2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全19件 (19件中 1-19件目)
1
きょうの尾道は 青空がみえたと思ったら急に雨がふりだす変わりやすいお天気でしたそのうえ冷たい北風が吹き手袋がほしくなる一日でした それでも 新たな発見もあり 充実した一日でした調査風景は 尾道の新聞に 紹介されるそうですみなさんには ひとあし先に 調査風景を紹介しましょう足軽大将と姫が 一生懸命 計測している石塔が調査対象のひとつ 宝篋印塔(ほうきょういんとう)ですなかでも 写真に写る宝篋印塔は1364年に建てられた たいへん貴重な宝篋印塔ですあしたは 瀬戸内海に面した安芸津の調査と 講演です
Mar 30, 2006
おはようございますただいま西国にむけて行軍中です横浜は たいへんよいお天気でしたが しだいに雲行きがあやしくなり 名古屋は雪になりました関ヶ原周辺は 一面の雪野原さあ 困ったと思つていたところ近江にはいると 雪も消え 陽もさしてきましたなんとかこのまま もってほしいものですきょうは これから 尾道です尾道ラーメンをたべたいところですが 時間的に厳しく 残念ですまもなく京都に到着です車内から見る限り 京都の桜は まだのようですブログはお休みしようと思いましたがこれからも 時間の許す限り携帯から 各地の情報をお届けします携帯カメラの性能が悪いため 画質は劣りますが 雰囲気は伝わりましたかイオさん 山さくらさん 次郎さん 庵さん コメントありがとうございました成果あげてきます
Mar 30, 2006

あすの朝足軽大将と姫(大学院生)をつれて安芸国(広島県)に出陣です 次郎さん れこりんさん 庵さんのふるさとを見ながら騎馬ならぬ 700系の のぞみ号で西にむかいます(^O^)今回の行き先は尾道市 三原市 竹原市 東広島市海賊衆のふるさと 瀬戸内海の大島にも立ち寄りますこの土地で中世社会を読み解くうえで重要な石塔を探しだし調査 記録しますこのため10日間ほどブログはお休みしますm(_ _)mそれではいってまいります(^_^)/
Mar 29, 2006

このところ青空がひろがり桜たちもつぎつぎに目覚めはじめましたなかには仲間たちよりも一足お先に満開になった桜もいます土曜日の午後近くの多摩川を散策してきました多摩川橋梁をわたる東急東横線(5050系)鉄橋の後方に横たわる丘が桜の名所として知られる多摩川台公園です晩秋に撮影した風景とは さすがに色合いが違いますこれから桜が咲きはじめると 丘が桜色に染まり 春爛漫になります多摩川の土手にも 美しい桜の木があります咲き始めた桜の下でははやくも宴会の準備が進められていました多摩川台公園の桜も 少しずつ咲き始めました今度の土日は ブルーシートで足の踏み場もないほど賑うことでしょうつぼみの多い桜の下では気の早い花見客がもうバーベキューをはじめています煙とにおいがたちこめ桜たちにすれば 困ったお客さんたちですね静かな花見を味わいたいかたは 平日午前中がお奨めです多摩川台公園は 東急東横線の多摩川駅下車改札を右に曲がって駅を出たら左にまがって少し先を右折すると公園にのぼる階段があります登り切った一帯は初夏になるとあじさいが美き誇ります桜の咲く広場はその奥広場の右側にある丘は4世紀末から5世紀初頭に造られた前方後円墳亀甲山古墳(かめのこやまこふん)です桜の広場のさきを右にまわれば小さな古墳の展示室もあります無料ですから 見学をお奨めします多摩川駅の改札の左側にも小さな公園があります田園調布せせらぎ公園ですテニスコートを撤去して造られましたこちらは静かにくつろげます多摩川駅から目蒲線に沿って進めば鯉がたくさん泳ぐ用水路沿いに桜並木が続く散歩道がありますここは地元のみぞ知る隠れた名所お気に入りの散歩道のひとつですしばらく歩いて道路に出たら 左折して坂を登ると福山雅治の歌で一躍有名になった桜坂です赤い橋のまわりに桜が咲き誇りますが桜の木はそれほど多くはありません今年の春は 東京不在のため満開の写真を紹介できないことが残念です(>_
Mar 26, 2006

