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うちのセイラは、お絵かきが大好き。しかもけっこううまい(はい、親バカ入ってます)。先日、フ~さんが、セイラがお絵かきをしているのを見て思いついた。 うちにはペンタブレットという、グラフィック入力装置がある。これがあると、付属のペンで、手書き感覚でお絵かきができるというもの。 持ってはいたものの、ずっと使っていなかったのを思い出したフ~さん。 それからごそごそと、いろいろソフトを調べて、これはというものを見つけてダウンロードし、ペンタブレットをMacにつなげてセットアップし、子供用のコンピューターお絵かきシステムを構築! 使用ソフト等は以下のとおり: ・ArtRage 2 painting program (英語版 20$) Windows版もあり ・Wacom pen tablet system (intuos 3) このソフト、非常によくできていて、コンピューター上で筆や鉛筆の筆致をかなりよく再現しています。 何と言っても、画面上で絵の具の色を混ぜるように色を混ぜられるのがすごい。マウスでも使えます。 この製品のレビュー(英語)はこちら 。(画像を見ているだけでもおもしろい。)親にとっては、何より、準備や片づけが楽なのがいいです。汚れないし。 ArtRageには日本語版もあり。 無料版もありますが、有料版の方がずっといいとフ~さんは言ってます。 これ、子どもだけじゃなく、大人が使っても楽しいと思う。そしてこのシステムで絵を書いてご満悦のセイラ。 (画像小さくしました:4/13 0:00)
2007年04月10日
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またまたお久しぶりです!3月は、もう今までで最高に仕事をした月でした。鉄道に関するドイツ語和訳、A4で71ページ。それに加え、ドイツのHPで事故の事例を調べる仕事というのもあり、さらに、確定申告のための領収書整理と帳簿付け。最後の10日は、毎日睡眠時間4時間くらい。 …フ~さんの助けを借りて、ようよう終わらせたけど、終わってからどっと疲れが出たようで、2日ほど発熱のあと、3日ほどひどくお腹を壊して寝てました。げっそり。でも、ようやく体調も戻り、普通に食べられるようになりました。イチゴがおいしー♪(ああ幸せ)☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ さて、この2月から、フ~さんが外に働きに行くようになりました。と言っても週2回、1回6時間なんだけど。住んでいる所から1時間くらいの場所にある会社で、Volkswagen関係の規格資料を整理し、社員に説明するのが仕事。この会社、VWの仕事を受けたのだけれど、資料がすべてドイツ語で、翻訳するにしても量が多すぎてどれから手をつけたらいいのかわからない。そこで、正式に翻訳する前に、とりあえず何についての資料かを知って、その上で必要なものだけ翻訳に出そうと言うのがこの会社の考え。とにかく、その量が膨大。分厚いファイルに8冊分になる。フ~さん、なんとかこの会社が資料を把握できるようにしようとしている。その仕事内容は、単なる翻訳の域を越え、コンサルタントに近い感じ。本人はこの仕事、気に入っている。報酬も結構いいのでありがたい。そして、フ~さんがこの会社で仕事をしてる間、私とSkypeのチャットで連絡を取っている。チャットは主に仕事に関しての通信。日本語に翻訳する必要のある資料を送ったり、質問したりする。別の翻訳の仕事や問い合わせがきた時も、チャットで連絡する。(ついでに私信も送るけどね。)私はこれまで、チャットと言うものをあまりしたことがなく、フ~さんとは皆無だったので、なんだかちょっと面白い。フ~さん、チャットだとなぜかドイツ語が多くなるので私もがんばって、できるだけドイツ語で書くようにしている。チャットの利点は、声に出す必要がないので、机でやっていても目立たないことだ。カシャカシャキーボードを叩くので、熱心に仕事をしているように見える(いや、実際に熱心にやっているんだけどね)そんなこんなで、私たちの暮らしにも少しずつ変化が出てきてます。
2007年04月06日
