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先日の裏磐梯への旅行ですが、何故唐突に裏磐梯だったのか?自分で決めて置いてわからなかったのですが、何となく後で解かってきました。帰りの車内からとてもとても綺麗に見えた白い山並み。何という連峰なんだろうと娘と二人でああでもないこうでもないと話していたのですが、帰ってから地図上で確認してみると飯豊連峰でした。飯豊山と言えば役行者さんですね。役行者さんと言えば蔵王権現様ですね。そう言えば旅に出る前に何度かテレビや書籍の中に蔵王権現様がよく出て来られて何でだろうと思ったものです。 裏磐梯は鬼門の方角に蔵王連峰があり、西に飯豊連峰がある。これはまぁ間違いなく蔵王権現様に呼ばれていたということですね。有り難いことです。蔵王権現様は日本のすべての山、峯、自然のすべて象徴のような仏様です。すべての大自然に守られている感覚があります。誠に有難いことだなと勝手に納得して感謝しています。
2026年05月13日
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天岩戸伝説というのは天照大神という太陽の化身である女神様が弟神であるスサノオノミコトの乱暴狼藉に腹を立てて岩でふさがれる洞窟に身を隠してしまって、世の中が真っ暗になりそれに困った他の神様たちが計略を講じて、その岩戸の前で踊りを踊り歌を歌い陽気な宴会をして、何だろうと思った天照大神様が覗いたところを力持ちのアメノタヂカラヲノミコトという神様が一気に岩戸をこじ開けて、女神様を解放したというお話ですが。 私はこれを「日食」による人々の驚きが神話化したものだと勝手に思っていました。けれどどうも違うようで(ここからはあくまで私の幻想です。)、これは火山噴火にまつわるお話の様です。 大噴火が起こって噴煙が何日にもわたって立ち昇り、それによって太陽も隠されてしまって地上は真っ暗になったようです。その後も噴火による大地の震動やら噴火煙に関わる雷の発生やらが、経験している古代の人達にとっては他の神々のお祭り騒ぎのように思えたようで、しかも巨大な岩石が噴出して飛んできたりしたので、それを天岩戸の戸になっていた岩が外されたと解釈したようです。 噴火が収まれば太陽も顔を出すでしょうし、よくよく考えてみれば「日食」のような天体現象なら数時間で収まってしまいます。天岩戸伝説になるのなら何日間も続く暗闇が必要で、それも巨大噴火なら理が通るような気がします。 先日行った戸隠神社の周辺は天岩戸伝説と縁の深い場所。だとするとどこかその周辺に大噴火を起こした火山があったことになるのですが、白山なのでしょうか?立山のどこかなのでしょうか?興味は尽きないように思います。 とりあえずこの幻想は氣視の中で視えたものを参考にしています。
2013年08月10日
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朝から強い風が吹いています。西寄りの風です。風は東洋医学でいうと「季節の変わり目」を表すそうです。私自身は体調を崩しやすい時期になります。実際にも風に吹かれているのは気持ち良いのですが、後で必ず具合が悪くなります。私の中の氣は風に影響を受けやすいのに状態としては「水の中の火」という矛盾したものになります。審神者というのはこういう矛盾した氣を持つ者なのかもしれません。何しろ私は強い風と暑さは苦手ということになります。何という軟弱者。だからこそ体や心が弱っておられる方の気持ちがわかるのかもしれません。何にでも使いようはあるということですね。
2026年05月09日
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昨日の休日は家族と岐阜県の郡上八幡市へ行ってきました。名物のウナギ料理を食べて、郡上八幡城にも行ってきました。ここは食品サンプルでも有名なところです。お土産に一つ買いました。 八幡城は木造の小さなお城ですが、とても風情があって景色もすばらしいものでした。小高い山の上に立っているので市街や山並みが見渡せて清々しい気持ちになりました。 金沢からだと二時間ちょっとで行けるのですが、東海北陸自動車道はほとんどがトンネルなのでドライブ自体はそんなに面白いものではありません。まぁ日本アルプスを突き抜けているわけなのでどうしても10キロを超えるトンネルが必要になってくるわけです。 ここは踊りでとても有名な場所です。様々な種類の踊りがあって祭りの期間には多くの人が踊りの腕前を競います。そういうものの博覧館もあったのですが、家内の具合がちょっと悪かったものでそこまで見に行けませんでした。多分今度ここを訪れるときには、この地の神様をきちんと調べてご縁のある神地へ伺う形をとらないといけないのだろうと思いました。
2015年06月14日
