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引っ越ししました。新しいおせんの江戸日誌は殺風景とも言えますがシンプルと解釈することもできます。トップページ以外はコメントできるよう設定してありますので気が向いた折りにはどうか一言...なお記事の一覧はタイトルの斜め右上の英文字のAll archives をクリックで表示されます。今後ともよろしくお願いいたします。
2012年09月02日
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お久しぶり、まずは暑中お見舞い申し上げます。江戸はまだまだ 夏真っ盛り、残暑だなんてまだまだ。。。けれど平成の日本よりは江戸のほうが涼しいようでございます。さて、手みやげ代わりに引っさげてきたのが耳寄りお得情報!興味無い方にはまったく値打ちの無い『耳寄りお得情報』ですが興味ある方には朗報なので。そのお土産とは楽天ブログからの記事もコメントも丸ごと引っ越しする方法がめっかったということでございます。広告が厭で厭で、でもどこのブログも楽天からの引っ越し対応してない!そんな時検索しまくって、とうとう見つけたのがエスカルゴの国から。そして、そこから訪れた簡単にできる「楽天ブログ」のバックアップと他ブログへのお引っ越し方法の詳しい解説が私を 仁王立ち、イヤ違った!奮い立たせました。が、引っ越しに必要とされるバックアップツールはアタシのパソコンでは非対応のもので残念無念。。。でも引っ越ししたくてツールも使える環境にあり、なおかつ根気のある方ならブログ引っ越しは楽天でも可能なのです。不可能なアタシの場合は引っ越ししたいといったん思いたつと矢も楯もたまらなくなってしまい、手作業でもいいからと、現在一つ一つの記事に手を加えながら無料会員でも広告非表示可能というブログに引っ越しの最中なのです。それにしても今まで頂いたコメント欄ごと引っ越せるというのは魅力です。。。
2012年08月25日
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ご無沙汰 申し訳もなく身も縮まる思い。。。もうしばらく もうしばらく待っていただけるのなら待って頂きたく ・・・また、見捨てられるもそれはそれでいたしかたなくわきまえておりますゆえムラ気なおせんゆえの放置癖どうかご容赦くださいませ
2011年07月28日
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花見を一日がかりで楽しもうと酒や料理などをゆっくり口に運びながらくつろぐ、飛鳥山に集う人々・・・どこからか、花見客の誰かが弾いているらしい三味線の音が流れてくると、他所の人がそれにあわせて唄ったりなかには踊り出す者もいたりして花見客の気分は盛り上がります。いつになく楽しげな大人たちに、子どもたちも嬉しくてたまりません。風に舞う桜の花びらを追ったり、青々とした下草の上に寝転がり、着物の前がはだけるのも構わずにゴロゴロと転がってみたり。そんな子どものうちの一人が遊ぶのに飽きたのか、まだ良く回らない舌で、「お父っつあん、まだ?」と言えば、母親らしい町女房姿の女が「もうじきに帰ってきなさるヨ。 そしたら、お昼にしようねえ。 サ、長吉、こっちおいで」男の子の名を呼んで自分の丸い膝の上に乗せました。桜の木の下に敷かれたゴザの上、母子の傍らには弁当らしき包みが置かれてあります。どうやらこの母子は、”お父っつあん”なる男を待っているようですが、この長吉と呼ばれた男の子は桐屋の総領息子でその母親は、あのおトメなのです。菊坂町のおシカ夫婦のもとへ客として通いつめた丑蔵は次第に夫婦の心を掴むことに成功し、そこで初めて自分の素性を明らかにしました。そしておトメを女房にしたいと胸の内を明かしたのです。もちろん、おトメが自分の妾だったことなどおくびにも出しません。そのあたりはい良いように取り繕い、おトメとは昔からの知り合いで女房にしようと考えていたし、これから先おトメが昔の事や自分の事などを一切思いだせなくても、その気持ちは変わらない、女房にしたいと訴えたのです。それを聞いた老夫婦がおトメの過去につながる人が現れたことを大いに喜び、おトメの説得にかかったのは当然のことでした。おトメにとっても丑蔵が言った、過去にこだわらないという言葉は心強いものだったに違いありません。 ・・・・・・・惚れ薬(八十四)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2011年01月23日
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丑蔵がいとまごいをしているところへ折よく現れたのが、桑田屋喜兵衛。「遅れまして、まことに 申し訳もございません」「おぅ、やっと来たか」待ちかねていたらしい大殿さま、これへと喜兵衛を手招きします。小腰をかがめて大殿さまの前に進みでた喜兵衛は「手前どもの店で作らせた ものでございます」下男達に持たせてきた四つの風呂敷包みを差し出しました。 歌川広重 桜につなぎ猿*****************************小梅村に住む棟玄坂吉之助の為に浅草茶屋町にしもた屋を借り受けて板前らを住まわせ、弁当を作って届けさせていた喜兵衛でしたが、当の吉之助が実家に帰るとそれも無用の事となりました。しもた屋を漢字で書けば仕舞屋になりますが、元々は商売をしていたけれど今は商いをやめてしまっている、仕舞うてしまった商家のこと。商いをやめた店主はそのしもた屋で隠居生活を送ったりもするのですが、なぜかこの家は貸し出しをしていたのです。引き払うつもりで、そのしもた屋を訪れた喜兵衛でしたが家の前の人の流れを眺めるうちに考えが変わります。『ここは米屋だったらしいが、それではもったいない。 浅草寺参詣の行き帰りの人たちは生米よりもすぐに 食べられるものを喜ぶに違いない・・・」しもた屋の持ち主と交渉した喜兵衛はその家を買い取って、板前はそのまま、下働きの者を二名増やして次男坊を店主に据え、料理屋くわたを開店させました。参詣客相手の料理屋なので、吉之助に作っていた料理よりも安価なものになりますが板前の腕が良い上に気の効いた品を出しますからこれが大当たり。そのうちにその評判が武家や富商にまで伝わることになり、そのような人たちの頼みがあれば貸し切りにして、高級な料理を振る舞うまでになっているのです。そのくわたの板前がここぞとばかりに存分に腕をふるった料理の数々が、樋津家の大殿さま始め一行の者たちの目と舌を大いに喜ばせたのは当然のことと言えるでしょう。 ・・・・・・・惚れ薬(八十三)にほんブログ村ランキング参加中ポッチンひと押しで応援をこのお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2011年01月16日
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緋毛氈が敷き詰められた幕の中には、出入り口から最も遠い場所が少し高く仕立ててあります。それが上座となるのか、そこに座った樋津の大殿さまはすこぶる上機嫌のようです。きょうは娘の和枝とその子ども和之助を交えて十名ほどの従者たちを引き連れた花見、ゆったりとくつろぐ大殿さまの機嫌が良いのも頷けます。三年前、乾家老に第一子が誕生するとまもなく樋津家の当主孝政の婚儀が執り行われました。その次の年には世継ぎの男子が誕生し、次いで和枝の再びの懐妊と、たて続けに吉事が続いたために大殿さまの喜びようは大変なもので「もう儂なぞ、いつ死のうとも良いのじゃ」などと言ってはばからないのですが、その言葉とは裏腹に顔の色艶や張りのある声などは生気に満ちています。きょうの樋津家の花見の宴には自ら出向き、極上の酒を角樽に入れたものを献上した桐屋丑蔵なども、「これ桐屋、おぬしも中々に隅に置けぬ男じゃの。 聞いておるぞ フォ~ッフォッフォッホ~」「いえ、決してそんな。手前は ベ、別に」大殿さまにいいようにあしらわれてへどもどするばかり。隅に置けぬと言われた丑蔵の盃に、折からの風にひらりと舞い落ちた桜の花びら一枚・・・どうやら丑蔵にも春が訪れたのかもしれません。 ・・・・・・・惚れ薬(八十二)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2011年01月16日
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相も変わらず菊坂町の団子屋通いを続けている丑蔵ですがおトメとの間は進展するでもなく、かといって後退するでもなく不思議な均衡を保ったままのようです。ところが丑蔵に焦りの色は見えず、一人きりの時に「梅は咲いたか桜はまだかいな ~ 」などと端唄を口ずさんでいるところを見ると団子屋通いが功を奏し始めているのかもしれません。############################################## それから時は流れて ここは王子の飛鳥山、たくさんの桜の花が今を盛りと咲き誇っており、大勢の花見客で大層賑わっています。良く晴れているために広々とした飛鳥山の頂きからは遠く富士山もくっきり見え、満開の桜の木々とまばらに生えている松の木の緑が映えて、まさに絶景。持って来た三味線を弾く者、それに合わせて唄う者に踊り出す者など、皆が心から花見を楽しんでいます。江戸には桜見物が出来る寺社などもあるのですが、境内で酒を飲んではいけないなどという窮屈な決まり事を嫌って大名や一般の武家なども庶民に混じってこのような場所で花見を楽しむことも多いのです。そんな武家の一行なのか、ここ飛鳥山にも家紋入りの立派な幕を張り巡らした一画があって、そこへ一陣の風が吹きこんで幕が大きく膨らみ、中から「フォ~ッフォッフォッホ~」どこかで聞いたことのある笑い声・・・掲載が遅れたお詫びに今回は音曲付きにしてみました。音量はかすかに聞こえる程度が良いでしょう。例えて言うなら隣の家からかすかに聞こえてくる、そんな感じですネ。唄と共にきょうの記事を初めから読み直せば江戸の雰囲気が味わえると思うのですけどネ。 ・・・・・・・惚れ薬(八十一)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2011年01月13日
