サイド自由欄
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こんばんわ、みなさん。お元気ですか?
駅舎の話がでましたが、きのう、駅というものかわった。
京都駅も駅ビルになる前の姿しか頭の中のイメージしかない、北陸の温泉地に向かう雷鳥や夜行のきたぐに、日本海、白鳥、立山、いろんな列車があった、
湖西線が出来る前はすべて、米原経由。東海道と北陸は電気の系統が違い、直流と交流で、電気の切り替わる地点があり、そこでは通電しない。一瞬消えるんだ。
駅といえば、駅弁、僕が弁当屋になるのも駅弁がすきだったからかもしれない。富山のますのずし、米子のかにめし、神戸駅のにくめし、浜松のうなじゅう。いろんな駅弁をたべたな、景色おみながら、ゆったりとした時間がながれる。
向かい合わせの席、これがまたいいのだ、知らない人と話すのだ、旅先でのきっかけをつくる、上野駅から仙台に向かう急行松島、あのときにであったおばさんをよくおもいだす。もう、21のころだったから28年もまえのことだ。
仙台に嫁入りし、実家は東京。老いた母が仙台まで会いに来た。数日とまり、仙台駅に見送りにいったおばさん、老いた母が一人上野駅までかえるのが心配で汽車にとびのり母を上野までつきそって、とんぼ返りで仙台までかえる、
そのとき、ぼくの座席の前に座っていたのだ、その話を学生のぼくに話すのだ。仙台のかまぼこやみかんやいろんなものをぼくにくださるのだ。
「どちらの学生さんですか?」
ぼくは、「京都産業大学です。」と答えたのだが、
「あああ、農業大学ですか、」といいはじめ、
ぼくが、「北海道までゆくのです。」と答えると、
「ああ、酪農の仕事にゆくのですね」と決め付けていた。
僕は否定もせず、そうです。手伝いにゆくのです、と答えた。
ゆったりとした時間が流れていたようにかんじる、旅は行くまでがたのしいものです、新幹線とかいうものは昔からすきでありません、
新幹線しか選択肢がないのは実に味気のないたび。
大切な何かをなくし続けている今、喪失の時代。そのたびのよさもなくしている。
駅といえば、「伝言板」それにひなびた田舎の駅にある「落書き帳」旅人が残してゆくメッセージを読むのがたのしかったな、
伝言板の片隅にさようならという文字を残し、去って行く君。
この一節だけで歌にも映像にもできる。イメージがわくね、
旅の話もたくさんあります、また機会があればここでかきます。
二年の終わり、春休み、高知の坂本龍馬の地を訪ねたことがある、一人旅で四国をまわった、まさか、その8年後、四国で働くとも思わずに
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