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そういう本を読んでみました。著者の方もお医者さんなのですが、高血圧や糖尿病における血圧基準値・血糖値などがどうも製薬業界の思惑通りに意味もなく下げられ続けてきていることなどがさりげなく書かれていました。 私なども血圧が高くて、上が150で下が90くらいになりつつあって睡眠時無呼吸の治療をしたりいろいろやっていたのですが、本の中で著者の近藤先生は人は年を取れば血管も固くなり細い所も出来てきたりするので、血圧が高くなるのは自然なことでそれを降圧剤で無理やりに下げるのはいかがなものかと書いていました。血圧の基準値が何ら確たる根拠もなく下げられることで降圧剤の販売メーカーの売り上げが何十倍にもなっていっているそうです。 それはそれで納得できる意見でもあります。 世の中の医療にかかわる方が全て製薬業界の言いなりになっているわけではなく、お医者様には全面的にお世話になっていることが多いわけですから、こういう本の内容を鵜呑みにするつもりはありません。 ただ本の中に「がん放置療法」というがんという病気に対する一つの治療法を確立してきたと著者の方が書いておられました。それは著者の方が命がけで必死に苦慮して掴んでこられたがんへの取り組みの結果だったのだろうと思います。 お医者様は人の命を預かっておられます。そこには大きくて重い責任があるわけで、もしそこに対して行政というものが勝手な線引きをしている場合があるとしたら、誰かがそれを指摘していくことになってもいいのではないかとも思います。 セカンドオピニオン、サードオピニオンという選択肢はこれからの医療を受ける患者さんの側にとってはとても重要な手法になってくるのかもしれません。
2013年09月05日
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「氣」というのは、目に見えないものなので表現が難しいのですが、「水」に例えることが出来るみたいだなと感じています。 先日施療させていただいたお客様は他人から受ける悪い「氣」を「泥水」という感覚で受けていました。泥水を頭から浴びせられていては嫌になるから、普段なら頭頂部の天穴から吸収している身体のシステムを逆転させて、足裏の地穴から「氣」を吸収する形にして自己防衛しておられたようです。 でも、その内そういう逆転システムに身体が耐えられなくなり、「氣」の流れが停止してしまっていました。そこで、地穴を開き天穴までを促通させて、「氣」を補充して流れを作り施療を終えました。 綺麗な自然の「氣」は湧水のように綺麗で峻烈な感覚で捉えられます。また、人を癒そうとする人の「氣」は温かな温水のような感覚で捉えられるようです。遠隔気功の「氣」はきっとミスト状に拡散していくような感覚で捉えられるのかもしれません。 身体のシステムが歪んでいたり、病んでいる心が発する「邪気」というものは色々な「色がついた水」のように感じられます。自然な状態の「氣」は透明なもののように思います。 「氣」は現実の水に溶け込みやすい性質を持っています。だから、施療ごとに私は両手を丁寧に流水で洗うようにしていますし、邪気を受けすぎたなぁと感じられるときにはお風呂で身体からお湯の中へ邪気を逃がすイメージクリーニングをするようにしています。最近はお客様の邪気は受けなくなりました。自分自身の存在を「空」にする訓練をいつのまにか繰り返していたようで、「空」である心に邪気は反応しないで通過していってしまうようです。 「氣」を水のようなものと感じているのはまだまだ浅い認識のように思います。まだ、修行を続けていかなくてはならないと感じています。「氣」は「命」そのものだと思っていますから。
2008年09月26日
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そういう題名の曲が流行っていた時、自分がその世代なんだと思いました。戦争の影響というものが感じられなくなった昭和30年代に生まれた子供たちももう50代になっています。 日本の戦後はもう終わったと言いますが、韓国や中国にとっては決して終わったわけではないようです。サザンオールスターズの新曲を聴いてもこの二国の人達は鼻で笑って無視するだけでしょうか。 足を踏んだほうはすぐに忘れてしまいますが、踏まれたほうは決してその痛みは忘れないと言います。たぶん未来永劫この二国に対しては私達は謝罪を続けて行かなくてはならないのでしょう。謝れと言うのならどれだけでも謝って行けばいいのではと思います。戦争という悲劇を繰り返すことだけは避けなければならないのですから。 世界中のどこかでまだ紛争は続いています。人が人を攻撃して殺戮が平然と行われています。人が人の命を奪うと言うことがどれだけ大変なことなのかと言うことを解っているのか、わかっていないのか・・・・・。 戦争を知らなくても戦争があったと言う記憶を心に刻みつけることと先人が為した負の遺産を受け継いでいくことは、為さなければならない私達の世代の宿命なのかもしれません。
2013年08月16日
