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久しぶりに、こちらを覗いてみたら・・・いろいろな新機能が増えておりました。長年利用しているお料理のサイトCookpadが、レシピの埋め込み機能を追加してBlogと連動出来るそうなので、トライしてみようと思ったのですが、アメーバともう一箇所のみのBlogだけしか使えない機能だったようです。ついでに近況報告でも・・・取立て変わったこともなく、Munchkin2,3号の週2,3回ペース(レクレーションレベルのスケート)も仕事の都合で相変わらず旦那に丸投げ。。。Munchkin1号はもう少しで大学3年生が終わってしまいますが、週末は毎週判子で押したように帰省して、ちびっ子たちをお教室で教えるコーチ業をしつつ、ショーなどでごくたま~~~にすべるので、週に2,3日の練習を続けているようです。しかし、練習時間の低下は、即スケート力の低下とつながるのは、素人の私が見ていてもすぐに分かりますね~(苦笑)それでもこの夏、Collegiateの大会がこの夏にあるので、それにエントリーしてみようかと検討中です。大学の3年生になるとバイオを専攻したM-1はラボでの授業が増え、せっかく大学に立派なリンクがあるのに、そこで滑れる日もほとんど無くなってしまった様です。なので、もしCollegiateに出ることになったら、かなり滑り込みと体を絞らなくてはなりません。エントリーはその結果を見てぎりぎりに・・・ということになりそうです。もう一つ・・・近況と言うか、私個人の話ですが、スケートつながりなので書いておきます。先月クラブのお偉いさんからオファーがあって、クラブのボードメンバーになりました。正直いやだったのですが、10年以上娘たち3人がお世話になるクラブなので、少しお返しをするべき・・・年貢の納め時かなぁ~なんて思いまして、引き受けることにしました。実際これまでも、クラブのイベントには一家総出で毎回手伝っているので、それに月に1回のボードミーティングが追加されるだけみたいな感じだから是非・・・と進められたのですが、古いスケートママに聞いたら、いろいろと裏側ではポリティカルで大変だとの事・・・やっぱり失敗だったかな~でももう手遅れです。(笑)以上、突然の近況報告でした。
April 16, 2012
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アメリカの東北地方(New England)ボストンにホームを持つNHLチーム。Boston Bruinsがシーズンファイナルを飾るスタンレーカップでバンクバーのチームを破って優勝しました。チームが出来てから、6度目のスタンレーカップですが、前回が1972年のこと、39年ぶりのお祝いです。MLBとNBAの次に好きなスポーツですが、今シーズン中はあまり調子がよくなかったので、殆どFollowしていませんでした。なので、プレイオフが始まったら、初戦で負けて今シーズンもおしまいになるのかな~と、全く期待をしていませんでした。しかも最後の第七戦目は、Away(敵地)での4-0の勝利。ありえないと思っていました。今日からニューイングランドはお祝いモードで盛り上がる模様です。 スタンレーカップの巨大なカップを見ると、私がつい妄想してしまうことがあるのですが、ずっと以前にCMで見たことのある、巨大なJello。あのカップで固めた緑色のゼリーが、どうしても脳裏を掠めるのでした。(笑)
June 16, 2011
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今日職場で、遠くの空がどす黒くなっていたので、ちょっと不安になりテレビをつけたら、Breaking Newsになっておりました。最初はただのサンダーストームが近づいているのかと思ったら・・・なんと竜巻。つい2,3日前似エントリーを出したばかりだったから2度びっくりです。http://www.abc6.com/Global/story.asp?S=14818051 SPRINGFIELD, MAで今現在分かっているだけで4人の死亡者が出る被害となっております。ニュースでは、横転したトラックや壊れた建物(ふるいレンガ造りのビル)の映像が出ていて、行方不明者も出ているのでその捜索中とのことでした。我が家のあるLittle Rhodyは、今朝9時過ぎにも一度サンダーストームがきて、雹が降りましたが、夕方の竜巻はサンダーストーム様のLightningと雨が少々降った程度で殆ど影響がありませんでした。 ニュースでは、スタンレーカップ一色になるところだったのですが、アップデートがあったら随時、試合の合間にも情報をお届けします。とキャスターも言っておりました。天変地異はつづく・・・のかもしれませんね。亡くなった方のご冥福を祈りたいと思います。
June 2, 2011
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先日アメリカのミューズリー州で起きた巨大竜巻・・・今年も世界各地で天変地異が続くのかもしれない・・・そんな不安をかかえる今日この頃。竜巻で吹き飛ばされた民家の様子は、津波の爪あとの写真と似ていたりします。アメリカで竜巻といえば、内陸での自然災害である事がほとんどなので、この辺りではあまり聞いたことがありません。あってもあまり大きな物は来ない・・・と思っていたのですが、職場では念のためにと訓示がきました。万が一のための避難する方法。内陸の民家には、竜巻から身を守る地下シェルターがあるようですが、この辺りの地下室は耐竜巻?とはとうぜんなっておりませんし、職場のアパート(クライアント達の住居)には地下室がありません。そんな場合の避難場所は、ともかく1階に集合して、全員をバスタブの中に退避させるということでした。一番重みのあってしっかりとファンデーションに取り付けられているバスタブなら、竜巻の時にも飛ばされにくいのでは・・・という事のようです。がしかし・・・2階建てのアパートに15人のクライアントとスタッフが常時4,5人いますが、車椅子利用者のために、1階のお風呂にはバスタブが存在しません。ディレクターにそれを指摘したら、それでもお風呂場のシャワー室が他よりも飛ばされにくいはずだから、全員その中に退避するようにとの事でした。たまたま今朝のローカルニュースを見ていたら・・・http://www.islandnet.com/~see/weather/almanac/arc2003/alm03jun.htm1953年6月9日に、大きな竜巻がWorcester, Massachusetts(ウォースター、マサチューセッツ州)に大きな被害をもたらしたとのこと。この辺りでは珍しいので、突然の竜巻襲来にかなりの混乱があったようです。Worcester, Massachusettsといえば、ここから車で1時間ぐらいのところ・・・なので、ここLittle Rhodyには竜巻が絶対に来ないとは言えないようです。備えあれば憂いなし・・・我が家はとりあえず、地下室に退避できるように・・・非常用バッグには、しっかりとパスポートまで入れて避難時にすぐに持ち出せるようにしたなくては・・・←先日日本人の友人宅で、ちゃんとこれを実行に移した友人がいました。私もやらなくっちゃ。
May 29, 2011
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私も活動中にいろいろお世話になった、Cannus現地コーディネーターのNさんからのレポートがMLで届きました。読みながら、一瞬古いメールがまぎれてきたのかも・・・と思って、読み直しました。でもこれは紛れもなく今現在の実情。いろいろな方が言われているように、かなり地域による差があるんですね。*********************** <黄金浜地区、K様宅訪問>湊中と渡波小の中間にある地域3日程前、湊中にやってこられた方湊市場を何度か利用して、ご自分たちだけでなく近隣住民さんにも物資を配っていたとのこと自宅1階の天井近くまで浸水、親戚一同集まって掃除中1階サッシはほぼ全箇所破損しており、ブルーシート等で目張り60歳前後のご夫婦に、社会人の息子さんと娘さんの4人暮らし4台の車を所有していたが、すべて津波で流される中古車を1台調達して4人でどうにか使い回してい状態5月21日頃まで自宅近くでの自衛隊による物資やお弁当の配給がなされていたが、今はともにない市の臨時職員が数日に一度、4人分の食料として500mlのペットボトル4本とおにぎり4個、魚肉ソーセージ4本入を1パックだけを置いていく次にいつどれだけの食料がくるかは不明ライフラインは復旧しつつあるが、電気式温水器は使えず、IHも使用不可被災していない地域に住んでいる親戚が手料理持参で支援中・・・・以下略 ***********************援助物資や支援が大分整ってきているような錯覚をしていた私・・・やっぱり平和ボケしている。がんばれ石巻!がんばれCannus!がんばれ!! コーディネーターのNさん。
May 29, 2011
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http://www.asahi.com/national/update/0528/TKY201105280328.html新聞各紙で報道された様です。色鮮やかな大漁旗が綺麗に写っています。
May 28, 2011
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先日の日記で書いた、北海道の漁師さんたちのご好意で集まった旗は、120本。その受け渡し日が決まったそうです。 5月28日(土) 9時15分ごろ着予定 キャンナスが湊中にある120本の旗を 石巻中学校(湊中が借りている)の職員室へ運び入れ 2時間目(9時45分~) 中学2年生が校庭で旗を広げます★・・・★・・・★・・・★・・・★・・・★・・・★・・・★・・・★この大漁旗は今後、半被となって、伝統行事へと・・・色とりどりの大漁旗が校庭で広げられる様子を想像して、ちょっとわくわくしています。旗から作られる半被というのも、作り方をみたいところです。
May 26, 2011
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活動を終えてから、ボランティアで今後参加予定の方や、久しぶりにあった友人、知人からよく聞かれたのが、現地での自己衛生管理について・・・でした。 石巻公民館での活動の間、近くに自衛隊のお風呂もあったし、Cannusの支援者が現地まで運んでくれたキャンピングカーもあって、その中でシャワーを浴びれるよう手はずを整えてくれたのですが、結局使わずじまいでした。お水が使えるとは思っていなかったので、それ相応の準備をしていきました。持参したのは以下の通り。Huggies wipe(アメリカトップブランドの赤ちゃんのお尻ふき)Men's wipe(茅ケ崎のヨーカドーにある100均で調達)Dry Shampoo(アメリカのスーパーでみつけたもの2種類)Doves ディオドランドスプレーライナー歯ブラシと歯磨き粉 季節的に汗はあまりかかないだろうと思っていて、私の場合一番心配したのが、オイリーで毎日シャンプーが欠かせない髪の毛でした。そのために、Dry Shampooは一度アメリカで試して、使い心地を確認しました。使ってみて確認できたのは、Dry Shampooはシャンプーではない・・・ということでした。(笑)現地でも2日おきに使ったのですが、ある夜一緒に仕事をしていたCannusスタッフに「あ、あたま、真っ白ですよ!?」と驚かれてしまいました。Dry Shampooに含まれるパウダー成分のせいらしいのですが、きっとそのときの私は日本昔話に出てくるようなヤマンバの双子みたいになっていたのだと思います。慌ててBaby wipeで髪の根元をマッサージするようにしてふき取り、何とか元に戻しましたが、終わりの8日目ごろには、自分の感覚だと殆ど針金と化した私の髪の毛でした。それでもオイリーにならず、とりあえず一まとめに出来て、鏡で見ても不潔な印象はなかったので、それなりに効果があったのだと思います。活動記録を終えた夜中12時過ぎに、メンズ用ワイプで顔をふき(清涼感があって、すっきりしました)Baby wipeで体の清拭をして、Dovesのデオドランドスプレーを全身にたっぷりとふりかけて着替え。ちなみに下着は3日に一度のペースで替えました。←ドン引きしないで…でもこれもパンティーライナーのおかげです。万が一、寝ている間に余震が来たら・・・と思い、最初からパジャマは持参せず、少しゆったりしたスウェットパンツと寝る時だけに着た長袖シャツ1枚(中ほどで一度洗濯ができました)で、いざと言う時に備えて、靴下は履いたまま寝ておりました。自衛隊風呂は、被災者の皆さんだけの物だと思っていたのですが、現地に入っているボランティアの皆さんのためでもあるそうです。お風呂の介助で手伝いに入ったキャンナススタッフに聞いた話しだと、お風呂のあとに自由に取れる飲み物やお菓子が置いてあるコーナーがあるそうで・・・湯上りに冷たいカルピス(ボトル)を80歳を過ぎたおじいちゃんが所望されて、かわいいなぁ~なんて思ったりしたそうです。おっと、話しが横道にそれましたが・・・結局・・・*人間8日ぐらいお風呂に入れなくても全然へーき!どうにかなるもんです。*訳・・・私は8日ぐらいお風呂に入らなくてもへーきな女です。
