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MASAKI FC U-10

MASAKI FC U-10

2008.02.22
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カテゴリ: トピックス


今日は、溜まっている代休を消化すべくお休みを取ったのですが、うららかな春の陽気に誘われ、思わず出かけた愛犬の散歩が1時間にわたっちゃったほど。疲れた「メイ」は、その後、庭で爆睡していました(苦笑)

ちなみに、今日も「学力検査」だったハヤトは、「算数はヤバイけど、社会は大丈夫だったぁ」と言いながら15時半過ぎに帰宅し、家の庭でボールを蹴っていましたが、さてさて他のメンバーはどうだったかなぁ? まぁ、終わったことはしょうがないですし(苦笑)、気分を入れ替えて、明日のチーム練習に臨んでくれることを期待しま~す♪

ってなことで、既報の通り正気小の部活もお休みのうえに、金曜日の夜に行われていたトレセンも今年度の練習は先週で終わってしまったため、今日も、またもやネタ不足…。ちょっと困った状況ですが、仕事がお休みのなか、家でノンビリしながらボーッと考えていたことを、思うがままに(徒然なるままに…笑)書いてみようと思います♪

■グループとチーム

昨日のお昼休みに、会社のベテランの方たちとたわいのない話をしていたところ、「学生時代、好きだった歌手」という話題に。そこで私より年上の団塊の世代の人たちは、大部分が「ザ・タイガーズ、テンプターズ、スパイダーズ…」 と往年の「グループサウンズ」の名前を挙げていたのですが、私がその時にフッと思ったのが、「なんで、『グループサウンズ』って言われてたのかなぁ?」というまったく関係のない疑問(苦笑)

ただ単に「語呂」の問題かもですが、そもそも『グループ』は、英語で『集団』の意味。本来の存在意義からすれば、「共通の目的、達成すべき目標、そのためのアプローチを共有し、連帯責任を果たせる補完的なスキルを備えた少人数の集合体」である「チーム」という言葉の方がしっくりきますよね。

少年サッカーを考えても、『グループ』という言葉は、どうもフィットしません。確かに集団ですから『グループ』には違いないのですが、やはり「チームの勝利」という共通の目的のもとに集まっている、という緊張感があります。

「サッカーがうまくなりたい」という個人的な目標達成のために通う「サッカースクール」を『チーム』とは呼ばないことからも明らかですが、やはり『チーム』は、“烏合の衆”ではないわけです。換言すれば、『チーム』は共通の目的を持ったグループであり、その目的に向かう行動が「チームプレー」と言えるでしょう。

■自発的コンビネーション

もっともサッカーにおける「チームプレー」のコンビネーションは、必ずしも“予定調和”ばかりではありません。むしろ、その“予定調和”を突き切った先のダイナミズムに、芸術的なコンビネーションを垣間見ることができます。先日も欧州CLの試合をスカパー!で観戦しましたが、ファンタスティックなコンビネーションプレーの数々に驚愕しました。



ミランのマルディーニを始め、出身地やユースから育ったチームで活躍し続ける選手もいますが、Jリーグも含め実際に大部分の選手は、チームをコロコロと変わっています。己の富と名声、そして何よりも最高のサッカーのために集った強者たちは、お互いに仲間を利用して、自分の夢を叶えようとしているわけです。

だからこそ、本当のところでは、みんな「チームのため」と言うよりも「自分のため」に戦っている。でも、サッカーは11人でやるものですし、最高のサッカーを創造するためには、お互いに仲間を利用しなければなりません。穿ったとらえ方をすれば、この「利用し、利用される」関係が、傍から見ると「チームプレー」に見えるとも言えるでしょう。

彼らは、思い通りにいかないと激しく主張し合いますが、成功すると褒め称え合い、各々の関係に感謝し、モチベーションを高揚させます。彼ら、一流のサッカー選手たちは、「利用し、利用される」関係の重要性をよく理解しているわけです。

確かに「利用」と言うとネガティブな言葉に聞こえるかもしれませんが、相手を利用するにはその人を信頼しなければならず、利用されるには信頼されなければなりません。「信頼関係」という言葉に置き換えても良いと思いますが、この関係性は、少年サッカーとて同様のはずです。

■自己成長型集団

相手に利用されるためには、「己が秀でている」必要がありますが、「己が秀でている」状態を得るために、人間は二種類の行動を起こし得ます。一つは「努力して己を高める」という行動、もう一つは「仲間をスポイルする」という行動です。後者は、相対的に自分の優秀さを維持することができるため、己の利用価値も温存することができます。しかし、チームそのものは力を失っていき、無残な崩壊へと向かい始めます。

やはり、相手を「利用」するためには、「相手の長所を引き出し、伸ばしてやる」ことが必要になります。無論、その結果、仲間が力をつけていくと、己の利用価値は相対的にどんどん下がっていきますが、そこで何をすべきか? 最も自然で賢明な方法は、「己を高める」努力でしょう。己を鍛えながら、より高いレベルを仲間に要求する――。この循環によって、チームの力そのものが、さらに強化されていくはず。「育て育てられる」という相互教育の関係が生まれると、必ずチームは“自己成長”を開始します。

■基本の“罠”

信頼関係を築くには、「お互いが基本となるスキルを習得し、踏襲している必要がある」と考えがちです。サッカーのトラップを例にすれば、遠い方の足の内側を使ってボールの勢いを殺し足元に転がすのが「基本」と呼ばれ、大部分の少年サッカーチームでは、これを選手に教え、実行させます。

