サイド自由欄
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今夜も下宿の話。
二回生になって、遊びほうけ、学校もさぼりがち、で内心、自分が情けなく。
かといって、知的欲求は起こらず、サークルにもはいれず、バイトもながつづきせず、最悪の学生生活であった。
何のためにわざわざ大学にきたのか?実につまらない。と思う自分と、親の姿をみると、僕のために働いて高校しか出れなかった父をみて、へこむんですな。
サークルはまあ、一年の時には入れる時間がなかった。通学の時間とかね、でも一年の最後の12月だったか、落語長屋というところにはいろうとおもって、はいったんだ。しかし、先輩のひとことで愕然とし、辞めようとおもった、すぐに、根性なしというか、
「お前の関西弁おかしいな?」といわれたんだね、
しかし、その先輩はナント高知県の人間で関西弁がへた、こんなやつあかんわ、とおもったのです。笑いもベタであるし、そもそも落語はすきでなかった。
しかし、最近になってある事実がわかったのだ、毒舌で芸能界を追放された北野誠は一年先輩で、もう、既に退部していたが、彼もまた、落語長屋に入り、先輩から同じことを言われ憤慨し、やめたそうである。関西人が地方人の言葉のひとに文句を言われて、たとえば、日本人がイギリス人に君の英語おかしいな?のようなこと、そんなこといわれてない。それに、そんなはずはない、事実そうだ。これはあの落語長屋の地方人の先輩の関西人の後輩への冗談の慣習であったのだ、まあ、そんなことはどうでもいいことなのだが、
もう、こりごりという感じであった、
そういうなか、昨日現れたあのかたが、テレビのバイトみたいなものにでないかというのだ、しかも、名古屋だけに放送されるもの、願っても無いことだ。ぼくはどこにいっても京都産業大学の学生というだけで、出たがりのやつ、ラブアタックの負け組みとか言われるのがいやだった、それにもまして、親父がテレビをつけて、もし僕があほなことをしていたら、
「なんのために大学いかせとるんじゃあ!」と怒るに違いない。
あの80年代の時代は、家庭の中では父親の威厳は強く、男尊女卑であり、親父のおかずには子供と必ず差をつけ、たとえば、カレーには生卵がつく、といったものがあり、逆らわず怒られず、というのがあったね、
そう、親父にもばれず、金も稼げて、もしかすると念願の彼女も出来て、しかもテレビに出れるといった、そういうことなら、OKよ、と二つ返事であった。
当日、一時間目だけをでて、あわててバイクで田んぼをとばしていた。早く行かないと国鉄ハイウエィバスに間に合わない。
一旦停止の交差点を無視し、つっこむ、そのとき、目の前に外車があらわれ
僕は外車の前に激突し、数メートルとんで田んぼの中に頭から着地した、バイクは大破し、見上げると、車はドイツのBMWであった、おもむろに派手なシャツを着てサングラスをした、おじさん、
ぼくは、びびっていた、車は前が壊れていた、
「おまえ、学生か?何で、そこでとまらへんのや」
ぼくは、すいません、といなながら泥を落とし、痛い足をさすっていた。
「学生か、しかたないな・・。」といいながらおじさんはなんと、去っていった、僕は驚いて立ちすくんでいると、車のうしろにあののちに抗争となるマークがついていたのにきがついた、
すごい、いい親分であったのだ、千春がほれるのもわかるのだ、
事故をしてもめけずに名古屋に向かう、推薦人の彼も学校をサボり、二人で新幹線代をうかすために、高速バスに乗った。
名古屋に着き、時間がないのでタクシーにのり、栄にあったCBCにむかった。CBCといえば、つボイさんの本拠地、彼に会いに高校の時来たことを思い出していた。タクシーの中で運転手さんがたずねた。
「芸能界にひとですか?」友人は知らぬ顔をしながら、そうです、と答えた、僕は驚いた、運転手はミラーで僕たちを見ながら、思い出そうとしていた、
ぼくはすかさず、売れない漫才師です、と答えようとおもったが、辞めた。
そして、CBCについた、打ち合わせがはじまる部屋にはいると、見たことのある放送作家がいた、あ!ラブアタックの放送作家だ!なんと、同じようなネタで名古屋でも番組をもっていたのだ、ぼくのつきそいの彼がその番組に出たとき、応援に行ったとき見ていたのだ、パクリかもどきか、そういう番組のようであった。
この先は、明日お楽しみに
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