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2008年06月23日
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カテゴリ: エッセイ集
所謂「 シャッター通り商店街

いまや日本の各地で、郊外型の大型店舗が攻勢をかけ、既存の商店街を衰退に追い込んでいると指摘されています。その時代背景のなかで、高齢者がクルマを運転しなくても、日常の買い物や通院が無理なくできるような、中心市街地の活性化、コンパクトシティの整備が、求められています。

この問題は、古くは1988年の、大店法(大規模小売店舗法)改正論議にさかのぼります(施行は2000年)。大店法は、もともと百貨店・量販店といった大規模店舗の出店を調整することにより、地域小売業者の事業機会を保護しようとするものでした。が、実際は既存商店街による、大規模店舗への立地反対など、既得権保護に使われる面が大きく、大規模流通業界や米国の猛反対を受け、結局、廃止に追い込まれました。

大店法改正論議が盛んなりし頃、「大規模店舗が進出すると、既存商店街が寂れる」という議論がありましたが、私には、その理屈が理解できませんでした。私の生まれ育った柏という街は、大規模百貨店がワンサカ進出していますが、地元の商店街もよく踏ん張って、共存共栄の関係を築いていたからです。

ですが柏の周囲を見渡すと、大規模店舗の進出により、既存の商店街が衰退した例が、星の数ほどあります。その多くは、昔から先祖代々続く商店街で、店主が時代の変化に合わせて業態や品揃えを変えようともせず、「昔は、うちの店でたくさん買ってくれたのに、今はスーパーとやらに行って、見向きもしない。恩知らずめ!」と、客にガンを飛ばすような店が多かったのです。

消費者の立場からすれば、お客様にガンを飛ばすような商店街は、つぶれて当然。この資本主義社会のなかで、存在価値がないことを、自ら主張しているようなものです。衰退するのは自業自得。

ですが、その街に暮らす住民にとってみれば、地元の商店街は、街の共有財産のようなものです。地元の商店街が元気であれば、徒歩圏で生活に必要なものを揃えられるし、外来者にも活気のある街だと好感を持たれるので、自宅の資産価値も守りやすい。逆に、それが衰退してしまったら、不便になるばかりか、街の印象が悪くなるし、シャッターに落書きでもされたら、治安の問題さえ出てくる。

つまり、街が生命を保ち続けるためには、地元の商店街を、地域住民に支持されるような状態に、常に保っておく必要があるのです。地元の根強い支持を受ければ、商店街も利益が出るので、末永く、商売を続けることができます。



日本の多くの既存商店街では、商店主が地権者であるケースがほとんどです。地権者は、商売が儲からなくなっても、その地に居座り続けたがる。ビジネスをやりたい人に、軒を貸すことも嫌えば、再開発の話には、徹頭徹尾、反対する・・・という傾向が強い。その結果、既存の商店街は、いつまでも旧態依然とした、寂れたままの姿をさらすことになる。これでは、誰のためにもなりません。

突き詰めて考えれば、いまの日本では「地権」が強すぎることに、根本的な問題があるのでは・・・日本では往々にして、土地を占有する権利が、土地を利用する権利と同一の意味になってしまう。土地を占有する者(例えば商店街の店主)が、その土地を利用する上で一番最適な者とは限らないのに、彼らは地権にしがみついて、排他的な土地利用権を持ってしまう。その結果、いつまで経っても、街の新陳代謝が図られない・・・これが、日本各地にシャッター通りを生み出す温床になっているのではないかと思います。

これが英米社会であれば、ずいぶん事情が違ってきます。かの国では、地権にこだわる発想がなく、多くの商店主が、「ビジネスの価値を上げて、高く売り払う」ことを目的にしていますから、小規模商店の新陳代謝は非常に盛んです。その結果、その地で商売を営む上で最適な人が経営することになるので、効率も概して高い。

もっとも日本では、全く文化風土が違うので、英米モデルの導入は難しいでしょう。日本は稲作農耕を基盤にした社会。自分が占有を認められた土地で、一所懸命、丹精こめて作物を育てる、それを何千年も営んできた社会です。また奈良時代に制定された墾田永年私財法以来、この国の政治権力は、排他的な土地所有権を人々に保障することを前提に、成り立ってきました。

土地所有という概念が、日本人の頭から抜け難いのであれば、せめて、所有権を利用権と分けて考えて、最適な土地利用者が所有者に最大の利益をもたらす、というビジネスモデルを考えてはどうだろうか?たとえば、商店街が、意欲ある新規参入者に「軒貸し」して、地代または配当を得るというモデルとか・・・見ず知らずの者に軒貸しするのが不安だと言うのなら、自治体が間を取り持つのも良いでしょうし、「もし、オーナーが商売の再開を希望するなら、2年前通告で返還する」みたいな契約を結んでも良いでしょう。

あるいは、ガバナンスの面に着目して、「商店街の会頭は、60歳になったら定年する」という規約を作ってもいいかもしれません。商店街の脳みそとエネルギーを、常に若返った状態にすることを、この条項で担保できるからです。

そういった工夫によって、地元の商店街が「最適な利用者」によって経営されるようになれば、今よりもっと活性化するでしょうし、街も生き返ってきます。個性ある商店が競い合うようになれば、大規模店舗の進出なんて怖くない。

なお、上に書いた工夫は、商店街だけでなく、郊外住宅地の分譲にも適用できると思います。この場合は地権者が農家になるわけですが、地権者が土地を細切れに切り売りするのではなく、一番、利益をもたらす者(例.優秀なディベロッパー)に開発を一任して、大きな配当収入を得る、というモデルです。こうすれば街並みもきれいになり、土地の価値も上がるし、地主さんは儲かるし、良いことづくめだと思いますよ。

一人でも多くの日本人が地権の呪縛から解放されることを。そして、我が東葛地域から、寂れた商店街と、統一性のない分譲住宅地が根絶される日が来ることを、夢見ています。





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最終更新日  2008年06月23日 23時52分42秒 コメント(8) | コメントを書く
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