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今週は、もうメチャクチャに疲れてしまって、昨夜は、お風呂に入ると、布団を敷くやいなや、バッタリ倒れるように寝てしまいました。夫社長が、週の前半は静岡県に出張で、帰宅した翌日の木曜日は早朝からゴルフ、そして昨日は、お客様を別のお客様の工場見学にご案内して、朝からお出かけ。息子が製造を担当してくれるようになってから、わたしの出社は10時20分頃から45分頃。社長が事務室にいるようになったので、9時からわたしが行くまでの間は、電話応対など社長がしてくれます。わたしは、その1時間ちょっとで朝の家事をしてから出かけます。たかだか1時間ですが、朝これが出来ると本当に助かるのです。でも、社長不在の日は、わたしが9時に出勤していないとなりません。帰りも、出荷やら電話、ファックスのお守りやらで、大体7時を過ぎてしまいます。朝できなかった家事を夜に片付けるなんていう勤勉な主婦はしていないのですが、それでも家事ゼロというわけには行かないので、週に5日10時間以上も仕事場に縛り付けられると、還暦過ぎた身体には、本当に堪えることを実感しました。そんな中でも、ブックカバー作り熱は中々冷めません。布のブックカバーは準備も作業も後片付けも大変ですが、クリアホルダーにファブリックシールを貼り貼りなら簡単。昨日のお昼休みにチャチャッと作ってみました。広げたところが写真で拡大されると、ひどい出来。恥ずかしいです。でも、忙しくてギスギスしてしまいそうな時は、こんな簡単な手仕事でも心がちょっとホッコリします。「忙中閑あり」を演出する、作業療法みたいなものでしょうか。(だから出来は二の次って言いたいわけです。オホホ。)シールを貼ると、すごくしっかりしてしまうので、クリアホルダーは安物の薄くて柔らかい物の方が却っていいみたいです。そう考えると、このタイプは、防水に拘らなければカレンダーの紙なんかでもいいかなって思いました。あらら、投稿して気づきました。1100件目の日記です。頑張ったねえ、わたし。ささやかでも、何かご褒美をあげようかしら。え?このブックカバー?確かに!
2015.02.28
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クリアホルダーの防水カバーが、少し可愛くなりました。前に見ていただいたときは、こんなでした。端の折り返したところをポケットのようにして表紙を挟み込みたかったのだけれど、クリアホルダーは縫うわけにはいきません。代わりに、今人気のマスキングテープでデコレーションを兼ねて留めつけようと考えていました。でも、お店に買いに行く暇はないし、ネットでも買えるのですけど、PCモニターの画像だけで選ぶのはわたしには無理でした。そんなとき、見つけたのが1枚目の写真の水玉のシールでした。ファブリックシールというそうで、木綿の布でできたのシールです。【メール便対応】かわいい布のシール♪アイデア次第で使い方色々のファブリックシール誰でも簡単!!お部屋や雑貨を可愛くリメイク♪【5枚選ぶと1枚おまけ】【Fabs】人気の水玉のファブリックシール 7色何枚か購入して合わせてみたら、この水玉かよさそうだったので、サイズを合わせてカットして貼り付けました。なかなか可愛くできましたでしょ?黒い下敷きも、片面だけブルー地に白の水玉を貼ってみました。鋏の使い方が下手なので、拡大すると実に不細工ですが、次にするときはもっと上手にできるはず。今度使って戴いて、テープが貼ってあった方が使い易いようだったら、裏面にも貼ろうかと思います。下敷きを装着して、開くと、こんな感じ。左の方にまだ使ってないシールが数枚写っていますが、もうこの辺で終わりにしないと。。。このまま突き進むと大変なことになりそうですね。
2015.02.26
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昨日は、久し振りの魚こころさんで美味しいものを戴きました。ひとっ走りとか言って出て行ってしまった息子を置き去りにして、一人でビールを飲んでいると、暫くして息子がやってきました。息子、最近少し太り過ぎなんだそうで、先週くらいから走り始めたので、今はまだ気合が入っているところなのです。わたしが先に飲み始めていたビールは、サッポロ穂乃香(ほのか)。魚こころさんの生ビールは、これ一種類、他ではなかなか味わえないビールです。このサイズで480円はちょっとお高いですが、チェコビールのような味わい。フルーティで、とても美味しく、こちらに来るとつい注文してしまいます。お通しは、生海苔の三杯酢と、鰤の子と蒟蒻の煮物。息子がお土産に買って帰りたいと言ったほどおいしかったです。注文は、先ずとことん緑サラダ、本当は、お野菜の緑がそれぞれにとっても綺麗なんですが、最近スマホカメラ、色が悪くてあまりおいしそうに見えません。魚こころの大将、ごめんなさい。今日は柚子胡椒ドレッシングで戴きました。どのお料理も、何か手を加えないでは出したくないらしいこちらの大将の面目躍如のサラダです。お野菜は全て、火が通っているか、火が入っていないまでも包丁が入っていて、しかも、火の通り具合、庖丁の入れ加減が絶妙。生の何倍も美味しくなっています。ここで、冷酒が来ました。刈穂 山廃純米無濾過 番外品+21という長~~い名前。それがメチャウマ。+21っていうのは、アルコール度数ではなく、日本酒度が21ということだそうで、つまり超超超辛口のお酒です。わたし、辛口のお酒はあまり好きでないのですが、これは全然別。旨味がすごい。刈穂って東京ではあまりお目にかからないお酒で、美味しいって聞いていましたが、多分これは別格のお酒なので、このお酒が本当に好きかどうかは、レギュラー酒を飲んでみないとわからないかも。最初に出してくださったのは、紙鍋で戴く、ワカメのしゃぶしゃぶ。茶色くて地味な若布が、煮立った出汁に通すとこんなに綺麗な色に変身。ポン酢で戴きました。お次は、寒ブリのポンシャブ。まさにキトキト。脂が載って、なのにあっさりで、これは本当に絶品でした。そして、寒鰤の頭の煮つけ。大きいです!コッテリ、みっしり!!ものすごく食べ応えがあります。それに味付けがまた最高。辛口のお酒にぴったりでした。ここで、次のお酒を注文。雁木。初めて見た名前。訊いてみたら山口県岩国のお酒だそうです。獺祭と同じ町のお酒だと思ったら、味わいもちょっと似た感じの、フルーティーな、やさしい味のお酒でした。そして次のお料理は、フキノトウの天ぷらと鳥天。お塩で戴きました。鳥天は写真忘れました。締めに息子は梅干し茶漬けを所望。こちらに来ると、なぜか息子はご飯ものを戴きます。最後に、熱いお茶をいっぱいずついただいて帰ってきました。余り美味しくてお腹一杯で、朝ごはん用にパンを買ってくる予定だったのを忘れました。
2015.02.25