May 26, 2011
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あるキャンナスボランティアのレポートより。部分的に転載させて頂いております。 避難所になっている石巻湊中は、GW後石巻中学校のワンフロアを借りて授業再開となりましたが、現校舎は8月一杯で避難所が閉鎖された後、廃校となる予定です。廃校が決まった湊中ですが、湊中独自の伝統行事であるソーラン節を児童に躍らせてあげたいという教頭先生の熱い想いから今回のプロジェクトは始まります。約6週間ほど、気仙沼市と石巻市で活動されたキャンナスボランティアのTさんが、15日(日)の夕方、湊中を引き上げる間際にスタッフのHさんより「教頭先生が学校の伝統行事に使う大漁旗を欲しておられますので、何とか用意して差し上げたい」と聞き、「実家に帰ったらネット使って探してみるね」と軽く請合ったそうです。Tさんは震災まで千葉県の九十九里沿岸に住んでおられたので、当時の人脈を辿ることも考えたそうですが、津波で被災した飯岡漁港エリアでしたので諦め、そこで「困ったときのMさん(札幌代表)」を思い出し、翌日即連絡をとり大漁旗調達を依頼。その連絡を受けたMさんは、お父様が漁師さんをしている以前の職場の同僚を思い出し、手短に湊中で卒業の子供たちを大漁旗で送っている伝統行事があること、学校が廃校になること、たくさんの旗を集めたい教頭先生の思いがあることを伝えたそうです。しかし、依頼しながらも自分がどんなに大漁旗の事を知らなかったかも気づかれたとのこと・・・というのは、たくさんの思いを込めて作った愛情深い船。進水の際に作る高価な大漁旗は漁師さんの分身と言っても過言はありません。お正月など家族の大事な行事に飾り、昔は運動会にも旗を拡げ飾り、子供達にエールを送ったりもしたそうです。しかも昨今の不景気で大漁旗の作り手がいなくなっているそうで、返却してくれるなら・・・手伝いたいという声は沢山集まったようです。Mさんは、そんな大切な物とお気持ちをお預かりしてお借りする前に、もう一度湊中の教頭先生に、大漁旗をどのように使うのかと聞いて見られたそうです。大漁旗で半被を作り、子供たちがソーランを踊る。旗を振ることに使うより、子供の背中に旗が舞う「金八先生の最終回のイメージですあの姿です」教頭先生が一生懸命 ドラマの半被のお話をしてくれたそうです。それでも、Mさんのお父様の友人が所有されている3メートルの大きな大漁旗の寄贈を申し出てくれて、申し訳ないと思っていたら、「子供たちが元気になるなら・・」と友人のお父様が会社の仲間に、その方々が漁師仲間に声を繋いでくださいました。「すみません、大事な旗を半被にしても良い方がおられたら、頂きたい」と再度連絡をしたところ、様似町にも廃校になった中学があり、「自分の旗もどうぞ・・」「古くなったものだけど」と・・・旗を届けにきた方がどんどん集まり、夕方にあっという間に70枚を超え、夜までには100枚が集まったそうです。******以下Mさんより寄せられたML原文をそのまま転載*****北海道の海の仲間が繋がって、静内の海から襟裳岬の海へと広がりました。行動力と繋ぐ力に 私自身が元気を頂き、胸がドキドキしました。「人ってすごい!」 繋がりの強さと優しさに何度も何度もお礼を言って お陰さまであったかい夜を過ごしました。今日、届いた段ボールが金庫に見えるかもしれません。先生と生徒さんの輝く笑顔が楽しみです。夏の空に日差しを浴びながら勇壮に舞う大漁旗の100人のまぶしい法被の生徒さん。 石巻の8月の川開きはどんな光景なんだろうと思いを寄せながら、これから届く段ボールがとても楽しみです。どんな人もどんな事も決して1人ではなく、1人からはじまりながら種が飛んでいく事を身体で感じました。避難生活の時間が長くなってきて心にサポートが必要な方々が避難所には多くいらっしゃいます。心の専門家だけでは、残念ながら足りません必要なのは安定剤などの玉や粉の薬だけじゃなく、温かいきもちの人が、手が、あなたの傍にもいる事を感じてもらうことを伝えたい人の薬。今回、小さい声を発した方、聞き届けてつなげたHさん他、石巻活動で地域を思うキャンナスの皆さま、素晴らしい大役を頂き、心から感謝いたします。***********湊中の伝統行事・・・廃校というなんとも悲しい響きの言葉を吹き飛ばして欲しい。私は見に行けないけど、キャンナススタッフの方に写真ファイルのシェアをお願いしたいなぁ。お近くの方、またはこのイベント開催の時にお近くで活動されるボランティアの皆さんでこれを読まれた方がおられましたら、足を運んでいただけると嬉しいです。
May 23, 2011
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。避難所になっている石巻中央公民館で、4月の末のある日、小さなカフェがOpenしました。 Cafe けっぱれ けっぱれ・・・とは、この地方の方言で、がんばれ 石巻市で50年以上喫茶店を営んできた、87歳のMさんが、このCafe けっぱれの店主。 お店は今回の津波で、修復不可能とのこと。 サイフォンで淹れてくれたコーヒーは、ただで被災者やボランティアの皆さんに振舞われました。 このサイフォン2つは、石巻中央公民館の職員(同じように被災された方)が大阪の友人に頼んで、宅急便で取り寄せたもの。 お水は富士山麓のおいしいお水が非難援助物資の中にあったので、それを使って、豆は京都のコーヒー豆店から寄贈されたものだそうです。 20歳の頃、コーヒーにはまっていた私も、サイフォンを持っておりました。 というか、実家に戻って今回置いてある荷物を探したら、ちゃんと壊れずに残っていました。 アルコールランプが見つからなかったけど・・・ Mさんがサイフォンでコーヒーを淹れるコツを教えてくれて、私は結構ぐるぐるとかき回していたから、余分な苦味が出ていたことがわかりました。 傍らで満面の笑みでご主人の手捌きを見守っていた奥様が、カップに注いでくれました。 このコーヒーの味、一生忘れません。 絶品でした。 一緒に仕事をしていたキャンナスのHさんと、ほ~~~~~っと一息。 マスターのMさんと隣同士のマットで避難生活を送っている男性も、一緒にコーヒーを飲みながら「いやぁ~、マスターが若い頃は、おっかなくってね~。気に入らない客がいたら追い出したりしてたんだ~」と昔話を始めたりして・・・その被災者の男性も、ラーメン屋さんを津波で全壊のため失くしてしまいました。 Cafe けっぱれのマスターと奥様に、「ラーメン、そろそろ復活さして食べさしてもらわなきゃぁ~・・・」とやり返されて、なんとも和やかなひと時をご一緒させていただきました。 地元ならではの絆・・・これがこの先の復興のひとつの鍵になっているのかもしれません。
May 20, 2011
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アロマセラピーなるものが、ある事は知っていましたが、全然身近なものではないというか、殆ど無縁なものでした。 今回の活動中に、茨城からセラピストが合流してくれて、避難所でも大好評でした。 ホンワカとした雰囲気の彼女は、合流してすぐにキャンナスにブレンド。 口数の多い女性ではなく、癒し系のキャラとでもいうのでしょうか。 本名も素敵なアロマセラピストにぴったりのファーストネームがあったのですが、アロマちゃんとお呼びしておりました。 彼女の施術をちょっとだけ見ていたのですが、良い香りのオイルと水晶やガラスのツールを使ってポイント指圧を施し、香りの良いオイルを使って手をマッサージ。 そこへゆっくりと話しかけ。 周りには良い香りが充満して、それだけでも疲れがたまっていた私の体に染み入るようにリラックスできました。 指先の爪の付け根にストレスや悲しみがたまっていて、そこをマッサージしてストレスを開放・・・。 施行中に、涙が止まらなくなる人もいましたが、終わったらとってもすっきり。 奥様を亡くされたSさんも、このセラピーを受けて、とっても良かった~、欝から抜け出れたと思いますとまでコメントされていたそうです。 翌朝、ラジオ体操で皆さんの様子を見て回った時、アロマを受けた人の手はキラリと受けてない人とは違っていました。 アロマって・・・奥がふかぁ~い。 私もやってもらいたかったなぁ~。 今度一時帰国したら、茨城までアロマちゃんに会いに行きたい!って思っています。
May 18, 2011
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「日本は強い国、あなたは、一人ではない」いろいろ、テレビ画面で、声を掛けて頂き、有り難うございます私たち、被災地に住む者には、激励の言葉も、遠吠えにしか聞こえないのです 心には、響きません、身近に、何も感じないのです 住む所もなく、人が死んでいく中、毎日、生きる事に精一杯です。今日は、何月何日さえ、判らなくなるほど、頭の中は、真っ白です。対岸から、声を掛けてくれるのではなく、直接、手を取って、助けて欲しいのです 3食の食事が、欲しいのですテレビ新聞報道ではなく、現実を見、生きていく、私たちの姿を見て助けて欲しいのです。 復興まで、何年掛かるか、判りません、ずっと先の光、希望より今、足元の石ころに、つまずかない様に、手を差し伸べて欲しいのです。そして、寄り添って下さい。 私たちには、「今」しかないのです。 ○ 岩手県釜石市 高橋洋子さんの叫び声です 新日鐵の街と言われた、釜石市の人口は、3万9000人震災で亡くなった人 1350人4500人の方々が、家を失いました。********************キャンナスパワーのスタッフからMLで送られてきたものです。心にズキンとしみました。と同時に、キャンナスが今継続しようとしていることは、現地でのニーズに添っている事、キャンナスが当初から決めていてた長いスパンで寄り添う活動がやっぱり求められているんだと、再認識しました。
May 18, 2011
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短い間でしたが、130人近くの人々が避難生活を送っている避難所でいろいろな出会いがありました。被災者でありながら、公民館の職員でもある皆さん。 被災した自宅の片づけをしながら、4~5日交代で当直をして、避難している被災者の皆さんを支える毎日。 キャンナスのボランティアが入るまで、発熱した人やショック状態で錯乱状態になっていた人を別室で一晩様子を見たり、医療のプロではない館の職員の皆さんの眠れない日々。 その当初にキャンナスが入って不安な夜から開放された日の事を、どれだけほっとしたかと、つい昨日のことのように話されていました。 被害の少なかったところへ引っ越したり、親戚の家を頼っていったり、避難生活を送る人達は、少しずつ減ってきてはいましたが、館の職員の皆さんは自分自身も被災者でありながら、そんな選択肢はまるでないかのように、毎日不満も言わずに仕事をしていました。 ボランティアで入っている私たちにも、いろいろと心遣いをいただいて、本当に助かりました。 現地には沢山のボランティアが入っていてヒーロー扱いされる事も多々ありますが、本当のヒーロー達は地元のこんな人達ではないかと思います。 活動中にロイヤルウエディングがあって、避難所でもその話題がちらほら… 避難生活を送る若い女の子に、「中継見るの?」と聞いたら、 「見たくない!その1週間ちょうど前が自分の結婚式のはずだったんだよね。友達にもロイヤルウエディングと1週間違いだから・・・って話してたんだ~」とさらっと言っていました。 婚約者も同じように被災されて、半壊した家の片づけを手伝いに来てくれるそうで、時々避難所にも彼女の様子を見に来てくれていました。 その彼女は、もう一人の介護師の資格を持つ同じ年ぐらいの女の子と一緒に、お風呂で少し介護が必要な高齢者を男女4,5人ずつ連れて、自衛隊が造ったお風呂に手伝いに行っていました。 男風呂には、外部からボランティアの男性が2人手伝ってくれるそうで・・・ その前日から希望者を募ったり、徒歩だと難しい人のために車の手配をしたり、その一部をキャンナスでもサポートしましたが、このお風呂の介助は二人が自主的に始めた事。 一緒にお風呂の中に入って介助をし、汗だくになっても、彼女達はお風呂に入らず(時間も足りないのだそうで)別の日に行くそうで、それでもお風呂からの帰りには、みんないい顔になって、すごくいろいろ話してくれるようになる…やっぱお風呂はすごい!と話してくれました。 彼女達に明るい未来、幸せな新婚生活が早く訪れてくれる事を祈らずにはいられませんでした。 ある日何気ない階段での立ち話から、涙が止まらなくなった若い女性。 目の前で津波に車ごと飲まれていった3人の子供達と、別の場所で津波でご主人を亡くし、四十九日の合同法要に行く前日でした。 若いキャンナスのスタッフが、彼女が落ち着くまでずっと話を聞いていました。 その日を境に、声をかけたらいろいろと話をしてくれるようになりました。 翌日の法要は合同で人が多く、会場には人が入りきれなかった事。 遺品を捜しに行って、ベビーカーのフッドだけが何とか持って帰って来れた事。 以前は看護師として6,7年仕事をしていたそうで、4歳の末っ子が生まれたのを機に看護師をやめたこと。 キャンナスの情報誌に目を通しつつ、「看護師の仕事に、こんなにブランクがある私にでも戻れるかなぁ」と・・・ その後カウンセリングのプロ達とも話す機会があった彼女。 この石巻だけでなく、東日本全体でこの先医療従事者は不足してしまうはず・・・ 落ち着いたら、是非復職することを前向きに考えて欲しい。 毎日朝早くに出かけ、夜に一人でポツリと座り、冷めた食事を食べている男性。 津波で流された奥様と叔父の奥さんを毎日探しに行かれているのですが、出かける前には、外で汚れた長靴を洗う消毒水を入れ替えて、玄関周りのお掃除を毎日されていました。 50年続けた老舗のカフェ・・・何もかも無くしてしまったご夫妻が、無料で始めたカフェ。 被災者の皆さんを励まし、ボランティアや館の職員の皆さんへのお礼の気持ちを込めて淹れています。と話してくれました。 今では避難所内だけでなく、外からも絶品のサイフォンコーヒーを求めて訪問者が来るようになったと聞いています。 80歳のお兄さんの面倒を見ておられるのは、73歳の弟さん。 親戚の製麺所と一緒に経営していたラーメン屋さんはともに廃業となってしまいました。 毎日お兄さんが楽しみにしていた水戸黄門を見せてあげたいけど、ここでは無理。 なので、出来るだけ早く二人で暮らせる仮設住宅に引っ越せたら…と考えておられるようでした。 遠くに住むご子息から、一緒に暮らそうといわれたけど、やっぱり長年住み慣れた石巻に居たいから…と、半壊した家を毎日片付けに行かれるご主人。奥様は避難所でいろいろな手続きの連絡や、お洗濯と援助をしてくれた親戚の皆さんへの対応に追われていました。 学校の再開がようやくめどのついた子供達、思いも寄らぬ震災で長い長い春休みはずっと避難所での生活。 それでも水泳教室やサッカー教室が再開になって、避難所から通い始めてお友達も時々避難所に遊びに来てくれていました。 私が8日間で出会った一部の現地の皆さんの横顔・・・でした。