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小学校二年生のときの授業参観のことを覚えています。初めての授業参観で興奮していて、理科の授業だったと思います。 かたつむりがビーカーの中に一匹ずつ入れられていて観察すると言う授業でした。ビーカーの透明な内壁を登っていくカタツムリの足の裏というか身体の中側に交互に動く蛇腹のような器官があるのを見つけて、手を挙げて先生に伝えました。 「良く見つけたね。」と褒められてとても嬉しかった記憶があります。誰かに自分の意見をきちんと認められて褒められると言うことは、人の成長の為に大きな力になるようです。この二年生の時の先生はとても良い先生だったように記憶しています。 子供たちにとって自分が認められるということはとても嬉しくて大切なことなのだと後々になって気づいて行きました。我が子にもそういう風に接していきたいと強く思っていました。出来ていたのかな?反省する部分でもあります。
2013年09月04日
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学校の先生を氣視させていただいたら、受け持っている小学生の子供たちの中に地蔵菩薩様に強く守られている子供たちがいることが視えました。 彼らも強く守られているんだけれど、地蔵菩薩様は子供たちと同時にこの先生をも守ろうと就いていてくださるようでした。 学校の先生というお仕事は大変ハードなお仕事です。でも守っているはずの子供たちに逆に守られておられるということもあるんですね。 親も子を守っているようでいて、霊界に近い存在の子供たちによって守られていると言うこともあるのかもしれません。
2013年09月09日
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先日東京へ往復するのに久しぶりに飛行機に乗りました。搭乗手続きが昔に比べてとても便利になっているのに驚きました。 それにしても巡航速度時速600~700キロというのはとてつもない速度だなぁと思いました。車だと時速100キロで6~7時間はかかる距離を一時間かからないで到着してしまうわけですから。 リニアモーターカーやら超音速ジェット機やら、昔の人に言わせれば「縮地の法」という仙術のごとき世界になりつつあるようです。それでもアフリカの奥地に行くときには30時間以上もかかる場合があるわけですが、それも船しかなった時代には一か月以上かかって行っていたわけですから移動時間の短縮は目を見張るばかりです。 飛行は往路が多少揺れましたが、復路はほとんど揺れずに快適でした。パイロットの方もこれだけ多くの人の命を預かって操縦するのは大変な緊張だろうなぁと思いました。 私の夢の一つはいつか飛行船に乗ってふわふわと空を飛んでみたいと言うものですが、いつか叶うのかなぁと思っております。
2013年10月24日
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先日ある夢を見ました。夢の中で私はヴァイオリニストで、それも結構上手な人らしく思い上がっていて、何だかプラスチックでできた変な形の楽器とボールペンのような弓で音楽を奏でようとして大失敗をしでかしてしまいます。 そして次の楽曲までに何とか新しいヴァイオリンの名器を見つけて名誉挽回をしようと住んでいる施設の中を走り回ります。 すると以前から知り合いだった収集家の若いセレブに出会い、ヴァイオリンを持っていないかと尋ねます。すると「持っている」との事。そして出してきてくれたのが「パノプティコン」という名前の名器。その人の部下がこれまた名調律師で、素早く名器を調律してくれて貸し与えてくれました。 名器を持って指揮者のもとへ行くと最初は私をバカにして相手にしてくれませんでしたが、名器の名前を聞きその音をちょっと聞いただけで興奮し出して、次の楽曲でソリストとして採用すると決定しました。 その後演奏会は大成功でハッピーエンドに終わったのですが、夢から覚めて名器の名前をネットで調べてみると「全展望型監視システム」という刑務所に使われていた建物の形式名だと解りました。 どういう示唆が含まれた夢なのでしょうか?不思議な夢でした。
2013年08月17日