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お久しぶりです~!ここんとこ、2ヶ月に1度の更新になっております^^;なぜか、1月以来、ドイツ語和訳の仕事ばかりたくさん来て、ちょっとパニック。ドイツ語、私にとっては英語の倍大変なのに~でもまあ、お金もらってドイツ語を勉強していると思えば、いい時間的投資だと思うことにします。☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 1月末から、フ~さんがキッチンのリフォームを始めた。 現在、ストーブの薪としてもらう端材を使って、壁を構築している。 端材は、規格品の角材なので、断面は正確な正方形。 これを切って加工し、木のブロックを作り、積み上げている。 その途中経過を紹介。 子供たちもお手伝い?こんな壁を、今日までに3面積み上げた。 近づくとこんな感じ。窓に見える所には、鏡がはめ込んである。反対側にある戸棚の中身が移って、まるで窓ごしにカウンターの奥が見えるみたい。ここの所の形状は、西洋の城の建築をちょっと意識しているそうで。お城は石造りだけど、これは木製。以前に、愛知万博の「サツキとメイの家」を作った工務店の社長に聞いた話。 『使用する木材が十分厚ければ、断熱材は要らない。』 ということで、木のブロックを使って厚さを出し、断熱効果も狙っている。これに、塗料を塗って、そのあとで壁と壁の間に長い木材をつけ、柱を仕上げるのだそうだ。すてきなキッチンになりそうで楽しみ♪
2007年02月20日
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クリスマスの用意をほとんどしていなかった我が家。フ~さんは、「日本のクリスマスは、本当のクリスマスじゃない」と言うし、特に教会に行くわけでもないので、特別なことはしていなかった。12月になると、フ~さんのお母さんがクリスマス用のお菓子を送ってきた。お母さん手作りの、ポーランド風のお菓子。柔らかいレープクーヘンと言ったらいいのか、チョコがかかって、ナッツが入って、スパイスが一杯使ってある焼き菓子だ。フ~さんの家族はプフェッファークーヘン(ペッパー・ケーキ)と呼んでいる。フ~さんのお母さんはポーランドで生まれ育ったドイツ人なので、ポーランド風のケーキをよく作る。これだけで済まそうかとも思ったが、仕事が終わって時間ができたので、私もちょっと何か作ってみることにした。作ったのは、シュトーレン。作ったことがないので、どうしようか迷っていたが、先日成城石井で1本1990円で売ってるのを見て作ることにした。 だって、自分で作れば、もっと大きいのが2本できて材料費は1200円ぐらいなんだもん。オーブンから出したシュトーレン、ちょっと平べったくなってしまった。これに溶かしバターを塗ってグラニュー糖をまぶす。 翌日粉砂糖をかけてできあがり。じゃん!粉砂糖かけたら、それなりに見栄えがするじゃないか。シュトーレン、おいしいのは作って3日めごろから。なのでクリスマスイブには間に合わなかった。まあ、作っただけほめてくれ。3日目の今日(25日)少し味見してみた。結構いける。ANKAR(オーストリアのパン屋のチェーン)で買ったのよりおいしいじゃない?フ~さんも満足。「本当にクリスマスみたいだね」って。そして、シュトーレンの生地を寝かせている合間に、前々から作ろうと思っていたザワークラウトを仕込んだ。千切りキャベツに塩を混ぜて粒こしょうと一緒に置いておくだけ。2週間ほどで発酵して酸っぱくなって食べられるらしい。 これは来年のお楽しみ。うふふふふ。
2006年12月25日
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カーテンをつけできる限りの断熱対策を施した我が家の2階。冬に備えて次に必要なのは暖房である。今までは小さなファンヒーターと石油ストーブだけ。去年は熱がたまって一番暖かいロフトでみんなして寝ていた。広間に下りると寒かった。さて、去年からフ~さんが欲しいといっていたものは、薪ストーブ。いろいろなメーカーのカタログを見ていた。ヤフーオークションも見た。輸入物は25万円以上。高すぎ!だるまストーブは、3-5万円。でもフ~さんは気に入らない。いろいろ見て、日本のメーカーの鋼板製クッキングストーブが12万8千円で出ているのを見つけ、それに決めた。煙突工事ももちろんフ~さんが自分でやる。でも、煙突の値段も、断熱二重煙突なんかは1パーツ1万円以上する。