きょうの問題ですこれ 何だかわかりますか目玉焼きのようにも見えますが玉子にして 玉子ではありませんキャッチライトがはいって顔のようにもみえます(?_?)わかりましたかよ~く眼を凝らしてみてください(@_@)すぐにわかったかたは大のスウィーツ好きですねじつはこの品物プリンなのですプリンといっても普通のプリンではありませんその名も 二子玉プリンテレビでも紹介されました東急田園都市線の二子玉川(ふたこたまがわ)略して 二子玉(にこたま)にある玉川高島屋のデパ地下で出会えますお店の名前は「TAMAGOYA」人気商品だそうです白身の部分は ココナッツプリン黄身の部分は マンゴープリンひとくち味わえば 気分は南国コンビニのマンゴープリンとはひと味違いますプリンの直径は9.3センチ陶器の入れ物は10.3センチこの大きさで1個472円とプリンにしてはお高いですが一度食べるとやみつきになりそうです二子玉の高島屋 限定販売ですから遊びにいらしたときはぜひどうぞ
Mar 24, 2006

桜の開花宣言を聞ききょうは目黒川の桜並木の様子を見に行きました目黒川は世田谷区から目黒区 品川区を通って東京湾に注ぐ 8キロほどの川このうち 池尻大橋から目黒駅辺りまで約3.8キロの川沿いに830本ほどの染井吉野が植えられています中目黒駅を下車して山手通りを渡り東横線の線路に沿って渋谷方向に歩けばすぐに川のほとりにでられますとくに中目黒駅から池尻大橋までは満開の季節桜の下を気持ち良くお散歩が楽しめますしかしきょうのところはまだ開花した桜は数本ほどほとんどの桜は まだ蕾の状態ですそれでも咲き始めた桜をみつけました仕事に向かう途中でしたからきょうはいつもカバンにしのばせているコンパクトデジカメでの撮影です靖国神社にある基準木が開花したといっても目黒川の桜たちが目覚めるまでにはもう少し時間が必要のようですそれでもピンクに膨らむ蕾を見ると花が開くのは 時間の問題でしょう目黒川の散策コースにほど近い西郷山公園にも50本ほどの桜がありますここは高台になっているため見晴らしもよく東京の穴場スポットのひとつです代官山も近いので デートコースにお奨めです目黒川の桜並木が見頃になるのは3月の終わりから4月のあたまにかけてでしょうかそのころは仕事で広島にいるため今年は 桜並木をお散歩できず 残念です(>_
Mar 22, 2006

東京都心と横浜市きょう気象庁は 桜が開花したと宣言しました先週の予想より1日早い開花です東京は平年より7日早く 昨年より10日早い開花宣言ですこれから街はピンク色に染まります満開は28日頃でしょうかわたしのお気に入りは高尾にある多摩森林科学園最近 有名になってきましたが東京のお花見スポットとして一押しです2005年4月撮影上野公園のようなどんちゃん騒ぎもなくアルコールやバーベキューの臭いもありません休日は混雑しますが平日ならば 新宿御苑ほど混雑はしませんHPで咲き具合をご確認のうえぜひお出かけくださいhttp://www.ffpri-tmk.affrc.go.jp/春を告げる花は桜のほかにもたくさんありますね桜と同じばら科に属する木瓜も春を告げる花のひとつです県立フラワーセンター大船植物園にもあでやかな色合いの木瓜が咲き誇っていました木瓜 雲の峰その種類は およそ200種木瓜の実は ボケ酒やジャム 芳香剤などさまざまな楽しみかたもあるそうですね木瓜 八房東洋ばら科のゆきやなぎも春になると可憐な花を咲かせますその姿は 名前のとおり雪が積もったような美しい姿をしています玄海ツツジも咲いていました赤紫色をした美しい花です ほんのわずかですがチューリップも咲き始めましたさあ春の到来です多摩森林科学園の桜の写真のほかは3月18日撮影
Mar 21, 2006

