精神障害と日々の生活

精神障害と日々の生活

2005.01.29
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お母さんの死からもう2週間が過ぎた。

今週の頭から仕事にも行っている。
仕事場には母の影がないから、まるでそんなことなかったかのように自分でも振舞える。
変わらないよ、前と。自分でも不思議なくらい。

夜と休みの日がつらい。
お母さんがいない、という現実をどうしても感じるから。

今日は土曜日でしょ。目がさめた瞬間泣き出した。
お母さんがいない休日はきついの。
彼氏と別れて実家に戻ってきてこの2ヶ月はいつも母親と散歩がてら遠くのスーパーに歩いていったり、ドライブしてお茶のんだりしてたの。いろんな事を話してたの。


とってもさびしい。
お母さんがいなくて、彼氏がいなくて、兄弟がいなくて。
(年末倒れた時から別れた彼氏がずっとずっと支えてくれました。)
心に穴が空いたような感じ。
なにをしても心からは特に楽しくなくて。
かわいい服を見ても、お母さんに見せてほめてもらいたくて、それができなきゃ意味がないような。空虚な感じ。

子供みたいだね、私。。。


でもやっと一つ見つかったの。
お母さんの死によってなにか私が得る(学べる)ものがあるとしたら。。。って話ね。

私、人の痛みがわかる人間にやっとなれた気がする。
こんなことが起きなくちゃわからなかったのかしら。。

たとえば、誰かが何かで苦しんでるときでも、その苦しみに共感してあげると言うよりは、どうやったらプラスに考えて幸せになれるかっていうことを考えてアドバイスじみたことを言ったりしてたのね。
そういうのも必要なときはあると思うけど、そうじゃなくてその苦しみや悲しみをわかってあげようとしてただ黙ってそうだよね、つらいよねって、そうしてあげることも大切なのよね。それでいいんだよって。
人の気持ちは簡単じゃないから。
その上で(←これが大事)これからどうしたら・・・みたいなことを考えてあげられるといいかもね。
今まで「痛み」の部分は無視していたのよね。。。


そうした矢先のできごとだったな。

私、ずっと「私ってちょっと冷たい?」って思ってたんだ。人の痛みを無視してるのが分かってたんだよね。
でも、やっと無視しない人になれたようなきがする。
やっと本当の意味で、人の痛みが分かる人になれた気がする。
大袈裟かもしれないけど、でも私にとってもは大袈裟じゃなくて、やっと「人」になれた気がする。
「痛み」もあってそれでいいのだ、と。それが「人」なのじゃないかな。

事実、このお母さんの死から私が学べるものは沢山あるし、そうしたら精神的に成長もするのだろう。
しかし、そんな話を苦しんでる人にすぐにするのは酷なことじゃないのかな。
もちろん、そう言ってくれる人が私を苦しめようとしてるんじゃないことは分かってるし、むしろ元気をだしてほしくて本気で言ってるのは分かる。
悲しみや苦しみや、そういう痛みを十分感じて出して、そのあと光が見えてくるのではないかな。

こういう気持ちが分かるようになったの。

無理なプラス思考は傷つけるだけだろうなって。
私にとっては人として在るということにとって、とても大切な気づき。

悲しい出来事を嘆くのはあたりまえのこと。
それは、本当に成長のためだけに起こるの?
それでは、味気ないじゃない。すぐにこれは成長のためだなんて思えない。
じゃあ、私のその人に対する愛情はどうやって表現するの?
悲しむことでしかもう表現できない。


あまりに落ち込みが激しいと、支えてくれようとしてる人も嫌になるのでは、と閉じこもりがち。
まあ、いいんだ。
長期戦は覚悟なのだ。
だってこんなに早くお母さんが死んだんだもの。
新しいことを始めても、”ああ、これはお母さんにもう見てもらえないし、聞いてもらえないんだな”って思う。
それでお母さんの知らない新しいことや物が増える分、お母さんと遠く離れてしまうような気分。
ずっと、お母さんがいるときのままでいたい。

今ね、ほぼ毎日、お父さんと「お母さんを偲ぶ会」(勝手に命名)をやってるの。
古いアルバムを見ながら。
私が生まれる前のお母さんやお父さんを見たりして、お母さんやお父さんにも人生があったことを知ったよ(あたりまえだけど)。
私が小さい頃のアルバムも。
両親に愛されてスクスク育ったことがわかったよ。


まだね、思い出すのは病院での最後のお母さんの姿なの。
意識がなくなって、たくさんの管につながれたお母さん。
家に戻ってきた穏やかな顔とか。
今にも起きそうなのに、冷たくてピクリとも動かないお母さん。
本当に死んでいるのか何度も確認した。
白い服を着て、旅立つ準備をしたお母さん。
火葬する前のお母さんとか。
死因の肺梗塞をネットでちょっと調べたら、同じ症状がお母さんに出ていた。足がかぶれて痒くて薬を塗っていたこと。

私が最後に元気なお母さんに会ったのは、1月10日、面会に行ったとき。
帰るとき、病室から「バイバイ」と言って左手を振っていたお母さんの顔を見たとき、嫌な予感がしたの。
”これが最後になるかも”って。
もちろんそんなのはあたってほしくなかったし、気のせいだろうと思ってその後は忘れてた。
こんなことってあるのか。。。

あの顔も忘れない。

まだ嘘みたい。
これ、現実なのかな?現実なんだよね。


私は一人っ子なんだけど、これほど兄弟がほしいと思ったことはない。






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Last updated  2005.01.30 00:14:03
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もん@ Re:罪悪感 まったくそのとおりです。あたしは、あた…
まのん02 @ Re[1]:1年を振り返ります(12/31) 元気会さん メッセージありがとうござ…
元気会@ Re:1年を振り返ります(12/31) 俺も1月に母が癌で亡くなりました。病院…
ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 http://himitsu.…
まのん02 @ Re[3]:罪悪感(10/08) 帆ノ佳さん、2ヶ月ぶりの話、すごいですね…

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