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友人がレンタルしてきて「面白いから一緒に見ようよっ」と誘われ「ファインディング・ニモ」を初めて見た。っていうか、ディズニー映画をちゃんと見たのは生まれて初めて。海外のアニメ作品って色や線がくどくて見る気がしなかったのだ。ところが、「ファインディング・ニモ」はよかった!いまさらながらって感じだけど。とても面白かった。エンターテインメント性に貫かれ、人気が高いのもうなずけた。CGは美しいし、それぞれのキャラクターも際立っている。アイデアにあふれ、ストーリーも巧みだ。これなら子供たちもまったく飽きないわけだ。そして、約1時間半の時間が、長く感じた。物語に引き込まれていたため、もっと長い時間ニモの世界を旅してたような気になる。この「引き込む」っていうのが、舞台でも何でも創造の世界では大事だよなあ・・・それができたら勝ち、だ。ちなみに、ニモの中で私の一番のお気に入りのシーンは、魚を食べないサメの集会で、友達の魚を連れてくる約束が、「連れてきたんだけど、はぐれちゃったんだよ~」と言いつつ口のはしから魚の骨がちょろんと出てきてしまうシーン。・・・友人には「案外ブラック好きだね~」と言われてしまった。
2004.11.28
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足首をまだ痛めていて、ダンスに出れないので最近ちょっと興味のあったヨガのクラスに初めて出てみた。初心者向けの座位の多い内容で、私にはちょうどいいくらい。ヨガ独特の呼吸はまだよくわからないが、深く呼吸して、あぐらをかいて、おシャカさまのように親指と人差し指で円をつくって膝におき、目を閉じると、確かに不思議と落ち着く。ずいぶん前に天照大神の役をやったときのことをふと思い出す。宗教は違っても、太古の力、太古の知恵、太古の精神、太古の存在のあり方などがすーっと自分におりてくるような心持ち。・・・といっても私のやったのは思いきりコメディだったけどねっインストラクターの言葉に従い、さまざまなポーズをゆっくり真似る。形ができあがると、「はい、●●●のポーズの完成です」とインストラクターが告げる。ひとつひとつにみんな具象的な名前がついている。猫のポーズ、とか真珠貝のポーズ、とか。鷺のポーズはきつかった。ごきぶりのポーズはちょっと気持ちが複雑。そういうのは形象が似てるからわかりやすいが、たまに不思議な名前のポーズがある。腕や足を体に組みつけたポーズは「はい、やさしい牛の顔のポーズの完成です」・・・・やさしい牛かあ・・なるほど、穏やかな牛の顔に見えなくもないかあ。きっと険しい牛の顔とか、淋しい牛の顔とかそのうち出てくるんだろう。それから膝立ちになり、片足は横に伸ばし、上体を、伸ばした足のほうへ倒し曲げ、ひじを上にしたちょっときつめのポーズは全身が二等辺三角形みたいになる。「はい、やさしい三角のポーズの完成です」おおっ?!!三角にも性格があるのか!目からうろこが落ちる思い。インド人は奥が深い!面白いぞ~。「怒ってる三角のポーズ」とかあるんだろうか?そんなことを考えながら、やさしい気持ちで三角にならなくちゃ!って思った。最後は死体のポーズ。仰向けになり、全身力を抜き、口までぽかんとあける。照明を落として暗い中に静かに身を横たえる。「好きな風景や好きな人などを思い浮かべてお休みください」と言われ、私は草むらに寝転んで星空を眺めてる気分になった。草のやわらかさ、かすかな夜風、それらを手や頬に感じながらひんやりした地に身をあずけ、宇宙に向かってひらかれている感じ。淋しいような、幸福なような、哀しいような、安堵するような。ちょっと涙が出てきた。死体のポーズ。ヨガが気に入った。ヨガ、いいなあ。来週も出てみよう。最近運動不足で、踊れないもどかしさも感じていたところだったけど久々にいいクラスを受けて、気分良く帰りの電車にのって反芻していると、・・・・もしかしてやさしい牛の顔の「やさしい」って「GENTLE」じゃなくて「EASY」のやさしい?やさしい三角も、優しいんじゃなくて易しい?そうだよね~、「やさしい」は牛の顔や三角にかかるんじゃなくて「ポーズ」にかかる修飾語だよね~。やさしい三角なんていないよね~。気づくの遅いわっ!!