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即身仏になられた方達の心の在り様というものが不思議でした。どういうお心でそういう道にたどり着いたのか?やはり修行生活を突き詰めていくとそういうところに到達するのだろうかと想像していました。 しかし先日のNHKの歴史秘話ヒストリアでその謎が少しだけ解き明かされたように感じました。彼らは全員がそうとは限らないのですが、即身仏になられる前に厳しい修行の探究は一部中断されていて、その時には衆生の為に様々な相談に乗ったり、困ったことがあれば道を作ったり堤防を築いたりとただただ人々の為に何か助けになることが無いかと日々身も心も砕いて尽くしておられたようです。 そういう方が行き付く先には「自分が死んだ後も人々の助けになる道はないか」というところだったようで、もちろん後進のものたちを育てることもなさっていたのでしょうが、他者に頼らないというのがこういう修行者の根本のお考えですから、我が身を即身仏にして人々の助けの一部にでもしたいと願われたのだと言う事のようです。 即身仏を拝みながら番組の最後にMCの黒田アナウンサーがいつの間にか涙を流しておられました。何故、涙が流れるのか?ご自身でも解らないようでしたが、私にはその即身仏に救いを求めて祈って来られた数多くの人達の「想い」というものが温かい思念となってその即身仏にこもっておられるから、見つめるものの心に温かい波動を与えるのだろうと感じたものでした。
2015年06月18日
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暑さは苦手なのですが、暑さの中で考えることがあります。 それは肉体の煩わしさ。暑さを感じている身体の表皮の感覚を切り離して感じていると肉体と言うのは人の心に外界との接点を与えるものだと言うのはわかります。 しかし人はその肉体を結構ぞんざいに扱ったり、鍛えぬいてみたり、病気になったり怪我をすればそこから苦痛を得たりします。 肉体を通して人の魂は外界とつながり、様々なものを感じ取っていきますが、それは何のためなんだろうとフト感じたりします。 魂で感じ取る感覚というものもあるはずなのですが、その瞬間は短く時たまでしかなく、とても貴重なもののように思います。 魂で感じる感覚には暑さも寒さも痛みも無いようです。拡がりと落ち込んでいく感覚と至上の存在との一体感・・・・そんなものを感じるようです。 心頭滅却すれば火もまた涼し・・・とは有名な言葉ですが、これとはまた意味は違いますが、暑いときは魂の感覚に身を委ねてみるのもいいかもしれません。
2013年08月07日
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守っていただいていることは間違いないことなのですが、何故人によって幸不幸が別れたりしてしまうのでしょうか? 私が思うのは守護してくださっている方達にも何種類かおられて、まず自分の過去世の中で功徳を積まれた方の守護霊というか、指導霊の方。この方達は進むべき道を指示してくださったり、気づかせをくださる方達になります。 そして血筋の中の先祖霊の方達。この方たちは具体的に事故や危険から身を守ってくださる傾向があり、人の身体や仕事等についての運不運を導こうとされているように思います。詳しく述べればこの中には「家霊」のように家代々に付いている霊体などもおられるようです。 そして神仏の霊体とのご縁もあります。大きな流れからの導き手として大きな方向性を与えてくださる守護神・守護仏になられます。 でも何しろ素直で謙虚な心でいることがこういう守護してくださっている方達の力を強く引き出すことになると思っています。しかも頼らない事。自力で何とかしようと頑張っている人にこそそういう見えない助けがやってくるように思います。 そして不平不満を持たない事。自分の運不運は何がしかの理由があって与えられているものだと思います。乗り越えて懸命に生きることこそが守護してくださっている方達と一体になれる姿勢なのだろうと思っています。
2013年08月15日
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スター・トレックの最新版の映画を観に行ってきました。 スター・トレックは長い長いシリーズ物になっているアメリカのSF宇宙冒険活劇ドラマです。ファンも圧倒的に多くて、そういうファンと出演者の間柄を描いた新たなSF映画が描かれているくらいです。 前人未到の最後のフロンティア・・・宇宙、そういうようなナレーションで始まるシリーズドラマは私の心を最大級にワクワクさせたものです。 今回観た映画では最新のCG技術が使われていて、しかも3Dで観たので迫力も現実感も半端ないものでした。ただ昔見たテレビドラマのシリーズでも私には遜色ないリアル感を感じたものです。たぶん私自身の「想像力」が十分に映像の不自然さを補っていたのだろうと思います。 現実に人が宇宙を自由に旅することは今のところ不可能です。ワープ技術が現実化しているわけではありませんし、巨大な宇宙船を作り上げる技術も資金力も国際的な協調性も今の人類には全くありません。 ただ想像の世界でならどんな遠い宇宙にでも今すぐにでも飛んで行けます。人の想像力は無限だし、私にとってはスタートレックの世界はそういう方向への大きな扉になっていることは間違いないように思います。
2013年08月25日