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オリジナルブックカバーの作り方、興味ある人いますか?御朱印帳カバーを作りました。を見て、作り方書いてないじゃん!って思った方もいるかもしれないので、ちょこっとだけ書いておこうと思います。わたしのように、裏表紙の色を変えようとか、そういう事をすると面倒ですが、シンプルにすれば、作り方自体は簡単です。用意するのは、生地と接着芯それに少し幅の広いゴム。栞をつけたい人は、それ用にひもとか、ビーズとか。どれくらい要るかは、次のところを読んで計算してください。カバーをかけたい本の縦(a)横(b)厚み(c)を測り、縦{(a)+1cm}×横{2×(b)+(c)+αcm}のサイズの長方形を2枚布の上に書きます。カバーの外側と内側の布です。αcmは、文庫本の場合で15cm位、A5判で18-19cm位だと思います。ご自分の感覚でOKですよ。同じ長方形を接着芯にも書きます。生地には1cm程度の縫い代をつけて、接着芯は縫い代ナシ(書いた四角のままのサイズ)で裁ちます。アイロンで、接着芯を、外側にくる生地の裏にに貼りつけます。ゴムは(a)+1cm、栞のひもは(a)+5-6cm位かな?わたしはどちらもつけませんでしたけど。内側の布の表の真ん中に栞のひも、文庫カバーなら右端から12cm位、A5判なら14cmくらいのところに平ゴムを縫いつけます。内側と外側の生地を表側を中にして右端の縦の辺を残して縫い合わせます。裏返して表を外に出します。左端を文庫本カバーなら端から7cm、A5判なら8cmのところで内側に折り、四辺の端から2-3mmのところを一回り縫います。これで出来上がり。右側の表紙は、本の厚みに合わせて内側に折り返し、ゴムの下を通してで固定します。専用のカバーにするなら、右端も本に合わせており、上からステッチをかけてもいいです。わたしは2枚の布を、切ったり接いだり、柄もちょっとだけ合わせたり、面倒でした。ミシンが使えず、針と糸でチクチク塗ったので、指が痛くなり、それも大変でした。でも、外側も内側も一枚布で作るなら、さらにミシンが使える方なら、きっと全然簡単です。古くなって着られないのに、お気に入りだったので捨てられないスカートとブラウスを、リバーシブルでカバーにするなんて言うのも素敵かも。あ、これはA5サイズのカバーなので、別サイズの時は、調整しながら作ってください。クリアホルダーのカバーも作ってみますか?A4サイズのクリアホルダーを使いますので、文庫本から、新書、A5サイズくらいの大きさまで。クリアホルダー1枚でカバー1冊分です。クリアホルダーにカバーしたい本を挟みます。クリアホルダーも本も縦長方向です。 クリアホルダーを、本の縦の長さより1cm位長く残して、上下を切り取ります。真ん中の折り目を縦に背表紙に当て、本の横幅の端っこより少し外側に折り目をつけます。飾りのテープやシールなどは、しっかり折り目がついてから貼ってください。折り返しの上と下の端をテープで貼って、ポケットのようにします。ポケット部分に表紙を差し込めば、もう立派なカバーです。縫い目が曲がっても、何だかブカブカして不細工でも、自分で作ったものは、不思議と愛おしいです。とはいえ、もう一枚作るかと言われたら、きっぱりいいえと答えます。もう、お腹一杯です。少なくとも当分はご馳走様、だと思います。今日はこれから夕飯作りをサボって、久し振りの「魚こころ」さん。前回は未だほとんど何も戴かないうちに、夫の具合が悪くなったと言う電話で退座してしまったので、今日こそ美味しいお魚と大将の包丁さばきを堪能してきます。ひとっ走りしてくると出て行った息子が、でもまだ戻ってこない!おいて行っちゃおうかな。来ちゃいましたよ。
2015.02.24
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オリジナルブックカバーの作り方、興味ある人いますか?御朱印帳カバーを作りました。を見て、作り方書いてないじゃん!って思った方もいるかもしれないので、ちょこっとだけ書いておこうと思います。わたしのように、裏表紙の色を変えようとか、そういう事をすると面倒ですが、シンプルにすれば、作り方自体は簡単です。用意するのは、生地と接着芯それに少し幅の広いゴム。栞をつけたい人は、それ用にひもとか、ビーズとか。どれくらい要るかは、次のところを読んで計算してください。カバーをかけたい本の縦(a)横(b)厚み(c)を測り、縦{(a)+1cm}×横{2×(b)+(c)+αcm}のサイズの長方形を2枚布の上に書きます。カバーの外側と内側の布です。αcmは、文庫本の場合で15cm位、A5判で18-19cm位だと思います。ご自分の感覚でOKですよ。同じ長方形を接着芯にも書きます。生地には1cm程度の縫い代をつけて、接着芯は縫い代ナシ(書いた四角のままのサイズ)で裁ちます。アイロンで、接着芯を、外側にくる生地の裏にに貼りつけます。ゴムは(a)+1cm、栞のひもは(a)+5-6cm位かな?わたしはどちらもつけませんでしたけど。内側の布の表の真ん中に栞のひも、文庫カバーなら右端から12cm位、A5判なら14cmくらいのところに平ゴムを縫いつけます。内側と外側の生地を表側を中にして右端の縦の辺を残して縫い合わせます。裏返して表を外に出します。左端を文庫本カバーなら端から7cm、A5判なら8cmのところで内側に折り、四辺の端から2-3mmのところを一回り縫います。これで出来上がり。右側の表紙は、本の厚みに合わせて内側に折り返し、ゴムの下を通してで固定します。専用のカバーにするなら、右端も本に合わせており、上からステッチをかけてもいいです。わたしは2枚の布を、切ったり接いだり、柄もちょっとだけ合わせたり、面倒でした。ミシンが使えず、針と糸でチクチク塗ったので、指が痛くなり、それも大変でした。でも、外側も内側も一枚布で作るなら、さらにミシンが使える方なら、きっと全然簡単です。古くなって着られないのに、お気に入りだったので捨てられないスカートとブラウスを、リバーシブルでカバーにするなんて言うのも素敵かも。あ、これはA5サイズのカバーなので、別サイズの時は、調整しながら作ってください。クリアホルダーのカバーも作ってみますか?A4サイズのクリアホルダーを使いますので、文庫本から、新書、A5サイズくらいの大きさまで。クリアホルダー1枚でカバー1冊分です。クリアホルダーにカバーしたい本を挟みます。クリアホルダーも本も縦長方向です。 クリアホルダーを、本の縦の長さより1cm位長く残して、上下を切り取ります。真ん中の折り目を縦に背表紙に当て、本の横幅の端っこより少し外側に折り目をつけます。飾りのテープやシールなどは、しっかり折り目がついてから貼ってください。折り返しの上と下の端をテープで貼って、ポケットのようにします。ポケット部分に表紙を差し込めば、もう立派なカバーです。縫い目が曲がっても、何だかブカブカして不細工でも、自分で作ったものは、不思議と愛おしいです。とはいえ、もう一枚作るかと言われたら、きっぱりいいえと答えます。もう、お腹一杯です。少なくとも当分はご馳走様、だと思います。今日はこれから夕飯作りをサボって、久し振りの「魚こころ」さん。前回は未だほとんど何も戴かないうちに、夫の具合が悪くなったと言う電話で退座してしまったので、今日こそ美味しいお魚と大将の包丁さばきを堪能してきます。ひとっ走りしてくると出て行った息子が、でもまだ戻ってこない!おいて行っちゃおうかな。 来ちゃいましたよ。
2015.02.24
