雨の日は音楽を

雨の日は音楽を

2023年01月18日
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カテゴリ: 歌曲
 ゲーテのバラード「Erlk ​ö ​​
 原詩の作者のゲーテ(1749-1832)は、当時の音楽観は有節形式の民謡的なものに惹かれていたようである。周囲には作曲家のツェルターが居て、多分有節形式の音楽観でゲーテに影響を与えていたのではないかと思う。1815年に詩を見て大感激をしたシューベルトは、一気呵成に「魔王」を書き上げ、すぐさま教会のピアノで演奏したと友人シュパウンは述べている。シュパウンはこの曲を気に入っていたようで、激賞する手紙とともに楽譜をゲーテに送ったが、ツェルターには当然気に入られず、どちらかといえばライヒャルトを推薦したようである。
 ツェルターの「魔王」の楽譜を見ると、何と!Andante の速度指示となっていて、シューベルトの「魔王」に慣れた筆者には、切羽詰まった焦りの感情や、恐怖は伝わって来ない。8分の6拍子という2拍子形ではあるが、間延びした、物語の講釈のように感じられる。単純に、抑揚をつけてゲーテの詩を朗唱していて、子守唄のようであり、何処と言って、取り柄も欠点も指摘できない作品と思う。
 ツエルターが推していたライヒャルトの楽譜を見ると、流石に速度指示は Sehr lebhat und schauerlich 非常に生き生きと寒気がするように(筆者訳)という、多分筆者の勘違い翻訳なのではないかと思うのだが、実際の演奏録音を聞いてみると、速度はシューベルトの「魔王」並であるが、正直に感想を申し上げると、両方の作曲家の魔王の部分の扱いが酷似しているのはなぜなのか?なぜ魔王の台詞が同じ音の連続だったり、半音づつ上げて行って、第1線にかからないのか?知人の歌手がバス・バリトンだったのか?当時の人々の解釈では、魔王とは低い声で唸るように話すということだったのか?
 シューベルトの「魔王」に先立つ30年前に、ゲーテと親交のあった歌手のコロナ・シュレーター(1751-1802)の「魔王」は、手元の楽譜はライヒャルトの「魔王」の前座のように、ページ上部に8小節(!)の有節形式で、歌詞は三分の一くらいで、ライヒャルトの方を参考にね、みたいな指示が!まあ同じゲーテの歌詞だからね。速度指示は Etwas langsam und abentheuerlich 少しゆっくりそして冒険するように で、子守唄みたいな優しさの歌である。
 シューベルトの「魔王」は、当時としては先進的に過ぎたようだ。1817年にブライトコプ社に楽譜を送るが、拒絶したは良いが、間違えてフランツ・アントン・シューベルトに楽譜を返送してしまい、このもう一人のシューベルトが「私の名騙ってこのようなひどい曲をを出版しようとするよとはケシカラン!」と怒ってブライトコプ社に楽譜を送りかえした逸話は有名である。誰も分かってくれない状態なのは気の毒かな。
 シューベルトの「魔王」は、酷評されるも、時々は演奏されて次第に人気が出て、ゲーテも晩年にソプラノ歌手による演奏を聴いて、激賞したとのことである。つまり激しく有節形式の音楽からの離脱が進んでいたのであろうか。








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Last updated  2023年01月18日 18時21分07秒
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