我が家の近くにある桜並木の1本の木が小さな花を咲かせはじめました東京地方の染井吉野の開花予想は22日ですが陽射しのあたる場所では早くも目覚めはじめたようですしかし今日の空は 移ろいやすく強い風も吹き荒れましたきのう紹介した県立フラワーセンターの桜たちこの強風に耐えているでしょうか風もやや冷たく 気温も低めですがフラワーセンターの温室のなかはいつも南国ですいまなら色鮮やかなハイビスカスたちが出迎えてくれますアメリカやメキシコ原産の赤い紅合歓(べにごうかん)フィリピンのルソン島原産で宝石の翡翠の色をしたヒスイカズラも咲いていましたヒスイカズラはつる性の植物ですがなんともかわった花の形をしています大きな葉のかげにはバナナもたわわに実っていました右側の写真は 花麒麟(はなきりん)マダガスカル原産だそうですとげとげがあって痛そうですが花が顔のようにも見えませんかブーゲンビリアやユリの仲間たちも美しい花を咲かせていました写真の右上の赤い花は しょうが科のトーチジンジャーインド東部からインドネシアが原産だそうですなんともいえない形と色合いです南国の植物たちはみな色が鮮やかでその形にも驚かされますね3月18日撮影
Mar 19, 2006

大船にある神奈川県立フラワーセンターいま 玉縄桜(たまなわざくら)が満開です玉縄桜は、フラワーセンターのオリジナル品種で染井吉野の実生(みしょう)株の中から早咲きのものを選抜し 育成した品種だそうです濃い花色をするものが多い早咲きの桜のなかにあって薄桃色の柔らかな花色しているのが特色ですきょうは朝は晴れていたのですが植物園に着くと雲が空を覆い始めましたふだんの行いが悪いためこのところお天気に恵まれませんこのため色合いはいまひとつですがひとあし早い 春をお楽しみください入園口正面の桜は見頃をすぎましたがピクニックランドの奥にある桜がいま見頃です大寒桜も満開でした玉縄桜より濃いピンク色をしていますいま園内で一番美しい桜がこの大寒桜です園内には早咲きの桜が数種類あります寒緋桜は散り始めていました(写真右上)春めき(足柄桜)は いま満開です(写真左上)早咲きのはなももも咲き始めています(写真下段)白い花は寒白 赤い花は黒皮というそうです天気予報では 晴のち曇でしたが雲行きもあやしくなってきました黒い雲もあらわれてついに雨も降り出しましたやはり桜は青空のもとで楽しみたいものです
Mar 18, 2006