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先日のテレビ番組「夢の扉+」で疲れの正体について特集がありました。 これまで体の疲れの原因としてきた「乳酸」というものは、本当は疲れを取り除くために身体が発生させる成分で、悪者ではなく良いものだったと言うことが解ったとの事。 それでは「疲れ」というものの正体はというと「活性酸素」というものがやっぱりその正体らしいとの事でした。 活性酸素が増えるとやっぱり体の中の細胞を破壊したり様々な悪さをします。これを減らすには自律神経が副交感神経優位の状態にならないといけなくて、それにはやはり身体がリラックスした状態になっていなくてはならないようです。 新潟大学の元教授の安保先生がおっしゃっていた自律神経免疫支配説と合致する内容で、身体にとっては増えすぎた活性酸素があまり良いものでは無いことがはっきりしてきました。手前味噌な言い方になりますが、活性酸素を減らす効果があるのが経絡指圧でもあるようです。 また活性酸素を減らす食材は「マグロの赤身、鶏の胸肉」なのだそうです。 医学の進歩は日進月歩ですね。
2013年09月07日
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この時期、ご先祖霊の方達が子孫の方達にお墓参りに来てほしいと訴えることも時々あるようで、そういう場合の霊障というのでしょうか、身体の不調というのも強弱があるようです。 先日も首のリンパ節が腫れてしまったと訴える方がお話を伺うと母方のお墓の一つが上部のところで割れてしまっているのを気にしていたとおっしゃっていて、「それはやはりそのお墓直してほしいのだと思いますよ。」とお話ししました。 この方はご先祖霊とのご縁が深いようで、それだけ普段からしっかりと守っていただいているようです。ご先祖霊の方からはご兄弟そろってお墓参りに来てほしいとのメッセージもありました。姉と弟お二人の顔が見たいとのこと。このご姉弟の仲の修復も望んでおられるようでした。 何か小さな気づかせや仲直りのような出来事も現世の様々な幸せを作り出す要素の一つ一つになっていくのだよ、と守護されている方達は伝えたいような気がします。
2013年08月06日
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映画のレイトショーに行ってきました。映画は「パシフィック・リム」というSF映画です。菊池凜子さんと芦田茉菜(?)ちゃんが出ています。菊池凜子さんという女優さんは不思議な女優さんですね。とても綺麗に見えたり不細工に見えたりする方です。 映画そのものはなかなか面白かったです。2D字幕版で見たのですが、それでもなかなかのアクション・シーンでした。 それよりも凄かったのは帰りのバスの中から見た繁華街の人混みです。若い人達を中心にごちゃごちゃととても多くの人が歩き騒いでいて、昼間よりも断然多い人出でした。熱帯夜が続いているから家にいるよりも街中に出て遊んでいる方が楽しいし、涼しいのかもしれません。 若い人達がほとんどだったので、景気が回復している感は無いようにも感じました。本当の意味の景気が回復したならば、もっとあらゆる世代の人達が夜の町に出てくるような気がします。 それにしても夜の町のレイト・ショーは華やかなものでした。
2013年08月14日
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たった今大雨・洪水警報が発令されたようです。地域の防災スピーカーが大きな音声で発令を告知していました。 河川が一気に膨れ上がる水量を支えきれずに氾濫するケースが金沢近辺でも多くなってきました。台風がほとんどやって来ない代わりにこういう大雨がやってくるというのはやはり地軸がずれた影響だったり、地球の大きな気候変動の流れのせいなのでしょうか? 龍神様も困っておられるようです。
2013年08月23日
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NHKの特集番組で東日本大震災の遺族の方達が亡くなられた方達の姿を見たという報告が続いているという内容のドキュメンタリーを見させていただきました。 見たい、もう一度だけ会いたい、生きていると思いたいという遺族の方達の思いは何とも強く切なくやりきれない思いにさせられました。 きっと何年たっても亡くなられた方達の思い出というのはとても強く遺族の方達の心の中にくすぶり続けるのだろうと思います。 あの時こうしていたら、これがこう変わっていたらこんな結果にならずに済んだのにという後悔の思いが強いだろうと思います。 亡くなられた方達の魂が願っていること。それはきっと残された方達の幸せでしかないと思います。自分たちのことを忘れてとは言わないけれど、明るい思い出にして前向きに生きてほしいと願っているに違いないと思いたいものです。 世間の霊能力を持った人達が現地に赴いて亡くなられた方達の声を伝えるという方法もあるのですが、多分霊能者の方達には現地はとてもではないけれど居ることが出来ないほどの霊的な負の磁場があるかもしれません。なかなか赴く勇気が出ないのではないかと思います。 あまりにも多くの方がひどい状況で訳も分からないまま亡くなられたわけで、現地の鎮魂の期間はまだまだ続かなくてはならないだろうと思います。 ただ生者と死者の絆は温かいつながりによって結ばれていると信じたいです。