メーカーのインストラクションどおりに計算したら、煙突の材料費がストーブより高くなってしまった。最初のフ~さんの予想、煙突第3万円程度とは大きくかけ離れている。これはちょっと予算的にきつい。(結局、シングルの煙突で施工し、あとから必要と思える部分だけグラスウールとトタンを巻いて断熱処理した。これでだいたい当初の煙突の予算と同じくらいになった。)そして、いよいよストーブ本体到着。重さ80キロ。運送会社のドライバーにも手伝ってもらって3人がかりで2階へ上げた。(ドライバーのお兄ちゃんには「仕事が終わってから飲んでね」と言ってお礼にヱビスビール500ml缶を1本進呈。)それから数日後、煙突工事も終わり、いよいよ12月9日に薪ストーブ始動!さすが、大きい部屋がいい具合に暖まる。それに、近くに寄ると、体全体が温まってなんともいい感じ。遠赤外線効果かな。フ~さん、ストーブの前にカウチを持ってきて足をストーブに向けて寝転がる。すると足がぽっかぽか。ガラス越しにゆれる炎もいい感じ。リラックス・タイム♪ちなみに、燃料の薪は、近所の材木店でヒノキの端材をタダでもらっています。この前、ストーブを使って豆を煮込んだら、すごくおいしかった。やっぱり煮込み料理には最適かも。フ~さん、このストーブでシュトルーデルを焼くなんて言ってるが、それはちょっと難しそう。やるんなら自分でやってね。
2006年12月23日
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ずっとご無沙汰してた日記更新。もうね、11月後半から12月前半は翻訳の仕事が死にそうに忙しかったのですよ。まずはドイツ語の日本の機械式腕時計に関する雑誌記事の和訳。それからドイツ語のソーラー発電機設置マニュアル2本、短い検査記録1本を日本語に翻訳。その間に、ハワイのサングラスメーカーのパンフレットを英語から日本語に翻訳。その後で、英語の医薬の特許公報のうち、30ページを和訳。この特許翻訳、時間がなくなり、最後の2日間、マジで不眠不休でした。48時間耐久ラリー。われながらよく体力が持ったものだ。こんな徹夜作業をしたのは、実に大学の修論の時以来。私、まだ若いかも・・・それがやっと終わったと思ったら、18日の月曜に至急の仕事が。ドイツ語の決算書の和訳。火曜朝までにいるという。始めてみたら、わけのわからない略語の嵐。大学で経済学専攻のフ~さんに手伝ってもらい、彼にも分からない個所はグーグル検索し、なんとか仕上げることができたのが火曜午前3時半。そんなわけで、19日以降はしばらくぼーっとしてました。もう年内は仕事も入らないと思うので、ちょっとのんびりします。☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ そうしてる間にもフ~さんは着々と冬に備えて家のリフォームを進める。11月の間に、寝室の古い壁と天井をはずし、断熱材を入れ、天井は張り替え、壁は石膏ボードにした。それから、寝室の床張り。以前やったことがあるので、これはスムーズにできた。それからリサイクルショップで半年前に格安で買ってきた厚地の布(新幹線のシートなんかに使われてる布)を使い、ミシンを出してカーテンを自作!私はカーテン作るのいやだといったら、本人が自分でやるって。しかしフ~さん、ミシンを今まで使ったことはない。大丈夫か?とりあえずミシンの使い方を簡単に説明する。でも私も、ずっと使ってなかったので、細かいところは忘れている。針を変えたら、目が飛ぶので、その原因を探すのに一苦労。結局、針をつける向きが違っていただけだったのだが、それがわかるのに半日費やした。でも、原因がわかってからはスムーズ。カーテンの作り方はネットでダウンロード。芯地も買ってきて、1週間で、50mほどあった生地をほぼ全部使い、2回の大部屋の断熱のためそこらじゅうにカーテンをつけた。カーテンをつけた後、部屋はなんだか見違えるようになった。前はもっとラフな感じだったのに。これではまるで、雑誌に出てくるおしゃれな部屋みたいじゃないかー!<一部公開> これらの工事の後、寝室はずっと暖かくなり、寝る前にほんの少しヒーターをつければすぐ暖まるようになった。ついでに、布団の下とベッドのマットレスの下にも、ホットカーペット用の断熱シートを入れた。これがかなり効果的。自分の体温で寝床がすぐに温まる。12月が始まるまでにここまでが終わった。さらに続くあったかリフォーム。次に来るのは?!