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あの日以来、毎日の茶をいれるのもそれを居間まで運ぶのもおトメの役割にして、やって来たおトメに何かと話しかけてやまない丑蔵。それで判ったのは大晦日に出がらしを捨て新しい茶をいれたのはおトメだったということです。水茶屋あがりのおトメが安物の茶葉で旨い茶をいれられたのは頷けます。悪い奴にかどわかされ命からがら逃げ出したものの、途中で負った大怪我のために、おトメの人柄が変わってしまったと、丑蔵は思い込んでいます。そんなおトメが今ではアカギレだらけの手で飯炊きや水汲みをやってのけていて、周囲の者たちにもその控えめで素直な心根が好かれていることが丑蔵から見ても良くわかります。妾の頃のおトメは我が儘で贅沢好き、その上に遊び好きでもあったので、当時の丑蔵もおトメを女房にするなど考えてもいませんでした。が、今のおトメを見ている内にあの時に口にした女房という言葉が丑蔵の中で大きな意味を持つようになっています。ところが、「今はもうおツメとして生きているアタシでございます。 これまでの事は旦那様もお忘れになって下さいまし。 そうでないと奉公替えも考えなくてはなりません」いつまでも丑蔵が過去にとらわれて、こだわり続けるのならアタシは奉公を続けられないから桐屋を辞めるとまで言ったおトメの中に昔の強情さが垣間見えて丑蔵は引き下がらざるをえませんでした。やると決めたことは必ず実行するおトメ、その強情さを丑蔵は知りつくしています。ここで短気をおこせば舞い戻ってきた蝶が、またどこかへと飛んで行ってしまう・・・そう考えた丑蔵はしばらく様子を見ることにしたのですが、そのしばらくという期間は丑蔵を、何が何でもおトメを女房にしたいという気持ちにさせるに充分なものでした。しばらくのつもりが三月もたち、蛇の生殺しのような状態にいよいよ辛抱ができなくなった丑蔵ですが、それでも我慢を重ねたあげく「将を射んとすればまず馬を射よ、か・・・」と、昔どこかで聞きかじった言葉を思いだしたのを幸いに、この頃ではせっせと菊坂町の団子屋に通っているようです。 ・・・・・・・惚れ薬(八十)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2011年01月10日
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つい我を忘れておトメを抱きしめた丑蔵、あたりに人の気配が無いといえ昼間から大胆なものです。しかし肝心なおトメはといえば、興奮さめやらぬ丑蔵の腕の中で、身を固くして言葉もないどころか思わぬ事態に気も失わんばかり。そんな相手の様子に、疑念を抱いた丑蔵はようやく身を離し、おトメの顔や体を眺めます。妾だった頃のおトメは、うりざね顔に作り眉、少しつり気味の一重目などがアダな女の印象を与えていたのですが、丑蔵の目の前にいる女は、ぽっちゃりした丸顔に生えっ放しの眉、険のあった目も頬肉に引っぱられるかして仏像のような柔和さです。それでも目の前にいる女がおトメだと確信した丑蔵でしたが、記憶を喪失していることを知って「わたしの事も忘れたのか、おトメ。 なんてことだ。お前はわたしの」妾だったじゃないかと言いかけて、さすがに今のおトメにそれを言うのははばかられ「お前はわたしの女房になる筈の女だったじゃないか」と言ってしまいました。おトメを女房にするなど少しも考えたことが無かったのに女房と口にした途端、以前からそう考えていたような気になった丑蔵は失われた記憶をよみがえらせようと、やっきとなって思い出話しなどを持ち出しておトメの肩を揺すりつつ掻き口説きます。けれど丑蔵の熱心な言葉の数々もおトメの記憶を取り戻す助けとはなりませんでした。その後も何事も無かったように奉公を続けるおトメですがそれをただ見守るしかない丑蔵にとっては今があきらめ時なのかもしれません。 ・・・・・・・惚れ薬(七十九)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2011年01月10日
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屋内にいる丑蔵からは、外から入ってきた女の顔がよく見えません。けれど土間に入る時、外の明るい光のもとで一瞬だけ見えた女の顔は、なぜか丑蔵をドキリとさせました。桐屋で働く何人かいる女中のひとりに違いないその女の顔がなぜ丑蔵をどきりとさせたのか・・・明るい陽光を背にして立つ女中の顔を確かめようと、じっと目を凝らす丑蔵に「おシカさんは道端で鯨売りと話し込んでなさいますよ」そう言ってから、女中は板敷きから自分の方を見下ろしているのがこの店の主人だと気づいたらしく、すぐに「アレ、旦那様」と、小さな声をあげました。ところが、その声音を聞いた丑蔵の驚くまいことか・・・「お、お、おトメっ! おトメだね!?」そう叫ぶなり丑蔵は足袋のまま土間に飛び降りました。妾だった頃のおトメに旦那様と呼ばれていた丑蔵ですから、聞き間違う筈もありません。かどわかされたはずのおトメが、なぜ女中となって桐屋にいるのか。そんな疑問がチラと丑蔵の脳裏をよぎったのも束の間のこと、無我夢中で女中に駆け寄ったのは当然です。そしてほっそりと柳腰だったおトメとは似ても似つかない女中の、その堅太りの体を力をこめて抱きしめました。奉公先の主人の突然の奇行に、戸惑いながらも水桶を下げたまま突っ立っているのは確かにおトメでした。そして、これは丑蔵の知らないことですが、今のおトメはおトメであっておトメではありません。年老いた老夫婦と菊坂町に暮らすおツメと名乗る女なのです。思いがけない縁だとか不思議な因縁を奇縁というのですが、おトメと丑蔵の場合もこれにあたるかもしれません。口入れ屋で幾つかあった仕事の中から通いができるからとおトメが選んだのが下富坂町の桐屋でした。その桐屋で主人と奉公人という間柄ながら再びめぐり合うことになった二人、やっぱりこれは奇縁と言うべきものでしょう。けれど、今では丑蔵のことをすっかり忘れ去ってしまい、おテツ捨三の夫婦を親とも思い、慕っているおトメが以前のような妾暮らしを選ぶとは思えません。 ・・・・・・・惚れ薬(七十八)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2011年01月09日
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この年も怠ることなく仕事に励むように、と年頭の挨拶を締めくくった丑蔵を前に、居並ぶ小僧たちは殊勝げですがその頭の中はきょうから始まる二日間の薮入りでいっぱいなのは明白です。盆と同じく正月の薮入りも日にちが決まっているのですが、桐屋では世間とは違って元旦とその翌日の二日を薮入りの日としています。正月の薮入りには小遣いだけでなく、着物の一揃えを主人の丑蔵から貰って親元に帰れるのですから小僧たちが喜ぶのも無理もありません。 他国から来ている小僧の場合だと、江戸での請人(身元保証人)の家で過ごすことになりますが、これはこれで楽しみであるのは間違いありません。ちなみに薮入りはまだ子どもである小僧たちが家に帰るもので、同じ住み込みでも成人している奉公人たちは店に残って思い思いの休暇を過ごすことになります。小僧たちが一斉に喋り出す声を背に、自室に戻りかけた丑蔵でしたが、ふと思いたって台所の板戸を開けました。大晦日の茶の一件をおシカに直接聞こうと思っての事だったのですが、そこに人影はありませんでした。かまどの大鍋からは湯気がたっていて、板場には刻みかけの野菜が置かれたままになっています。中庭への板戸が開け広げられているのは、井戸端へ洗い物にでも行ったものか・・・「おシカ。これ、おシカはいないのかえ!?」けれど、呼びつける丑蔵の声が終わらないうちに水桶を下げて戸口から入ってきたのはおシカではありませんでした。 ・・・・・・・惚れ薬(七十七)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2011年01月07日
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五人めの手代が年始の挨拶を終えて去ったあと、一服するつもりだった丑蔵ですが、さきほどから煙管(キセル)をくわえたまま火をつけようともしません。ここ桐屋では年が明けると、丑蔵のもとへ店で働いている主だった者たちが次々と年始の挨拶に現れます。その顔ぶれは大番頭の治助を始めとして番頭二名に手代が五名といったもので、そこまでは先ほど終わったところ。小僧や裏方で働く者たちには後でまとめて、ということになっています。丑蔵がぼんやりしているのは大番頭の治助が挨拶のあとに言った言葉に引っかかっているからなのですが、「正月用の茶は封は切られておらず、いれたはずのおシカ の言っていることも、はなはだ要領を得ない・・・」というのですから、いかにも解せません。常日頃から贅沢を戒めている丑蔵、店に働く者たちが飲むのは水だけにして食事の際にのみ白湯と決めています。自分自身も朝に安い煎茶をいれさせ、それから夜寝るまでの間は朝の出がらしで済ませているのです。安物の煎茶、それも出がらしの筈がいつになく旨く思えたのは、掛け取りが上首尾で終わったせいでもなかろう。あれこれ考えていても埒(ラチ)があかない。店の土間で、主人が来るのを首を並べて待っているはずの小僧たちもきっと、しびれを切らしているに違いない・・・あとでおシカを問いただすことに決めた丑蔵は、ようやくくわえたままだった煙管の雁首を炭火に近づけました。 ・・・・・・・惚れ薬(七十六)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2011年01月05日
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元旦のまだ早い時刻に、菊坂町の団子屋では新年の挨拶を済ませた三人がすでに食事を始めています。おトメが通いの女中奉公に出るようになってからこの家の朝食はずいぶん早くなりました。家を早く出なければならないおトメに、老夫婦が合わせることにしたからです。食事の内容は正月といっても普段と変わりなく、炊きたてのご飯に味噌汁と香の物という質素なものに過ぎません。 正月に餅のひとつも食べられない事を、嘆きもせず不満を言うでもなく「温かいおまんまが食べられてありがたいねぇ」などと嬉しそうな顔の老夫婦、一緒に食べているおトメも終始にこやかです。櫛を売った代金で米や油などの節季払い(ツケの支払い)を大晦日にきちんと済ませていることも三人の笑顔に良い影響を与えているのでしょう。やがて食事を終えて家を出るおトメを見送るおテツ夫婦。「気をつけて行っておいで」「お店の方のおっしゃることは良く聞くんだヨ」「アイ、行ってきますネ」お店用にとおテツが端切れを継ぎ合わせて縫った前垂れをキリリと締めたおトメ、良く似合っています。 ・・・・・・・惚れ薬(七十五)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2011年01月04日
