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2008.05.05
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カテゴリ: 戦争と平和
1945年2月16日 - 1945年3月26日)は、太平洋戦争末期に小笠原諸島の硫黄島において日本軍とアメリカ軍との間に生じた戦闘である。

1945年2月19日にアメリカ海兵隊の上陸が開始された。3月17日、米軍が島を制圧し、日本軍の部隊が多数玉砕した。3月21日になって、大本営は17日に玉砕したと発表。3月26日、栗林忠道大将以下300名余りが最後の攻撃を仕掛けるが玉砕。これにより組織的戦闘は終結した。

日本軍は2万933名の守備兵力のうち2万129名までが戦死した。損傷率は96%にのぼる壮絶な激戦であった

一方、アメリカ軍は戦死6821名・戦傷2万1865名の計2万8686名の損害を受けた。太平洋戦争後期の島嶼での戦闘において、アメリカ軍地上部隊の損害(戦死・戦傷者数等[2]の合計)実数が、日本軍を上回った稀有な事例としてあげられる.

1944年2月、アメリカ軍はマーシャル諸島を占領し、トラック島へ大規模空襲を行った。大本営はカロリン諸島からマリアナ諸島、小笠原諸島を結ぶ線を絶対国防圏として死守することを決定する。防衛線の守備兵力として小畑英良中将の指揮する第31軍が編成され、配下の小笠原地区集団司令官に栗林忠道中将が就任した。硫黄島には3月から4月に増援部隊が到着し、総兵力は5,000名以上に達した。

1944年夏、アメリカ軍はマリアナ諸島を攻略し、11月以降B-29による日本本土への長距離爆撃を開始した。しかし硫黄島は日本本土へ向かうB-29を無線で報告する早期警戒拠点として機能していた。またマリアナ諸島からの出撃では、距離の関係上護衛戦闘機が随伴できず、さらに日本上空で損傷を受けたり故障したB-29がマリアナ諸島までたどり着けず海上に不時着することも多かった。そして、しばしば日本軍の爆撃機飛龍が硫黄島を経由してマリアナ諸島の基地を急襲し、地上のB-29に損害を与えていた。とりわけ、12月にはイスレイフィールドで11機のB-29が破壊され、8機が大きな損害を受けた。

アメリカ統合作戦本部は、日本軍航空機の攻撃基地の撃滅、日本軍の早期警報システムの破壊、硫黄島を避けることによる爆撃機の航法上のロスの解消、損傷爆撃機の中間着陸場の確保、長距離護衛戦闘機の基地の確保等を目的として、硫黄島の占領を決定した。フィリピンにおけるレイテ島の戦いが終わりに近づくと、沖縄侵攻までの2か月間に行う作戦計画として硫黄島攻略が決定された。進攻作戦は「デタッチメント作戦」と名付けられた。


栗林中将は1944年5月に父島へ赴任した。当初は要塞のある父島に司令部を置くことになっていたが、情勢を調査した結果、アメリカ軍は硫黄島へ進攻すると判断し、無防備に等しかった硫黄島へ直ちに司令部および第109師団を移動させた。制空権と制海権を持つアメリカ軍に対して、硫黄島が長く持ちこたえることができないことは明白であった。しかし栗林中将は上陸部隊にできるだけ大きな対価を支払わせ、日本本土への進攻を1日でも遅らせる決意をしていた。防御計画の第一歩として軍人、軍属を除く民間人の疎開が7月後半までに完了した。次に、島の全面的な要塞化が立案された。地上設備は艦砲射撃に耐えられないため、天然の洞窟と人工の坑道からなる広範囲な地下坑道が建設されることになった。

栗林中将は島北部の北集落から約500メートル北東の地点に司令部を設置した。司令部は地下20メートルにあり、坑道によって接続された各種の施設からなっていた。島で2番めに高い屏風山には無線所と気象観測所が設置された。そこからすぐ南東の高台上に、硫黄島の全火砲を指揮する街道長作大佐の本部が置かれた。その他の各拠点にも地下陣地が構築された。地下陣地の中で最も完成度が高かったのが北集落の南に作られた主通信所であった。長さ50メートル、幅20メートルの部屋を軸にした施設で、壁と天井の構造は栗林中将の司令部のものとほぼ同じであり、地下20メートルの坑道がここに繋がっていた。摺鉢山の海岸近くのトーチカは鉄筋コンクリートで造られ、壁の厚さは1.2メートルもあった。




栗林忠道硫黄島からの手紙





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最終更新日  2008.05.06 02:15:18
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