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今日から3日間夫社長が出張です。定時を過ぎて、電話待ちなどで仕事場に居残っている間に、公私混同の手仕事を少ししました。ご朱印帳を持ってきているあたり、確信犯のにおいがプンプンですよね。で、一応出来上がったブツをご披露させていただきますと、写真を拡大した上に目を皿のようにしてよ~~~く見ないとわからないと思いますが、カバーの上に、更にもう一枚透明なカバーがかかっているの、お分かりになりませんか?汚れ防止のための、プラスティックカバーです。実はクリアホルダーを切って折っただけのものですが単体で写したのがこれです。これに、今はやりのかわいい和紙とかのマスキングテープでも貼れば、上等のブックカバーが出来そうです。わたし、実は、お風呂の中で本を読むのが趣味なんですが、何度か持って入ると表紙などが濡れて、本がよれよれになるんですよね。3サイズくらい作っておくと、たぶんすごく便利そう。今度やってみようと思います。今回は、とりあえず形だけ。デコレーションは後回しです。で、クリアカバーも掛けて広げると、こういう感じです。ご朱印は先日の日本橋の三光稲荷のもの。神職さんは常駐していらっしゃらなくて、ご朱印と社名だけ書かれた和紙が用意されていたので、戴いてきたそれを糊で第1ページに張り付けました。そしてもう一つ。下敷きです。元の表紙もペラペラなのに、その上に帯地と帯芯でふかふかしたカバーをかけてしまったので、ご朱印を戴くときには、そのページの下に何かしっかりしたものを敷かないとまずいだろうと思って(きっと神社さんも用意していらっしゃるでしょうが)、使わない卓上カレンダーの支え用の薄いプラスティックが、しっかりしていてしかもはさみで切れそうだったので、サイズを合わせて切りました。この前の写真の表紙とカバーの間に見えている黒いものがこれです。表紙を挟めるようにポケットのように口を開けておいたのが、こんなことの役に立ちました。これでなんとか、機能面は満足のいくものになったと思います。あとは、暑がり屋さんリクエストの金糸の刺繍。そんなのわたしにはできるわけはないし、アイロンパッチもシルクの帯地にあんな高温は無理だろうし、もう少しゆっくり代案を考えてみます。では、これで退社いたしましょう。雨ですよ。新品のクリアホルダーを私用で切り刻んだり、悪いことした報いですね
2015.02.23
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先ずはお披露目。表紙は赤の無地になりました。表紙の裏側です。裏表紙の裏側です。元は、こういう帯でした。あれ?って思われたでしょうね。あの帯じゃない!そうなんです。あの帯を何とか活かしたいと思って始めたプロジェクトなのですが、鴛鴦の帯は柄が大きすぎて、A5サイズのカバーには納まりきらず、どうにもいい考えが浮かびませんでした。この帯は、古着で、すごくお安かったのですが、なんだか気に入って買って持っていたものでした。実際の出来は、写真よりもっとひどくて、縫い線が曲がっているものだから芯地が縒れているらしく、あちこちが変にブカブカ浮いています。それに、御朱印帳自体の表紙が頼りない紙なので、カバーにうまくはまらず、余計にピシッと決まりません。とりあえず形はできあがったので、あとはもう少し考えて使い易くなるように工夫してみます。次回、持って出かける時までには、完成しているといいけれど…
2015.02.22
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日本橋七福神めぐりの続きです。あちこち寄り道しながら、じぇりねこさんの上手なナビのおかげで無事松島神社に着きました。ここは末広神社とは対照的に、超近代的にビルの中に建てなおされた真新しい社殿でした。御朱印は、日付以外はハンコぺったんらしく、少し残念な感じです。この次は、茶ノ木神社ですが、ここは、神職さんがいらっしゃらないとのことで、御朱印は預かってくださっている他の6社さんのどこでも戴くことが出来ます。参詣せずに御朱印だけっていうのは、ちょっと気が引けましたが、折角の七福神なので、やはり7枚そろえたいと、わたしたちは、最初の椙森神社さんで戴いてきました。それがこれです。実は、松島神社から次にお詣りした水天宮に向かって歩いている途中で、茶ノ木神社という幟旗を見たので、その近くにあるのだろうと少し探しましたが、見付けられず、結局御朱印だけになりました。その水天宮さんはこちら。安産の神様として有名で、わたしも腹帯を戴きにと、息子のお宮参りにと2度参拝しました。現在は、本殿の修復中で、仮宮での「営業」中。東京中、いえ、関東中で水天宮と言えば人形町と言われる神社だけあって、仮とはいえ、とても立派です。ご祭神は弁天様、で、そのご朱印はガッカリしないでくださいね。(わたしたちはちょっとショックでした)さあ、いよいよ最後、小網神社です。ここだけ、少し離れています。日もやや傾いて、風も冷たくなってきましたので、頑張って歩きます。で、着いたところは古式ゆかしいという表現がぴったりな、小ぢんまりしているけれどなんだか霊験あらたかな感じのする、お社でした。すごく大事にされているという印象を受けました。こちらのご祭神は福禄寿様、御朱印は、可愛いお嬢さんが書いてくださいましたよ。これで、七福神は全て廻りました。日も翳って来たし、振り出しの日本橋駅に戻ります。出発したのは日本橋駅の東京駅寄りから、日本橋を渡ってでしたが、今度は、反対側に戻るので、渡った橋は江戸橋でした。わたし、江戸橋は初めてでしたが、やはり高速道路に囲まれた橋でした。あれ?昨日は先を急ぎ過ぎて、日本橋もご紹介していませんでしたね。やはり高速道路が見えます。東京の大きな川は、ほとんど全て高速道路が上を通っています。それしか、新たに広い道路を通せる場所がなかったせいだそうです。立派な橋です。橋の飾理を大きくしてみます。先ずランプ。こんな彫刻も。獅子と麒麟かな?東野東吾さんの小説(映画にもなったっけ?)のタイトル、「麒麟の翼」は、おそらくこれから来ているのかも。字数に余裕があるので、途中で撮った写真を出来る限りアップします。まず、芝居の街人形町を表す弁慶像。勧進帳の一場面のようです。甘酒横丁を抜けて、水天宮の仮宮に向かう途中の浜町緑地に建っていました。次は人形町カラクリ櫓です。中段にカーテンが見えます。そこにからくり人形が。。。もう字数がありません。詳しく知りたい方は、すみませんが、ググってみてください。
2015.02.21
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ブロ友のじぇりねこさんと日本橋でランチをした後、七福神めぐりをしたことは昨日書きました。ランチの方は、食べて大分経つので、どんな味だったか、美味しかったなあという記憶しか残っていませんが、七福神さんの方は、忘れちゃってるところはネット検索で補えますので、遅ればせながらご紹介します。食事の前に、蒼井優さんと小日向文世さんが共演していた素敵なCMに登場した芽吹神社(福徳神社)の前も通っていたのですが、美味しいものを食べたらすっかり忘れてお詣りしませんでした。わたしたち、どうやら二人とも結構な方向音痴らしく、地図を見ながらかなり方向違いのところまで行ってしまって、ようやくたどり着いた最初の神社は、宝田神社恵比寿神社なの?いかにも七福神という名だけど、日本橋七福神には含まれていなくて、無住(ってお寺でしたっけ?)の神社でした。ゆえに御朱印もなし!どっちが本名かな?で、次が椙森(すぎもり)神社。今度こその恵比寿様。御朱印は、目の前で墨書してくださいました。お社はこんな。割に大きなお宮でした。お次の笠間稲荷神社を目指して歩いている途中でこんな表示を見てちょっと脇にそれてみました。こちら三光神社はこの奥にありますが、この横丁は三光新道(さんこうじんみち)と言い、三光稲荷の参道として、江戸の古地図にも出ている道です。