きのうの夕方から 激しい雨に続いて嵐のような強風が 吹き荒れていますこのため午後からは雲一つない晴天になりましたが満開だった梅の花もこの風でだいぶ散ってしまったことでしょうまた来年の楽しみです鎌倉からからの梅だよりも今日は最終回締めくくりは赤い社殿の両脇に 紅白の梅が美しく咲く荏柄天神の紹介です社殿の脇には 黄色いみつまたも咲いていました鎌倉に数ある寺社のなかでも荏柄天神は 古い由緒をもつ神社です正確には 荏柄神社といいます社伝によると長治元年(1104)の創建と伝え頼朝が鎌倉に幕府を開く前からこの土地に鎮座していたようです頼朝の屋敷(大倉御所)は 現在の雪の下3丁目ちょうど横浜国大附属小中学校の校庭東側附近から清泉小学校の東側を南北に走る道路までの一帯にありましたいま頼朝の墓とされる寄せ集めの石塔が建つ山の麓の一帯にあたります荏柄天神は その東北に位置し幕府の鬼門を守る神社として信仰されたようです鶴岡八幡宮の旧殿を社殿として再利用する慣例があり現在の社殿も 関東大震災後の復興工事のときに仮殿として使用された建物を移したものになりますところで 天神さまといえば祭神は菅原道真このため 学問の神さまとして信仰されていますこの春も 神さまは大忙しだったことでしょうしかし 天神とは 雷神のこと雷さまですから 学問とは関係ありません実は 天神は 雨をもたらす 農業の神さまでしたこのため雨乞いを祈願する神さまとして天神は 各地に祀られていましたそれが江戸時代の頃から学問の神様にかわりますその大きなきっかけは雷神(天神)となった菅原道真の怨霊を鎮めるために天暦元年(947年)天神さまを祀っていた京都の北野の地に新たな社殿を建立しそこに道真を祀ったことでしたやがて江戸時代になると道真がすぐれた学者だったということから各地の天神さまも道真を祀ったものとされいつのまにか学問の神さまにかわってしまったのです天神様にすれば庇を貸して 母屋を取られたようなものですねしかし いまでも農業の神さまとして天神さまを祀るところも残っています信仰のありかたは時代のなかでかわっていくものなのです3月9日撮影その天神さまに 受験生の思いは 届いたのかなこの春 天神さまに思いが届いた子供たちへもうすぐ新しい世界に仲間入りですね何でも見てやろう 何でもやってみようアンテナをたくさん張りめぐらして心の引き出しをたくさん作ってくださいそれは すぐには役に立たないかもしれませんが君の生きる力になって これからの君を支えてくれます新しい世界で君が活躍する姿を期待しています(^_^)/~この春 天神さまに思いが届かなかった子供たちへ長い人生だもの いろいろあるよねしかし まわり道をしたことで見えてくるものもあります受験は 目的ではなく君が大きくなるためのひとつの手段にすぎませんこの経験をプラスにするのも マイナスにするのもそれは 君次第一度の失敗で立ち止まらずこの悔しい思いをバネにして大きな飛躍へのチャンスにかえてください君の前には 新しい世界がいくらでも広がっています少し一休みしたら桜の下を しっかりと前を見ながら歩いていこうね(^_^)/~
Mar 17, 2006

このところ仕事が立て込み宝戒寺(ほうかいじ)の紹介が遅れてしまいました見頃だった梅も散り始めているようですがこの季節 宝戒寺の境内は色の饗宴につつまれます宝戒寺は北条高時(ほうじょうたかとき)の屋敷跡に建つお寺です鎌倉幕府の最後の北条家当主だった高時は幕府の終焉が近づくと 屋敷を出て300メートルほど西南に位置する東勝寺(とうしょうじ)に立て籠もりました東勝寺は戦国時代の頃に廃絶しましたが発掘によって石垣で固められた寺であったことが確認されています高時は防御の固い東勝寺に籠もり最後はこの地で一門・家臣「七百余人」とともに自害しました(梅松論)近くにある「腹切りヤグラ」はその名前から高時自害の地であるかのように言われていますが最後の場所は東勝寺でした「腹切りヤグラ」の由来ははっきりしませんが東勝寺で果てた者たちの骨を埋葬した場所のひとつなのでしょう高時の死は 鎌倉幕府の終焉を意味しましたが人々は 高時の怨みが彼の屋敷にとりついていると考えましたこのため 建武2年(1335)後醍醐(ごだいご)天皇は高時とその一族の怨霊を鎮めるために寺の建立を足利尊氏(あしかがたかうじ)に命じますこれが宝戒寺でしたしかし実際の建立は遅れに遅れて後醍醐の死から13年たった文和2年(1352)から足利尊氏の指揮のもとで始まりますその意味では真の建立者は足利尊氏といってもよいでしょう宝戒寺は「萩の寺」として有名ですがこの季節は満開の梅が境内を彩ります今年は色づきもよく同じ木に紅白の梅が咲き分ける「思いのまま」はとりわけ美しい色合いを醸しだしています空をおおうように枝を広げる白梅の枝垂れも見事です枝の先は地面に届き 地上にも梅の花を咲かせています残念ながらこの枝垂れは先日の強風で散ってしまったようですからまた来年の楽しみにとっておきましょうあすは荏柄天神の梅を紹介します 3月9日撮影
Mar 16, 2006

