サイド自由欄
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昨日は、参りました。1時半からこれを書いて、UPしたとたん、サービス停止。
で記事は喪失。何回目だろうか、記事が突然きえたり、そうなるたびにここを出ようと決心するのだ。昨日のテーマは
「匂い」であった。京都市北区大学のまわりは、まだまだ田んぼがおおく、6月からげろげろと泣き出す田んぼの道を歩いたものである。。田んぼがひろがり、下水も完備しておらず、鴨川から引いた農業用水が流れる水が勢いよくきこえたもの。
田舎の匂い。肥料の匂いである、四国の店に転勤になったとき、店から町全体が肥料のにおいがすごいのが、本当におどろいた。しかし、不思議なものでそこにすむとその匂いは消えてくる、鼻がその匂いに対して反応しなくなる。
大学二年のときに、魚屋でバイトした、最初は魚くさいのなんの、家にかえると、近所の猫までよってくる、母もくさい、という。しかし、本人はその匂いはだんだんわからなくなる。
下宿しだして、いろいろな友人の下宿を訪ねて、泊まったりもする、しかし、どこもくさくて汚い、それに本人の体臭。タバコのにおい、共同台所には生ごみ、くつのくさいにおい、
それらがミックスされて、独特な異臭を発する。しかしだ、それもだんだん慣れてくるとなんともなくなるのだ、
新大阪駅で徹夜でバイトしていたころ、新幹線の食堂のくいのこしなどのごみを、地下のゴミ捨て場に捨てに行くのだが、そこがまた、この世のものとはいえない匂い、ねずみやごきぶりや、水溜りがあって、なかなかそれはなれないものであった。ひたすらごみを分別しているところがあった、新聞紙と週刊誌、空き缶もアルミと鉄、それを圧縮するところ、ひたすら三人でやっている、そこのところがまたすごくくさくて、空き缶の中の残りのジュースやビールなどたれてきて、その汁でコンクリートまで腐食していた。
しかし、一ヶ月に一度は、紙切れのごみのなかから、万札や千円札もでてくると、おじさんはいっていた。
下宿の独特のにおいと、汚さは慣れてくると心地よいものであった、あれはきっと、動物の本能である、マーキングみたいなものかもしれない。みんなあのころはタバコを吸っていたから、鼻は麻痺していたとおもうけど、トイレも共同で水洗でないし、台所には何日も洗わないラーメンの鉢。持ち主は卒業したかもしれない。
あの80年代のころには、ペットボトルは存在していなかった、政府はそれを認可するのは国会で論議していたのをおもいだす、業界のごり押しなど、金献などもあったろう、とにかくあんな便利なゴミはあのころはなかった、ビンである、コーラの1Lでもビンであった、たしか、ビンの回収促進のために、保障金10円を取られたとおもう。
友人の東と、放置されている、そのビンを集めまくって、酒屋にもってゆき、1000円ぐらいかせいだことがある。
話がそれています。
一番のいいにおいは無臭であるとおもうのですが、都会では人工的な匂いが満載し、えげつなくきつい香水をつけるひとがいるだけで、気分がわるくなります。
この匂いというものが自然界にある、微生物やウイルスなどのものに関係しているとおもいます。人によって出す匂いはそれぞれ異なります、それもその人が動物である証で、ある種のタグをつけているようなもの、もって生まれたそれぞれの特徴というものです。
やはり、それぞれのもつ匂いというものは大切であり、匂いの記憶というものは大事であり、脳の中の高等な分析を必要とされてるのだ、と思うのです。
あの下宿の部屋の匂いを思い出す。再現はできないが、どこかで覚えている。
それは景色と音とは別な形で記憶しているのだろう、これは本当に不思議だ。
しかしながら、味覚も老化し、甘いしかわからなくなるそうだが、匂いも老化するのだろうか。
老化 ろうか・・。
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