2013年08月26日
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お盆になると「山の底」にある霊界への出入り口の蓋が開きます。そしてお盆が過ぎるとその蓋はそっと閉ります。少しだけ閉るときに霊界から涼しい霊気が風になって吹いてくることがあります。 「山の底」の大きな出入口が開いている姿は山が生きているんだと思わせるものです。あくまでも私の幻想ですが・・・。
2013年08月19日
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伏見稲荷での愚挙・・・あきれてものが言えない感じです。神罰、仏罰の類は本人に直接降りかかるものではありません。本人が一番大切にしている人や愛している人に降りかかることが多いように思います。 神仏を敬う気持ちを決して忘れてはいけないと思います。青春の暴挙と言っても許されるものでは無いということです。 ご本人のためにも周囲の人に天罰が下らない事を願うばかりです。
2013年09月12日
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富山県の立山町の立山博物館に行ってきました。以前スクールの生徒さんに勧められていた施設でもあったのですが、母も興味を持ったようなのでいっしょに行ってきました。 昔の人達はひとは死んだら、その魂は山へ行くと考えていたようです。そして立山は白山、富士山と並ぶ日本三霊山の一つ。 立山信仰というのは凄まじいものがあったようです。その信仰を広めるために山で採れた薬草を薬にして全国へ飛んだ信仰者の方達がおられたようで、それが「富山の薬売り」さん達の原型になったのかもしれません。 博物館の展示物は様々に興味深く、昔から立山周辺の山々や自然は結界を造られて一般の人達の立ち入りを禁じられており、今でいう「自然保護」のような形になっていたようです。大規模な「入らずの森」のようなものですね。 加賀藩の前田家も保護政策を取っていたようです。 女性が女人禁制で山へのあらゆる入山が禁じられていたのも、女性が生理や出産で出血することから「穢れた存在」と見られていたようですが、私には女性の本能的な悟りの思考体質のようなものが男性には到底太刀打ちできないものだったために、女性をある意味だますような形で隔離していたようにしか思えません。 所詮男性は女性の本能的な判断力や決断に勝てないということが解っていたから、七面倒くさい理屈をつけて女性を黙らしていたのが男尊女卑の真実のように思います。 何しろ立山曼荼羅に描かれている山中にあると言う「血の池地獄」は女性がその穢れの為に陥る地獄なのだそうです。何とも無理やりなこじつけに見えました。 それにしても立山信仰というのは趣深い探究心をそそられる世界を形作っているように思いました。
2013年08月11日
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どこかで春が 生まれてる どこかで水が 流れ出す どこかで雲雀(ひばり)が 鳴いている どこかで芽の出る 音がする 山の三月 そよ風吹いて どこかで春が 生まれてる 昨晩から頭の中でこの歌がかすかに聞こえていました。季節外れの歌ですが、何となく嬉しく懐かし胃感じがしています。 季節は初秋に向かいます。山ではきっときのこやクリが準備を始めているのかもしれません。
2013年09月03日
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架空のお話です。 長いお休みが取れたらどこに行きたいだろうか?ふと考えてみると楽しいものです。 冬なら間違いなく北海道へ撮影旅行に行きたい。丹頂鶴にも会いたいし、知床の自然も見てみたい。 春や秋なら奈良や和歌山の寺社や旧跡を巡りたいものです。古代からの息吹に触れて廻りたいと思います。 夏なら戸隠あたりの高原に別荘を借りてのんびりと過ごしたいと思います。あの辺りは涼しくて自然豊かで人情も温かです。 行きたいところはまだまだいろいろあります。沖縄の御獄も一度恐る恐るですが訪れてみたいものです。 長いお休み・・・・永遠の夢かもしれません(笑)。
2013年08月02日
