Atelier Mashenka

Atelier Mashenka

2005.10.08
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カテゴリ: アート
日本橋高島屋で開催されてる「ユトリロ展」を見てきた。
一村雨さん のブログで紹介されてて、ユトリロ見たくなって。

まずざっと見て、モンマルトルの風景にとても甘い懐かしさを感じた。
7年前パリで、憧れのモンマルトルを歩き、目にした風景や建物。
白亜のサクレ・クール寺院、モン=スニ通り、ラパン・アジル、
ムーラン・ド・ラ・ギャレット、小さな葡萄畑・・etc.

不思議な高揚感と懐かしさが鮮やかによみがえってくる。
またこの界隈をゆっくり歩きたくなった!


ユトリロの絵は、「白の時代」の展示室がやはり一番落ち着くかなあ。

ラパン・アジル(はねうさぎ)という酒場の概観を描いた作品がよかった。
でも期待しすぎたのか、白壁の絵は案外少なく感じた。

その後の直線の際立つ作品時代、さらに色彩の時代、
それから「白の時代」の焼き直しの時代、と変遷していくが、
「白の時代」を超えることは難しかったようだ。
好きだなあ、と感じられる作品を私には見つけることはできなかった。


たくさんのパネルに彼と母親の人生や、さまざまなエピソードが掲げられ、
みな熱心に読んでいる。
紹介ビデオコーナーも毎回立ち見がいるくらい、とても混み合っていた。
私も以前彼と母親シュザンヌ・ヴァラドンについて本を読み、
ある程度知ってはいたが、あらためて考えさせられた。


これほどまで画家としての自覚や野心のない画家も珍しいだろう。
また、そうであるが故に、母、母と結婚し義理の父となる友人、
それから年上の妻、そんな一番身近な人々に売れる絵を描かされ続け、
ユトリロ自身も一杯の赤ワインのために絵を安売りしてしまう・・
あまり主体的に絵を描いていたとは言いがたいような・・



「白の時代」の作品群には、母親の愛情が欲しいという一心と、
やるせない孤独が結実し、深さと重厚感が感じられるけれど
大量生産させられた作品群に、彼は情熱や意欲などはあったのだろうか。
それが読めない。


通常、「情熱」があっても「アーティスト」や「プロ」になれない人が
絶対的に多いと思う。
「アーティスト」であっても「プロ」でない人、
「プロ」であっても「アーティスト」でない人、
そういう人たちもたくさんいると思う。

でもユトリロは資質的には恵まれ、優れた「アーティスト」であって
しかも「売れる」という観点からすれば立派な「プロ」でもあるのに
それに見合う、絵や芸術に対する「情熱」が薄かったのではないかと疑ってしまう。

「白の時代」に関しては白壁のマティエールの追究などに情熱を傾けたけれど、
それは母親への愛情の希求の強さゆえであったのか、
短い「白の時代」後は、その追究は深まることはなかった。
売れる絵を大量生産したのも、母のためだったのだろうし、
ひどく年上の妻と結婚したのも、母の代わりと言っては乱暴だけど・・・


母ヴァラドンによって画家ユトリロは生み出され、
母ヴァラドンによって画家ユトリロは葬られた。

そんな言葉がふと浮かび、母性のおそろしさをちょっと感じた。


そういえばパネルには、
屈折したエディプス・コンプレックスだったのでは、という説があった。
確かに母親を慕い、父親を退けようという
単なるエディプス・コンプレックスとは違うだろう、
退けるべき父親は最初から不在なのだから。

一般には自分より強い父親や、絶対的な強さの存在を乗り越えることで
男性は大人になっていく過程があるのに
彼には父親もいない、絵の師もいない、
しかしここでヴァラドンのような強烈な母親がいたらどうだろう。


画家であるヴァラドンは、ある意味ユトリロにとっては
母性だけでなく、父性も持ち合わせた存在だったかもしれない。
愛情を希求するだけでなく、乗り越えるべき存在だったかもしれない。
つれなくされ、立ちはだかり、憎んだかもしれない。

と同時にそんな絶対的存在に縛られていたい、という複雑な欲求も
あっただろうと思う。
ひどく年上の女性と結婚したのもそのあらわれではないだろうか?
また、彼はジャンヌ・ダルクを崇拝していたと言うが、
そういった両性的な強い存在にひかれるのも
母ヴァラドンとの関係が影響しているのではないかと思う。


色彩の時代からは、お尻の大きな女性をたくさん絵に描きこんでいる。
母親を神聖化するあまり、他の女性への嫌悪感が強いのでは、と
パネルの説明にはあったが
むしろあれは母親の姿そのもののような気がした。

白壁に想いを塗りこめるのはやめ、
母親の姿を直接描きこむようになったのではないだろうか。
思慕と嫌悪。愛しながらも憎んでいる、そのあらわれ。
乗り越えたいけれど、縛られていたい。
色鮮やかに彼の絵に点々と描かれるお尻の大きな女性の姿。
あれらはまるで、亡霊のようだ。

果たして彼は母を乗り越えることはできたのだろうか。


後期の作品はあまり評価できないなあ、と思いつつも
ビデオで紹介されていた最晩年の作品には興味をもった。
エッフェル塔の見えるパリの雪の街路の絵だが、
実際には存在しない場所だという。
希望がわく。

母がなくなってからの彼の人生は意欲もなく、生活にも困ったらしいけれど
最後の作品には何かいいものを感じる。
彼なりに不遇の時代を超え、たどり着いたものが
そこに見えるかもしれない。
「情熱」に代わる何かが、母への執着に代わる何かが、
そこにあらわされているかもしれない。
実際、見てみたいと思った。

なんだか作品自体よりも、他のことをたくさん考えさせられる展覧会だった。






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Last updated  2005.10.10 03:20:00
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mashenka @ Re[1]:生誕120年 棟方志功展(11/12) 一村雨さんへ お久しぶりです! 私もうな…
一村雨 @ Re:生誕120年 棟方志功展(11/12) お久しぶりです。 この展覧会、棟方志功の…
mashenka @ Re[1]:サントリー美術館「京都・智積院の名宝」(01/21) 一村雨さんへ 素晴らしい障壁画でしたね…
一村雨 @ Re:サントリー美術館「京都・智積院の名宝」(01/21) 安部龍太郎の「等伯」を読んで、この親子…
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