この辺り、時代劇などによく出てくる江戸三座のうち中村座、市村座があり、その縁で泉州堺から勧請されたという、由緒あるお稲荷さまでした。社務所は無人でしたが、近くのお店で御朱印が戴けるというのでそちらに伺うと、化粧品屋さん。そちらのご主人が人形町の生き字引のような方で、たくさん面白いお話をしてくださって、2-30分も聞き惚れてしまいました。これがそちらの御朱印。寄り道ついでに、お話のお裾分けです。まず、この辺りに有名なミシュラン三ツ星の料亭があるというので、入り口だけのぞきました。ご紹介します。濱田屋さんです。このディスプレイは何?高級料亭ってこういう風なの?う~~ん、きっと、外人さん向けの観光バスのコースとかになってるのかも?などなど話しながら、実はじぇりねこさんと二人、頭の中が??だらけのまま、その前を立ち去りました。で、この辺りは、歌舞伎「切られ与三」(『与話情浮名横櫛』よわなさけうきなのよこぐし)で有名な「玄冶店」で、その昔将軍様のお医者さんだった岡本玄冶の拝領屋敷のあったところだそうです。探せばこんな石碑があったらしいです。お次は笠間稲荷神社です。こちらは写真を撮るのを忘れたみたいなので、御朱印のみ。寿老人さんです。お次は末広神社、すぐ近くなのに、あっちをキョロキョロ、こっちをフラフラでなかなか着きません。途中の小さなお店の中にこんなものを見つけちゃいました。この繭玉を使って絹糸をつむごうとする方はあまりいないと思いますが、縁起物のお飾りがありましたよね、ああいうのに使うのかなと思ってパチリしてきました。やっと着きました。末広神社。左下の方を拡大すると、葭町の芸妓芸妓屋組合さんが寄進されたものなんですね。「葭町の○○姐さん」なんて時代劇に出てくるセリフだと思っていました。あんな料亭があるのだから、芸者さんがいて当然ですよね。でも、なんだか訳もなくワクワクしてしまったmamatamでした。そんな文字を見たせいか、お社まで奥ゆかしく思えましたが皆さんの目には如何映りましたか?あ、御朱印、御朱印!毘沙門様でした。次は松島神社。末広神社からは少し離れていて、商店街を通り抜けてきます。「焼きかりんとう」の文字を見つけて、お店の中に吸い込まれました。あげてないかりんとう。あっさりしていてふわふわで、美味しかったですよ。次の松島神社は、どうも文字数が一杯で入りきらないようなので、また次回にご紹介しますね。今日はこの辺で。
2015.02.20
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ブロ友のじぇりねこさんと、暫く前から、お休みの日にランチしようねって言い合っていたのが先日ようやく実現して、じぇりねこさんおススメの日本橋の素敵なレストラン(って、実は名前忘れちゃってます。)に行きました。どうして日本橋になったか、ちゃんと理由はあって、その理由が日本橋七福神。美味しいランチを戴いた後に、七福神を回って御朱印を戴こうという寸法です。まさか、アサメシ前ならぬ昼飯後に七社、全部回って御朱印を戴けるとは思ってもいませんでしたが、なあんと、七福神さんプラスお稲荷様1社の参詣を完遂。やったぁ!でした。途中で、わたしは御朱印帳が、あと数ページしかないことに気づき、冷や汗タラタラの七福神めぐりになりました。で、ですよ、なんと何と、七福神めぐりの最後は小網神社さんだったのですが、ここの御朱印を戴いたところで、御朱印帳が一杯になりました。その、一杯になったご朱印帳。御集印帳ってなってますね。ポチの足跡のところに筆で名前を書き込んでくださってあります。この御朱印帳は、2年程前に、岩手県平泉の世界遺産、中尊寺に行ったときに、最初に参拝した毛越寺(もうつうじ)で戴いたものでした。お寺の様子と重要無形文化財に指定されているという延年の舞の一場面が織り出された立派な表紙が付いています。かなり分厚くて、買った時には使い切るなんて考えもしませんでしたが、無くなって数えてみたら、22ページしかありませんでした。最初がそうだったので、なんとなく、ご朱印帳というのはお寺や神社にお参りした時に購入するものだとの思い込みがありましたが、今回廻った神社にあったのは、どれもわたしが持っていたのより一回り小さくて、いまいち気に入りませんでした。帰ってきて、もしかしたらネットであるかもと思って探してみると、やっぱり!最近のネットショップ、ほんとにすごいですね。さんざん目移りしてようやくポチした新しい御朱印帳は、製造元直売の、土佐和紙で出来た、ごくシンプルなわけあり品。大きさはA5判。珍しいです。今までのより一回り大きいですが、和紙なので薄く、ページ数は100ページと5倍近いのに全体の厚さは前のと同じくらいです。表紙も土佐和紙でできてるそうで、綺麗な色であっさりしててとてもいいんですが、困るのはこの表紙がペラペラなのです。中のページも薄くてしなやかなので、折角いただいたご朱印が、このままじゃ汚れたり皺になっちゃいそう。カバーをつけたらいいんじゃない?と、買った直後から思っていました。暫くカバーカバーと唱えている内に頭に浮かんだ、若い頃の一張羅の名古屋帯。お行儀も悪く、着物の手入れも悪いわたしは、たくさんシミを作ってしまって、もう身に着けることは出来なくなってしまったものがあったのを思い出しました。あれをカバーに作り直すっていうのはどうかしらと閃いたのです。実は、御朱印帳の写真の背景の若草色がその帯なのです。日本画家の佐藤太清さんという方が図案を描かれたものだそうで、この方の奥様に、母は大変お世話になったので、大事に持っているようにと言われていたのでした。お太鼓のところです。番のオシドリの柄です。こちらは前の部分。上が雄、下が雌ですね。前は半分の幅に折って着けるので、雄、雌どちらでも表にできるように上下が逆に描かれています。カバーにするには、サイズも天地も、どう使うと上手くできるのかわかりませんが、考えてやってみようと思います。アイディアのある方、アドバイスしてくださる方、おせっかい大歓迎ですので、どしどし教えてください。と言っても、暫くは手が付けられる状況ではありません。先ずは去年と今年2年分の確定申告を済ませて、家の中を少しは片づけて、取り掛かれるのはそれからになりますが、それまでにゆっくり作り方など研究して、準備万端整ったらやってみようかと思うのです。出来たらご紹介するつもりではいますが、果たして完成するものかどうかと皆さんお疑いでしょ?正直、わたしも自信がありません。あ、日本橋七福神のご朱印、せっかくいただいてきたので、神社のたたずまいとともに明日ご紹介しますね。どうぞお楽しみに。
2015.02.19