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昨日の午後5時ごろにスマホが強烈な音とバイブを発しました。大きな揺れにご注意くださいとのメッセージがあって「34秒後」という注釈が付いていました。 身構えて数分固まっていたのですが、何事もなくのちに誤報と解りました。新幹線は止まり、社会は一瞬の混乱の中に留まったようです。 最初は腹が立ちました。こんなにちょくちょく誤報があると地震速報への信頼感が無くなってしまうと思いました。オオカミ少年ではないけれど・・・・と。 けれどよくよく考えてみると地震速報がこんな風に個人的に的確に素早く送られてくると言うシステムのありがたさを何だか再確認したような気もしました。何事も無ければ「良かった!」と思えばいい。 もし本当に地震が来るのならこの何十秒かの時間に火を消して安全な場所に避難できる。命の多くが助かるかもしれない。誤報がいくらあっても仕方ないのかもしれないと思いました。 地震にしてもゲリラ豪雨にしても予測が付きにくい自然災害が最近は多いようです。しかし予測できるようにしようとする科学者や気象予報士の方達の努力は続いています。多くの無辜の人達を救うために努力を重ねておられる方達がおられることに感謝したいと思います。
2013年08月09日
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昨日から金沢中心部を中心にジャズ・フェスティバルが始まりました。私の住んでいる飲食街・新天地というところにもジャズ・コンサートのミニ会場が出来て、夕方から深夜まで音楽が流れています。 ジャズは好きで、特にコルトレーンが好きなのですが、これは私個人の好みなのだと思うのですが一人で静かに聴くのが私のジャズなので、ライブ会場で結構大きな音量で奏でられるジャズはあまり好きではありません。 音楽というのは個人個人でそれぞれの楽しみ方があるものなので、お祭りがあまり好きではない私にとってはジャズ・フェスは流れ去っていくものなだけのように感じています。
2013年09月14日
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「霊性を高めるにはどうしたらいいんですか?」と聞かれて、ハタと考えてしまいました。 答えは「一日一善」。少しずつ善行を積んでいくしかないのですが、そこには我欲というものが一切ない事が必須条件になります。 人は誰しも誰かに認められたいという気持ちがありますが、これが曲者でこれを無くさないと「善」にはなりません。陰徳を積むなんていう言葉がありますが、まさしく目立たないように隠れてこそこそと行うことが大切なようです。 自分の中にさえも「満足感」なんていう「驕り」も湧かせないようにしなくてはなりません。できるなら「無」の心で「善」を為せるようにしたいものです。 「欲」を捨てること。「足る」を知ること。人を愛すること。モノを大切にすること。そんなに難しくないことのようで、なかなか難しいことのようです。
2011年10月26日
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我が家のお風呂のボイラーが故障したので久しぶりに近くの銭湯に行きました。 以前にも何かの理由で行ったことがあるのですが、私の年代の人間は子供の頃銭湯が当たり前だったので今でも何の不便もなく、全ての銭湯ルールを身体が覚えていて自由に入浴してきました。 そこにはさすがに浴槽の上に大きな富士山やら松原が描かれた絵があるわけでもなく、逆に浴槽は三つに分かれていて真ん中の浴槽は大変な勢いで泡が湧きあがっているジャグジー風になっていたりして、昔々の銭湯の面影は少し変化しています。 それでも昨日入湯した時間帯は夕方の早い時間だったので、お客様はまばらでお年寄りの方達だけでした。これは子供の頃とあまり変わりません。でも昔は内風呂なんてほとんどなかった時代でしたから、今の何倍も利用客はおられました。 銭湯は本当に身体が温まります。今はスーパー銭湯の時代で金沢にもそこかしこに大きな温浴施設があります。それでも街中の小さな銭湯には生き残っていってほしいと願うばかりです。
2013年08月05日
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五木寛之さんの「親鸞 激動編」を読ませていただきました。史実の通りでは無くてフィクションが随分含まれていますが、「人間 親鸞」というものがよく書き込まれていて面白くて一気に読み終えてしまいました。 念仏というのは一体どういうことなのか?念仏には人を救うことが出来るのか?人を救うというのはどういうことなのか?小説の中で何度も何度も親鸞は自分に問いかけ他人にも問いかけられ、苦しみ悩み答えを出せずに生きていきます。 仏様というのは遍く全てのモノを照らす光なのだと、誰かの「助けてください」と言う声に「私はここでお前を見守っておるぞ。」という声掛けをしてくださっているのが阿弥陀如来という仏様なのだということ。 決して見捨てられることなく常に見守られ光に包まれていることに感謝する言葉が南無阿弥陀仏という念仏の本質なのだということを五木さんは親鸞さんを通して伝えようとしているように思います。 念仏を唱えても現世利益は何も得られない。ただ心の平安が少しだけ与えられ続けていくだけ。それが親鸞さんの教えなのかもしれません。
2013年09月06日