May 17, 2011
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滞在中に、他の避難所も回って現状把握に努めているキャンナスのコーディネーターやドライバーの皆さんから、石巻の復興は遅れを取ってしまっているとの話を聞きました。その理由は、津波の被害が甚大だった事と、それによって、道がしばらく寸断されていた事が大きな原因だと言われていました。私がローラー作戦で歩いたエリアは、この先おそらく人はもう住めないのではないかと・・・それくらい冠水や地盤沈下が酷く、自衛隊が重機を入れて瓦礫を撤去していましたが、その重機がアスファルトに大き陥没した穴を開けてしまうこともあったようです。一見なんともなっていないアスファルトですが、その下の地面との間には、大きな隙間が出来てしまったようです。ご両親と一緒に片づけに来ていた高校生ぐらいの女の子に軍手やマスクを渡して話しかけたら、まだ学校再開のめどが立っていないから、片付けを手伝っていると、言葉少なめに話してくれました。庭ではお母さんらしき女性が、家族の大切なものや思い出の品を、自衛隊の給水車から運んきた水を容器にため、手洗いしていました。1階部分は天井近くまで津波で泥水が入って、大方の物を失っても、まだそこを片付けて住めるようにしようとされる、被災者の方もいらっしゃいます。電気は通るようになった家もあったようですが、海水でダメージのあった電気回路は危険なので、総入れ替えをするように言われていると教えてくれた被災者の方もおられました。もし国や行政が、この地域を危険区域で居住地には出来ないと判断したら、その努力は大半が無駄に終わってしまうわけで・・・滞在した8日間に国の調査団体がキャンナスステーションに調査にこられたりもしましたが、(一体何をやってんだ!)と心の中で叫びつつ、もっと早く動いて、現地に大切な情報をどんどん流して早急に対処してください!とお願いしました。出くわした警視庁の4人組が、携帯している無線すら上手く使えないほど、見るからに明らかな臨時職員だったのも、余計に不安にさせられ、この震災の甚大なる被害を思い知らされたりもしました。湊中学の近くに、津波に耐えた歩道橋があって、そのそばに神社の鳥居と小高い岩山がありました。この岩山が、裏側にある建物を少し守ってくれたのかな~と思いつつ、無事だった鳥居に向かって、道の反対側から拍手を打って、復興の祈りをささげました。
May 17, 2011
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同じ石巻市内の別の避難所の周りで、半壊した家を直して住んでいる被災者達の状況を確認するローラー作戦に借り出され、3時間ほど歩いて一軒ずつ訪ねて回りました。もう一人のボランティアと二人一組で、手渡せる援助物資品を担いで、ローカルの細かい地図を広げて・・・行ったところは、湊中学の周り。地盤沈下と冠水が酷く、満潮時には道が通れなくなるところも・・・途中で拾ったぼうっきれを手に、水溜りを通る際には、大きな穴がないかを確認しながら歩くところもありました。このエリアは、まだ流されて破損したままの車が置き去りにされている事が多く、車の上につぶれた車が乗っかったままのところも・・・。地図上に家がないところに、家があったりもしました。自衛隊の尽力もあって、冠水が続く道は砂利を入れて車が通れるようになっておりました。途中で警視庁の装備服で回る4人組に出くわしました。彼らはまだ、ご遺体の捜索をしているチームでした。知らなかったのですが、自衛隊でもご遺体を発見したら、それを触って瓦礫から出す事は出来ず、警視庁の到着を待たなくてはならないそうで・・・これだけの大震災の中、多くの方が短い間に尊い命を亡くされ、今でも安否の確認を待っている方が沢山いらっしゃいます。もし私が・・・身内の誰かをこの状況で見つけたら、一刻でも早くに瓦礫から出してきれいにして弔ってあげたい…、一国でも早く待っているご家族に知らせてあげたい・・・警視庁の到着なんか待てないと思ったりもしました。それでも特例は許されず、ご遺体を発見したら触らずに、警視庁の到着を待たなくてはならなのだそうです。30軒ほどの家を回って、作業をしている人に合えたのは5軒だけでしたが、半壊した家の2階に使えるものを取りに来ている方が殆ど、多くの家は住む事を諦め、連絡先の番号を壁や玄関先に残されて去られた方が大半でした。玄関に辿り着くために、壊れた家から畳や板で足場を作っているところが多かったのですが、釘や破損した瓦礫が多くて、中央公民館で怪我をして詰め所に駆け込んできた人達のことを思い出しました。きっと怪我をされた皆さんもこんな中で作業をされていたんだと・・・一軒だけ、ゴールデンウィーク中に片付けの手伝いに沢山のボランティアが入るので、一軒家の2階で寝泊りできるようにと、1階のヘドロとホコリを取り除くお掃除をしている団体にもめぐり合えました。キャンナスで青空市をしている時間帯など、お互いの情報交換が少し出来ました。自転車で颯爽と通り過ぎる若い高校生ぐらいの子供達を見かけて、マスクをしていなかったら、引き止めてマスクを手渡したり、作業中の皆さんには手袋を置いてきたり・・・情報と援助物資から寸断されてしまっている人達が沢山このエリアにおられます。もっともっと回りたかったのですが、時間切れで、中学へと戻りました。
May 16, 2011
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私の滞在中に、一度もワンっと鳴くこともなく、そばに行くといつも震えていてとても不安そうだったワンコ柴犬のとしこちゃん。みんなから、としちゃんとか、としこちゃんと呼ばれていました。被災してお店が半壊してしまった、お米屋さんの看板ワンコだそうです。 全然鳴かないものだから、最初の3日ぐらいは、キャンナス詰め所の外側につながれている事さえ気付きませんでした。パンをちょっとあげようと試みたのですが、ちょっと匂いを嗅いだだけで、横を向かれてしまいました。えさのお皿を見たら、避難所で回っている食事と同じものが少しずついろいろ・・・でも食欲が全然ないみたいでした。声をかけて、2,3日かけて接近する距離を少しずつ近づけて・・・4日目にやっとなぜさせてもらえました。犬は、手を差し伸べられたら舐めてくれるのが普通だと思っていたのですが、とし子ちゃんは悲しそうに目を伏せて、全然舐めてくれませんでした。つれて帰りたかった。。。
May 15, 2011
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キャンナスボランティアで来られた歯科衛生士お二人と、活動が終了する直前で少ししかご一緒できませんでしたが、いろいろと勉強させていただきました。震災後、口腔ケアのプロは、すぐに必要とされていた職種の一つでした。 保管された支援物資から、入れ歯洗浄用のタブレットがあって、必要な方を聞いて回り渡しておいたのですが、2,3日たってもそのタブレットは枕元に置かれたまま、一向に減りません。 う~~ん。。。お守りになってしまっている。(苦悩) なくなるのが不安なのか?もったいないのかも・・・と思い 「足りなくなったら、また援助物資から持ってきますから、使ってくださいね。」と声をかけて回ったのですが・・・ふと気付くと・・・そのタブレットで入れ歯を洗浄漬け置きするときに必要な容器がない! 何もかも津波で流されるということは、日常に使っていたもの全てを失ってしまうという事。 ちょっと考えたら分かる事なのですが、最初はそんな事すら気がつかなかった浅はかな私。←気付いて自分に跳び膝蹴りをみまっときました。 でも問題は、そんなマウスケアの物品だけではありませんでした。 洗面所も公民館の中にあるお手洗いについている小さいものが6,7箇所あるのですが、それを130人近くの大人数で使うので、オープンの容器に入れ歯を置いたままにするのは、場所もないし気が引けるという方も多かったようです。 かといって、50床以上の畳マットが並ぶところへ持ってくるのも、ご年配の方は、蓋のない容器だと水をこぼしたりする事も心配。 そんないくつかの理由から、結局漱ぎだけに終わったり、中には気力を失って、マウスケアは完全放置になっておられる方も・・・。 これが結構危険なんですよね。 たかが歯磨き、入れ歯洗いをしないだけ・・・なんて思われるかもしれませんが、大人数で寝起きする避難所、限られた運動量と精神的なストレス。 これが一気に重なると、衛生的に保っていない口腔から感染して、肺炎を引き起こす事もあります。 この避難所は、キャンナスが用意した嗽薬とプラスティックカップの消毒システムと手洗いが徹底していたようで、インフルエンザも蔓延することなく、発熱者も隔離などで感染を防いで来れたようですが、飛び交う粉塵による咽頭痛や風邪症状の人が増えてきていたので油断は出来ませんでした。 歯科衛生士のお二人が合流されて、真っ先にお話ししたのが、入れ歯洗浄容器の事でした。 自衛隊の援助物資、仙台の薬剤師会などに依頼する事もできたのですが、それが到着するまでに・・・とプロのお二人のプロジェクトがこちら。 ペットボトルから作る入れ歯洗浄容器。 ライターで一部を溶かし、そこからはさみを入れて綺麗にカット。 短くしてキャップもそのまま利用して濾過にも使えます。 お二人はこれを手早く大量生産してから、皆さんのニーズを聞いて回り、精力的にマウスケアのお手伝いに奔走されていました。 後日、口腔ケアについての講演も控えておられたお二人ですが、私が石巻を去ったあとだったので、残念ながら拝聴はかないませんでしたが、手作りの容器・・・このサバイバル術。しっかりと脳裏に焼き付けておきました。
May 15, 2011