2004.11.25
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友人に電話した。彼女は声優の専門学校で演劇クラスを教えている。先日ひょんなことから、私の大学時代の演劇の師匠が同じくそこで演劇講師をしていることが判明し、びっくりした。世間は狭い・・・それをきっかけに、お風呂にはいってぼーっとしてるときになんだか大学時代にフラッシュバックしてた。大学時代は、今思うといい気なものだと思うけれど、とても解放されていて、やりたいことにのめりこんでたくさんの人に刺激をもらって、走りつづけていたなあ。バカみたいになっていた。ほんとにバカだった。あんなにバカになれてる時代はほかにない。それは貴重なことだ。ミュージカルのサークルにのめりこんでいた。公演前ともなると、昼間はダンスや歌、その合間に講義に出席、夜は芝居の稽古、そのあとファミレスで打ち合わせと夕食、アパートへ帰って衣裳を縫ったり染めたりして夜が明ける。鏡がわりに夜のガラスに姿をうつしてダンスを練習した。シャットアウトされた穴倉のような小さな劇場が好きだった。打ち上げのあとの朝の新宿のしらじらしさが好きだった。大学で手書きのポスターや、コピーした公演ちらしをたくさんたくさん壁にはって歩いた。ドアにもはった。足元の階段にもはった。エレベーターにもはった。トンネルにもはった。よそのちらしの上にもはった。はがされてもはがされてもはった。笑いながらバカみたいにはった。ほんと、バカだった。(清掃のおじさん、ゴメンナサイ)でも、そんなバカな情熱はいったい一生のうち、どれくらいあるのだろう?幼い、ばかげた、あんな瞬間は、あのときしかなかった。今の私はなんだろう?もっと狂え。
2004.11.24
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家の近くのショップ兼ギャラリーに依頼されたホームページ、デザインはOKが出たけれど、仮の写真を使っていたので、今日は閉店後に、実際の商品の写真を撮りに行った。その前に女性オーナーに食事に誘われたので、軽く食事しながら商品のこととか、仕入れの話とか作家さんの話などを聞き、その中からHPのキーワードなどをメモった。さて、実際写真を撮り始めると、けっこう難しいと思った。簡単な商品撮影のデジカメ講座を受けたことはあるのだが、なかなかそうは準備も整わず、お店のライトで、割とフツーに撮影した。きっと、後からたくさんやり直すんだろうな・・・でも、やってみて直して、やってみて直して、の繰り返しかもしれない、それでいいのかもしれない、と思った。それにしても写真の撮り方、もっと勉強しないといけないな。雑貨、バリの家具、陶器、手芸品、絣や絹の服、ストール、アクセサリー、絵画、など、撮り始めると実にさまざまな商品を扱っているなあと改めて思う。それに、「こ、これはいったいなんですか?!」と聞いてしまうような、ふし~ぎなものまである。いや~、面白い。面白いよ、この店。なんかいろいろ自分で欲しくなってしまう。でも今日は撮影のために来たんだから、またお客さんとしてあらためて見にくればいいんだよねっ。と思いつつ、服を一着試着してみた♪気づくと2時間近くたっていて、かなり疲れていた。でもこれでしばらく手をつけられなかったのが、一歩前進できる。がんばろ~。それにオーナーはネットショップのこと、けっこう本気みたい。私は以前有頂天になって喜んでたけれど、実際のところ半信半疑だったから、これは気を引き締めて慎重に行かないと、とあらためて思った。
2004.11.06
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愛知での100km歩け大会のあと、四国の友人のところへお見舞いに行った。もう入院してから1年半がたつ。うつの時期もあったけれど、基本的には脳の病気だ。そして、日本ではまだあまり認識されてない病気で、病院でもいい扱いをされない。病院も一度移ったのだが、今の病院でも邪魔者扱いされていて、病気と闘うこと以外に、まず周囲の偏見や無理解と闘っている。ストレスと闘っている。それでも彼女はいつも明るく穏やかにユーモアとやさしさと気遣いを忘れずにいる。私の悩みさえ聞いてくれる。それどころか、いろんな人が無自覚かもしれないが、彼女に癒されるためにやってくる。しかし、中には彼女をむしばむ人もいるのだ。得るものだけ得て、彼女の心に泥をぬりつけて帰っていく。彼女はとてもピュアなところがあって、ある意味無防備で、ときどきもどかしくなる。私が2日間行ってた間に、大変なことがあった。信じられないようなことが目の前で起こっていた。最近は病院でのさまざまな問題が摘発されたりするけれど、そうしたものは氷山の一角で、実際、どれほどの理不尽なことが水面下で行われているかとおそろしい思いがした。病院というのは閉塞的でこわいところだと、初めて痛感した。そして、理解されにくい病気だから無理もないのかもしれないけれど、彼女もその理不尽な矢をこれでもかというほど、浴びている。病気で弱っている心身に、追い討ちをかけるかのように。話し合いが終わり、主治医もご両親もいなくなってから、彼女はこれまで思いをめぐらせてきた自殺の話を始めた。以前はベッドから起きることもできなかったから自殺できなかったけど、今ならできる、と。私は自殺を否定しない人だけど、そんな話が出ればやはりこわばる。しかし、体の自由のきかない彼女から、思考の自由を奪うなんてことは私にはできないし、ある意味、そうしたこともすべて考え抜くことは、彼女にとっては健全なこと、救いとなることだと思ったので一切否定はせず、話を聞いた。それに彼女は哲学科のときのクラスメイトなのだが、院にまで行ったのだ。単なる逃げや、周囲への見せ付けや振り回すための言葉ではまったくない。あまりに切実すぎて、私はほとんど何も言ってあげられなかった。しかし、だんだん私自身の話もしていくとようやく彼女も落ち着いたのか、最後には私が迷い悩みながらも、元気にやりたいことをやっている様子を見て、またそうした生活に戻りたいと強く思った、と言ってくれた。彼女の闘いはまだまだ続く。私にできることはどれほどあるのかわからない。楽観的なことも励ましの言葉も、言うにためらわれるような状態だけど、彼女に関わり続け、何でもいい、私にかけられる言葉をかけ、心の底から、自分の存在の底から「生きててよかった!」と思えるときが来る希望を予感させてあげたいと思った。私が10代20代のとても不安定な、生きるのが虚しくてしょうがなかったとき、彼女はさまざまな言葉と価値観で、私を支えてくれた。信じるものがなかったとき、それは私にとって小さなともしびだった。今は私が彼女のともしびになってあげられてるといいんだけど。
2004.11.02
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