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今日は、息子の20代最後の誕生日です。何も用意していなくて、昨日夫に言われて、あらあらと急いで今日のお店の予約をしました。今年もしか野さんで、わたしの弟を交えて4人でバースデーディナーです。今日も、昨日に引き続いて雪の予報でしたが、朝起きて外を見ると、いつもと変わらぬ景色。ただ、いつでも降らせられるゾ!とでも言いたげなマジの曇り空です。お昼休みにインターネットで天気予報を覗いてみたら、雪の予報は雨に変わったようで、今日は雪は降らない2月18日になりそうです。29年前の今日は、夜中に降った大雪が、積もった朝でした。わたしは、前日の朝から様子がおかしかったので、出勤する夫に実家に帰ることを告げ、早々とお風呂に入り、タクシーに乗りました。その日の天気予報も、空模様も覚えていませんが、息子が生まれた明け方、窓のない分娩室から3階の病室に移ると、窓から、電線にまで積もった雪と真っ青な空が見えたのは、はっきり覚えています。前日深夜になって父の車で入院した時には、もう、小雪がちらつき始めていたような気がします。まだ、携帯電話も、e-メールもなかったあの頃、大きなプロジェクトを抱えて、時々工場で徹夜の作業をすることもあった夫には、たぶん父が連絡してくれたのでしょう。わたしが実家に帰って安心したのか、前夜も工場に泊まったという夫が、まだそのころは白髪の混じっていなかった無精ひげを生やして病室に来たのは、その日ももう夜になった時間でした。あれからもう29年たったのですよねえ。2600g程の小さな体で生まれてきた息子の、それが嘘だと思えるほどに大きな態度とか、多分今夜も見ることになる大酒飲みっぷりを思うと、何だかなあって、これも感慨深いというのでしょうか。さて、そろそろ出かけましょう。今日のしか野さんのお料理はどんなのかな?昨日予約の電話をとってくれたのがおかみさんだったので、息子の誕生日の集まりなので、何かいいものがあったら出してって旦那さんに頼んでおいてねってお願いしました。何を用意してくれているのか、楽しみです。
2015.02.18
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今日は、朝起きると少し日が差していました。お天気悪くなるという予報だったので、これから悪くなるのかな?と思いながら朝食を摂っていました。時計代わりに流しているNHK-TVの画面の左上に地震速報が流れたと思うと、番組の途中で男性アナウンサーが現れ、先程の地震の影響で岩手県の海岸を中心に津波注意報が出ていますって。画面に映る海はずっと凪いだまま、時々、港に戻ってくる小舟と沖合に出て行く船が行き交うだけですが、4年前の記憶がよみがえり、目を離すことができません。でも、出勤の支度をしなくちゃと、着替えを取りに行くと、ベランダの外に雪が舞っていました。夫の着替えが済み、わたしも支度しようと和室に行くと、数分の間に、窓の外にまるで白いカーテンがかかったみたいに雪が強くなっていました。夫が出かけ、息子が出かけ、わたしもそろそろ出かける時間になりましたが、まだ雪は降り続いています。自転車で行こうかどうしようかと思いましたが、NHKはもう延々1時間半以上凪いだ海をうつし続けていました。仕方なく、天気予報を探して、ザッピング開始。いくつか民放の番組を渡り歩いて、ようやく、今日は気温は低いままで昨日と打って変わった寒さでしょうが、雪は降ったりやんだりで、積もらないでしょうというのを聞いて、自転車で出かけました。そのキャスターの言うとおり、本当に寒い一日でしたが、雪は雨に変わり、積もることはありませんでした。夜、家に戻ってきて、津波は大丈夫だったかな。。。とテレビのスイッチを入れ、結局朝の津波は被害の出るようなものではなかったけれど、午後から、青森県で、かなり大きな地震があったことを知りました。あの3月11日が近付いてきたこの時期にこんな地震やら津波やらって...実際に津波に遭ったことのないわたしでも、今朝は身内が震えるような思いをしていました。4年前に被害に遭われた方たちの不安はいかばかりだったでしょう。この地震は、4年前の大地震の余震だそうです。まだまだ油断はできないってことですね。最近、まるであの地震を忘れてしまったみたいな、まるでもう地震なんか来ないと信じているかのような、あるいは、その話はもういいよみたいな、そんな雰囲気を感じることがあります。忘れちゃいけないって、もう一度胸に刻もうと思った出来事でした。
2015.02.17
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国性爺合戦のあらすじの続きは、わたしは見ていないので、Wikiから転載します。四段目神意を得た小むつ(和藤内の妻)は栴檀皇女とともに平戸から中国(浙江省)松江の湊に渡る。一方、呉三桂は皇子をかくまい、山中で暮らしていた。そこに鄭芝龍、小むつ、栴檀皇女が現れる。敵兵に攻められるが、雲の掛橋の計略によって難を逃れる。五段目和藤内、甘輝、呉三桂が竜馬ヶ原で再会する。そこに鄭芝龍が韃靼を攻めに南京城に向かったという知らせが入る。一同は後を追い、南京城を攻める。ついに敵を倒して、皇子を位につける。という訳で、文楽、歌舞伎では和藤内と父の鄭芝龍は明の復興に成功し、栴檀皇女とともに日本に逃れていた皇子を帝位につけることになるようです。この国性爺合戦は、中国を舞台に、日中混血の主人公が活躍することで人気を博し、なんと3年越し17カ月のロングランを記録したそうです。これは、鎖国という、当時の日本の状況も大きく影響しているようです。しかし、このストーリー、脚色というも憚るほど、史実とは大違い。鄭成功は、明の人である鄭芝竜と日本人の妻の間に生まれた子どもで、福松という名だったそうです。福松は、7歳の時、生まれ育った平戸から、父の鄭芝竜の一族の地福建に移りました。一族はここで密貿易をし、武力を持って政府や商売敵との抗争をしていました。鄭成功は15歳の時に試験に合格して役人になりました。その頃、明王朝が滅亡し、鄭芝竜、成功親子は、逃れてきた明の王族が打ち立てた亡命政権を支援します。明を滅ぼした順は程なく清にとってかわられたため、亡命政権と鄭親子は清を討つため北伐を行います。ところが、この北伐は大失敗。鄭芝竜が南京城に向かったこと(5段目)は確かなようですが、ここで韃靼ならぬ清にコテンパンにやられ、あっさり降参して清に仕えることにしてしまいました。一方、息子の国姓爺鄭成功は父の決定に大反対、厦門島を占領し、父の一族鄭氏の軍を掌握して清に対して抵抗運動を続けます。その後、鄭成功が企てた北伐はやはり失敗に終わり、南京で清軍に大敗してしまいます。そこで、彼は立て直しのため、当時オランダに占領されていた台湾からオランダ人を追放し、本拠地とします。鄭成功自身はこの後亡くなりますが、台湾統治は息子に引き継がれます。この前の日記の、ひねくれくうみんさんのコメントに「鄭成功は、台湾に行くとよく日本人向けフリーペーパーに取り上げられていました。」とあるように、鄭成功=国姓爺(和藤内)は明国復興には失敗しましたが、台湾ではオランダ人から台湾を取り返した英雄として、「鄭成功は今日では台湾人の不屈精神の支柱・象徴(開発始祖)として社会的に極めて高い地位を占めている」(Wikipedia)そうです。わたしは、国性爺合戦のことも、実在の鄭成功のことも、今回初めて知りました。日本にも、こんなすごい人がいたんだと、驚きました。父の鄭芝竜という人も、相当面白い人のようです。司馬遼太郎の「中国・ビンのみち」(街道を行く25)という作品に、この鄭成功親子のことが取り上げられているそうです。もしかしたらわたしは苦手なタイプの作品かも知れませんが、この親子にはとても興味が惹かれるので、今度読んでみようかと思います。
2015.02.16
