歌曲の作曲者が歌詞を変更することがあるのは事実だが、ここでシューベルトは、一見するとおかしな修正を加えてしまった。第1連の歌詞は
Hie und da ist an den Bäumen Manches bunte Blatt
zu sehn,
あちこちで 木々に色とりどりの葉
がいくつも見える。
で始まる。でもおかしい!絶対におかしい!と昔から筆者は思っていた。だって「冬の旅」ですよ。冬!そんなことあるわけない。雪の積もった雑木林の中に紅葉した葉がいっぱいの樹木があるなんて!とても不思議に思っていたのだが、原詩の作者 Müller の書いたのは Noch ein bunte Blatt zu sehn,
歌の始まる5小節目から伴奏が1小節目からの旋律を繰り返して、正気と狂気の境界を彷徨ってているように歌う。終始 mp で続けているが、動きがあるのは18小節目の3拍目 "spielt der Wind..." とそれまでの、枯葉を見つめての思惟「この枯葉が落ちれば自分の希望も落ちるのか」が、吹き抜ける風に正気に返って、風が吹く中で立ち尽くす自分に気がつき、正気に戻って少し驚きながら、クレシェンドしながら、この枯葉も自分も風に吹かれていることに驚く。
驚きつつも枯葉を見つめているという間が22ー25小節まで続き、その間に枯葉は無情にも雪の上に落ちてゆく、筆者の勝手な解釈だと25小節目の3拍目の裏拍のピアノがクレシェンドからアクツェント付き fになったところで枯葉は落ちてしまったというところか。ここは若者にとって絶叫するに値する大事件と言えるだろう。そしてすぐに etwas langsam ちょっとゆっくり となって、落胆して「枯葉とともに希望も落ちた」とういう 28-9小節目のかすれたような p とともに歌が入る。気を取り直して、希望の失せたことの意味を再確認しての f が32-33小節であろう。物語的には、この部分が短編小説のクライマックスである。故にこの後の部分は後奏という役割を果たしている。35小節目から始まる "Wein' ” の嘆き("weinen" は声を上げて哭く) は 9小節の間に4回も「哭く」のだが34小節目のデクレシェンドに注目したい。35小節目の「哭く」の部分からは p 指定の伴奏であることに。