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アメリカからファイバーとプロテインのしっかり取れるバーを多めに持参した私。 事前に飲料水はもう大丈夫、持参の必要はないとの情報だったので、最低限の水と緑茶のボトルを2本持っていっただけでした。 ところが、赴任先の公民館についてみたら・・・ お水だけでなく、朝食にコンビニおにぎりと山崎の菓子パンが3食分配布されて、被災者の皆さん、公民館の職員と同じハイカーボのヘビロテが最初の2日間の食事でした。 津波を一軒の差でぎりぎり逃れた坂の中腹にある公民館ですが、私が到着した時には、電気も水道も普通に使えて、上の階のトイレが排水のつまりを予防するために、ペーパーを流さないようにしていたぐらいで、かなり通常に戻りつつあったようです。 なので、持参したバーは皆さんのおやつに・・・と、先人のキャンナスたちが置いて行った「置き餌の箱」に混ぜておきました。(笑) ちょうどファイバー不足でスタッフも便秘気味の人が多かったようなので、次に来られるスタッフ達には、ファイバーとビタミン、蛋白源が取れる携帯食と、My箸とカップを出来るだけ持参してくださいと情報を流してもらいました。 写真は3日目の夕食から配布されることになったお弁当の一例です。 公民館の職員が、被災者と職員+キャンナスのスタッフの分も市に注文を出してくれて、久しぶりにたんぱく質の入った食事となりました。 それまでは、先人のキャンナススタッフが持参したインスタントのスープやお菓子やインスタントラーメンもたくさんあったので、お昼はそれを混ぜてみたりしたのですが、ともかく、ハイカーボな三食ヘビロテで、普段カーボの摂取を控えている私にしてみたら、一気に5~6倍のカーボ摂取量となりました。 シャレになりませんよね~。 被災地にボランティアとしてやって来て、肥えて帰ったら・・・(苦悩) 何しにきたんだ?って感じですよね。 それでも・・・とりあえず体力を維持することが優先し、毎日ジーンズの足と腰周りのフィット感を気にしつつ、食べ続けました。 三食ファイバープロテインバー×8日間で乗り切ろうと意気込んでいったのに・・・それなのに、それなのに・・・3日目の夕方に、久しぶりにまとまった蛋白質摂取・・・やっぱりうれしかったです。 結構動いて、三階建ての建物の階段手すりの消毒で上下に動いたりもあって、じっとしていることが少なかったから、それなりにカロリーを消費していたのかもしれません。 はいて行ったジーンズを、そのまま着て帰ることが出来ました。 被災直後に、小さいおにぎりを半分ずつ分けて食べていた被災者の方が、冗談交じりでそれがどれだけ小さかったか・・・という話をしてくれましたが、そんな風に話してくれるようになったのは、私が帰る日が間際になって・・・。 その頃は、まだキャンナスもここにつめていなかったのですが、最初に現地に入られた方達は、たくさんの食料を持参して、自己完結型のボランティアを目指されていたようです。 この公民館は、石原軍団が炊き出しに1週間来てくれたところらしいのですが、私が滞在中にも、大阪からたこ焼きと明石焼き、鉄板焼きで焼肉、三角揚げ(東北地方の厚揚げ?)の炊き出しが来てくれました。 当然キャンナスのボランティアとしては、辞退すべきところなのですが、被災者のおばちゃんたちが、キャンナスさん達の分もぉ・・・と取りに行ってくれたり、職員や炊き出しボランティアの方が、たくさん数があるから・・・と呼びにきてくださったりして、ちゃっかり仕事の合間にご馳走になりました。 炊き出しに遠くから来られたボランティアの皆さんにお礼を言いに行った際に、いろいろと情報交換も出来たのも良かったです。 5日目ごろ、診察に来られていた兵庫の医療チームのT沢先生の助言とプッシュもあって、夕食に汁物系ともう一品のおかずが炊き出し開始となり、中央公民館の1階にある調理室でボランティア(四万十塾のみなさん)と被災者の主婦代表2,3人で調理をすることになりました。 なので、被災者の皆さんの食事は、だいぶ潤って来ておりました。 やっぱり温かい汁物があると、まだ春浅い東北地方のみなさん、とてもうれしそうでした。
May 14, 2011
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Cannusの看護師やボランティアスタッフが詰めるStationになっています。ここで食事を取り、持参した寝袋とキャンナス支援物資の毛布に包まって寝ました。ここにCannusが入ったのは、4月の初旬。 2日の記録が一番古いものなので、そのころからこの3階建ての公民館にCannusが常駐するようになったみたいです。 しかし・・・警備員さんたちは、どこさいっちゃったんだか??? Anyway この写真のデスクとカウンターの周りで、看護師が集まって作りかけのマニュアルを整理したり、新しいものを作ったり、被災者の皆さんから健康相談を受けた際の記録をとったり、引継ぎをしたりするのに、最初の3日間かなりの時間を割きました。
May 14, 2011
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避難所の朝は、早いです。朝は5時半ごろに被災者の皆さんが起きて、床とお手洗いのお掃除を始めます。それが終わってラジオ体操。一台だけある洗濯機(二層式)を紙に名前を書き込み順番をとり、終わったら次の人を呼びに行く。食事は、各階のリーダーさんと2,3人のお手伝いの人が一階の調理室に取りに行く。昼間は被災した家の片付けに出かける人、病院へ行く人も多く、夕方戻ってきて5時ごろに夕食。キャンナスは、9時の消灯前に、皆さんのところを回って、何か急ぎで欲しい物はないか?具合の悪くなっている人はいないかをチェックして、それが終わったら詰め所に戻って記録。 途中でリーダー役を仰せつかったので、 キャンナス活動記録 4時から毎日あった館内ミーティングの記録 健康相談のあった人の記録 新しい入館者のアセスメント などを書いて、他のキャンナスと情報交換をしつつ、最後に本部へと携帯電話で送るText(携帯メール)←泣きそうになるくらい、これがうまくいかず、若手のナース達に助けてもらいました。 ちなみにキャンナスへと無償で提供された携帯電話は、ソフトバンクの孫社長さんからだそうで、とりあえず3ヶ月借りれるそうです。最初の3日は気がつくと、毎日0時過ぎ・・・最悪だった日は1時半なんとこともあったのですが、時差の影響も若干あって、朝5時ごろに目が覚めたりして・・・ そんなときは、こっそりと詰め所を抜けて、公民館の横の坂道を上って散歩に行ってみました。 見事な桜の木・・・こんな時にも桜の花は満開。。。やっぱり自然というやつは・・・ この大災害を起こしたのも自然だけど、少しだけでもこうして癒してくれるのも自然の一部。 石巻の人たちが、今年どれだけ桜に目を留めてくれるのだろうか…と思いながら、駆け足で坂道をおりて館に戻りました。
May 14, 2011
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キャンナスのボランティアスタッフ、キャンナスパワーは国が派遣を承認している団体ではないので、基本的に医療行為は出来ないことになっています。 それでも石巻中央公民館には、看護師たちの詰め所があるので、家の片づけ中に怪我をした人達が詰め所に駆け込んできたら、応急処置をして日赤や石巻市立病院へ搬送をしたり、熱が出た人を診察に回ってくる医療チームへつないだりということは何度かありました。 医療行為の線引きとして、血圧測定やバイタルチェックは、送った先でどうしても問診されるので、その際に全く知りませんとも言えず、学校にある保険の先生的な感じで、皆さんのサポートをしてきました。 にわかボランティアの私には、キャンナスがとっているスタンスと、被災者の皆さんのニーズのハザマで、これでいいのかなぁと不安になったりもしたのですが、震災から一ヶ月以上が経って、皆さんの状態も落ち着きを取り戻しつつあった時だったので、緊迫した中での仕事はありませんでした。 閉鎖されていた石巻市内の病院も、津波の影響がないところにある病院、または移設して仮診療所などで診察を始めるところが増えていました。 なので、緊急の際は臨機応変に対応して、基本はその病院への橋渡しが自分達の仕事であることがわかってから、ずいぶんと気持ちが楽になりました。 私の滞在中は、日赤の医師のほかに、兵庫県から派遣された医療チームが来て皆さんの寝床を一つ一つ回って、診てくれていたのですが、行った翌日にはこの2チームの他に、理学療法士のチームも一緒に入っていて、50人以上が寝起きをしている2階の大広間は大混乱しておりました。 結局、最初の3日で、キャンナスが各医療チームそれぞれが別々に作るカルテと処方を一括して把握するコーディネーターのような役割をする形で、ようやくニーズの把握にこぎ着けた感じでしたが、それでも内服薬の重複などもちらほらみつかったりもしました。 国に承認されている日赤のチームとの連携などはうまくとれず、どうしてこんなに混沌とするような派遣を国が決めたのか・・・?と不満に思ったりもしました。 避難所では日赤と兵庫のチーム間の連携も皆無だったように思います。 ただ、幸いだったことに、兵庫の医療チームに被災者の皆さんからも慕われていたT沢先生とそのチームのスタッフは、キャンナスとよく話しをて、いつも詰め所によって情報交換をしてくださるようにまでなりました。 このT沢先生については、また後日・・・どこかで このほかに、衛生管理としてトイレと湯沸し室となっている小さいキッチンを回って、消毒液の作り変えと嗽コップ洗浄と入れ替え、ドアの要り口付近にある消毒すプレイ、マットへの散布、みんなが手で触れるドアノブ、会談手すりを一階から三階までだだだだぁー上って、降りてきてと拭いたりするのも、私達の仕事でした。 先人のキャンナススタッフが廃材のダンボールやペットボトルで作った小さいギャジェットが何種類かありました。 そのクリエイティブさには、単純にすごい!これは覚えておこう!またこんな機会が出来たら(もちろんこんな災害は2度と起きないことを祈りますが)いつか私も同じように出来るようにと、しっかり構造を見ておきました。 一緒に仕事をしたスタッフは、デジカメで構造を写していった人も・・・。 2日ほどペーパータオルの物資が切れてしまったので、Myタオルの使用を何度も何度も声かけをして、タオルを取り替えていた館の人にお願いして、置きタオルを廃止してもらったり・・・ あと、滞在3日目ごろからしきりにニュースにもなっていたそうですが、肺炎を起こす人が急増しているとのことで、マスク着用励行。 アスベストが肺がんになることなどをお話して、マスクなしで出かけようとする人に援助物資から手渡したりなどもしたのですが、意外にこれが浸透するのに時間がかかったように思います。
May 14, 2011
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19日にこちらを発ち、神奈川の茅ケ崎にある義母宅にひとまず身をよせ、前日は一度藤沢にある本部オフィスに挨拶をかねて、援助物資で用意したものを届け、出発前に、百均で必要物品を買い揃えたりしました。出発当日・・・出かける前に、しばし入れなくなるであろうお風呂に入り、集合時間の30分ほど前に到着するように大きな荷物を抱えて電車でオフィスへ。Cannus号はボランティアスタッフと一緒に、本部に集まってきた援助物資も陸送するので、その荷物の積み込みが最初の仕事でした。殆どの皆さんが集合時間前に集まっていたので、結構な人数がいたのですが、荷物の運び出しに小一時間ほど・・・それでしっかりと汗をかいてしまいました。その汗の乾く間もなく、キャンナス号と書かれた札を掲げたマイクロバスに13人、夜の10時過ぎに北へと目指して出発しました。途中何度かサービスエリアへ寄ったのですが、停まっていた殆どの車が災害支援の札をつけた車でした。目的地に着くまで極力眠ろうとしたのですが、若干緊張していたのと時差ボケで4時頃には目が覚めて眠れなくなりました。被災地に近くなると、高速道路なのに、凹凸が結構あって、激震地に近づいているのが分かりました。振動が首と腰に堪えましたが、いよいよ現地到着となり、テレビで見ていた惨状を実際に目の当たりにし、画面からは伝わってこなかった強烈な匂いに気付いてからは、マイクロバスに乗っていた全員が眠れなくなっていました。瓦礫の山、道路を整備して車の交通整理をする自衛隊の姿を見た石巻の下町を通り過ぎ、上り坂の中腹で下ろされたのは、なんと私一人。写真は私が活動する事になった石巻市にある石巻中央公民館。ここでは約130人の被災者が避難されていました。この一つ下に建っている小学校が、指定された避難所だったのですが、そこまで津波が来て浸水してしまい、皆さんずぶ濡れで公民館まで避難してこられた経緯があったようです。早速前任者からオリエンテーションを受け、活動開始。一応、看護師として登録してこの活動に入ったのですが、NGOでも日本政府が承認していない団体なので、医療行為は一切出来ない事になっています。なので仕事は、避難所での生活改善のお手伝いと、衛生状態の保持が主な仕事です。先人のキャンナススタッフが、お手洗いのスリッパと内履きを使い分けるようにして、嗽水とそれに使うカップの消毒システムを廃品を利用してセットアップしてありました。午前中に3つの災害派遣医療チーム Disaster Medical Assistance Teamの往診があり、避難所の中は大混乱。どうやって対応したらいいのか分からないままあっという間にお昼過ぎになりました。 つづく。
May 14, 2011
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震災から早くも2ヶ月が過ぎ、時間の経過の早さに、唖然とする今日この頃。実は4月19日から5月の10日まで、日本に単身で一時帰国をしておりました。今回の一時帰国の目的は・・・両家の実家の様子を見に・・・特に膝の手術をしてリハビリ中の母。それから、まだ会ったことのない弟のお嫁ちゃんに、姪っ子と甥っ子。母が術後からお世話になっている従姉妹のお姉ちゃんにも会いたいし・・・。それプラス・・・被災地への支援活動。被災地では、時間の経過と復興への状況が比例していると良いのですが、現状は場所によって差がついている状況が続いているようです。支援活動から実家の宮崎で1週間ほど、両親とのんびりと過ごしてきたのですが、アメリカに戻ってきても、魂が吸い取られたみたいで、ワタクシ・・・なんだか、いけてまへん。時差ぼけもかなり酷い感じで、とりあえず仕事はこなしていますけど、ダメですね。もうすぐ朝の4時ですが、がっつりとぼけてワイドウェイクです。宮崎で平和ボケしながら、私に何が出来るか・・・継続は何をしたらいいのか・・・と考えて来ました。一人ではとても何も出来ず、本当に無力です。いまひとつ出来る事は、私が一緒に参加したある団体からの災害支援の事を、少しでも多くの方に知ってもらいたい、知らせるべきだと思い、これまでMixiのみで公開してきた日記を持っているBlog2箇所に転載、もしくは補足したものを公開することにしました。今も被災地の方々だけでなく、多くの方に影響が出ている今回の震災。そのごく一部の現状ですが、お時間がある方は是非読んでください。*****Cannusをご存知ですか?*****今回、私が災害ボランティアスタッフとして参加したのはCannusという、訪問看護のグループが発足させたキャンナスパワーからでした。 詳細はこちら↓ http://www.nurse.gr.jp/bora.html http://blog.goo.ne.jp/cannus/ きっかけは、Mixiで見つけたコミュ「災害支援ナース」そのトピで、Cannusが災害支援ナースを募集している事を知り、14年もブランクがあるのに、そのときは後先考えずに応募ののメールを出しました。3月の末のことでした。その前に、2,3箇所、看護協会が募集していた災害支援ナースにもメールを出してみたのですが、お返事がいただけず、ただ時間が過ぎるだけ・・・つけっぱなしにしていたCNNから、余震におびえて「怖いよ~」と泣き叫ぶ女の子を高齢のおじいさんがふらつく足取りで抱きとめようとしている映像を見ながら、このまま私には何も出来ないのかも・・・ソファーから立ち上がり、テレビの前を意味もなくクマのように右往左往・・・そんな矢先でした。Cannusのコーディネーターの方からの返事は、12時間ほどでいただけました。それから、大急ぎで帰国の準備、飛行機を手配して、上司に休暇の申請、仕事の調整をして、19日にこちらを出発し、22日に藤沢にあるCannus本部で他のボランティアの皆さんと合流しました。つづく。
