線がたくさん張ってあることもあり、「ダニエル・ボンド」もそれほど悪くないと思うようになってきた。ただ、ダニエルがジェームズ・ボンドに見えるようになるまでには、少なくともあと数作は待たなければいけないだろう。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2009/01/08

Hadrianとはハドリアヌス帝のこと。受験用に勉強していた頃は、「ローマ皇帝の一人」ぐらいの認識しかなく、名前さえも「暴君ネロ」を覚えるのが精一杯で、ハドリアヌスまで力が回らなかったが、きっと世界史の教科書にはしっかり赤線が引かれていたことだろう。ところが、ヨーロッパに来てみれば、彼を知らないと恥ずかしいどころかやばいレベルになっている。私はイギリスに来たのであって、イタリアやフランスなど大陸に来たのではない、などと突っ張っていられないほど、ローマ帝国は今日のヨーロッパに深いつながりがある。例えば、イングランドとスコットランドの間にある、ヨーロッパ版「万里の長城」と言われる、ハドリアヌスの壁。この壁はイングランドだけではなく、ドイツやフランスにも張り巡らされている。名前からハドリアヌス帝が作らせたのは明らかである。彼は五賢帝の一人であり、彼の治世中にローマ帝国は最大の広さを誇った。今で言うとイングランド、ウェールズ、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツ、スイス、イタリア、クロアチア、ボスニア、ヘルツェゴビナ、ユーゴスラビア、ギリシャ、ルーマニア、ブルガリア、トルコ、シリア、ヨルダン、イラン、イラク、レバノン、イスラエル、エジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコ、スペイン、ポルトガルの全部または一部を領土とした。とはいえ、帝国全土に平和が行き渡っていたわけではなく、特に、今のイスラエルに住むユダヤ人を迫害し、エルサレムを破壊し、「シリアーパレスティナ」と名前を変え、エルサレムにすむユダヤ人を難民化させたことは、2000年以上たった今でもまだ未解決の問題として残っている。ハドリアヌス帝は、今で言うスペインのコルドバ近くに生まれた。父は役人だったが、その地方は当時、料理用や薬として珍重されたオリーブオイルの産地だったこともあり、豊かな生活をしていたらしい。父の従兄弟であるトラヤヌス帝の姉の娘と結婚したことで彼の人生は変わっていくが、トラヤヌス帝に子供がいなかったことが一番大きなファクターだったろう。ハドリアヌス自身も子供に恵まれず、養子をとることにしたが、慎重なのか、心配性なのか2世代分の養子縁組をした。さすが皇帝ともなれば、それだけ先のことも考えて手を打っておくのだなぁと思う反面、ほっとけばいいのに・・・ほっておけなかったのは、その時代、男女を問わず、同性愛が普通に行われていたからだろう。ハドリアヌスにもアンティヌスという若いツバメがいた。アンティヌスの死を悼んで建てたらしい像。最終日2日前に行った、大英博物館でのハドリアヌス帝展は、混んでいた。更にその日に限って、大英博物館のネットが朝からダウンし、とても原始的な方法で入場券が発券された。もちろん、現金のみのお支払い。これで少なくない数の観光客らしき人々が脱落したおかげで、思いがけず早く入場することが出来た。というちょっといわくつきのハドリアヌス展。その中でも特に混んでいたのが、BL(ボーイズ・ラブ)、つまり男同士の性交をレリーフした銀のカップだった。熱心にそのカップを研究するイギリス人善男善女を見て、イギリスにもBLマンガの浸透する余地は多分にあると私は確信した。腐女子多し?!ハドリアヌス帝時代のローマはBLやゲイが比較的容認されていた時代で、若い男の子は必ずといっていいほど年上の既婚男性の愛人となり、女性との結婚を機に、彼は今度は若い男の恋人を持つほうになる。「市民」と結婚している人妻に手を出す以外のご法度はなかったというから、古代ローマ、太っ腹!ハドリアヌスの銅像は世界に3つしか残っていない。石像もそれほど多くないらしい。