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大晦日の掛け取りもようやく終わり、桐屋の主人丑蔵は火鉢に手をかざしたまま、少し放心状態のようです。江戸の頃は現金取引ではなく掛け売り商売が主流でした。掛け売りというのはツケ払いのことです。その客のツケを回収するのが掛け取りで、取り立てはお盆の前と大晦日の年二回というのが一般的でした。ところが客の中には、金繰りがつかないなどしてこれを払わずに済まそうという者が必ずいます。それ以外にも一部だけを支払って済ませようという者も珍しくないので取り立て側としては中々油断できません。客にしても、もし支払わなければ次からは売ってもらえなくなるので払わざるを得ないのですが・・・手もとにあるお金が少ない場合はそれぞれの店から来た掛け取りに、今払える金額を示して交渉(お願い)することになります。そうなると全額を貰いたい店側と小額で済ませたい客との間で、悲喜こもごもの攻防が繰り広げられることになります。そんな修羅場を乗り切った店の主人が、掛け取りがすべて終わった後に虚脱状態になるのは無理もないことでしょう。今回は掛け売り代金のおよそ九割近くを回収できた丑蔵は『盆の時よりはたくさん取り立てられた、良かった。 これで新しい年もまず心配ない。 それにしても乾様にお子がお生まれになるとは・・・』自らが掛け取りに出向いた樋津家で、小耳にはさんだ乾家老の妻女懐妊の話を思いだして、丑蔵は首をかしげます。はた目にも夫婦仲が良くないように見えたのに、と思いつつ運ばれてきたばかりの茶を口に運んだ丑蔵の眉間にかすかな縦じわがよりました。「これ、治助どん、夜は更けたとはいえ今はまだ大晦日。 その大晦日に正月用の上等な茶をいれるとは何事だ。 浮かれるにもほどがある」「ハ、ハイ。いつものようにおシカがお茶をいれたはず でございますが・・・旦那様もご承知のようにアレは この店一番の古株でございます。 そんな間違いなどしないはずでございますが」丑蔵に呼ばれた大番頭の治助が、そう言い残しておシカに事の真相を確かめるべく部屋を出た後、丑蔵は渋面のまま煙草盆を引き寄せました。たかが茶というなかれ、日々の飲食もすべておろそかにせず、無駄な支出を抑える事は商売人のイロハのイなのです。 ・・・・・・・惚れ薬(七十四)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2011年01月03日
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賀正 %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 初日の出 %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%何が目出たいって、正月ほどお目出たいものはねェ正月元旦の朝早くからアタシんちに上がり込んだ亀吉、そう言って、大層嬉しそうでございます。正月ともなると初日の出を拝みに行ったり初詣なんかに行く人が多くあって駕篭かきの亀吉なんかは書き入れ時のはずなんですが、「姐さん、親方には無理言ったんで三が日休めるんでサ」と屈託が無いどころか、次の餅を催促する始末。酒の肴に焼いた餅を食べる奴なんて亀吉くらいでしょうねぇ。ところで、ここの長屋じゃ正月に自前の餅を食べる者は一人もおりません。長屋にある後架(便所)の汲取料を我がものにしている大家が、長屋に住む人たちに一年の感謝(?)をこめてそのお金で餅を買い、配ってくれるからなんですけど、これはそんなに珍しい話では無いそうでございます。え!? 汲取ったモノはどうするかって?畑の肥やしにするんですよ、肥やし!屎尿も売れば結構なお値段になるそうで、アタシたちも随分『 コウカな餅 』を食べているって事。ふ・・・獅子舞 %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 獅子舞でも来ないかと思っているところに伝蔵がやって来まして、あぐらをかいた亀吉の隣にチンと座りました。「おせんさん、旧年中は色々とお世話になりました」と、キチンと挨拶する顔は血色も良く、聞けばあれ以来鬼女に出会うことも無いのだとか・・・良かったねえ。酒を飲み過ぎた時に出てくる鬼女におびえ、ずっと酒を断っていた伝蔵もきょうばかりはと、久しぶりに飲む気になっている様子。元気な伝蔵を見てアタシも何だか嬉しくなってしまい、御酒をいただくことにいたしました。亀吉なんかに餅焼いてたってつまんないですからねぇ。三人で車座になって真ん中には大根の煮しめとなます、ア!酒も奮発しまして、ふふふ たっぷり。あとはスルメをあぶったのがあって・・・そうそう里芋の煮っころがしも出来てたんだ。ウヒョ!初夢 %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 「ところでおせんさん、今夜見るのが初夢ってことになる、 そうでございますよねぇ」もはや酒の飲み過ぎでへべれけになった亀吉とは大違いの伝蔵はあくまで礼儀正しい態度を崩さない・・・が、こいつももう相当に飲んでいるのは間違いなく、その目も据わってきている。昨年の秋口から立て続けに鬼女に祟られた伝蔵のことだ、きっと今年こそは良い事があるよう願っているに違いない・・・「そうだねえ、元旦の夜に見れなくっても大丈夫だヨ あすの夜見たって立派な初夢、心配なんかいらないよ」そう言いつつもあたしゃ初夢よりも波池の旦那が気にかかる・・・フフ、一富士二鷹三茄子よりも旦那の夢のほうがいいねぇ。生身の旦那がいいに決まってるけど、夢でもいいから二人っきりで、フフフ ブフフ・・・そんなアタシをよそに、今まで酔っぱらって半分寝ていた亀吉が「おっかあの団子が喰いてエ!」と、突然に言い出して涙をぽろりとこぼしました。それを見た伝蔵はギャハハと笑いが止まりません。どうやらこの二人、酔えば人柄が変わってしまう笑い上戸に泣き上戸だったんですねえ。知らなかった・・・「おっかあは死んじまって、おっかあの団子はもう喰えねぇ。 で、それに良く似た団子をめっけたんですがネ、姐さん、 そこの店が流行らなくなっちまって ウェーン。。。。。 今日明日にも店じまいするかもしれないんで・・・エーン 」まったく面倒な男だけど、酔ってるんじゃ仕方もないそう思って亀吉に話を聞いたところによると、その団子屋というのが菊坂町にあって、今までは老夫婦でやっていたのがほぼ三月ほど前から若い女がそれに加わり、「若いといっても年増なんですがネ、ぽっちゃり肥えてましてネ 気働きのする、化粧気も無いのに色気があってなかなかいい女 なんですよお」どうやら亀吉は団子よりもその女に惹かれているようだねぇ。その団子屋の若い女っていうのが、亀吉が一度は口をきき駕篭にも乗せたことのあるおトメなんですが、そうと気づかぬくらいにおトメの見た目は変わってしまったんですねえ。もちろんアタシなどがそれを知る筈もありませんけどネ。縁起物 %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% そのうち仲良く頭を並べて横並びに寝込んでしまった男二人、亀吉と伝蔵のくっついた頭の下にアタシは七福神が描かれた絵を敷いてやりました。これを敷いて寝ると良い初夢が見られるんでネ。まだ夜じゃないが、ま、いいだろうヨ。さて、今年はどんな年になるか?一月一日に一歳年をとったおせん、年齢を数えでやるとこうなるんですが、これは皆さまも同じこと・・・いやモウ、まことにおめでたいことでございます。それでは皆さま 本年もよろしくお願いいたします%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%にほんブログ村ランキング参加中おせんへのお年玉代わりに、おひとつポチをぜひ。惚れ薬のお話しは、こちらが第一話めとなっております。お正月の飲み食いに疲れた時などにいかがでしょう。
2011年01月01日
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ある日、外出していたおトメが帰ってくるなりおテツ夫婦の前に置いたのは千鳥模様の紙に包まれた菓子折りでした。おトメは中の菓子を出して、二人に食べるよう勧めます。「おばさん、おじさん、これは鶴屋のお菓子ですよ。 見るからにおいしそうじゃありませんか・・・ 鶴屋は大層な客の入りで、アタシはこれを買うのに、 ひと苦労いたしました。 憎い商売敵とはいえ、あれほど鶴屋が繁盛しているよう では、この家の商売がたちゆかなくなったのも仕方が無 い事に思えました」鶴屋などの菓子を買ってきて、この娘は何を言い出すのだろうと怪訝に思ったおテツ夫婦に、おトメが「おじさん、おばさん、アタシのためにこの家は物入りも 増えて、まことに申し訳ございませんでした。 それで、もうこの家を出ようかとも思いました。 けど、それではたちゆかなくなった店と、今では暮ら しに困るようになったお二人を見捨てることにもなる、 それで、アタシは櫛を売ってきました」と、言ったものですからそれを聞いたおテツが非常に驚き「ア、あれは、あんたの身元につながる櫛じゃあないか! 着ていたものは血沁みがひどくて着られないが、あの 櫛さえ身に着けていれば、いつかあんたの身元が知れる かもしれないという、ただ一つのものだ! それを売るなんておツメはなんて馬鹿な娘なんだ・・・」興奮のあまり、あとの言葉が続かずに嗚咽し始めたおテツに、おトメは優しげな視線を送りつつ「あれは大層良い値で売れました。 きっとアタシのために、誰かが買ってくれたものに違い ありません。 でも、その櫛でアタシはこうしておじさんとおばさんに 御恩を返せるのです。 きっとその人も怒ったりなんかしません。それどころか、 喜んでくれるに違いありません」そう言うと懐から巾着を取り出して二人の前に置きました。「明日から女中奉公に出ることを決めてきました。 この中には櫛を売った残りのお金が入っています。 しばらくは食べるに困らないと思います。 もしおじさん達がイイヨと言ってくださるのなら、通い の奉公なので毎日この家から通えるのです。 頂いたお金は全部この家に入れます。だからいつまでも アタシをこの家に置いてくださいねえ・・・」おトメの真情あふれる言葉にたまらなくなり、どっと泣き崩れるおテツ、じっとうなだれたまま鼻水をすすり上げる捨三・・・手放した櫛は桐屋丑蔵にせがんで買ってもらった大切な品でした。過去を知りたい気持ちはあるけれども、この苦境を何とかしなければと思う今のおトメには、櫛を手放すにあたって何のためらいも無かったのです。 ・・・・・・・惚れ薬(七十三)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 皆さまへこの一年の御訪問やコメントなど、有難うございました。ムラ気なおせんが毎日のように書き続けられたのも皆さまの存在があればこそと感謝しております。七、十回ほどで終わるつもりで始めた惚れ薬でしたがとうとう、こんな長いものとなってしまいました。年が明けてもこれまで通り宜しくお願いいたします。新年が皆さまにとっても良いお年でありますように。 鯉口のおせん
2010年12月31日
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おテツ夫婦の営む団子屋の近くに出来たのは、江戸でも評判の高い菓子舗鶴田屋喜兵衛から暖簾わけした鶴屋という店でした。長年奉公していた者の年季が明け、その店の屋号や商標などを使わせてもらって新たな店を開くのが暖簾わけです。けれど、その場合は自分の店であっても経営の好き放題は許されません。本店の経営方針を良く理解し、その意向に従う事が第一、半独立の言わば支店のようなものといって良いでしょう。暖簾をくれた店の評判を落とすような真似は決して許されないのです。けれども新店独自の菓子を売り出すにも本店の許可が要る代わりに、本店と同じ品揃えが許されるのですからとても有利であることは間違いありません。買う側にしてみればすでに定評のある鶴田屋が暖簾わけした鶴屋の品に間違いは無いという安心感があります。 素朴で甘みも少ない、はっきり云えば垢抜けしない団子を売っていたおテツ夫婦の団子屋、日ごとに客が減ってゆき団子が売れ残るのも当然の成り行きと言えるでしょう。年寄り二人なら喰うにも困らなかった団子屋稼業でしたが今はおトメという食い扶持が増え、そこへ減収となったのですから大変です。名店鶴田屋の後ろだてがある鶴屋、それにたちうち出来る才覚も資力も無い団子屋が、この苦境を乗り越えることはとても出来そうにもありません。 ・・・・・・・惚れ薬(七十二)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月29日
