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春の海 ひねもす のたり のたり かな
蕪村。ひねもす、この言葉、この響き、何の語源なのか、一日中、といういみです、春の穏やかに輝く海を見ながら、のんびりと、縁側にでもすわり、ゆっくりとするのもいいなあ、という意味ですね、春の日のあったかさと、ぼんやりとした情景。蕪村はまさに、その瞬間をデジカメのように景色をこの言葉の間に埋め込みました。何百年もたっても、いろあせない、日本の風景、情感をいまに歌えるのでし。
こんばんわ、時の流れは速く、あっというまに一日が終わりました。
深夜風呂具ビン 。ご案内は長七です。
一曲目は、こちらです、どうぞ、
京都のメインどおりといえば、河原町通りであった。三条河原町にあるカトリック教会の大司教が僕の大学の先生であった、スペイン語とスペインの歴史についての授業がえんえんとあったのだ。
しかしながら、あんまり、ぼくはあまりいい印象をもつことも、おそらく、もたれることもなかったのだろうと、思う。あまりにも僕は「無知」過ぎて、「思慮浅い」人間だったから、
その東南、タクシー乗り場には深夜、たくさんのひとがならんでいた。
時は1981年12月半ば過ぎ、そこに僕はいない。いたのは福井の友人A君。サークルのメンバー、タクシーの列の中、A君は、買ったばかりの借金してかったダウンジャケットを着ていた。
その光景のことは、その数日、下宿のK先輩の部屋で聞いた。
「 タクシーが来る前に、なんとか、いおうとがんばったんだ・・。」
彼は、列の前にいた、サークルの女の子に告白しようとしていた。
まさか、飲んでかえるときにタクシー乗り場で告白するのもどうかとおもうが、ずるずると機会を失い、とうとう、最後のチャンスがあらわれたのだ。
一台、また、一台、タクシーが着て、待っている人々が車に乗りこみ、自分たちは前へ前へゆくのだ、あせるのだ、
寒い12月であった、とうとう、タクシーがもう次に来たときに、
「ぼぼくと、つきあってくれないか?」脈絡もなく、唐突に彼は告白したらしい、驚く女の子に待ち受けているのは、数秒の沈黙と、なすすべもなく、
「早く、乗ってくれませんか?」 タクシーの運転手の催促であった、
返答もあいまいのまま、彼だけが取り残され、タクシーを乗らず、歩いて下宿まで向かう、
振られた、そう考えるのが妥当。彼氏がいたのか?好きな人ぐらいいたか、
そう自問自答しながら、河原町の歩道をあるく、向かい側の協会のクリスマスツリーがむなしく見えた。
その話を数日後、K先輩とA君は話していた、
「そうか、みゆきちゃんにふられたかあ・・・。」K先輩はつぶやいた。ぼくはその名前を聞いて驚いた、K先輩は続いて、こういった、
「俺も、富山の高校で告白してふらてたんだ、みゆきという名前だったんだ」
もう一度、驚いたぼくは、インスタントコーヒーを吹きそうになった、どてらの袖で口を拭きながら・・。
「ぼくも、みゆきちゃんには、ふらてたんです。」
三人とも、顔を見合わせた、僕の場合は美由紀ちゃんで、福井の友人は美幸ちゃんで、先輩の相手は、美雪ちゃんであった。
時は無限のつながり。シンクロナイズされた瞬間であった。この歌を聴くと思い出すのだ、あの下宿の階段を上がる彼の足音、先輩の声、
三人とも、同じ名前で振られた偶然性は、なんの必然性があったのか、
それから、数日たち、下宿のメンバーで忘年会をして、因縁のタクシー乗り場から下宿にかえるとき、彼は
「ここで、ふられたんだ・。」とつぶやく。
しかし、その数日後のクリスマスイブに彼は交通事故で死んでしまうのだ、
一年がたち、彼のしのぶ会をした、そのときは先輩もぼくも参加、なんと、あの美幸チャンも参加、ぼくは、ひそかにリベンジを計画していた。
日付ははるかな昔、古いアルバムにうつるその写真、
「大人の階段のぼる君は・・」この歌を聴くとおもいだします。
そのリベンジというのは振られた彼にかわり、手をまわし写真を撮ることでした。
彼がなくなって、その女の子も友人と下宿をたずねてきました、彼女も、とっさのことやいろいろなことをおもいだし、さぞかし、つらかったんだとおもいます。
かわいいみゆきちゃんとにやけた僕の笑顔を見ながら、最後はこの曲です。

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