きょうのおまけの日記きょうは暖かな一日でしたが洗濯物が空を舞う風の強い一日でしたなにげなく外を見ていたら向かいのマンションの7階からたくさんの洗濯物をつけた物干し竿がまるで凧のように空を舞いながら落下していく姿を目撃しました風の威力は すごいですねこの風で満開だった梅も花吹雪を散らしていることでしょう近くの二ヶ領用水まで散策しに行くと早咲きの桜が満開でした桃のように枝伝いにたくさんの花を咲かせていますこのため さくら・ももこ と名付けました横浜の桜の開花は24日東京の桜の開花は25日桜の季節ももうまもなくですね
Mar 12, 2006

週末は久しぶりの青空あたたかな陽射しのもと鎌倉の梅も見頃を迎え多くの人で賑わっているころでしょう扇ケ谷の英勝寺の梅もいまが満開です祀堂前より仏殿をのぞむ 3月9日撮影水仙や山茱萸(さんしゅゆ)も咲いています英勝寺の土地は室町時代に江戸城を築いた太田道灌の屋敷があったと伝えられていますその真偽ははっきりしませんが寛永13年(1636)英勝寺を創建したお勝(英勝院)という女性は太田道灌の息子資康(すけやす)のひ孫でした彼女は家康のお気に入りの側室で水戸徳川家の初代にあたる頼房(家康11男)を養育したことでも知られています太田道灌の名前が広く知られるようになったのも家康が道灌ゆかりの江戸に幕府を開き道灌の子孫が家康の側室になったことが大きなきっかけだったようですそのなかで文武両道に優れた道灌像も創られていきましたお勝は英勝寺を建立してから6年後の寛永19年(1642)江戸の千駄木で亡くなります遺体は由比ヶ浜で荼毘に付され英勝寺の祀堂(しどう)に葬られましたその祀堂や仏殿(宝珠殿)周辺はいま白梅が咲き乱れています英勝寺の最初の住持は徳川頼房の娘の小良姫(こよしひめ)でしたその後 歴代の住持も水戸の徳川家から迎えていますこのため「水戸様の尼寺」ともよばれました水戸黄門の名で知られる徳川光圀も延宝7年(1674)に英勝寺を訪れ一週間ここに滞在しながら鎌倉の寺社を訪れていますその後 光圀は家臣を鎌倉に派遣して鎌倉の地誌を調べさせ『新編鎌倉志』を完成させますその調査の拠点もここ英勝寺でした『新編鎌倉志』は鎌倉の歴史を調べるうえでいまもっとも重要な文献のひとつになっています黄門さんは鎌倉の街にとっても大きな功績を残した人だったのです家康に愛されたお勝を偲びながらまた黄門さんが見た同じ風景を楽しみながら英勝寺を散策されてはいかがですか3月9日撮影あすはいま鎌倉でもっとも美しい梅がみられる宝戒寺を紹介します
Mar 12, 2006