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おテツと捨三の老夫婦と一緒に暮らすようになってから、おトメは今までとはまるで別人のように変わりました。肉親の情というものを知らずして育ったおトメでしたが、年老いた二人と暮らすことにより家庭の暖かさを生まれて初めて知り、味わったのです。おトメはおテツ夫婦への感謝の気持ちとは別に、二人に対して実の父母に対するような感情を抱くようになってゆきました。その親同然のおテツ夫婦の仕事を、自然に手伝うようになったおトメは、身を粉にして働きます。化粧気も無くタスキがけ姿で店を手伝い、薪割りなどの力仕事も嫌がるどころか進んでします。通いの女中に家の事を全部任せて遊び歩いていた妾の頃とは大違いなのです。良く働き三度の食事もしっかり食べるようになった為におトメの細かった体はたくましく太り、険のあった顔つきも今では穏やかなものに変わっています。そんなおトメを、もし桐屋丑蔵が見ることがあったとしても、果たして分かるのかどうか・・・しかし、細々と団子を作っては売るというような商売の売り上げなど、たかが知れています。そんな団子屋のすぐ近くに新しい菓子屋が店を開いたのはおトメが引き取られて三月め、年の瀬間近の頃でした。そこの菓子が安くて旨いというのでおテツ夫婦の団子の売れ行きはガタンと落ちてしまうのです。そういうわけで貧しくとも満ち足りていた三人の暮らしは、変化を余儀なくされることになりました。 ・・・・・・・惚れ薬(七十一)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月29日
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老夫婦に引き取られてふた月もすると、頭の怪我もすっかり治り、元気になったおトメが菊坂町の団子屋で働く光景が見られるようになりました。そんなおトメの事を、店の客や近所の人に聞かれ「おツメって名前なのサ、遠縁の出戻りでネ」と、老夫婦が言うのには訳がありました。おトメは記憶を失っていました。自分の家も、名前も何もかもが思いだせないのです。石段で頭を打った、それが災いしたのでしょう。ひん死の重傷から蘇生したおトメは運が良かったのか?それとも悪かったのか・・・おトメの記憶が戻ることはついにありませんでした。桐屋丑蔵のことも惚れ薬のことも、すべては記憶の闇の中に永遠に埋もれ去ってしまったのです。おトメの住んでいた金沢町は今の千代田区外神田にある昌平小学校のあたりでした。一方、おテツ夫婦の団子屋がある菊坂町は文京区の本郷小学校近くになります。この間は直線距離にすれば、わずか二キロにも満たないものです。もちろんおトメは菊坂町を目指して走ったわけではないので、あちこちを迂回するなどして相当な距離を走ったものと思われます。裸足のままで走ったせいで、おトメの足は生爪が剥がれていました。そのことが、印象に強く残っていたおテツ夫婦、本人が思いだすまではとおツメという名前に決めたのです。名前すら覚えていないというのは憐れですが、名無しのままで済ませるわけにはいきません。それは当の本人にとっても仕方のないことだったのです。ここから先をおトメ改めおツメと書いていけば混乱が生じかねませんので、今まで通りおトメの名で通す事にします。ただし老夫婦の会話などではおツメとなります。 ・・・・・・・惚れ薬(七十)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月27日
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おトメの意識が戻ったのは、大怪我をしてから実に十日もたってからのことでした。あの、月の照り渡る夜におトメを助けたのはおテツという老婆でした。おテツは近くの家に報せ、二町先にある自分の家におトメを運んでもらうと亭主の捨三と共に看病を続けました。老夫婦が医者を呼び、親身になって世話した事がおトメの命を救ったのは間違いありません。この老夫婦は昔から小さな団子屋をやっているのですが、夫婦二人きりの暮らしのその先に何の楽しみがあるわけでもなく、ただただ団子を作っては売るという毎日でした。あの世からのお迎えがいつ来るのだろうか?楽しみといえばそれくらいだったところに舞い込んできた怪我人の存在は老夫婦の暮らしに張り合いと活気をもたらしました。あれこれ世話をするうちに情が移ってしまったおテツが、体の自由がきかず、何かと自分たちを頼ってくるおトメのことを「フフ、まるで赤ん坊じゃないか、年増だけどネ」と捨三に語り、捨三もそれに深く頷いたものです。 ・・・・・・・惚れ薬(六十九)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月26日
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浅草寺でひいた末小吉のおみくじを、以来お守り代わりにしている丑蔵ですが、今もそのおみくじを懐中に忍ばせています。樋津家のおめでたい席に居ながらも、こうしている間にもおトメをかどわかした奴から何か連絡があるかもしれないと、考えがそこへいってしまう丑蔵。あと二、三日もして何も言ってこなかったら弁慶橋の親分に相談してみようか?と、あくまでおトメはかどわかされたのだと信じこんでいる丑蔵、衝動的とはいえ、おトメが自ら姿を消した事を知るよしもありません。宴席の賑やかさに馴染めぬ丑蔵はアレがいれてくれた茶は旨かった・・・などと、とりとめのない回想にふけります。この日からしばらくたってから、丑蔵は弁慶橋近くに住む岡っ引きの金七におトメ捜しを頼むのですが、手がかりはまったく掴めませんでした。八十歳まで長生きすることになる丑蔵のその後の生涯に、おトメという女が姿を現すことはついに無かったのです。それではおトメの命は助からなかったのか?もしも助かったのならその後どうなったのか・・・丑蔵の持つ末小吉のおみくじは当たらずじまいだったのか。惚れ薬に関わった者の中でいちばん酷い目にあったおトメ。丑蔵ならずとも気になるというものです。 ・・・・・・・惚れ薬(六十八)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月24日
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無事に刀の戻った樋津家では大殿さまの肝いりで四日四晩に渡って祝賀の宴が繰り広げられました。まず第一日めは殿さまと大殿さまだけの二人だけのもので、そのあくる日の宴にはこの事件に直接に関わった者達が加わりました。棟玄坂兄弟に黒井半介、乾家老といった顔ぶれです。そして三日めと四日めは家中の者すべてが日替わりで交替して参加するという大宴会になりました。家宝紛失事件に大殿さまの関与があった事を知らない家来達ですが、家宝が無事に戻ったことは知らされています。御家安泰の安心もあって、家来もその家族達の間にも笑い声が起こり、冗談が絶えません。庭先でやっている餅をつく音や、そのかけ声などが祝いの席にまで届き、皆の気分を一層高めます。 Photo by (c)Tomo.Yun末席にはかねてから樋津家に出入りしている商人や職人なども顔を連ねてい、その中にはこの一件で樋津一万石に食込むことが出来た新顔の桑田屋の姿も見えます。踊りだす者もいれば渋い喉を披露する者もいて宴たけなわ、ほとんど無礼講と化した宴席ですが、その中で一人心ここにあらずといった様子の桐屋丑蔵、さっきから飲み食いの手を止めています。 ・・・・・・・惚れ薬(六十七)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月23日
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黒井半介を探していた事がまったくの見当違いだった事を知った八平太の胸中には複雑なものがありました。 薬売りに身をやつして探索に励んでいた自分が、間抜けなものに思えてならないからです。大殿さまのフォッフォッホという笑い声すら恨めしい気になり、八平太が八の字眉をヒクヒクさせていると「黒井が刀を盗んではおらぬことはこれで判ったろう。 のう 八平太」そう言いおいて、大殿さまが「もう良いぞ 入れ」と招き入れたのが「あ!黒井!?」入ってきたのはまさしく黒井半介その人でした。「こやつがやつれ果てて現れた時には驚きもしたが 儂もさすがに心が痛んだものよ。 それで本当のところを打ち明けたところ、黒井め、 儂を責めてのう フォ~ッフォッフォッホ~」家康公より拝領の御刀、現将軍がそれを見たいと言えば拒むことは出来ません。今は東照宮に祀られて神様となった家康公から頂いた刀を無くしたという言い訳など通る筈など無いのです。その大切な家宝がすり替えられているのに気づき、動転した黒井は書き置きを残して出奔しました。偽物の刀を手がかりに、作った店を捜し出して作らせた者を突きとめるつもりだったのですが、そうそう上手くいくはずもありません。広い江戸の空の下、手がかりが掴めぬままいたずらに日は過ぎてゆくばかり。尾羽うち枯らした黒井半介が思いあまって四谷大番町の別邸に姿を現したのは出奔からひと月ばかり後の事でした。「近々、孝政にすべて話さねばと考えておったところに きょうの吉報、いやもう目出たい、実に目出たいのう。 フォ~ッフォッフォッホ~」大笑いに続けて、祝宴の席を設けようではないかと言い出した大殿さまに、八平太が『 お気楽な御方じゃ』と思ったのは仕方のないことなのかもしれません。 ・・・・・・・惚れ薬(六十六)四日めにほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月22日
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儂が目をつけたのは、伊予の大洲藩だった。数ある白蝋の中でもあそこの品は飛び抜けていたからのう。むろん、売ってくれた相手の名は言えぬ。藩の機密を売るというのは命がけの事じゃからの。ま、その男にも金の要る事情もあったのであろうよ。ともかく儂は運が良かった。当時旗本だった樋津の、小さな領地で細々と作る蝋ならば自藩への影響も無いに等しいとその男も判断したのだろうヨ。だが、その男の言い値は高かった。その為に権現様(家康公)から拝領の御刀まで手放す羽目になり樋津の蔵の中は偽物ばかり、すっからかんとなってしまったのだからのう。が、しかし、その甲斐あって我が方で出す蝋は格段に良い値がつくようになった。それで売り飛ばした品々もすべて買い戻せたという訳じゃ。権現様の御刀以外はな・・・その頃には樋津に出入りしていた蝋燭問屋の、ホレ、あの桐屋も買い戻しに随分と骨を折ってくれたものじゃ。ところが鳴滝堂の店は人手に渡ってしまっておっての、店の者の行方、これが知れずじまい・・・ウム、刀の行方は知れず、偽物が蔵に残ることになってしもうてとうとう、このたびの騒ぎになってしもうた。 と、そこまで問わず語りだった大殿さまがニヤリとし、「これ、桑田屋、おぬしの父よりも儂の方がよほどの 博打打ちであったのう、フォ~ッフォッフォッホ~」大笑いしたものですから桑田屋、何と言っていいか判らずハハッと平伏し、畳に頭をこすりつけています。 ・・・・・・・惚れ薬(六十五)四日めにほんブログ村ランキング参加中応援のクリックをお願いします。一人一日一回のみ有効です。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月21日
