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桜散る 苗代水や 星月夜
いつも桜の木々ばかりいた、桜がちり、苗代の水の上に花びらがあり、風流である、しかも夜、星や月の光まで反射して、とてもきれいなものだ、
蕪村。景色を切り取るのが絶妙なり。
時の流れは速く、あっというまに一日が終わりました。
深夜風呂具ビン。
ご案内は長七です。
本日の一曲目、
上海のあの件 で有名になり、いい歌です、
最近の歌はさっぱりですが、まあ、僕の中だけですが、
少し違うな、オリジナリティがある、インパクトがあり、メッセージがある、そういうのがいいのですが、この子はその点、すごいとおもいます。1990年生まれで20歳。
大分の生まれ、女が男のような感じになりつつ、今の女の子はこういうかんじかなあ、とおもうのです。歌い方も演歌のこぶしのような力の入れ方が新鮮です。
しかしながら、ルックスがロングヘアーの黒髪。いいですね、しかし1990年なんてのは昨日のようの感じです。80年代を懐かしく思うぼくですが、そう考えると、僕らの世代が産み落とした世代であるわけです。
1990年。80年代が終焉を向かえ、バブルに突入し、世の中が変わりつつあったとき、ソ連が崩壊し、東西冷戦構造が終わり、価値観が変貌し、今へ道があそこにあるのです。
2010年の今。困難を極める日本。もう立ち止まり、行く手に迷う今。
どうすんですか、普天間の基地は、という感じです、完全にこれでぽっぽ政権は終焉寸前でありやんす、
今日は異人館の近くのロケ現場に弁当の配達をいったんだね、前もいったんだけど、異人館の場所は狭い道で急な坂がおおく、バイクがなかなか、たいへん、上らない。
やっと、ついた、そのロケはある撮影で、某M○Sさん、
若いスタッフに話しかける
「僕は昔、千里の放送局にいったり、やんたんにはがきだしたり、してたんですよ・。」
若いスタッフは、
「そうですか、いまの撮影の責任者は元ラジオのやんたんのADですよ!」
名前を聞いたけど、思い出せなかった。店に帰る途中に思い出した。日曜日の夕方のつるべの「わいのわいの90」という番組のADさんではなかったのだろうか、
そうか、17の高校のときのぼくを思い出していた、その瞬間、シンクロナイズしたような気がした、
おそらく、現場では休憩にはいり、僕の弁当をひろげ、さっきの若いスタッフが
「この弁当やさん、昔、ヤンタンにはがきよく出していたそうですよ・・。」というのだろう、そして、昔のラジオのことを彼は思い出し、時の流れと偶然の再会を感じるのであろう。
この歌は中村ゆきのぶという人の歌だがべーやんのものしかみつからなかった。ゆきのぶが、わいのわいの90につるべとでていて、彼もまた産業大学であった、なかなか、いい歌をつくるんだが、売れなくて、結局、喫茶店のマスターになった。ゆきのぶの喫茶店の場所というのが、ぼくの福井の友人が事故で死んだ現場の近くだった。
その店もゆきのぶはたたんでしまい、冷凍食の配送をしながら、今もギターをひき、きらきらアフロというテレビ番組の最後のちらりとでてくる。
この歌はつるべが愛し、ぬかるみの世界というラジオで何度も何度も流していた。
20歳前後、歌を愛し、歌で生きる道を歩みながらなかなか、その道は厳しく、現実はやめてゆくひとがおおく、あべまおさんも、30年後、どうなっているだろうか、
同時期に京都で活躍していたバンジョーをつかった、バックスバニイ
京都のまちを鮮やかに思い出します。やはり、京都に似合うのは路面電車。僕らが学生のころはなくなってましたが、
この歌のうつくしさは、詩の内容もありますが、みやこさんの声の素朴さもありますね。
友と別れた、なみだ橋・・・・。
今日の大学へ行くことをあこがれるようになるのです、京都の町を愛して、その町を歌う歌が、たくさんあったんだ、
いまは、なにがあるのだろうか。

最後にこの歌でお別れです、今夜もおつきあいありがとうござんした。
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