そのうち2つの銅像と3種類の石像が展示されていたが、中でも胸像が面白かった。彼の耳たぶが少し丸まっていることに目をつけた学者がハドリアヌスは冠動脈疾患だった可能性が高いとしている。帝国周辺まで視察すること4度、最後は別荘で62歳の生涯を閉じたが、時代と職業を考えるとかなり健康で長寿だったのではないだろうか。彼はその他にもパンテオンというドーム型の神殿を建てた。現存するローマやパリのパンテオンだけではなく、ブルガリアの首都ソフィアにも、トルコのイスタンブールにもドームを持った大きな建物が残っている。この大英博物館の中心も、作られたのはつい最近だが、ハドリアヌス帝のドームである。それにしても、これだけの偉業を成し遂げたローマ皇帝でさえ、日本の片田舎に住む女子高生にしてみれば「One of them」でしかないなんて、歴史に名を残すことの、なんと大変なことか。 お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2008/12/05

チェルシーときいてあなたは何を想像するのだろう?キャンディー?サッカーチーム?女の子の名前?それとも・・・ロンドンの高級住宅街?今日、私がお話したいのは地名のチェルシー。それ以外を期待した方、ごめんなさいね~。チェルシーというのはハイドパークとケンジントンガーデンズ、南はテムズ川に挟まれた地域の一つ。ケンジントン宮殿からもほど近かったこともあり、故ダイアナ妃が好んで訪れたエリアのひとつだった。19世紀の初め頃までは普通に人が住んでいたし、今でももちろん、住んでいる人はいるのだけど、お店やレストランのほうが多く、住む場所というよりは遊びに行く場所ととらえている人が多いだろう。地名はサウスケンジントンになるが、ここから今日の散策を始めた。大きなミシュランのタイヤマンが目印のコンランショップ。ロンドンに来て最初に見つけたオイスターバーはここにある。まだ一度も入ったことはないが、牡蠣が食べられるというだけで安心する。ミシュランのタイヤマンも最初は物珍しく、嬉々として写真を撮っていたが、ヨーロッパの老舗タイヤメーカーで、WRC(世界ラリー選手権)などのモーターレースでは常連、祖国フランスではCMで飛び跳ねる彼がいた。今ではすっかり見慣れたが、それでもたまに見かけると「おぉ!」と声をかけたくなる。街中で偶然、昔あこがれていた人を見かけるようなものだろうか。つぎは、ここ。フィガロのロンドン特集madame FIGARO japon (フィガロ ジャポン) 2008年 10/5号 [雑誌]にも載っていたという有機食品のデリ。カフェコーナーもあり、気の利いたチョコレートやケーキもあるが、それだけではない。階下にはワインやお酒、階上にはキッチンや掃除洗濯グッズが。可愛いけど、高い。あ、円高の日本からくるとお手ごろ価格かもしれないので、ぜひ寄ってみてください。つぎの有名人はモーツァルト。その生涯の多くをヨーロッパ中、演奏旅行をしていた彼だが、それでもロンドンには住んでいたことがあるらしい。今はEUとなったので、EU域内であれば人は自由に往来できるけど、当時はパスポートとかビザとかどうしたのだろう?「イングランド」とか「オーストリア」などの国があったことから、当然、パスポートのようなものはあったと思われるのだが(そうでないと国境の意味がないし、税金が取れないし)どうなんだろう?1764年に、この家で彼は最初の交響曲を作曲した。近くにはモーツァルトの銅像もたっていた。銅像の下の説明によると12月5日に亡くなったらしい。もうじき命日ってことね。そして最後はイアン・フレミングがすんでいた家。え?知らない?作家です。007ジェームズ・ボンド・シリーズの原作者。彼はこの周りを散策してカジノ・ロワイヤルなどを書いたのだろうか。なんて考えながら歩いているとビクトリア駅。ボンドが出てきそうな妄想にとらわれた。お手数をおかけしますが、コメント・感想は目次ブログにお願いします。
2008/11/28
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