2006年12月22日
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12月2日で、セイラは5歳になりました。いやー、本当に月日の経つのは早いもので・・・(しみじみ)3340gで生まれた子が、5年経って今や18キロ超。最近はすっかりおしゃれになって、きれいなドレスが大好きになった。お姉ちゃんとして、シャアとうまくやっていけるようになったし。と言う訳で、仕事の合間の12月3日(日)、セイラのバースデーパーティーをしました。年の近い、友人の子どもたちも来てくれて、にぎやかなパーティーでした。 そして、ドイツにいるおばあちゃんからもプレゼントをもらったので、クリスマスカードを兼ねてセイラにお礼のカードを書かせました。私が見本を書いて、セイラが真似した作品。セイラが初めて書いたドイツ語です。なかなかアーティスティックなんで載せちゃいます。 (一番下は名前が書いてあるのでカットしました)文面はシンプル・イズ・ベストってことで。
2006年12月03日
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ホメオパシードクターの長男の指示に従って、ホメオパシーのレメディーを2日飲んだフ~さん。コップの水に溶かして、1日2-3回に分けて飲むんだって。コップは本人以外触っちゃいけないらしい。他の人の情報が伝わるからだとか。結果。全般的に、よく眠れたみたいです。でも、なんか夜中に目が覚めて、変なところが元気になったらしい。^^;においについては、すぐにはあんまり変わらなかった。しかし、3日前にリフォームのため木材を切っていたら、「ヒノキのにおいがわかったよ!」って。時々、嗅覚が戻ってくるようだ。体調はかなり戻って、また家のリフォームを再開。こんどは薪ストーブを入れるんだと張りきっている。☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 話は変わってフ~さん、昨日、「作務衣」を買いました。これまで「甚平」を愛用していたのだけど、だんだん寒くなってきたから、もっと暖かいのがいいということで。吉村医院(私がお産した産院)の院長が着てたのを見て欲しくなったらしい。(ここの院長、白衣ではなく、いつも紺の作務衣を着ている。診療中もそう。)楽天で見つけた店だけど、会社概要を見たら、家からわりと近い呉服屋だったので、直接店に行き、試着してから購入。 ←「都屋」さんの作務衣これのLLサイズ、186センチのフ~さんが着てもゆとりがあって、よかったです。これで2500円は安い!!フ~さん、さらに、厚くて粗い生地の物がいいといったら、店の人が手織りの生地で作った物を出してきた。フ~さん、それを見て、「思ってたのとぴったりの生地だ」って。昨日はサイズの在庫がなかったので、翌日引き取ることにした。店の人、さらに「こんなのもセットであるんですよ」と、なんと「陣羽織」を出してきた。フ~さん、これも気に入ったらしい。「すごく格好いい」って。手織り生地のはさすがにちょっと高いけど「僕の誕生日プレゼント」だそうだ。早めのクリスマスプレゼントと言う方が合ってそう。まあ、プレゼントで悩まなくて住むのはありがたいと言うことにしておこう。
2006年10月28日