きょうの東京地方は冷たい雨の一日でした鎌倉散策をきのうにしたことは正解だったようです東慶寺から亀ヶ谷(かめがやつ)坂を越えて扇ヶ谷(おうぎがやつ)の浄光明寺(じょうこうみょうじ)へとむかいます亀ヶ谷坂亀ヶ谷(かめがやつ)坂は鎌倉時代の人々も利用した古道のひとつですなかでも 亀ヶ谷坂は化粧(けわい)坂とともに鎌倉と武蔵国とをむすぶ重要なルートでした江戸時代に道幅が広げられ最近さらに道が整備されたため古道の雰囲気は損なわれましたがそれでも山を切り裂いて作った切通(きりどおし)の雰囲気をいまに伝えています坂をくだって横須賀線の線路の手前を右にまがってしばらく歩くと浄光明寺に着きます浄光明寺はメジャーな観光コースからはずれているため静かに梅を楽しむことができます梅の見頃はもう少し先でしょうか 浄光明寺は北条時頼と一門の有力者重時の息子長時を開基として建長3年(1251)に建立されましたその後長時の子孫(重時流)によって保護されひ孫の守時の妹が足利尊氏の妻だったことから尊氏の保護もうけました守時の屋敷も寺の近くにあったようです建武2年(1335)建武政権を離反した尊氏はこの寺に一時滞在したこともありますまたお寺にある木造の矢拾(やひろい)地蔵は尊氏の弟の直義(ただよし)の守り本尊だったと伝えられていますいまは真言宗のお寺ですが本尊は阿弥陀如来ですからはじめは浄土宗の寺だったのでしょうこの矢拾地蔵と本尊の木造阿弥陀三尊像は阿弥陀堂(寛文8・1668年再建)の脇に新造された収蔵庫に保管されています(矢拾地蔵は庫内の左側面にあります)このうち阿弥陀如来像は正安元年(1299)の作品です青銅の冠をかぶる少しかわったお姿をしていますがこの冠はのちの人がかぶせてしまったようです江戸時代からがぶり続けてきたものをいまさら取り外すわけにもいかずいまも冠をかぶったままのお姿をしていますその阿弥陀さまをよく見ると 着衣がぼこぼこしていますこれは土紋(どもん)といって 土を練って型どりしたあと着衣の文様として貼り付けたもので 金泥でしあげていますこれで厚ぼったい模様をあらわそうとしたのでしょう大陸直伝の珍しい技法ですほかに7体ほど確認されていますが浄光明寺の阿弥陀如来像は最古最優秀品といわれています阿弥陀如来像の両脇には観音菩薩と勢至(せいし)菩薩がいますお顔の雰囲気が阿弥陀さまとは違いますから製作された時期が少し違うものかもしれませんあるいは仏師が異なるのでしょうこの本尊阿弥陀三尊像と矢拾地蔵は木曜日 土曜日 日曜日 祝日 だけ拝観できます拝観時間は午前10時から午後4時まで(正午から午後1時を除く)ただし雨が降る日や湿気の多い日は拝観中止です8月も拝観はできません残念ながら写真撮影もできません拝観料は200円です多くの文化財を所有する浄光明寺ですが見所は文化財だけではありません阿弥陀堂の裏の崖にも注目してくださいなんと崖からまっすぐに木がのびていますこれは写真を横にしたものではありません崖から地面に平行するように木が生えているのです引力にさからってのびる生命力に驚かされますここから裏山にのぼると やぐらがある広場にでます遠くには鎌倉の海ものぞめますやぐらのひとつには石造の地蔵菩薩(網引地蔵)が静かにすわっています像の背面に刻銘があり 正和2年(1313)に造られたものです製作年代がはっきりしている鎌倉後期の貴重な石のお地蔵さんです(写真左側)さらに登ると鎌倉後期の歌人として知られる冷泉為相(れいぜいためすけ)の墓と伝える宝篋印塔(ほうきょういんとう)があります(写真右側)一番上にのる相輪部分は別物ですが南北朝時代の立派な宝篋印塔です浄光明寺に来られたときはぜひここまでお参りください3月9日撮影あすは英勝寺の梅を紹介します
Mar 10, 2006

春に三日青空なしそう言われるだけあってきょうの東京地方お天気がさえません気温も低くお散歩びよりとは言い難い一日でしたがせっかくの休日です梅をもとめて鎌倉を散策してきました北鎌倉 円覚寺山門前鎌倉の梅はこれからのようです梅の名所として知られる東慶寺も美しく咲く梅はまだわずか見頃はもう少しさきでしょう東慶寺にあった鐘は元徳4年(1332)に100貫文(約600万)かけて鋳造されたものでしたところが豊臣秀吉軍が関東に攻め込んだときに掠奪されいまは静岡県韮山町の本立寺にあります韮山に安住するまでどのような歴史を歩んだのかそれは鐘のみぞ知ることですが鋳つぶされずに無事であったことは幸運でしたそしていま東慶寺にある鐘は材木座にある補陀楽寺(ふだらくじ)の鐘でした鐘たちもあちこち移動させられてたいへんでしたねその鐘楼の前の梅はいまが見頃です(写真左側) 精進料理のお店として知られる「鉢の木」北鎌倉店の梅の木も美しく花を咲かせていました(写真右側)あすは扇が谷にある浄光明寺の梅を紹介します
Mar 9, 2006