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見てまいりました。国性爺合戦。見たのは昨日も書いた通り、その内の4段、 千里が竹虎狩りの段 楼門の段 甘輝館の段 紅流しより獅子が城の段でした。昨日は、変換間違いで、国姓爺合戦としてしまいましたが、文楽、歌舞伎の演題は「国性爺合戦」が正しいです。国立小劇場でポスターにそう載っているのを見て、帰ってきて調べてみてわかりました。Wikipediaに「江戸時代初期、中国人を父に、日本人を母に持ち、台湾を拠点に明朝の復興運動を行った鄭成功(国性爺、史実は国姓爺)を題材にとり、これを脚色。結末を含め、史実とは異なる展開となっている。」とある通り、主人公の名前を実名とは変えることで、脚色してるからね、史実とは違ってるよってアピールしてるのでしょう。文楽と歌舞伎の国性爺合戦のあらすじは、ざっくりいうと平戸で、日本人の妻と共に漁師として暮らしている老一官は、もとは鄭 芝龍という明の役人。ある日浜で赤ん坊を連れて船で流れ着いた明の皇女を助けます。この皇女、栴檀皇女から、明の国が韃靼国に滅ぼされたことを聞き、鄭芝龍夫妻と息子の和藤内(鄭成功)は、明の再興のために中国に渡ります。老一官には、日本に渡るときに2歳で遺してきた錦祥女という娘がおり、今は、将軍甘輝の妻になっているという噂でした。甘輝は今は韃靼に仕えていますが、もとは明の将軍でした。勇猛な甘輝の力添え頼もうと、三人は錦祥女と甘輝の住む獅子が城に向かいます。獅子が城に向かう途中、和藤内と母親は竹藪(千里が竹)に迷い込み、韃靼兵が狩ろうとしていた巨大虎を和藤内が素手でやっつけ、韃靼兵も家来にしてしまいます。(千里が竹虎狩りの段)獅子が城の楼門に着き、老一官は娘の錦祥女と父娘の再会を果たしますが、警固の兵は韃靼の掟を盾に城内に入ること許しません。罪人として縄を受けることを条件に入城を許された妻だけが、甘輝に会って話をするために入城します。(楼門の段)やがて韃靼王に召し出されていた甘輝が帰館します。大明国復興のために助けを求められると、和藤内に味方したいが、妻の縁で韃靼を裏切ったと言われては男の恥、錦祥女を殺してから味方しようと、妻に刀を向けます。老一官の妻に妨げられて妻を殺すことが出来ない甘輝は、それなら和藤内に味方もできないと拒否。錦祥女は外で待つ和藤内にその結果を知らせるため、合図の紅粉を溶いた赤い水を流します。(甘輝館の段)それを見た和藤内は、怒り狂って城内に乱入、甘輝と大立ち回りをしていると、錦祥女が出てきて、赤い水は、自害した錦祥女の血だというのです。これで、夫は和藤内の味方になれると。心を打たれた甘輝は和藤内に味方することを明言し、国性爺鄭成功の名を和藤内に与えます。これを見て、老一官の妻は喜び、日本人の継母は娘だけを死なせたと言われては日本の恥と、錦祥女の胸から刀を抜き取り、自分の喉を掻き切って自害します。(紅流しより獅子が城の段)ごめんなさい、ここまで、なぜかアップされてしまいました。長くなったし、削除するのはやめて、続きを明日、その2としてまた書きますね。今日はここまでで。
2015.02.15
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夫は、今朝一番の飛行機で富山に出張予定でした。往復の便をANAで予約していましたが、昨日、週末は雪の影響が出て、飛ばないか、飛んでも着陸できない可能性もあるので、スケジュール変更が出来るならした方が良いですよっていうメールがANAから来ました。個人的な旅行とかなら延期も中止もありですけど、わざわざ週末の作業を指定してくるお客様相手の仕事ではスケジュール変更は相手次第です。当方の仕事のスケジュールとのすり合わせもあり、延期もそう簡単には行きません。担当者の方にお電話してみると、やはり生産の都合もあり、なるべく、この週末に何とか作業してほしいということでした。夫は、生産ラインの機械に発生した不具合の修理と調整に行くのです。今は、だましだまし、なんとか製造しているそうですが、いつ動かなくなるか、また製品に不良が出るかと戦々恐々のご様子。症状を電話で伺い、手配した部品がようやく納品されたので、一日も早く作業をしてほしいということのよう。でも、平日は機械を止めたくない受注状況らしく、週末の、機械が止まっている間の作業を希望しておいでなわけです。結局、飛行機よりは雪に強い列車で移動することにしました。普通だと、キャンセル/払い戻しは手数料がかかるのですけど、今回は無料で対応するというので、昨日、ANAのチケットはキャンセルしました。そして、今朝6時、7時東京初の新幹線MAXときに乗るため夫は出かけて行きました。越後湯沢から富山までは特急はくたかです。出かける前にネットで運行状況を調べましたが、秋田や山形新幹線で何本か遅れが出ている以外は、新幹線はほとんど時刻通りの運行とのこと。ニュースでも天気予報でも、大雪の予報で大騒ぎしている北陸地方の特急にも、その時点ではおくれは出ていないそうでした。日本の鉄道技術はすごいと、改めて感心しました。でも、はくたかは、越後湯沢8時20分発、富山には10時15分に着くのが最初の列車なので、飛行機に乗るよりは2時間半ほど遅くなります。その分作業開始も遅れてしまいます。第一便で出て、最終便での日帰りの予定でしたが、今日は富山泊まりで明日ゆっくり帰ってくることになりそうです。もう一か月後なら、北陸新幹線が開通していたのですけどね。新幹線なら、朝7時に東京を出れば、9時過ぎには富山につくはず。あるいはもう少し早くつける列車もあったのでしょう。帰りも、新幹線があれば泊まらないで済んだかもしれません。3月からは、北陸への出張は、少し様変わりするのだろうなと実感した今日のことでした。ところで、今日わたしは、昨年末に続き第2回目の文楽鑑賞の予定が入っています。前回誘ってくださったnaominさんは、出産を控えたお嬢さんのために今回はパスとのことで今回は見送ろうかと思いました。でも、前回の話を聞いて興味津々の友達が行ってみたいと言ってくれたので、4人で出かけることにしました。今回は第三部、夜の部に行きます。演目は国姓爺合戦 千里が竹虎狩りの段 楼門の段 甘輝館の段 紅流しより獅子が城の段 です。泣かせる場面もありそうですが、大スペクタクルの場面もありそうで、すごく楽しみです。前回、楽屋に伺い、舞台裏を拝見させてくださった吉田玉女さんは、「五常軍甘輝」の人形を担当されるそうです。その人形使いも、よ~~く味わって来たいです。5時半開場に合わせて、半蔵門の駅で5時に待ち合わせしていますので、そろそろ支度をはじめねば。北陸だけでなく東京も、昨日からこの冬1、2という寒さです。帰りは少し遅くなりますし、温かくして出かけましょう。多分夫は泊りになるので、少し気楽に出かけられます。皆様も、風邪やら怪我やらにお気をつけて、週末をお過ごしください。
2015.02.14