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忙しいこともあり、ずいぶん長いこと放置してました。特許翻訳とかやって、参ったよ。最近、mixiに短い日記を書き、楽天にはまとめて長い日記を載せるパターンになっている。さて、フ~さんの事故のその後ですが、9月半ばに、突然嗅覚が戻った! 何となくにおうような気がする」と言っていたが、ある日、蚊取り線香のにおいが気になったそうだ。 で、においがしていると気がついたそうで。 昔、彼がプレゼントとしてくれたシャネルNo.5の香水がある。 普段私は香水を使わないが、試しに手首につけて彼の鼻元に持っていってみた。 数日前は全然匂いを感じず、前日はなんとなくだったのが、この日は匂いがわかるとはっきり言った。 その翌日(9/15)に、総合病院の耳鼻科に行って、聴力検査をしたら、かなり戻っているとのこと。薬漬けにいい加減ウンザリしていたフ~さんは、「においももうわかる」と言ったら、これにてめでたく診療打ち切りとなった。でも、薬止めたら、またあんまりにおいがわからなくなったみたい。時々立ちくらみもしてたけど、そちらはかなりよくなった。フ~さん、ドイツに住んでいるお母さんに、事故のことを電話で話したら、オーストリアでホメオパシーの医師をしてる長男君がその話を聞き、心配してメールを書いてきた。せっかくなので、フ~さん、自分の症状を説明したら、ホメオパシーのレメディーを飲めって。Arnica Montanaの200とか言うのを取れと言う指示。もし日本で手に入らなかったら直接送るって。私はホメオパシーのレメディーなんて買ったことがないので、ネットで調べたら、日本ホメオパシー協会というところがネット販売していた。もうじき届くと思うけど、効くかな?フ~さん、若い頃、原因不明の体調不良がホメオパシーでよくなったんだって。この機会に、ホメオパシーの本も買ってみる気になった私だった。 (ホメオパシー関係の本。一番右のを注文した。)
2006年10月19日
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耳鼻科医院で耳を見てもらった翌日の火曜日(8月29日)、紹介状をもってまた総合病院に行った。 まず、前日に行った耳鼻科で紹介状をもらう。 紹介状の宛名を見ると、宛名が「XX教授」になっていた。 この病院、実は私立大学病院の分院なのだ。 受付で、紹介状と診察カードを出し、ついでに事故であるが保険適用である旨を告げる。 しばらく待っていると、受付の女性がやってきて、XX教授は月曜と金曜の担当なので今日はいないがどうするか聞いてきた。 とりあえず、今日は別の先生に見てもらい、後日改めて教授に見てもらうことにする。 カルテを持って耳鼻科に行く。 それほど待たずに呼ばれ、まず問診。引き続いて聴覚のテストを受ける。 助手らしい、物腰の柔らかな若い男性と一緒に、テスト用の小部屋に入る。 この部屋・・・何と言うか・・・すごい変な感じ。無響室、とでも言うのだろうか。話声などの音が全く反響しない。もちろん外の音も全く聞こえない。これが実に気持ち悪い。マジで「しーん」という音がしそう。 全く無音の部屋に長くいたら発狂しそうになると聞いたことがあるけど、納得。 その後、医師の診察を受ける。 耳の中のCCT映像を見ると、やはり悪い方が黒く見える。 「実際にはこれほど黒くはないんですが」と医師。 それから嗅覚の検査。 血管に臭いの物質を徐々に注入していって、臭いを感じたら、検査担当者に告げるというテスト。 「血管に注入して臭いがわかるんですか?!」 との質問に 「そうなんですよー。」 と、先ほどと同じ助手が答える。 「It's something new to me...」とフ~さん。 結局、臭い物質を全部注入しても、臭いは感じなかった。 その日は、血管を広げて血流をよくする飲み薬を出された。 ステロイドの錠剤も入っていた。 ステロイドは、だんだん量を減らすようになっていて、最初の3日間は1日8錠、次の3日間は6錠にという具合になっていた。 そして6日後の次の月曜、9月4日。今度はXX教授に見てもらうため、また病院へ行った。 病院は混んでいて、1時間くらい待たなければならなさそうだったので、外に出て近くのミスドでコーヒータイム。 ああ、なんか外でコーヒー飲むのって久しぶり。 外出することがあまりないからね。 モーニングセットを食べながらフ~さんと色々話していたらそろそろ1時間。 