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霧深い高取城で僕たちの到来を盛りを過ぎて迎えてくれたクヌギタケ( Mycena 群)
ムック壷阪の旅は、久々に池田裕計くんが合流、濃霧と小雨に明け暮れた一日、しみじみと楽しい集いになった。彼とはJ-FAS日本キノコ協会の前身のグループきのこ星雲時代からのもうかれこれ30年に亘る肝胆照らし合う友人だ。下山ののち、壷阪駅前のうどんやさんで残った7名と語りあった話の内容は、夜勤のため列車に飛び乗ったO青年、のっぴきならない理由で不参加となったAさん、Nさんたちに是非聞かせたかったものなので、特別にページを割いて残しておく。
裕計くんは、野性の哺乳動物の生態研究を志し、日本キノコ協会では往時新聞を賑わせた「きのこを食い荒らす野性動物」の記事をきっかけに<きのこと動物部会>を立ち上げ彼らの現場からの生まの声を伝える役目を自ら任じて今日まで来た。
その主張は学会での大向こうを納得させるため、一時、生きものたちの実際の生態を客観性のバロロメーターたる数値に置き換える定量分析に傾いたこともあったが、本来的には数字に常にもれていくいのちたちの現場からの声を代表する者である立場は崩さずに今日まで来た。もちろん数量に還元して把握する生物学が基本であることは変わらなくとも、かけがえのないいのちの前ではその数字さえも絶対ではないという認識で一致しているからこその友人なのだ。
彼はもとより僕も分子生物・量子生物学の研究と実際の生物個々の生態は全く別のものと考え、そこから導き出される分類学的な人為操作からは現場での生きものたちのいのちのふるまいは到底理解できないと考えてきたのである。そのために創始したのが日本キノコ協会であり、彼や僕のライフワークだったのである。
<チチタケが氷河期に土中に潜ってチチショウロになった><猪はくじら目だ>というような生物の営む諸生活を細胞レベルでの基本的諸過程に還元して得られる情報は、興味のつきないもので はあっても、またいのちを便宜上系統化する分類学的な書きかえを不断に促すスリリングなものではあっても、その発生の時より光年的な時間を経過してきた現在、僕たちの身のまわりの自然で遭遇する生きものたちの今を生きるいのちのいとなみとは全く異質のものと考えなければならないとしてきた。
部分と全体はそれぞれ自律的なメカニズムで動いており、部分を集めても全体には至らないというのが僕の考える「きのこの生物学」だ。自然保護やエコの美名のもとに価値の不明で曖昧な生き物がどんどん絶滅していく現実をくい止めるのは、人間のご都合主義に乗っかったその時々の時流に乗った学問の経済学ではない。それこそ親身でそうした生きものと対等に接してきた人たちの身体を張った愛情だけがそれを可能にすると僕は考えてきた。ヘテロソフィアの考え方における女性原理の復権ということの中には、こうした盲目とはちょつと違った親身な愛情が含まれている。
近年流行りの生物多様性とて、森の生命と深い関わりを持つはずのきのこをつくる菌類やしこ草はふくまれてはおらず、どんなに美辞麗句で飾ろうとそんな経済的な価値のみでいのちの重さが決定される人間のご都合主義から離れられないかぎり恥や嘘の上塗りでしかない。
生きものの現場を離れてラボでの操作だけでいのちを扱うことの危険性が今もっとも端的に現われているのが、わが国の原子力発電の現実だ。ここではそれに関わってきた人たちすべてが、それぞれ統括する立場の不在のままに限られた領域で閉鎖的に推進してきた結果、深遠にして広大な福島という大地を不毛地帯にしてしまったのだ。第二の福島、第三の福島がこの列島にはまだ目白押しの状態のまま、無責任な安全論が無責任のままにまかり通っている。
ここには何かが決定的に欠如しているのだ。それが昨夕まったく異次元のきのこ探訪の中で参加者から「鳥の飛来が例年になく遅い」とか「壷阪山の青木は鹿の害が及ばず健在だ」とか、「マンジュシャゲ科の毒草ばかりを食して死んだ仔鹿の自殺説」などビールや梅酒、生姜湯などを交わしながら淡々と語りあったことである。
生きものはピンやきりに関係なく全体で地球を支えていることに思いを致すためのきのこ探訪会は、これからも淡々と続けられていくが、ここから何かを掴み取った人は是非少しずつ臆さずに表現していっていただきたいものだ。きのこの名前を覚えることなど朝飯前のこととして、一日も早く無用の用たるいきものたちのいのちの声をアートで表現していっていただきたい。
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