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一昨日だったかな、すこし年上の友の訃報が届きました。20年ほど前、偶々活動の拠点が一緒だったことから知り合い、深いお付き合いはありませんでしたが、わたしが良くお世話になっている先輩方と彼女が親しかったこともあって、大変親しみを感じていた方でした。テニスやら、仕事やら、その他にもいろいろあって、わたしがその拠点に出かけていくこともなくなって久しいのですが、わたしがここ何年か通わせてもらっている田んぼの、初期からの応援団のひとりが彼女で、最近はまた、その田んぼで何度かお会いするようになっていました。お会いしなかった間に病を得て、大分痩せたり顔色が悪くなられたりしていましたし、田んぼに入っての活動も最近は控えていらっしゃいましたが、明るい性格は20年前と変わらず、会えば心に響く会話のできる素敵な先輩でした。持病は、治らない病気だと伺っていましたが、ここ数年は、わたしも診て戴いている整体のM先生と共にとても熱心に改善に取り組んでいて、随分と症状が軽くなっていたのです。田んぼにも、ご自分で車を運転して、来ていらっしゃいました。最近は畦道や食事場所に、ただ座っていることが多かったのですが、いらっしゃるだけでなんとなく楽しくなる方でした。知らせを聞いて、2日たち、今度の春は、田んぼに行ってもSちゃんの笑顔には会えないんだという事がようやく胸に浸みてきました。なんか、うまくいえないのだけど、心が焦っています。わたしも、自分の老化は日々感じていて、人生は無限じゃないんだって、すごく感じていましたが、この焦りはそれとは少し違います。たとえ自分は元気で生きていても、会えなくなる人がいるって思うことが、この焦りを生んでいるみたいです。一人で生きていたって、面白くもおかしくも、幸せでもないんだと思います。そう考えると、わたしたちの時間って、もう本当にたっぷり潤沢にはないんだなっていう思いが胸に迫ってきます。 もっともっとよく考えて暮らしていかなくちゃねって、何をどうというのはまだよくわからないけど、そんな風に思う、今日この頃です。
2015.02.13
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充電式掃除機の交換電池のことを調べて初めて知ったのですが、充電式の電池には2種類あるのですってね。ニカド電池とリチウムイオン電池だそうです。前回、交換電池のことを書いた時に、何人かの方が、その電池のことをコメントに書いてくださっていましたが、正直に言うと、わたしはわかっていませんでした。今回、そういう名前が何度も出てきて、これのことだったのねと思いました。検索してみると、インターネットには、縷々詳しい説明がたくさん載っていました。ニカドは放電性能が安定しているので、最初にスイッチを入れた時からしっかりお仕事をしてくれるし、充電可能回数も多いけれど、何もしてなくても放電してしまって電池が減っていくとか、メモリー効果と言って、電池が空にならないうちに充電を繰り返していると、本来の最大容量まで充電できなくなってくるとか、そんなデメリットもあるそうです。一方リチウムイオン電池は、電圧が高いので小型軽量、充電可能回数も多くて、メモリー効果はほとんどなく、自己放電も少ないそうですが、過充電、過放電による、過熱、発火、爆発などの危険性があり、その対策のため安全回路を組み込んでいるそうです。なあんて、わかったように書いていますが、実は言葉を並べているだけで、なんのこっちゃやらなのであります。ただ、「ニカド電池は、ニッケルカドミウム電池の略称で、負極活物質にカドミウム、正極活物質にオキシ水酸化ニッケル 、電解液に水酸化カリウムを用いている」というところには、ウン?と引っかかりました。カドミウムって、公害物質というか、有害な物質ですよね。ニカド電池を使ってるものは捨てる時はよくよく気をつけなくちゃとか、なるべく買わないようにした方が良いんじゃないかとか、思いました。説明サイトにも、そういうものなので、市場からは徐々に姿を消しているそうというような事が書いてありました。ただ、大容量で軽く、メモリー効果がなくて、自己放電も少ないし、有害物質も使っていなくて、と良いこと尽くめのように見えるリチウムイオン電池も、市場からニカド電池を駆逐して、それにとって代われるかというと、それはなかなか難しいみたい。リチウムイオン電池は素材が高価なうえ、過充電、過放電に備えて安全回路を組み込まなくてはならないことがさらにコストを押し上げて、ニカド電池に比べるとだいぶ値段が高いようで、それが理由だそうです。昨日、マキタでは、充電池を別売りしているけれど、値段が3000円から1万円を超すものもあると書いた、その値段の違いは、まさにこのことだったようです。この価格差は、本体価格にも影響していて、リチウムイオン電池を使用しているクリーナーは押しなべて高価です。大体2万円前後からそれ以上。でも、そういうのは、機能も充実していて、スイッチは押しボタン式で、運転モードも強か弱かを選べるし、連続運転時間も大体30分以上です。価格の安いものは、ニカド電池を使っていると考えたほうが良さそうです。比較的安価な製品の大半は、押しボタン式でないのも、連続運転時間が短いのも、強/弱が選べないのも、それらがニカド電池を使っているせいみたいです。ニカド電池だとどうしてそうなるのかを説明することは、わたしの能力に余りますので、できませんが。充電式クリーナー購入をお考えの方は、この辺りもチェックのポイントになさってはいかがかと思います。
2015.02.12
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少し前にスティック掃除機が連続運転できなくなったことは、日記に書きました。仕様では、30分ほどの連続使用が可能なはずなのですが、5分と持たずに電源が落ちるようになってしまったのです。一度スイッチを切ってからもう一度入れるとまた動きますが、それでも合計10分程度しか使えません。数か月も不便を我慢して、ようやく電池の劣化では?と気づいて、交換電池の購入方法を調べました。そこで初めて、エレクトロラックスの充電式掃除機には、交換電池の販売はなく、モーター内臓のハンディユニットを丸ごと交換するしかないとわかりました。そういう事は購入前に調べておけ!ってハナシですけど、ユニットの値段は税抜きで8,000円でした。もう少し足すと同じような商品でそれなりのものが買える値段です。さんざん悩みましたが、エルゴラピードは使い易くて気に入っているし、買い替えたものがそれより良いとは限らないので、引き続きエルゴラピードを使おうと決めて、ハンディユニットを注文しました。と、まあ、こんな内容でした。ハンディユニットは、注文して3日ほどで届き、すぐに使ってみました。すると、スイッチは入るけれど、すぐに切れてしまって、これって不良品?と思いましたが、充電器にセットして1日置いて使ってみたらちゃんと使えました。メーカー出荷時に、満充電されていなかったのですね。普通、そういうものなんでしょうか?それはともかく、使い心地は、ベリベリグッドでした。モーターも新しくなったせいか、運転音が今までのより心もち高い気がしました。ドとミくらい違うかしら?って絶対音感には程遠いわたしの言うことですからあてにはなりませんが。吸引力も、ドからミくらいには上がっていると思います。これで、あとまた3年使えるなら、万々歳です。 実は、年末に新幹線のお掃除にも使われてるというので有名になった日本製(マキタ)のスティッククリーナーを買ったのです。主にリビング、特にテーブル廻りに使えれば十分で、それをメインに使うつもりではなかったので、お手軽なランクを選んだせいもありますが、その値段が8,000円以下でした。安いだけあって10分程度の運転時間しかないけれど、評判どおり吸引力も十分で、昔の安っぽいスティッククリーナーとは比較にならない性能でした。エルゴラピードの電池のみの交換が出来ないと分かった時、メイン用を、マキタの、もう少し運転時間の長い機種に買い替えようかとも考えました。でも、スイッチがトリガー式で、使っている間中ずっと握っていないとならないのが気になりました。もちろん力一杯ギュッとというわけではないし、本体の重量はすごく軽いので、「リビングだけをささっと」程度ならさほど負担にはなりませんが、家じゅうお掃除するのだと、結構大変かなと思ったのです。エルゴラピードは、本体の重量はこちらより何倍も(多分)重いのですが、お掃除している時はあまり力がいりません。