2011.02.06
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テーマ: マンドリン(261)
カテゴリ: カテゴリ未分類
楽曲の編曲にあわせたステージ構成には工夫が必要である。

短調にありがちな情緒的で物悲しいメロディばかりでは聞き手も弾き手も飽きるので、緩急・短長を織り交ぜて配置したいところだ。

ところで、ロシア人の音楽的志向があるにせよ、日本人の好みに合わせ、短調のものが多く持ち込まれたことは事実である。
一方ではソ連時代の音楽的統制の中で、明るすぎる印象を与える歌は発禁となったので短調の楽曲が多かったのだとも聞く。
ロシア民謡は、シベリア抑留から解放された帰国者によって日本に多く持ち込まれた。そのため戦時中の流行歌が多く、内容的にも物悲しいものが多かったことも特徴である。

近代以降、日本とロシアとの政治的関係はあまり良好とはいえなかった。

しかし、明治の中期頃から次々と日本に入ってきたロシア民謡は、その美しいメロディーのおかげで日本国内にしっかり根付き、戦後しばらくして、ロシア民謡は日本国内で非常に大きなブームとなった。
男声コーラスのダークダックスなどが積極的に取り上げたことが大きいが、飲食店の一形態である「歌声喫茶」が、その普及に大きな役割を果たしたと言われている。


終戦後、米軍による占領期を経て、日米安全保障条約の改正や各種の労働問題を抱えた時代であり、国民の多くは政治的な関心を強く持っていた。
そのような背景の中で、労働運動や学生運動などの高まりとともに、人々の連帯感を生む歌声喫茶の人気は高まった。
まだテレビが普及する前でもあり、店内は毎日のように若者であふれ、最盛期には全国で100軒を超える店があったという。
集団就職で地方からやってきて、寂しい生活を送っていた青年たちが多い中、そういう場で仲間と歌を一緒に歌うことは、単なる政治的運動という側面のみならず、連帯感を共有するという大きな役割を果たしてきたと思うのである。

歌声喫茶は、「個人で歌う」現代のカラオケとは違い、店の看板的存在であるリーダーが取り仕切って、店内の客が「一緒に歌う」場所だ。
さとう宗幸や上条恒彦は、歌声喫茶のリーダー出身だとされている。
伴奏はピアノやアコーディオン、ギターのほか、大きな店では生バンドも入っており、ロシア民謡を中心に歌われたらしい。

本稿では政治的イデオロギーを解説するつもりはないが、ロシア民謡の流行は、歌声喫茶の客層をターゲットにしたソ連当局の国策に乗ってしまったと言えなくもないだろう。
また、一方で、安保問題で反米感情の大きかった時代、ベールに包まれた東側諸国や社会主義・共産主義への憧れもあったと考えられる。

その後、歌声喫茶のブームは、学生運動の退潮に連動して急速に衰退し、やがてはほとんどの店が閉店した。
ソ連経済が思うようにならず、国家そのものの欠陥が露呈されてくるに従い、社会主義幻想が衰退していく中で、ロシア民謡の流行の最盛期も去っていった。


我々は、イデオロギーの面を気にするあまりに、いたずらに敬遠するのではなく、その美しいメロディーや寒冷の地に住む市井の人々の暮らしを描いた音楽的至宝として、風化させることなく末永く大事に歌い継がれていくべきであると強く思う。

ロシア民謡は、マンドリン合奏においても、昔は盛んに演奏されたという記録が残っているが、近年はほとんど演奏されていないようだ。
今回、敢えて、ロシア民謡の持つ歴史的な背景をしっかり認識した上で、マンドリンの音色を生かした新しい編曲を試みることにより、当楽団の定期演奏会でしっかりと取り上げたいと思っている。





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Last updated  2011.02.06 17:32:12


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