May 14, 2011
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ちょっと風邪気味で体調がいまいちだったので、休暇を取って体を休めるのもかねて、スケートショーに来ています。今年はクラブのシアターチームが2チーム。最初と最後を締めることになっています。Munchkinsも1~3号まで・・・それぞれに好きな曲で・・・というかMunchkin2号だけは、私のリクエストで今年もポーラエクスプレスのサントラからHot Chocolate(振り付けBy Munchkin1号)で滑ります。曲選びに苦労して、気に入ったのがなかなか見つからなかったMunchkin3号。結局クリスマスとは全然関係の無い Adam Lambertのアップビートな曲ですべることにしました。アメリカンアイドルのテレビを殆ど見たことが無い私ですが、彼のことは印象に残っていてデビューから確か2曲目の大ヒット曲が特にお気に入りです。今日はメイクもドレスも黒づくめ。後ほど写真をアップします。
December 4, 2010
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昨日、何気にチャンネルを変えてローカルのテレビを見たら、ニューイングランドで公演ツアー中のニューヨークロケッツのショーをやっていました。伝統のキックラインが有名なこのダンスチームは、ダンサーの身長が170CM前後でその幅があまりなく、タップダンスとクラシックバレエの経験者のみという厳しい条件が最初にクリアーされないとオーディションも受けることが出来ないとか・・・別の日に練習の風景などドキュメンタリーであったのですが、なかなか厳しい先生の下、日々練習をされているそうで、それがあの見事なキックラインを生み出しているのだなぁ~と・・・つらつらと、そんなことを思いながら見ていたら、舞台にはロケッツのダンサーの他に、スケートのペアーが・・・どうやって氷を舞台に設置したのか・・・?以前話題になった合成樹脂で出来るスケートリンクなのか・・・テレビでは確認できませんでしたが、そんなことより・・・ペアの女の子・・・どこかで見たことがある。。。と思ったら、元ジュニアワールドチャンピオンで日本の安藤選手とティーンの頃競い合っていた、アンパトリース・マクダノゥでした。3,4年前に、ニューヨークのプロスケートのショーで、ディレクターの仕事を始めた・・・という噂は聞いていたのですが、ご本人もまだショーに出ていたんですね。いやぁ~なつかし~い。それにしてもロケッツのダンサー達の御足の美しいこと・・・ぜひともこのステージを生で観てみたいもの・・・Providenceでも公演があったようですが、しかしこのチケット・・・一人100ドル・・・とても手が出ません。でもテレビででも一部垣間見れてラッキーでした。
November 28, 2010
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Munchkin2,3号のレッスンがある月曜日で、仕事を入れていない日は、私が引率してリンクにきています。この季節になると、ホリデーショーの準備でみんながクリスマスの曲を使って練習し始めて、またそんな季節になったんだなぁ~と、ブリーチャーで凍えながら見学中です。一応、人種の坩堝のアメリカ、多種多様の宗教に応じて、クリスマスショートは言わずにHolidayと銘打っているのですが、大方のスケーターはクリスマス曲を使っています。他の曲を使うスケーターはユダヤ教徒か、クリスマス曲に変えて練習する時間が無かったか・・・うちのMunchkinsは、とりあえず仏教徒なんですけど、そこは日本人なので、クリスマス曲を使っております。今年はなぜかMunchkin2号が、別のショーに招待されてすべることになっていて、いつもは曲をかぶせるだけ・・・普通のコンペ用プロにクリスマス曲をかぶせて衣装を適当にそれっぽくって感じなのですが、せっかく招待されたのだから、Munchkin1号に振り付けをしてもらって、気合を入れたショー用のプログラムを作ることにしました。ホームクラブのショーと招待のショーが一日違いであるようです。でもふと気がつけば、11月も今日で半分が終わってしまいました。M-1が大学から戻ってくる金曜日まで振り付けも出来ないし、ショーは来月の初めなので、あまり時間がないんだなぁ~・・・とちょっとあせってきたところです。
November 16, 2010
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結果をM-1のCell phoneでチェックして、村上選手の優勝を確認しました。これでアベック優勝になりましたね。おめでとうございます。日本にもう一人、氷上のヒロインが増えたんですね。きっと日本でも盛り上がっているところではないかと・・・笑顔とスケート中の豊かな表情ががいいですね。佐藤有香選手の自然な笑顔が大好きだったのですが、それを彷彿とさせてくれます。ショートも録画を放送してくれたのですが、村上選手の笑顔に観客席のみんなもつられてニコニコと微笑んで観ているのがよく分かりました。フリーはせっかくライブのテレビ放送があったのに、見れなくて残念。でもしっかり旦那が録画をセットしてくれていたので、これから見たいと思います。ところで、男子のフリーも放送があったのですが、織田選手・・・またやっちゃったんですね。「ザヤック」NBCの解説のスコット・ハミルトン氏が終盤のコンボに成功した瞬間に、“このジャンプにはクレジットがもらえないはず・・・Anyway//とコメントされていました。おそらく解説席の手元には、プログラムのプランが書かれた紙があるのだと思いますが、織田選手が過去にこのザヤックで何度も失敗した話しを、前の前のオリンピック予選(全日本)でのエピソードまで持ち出してきて、解説されておりました。疲れてくる終盤に、あれだけジャンプを追加できる選手というのを、織田選手以外に私は知りません。事に今の採点システムになってからというもの、皆無といってもいいくらいです。も~こうなったら、織田選手・・・ザヤックを避けるためにコーチとサインを決めて、リンクサイドでGoかDon't Goサインを出してもらうとか・・・検討した方が良いかもしれませんね。
November 15, 2010
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放置しっぱなしでしたが、気がつくとスケアメの女子フリーがライブ放送されております。どうしたんだNBC去年は全然放送無かったのに・・・ほぼクリーンでレイチェル Done!せっかくのライブなのに、これからM-1を寮に送るので家を出ます。もぉ~がっくし。日本の村上選手の健闘を祈ります。あ、2勝目おめでと~>大輔。
November 15, 2010
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M-1がスケーターとして最後になった今年のRegional・・・無事に終了しました。大学の寮に戻って練習量が減ったり、ルームメイトとのトラブルがあったりして、大会の直前までばたばたしていたので、不安を抱えたままコンペ入りとなって心配していたのですが、意外にもショートとロングの両方で大崩れすることなく終わらせることが出来ました。去年は調子も万全で挑んだのですが、ショートでぼろぼろになってしまったりして・・・全く、このスポーツって、長年Skater's Momをしてきたけど、本当に先が読めないというか何がおきるか分かりませんでした。今年は、シングルアクセルもいらない小さい頃から一緒にコンピートしてきたスケーター達が何人かエントリーしていて、17人のシニアスケーターがショートもロングも誰一人スクラッチせずにコンペを終了しました。これってすごく珍しいことが起きたことになります。シニアのエントリーは、時には半数がショート前にスクラッチすることも珍しくはありませんからねぇ~。小さい頃から知っているスケーター達は、この10年の間のベストの頃も怪我で休んでいた頃も知っているので、こうしてRegionalに揃って演技を見せてくれて、いろいろ思い出して感慨一入。不調な選手もいましたが、さすがベテランという演技を見せてくれて、大きな拍手をブリーチャーから送りました。いつもホームクラブのコンペにも来てくれるSkaterの一人とは特に仲良くなったのですが、終わってから“来年の大学選手権に一緒に行こうよ~”なんて誘われたりして、M-1も少しその気になったようです。コンペのショートの日は、コーチの誕生日だった頃もあって、日本食レストランでHibachiと呼ばれる鉄板焼きでお祝いをして、お店の人に頼んでデザートにキャンドルをつけてもらったりして・・・今回は車も一台でコーチが同行したのですが、すごく楽しい2日間だったと言われました。いろいろな意味で複雑で続けることが難しいこのスポーツですが、伊藤みどりちゃんをテレビで見からずっと、私はこのスポーツがやっぱり好きなんだなぁ~と、この二日間に再認識した次第です。ここのフィギュアスケート日記はあまり更新しなくなりましたが、これからシーズン入り・・・またぼちぼちとマイペースで書いていきたいと思います。
October 14, 2010
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Regionalシニア女子は17人今年は意外に誰も棄権せずエントリーしたスケーターが全員ショートを滑り終えました。ショートを終えて、フリープログラムの滑走順を決めるくじ引きに参加。普通のクラブコンペティションでは、このくじ引きは主催者側で済ませることが殆どなので、自分でくじを引くチャンスは殆どありません。滑走グループはショートの結果で分けられるので、グループごとに袋の中に入ったボタンをひくみたいです。記念に一枚撮ってきました。(笑)この後食事をして8時40分から公式練習。公式練習ではプログラムの曲を順番に1度だけかけてくれます。2グループに分けての練習だったのですが、どちらも参加したのは3にんづつ。公式練習をパスしたスケーターの方が多かったようで、和やかな公式練習となりました。
October 12, 2010
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土曜日の夜は、ファミリーシアター(といってもさほど大きくもないフラットTVとソファーのあるファミリールームなんですけどね。)で映画のDVDを見る日になっています。もともとは夏休みの間だけ土曜日にやっていた我が家の低予算エンタメなのですが、いつの間にか土曜日の恒例になってしまいました。娘達はホラー系が大好きですが、私はラブコメやPG13でお子ちゃま向けだけど大人でも十分楽しめるような映画を好んでリクエストしています。旦那が候補の映画を2,3選んで、それから多数決で決めるようになっているのですが、実際には私の鶴の一声!多数決は無意味なただの儀式になっていたりして・・・(笑)今日はコメディーでTina FeyとSteve Carellの「Date Night」映画も架橋に入り、娘達とゲタゲタと笑いながら観ていたところに電話のベルが・・・・我が家の電話は、Call IDやエリアを音声で知らせる機能がついています。で・・・今回の電話は「Call Form out of area・・・」と機械の声が繰り返しておりました。大方エリア外の電話は日本の実家のどちらからかです。今回は旦那の実家・・・お義母さまからでした。旦那は映画の途中で中座・・・いつも長くなるので、もうこりゃ戻ってこないと思っていたら、予想通り、映画のクライマックスをほぼ見逃してしまいました。DVDだから、別にいつだって見れるからいいんですけどね。全くもってThanks to Netflixです。(笑)して、お義母様の用件ですが・・・特に用事も無く、旦那の卒業した高校の大先輩(といっても面識もない方ですが)ノーベル化学賞を受賞されたそうで、お義母様いわく「あなたは今何をやっているの?」とのぶっちゃけ いやみを言うための電話だったようです。Tina Feyが映画の中でボートをひっくり返し頭上に掲げ逃げ惑うシーンがあるのですが、その中で叫んでいた台詞が私にはドンぴしゃり(爆)エニウェイ。。。ノーベル化学賞受賞・・・おめでとうございました。>根岸英一氏