病院に戻ったとたん、携帯に電話。翻訳会社からだった。 先日納品した翻訳についての質問と確認。 フ~さんには先に行ってもらい、ロビーで話をすませる。 耳鼻科に行くと、フ~さんはすでに中に入っていて、入口で私を待っていた。 今日担当の教授は、よくしゃべる人のようだ。 フ~さんの番が来て、診察の椅子に座る。 「日本語は話しますか?」と聞かれ、「はい」と答える彼。 でも、私には英語で話し掛けるので、教授も所々英語を使い始める。 まず耳を診察。 鼻から空気を入れながら、一方で耳からも空気圧をかける。 この音で、耳に液体がたまっているということがわかったらしい。 フ~さんも、耳に水が入っている音がすると言った。 「これねー、多分事故の時、inner earかmiddle earでbleedingがあって、それがまだたまってるんですよ。それがなくなればよくなると思いますけどねー。」と教授。 この日は鼓膜の動きを見る検査をした。 それから嗅覚。 臭いのテストで全然反応がなかったということで、ご自身で鼻を診察した後、 「じゃあ、ステロイドの点鼻薬をしましょう」 と、診察椅子を大きく傾け、フ~さんを思い切りのけぞらせ、顎をそらせるだけそらさせて両鼻に薬を入れる。 鼻の構造の絵を見せて、「においはここで感じますから、ここに届くように頭をできる限り下にしてくださいねー。」と説明。 それから、先回よりもさらににたくさんの薬を処方され、病院を出た。 今度の薬は、眠くなるようで、なかなか仕事を始める気になれないと言っているフ~さん。 このところ、翻訳仕事がヒマなので、家のリフォームを再開すべきなんだけど、中々辛そう。 でも、駐車場に自転車用の雨よけの屋根をつけました。 えらいぞ。
2006年09月04日
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総合病院の耳鼻科に行く前に、区役所と警察に行ってきた。 区役所は、国民保険で診療してもらうために、「第三者による傷害届」を出さなければならないので、その用紙をもらいに。 「加害者との示談はお済みですか?」と聞かれたので 「当て逃げされたんですぅ~」と説明。 「それでは、加害者の欄は『不明』としておけばいいです。警察の事故証明書にそう書かれるはずですし」と係りの人。 次に、警察に事故届に行った。 警察署二階の交通課にいくと、丸々とした恰幅のいい中年の警官が応対してくれた。 警官A「どのへんですか?」 フ~さん「あのねー、このあたり。でももうひとつむこうの可能性もある。」 警官A「どういうこと?」 フ~さん「あたまうった。30ぷんくらいきおくがないねー。たぶんこっちのほうとよくおもう。でもつぎのおおきいこうさてんかもしれない」 そんな話をしていると、横から、いがぐり頭の逆三角形の顔をした警官が口を出してきた。 警官B「まあ、こっちの方がそれらしいってんだから、ここで書いとくよりしょうがにゃあでにゃあか」 警官A「まあ、ほんだけど、今110番通報を調べてもらっとるんだわ」 ふたりともバリバリの名古屋弁。うーん、これだけディープな名古屋弁は久々に聞いたぞ。 警官B、腕組みをし、仏頂面で半身になって首を傾け、斜め上から届出用紙を見ながら話す。警官Aは気のいいオジサンといった風体。 うう、なんか、マンガのようなお二人。 フ~さんの話を一通り聞き終わると、「それじゃ、何度も足を運んでもらうのも気の毒だで、今から現場検証に行きましょう。」 と、おもむろに帽子と警棒などを身に付け、出動の準備を始める警官たち。 あらまあ、予想外に素早いアクション。 これから子どもたちを迎えに行かなきゃいけないということで、時間を決めて現場で落ち合うことにした。 警察署から出てフ~さんが開口一番、 「ドイツやオーストリアでもああいう警官いるよ。実に典型的だよ。よく見ると顔が日本人だと言うだけで、そっくりの風体の警官がいる。