池上といえば名物は くず餅池田屋 相模屋 浅野屋3軒あるお店のなかでもわたしのお気に入りは池上駅前にある浅野屋家伝によると創業は宝暦2年(1752)といいますから江戸時代から続く老舗のくず餅屋さんです浅野屋のくず餅は粘りけがあり ういろうに近い食感です池上の名物はくず餅だけではありません本門寺の門前に店をかまえる瓦煎餅も懐かしの味抹茶入りのカメ煎餅もありますおやカメさんたちがお店を抜け出してどこかにお出かけのようですお目あては 近くの池上梅園かな池上梅園には白梅150本 紅梅220本およそ30種類の梅があるそうですそのひとつ「月の桂」は 額の部分が緑色をしているためほんのりうす緑色にみえます すてきなお花見ができてカメさんたちも大満足かな3月4日撮影
Mar 6, 2006

東京地方一週間ぶりの青空です風はまだ冷たく感じますが梅の香りに誘われて大田区にある池上梅園まででかけました池上梅園はもとは個人のお屋敷でしたが昭和53年から大田区の区立公園として整備されいまは梅の名所として知られています園内はそれほど広くはありませんが紅梅と白梅が色鮮やかに咲き誇りその美しさは都内随一といってよいでしょう昨年は満開の梅にであえましたが今年はほんの少し早かったようですそれでも青空のもとひさびさに気持ちの良い休日をすごせました 満開の梅園は それは見事ですお近くのかたはぜひお出かけください入園料は100円ですが65歳以上のかたは無料で入園できます最寄り駅は東急池上線の池上駅からなら約20分都営地下鉄西馬込駅からなら約10分池上本門寺の西側です
Mar 4, 2006

きょうは たのしい ひなまつり小さなうさぎさんのおひな様は狭い我が家にはぴったりサイズ小さくても アップでみれば大きくみえますひな祭りいつからはじまったものなのでしょう人形(ひとがた)でからだを撫でて穢(けが)れをはらう風習がはじまりだとする説小さな人形で遊ぶ雛(ひいな)遊びが原点だとする説いろいろありますがほんとうのところはよくわかりません万里小路時房(までのこうじときふさ)というお公家さんの日記(建内記 けんないき)にはこんな記事もみえます上巳(じょうし)の祓いとして献上された人形を枕元に置いて穢れを託し翌朝 それをお寺に持参させて祈祷させた永享12年(1440年)3月3日の出来事ですこの時代はこれがひな祭りだったようですこうした人形は目下のものから献上されるためやがて祓いの儀式には粗末な人形を使い立派な人形は大切に保管するようになったようですその後 江戸時代にはいるとこの人形を飾るようになりました内裏雛とよんで何段も段を重ねて随身 女房 箪笥 膳椀 化粧道具などを飾り内裏の様子をあらわすようになったのは江戸時代も終わりのころのようですおひな様の飾りかたにも決まりはなくふつうは男雛をむかって右に飾りましたが昭和天皇の即位儀式後は天皇と皇后の高御座(たかみくら)にあわせて男雛を左に飾るようになりましたいまの雛壇飾りの飾りかたもこれ以後に定まったものなのですひな祭りも 歴史のなかで少しずつ姿をかえてきました100年後はどんなひな祭りになつているでしょうかもしかしたらこんなおひな様を飾っているかなまこべえレストランもきょうはひな祭り特別メニューちらし寿司も菱餅の形をしています
Mar 3, 2006

朝陽の中で 微笑んで金のヴェールの むこうから夜明けの霧が 溶け始めざわめく街が 夢を覚ます宇宙の片隅で めぐり逢えた喜びはうたかたでも 身をやつすの朝陽の中で 抱きしめて形のない愛を 包み込んで詞 荒井由実朝陽にうかぶパース 撮影機材 Nikon F90このところ東京地方お天気がさえませんきょうも冷たい雨の降る一日でしたそろそろ気持ちのよい朝陽につつまれたいものですハイファイセットが歌いあげる透き通った空のもとで
Mar 1, 2006
全19件 (19件中 1-19件目)
1