October 10, 2010
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毎週金曜日の午後に、大学の寮から戻るMunchkin1は洗濯物を地下に放り込んだら、すぐにホームクラブのリンクへ行きます。金曜日には、市営がなくなった代わりに開かれるようになった、ちびっ子達のスケート教室があるので、そのインストラクターとして仕事をしています。ちびっ子達はかわいいけど、滑っているよりも氷の上で転がっている時間の方が長いビギナーのちびっ子達を教えるのは、結構大変だそうで、寒いリンクの上で腰を曲げている時間も多くなり腰痛が再発しそうだと本人はこぼしております。それでも時給36ドルのお仕事なので、ちょっとしたお小遣いになるので、M-1にとっては貴重な収入源です。今日は、プライマリーコーチとして教えているスケーターではないのですが、他のコーチからの依頼で振り付けを頼まれたそうで、後半30分で振り付けを教えることに。夏休みにカルメンのプログラムでPre-Juvの2分程度のプログラムを作ったのですが、曲を聞かせてもらって3分でこさえた割りにこのプログラムが好評で、先日のホームクラブのProvidence Openでそのスケーターが結構いい成績だったこともあり、口コミで振り付けの仕事が転がってきたみたいです。コーチに成り立てだし、レイトも安いからお買い得ではあるんですけどね。(笑)それにしても・・・M-1の最初のプライマリーコーチ、Marcia(今のM-3のコーチなんですけど)彼女が振り付けをしたプログラムを覚えるのに1ヶ月ぐらいかかったり、1週お休みがあったら半分振り付けを忘れてしまったりしていたのに、そのM-1があの頃と同じ歳ぐらいのスケーターの振り付けをするようになるなんて・・・こんな日が来るなんて想像したこともないし、なんだか笑ってしまいます。これも月日のなせる業・・・なのかもしれませんね。
October 9, 2010
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来年か再来年あたりを目標に、日本への単身一時帰国をするために、有給を温存してきた私。今年の初めから一日も有給を使わず、豚フルにも負けず、風邪一つひかなかったので、同僚の病欠を拾って仕事をし、一月に休みがたったの1,2日だったこともありました。同僚からはここに住んでるんじゃないの?なんていやみを言われるほど(笑)9月に入ってから、同僚の移動や新しいスタッフの雇用もあって、あまり病欠もなくなり・・・夏休みが終わると病欠という名前のずる休みも減って、私の仕事量もぐっと減りました。そのおかげで日曜日と月曜日はしっかりお休みがとれて、しばらく手がつかなかった家の片付けなどができたりして・・・。お給料が増えるのは嬉しいけど、やっぱり家族のことももうすこしケアしてあげないと、いけなかったんだなぁ~なんてちょっと反省しております。私の定休がしっかり取れるようになったのは良いのですが、担当するおじいちゃん二人が、私の休みの日は、妙に我侭になって他のスタッフを梃子摺らせて困っていると、上司が頭を抱えています。一応お休みの前日には、明日は私の仕事が無い日で家族と一緒に過ごすから、来れないよ。と説明して、次にあえる日を説明したりするのですが、歳のせいもあって忘れてしまうみたいです。体調を壊した時は、私に電話をかけてくれ~と泣きながら頼まれちゃって・・・声だけでも聞かせてやってくれる?と、同僚がCellフォンに電話をしてきたこともありました。なぜか私が休むと体調を崩しやすいおじいちゃんが一人います。“ちゃんとジェントルマンにしていないと、火曜日に仕事にいかないよん!”なんて、突き放すとけろっとして“おっけ~分かった。。。もう大丈夫だから~”なんて言うんですけど、担当のクライアントが少ないとこういった弊害も出てしまうみたいです。さて、こんな感じで今のエイジェンシーに移ってもう直ぐ丸3年になるのですが、今回5日連続の長い休暇をとることにしました。間に合うか微妙なところだったMunchkin1号が、もう一度今年のRegional(スケートコンペ)に出るというので、来年はカレッジエイト(大学選手権)に出るつもりにしているみたいですが、これが最後になると思うし、夏休みはどこにも行かず忙しかったので、家族旅行もかねていくことに・・・丸五日がコンペではないのですが、私の病欠がたっぷりたまっていて、もったいないから使うことにしました。なので私のバケーションはまだたっぷりそのまま残っています。今のエイジェンシーはキャリーオーバーと言って、バケーションを溜めたいだけためれたり、中間期にたまったのをお金に換えたりするシステムもあるので、とっても好評です。5連休の間、担当のお爺ちゃん2人がちょっと心配ですが、A4のノートパッドに3枚分“Do list"+“Do not list"を書いてサブスタッフが困らないように、我侭を言う時のトリックなどもこっそり残してきたし、金曜日と土曜日の夕食も作って冷蔵庫に入れておきました。思うに体調を壊す時は、お腹に来ていることが多いので、違うスタッフの作る食事か、もしくは外食に問題があるのでは・・・なんて、疑っております。日曜日と月曜日のスタッフはサブではないので、とりあえず一安心・・・問題の火曜日ですが、以前のディレクターで二人がとても信頼しているスタッフに来てもらうことになっています。これで何とか乗り切れるかな。。。
October 9, 2010
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アメリカに移り住んで、気がつけば15年近くになりますが、最初の2,3年で学んだこと・・・言わなきゃ損する!自己主張を抑えても何も得しない!これが今回も生かされた?かもしれません。Munchkin1号の寮生活で起きている問題で、今朝もM-1と電話で話しをしたのですが、やっぱりこのまま見過ごすことは出来ないと思い、とりあえず告げ口ではなく、こんなケースがある場合はどんな対処が望ましいのかを、しかるべきところに問い合わせてみました。夕べ大学のウェブサイトで検索して、HousingとStudent Livingのページに、連絡先があったので時間外は承知の上で電話をしてみました。予想通り、アナウンスのテープで選択をいくつか迫られた後、ビジネスアワーを過ぎているのでメッセージを残すようにとのこと。名前、電話番号と、生徒のIDナンバーを・・・とのことだったので、とりあえず切って、今日のお昼過ぎに電話をかけなおしてみました。対応してくれた女性のスタッフが言うには・・・このシチュエーションからあなたの娘さんを抜け出させて、その後の身の安全を完璧に保障するためには、本人がレポートをした上で、それはコンフィデンシャル扱いとなり、48時間以内に別の寮へと引越しをさせてくれるとの事でした。なんとも手馴れた感じで対応してもらったので、つい「こんなことって、よくあるのでしょうか?」と聞いたら“もちろん”と即答されてしまいました。もちろんって、あーた・・・人が一人お金も払わずに寮に住み着いているのに、寮の管理人見たいな人はいないの?って聞いてみましたが、知っていてこれを放置したら、その管理人はクビになります!とのこと・・・。う~~~ん・・・やっぱり知らないんだろうか?確かにさほど大きくもない4,5階建ての建物の中には学生がぎっしりと缶詰状態だし・・・目が行き届いているはずは無いよなぁ~(悶々)それにしても・・・迷惑をかけられている側が寮を変えて出て行く???っていうのは、ちょっと納得いきませんが、でも考えてみたら、今のルームメイトから逆恨みもされるかもしれないし、一番手っ取り早くいい方法かもしれません。金曜日に帰ってきても、スケートでちびっ子を教える以外は、どこかへ出かけるでもなく、最近始まったBioのラボのレポートや他のクラスの宿題を山のように抱えて帰り、ずっとそれに追われています。やっぱり大学生のお勉強って・・・小中学校とはちがうのね・・・なんて、大学教育を受けたことが無い私には、想像すら出来ませんが、ストレスのある寮生活でこの勉強を続けるのはやっぱり無理があるかと・・・まだM-1本人には、この件を伝えていないのですが、レポートをしてハウジングを再度アレンジしてもらうためのオフィスの番号まで教えてもらいました。今日の夜、M-1と相談してみようと思います。それにしても・・・巨大な大学には、信じられないツワモノ学生がたくさん生息しているようで、非常識と常識のスタンダードがどこにあるのか、そんなんでいいのかぁ~!!!と絶叫したい衝動に駆られてしまいました。
September 28, 2010
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金曜日の午後には、毎週帰省してくるMunchkin1号ですが、日曜日の夕食が終わった後、キャンパス内にある寮へと送り届けるのがパターンとなっております。送ったついでに寮の部屋を覗いてきたのですが・・・2人部屋でさほど狭さは気にならなかったのですが、建物が古く、小汚い感じで部屋の窓も小さく、なんだかディプレスしてしまいそうな部屋のつくりでした。どう見ても裏口にある非常階段みたいなところから3階までいくのですが、どうやったらこんな間取りを考えついたのか、ちょっと慣れるまではM-1も迷いそうになった・・・なんていうほどの古くて複雑な作りで、妙に幅の狭いドアがいくつかあったりして、微妙ににおいます。(苦悩)これで一年7000ドルほどだそうで、ファイナンスでこれを支払っているのですが、将来この汚い寮生活の費用を、自分で返済していかなくてはならないM-1のことが不憫になってしまいました。しかも今回はルームメイトにも問題が・・・ハウジングが上手くいかなかった友達をずっと泊めているそうで、M-1のクローゼットの前には箱が積んであって、それがまた整理されていなくて、一体なんなのこれは?みたいな感じ。お友達というのは女の子だからまだよかったのですが、ルームメイトがボーイフレンドを泊める・・・なんて話しはよくあるのだとか・・・でもその友達がシャワーを浴びる時にドアを開けっ放しでアラームがなったりして、結構他の生徒にも迷惑をかけているにもかかわらず、誰も寮費を払わずに寝泊りする間借り人?の存在に気づかないという、管理人はいるけどいないも同然みたいな状況になっているようです。M-1も最初に、2,3日との話しだったので了承したらしいのですが、どうも部屋を覗いた感じだと完全に住み着いているみたいだし、今日はその居候の女の子に部屋であったのですが、シャワーを浴びたあとみたいで、パジャマを着て頭にバスタオルを巻いておりました。特に恐縮した様子も無く、挨拶するわけでもなく、私がルームメイトなの?ときいても“No I'm Not"と答えるだけ・・・肝心のルームメイトには、10時近かったのにまだどこかへ出かけていたようで、結局今日も会えませんでした。寮の管理人に相談してあげようか?とM-1に言って見たのですが、ちょっとそれは怖いらしく、ルームメイトも優しくて悪い子ではないから・・・というのですが、でもどう考えてもこの状況は望ましくないかと・・・M-1も19歳だし、自分でそのあたりのことを解決できるといいのですが、どうもそういったタイプの子ではないようで、一体どうしたらいいものかと悶々としながら車の中で旦那とその話しで40分の道のりを費やしでしまいました。去年の2人のルームメイトは、二人ともとても良い子たちだったので、それなりに楽しい寮生活が送れたみたいですが、今年はだいぶ状況が変わってしまいました。こんな時に、どこへ最初に相談すればいいのか?連絡先さえも把握していない私。ちょっと迂闊だったなぁ~と反省しています。これからサイトを検索して、連絡先をとりあえず把握し、M-1と相談して状況が変わらないようだったら今月中に対処したいと思います。
September 27, 2010
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昨日は久しぶりにパエリアを作って、たっぷりとカーボを取ってしまいました。でも一家で囲むパエリア・・・週末ぐらいダイエットのことは忘れても・・・なんて、思っていたのですが、やっぱり程ほどの量でとどめるのが難しく、今朝は激しく後悔してしまいました。これからジムに行って、カーボで取ったカロリーと、蓄積されたであろう脂肪燃焼にカルディオ30分こいできます。
September 26, 2010