細い方なんか、まさにウィーンの警察官みたいだ。もう一人の方はドイツ人ぽいけど。」 うん、確かに・・・^^; 職業的に万国共通なものがあるのね。 子どもたちを保育園で拾い、現場の交差点に到着して、子どもたちと私はすぐそばの馴染みの中華料理店で待っている間に夕食を取ることにした。 中華料理店の前に車を路上駐車し、フ~さんは20m先の現場の交差点に歩いていく。 食事をしていると、突然一人の男性が店内に入ってきて店の人に言う。 「おい、誰の車か知らんけど、パトがうろうろしとるぞ。動かさんでええか。」 パトカーが駐車違反の取締りをしていると思い、知らせてくれたのだ。 「ああ、あれうちの車だけど。あのパトカー、うちの用で来てるから、多分大丈夫」 そう言って、店の中国人のおかみさんに事故のことを説明する。 「危ないよ、気をつけなきゃあ。医者には行った?CTスキャンよりMRがいいよ」とおかみさん。 ほどなく、フ~さんが店に入ってきて、検証の様子を説明してくれた。 現場に行って、ここが事故現場でほぼ間違いないという確信を持ったそうだ。 場所は4車線の広い道路。 高速道路工事をしていて、歩行者用信号が見えにくいから、フ~さんは横にある車両用信号機の、右折用矢印が消えるのを待って渡り始めた。 手前の3車線には車が止まっているので、右折車線を走ってくる車からは横断歩道入口あたりは停止車線前では見えない。 警官たちは、右折矢印が消えてから何秒で歩行者用信号が青になるかを測定した。 測定してる間にも、右折車が次々と、矢印が消えたあとでもどんどん通っていく。彼の説明と非常によく一致するので、警官たちは検証結果に満足したようだ。 事故証明は、2-3日でできるとのこと。 警官たちは、フ~さんに同情してくれたようで、親切だった。 なんだか面白かった。
2006年08月28日
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8月28日、フ~さん、今度は耳鼻科に行くことにした。 右耳の聞こえが悪くなっていて、事故以来、においもわからなくなっているからだ。 耳は、事故とは関係なくて、プールの水が原因かもしれないと本人は言う。ネットで調べると、近くに耳鼻科は3軒あるが、どこがいいかよくわからない。 ちょうどそこに、シャアの扁桃腺がはれ、セイラが鼻をかんだ後耳が痛いと言った。 そこで彼は考えた。 乳幼児医療費は無料だから、子どもたちを使ってどの医者がいいか見極めようと!!!(爆) まず、子どもたちの保育園の近くにあるA耳鼻科に。 建物はわりと新しくてきれい。 さて、子どもたちの診察。 A医師は大きな声で、まずセイラを手早く診察する。 半年ほど前から鼻水が出ていると言ったら、「レントゲン撮りましょう、蓄膿だといけないから」って。 シャアの方も、ほぼ同じ手順で診察。 鼻にスプレーされて、ちょっと苦しそうなシャア。 シャアに対しては、「これでもっと腫れてくるようなら大変だけど、今のところは大したことはない。抗生剤を出しますからしっかり飲んでくださいね。」という。 私がフ~さんに、「抗生剤だって、いい?」 と聞くと、それを聞きとがめたA医師が、「どういうことですか?!」と聞く。 「いえ、基本的に抗生剤を使うのには抵抗があるんです」と答える私。 それに対してA医師、 「あなた方がそう言うのなら出さないけど、私はプロであなた方は素人だ。私は必要だと思いますよ。 出さないと責任は取れませんよ、それでもいいですか?」 と脅してきた。 フ~さんに「いいですか?」ときいたら、「はい」と答える彼。 A医師「じゃあ出しませんけどね。 ちょっと待って、抗生剤いらないって言うんなら、レントゲンはいいの?!レントゲンだって悪いって言うんじゃない?」 まだセイラのレントゲン、撮っていなかったのだ。 フ~さんに「どうですか?」と聞いたら「いりません」と言う返事。 