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義太夫の瑠璃浄土なら住んでみたいぜお臼さん
パンフレット右下が合邦、お辻(玉手午前)の修羅場
3月10日の土曜日、尼崎のアルカイックホールで人形浄瑠璃の特別公演があると聞き、駈けつけてきた。本年の課題である聖徳太子に関係するまほろばの旅の四天王寺を舞台にした「摂州合邦ケ辻」とその前座の「団子売」。
かって思春期の頃、親に連れられて行った時は退屈で、以来、浄瑠璃は眠たいものと思い込んできたが、この夕べは目からうろこの落ちるほどの素晴らしさで、感激してしまった。病みつきになりそうだ。
「団子売」は屋台の団子屋を営む、その名もずばり杵造とお臼さんが、臼と杵を夫婦に見立て、「高砂の松」の歌に合わせて踊りながら二人してシコシコと団子(子)づくりに励むという子孫繁栄、五穀豊穣を祈念する縁起物。冒頭の24音詩はこれにかけたもの。
浄瑠璃とは、西方阿弥陀浄土の反対側にあると想定された東方薬師如来の統べる瑠璃光浄土のこと。そこで奏でられている音楽と言うことから名づけられた。
かって経典を耽読していた頃、阿弥陀経の刺激のない退屈きわまりない極楽浄土の描写に、飽き症の僕はたのまれてもそんなところには住みたくないと思っていたが、こんな情炎渦巻く息詰まるような興奮に満たされた義太夫節の流れる瑠璃光浄土なら住んでみたいものだと思ったことである。
この舞台となった四天王寺の合邦ケ辻とは、摂津の諸国の街道が交差する辻という意味で、海に向かって立つ大鳥居とすぐ内側にそびえる西大門を下ったあたりだという。この鳥居のもとで太陽が真西の海に沈む彼岸の中日を期して日想観をすると難病もたちまち治癒され、禍いを福に転じることができるとされ、身寄りのないハンセン病や盲目の人たちが寺社の縁の下や軒場に住みついて欣求浄土の祈りをささげたという。その様子は法然上人行状絵巻にも描かれており、上方芸能のさまざまなストーリーがここから生まれた。
梁塵秘抄には「極楽浄土の東門は難波の海にぞ対へたる 転法輪所の西門に念仏する人参れとて」とあり、『弱法師』にも「頃は如月時正の日(彼岸の中日) まことに時ものどかなる 日を得て善き貴賎の場(にわ)に 施行をなして勧めけり げに有難きおん利益 法界無縁の大悲ぞと 踵を接して群集する」。 施行とは善根を積むために僧や貧しい人たちに物をほどこすこと。往時も今も四天王寺はこうした弱者に対して限りなく優しい場であったことが偲ばれる。
ムックきのこクラブの旅で、斑鳩の法隆寺から高安山のやや北で生駒山を越える十三峠を河内側に降りると玉祖神社(たまおや)がある。JR森の宮駅すぐのかささぎの宮は聖徳太子ゆかりの原四天王寺のあったところ。その玉造あたりから延びてきた街道が生駒山につきあたる山口にあたるところにこの神社は位置している。古代神事に欠くことのできなかった玉造りの神を祭っている。
日の東西線は、聖徳太子、四天王寺、住吉大社などの聖地を思いがけない糸で結んできた。これらの見えざる糸に込められた多くの人たちの悲願を読みとき現代に生きる僕たちのアート表現に活かしていくことこそが、求められている。
僕たちの目指すきのこアートは、穢れの観念から派生する無数の差別が自分たちの美徳とされてきた心の動きの中に胚胎していることを凝視め、それを克服していくことにある。この穢れに起因する差別にはどんなパターンがあり、きのことどう関係してくるのかはまた機会をあらためて述べたい。
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