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10日以上ぶりの雨が降りました。真夜中に土砂降りでした。そして珍しく朝からどんよりと曇っています。毎朝日が昇ると同時に気温が上昇していたので、今の時間になってもそんなに気温が上がらないのが何となく嬉しい感じです。 草木も少し息が付けたかもしれません。山川草木、慈雨に息つくという感じです。それでも豪雨に苦しんでおられる地方もあれば、四国地方のように干ばつで水道の水圧を下げておられる地域もあります。 北陸地方はまことにありがたいことに自然災害の激甚なものにさほど襲われていないのでありがたいことです。それでも明日は我が身と思い、気を付けて準備等を心がけて行かなくてはとは思っています。 自然の気まぐれに一喜一憂していくのが人の生きていく道なのでしょう。それでも生まれ育ったところで懸命に生きていくしかないようです。
2013年08月20日
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スクールの生徒さんが卒業後に相談を兼ねて来院されました。彼女は元々お客様として来院されていたのですが、ご主人の体調が悪いので自分でも家で施療できたらと家庭コースのスクールを受講されました。 スクールの実験台としてご主人がずっと来られていたのですが、七回か八回実験台として施療を受けて、もちろん私も施療しながら指導させていただいたのですが、その後ご主人の体調がとてもよくなり糖尿病も改善して気持ちよく生活されておられるとの事。とても嬉しい副産物でした。 続けて施療を受け続けることで本当に体調が改善するのを見るのはとても嬉しいことです。当院の施術は一回で劇的に効果が出ると言うものでは無いので、こういう長期的な効用の見通しを見る機会というのはなかなかありません。 手前味噌なお話ばかりですが、家内も元々身体が虚弱で寝込んでばかりの人だったのですが、スクールの実験台を一年以上続けた結果とても身体が丈夫になりました。それはもう驚くほどで、ただ見る見るうちにというほど劇的だったわけではなく、ゆっくりゆっくり効果が表れて行った感じでした。 それにしても嬉しいことがあって少しだけですが、充足感を感じております。
2013年08月21日
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時々以前住んでいた家の前まで行ってみたりします。この家は私が自力で初めて購入した家なので感慨深いものがあります。 とても古い家で築50年近く経っていたものをリフォームして住んでいました。以前は牛乳配達屋さんをしていた家だったようで店舗部分をインナーガレージにして利用していました。 娘もこの家で小中高と過ごしたのですが、本人はそんなに感慨深いことも無いようです。 過去の残影のようなものをつい懐かしんでみてしまうというのは誰にでもあることなのでしょうか?今の生活に何の不満も不足も無いのですが、思い出すのはその家に住んでいたころの楽しい思い出ばかりになります。
2013年08月13日
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夏の終わりには何だか感傷的になるときがあるように思います。寝苦しかった真夏の夜の思い出も、今は秋の虫たちの鳴き声が鎮めて行ってくれるようです。 時々思い出したかのように夏の名残のセミたちが遠くで鳴いているのが聴こえたりします。 大好きなスイカの時期も去り、先日は青りんごを食べました。温かい食べ物なんて見向きもしたくなかったような時間が過ぎて、少し温かな食事が心をほっこりさせてくれるようになりました。 土地の神様方は秋祭りのために準備を始められているようです。ただ何だか西の方を警戒しておられるようで、多分西からまた強力な風神系の代物が来襲するのではないかと思っておられるようです。 夏が終わり、秋が来るようです。
2013年09月10日
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昨日おとといと一泊二日で福島県の裏磐梯まで行ってきました。車で5時間ちょっとかかりました。やはり新潟県は長い、広い。そして今ニュースになっている磐越道も恐る恐る走ってきました。磐越道って何だか対面通行区間も長くて制限速度も70キロや80キロで少しだるく感じました。一生懸命4車線化しておられますが、これは少し眠くなる路線かもしれません。 磐梯山はご機嫌が悪くて初日は雨になり、山頂も雲がかかって見えませんでした。二日目の日曜日は何とか快晴になり、五色沼湖沼群の散策が出来ました。とは言っても家人が体力不足で熊も怖がりちょっとだけの散策になってしまいました。それでも裏磐梯の自然は気持ちよく新緑も美しくて心は晴れ晴れとした気持ちになりました。良いリラックスタイムになったように思います。
2026年05月11日
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