スイッチが押しボタン式だからということもありますが、直進も方向転換も、ほとんど力がいらず、自分で進んでくれるみたいな感じがするのです。うちの機種は古いので自立はしてくれません。それなのに、動き始めるとただ手を添えるだけ、ちょっと押すだけで、お掃除が出来ます。実重量はかなり重いのですが、運転中の体感重量はメチャ軽いのです。ということでハンディユニットを注文しました。注文してしまった後で、調べてみると(おバカです)、マキタ製でも、押しボタン式スイッチのはありました。そういう機種は、30分以上の連続運転も可能だし、色々工夫されていて、レビューでも高評価です。でも、お値段はやはりそれなりでした。エルゴラピードを新品に買い替えるよりは安いけれど、ハンディユニットの8,000円よりは、はるかに高い。(あ~~、よかった!!とホッとするmamatam。)さらに調べてみるt、さすがに工具メーカー、マキタはちゃんと交換電池を別売りしています。値段を調べてみたら、機種により3,000円台から7,000円位。中には1万円を超すものもありました。テレビでよくコマーシャルをしている通販生活バージョンでも5,200円するし、他メーカーでも、似たようなお値段。充電池って高いんですねえ。ハンディユニット丸ごとでなく、充電池を単体で購入できたとしても、思ったほど安くはならなかったということが判明し、それなら、今回は、長所も短所も分かっていて使い勝手が気に入っているエルゴラピードに8,000円投資するのが賢い選択だったと、またまた胸をなでおろしたmamatamでありました。
2015.02.11
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一昨日、ブロ友のコバルトさんの日記にユリカモメが紹介されていました。ユリカモメと聞くと、鳥の姿より、新橋からお台場に向かうモノレールみたいな電車電車を思い浮かべる人も多いかもしれません。でも、そのユリカモメ(鉄道の方の)の名前の由来は、鳥のユリカモメだそうで、どうしてその鳥の名前を付けたのかと言えば、それはユリカモメが東京都の鳥だからなんだそうです。わたしも、ユリカモメは東京の鳥と思っていたので、コバルトさんの日記を見て、ちょっと驚きました。でも、この鳥、別に東京に特有の鳥というわけではなくて、日本中どこでも見られるそうですね。ただ、渡り鳥なので、季節は冬だけらしいですけど。で、それが何故、東京都の鳥になったのか、ちょっと不思議でしょ?そこには、かの平安随一のイケメン、在五中将、在原業平さんにまつわる訳があります。「伊勢物語」と「古今和歌集」に収められた在原業平の和歌「名にし負はばいざ言問はむ都鳥我が思ふ人はありやなしやと」ってご存じでしょ?この都鳥が今ユリカモメと呼ばれている鳥だということなのです。この歌は、京の都を旅立って、遠く離れた隅田川のほとりに辿り着いた業平さんが、都では見たことのない鳥がいるので名を尋ねたところ、「都鳥」と言われて、「都鳥だって?そんな名前をもってるのなら聞くけど、ボクの恋しい人は都で元気にしてるかい?」と詠んだ歌なんだそうです。恋多き男として知られる業平さん、鳥を見ても都に残してきた恋人のことを思いだしてしまったのおでしょうが、その鳥は、古今和歌集の詞書によれば、「白き鳥の、嘴と脚と赤き、川のほとりに遊びけり。」と描かれていますが、現在都鳥と呼ばれている鳥は、こういう姿で、「ちょっと違う」感イッパイです。こちらのユリカモメの方が、詞書に似つかわしいということになったらしいです。今でこそ日本全国どこにでもいるそうですが、少なくとも業平さんの頃は京都には居ない鳥だったようです。ウィキペディアも、「現在の京都ではユリカモメは鴨川などで普通に見られるありふれた鳥であるが、鴨川に姿を見せるようになったのは、1974年のことである。それ以前は『京には見えぬ鳥』であった。」と書いています。今の東京が、江戸と呼ばれるようになったのは、平安後期のことだそうで、平安と言っても前期に生きた業平さんの頃には、もしかしたら地名すらはっきりしない田舎だったかもしれません。でも、隅田川という名ははっきりと記されていますから、この地が今の東京であることは間違いありません。日本全国で見られるユリカモメが東京都の鳥になったのは、都民の投票の結果だということですが、ユリカモメが業平さんのこの歌に歌われた鳥なら、東京の鳥だと、東京都民が思い込むのも当然かもしれませんね。ただ、Googleで検索した記事の中には、隅田川の一番下流の橋である勝鬨橋より上流の隅田川に住むユリカモメだけを都鳥と呼ぶなんて書いているものもありましたが、今、ユリカモメを都鳥と呼ぶ人はいそうにないし、さすがに「それはどうかな?」って思いました。
2015.02.10
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昨日は、たくさんの温かいコメントをありがとうございました。正直に言うと、皆さんのそのコメントをあてにしてのアップでした。病中のダンナさんのお世話をするのには、袖が邪魔だろうと、思い切って外してしまい、図書館で見つけたリメイクの本に、「袖だけで簡単に作れるナンチャッテボレロ」が載っていたので、外した袖で挑戦してみました。そうは言っても、不器用なわたしは苦心惨憺でしたけど。それでも、悪戦苦闘の末、まあ、なんとか着られる形にはなりましたが、出来上がったはいいけれど、あまりに不細工で、半日悩んでもまだ発送する勇気が出ななかったのです。それで、背中を一押しして戴こうとアップした、確信犯でした。期待通りどころか、久し振りのキャロリン。さんからまでコメントを戴いて、もう大感激。皆さんの優しい励ましに力を得て、今日は大阪の義姉に向けて送りだせそうです。もちろん、お出かけ着にしてもらおうなんていう大それた目論見は端からありません。普段着として身に着けてもらえたら、大阪までは中々出向けない夫の代わりに、シルクの優しさと赤い色の明るさ、力強さが、義姉を応援してくれるんじゃないかと思っています。
2015.02.09
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作ったというか、解いたというか。。。元は道行という、着物の上に着るコートですが、袖を外して、袖付け部分の裏地を表地にまつって付けただけのもの。その袖を解いて2枚を横にして上下につなぎ、袖口を作ったボレロ。背側はこんな風。ミシンを遣えないわたしは、全部チクチク手縫いです。元の道行も、もちろん和服ですから、手縫いなのですけど、解いてみて改めて縫い目の繊細さに目を見張りました。それに引き比べ、わたしの縫い目の何と大胆で大きく目立つこと、目立つこと。このところ辛いことが続いている義理の姉に、シルクの優しい肌触りと可愛い色、柄をプレゼントしたくて作ったのですが、わたしが縫ったのはほんの少しだけとはいえ、余計なことをしたおかげで、随分と不細工になってしまいました。しつけのかかった未使用の品でしたから、あのまま贈ったほうが喜んでもらえたかもと、今更ながら後悔しています。解いて、縫って(ホンのちょこっと)、洗ってアイロンをかけて。。。たったこれだけのことに1週間もかかった不器用なわたしです。で、それが、ご無沙汰の訳。いいえ、言い訳です。
2015.02.08
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