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相変わらずアメリカでは選挙権の無い私ですが、昨日はクライアントの付き添いで選挙に行ってきました。クライアント達は、1週間ほど前からVoteの日を楽しみにしていて、エイジェンシーの施設にスピーチに来てくれた候補者と話しをしたりして、それぞれに誰に投票するかを決めていたようです。それでも複雑な投票用紙を一人で完了させるクライアントは殆どいなくて、文字を読めないクライアントも多いのでスタッフが手伝うのですが、私が担当したクライアントは候補者の名前さえ殆ど覚えていませんでした。とりあえず、投票用紙にある候補者の名前を読みあげて、誰に投票するの?と聞いてみたら・・・“あのでっけ~男にVoteするんだ”との返事。選挙権の無い私ですが、とりあえず人気の候補者とその顔は写真やテレビで見て把握しております。それでもテレビや写真でさらっと見ただけでは、それぞれの体格までは把握しておらず(汗)クライアントの言う“あのでっけ~男”が誰に事なのかを突き止めるのに一苦労しました。投票用紙に候補者の名前の横にある矢印を線でつなぎ、ぞれぞれのカテゴリーで選べる人数が違うので、間違いが無いかを確認して、用紙を機械に投入して読み取ってもらいおしまい。選ぶ人数を間違っていたりすると、機械から用紙が戻ってきてやり直しになります。今回のプライマリー(予備選)では、全部で20人以上の候補者を選ばなくてはならず、大半の候補者を把握していなかったクライアントは、市長さん以外は名前の響きとかで選んでいたふしが・・・それでも、投票を終えて”投票して来ました”と書かれたステッカーをもらって大満足したクライアントに、“選挙につれてきてくれてありがとう”なんてお礼を言われました。しかし、こんな投票で本当にいいのか???という気持ちはぬぐえません。選挙権のある彼らの権利を尊重して手伝うのも私の仕事の一部なんですけど、これを悪用する人も中にはいるだろうなぁ~なんて、ちょっと悶々としながら帰途についたのでした。普通にすれば1分足らずで投票出来るシステムになっている選挙ですが、今回は“あのでっけ~男”に始まり、クライアントの意思を尊重することにフォーカスしていたら、30分近くかかってしまいました。本選でもまた手伝うことになるので、この先の選挙選にもっと注意を払って候補者達のことを容姿も含め…(笑)しっかり把握しておかなくては・・・と思った次第です。
September 15, 2010
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朝目が覚めたら、テレビからニュースキャスターの声が聞こえてきて、しきりに“University of Rhod Island"と繰り返すので、寝ぼけたままテレビの前にいってみたら・・・大学のある町の住民から、騒音のクレームが相次ぎ、パーティーで騒いだ学生がプロパティーを破壊して、中には警察を呼ばれて数人の逮捕者が出たケースも出ているとのニュースでした。今年は例年にない煩さだとかで、住民もかなり激怒しているとか・・・なんともみっともないというか情けないニュースを朝一に聞かされ、がっくり。M-1が今年入った寮は、キャンパス内のスポーツ施設に囲まれた内側のほうにあるビルなので、町の住民からは隔離されているから心配はしていないのですが、念のためにパーティー騒動には巻き込まれないようにと電話をしておきました。何しろ巨大な大学でハウジングが寮だけではまかなえず、近隣のアパートや一軒やを借りる学生も多く、それで生計を成り立たせている住人もいるのですが、毎年こんなクレームは後を絶たずのようです。中には巨大なキャンパスにクラスの移動でスクーターを使って駆けずり回り、睡眠時間を削って勉強する学生達もいるので、一部のパーティー三昧の学生達のせいで悪い評判を定着させられるのは気の毒です。大学のある町ではどこでもよくある9月の騒動らしいのですが、目覚めにこんなニュースを聞かされるのは勘弁して欲しいところです。
September 15, 2010
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Munchkin1号が大学の寮に戻り、昨日は私以外の家族で荷物を運んできました。でも毎週毎週戻ってくるので、たいした荷物も無く、ベッドリネンと文房具の衣類少々。あまり遠くないから幸いですけど、しっかり忘れ物もしたみたいで、仕事から帰って部屋を覗いてみたら、スタンドライトと枕などの入った箱が残っていました。毎日飲んでいるビタミン剤も忘れているし・・・相変わらずのんびりでうっかり者の長女です。新しい寮はスイートと呼ばれる大きな家に部屋がいくつか分かれていて、二人部屋で女の子だけなのだそうで、M-Dad・・・ちょっと安心。(笑)去年は二段ベッドの上だったけど、今年は普通のベッドでの寮生活が出来るようです。新しいルームメイトもローカルからの女の子だそうで、夏休み中にFacebookでコンタクトをとって準備をしてきたようです。いつかお迎えに行く時に、新しいルームメイトに会いたいし、部屋も覗いてみようと思います。
September 7, 2010
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まだ夏休みも終わっていないのですが、先日のオリエンテーションで入部申し込みの紙をもらった際に、“近所のFarmで練習するから来れたら来てね”といわれたそうで・・・で、行ってみたら、そのまま入部することになったM-2.早速練習にも参加してきたそうです。入部前に、スケートの練習とのスケジュールが調整できるか確認してからにしようね。。。と言ってあったんですけど、女の子が6人しかいなくて入部を切望されたとかで、二つ返事でおっけ~したらしいです。なんとも・・・M-2らしい話し。(苦笑)でも日本の学校のクラブ活動と比べたら、なんともぬるいというかなんというか・・・それにこのCross County・・・走る競技ですが、陸上部とは何が違うのかと思ったら。。。こんな説明をみつけました。http://en.wikipedia.org/wiki/Cross_country_running要するに、競技用に整備されたフィールドを走るわけではなく、野山を走って競技するみたいですね。なんともアメリカらしいカテゴリーです。実を言うとワタクシ、クロスカントリーはスキーを履いて雪山で競争するスポーツだと思っていたのですが・・・ともかく・・・2日目の今日も朝の7時半ごろに、練習があるからと出かけていきました。去年も2,3ヶ月中学で同じクラブ活動をしていたのですが、その際はあっという間にシーズンが終わってしまい、競技会はもちろん練習にさえ覗きに行けませんでした。せっかくフィギュアスケート以外のスポーツに参加するのだから、9月からは出来るだけサポートしてあげたいと思います。
August 27, 2010
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今年の初めから入会したフィットネスジムに、ほぼ毎日通うようになって、すっかりウォークアウトが生活の一部になっております。通い始めてから、行けなかった日・・・というのは、ホリデーでジムが早めにしまり、私のシフトと同じになってしまった日ぐらいなので、その日が何日だったかをほぼ覚えていたりします。通い始めた当初は、絶対に食事制限をしないで食べたいものを食べながら、運動で体重を減らす!というのを目標にしていたのですが、ある時点で停滞してしまい、大好きなハーゲンダッツのアイスクリームを諦めたり、ウォークアウトのメニューを変えてみたりしました。2ヶ月ほど前から、一食をハイプロティーンシェイクと入れ替えをして、またジワジワと体重が減ってきて、周りの人からも体重が減ったのが分かるほど・・・洋服を買う時もサイズダウン。すごくやせたような気がして喜んでいたのですが、ふと思い出してパウンドをキログラムへと換算してみました。私の携帯電話には、Unit conversionなる機能がついていて、単位が違うもの長さや重さ、水の量など・・・すべてを換算できるようになっています。で、入力して私の体重をKgにしてみて、がっくり。職場の同僚や、久しぶりに会った人達に“You lost weigt!"と言われて、ちょっと勘違いをしていた私・・・それにアメリカの洋服のサイズって、実に多種多様の上に、アメリカのMサイズは日本のLサイズぐらいになっているみたいだし・・・まだまだ日本人のスタンダードではおデブな私に、ショックを受けてしまいましたが、それよりもショックだったのは、以前の体重・・・恐ろしいほど重かったという事実を数値で確認してまた驚愕してしまいました。それでもやっとMunchkin1号を妊娠する前の体重まで戻すことが出来たので、もう二度と以前の体重には戻るまい!と決心した次第です。でもこのパウンド表示の体重計のおかげで、わずかな減りを励みにこれまでがんばってこれたと思います。それにしても・・・アメリカだけが、世界で統一されたUnitとは違うのは、なぜなんでしょうね?
August 24, 2010
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ジムでのウォークアウトを終えて、Munchkin1~3号までつれてパブリックスケートに来ております。今日は妙にフィギュアスケーターが多い・・・いつもはうちのMunchkinsとアダルトスケーターが2,3人だけなのですが、明日MIFのテストがあって、月曜日はクラブアイスがないので、テスト前の最後の練習に来ているスケーターでにぎわっているようです。Munchkin2,3号も、ちょっと無理をしてInt.(M-2)Juv.(M―3)のテストをぞれぞれに受けることにしたようです。実は秋から、このMoves in the fieldのテスト内容が変わってしまうために、今回従来の内容(一説には新しいテストは難しくなっているとの事)でテストを受けようというスケーターが多いようで、明日のテストセッションはものすごぉ~く長いスケジュールになっております。Skater's Momを10年以上していますが、娘達が所属するクラブがHostしたテストセッションで、これだけ長い時間のものは初めてです。午後2時から始まって、終わるのが夜の10時ごろの予定。でもあくまでもれは予定で予定は未定、未定は確定ではありませんから、実際には何時に終わるかはわかりません。M-1は教えているスケーターの引率で2時にリンクに来なくてはなりません。M-2,3は7時過ぎにリンク着で間に合うみたいです。私はいつもどおり仕事で3時から8時のシフトなのですが、M-2,3のテストセッションにぎりぎり間に合うかもしれません。でも髪の毛やウォーミングアップのシャーペロンはM-1にやってもらわなくてはなりません。M-2,3のテスト準備ですが、二人のMIFを見たところ、M-3は7割程度ReadyでM-2にいたっては5割に見たいない程度の出来です。M-2の合格は、かなり無理があると思います。Intermediateクラスになると、ジャッジはエクステンションやタイミングのずれ、エッジワークの細かいところまで厳しくチェックするようになりますからねぇ~。おまけで合格にしてあげても、次のMoves(Novice)で苦労するようになりますし、これまでInt.のMovesはひとつのターニングポイント的な見方をされていました。Int.のMovesが受かれば、残りの3つも何とかなる・・・というコーチも多いようです。テストを受けると聞いた時に、準備期間も短かったから無理だろう・・・というのが私の本音だったのですが、難しくなる新しいテストの話しを聞いて、一か八かでトライするのも悪くないかなぁ~と了承したのですが、正直なところ激しく後悔しているところです。もうこうなったら、明日は奇跡が起きることを祈るしかありません。
August 23, 2010
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前の日記のその後と・・・もうひとつこぼれ話です。24時間が経ちましたが、アカウントを間違えてどこかに行ってしまった私のお金は、いまだ返ってきておりません。もう一日待って、お金が返ってこないようだったら、ミスをしたブランチに直接交渉に行こうと思っています。このDepositの紛失騒動の際に、オンラインでチェックしたアカウントで、ひとつ別の意味不明のservice feeをみつけ、それも先日ついでに電話で確認してみました。夏休みの初めに、クラブのボランティアでインストラクターをしたM-2,3がそれぞれにお礼としてクラブからチェックを25ドルずつもらっていたのですが、せっかくだからキャッシュにしないで口座をあけて貯金というものをさせてみようと思ったでした。これも日本との違いですが、アメリカでは未成年が一人で口座を持つことが出来ないそうで・・・でも親との連名でなら開けられるというので、本人とパスポートを持参して銀行で口座を作ってもらいました。それが6月の終わりの話・・・Savingアカウントなので、お金をためていけばそのうち利子がつくのですが、たったの25ドルなので利子は今のところゼロ。ところが・・・オンラインで見たら、ひとつの口座(おそらくM-2アカウント)の金額少し減っていたので、開いてみたところ・・・$3.50がひかれていて、詳細にservice feeとかかれてありました。Munchkin1,2号は銀行のカードも持たないし、作っていないから自分で口座からお金を引き出すことは不可能に近く、何かの間違いだということは確信していました。口座を開設する際に、アメリカの銀行は何かとservice feeをチャージするから、たった25ドル(2500円程度)を口座に入れる意味は皆無になっても・・・と思い、手数料なしで25ドルをキープできるのかと質問したところ、Savingアカウントなら大丈夫と言う話しだったので手続きをしたのですが・・・話が違う!