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蝋作りを始めて十年もたった頃、儂は思うた。悠長なことをしていては埒(ラチ)があかぬ、とな。雁戸村に出向いておる家中の者や、蝋作りをやっておる村の者達にも金を払わねばならぬ。当たり前の事じゃ、奴らも食わねばならぬからのぅ。ナニ、樋津の蔵には書画骨董がたんとあった。それを片端から売り飛ばしたのよ。あとは偽物を代わりに置いておけば良いからのう。それでずっとしのいでいたわけだが、その頃にはもう、蔵の中の半分近くが偽物になっておった。ま、そのような事ばかりしていても先細りになるだけじゃ。いづれすっからかんになってしまう。それで、こうなれば白蝋にする晒(サラシ)法の技術を盗むか、買うかするしかない・・・黒い蝋では話しにならんからのう。盗むには知略も時間も要る上に命の危険もつきまとう・・・ひるがえって、買うのならば要るのは金のみ。で、売り手を探したということじゃ。 ・・・・・・・惚れ薬(六十四)四日めにほんブログ村ランキング参加中応援のクリックは一人一日一回のみ有効です。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月20日
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それでハゼの実から蝋を取ることになったわけだが・・・これが難儀を極めてのう。いや。実から蝋を取ること自体はそれほどでも無かった。難儀だったのは色じゃ。色に難儀したのじゃよ。黒かったのじゃ。樋津の蝋は色が黒かった・・・その為、最初もその次の年も安い値しかつかなんだ。買いたたかれたのじゃよ。労多くして得るものわずかだぞ、それでは何のための蝋作りなのか分かりゃせん。そこで儂(ワシ)は白いのを作ることに決めたのじゃ。伊予諸藩のものは特殊な製法で白蝋に仕上げてあってその分、値も格段に高かったからのう。実から取った蝋を晒せば白くなるというので、灰汁で煮てみたり天日に干したりと色々と試させてはみたがどうも、はかばかしくない。そうこうしている内に十年も過ぎたかのぅ・・・ ・・・・・・・惚れ薬(六十三)四日めにほんブログ村ランキング参加中応援のクリックは一人一日一回のみ有効です。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月19日
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樋津家の跡継ぎ誕生を熱望した家老の乾与五左衛門は棟玄坂吉之助に惚れ薬を作る密命を下します。馬好きで一向に女気の無い殿様に業を煮やした末の決断でした。ところがその後、樋津一万石の家宝である家康公より拝領の短刀が偽物だという書きつけを残して藩主側近の黒井半介が失踪する事件が起こります。調べると短刀も消え失せてしまっていました。驚き慌てた藩主の樋津孝政は、家老の乾与五左衛門を通じ棟玄坂八平太と吉之助にその探索を命じた上で乾には蟄居(謹慎)を命じました。探索の任についた棟玄坂兄弟はしばらくの間、藩に出入りの桐屋の寮に暮らし、次いで小梅村に本拠を構えて探索を本格化させます。ところが桐屋の寮での兄弟の話を盗み聞きした者が一人いました。それが桐屋の主人丑蔵の妾であるおトメです。惚れ薬の存在を知ったおトメはそれを手に入れようとしますが、うまくいかずに狂乱の末にこれもまた行方知れずとなってしまいました。そんな時、弟の吉之助のことで薬種問屋の桑田屋を訪れた八平太は、そこに家宝の粟田口吉光の短刀を見い出すのです。桑田屋の主人である喜兵衛の話を聞いた八平太は、家宝のすり替えが前の樋津家当主で今は隠居の身である孫左衛門の仕業であること確信し、桑田屋と連れだって隠居宅を訪れました。隠居の話は、長くなるのか短く済んでしまうのか?気になるところです。そして気になると言えば行方知れずになったままのおトメなのですが、その後どうなったのかが判るのは、しばらく先になるでしょう。そのまま下へスクロールなさいますと登場人物を紹介する表が出て参ります。棟玄坂八平太れっきとした武士変装し、ある人物と物を探索中木澤一刀流の使い手 棟玄坂吉之助福々しい顔と体つきが好印象八平太の実弟薬学の天才食い意地が張っている おトメ富商桐屋丑蔵の愛妾惚れ薬に執心あり途中、行方不明になる 樋津孝政樋津一万石の藩主二十代前半未婚、許嫁無し馬好き 桐屋丑蔵蝋燭問屋桐屋の主人おトメの旦那おトメの行方不明でその存在の重さを知る 樋津孫左衛門樋津孝政の祖父樋津家を裕福にした功労あり。その手法は本文内で明らかに・・・ 桑田屋喜兵衛日本橋本町三丁目に店を構える薬種商吉之助考案の糖玄丸で大いに儲かる 黒井半介樋津藩中小姓事件の鍵の一部を握る人物 未完成未完成 もっともっと登場人物の姿も描きたいのですがなかなか思うにまかせない今日この頃・・・年末も目前に差し迫り、すす払いや餅つきなど楽しいこと(?)が山積みのおせんでございます。 ・・・・惚れ薬(番外・これまでのお話し編)にほんブログ村ランキング参加中応援のクリックは一人一日一回のみ有効です。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月19日
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樋津家の財政は領地で穫れる米の売買で成り立っていました。しかし米は天候に左右される作物です。天災によって不作となるなど年ごとの出来も違って来、必ずしも安定した収入になるとは限りません。樋津家の領地の内、西国にある雁戸村にはハゼの木が数多く生えています。秋になれば美しく紅葉するハゼの木ですが、その果実はアク抜きすれば食べられるのです。ある時若かりし孫左衛門は飢饉に備えて植えられていたハゼの木に、他の使い道があることを偶然に知りました。ハゼの実から穫れる蝋(ロウ)でロウソクが出来る・・・当時、照明に使われていたのは行灯(アンドン)です。その行灯に使うのが菜種油ですが、庶民には最も安価な魚油が重宝されていました。照明の中でもひときわ明るいロウソクはとても高価なものでその原料も、当然大きな金額になります。幼い頃に訪れた雁戸村の美しく紅葉したハゼの木を思い浮かべた孫左衛門は、これを試さない手はない、とひそかに決意するのです。ハゼの実の種子は飴色をしている為に狐の小判とも呼ばれているのですが、その思いつきが成功すれば『雁戸村の狐の小判が樋津家の小判に化けるやもしれぬ』まだ家督を継ぐ前の若き孫左衛門は大いに発奮しました。 ・・・・・・・惚れ薬(六十二)四日めにほんブログ村ランキング参加中応援のクリックは一人一日一回のみ有効です。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月18日
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こちらは殿さまに書状が届く前の桑田屋の奥座敷。刀を子細に調べ、それが家宝の吉光に間違いない事を確認した八平太はその旨を書状にしたため、殿さまに届けるよう桑田屋に頼みました。そして、こうなれば今は隠居となった大殿さまに会い、刀を売るに至った経緯を聞かねばならぬと思いました。桑田屋喜兵衛も「ぜひにもお会いして御礼を申し上げとうございます」と興奮の色を浮かべています。早世した息子夫婦に代わって孝政を育てた孫左衛門は孝政が当主になってからは、四谷伝馬町の本屋敷から四谷大番町の別邸に移り住んでいます。その別邸に二人を迎えた孫左衛門は桑田屋の話を聞き終えて「そうだったのか、あの時の男がのう・・・」と呟き、そのあと続けて「畳の上で死ねて良かったのう」と洩らしました。そして「あの若い男が堅気な道に戻って長生きし、家族に 見守られて冥土へ旅立っていった・・・ わしも助けた甲斐があったというものじゃ」孫左衛門が続けた言葉にウッと妙な声をあげた桑田屋が、みるまに顔を歪ませて肩を震わせ始めました。あからさまに家宝の無事を喜ぶ様子を見せずに、我が父親への思いを語った言葉に、桑田屋が感極まったのも無理もありません。 ・・・・・・・惚れ薬(六十一)四日めにほんブログ村ランキング参加中応援のクリックは一人一日一回のみ有効です。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月16日
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ト、殿さまに申し上げまする乾家では先ほど奉公人を二人とも使いに出した由、その後、雨戸を閉めてご夫婦とも閉じこもっておられる様子でござりまする。ま、まさか切腹なさるおつもりでは!?気色ばむ家来に孝政、少しも慌てる風を見せず「フォホホ 心配するな。あやつが切腹する筈はない。 するならとっくにしておる筈じゃ。放っておけ。 もう下がってよいゾ」あっさりと言い放ちました。 両親とも早世した為に孝政は祖父に育てられました。その祖父孫左衛門の末子である和枝は、孝政より年下ですが叔母にあたります。兄妹同然に育ったため、和枝のキツイ性格を熟知している孝政の脳裏に自宅謹慎中の乾家老を責め苛む和枝の姿が浮かんでは消えてゆきます。『叔母上は、折檻でも始められるおつもりかのう」乾も可哀想にのう、と思ったところへ先ほどの家来が再び注進に現れ、ふすま越しに「殿、八平太から書状が届きましてござりまする」「ナント!八平太から!構わぬ 入れ!」果たして良い報せか悪い報せなのか・・・書状を受け取る孝政の手は微かに震えて見えます。 ・・・・・・・惚れ薬(六十)四日めにほんブログ村ランキング参加中応援のクリックは一人一日一回のみ有効です。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月15日
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和枝が妙な仕草を繰り返し、しているのです。もう食事の手は止めていて、着物の袖で盛んに目をこすっては、夫である乾家老を盗み見しているです。それを不思議に思った乾家老が「いかがいたしたのじゃ?目にゴミでも入ったのか」と、ごく自然に和枝の肩に手を置き、その顔をのぞきこむと鬼瓦の和枝がポッと頬を赤らめました。それどころか身をもむようにし、袖で顔を隠したのですからこれは天変地異と言っても差し支えないでしょう。袖で顔は隠せても、和枝の女盛りの白いうなじや恥ずかしさに震えるなで肩は隠しようもありません。ところがこの異変は和枝だけにとどまらず、乾家老の方にも起こったのです。激変した和枝のあまりのしおらしさ色っぽさに『ウウム、これは夢か・・・』我が目を疑った乾家老は自分の目をこすっては妻を見ることを幾度も繰り返します。そうこうしている内に乾家老の逞しい胸は早鐘を打ち、その喉は真夏の炎天下を歩いた後のように渇きを訴えます。目の前に居るのは妻であって妻ではないような、まるで遂にめぐり合うことができた運命の人のような慕わしさ。いつのまにか、ひしと抱き合うふたり・・・ 実はこの二人、惚れ薬を飲んでしまっています。吉之助は密命をど忘れした乾家老に腹をたて、眼術を使って夫婦共々惚れ薬を飲んでしまえと暗示にかけました。その暗示に操られた乾家老は昼食時の茶に薬を入れたのです。家老夫妻が抱き合った丁度その頃、吉之助は実家の縁先で母手作りの干し柿を食べながら『ナニ、御家老にはもちろんだが、あの恐い奥方さまにも いい薬になるだろうよ 』それよりも、晩めしはまだかと実に無邪気なものです。 ・・・・・・・惚れ薬(五十九)四日めにほんブログ村ランキング参加中応援のクリックは一人一日一回のみ有効です。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月14日