しかし、実際の試合では、これとまったく逆の動きを試み、失敗したり、成功したりする輩がいます。即ち、近い方の足の外側でボールを跳ね上げ、体の反対側にボールを送るのです。実際に、【MASAKI FC U-10】でも、ハヤトやマサなどが、これで相手の裏を取りチャンスを作ったプレーを、私自身、目の当たりにしたことも少なくありませんが、大会などでよく観察すれば、こうしたプレーを試み少年サッカーの選手は、案外多いものです。

しかし、市販のサッカー教本の類に、このような方法はほとんど紹介されていませんし、少なくとも我が国の少年サッカークラブのコーチは誰も教えてはいないはず。おそらく、彼らは自分で案出したか、あるいは先輩やテレビで見たスーパープレーの真似から入ったのかもしれませんが、いずれにせよ、彼らはコーチから教わった「基本」とは、まったく逆の動作を使って、“トラッピング”(罠)本来の意味を取り戻そうとしているとも言えるでしょう。

確かに、サッカーのチームプレーにおいても、「基本」とされる戦術がありますし、「基本」は、先人の知恵を生かす最善の方法でしょう。しかし、一方で今現在、「基本」とされているものは、すべて“後付けの理屈”であり、時代によって変わっていきますし、そもそも相互に背反するものまであります。目的に適った基本を習得したり、応用したりすることは、有益でしょう。けれど、「それは必要条件でも十分条件でもない、ということを、一方では常に頭に入れておくべき」とも私自身は、考えています。

サッカーだけでなく、仕事も含め、ありとあらゆる場面にも言えますが、指導者が選手や部下に物事を教える際には、指導者の理解できる範疇の尺度として「基本」という観念を用いることが多いような気がします。もっとも、「できる」「できない」、「正当」「不当」、「うまい」「ヘタ」、「優秀」「劣等」といった、一次元的な、偏差値受験のような合理性は提供してくれるものの、たとえば、一人のサッカー選手の総合力を語るとき、そのような薄っぺらい、簡単な尺度のみを適用しても、あまり意味がありません。



「基本」は“普遍”ではありません。また、「基本」は目的たり得ません。無論、目的のために、トラップやドリブル、パスといったサッカースキルの「基本」が必要ならば、習得することは不可欠ですが、肝心なのは、「目的に向かっているか」どうか――。やはり、手段と目的をはき違えているようではダメなはず。どんなにドリブルの練習をしたところで、「ドリブル日本一」にはなれるかもしれませんが、「日本一のサッカー選手」には絶対になれません。

一方、基本を逸したプレーで目的に向かう仲間がいた時、もしその彼を理解することができれば、チームとしても、コンビネーションとしても、可能性は大いに広がっていくはずです。

■混沌の求心力

目的を持った『グループ』が『チーム』であるとしても、「チームが元々グループでなければならない」のは確かなこと。仲間がいなければ、チームを編成することがきませんし、人が集まらなければ、どんな理想を掲げようともチームは成り立たないわけですが、そこには、なんらかの求心力が必要になります。

大人の世界では専らお金がその求心力。これを目的とし、自己評価基準や社会貢献度指数として認識している人も少なくありません。いわゆる「プロ」ですね。もちろん、それだけではないと思います。これを逃してはなるまいという機会擁護や、特定のチームメートへの憧れ、さらには「地域が近い」とか「何かのご縁」という観念が箍となっている関係も、なきにしもあらずでしょう。

ところが、子どもたちには、もう少し違った要素があります。単に集うことのへの喜びとでもいいましょうか、「今日は誰ちゃんの家に誰々と泊まる」というだけで、子どもたちは“ウキウキ・ドキドキ”します。



でも、子どもには、たいした経験則もありませんので、彼らはとりあえずなんでも信じてから始めます。お化けだって信じてから始める。こういう連中は、ただ集っただけでも楽しい。各々はすべて未完成品であり、坩堝のように溶けあいながら枕を投げたりボールを蹴ったりするのです。

子どもの求心力は、「楽しさ」即ち「遊び心」とでも言うべき類のものであり、刹那的な場合もあれば、サッカーのように奥深い遊びもある、枕投げは喧嘩へと発展することもあり、泣く奴もいれば怒り出す奴もいる、それでもまた集う。「未完成の個々」と共感しあう「遊び心」があるからこそ、彼らは再び集い、ある時は高め合い、ある時には驚くようなコンビネーションを見せてくれるわけですね。

――ということで、ちょっとまとまらない感じですが、これ以上書くと更に脱線しそうな感じもしますので(苦笑)、今日のブログはこの辺で。思うがままに書き連ねてしまいましたので、正直、訳が分からない文章になっちゃいましたこと、お詫び申し上げます。

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Last updated  2008.02.22 19:47:22


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MASAKI FC U-10 @ Re[1]:自立を促す子どもへの接し方(03/17) Prima8さん、コメント、ありがとうござい…
Prima8 @ Re:自立を促す子どもへの接し方(03/17) まさにその通り。また、なるほどと思うな…
MASAKI FC U-10 @ Re:祝!!(03/12) NOBさん、お祝いメッセージありがとうござ…
NOB@ 祝!! 誕生日おめでとうございます。 そうかぁ…
MASAKI FC U-10 @ ご意見、ありがとうございました。 ご意見、ありがとうございました。 成…
MASAKI FC U-10 @ Re:すばらしい!(03/04) 郁母さん、書き込み&もったいないお言葉…
sじ@ Re:チーム練習日!(03/08) 以前から感じていましたがどんなに体調管…
郁母です。@ すばらしい! 初めまして~  ずっと読ませて頂き、感…
RIHOママ@ Re:『東金フットサル大会』の見学に行ってきました♪ こんにちは!娘の所属するチーム名を見つけた…

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