ついでに電話で問い合わせて、一体何のサービスでお金を引かれて、どうしてもうひとつの同じ種類のSavingからはひかれていないのかと質問してみました。でもその回答は口座の開設者がマイナー(未成年)だから・・・という、全く持って意味不明なもの・・・マイナーだったら、うちのM-1だってStudentアカウントをこの銀行で開設したし、こんな意味不明のお金が取られるのか?もう一人の口座からはお金が引かれていないのはなぜ?と聞いてみたのですが、明瞭な回答は得られず・・・対応し手くれた人も分からない様子。大人の私が稼いだお金ならまだしも、娘達が寒いリンクでスケートを週末に毎週教え、それでEarnしたお金をこんな意味不明なサービス料でなくしてしまうなんて、納得いかない!これならPiggy Bankに入れといた方が良かったわよね。と訴えました。こんな意味不明のService?って一体何なんでしょう?本当にこの銀行にお金を預けていて大丈夫なのかと不安になってしまいます。結局、このお金は電話で対応してくれた人が、戻す手続きをする約束してくれて、今朝オンラインでチェックしてみたら、ちゃんと戻っていたのですが・・・それがなぜか8月6日の日付・・・この日にDepositのお金がどこかへと消えているんですよね。意味不明ですが、とりあえずこれは戻ってきたからよしとして・・・電話でこの先、こんな意味不明のチャージがあるのかと聞いてみたところ、“それはありません”とハッキリ明言してくれたカスタマーズサービスのお姉さんキャサリンさんを信じることにして・・・いや、この先はもっとまめにオンラインでアカウントを全部チェックするようにしたいと思います。それにしても・・・$3.50わずか350円程度のお金に、これだけ怒れる私って・・・なんかちょっとむなしいものが・・・金銭感覚がものすごく変わってしまったのかもしれません。ネットでちょっと調べてみたのですが、苦労せずにこの銀行へのコンプレイントがいくつかみつかりました。Bloodsuckerな銀行だと罵倒して怒っている人も・・・結構窓口のミスも多いみたいなので、この先も要注意です。
August 18, 2010
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我が家がアメリカに来て以来13年以上使っている銀行はSovereign Bankなのですが、今日オンラインでアカウントの残高をチェックしていた時、信じられないミスを発見しました。1週間ほど前に、お財布にキャッシュがあまっていて、あまり持ち歩きたくないからSavingのアカウントに入れようと、急に思い立ち娘達をリンクへ送って最寄のブランチで入金をしました。アメリカの銀行は不便でいまだにATMがこういった手続きをする機能を兼ね備えていなくて、封筒に自分で金額を書いたスリップと現金を一緒に入れ、ATMについているポストみたいないり口から落としm後日それが清算されるという仕組み・・・これはRI州だけなのでしょうか?大都市には日本の銀行にあるようなATMがあるのか・・・そのあたりのことは分かりませんが、どこのATMも小銭はもちろんお札でもお金を数えてくれたりしないし、封筒でATMのポストに落とすのもいまいち不安なので、窓口で手続きをしました。急に思い立ったこともあって、通帳が無くアカウントの番号が分からなかったので、窓口で調べてもらっていくつかある口座のSavingに入れてくれるようにと頼んだのですが・・・窓口のおばちゃんが、全然他の人の口座に入れてしまったようで私の口座にはその日付の入金は影も形も無く・・・・手続きが終わってからもらったスリップを直ぐに確認すればよかったのですが、慌てていてかばんに放り込み銀行を後にしたのでした。今日たまたまオンラインで1週間前の入金が無いことに気づき、カスタマーズサービスに電話をかけて問い合わせたところ、スリップには他人の口座番号が印刷されてありました。一体どうしたらこんなミスが起きてしまったのか、びっくり。電話で対応してくれた銀行の人は24時間以内にお金を戻すことを約束してくれたのですが、日本ではまずお目にかかれないミスですよね。ところでアメリカの銀行の通帳ですが、日本のように綺麗なデザインが施されたものではなく、とってもプレーンで薄っぺらな紙を糸でとじただけのものです。しかも自分の手書きで窓口のお姉さん(大方はおばちゃん)が書いてくれることはありませんし、当然オートの記帳なんてものは、日本を離れて以来みたことがありません。そのくせやたらとサービス料やペナルティーでお金を吸い取る仕組み・・・何とかなりませんかねぇ~。日本の銀行って・・・何かと便利だし親切丁寧な銀行員がいて、アメリカとは比べ物になりません。ちょっと日本の銀行が懐かしくなってしまいました。
August 17, 2010
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サプライズで生まれてきたMunchkin3号が、今日で12歳になりました。ProvidenceのWomens & Infants Hosptalで生まれたのは西日が強く部屋がオレンジ色になる4時ごろでした。あれから12年だなんて・・・時のたつのはなんて早いんでしょう?妊娠前に、女の子2人を授かり、もういいよね。。。なんて話していて、冗談で妊娠したら日本に強制送還だ~!なんてことも旦那が言っておりました。当時は、まだ2,3年のアメリカ滞在の予定だったし、経済的にも先が全く見えない状態で、とてももう一人赤ちゃんを産んで育てるというのは考えらなかったのでした。生まれて直ぐに、足が内側に曲がるクラブフィート(またはピジョンフィート)と呼ばれる内反足にかかっていて、生後6ヶ月に足にギブスをはめたりしましたが、それ以外はどこも悪いところがない健康優良児。良く食べてよく寝ます。顔や体系は上の二人と似ていますが、性格は跳びぬけて豪快。親としては時々はらはらさせられますが、3人の中では実は一番心配していない一人です。今日はM-3のリクエストで、州内で一番美味しい寿司レストランでランチです。寿司レストランをリクエストしながら、行くと鍋焼きうどんしか食べないM-3.今日はそこそこに涼しいけど・・・一体何をオーダーするつもりやら・・・私が子供の頃そうだったのですが、生魚が苦手みたいです。
August 12, 2010
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Munchkin2号が14歳になりました。一日早めにMunchkin2号のリクエストでProvidenceのモールにあるCheesecake Factoryで食事をしました。http://www.thecheesecakefactory.com/M-2が最近チーズケーキにCravingしていたようで、このお店を選んだようですが・・・典型的なアメリカンなので、一皿の量が半端じゃなくてテーブルに並んだを見て大笑いしてしまいました。一番食の細い旦那が頼んだチキンの料理がどう見ても4人前だろう~?見たいな分量だったので、それで結構げんなりして、半分も食べれずにギブアップしたようで・・・一番良く食べたM-3が半分食べてお持ち帰り・・・今日は具合でも悪いのかしら?と思ったのですが、やっぱり全体的に量が多すぎるみたいです。その分お値段もしっかり高め・・・ちゃんと2食分の設定になっているのかも(爆)最近は仕事が忙しくて、自宅でお友達や家族の友人を呼んで誕生日パーティーをする余裕がありません。いつもはBBQパーティーをして、自宅でケーキも焼いていたのですが、最近誰かの誕生日といえば、Munchkin1号にケーキを焼いてデコまでしてもらい、夜に仕事から戻ってきてからキャンドルをつけてお祝いをし、プレゼントを渡すというパターンになってしまいました。ちょっとだけ罪悪感を感じるのですが、今年はしっかりと有給をためています。14歳になったM-2ですが、特に大きな変化も無く・・・相変わらずお人よしでのほほ~んポヨヨ系ですが、やさしい女の子のままで、今のところいてくれるので、母としては嬉しいけど3人の中ではなんだか先が一番心配な子でもあります。でも根っからのお人よしで優しいところは、彼女の良いところなので、このまま変わらないでいて欲しいなぁと思います。Happy Birthday~♪Munchkin2号ことロコちゃん。
August 9, 2010
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実家がやっとやっとあたらしいPCのシステムを購入し、ついでにデジカメも買ったとかで、今朝電話で連絡がありました。夏休み中は何かと忙しく更新が途切れておりますが、今月はMunchkin2、3号の誕生日もあるので、またぼちぼちとアップしてきます。たまにはメールでも送ってくださいまし>実家
August 4, 2010
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昨日、Munchkin1号とジムに行き、仕事場へ一緒に行ってもらって、そこから運転して自宅に戻ったのですが・・・家のガレージ前に車を止めておりたところ、メイプルの折れた枝がM-1に落下して、不運なことに携帯電話を落としてしまいました。この携帯・・・普通に買えば$400もするタッチフォンの最新モデル・・・誕生日にもらったものなのですが、そのスクリーンがバリ~ンと見事にひび割れてしまったそうです。その連絡を、クライアント達を連れて行った教会の日曜ミサに行っている時に、M-2からテキストで受け取りました。幸い本人にも車にも被害は無く、枝が落下した時に驚いて落としてしまった携帯だけだったので何より。携帯電話も保険に入れていたから・・・ショップに行って変えてもらうようにと電話で話しをしました。そこまでは良かったのですが、友達がワンコをつれて遊びに来ていたので、一緒に散歩に行ったりしていた間に、旦那が一人でショップへ行ってしまったようです。そのまま普通に同じものに変えてもらえればよかったのですが、同じ機種が無かったそうでスライドが無いフラットスクリーンでタイプをする薄型のものに変えてきてしまったようで・・・壊れた電話は私と旦那でプレゼントを選んだ際に2年使ったサイドキックのタイプからあまり変わりすぎると使いにくいのでは?とスライドでタイプが打てるもを選んだのでした。。仕事から帰って話しを聞くと、どうもM-1は変えてきた新しい電話が気に入らない様子。何で一緒に行かなかったのさっ?!と聞いてみたのですが後の祭り。サイトでこれからでも変更が可能かを確認したのですが、よく分からず・・・結局もう一度行くことになりました。保険がカバーして無料でということでもなく・・・この保険の話しはまた頭にくるのでまた別に機会に・・・殆ど意味の無い無駄な掛け金の保険であることは間違いありません。我が家は、木に囲まれていて、衛星の写真で見ても殆ど屋根が見えないくらいなので、夏は涼しいのですが、枝木の落下はよくあるので風が強かった翌日などは、見回りをしたりして引っ張って落とせるものは処理するようにしています。それにしても・・・タイミング悪すぎ。この家に引っ越してきて7年ぐらいたちますけど、落下した枝に当たったのはM-1が初めてです。不運すぎるM-1の災難でした。
July 26, 2010
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Muchkin3人が一緒に出かけて、家に一人。私一人♪なんて平穏。聞こえてくるのは庭先の鳥の鳴き声。この夏初めて感じたこの静けさ・・・欲を言えば、M-1の運転でどこにもぶつからず、誰もはねずに到着できたかと、心配しなくていいなら・・・なおのことリラックスできるんですけどね~。それに後40分で出勤だし・・・予期していなかった、わずか1時間ちょっとのこのPeaceful momentsこれが必要だったんだなぁ~。
July 21, 2010
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ご無沙汰しておりました。夏休みもようやく半分が過ぎ・・・かなりうんざりしているワタクシ。。。今年の夏は例年より暑く、何年かぶりにエアコンを取り付けたMunchkin家です。読者の皆様は、いかがお過ごしでしょうか?今年の夏休みの間に、Munchkinsと一緒に子供部屋に使っている主寝室と一番小さい部屋(Munchkin1号の部屋)の壁を塗り替えようとプランを立てて、先月末にはじめたのですが・・・1週間で終える予定が、3週間たった今も終わらずにいます。理由は私の仕事が立て込んでしまったため。夏の間は、仮病欠スタッフが多いので、ついつい目先の収入に目をくらませて、その時間を拾って仕事をしてしまう私。でも7時間余分に働いたところで、5,6000円程度の違いにしかなりません。それでも、2,3日余分に働けば、プロジェクトに使うペイント代やフローリングのステインとフィニッシュコーティングの材料代がカバーできます。カバーできたのはいいけど、作業をする時間がないという、なんともお間抜けな状況に陥ってしまったわけで、この先はCall Outの連絡が入っても“No!”と言うようにしよう!と決心したところです。何しろ、ニューイングランドの夏は短いですからねぇ~。
July 20, 2010
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