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今では夫に対し傲慢な和枝ですが、この結婚は和枝自身が望んだものでした。話はさかのぼること十五年前になります。当時まだ十五才で元服前だった乾家老は幼名である矢之助を名乗っていました。そこへ当時樋津家の当主だった孫左衛門が「矢之助の嫁に和枝はどうじゃ」と、言い出しました。和枝は当時十才、孫左衛門の末子です。大身旗本の由緒ある家柄ですから縁談は降るほどにあったのですが、我が儘に育った和枝は、なぜか「矢之助でなければ厭じゃ」と強情を張って一歩もひきません。その強情さに、しまいには孫左衛門の方が根負けし、押し切られた形になってしまったのです。和枝を矢之助の嫁に、という話には誰もが驚きましたがいちばん驚いたのが矢之助本人でした。乾家ではおそれ多い事だとためらい、何度も辞退するのですが、この頃にはこの縁組みに孫左衛門自身が大乗り気になっていて聞くものではありません。和枝と結婚するなど夢にも思わなかった矢之助。主家の娘を我が妻としてどう扱い、どう接すれば良いのか?いくら考えても分かりません。分からないままに結婚してしまった矢之助は、結局は和枝を一人の女として、妻として接することが出来ませんでした。和枝にしてれば、まるで家来のようにおどおどしている夫が歯がゆいのは当然なわけで、次第にその態度が硬化してゆくのです。 和枝が我が妻になるとは思わなかった・・・思わなかったが、昔の和枝は可愛かった。まるで椿の花のような可憐さだったのう。それが年頃になると絵のように美しゅうなって・・・それが今では、こんな鬼瓦のような女になってしもうた。縁談の話があってから十五年・・・どこでどう間違ったのか、何がいけなかったのか?と思いつつ煮魚を口に放り込んだその時、乾家老の視界の隅に奇妙なものが映りました。 ・・・・・・・惚れ薬(五十八)四日めにほんブログ村ランキング参加中応援のクリックは一人一日一回のみ有効です。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月13日
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樋津家に奉公する者はすべて屋敷内の長屋に住んでいますが乾家のみは代々重臣であるため、一軒家を屋敷敷地内に与えられています。大名家の家老にしては少々手狭な家なのですが、乾家老にはそれを不満に思う心はありません。ただ妻の和枝は違います。小さな家に不満を抱き、頼りなげな夫を小馬鹿にするなど、常日頃から家庭内はいやな空気に満ちています。では乾家老が入り婿で、それで和枝が偉そうにしているのかといえばそうではないのがこの家の複雑なところなのです。嫌々ながら嫁に来てやったのだと言わんばかりの横柄な態度が目につく和枝も昔はこうでは無かったのですが・・・その和枝がいきなり音をたてて障子を開け、つっけんどんに「旦那さま! 何をボーッとなさっているのでございます! 棟玄坂さまはとっくに帰られましたというのに モウッ」と、眉をつりあげ舌打ちせんばかりに言い放ちました。そこで我にかえった乾家老、まるで夢から覚めたばかりの人のごとくキョロキョロとあたりを見回し、立ったままの和枝に「オ、そうじゃ。吉之助に土産をもろうた。 オヌシも一緒に食べようではないか。茶はワシがいれよう」と、台所へ急ぎます。吉之助が乾家老に土産として差し出したのは桑田屋特製の豪華弁当ですから中を見た時の家老夫婦の驚きは非常なものでした。珍しく笑みなど浮かべながら茶を飲み、食事する二人。おいしい食べ物は人を幸せな気分にさせますから、さしずめ美味なる食事に福宿る、といっても良いのかもしれません。 ・・・・・・・惚れ薬(五十七)四日めにほんブログ村ランキング参加中応援のクリックは一人一日一回のみ有効です。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月12日
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惚れ薬作りは、命じられたものでしたが完成するまでの間、趣味に遊ぶような楽しさと喜びを吉之助に与えてくれました。とはいっても、やっぱり少しはねぎらうか褒めてほしいのが人というもの、それは吉之助とて例外ではありません。なのに、命じた本人は薬のことを忘れていた・・・十九才の吉之助にとってこれはちょっと面白くありません。御家安泰を思えばこその大仕事の筈なのに、それ頼んだ当人がそれをお忘れとは、まことに頼りないお人じゃ・・・家宝紛失の失態もあろうが、いつまでたっても謹慎が解けぬのもこの頼りなさゆえだろう。 ヨシ、それならば・・・何か思いついたらしく、すぐに気を取り直した吉之助がコホンと咳払いをし、「惚れ薬にてござりまする」と、持参の小瓶をやうやしく差し出しました。それで惚れ薬作りを命じた事をようやく思いだした乾家老は目の前に置かれた小瓶を恐る恐る手に取り「ホウ、ついに出来たか・・・ウム、大儀であった」「殿の御服用されるものゆえ遺漏無きよう苦心致しました。 日にちがかかった分まず万全のものにていささかの御懸念 もご御無用かと存じます。 なお仕損じることがあれば、と多めに作っております」吉之助のいかにも自信ありげな態度に、さすが棟玄坂家の天才、さもありなんと感心しつつも、「なれど、刀が出ぬことには」と、つい愚痴めいた言葉を口にしてしまった乾家老ですが、吉之助の黒々とした双眸から発する強い眼光に射すくめられてしまい、不覚にも次の言葉を失ってしまいました。吉之助の澄みきった目に見据えられた乾家老は弱音を吐いたオノレを恥じているのでしょうか。その額にはベットリと脂汗がにじんできています。 ・・・・・・・惚れ薬(五十六)四日めにほんブログ村ランキング参加中応援のクリックは一人一日一回のみ有効このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月12日
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桑田屋が話し終えたのはおよそ昼九つ、正午頃になります。その頃吉之助は兄との約束通り、桑田屋から届いた例の弁当を携えて四谷御門近くの樋津家屋敷に到着しています。庭園だけでもゆうに三千坪はある敷地内には、池もあれば築山もあり菜園もあるといった具合で小川すら流れています。そしてこの敷地内には家老の住まいから、他の家来たちの住む長屋までもがあるのです。真っ先に実家に戻った吉之助は正装に着替え、いささか緊張の面持ちで乾家老宅を訪れました。 家宝紛失の件以来すっかり元気をなくしていた忠臣の乾家老ですが、吉之助が正装で現れたことを聞くや『さては御刀が見つかったか』『それとも憎っくき黒井めをひっ捕えたか』と、たちまち相好を崩しました。そんな具合に乾家老の頭の中は宝刀と黒井半介のことで一杯になっていますから、「御家老様、お喜びください。 ついに御依頼の薬が出来上がりました由、申し上げまする」という吉之助の言葉が咄嗟には理解できずに、鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきになりました。乾家老のそのポカンとした表情が、吉之助の目には間の抜けたものに映った事は否めません。 ・・・・・・・惚れ薬(五十五)四日めにほんブログ村のランキングに参加しております。応援を頂ければ嬉しゅうございます。なおクリックはお一人一日一回のみ有効でございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月10日
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ところが、お侍様のことを聞き出そうとしても、鳴滝堂は口が堅くて一向に教えてくれません。困った先代は、先ほどのお侍様は自分にとり大恩あるお方であるから、その刀はぜひにも買い取りたいと鳴滝堂に持ちかけたのでございます。刀が手もとにあれば、いずれまたお侍様にお会いする機会があるかもしれない、そう考えてのことでございました。けれども値を聞いてびっくり仰天。お侍様が手にした金子は百五十両、鳴滝堂はそれを三百両ほどで売りに出すつもりだというのです。それで先代はすっかり覚悟を決めたのです。今までの自分の悪行の数々から三月前の簀巻きの顛末まであらいざらいすべて親に打ち明けて泣きつきました。それはもうきつく叱られたそうですが、結局はその刀を買うことが出来た、まあそういう次第なのでございます。まぁ、親としては跡取り息子の命の恩人を有り難く思えばこそでございましょうが・・・結局は四百両も出したのですから大したものでございます。 刀にまつわる話のあらかたを語り終える頃には、八平太の態度にただならぬものを感じていた桑田屋喜兵衛にとって「その刀、ぜひとも拝見させていただきたい」という八平太の申し出は当然のなりゆきに思えました。 ・・・・・・・惚れ薬(五十四)四日めにほんブログ村のランキングに参加中。クリックはお一人につき一日一回のみ有効。応援を頂ければ嬉しゅうございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月08日
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先代は簀巻きの一件以来心を入れ替えたわけですが、それから三月ほど過ぎた頃ですか、町でそのお侍様を偶然にもお見かけしたのですから、余程ご縁があったのでございましょう。刀剣売買の鳴滝堂というお店へお入りになるお姿も、長いお顔も、まぎれも無くあの夜助けてくださった御方・・・そうなると先代がそこで思うことはただ一つ、あの夜助けていただいた御礼を、その一点でございます。あの時は半死半生でしたから、ろくな御礼もしていないのですからねえ。けれど中に入ってお買い物のお邪魔をしては、と外で待ち続けたわけですが刻一刻と時は過ぎるばかり・・・とうとうしびれを切らした先代が、たまりかねて店に入りますと、お侍様は勝手口から帰られたあとでございました。お武家様が刀屋に入って裏口から帰ったとなると妙な話です。人に知られたくない御事情があったのではなかろうか。 ・・・きっと御刀をお売りあそばされたに違いない・・・先代はとっさにそう感じたとったそうでございます。ええ、先代のその見込みはあたっておりました。 ・・・・・・・惚れ薬(五十三)四日めにほんブログ村でのランキングに参加しております。クリックはお一人につき一日一回のみ有効ですが、ここで応援を頂ければ嬉しゅうございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月07日
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ふむ、で、その救いの主というのはどこの誰なのじゃと、聞き急ぐ八平太に「イエ、それが今もってまるっきり判らないので・・・」と桑田屋喜兵衛はまことに頼りない真相を明かしました。「では何故そのような昔のことを話したのだ。 この店の先代とこの刀にどのような繋がりが あるというのじゃ!申せ!」棟玄坂様はこの刀になぜこうも執心なさるのだろうと思いつつも、ぬるくなった茶で喉を湿らせた桑田屋喜兵衛は話を続けます。 なにしろ悪党どもに打ちのめされた先代は気を失っておりまして、気がついた時にはあたりに悪党どもの姿は無く、縄はすでに解かれていたということでございます。「安心いたせ。悪漢めは追い払ってやったゾ。 もう、あやつらがお前を脅すことは無かろう。 お前も、もう悪さはするでないぞ・・・」お侍様はお名前をいくらお尋ねしても答えてはくださらずフォ~ッフォッフォッホ~という奇妙な笑い声のみを残して、そのまま立ち去られたそうでございます。ただ、まことに失礼な物言いにはなりますけれど、アノ、ソノ、アノウ・・・「なんだ! 早う申せ!」「アノ、その時ちょうど雲間から月が出まして・・・お顔が、 あの、そのお侍様は非常に面長、下世話に申しますところ の馬面(ウマヅラ)であったと・・・ あ!これは先代が言ったことで、ア、アタシは別に・・・」それを聞いた八平太の手からポトリと落ちた湯のみ茶碗・・・フォッフォッホ~と奇妙な笑い方をする馬面の侍に八平太はどうやら心あたりがあるようです。 ・・・・・・・惚れ薬(五十二)四日めにほんブログ村でのランキングに参加しております。お一人につき一日一回のみクリックが有効ですが、応援を頂ければ嬉しゅうございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月06日
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そんなことになったのは若さゆえのことでしょうか。それとも元々血の気が多かったのか・・・先代の、これがワタシの父になるのですが、その先代はその頃桑田屋の跡取りという自覚も薄うございました。親の目を盗んでは遊びまわっていたそうですから始末に終えません。そのうち賭場にも出入りするようになり、すっかり夢中になったのはお察しの通りでございます。そこで負けがこんで、これまたお定まりの大借金・・・さあ、払えと胴元、胴元というのは博打の親分のことでございますが、その胴元の突きつけた金高が二百両。大店の主人ならまだしも、そのような大金が跡取り風情に払えるものではありません。 そこからが先代の肝が据わったところでございまして、払えぬなら店へ乗り込むという連中に「払えぬものは払えぬ」と突っぱねたのですから強気なものでございます。それならば半殺しにしてから簀巻きにし、大川にでも投げ込んでしまえと連中がいきり立ち、実際グルグル巻きにされた先代が、あわや大川に投げ込まれる寸前といったところで救いの手が入ったのでございます。 ・・・・・・・惚れ薬(五十一)四日めにほんブログ村でのランキングに参加しております。お一人につき一日一回のみクリックが有効ですが、応援を頂ければ嬉しゅうございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月05日
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おぬしの家は昔は武家であったのか?その問いを奇妙なものに思った桑田屋喜兵衛が顔を上げると八平太の視線は自分の後ろの方、ある一点に定まっています。「ホ、これを御覧になったのでございますか・・・」やっぱりワタシの話を聞かずによそ見なさってた、と気落ちしながらも喜兵衛が引き寄せたものは、さっき飾ろうとしてそのままになっていた一振りの短刀でした。「いえ、私どもは決して武家の出などではござりません」「ホウ、ならばなぜそのようなものがあるのじゃ」「これは当家にとりまして、いわれある品でございます」「ホホウ、ならばそのいわれとはどのような?」その八平太の声に、つられるように喜兵衛が語り始めたのは今は亡き桑田屋の先代の若かりし頃のことでした。 先代から何度も聞いたことが身に付いてしまったのか、まるで自分のことのように話している当代の喜兵衛。その四十数年も前の出来ごとを熱心に聞き入る八平太の顔は、先ほどとはうって変わった真剣なものになっていました。 ・・・・・・・惚れ薬(五十)四日めにほんブログ村でのランキングに参加しております。お一人につき一日一回のみクリックが有効ですが、応援を頂ければ嬉しゅうございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月04日
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我ら、いかに貧しい境遇にあろうとも武士としての誇りを忘れてはならぬ。たとえ満足な食事をとれずとも、ゆうゆうと楊枝をつかう様を他の者に対し、して見せるくらいは当然の事なのじゃ。それをやせ我慢と人に思われようが別に構わぬではないか。吉之助、鷹は飢えても穂を摘まず、という諺を知っておるか。鷹は、どんなに飢えていても、カラスやスズメのように田や畑の作物の穂をつついて食べるようなことはしないという事を言うておるのじゃ。おぬしの、武士としての誇りなどかなぐり捨てたかのごとき所行、恥ずかしゅうはないのか。武士が武士たる所以(ユエン)というのは、厳しくオノレを律し、道徳を守ることにこそあるのだぞ。それがモノを売って隠れ喰いをすること二年とはのう・・・ワシは殿さまに仕えつつ剣の道を極めようと決めている。吉之助ならば学問に励むことこそ肝要なのではないのか?というような事を吉之助に夜を徹して語った八平太ですから桑田屋喜兵衛が白髪頭を打ち震わせながら哀訴したところで聞く耳など持ちません。そろばん勘定の上に立つ商人と、自己犠牲的な姿勢を誇りとする武士、相寄よるものは何も無いのです。はじめ用件を言ったきり後は無言を続ける八平太。その前に平伏したまま泣き言を連ねていた桑田屋喜兵衛。ハテ? このお方はワタシの話を聞いていなさるのだろうか糠に釘を打つような手応えの無さに桑田屋喜兵衛が虚しさをようやく覚えたその時、「桑田屋殿のご先祖は武家であらせられたのか?」八平太の口をついて出た唐突な問いかけが場違いな、まるで世間話のようにしか思えずに、『やはり何も聞いてくださってない・・・』と、ひとり落胆しつつも何故そのような問いかけを!?と不思議に思った桑田屋喜兵衛なのでした。 ・・・・・・・惚れ薬(四十九)四日め ランキング参加しております。 お一人、一日一回のみポチ有効ですが 応援を頂ければ嬉しゅうございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月03日
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自室に次いで奥座敷の置物を月ごとの決められた日に、取り替えるのは桑田屋喜兵衛が必ずしている一種の行事です。そこに番頭に伴われて現れた八平太に上座を勧めますが、「イヤ、お構いなく」と、その場に座った八平太は、弟の吉之助が世話になった事に対して礼を述べ、次いで「吉之助との交誼は今後、一切断って頂きたい」と単刀直入に切り出しました。ところが、薬学の天才という打ち出の小槌を握ったばかりでこの先もっと儲けさせてもらおうと思っている桑田屋にしてみれば、ハイそうですかと即答する訳にはいきません。江戸でも五本の指にはいる桑田屋がなお一層の盤石の地位を固めることが出来たのも吉之助の糖玄丸のおかげ。これからはあんな薬もこんな薬も作ってもらおうと、構想をねっていたところなのですから。思わぬ展開にうろたえつつも喜兵衛は頭の中で必死に算盤をはじきます。 パチパチパチ・・・・ パチパチパチ・・・・しかし、どうはじいてみても吉之助の協力があるのと無いのとでは数字の桁が大きく違ってきます。 パチパチパチ・・・・ パチパチパチ・・・・「ウッ、駄目 駄目だぁ・・・」頭の中の算盤を放り投げた桑田屋喜兵衛は、八平太の前までいざり寄るとそのまま平伏して「ホ、ホントに駄目なのでござりましょうか!?」頭を畳にこすりつけるようにしている桑田屋喜兵衛の後ろにはさっき取り替えようとしていた置物が転がっており、その動転ぶりを物語っています。 ・・・・・・・惚れ薬(四十八)四日め にほんブログ村 ランキング参加しております。 お一人、一日一回のみポチ有効ですが 応援を頂ければ嬉しゅうございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月03日
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桑田屋は昼食のみならず、吉之助が喜んでくれるのならと、これまで色々な品を届けることを怠りませんでした。薬学に関する書物がおもなものですが、たまには珍しい品などを届けていたりもしていたのです。吉之助が握りめしに巻いた例の板海苔もその一つでした。そういうものにかかる費用は裏長屋暮らしの連中にすれば、目も眩むような金額なのですが『ナニ、ワタシの吉原通いに較べたらこんな金なんて 』はした金に過ぎないと涼しい顔の桑田屋なのです。そのはした金で吉之助をつなぎ止めることが出来るのですから、出ていく金を惜しむ気など無いのは当たり前と言えるでしょう。黒井の失踪と家宝の紛失という今度の事件が起きるまでは桑田屋の奥座敷で昼食をとっていた吉之助でしたが、小梅村に居を構えてからは出前をしてもらう形になっています。家に居て、兄やお屋敷からの連絡をさばくのが吉之助の表向きの任務なのですから仕方もありません。そんな内情は知らないながらも桑田屋、そうなると日本橋から小梅村へ弁当を届けるにはあまりに遠い・・・困った桑田屋は浅草茶屋町にしもた屋を借りると、そこに吉之助のために雇った板前あがりの男と下男を住まわせ、その下男に弁当を運ばせることにしたのです。もっともきのうのような大事な用がある時は桑田屋自らが弁当を持って小梅村を訪ねることになります。 ・・・・・・・惚れ薬(四十七)四日め にほんブログ村 ランキング参加しております。 お一人、一日一回のみポチ有効ですが 応援を頂ければ嬉しゅうございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年12月01日
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今朝の空は今の棟玄坂兄弟の心境にふさわしく、みごとなまでに晴れ上がっています。そして日差しが暖かいうえに風も吹いていないので、冬前とはとても思えないまるで春のような陽気です。横川に遊ぶ鴨を横目で見ながら吹き出る汗を拭いつつ歩む八平太ですが、その行く先は日本橋本町三丁目にあります。江戸の日本橋本町三丁目といえば数多くの薬種問屋が軒を並べていることで有名です。吉之助と取引をしているあの桑田屋もそこに大きな店を構えており、八平太はそこに乗り込むつもりでいるのです。桑田屋の主人と会って、吉之助への弁当差し止めの談判をしようと考えているのですが、そこで思いもかけぬ出来事が起こるなど、神ならぬ身の八平太、知る由もありません。同じ頃、桑田屋の主人である喜兵衛は自室の床の間の置物を取り替えたり、茶をすすったりと優雅なひとときを過ごしています。そしてこちらのほうも吉之助の兄が訪れるなどとは夢にも思っていないのです・・・ ・・・・・・・惚れ薬(四十六)四日め ランキング参加しております。 応援を頂ければ嬉しゅうございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年11月30日
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家の中からすすり泣く声と低い声が入り交じって聞こえます。中では正座した吉之助がうなだれており、厳しい顔つきでそれに対座している八平太・・・良心の呵責に耐えきれなくなった吉之助は、兄に何もかも打ち明けずにはいられなかったのです。事の次第を知った八平太は驚きあきれ、怒りの色すら見せましたが、そのうち落ち着きを取り戻して弟を諄々と教え諭すのでした。「もう良かろう、これ以上は言うまい。 悔いたオヌシに言わずともよいことじゃからのう。 さて、明日も早い。寝るぞ」コクンとうなずく吉之助の顔は泣き過ぎたせいで、まぶたのあたりが腫れていますが表情は晴れやかです。長い夜だったが朝になれば新しい一日が始まる・・・胸にこみあげてくる万感の思いを決意に変えた吉之助、どうやら新たな一歩を踏み出す時が来たようです。 ・・・・・・・惚れ薬(四十五)三日め ランキング参加しております。 応援を頂ければ嬉しゅうございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年11月29日
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兄への申し訳なさと、はっきりと自覚した自分の浅ましさにいたたまれず モオッ 遠くへ行ってしまいたいッ!と思ったのかどうか判りませんが、いきなり闇の中へ走り出した吉之助とそれを目撃してあっけにとられる八平太。いきなり走り出すのが流行りのようですが、こちらのほうは、おトメのようなわけにはトテモトテモいきません。おトメの桐屋を喜ばせたしなやかな体とは大違いの、堂々たる体格の吉之助は走ることにより塗炭の苦しみをなめることになります。激するままに走り出したのはいいのですが、広いといってもたかだか家の庭です。その庭の真ん中あたりで早くもゼェゼェと息があがってきた吉之助、たちまち心の臓が喉元あたりまでせり上がり、内股はこすれて足はといえばもつれにもつれるありさま。すぐに派手な地響きをあたりに響かせる事となりました。そこへ弟の異変に慌てて追いかけてきた八平太、優しげに「どうしたのじゃ、飴が喉につかえたか?」ただ泣きじゃくるばかりの弟の背をさすります。あめ玉で喉を詰まらせて走り出す人など、広い世間を見渡してみてもそうは居ないとは思いますが・・・どこまでも勘違いの多い八平太、けれどその優しさはどうやら本物のようです。 ・・・・・・・惚れ薬(四十四)三日め ランキング参加しております。 バナーをクリックしての応援を頂ければ おせんも嬉しゅうございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年11月28日
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長年に渡って豪華な隠れ喰いをしていた吉之助にとって、兄の裸足の一件は衝撃の出来ごとでした。朝は炊きたてのご飯に作りたての味噌汁とたくあん。昼は塩味だけの握りめし。夜は朝の残りを温め直して、それに煮物でもあれば上等。尾頭付はメザシのたぐいのみ・・・あとは湯茶か水、兄が一日に口にするのはそれだけです。つつましげな食卓にも喜びと感謝の念を隠さない兄。その兄が、こんなワタシなどに土産を買うてきてくれた、それで草蛙も買えずに・・・ それにひきかえこのワタシはどうだ!兄に隠れて弁当をガツガツと喰い漁っておった・・・吉之助の頭の中をきょう食べたものがグルグルと走馬灯の絵のように現れては消えてゆきます。酢だこや焼き鯛、和えものに卵焼きに栗めし・・・そして、それらをむさぼり喰う自分の姿。交互に浮かぶそれらが吉之助に向かってかわるがわる「旨いか!? 旨かっただろ。ヤーイ ヤーイ」と、まるであざ笑っているかのように責めたてます。ああー 見苦しくも浅ましい! まるで餓鬼ではないか!いや、まだ餓鬼のほうがましだ。ワタシはもっと醜い! ついにその煩悶と自責の念に堪えきれなくなった吉之助は福々しい顔をひきつらせ、大きな体を揺すりたてるようにして立ち上がります。そしてアッというまもなく転げ落ちるように土間に降りるやいなや戸を体当たりで倒し、そのまま踏み割るのも構わず、すでに真っ暗になっていた外へと走り出ました。どうもこの頃は人々のなかで、感情が激してくると走るというのが流行りのようです・・・ ・・・・・・・惚れ薬(四十三)三日め注)タイトルの破戸は皆さまご存知のように破れている又は破れかかった戸のことでございますネ。読み方はヤブレド、ヤレドと二通りございますけれど、アタシの語感的好みでヤレドのほうを選んでおります。 ランキング参加しております。 バナーをクリックしての応援を頂ければ おせんも嬉しゅうございます。このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年11月27日
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竹皮の包みには形も不揃いなズズ黒いあめ玉が四、五個。いかにも安物然としたあめ玉に吉之助は落胆しました。『なんだ、あめ玉か・・・』桑田屋の彩り良い料理を見慣れた吉之助にしてみれば、その反応は当然のことなのかもしれません。それに、弁当に入っている口直しの菓子は見るからに優雅で美しく、いかにもおいしそうなのですから・・・「それは狐姿の飴売りから買うたのじゃ。 草蛙(ワラジ)の紐が切れたゆえ買おうかどうしようかと 思案していたところへその飴売りが来合わせてのう。 まあ、その飴のよう売れることよ。 余程に旨いのであろうと思うて、ナ」吉之助に喜ぶ素振りが無いのは照れているからに違いないと勝手に思いこんだ八平太なのです。すでに食事を終えた八平太は切れた草蛙の紐を新たに編み込む作業に余念がありません。ところが兄の言葉を聞きとがめた吉之助が「兄さん、それで新しい草蛙をお買いなされたのですか」「なんの、飴を買うて金が足りなくなってしもうた。 歩きづらいゆえ、もう片方も脱いで裸足で帰ったわ 」ハハハ、こともなげに八平太は笑いました。二束三文の安い草蛙が買えず日暮れの道を裸足で帰ったという兄の言葉にうちのめされた吉之助。膝の上の竹皮をギュウと掴みしめたその肩が小刻みに震え始めています。 ・・・・・・・惚れ薬(四十二)三日めランキング参加しております。バナーをクリックしての応援を頂ければおせんも嬉しゅうございます。 このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。・・・・オマケ 長い紐でシッカリ足に固定。それがワラジ(草蛙)です。旅や行商の場合はこれに限ります。
2010年11月26日
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あっ!と見回せば、あたりは薄暗くなっており室内の文机なども、しかとは見えぬありさま。「しまった!寝過ごしてしまった。 兄さんの食事を作らねばっ 」ガバとばかりに跳ね起きた吉之助が戸を開けると、そこにはすでに帰宅した八平太の姿がありました。囲炉裏端に座った八平太は火にかけた鍋をかき混ぜながら「オウ、起きてきたか。 良う寝ていたゆえ起こさなんだが、 丁度めしも出来たところじゃ、サ、ここへ」朝の残りの味噌汁と冷や飯とで作った雑炊を椀に盛って吉之助に勧め、八平太は素晴らしい勢いで食べ始めました。ところが昼間たくさん食べ、まだ満腹の吉之助に食欲などありません。吉之助が気の無い様子で椀の中を箸でいたずらにかき回しているのに気づいた八平太が、「起きたばかりで食べる気にならぬか。 ならば、これはどうじゃ」おぬしに買うてきたのじゃ、と真っ黒な顔をほころばせ、吉之助の膝先に竹皮の包みを置きました。「わしはまだ食べておらぬが、旨いらしいゾ」 雑炊なんて食べる気にならないが旨いものなら話は違ってくるゾ、と期待に胸ふくらませ包みを開ける吉之助。それをにこやかに見守る八平太。なんとも微笑ましい光景ではありませんか。・・・・・・・惚れ薬(四十一)三日めランキング参加しております。もしよろしければバナーをクリックしての応援をお願いします。 このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年11月25日
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八平太の薬は微妙に効くので急場しのぎに重宝するようです。良く効くわけじゃないけれど無いよりはまし、という事なのでしょうか。程よい加減に売れているのです。こうして昼めしにもありつけるのだから有り難い。と、弟が作ってくれた弁当の包みを開いた八平太でしたがその中を見て思わず目をむく事となりました。 竹皮の中にはいつもの塩味の握りめしとは別に、海苔で巻いたものが混じっていたからです。『ム、これは板海苔ではないのか? 近ごろ出回っていると噂に聞いてはおったが』高価だと町で噂されている、海苔で巻いた握りめしにしたたり落ちるものが一つ、二つ・・・見れば八平太の目にキラリと光るものがありました。生まれて初めて口にした海苔の旨さもさることながら、高価なだけに少量しか買えなかったであろうこの海苔を吉之助は食べるのをきっと断念したに違いない・・・そう思ったゆえの涙でした。八の字の眉を更に下げ、涙顔で握りめしを頬張る八平太の脳裏を、弟のまんまる顔がよぎります。『書物でも売ってそれで海苔を買うたのか・・・ ・・・けなげな奴・・・ 』弟が自分に隠れ、旨いものたらふく食べていることなどつゆ知らぬ八平太は、滂沱(ボウダ)として流れ落ちる涙を袖でぬぐうや、スックと立ち上がり、『吉之助の苦労にも報わねばならぬ!』新たな決意に日に焼けた顔を紅潮させました。ところで同じ時刻の小梅村の家では当のけなげな弟がちょうど桑田屋特製の豪華三段詰めの弁当を食べ終えたばかり。盛大に食べて満腹となった吉之助は、浜に打ち上げられた鯨のように座敷に転がって・・・・・・ ブゥ。。。。。 と、放屁一発 。・・・・・・・惚れ薬(四十)三日めにほんブログ村ランキング参加しております。もしよろしければ上記のバナーをクリックしての応援をお願いします。初めての方はこちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。
2010年11月24日
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