「それじゃ、抗生剤もレントゲンもやりませんよ。いいですね!」 A医師、気を悪くした様子。 私たちは保険証と診察券だけもらって、A耳鼻科をあとにした。 車の中でフ~さん「あれはだめだよ。次に行こう」 私「えー!本当にまだ行く気?」 「そうだよ。子どもたちにちゃんと治療受けさせたいし。」 そこで今度は、別のB耳鼻科へ。 ここは私が子どもの時からある病院。私自身はほとんどお世話になったことがないが、妹は中耳炎でここにかかっていた。 中に入ると、昔風の待合室で、雑然とした雰囲気。 フ~さんは、この待合室を見ただけで、感じるものがあったらしい。 前のところはギミックだったけど、ここはスタッフがちゃんと機能してる感じがするって。 問診表の質問事項も、A耳鼻科より詳しい。 子どもたちの問診表を記入している間に、「僕の分も書いといて」って。じゃあ受付の人にそう言わなきゃ(アセアセ)。さて、うちの診察の番。 B医師は柔らかな物言いの50代位の医師。 診療室の中は、機械が多い。 頭につけている器具も、普通の円盤に穴があいている内視鏡ではなく、スタートレックのボーグのような感じ。 この人、メカマニアかも。 まずセイラの耳をそうじする。 セイラはくすぐったいのか、笑い出す。 耳に内視鏡を入れ、鼓膜の動きを見ると言う。 モニターになにやら映っている。これが鼓膜か? 次に鼻を見る。 アレルギー性のものかチェックするためセイラの鼻水を採取。 これ、A医師はまったくやっていない行為。 レントゲンも無し。 続いてシャアの番。 また最初は耳を掃除する。やっぱりくすくす笑い出すシャア。 鼻を見て、喉を見る。 それからフ~さんの番。 聞こえの検査をした後、耳にCCTカメラつきの内視鏡を挿入して、鼓膜を映す。 映った右の鼓膜は、正常な左側の鼓膜に比べて、黒い色で、周りの外耳道も狭くなっている。 さて、それぞれの診断結果。 セイラは、アレルギー性鼻炎だが、症状が軽いので今特に治療する必要はない。 シャアは、扁桃腺が大きいだけで、治療の必要はない。 ということで、薬も出ませんでした。 めでたい。 さて、肝心のフ~さんはというと、事故によって耳の内部で出血があり、そのせいで聞こえが悪くなっているのではないかと。 もっと大きな病院での診療が必要だと言うので、CTスキャンを受けた総合病院の耳鼻科の紹介状を書いてくれることになった。 フ~さんが、あの病院の医師に対して不信感があることを言うと、「この先生は私の後輩ですから」とのこと。 それで紹介状をもって、翌日、総合病院の耳鼻科に行ってきたのでした。 その話はまた次回。 (続く)今回の教訓: 医師が偉そうにしていても正しいとは限らない。 当たり前といえば当たり前のことだけどね。
2006年08月28日
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※他の場所で書きためていたフ~さんの事故顛末記をしばらく書いていきます。8月23日、フ~さんが、事故に遭った。 自転車に乗っていて、横断歩道を渡っている時、猛スピードで右折しようと走ってきた軽ワゴン車に引っかけられたのだ。 しかもその車、ひき逃げした(怒) 後から来た車の人が、親切に助けてくれて、家まで送ってくれた。 だが、残念なことに、その人の連絡先を聞き損ねた。頭を打っていて、血が出ていた。 幸い、体の他の部分は異常がないようだ。 彼は自分の経験から、脳震盪の場合、病院に行っても検査するだけで大した治療はできないことがわかってわかっているので、とりあえず家で安静にしていることにした。 気分が悪く、熱もあった。 ちょっと心配だが、意識が朦朧としたり、視界がぼやけたり、舌がもつれたり、体がしびれたりすることがなく、吐き気も少しずつよく収まっていき、事故後24時間が経過した。 前に比べ、かなり気分はよくなったらしいが、まだちょっと動くと辛いと言う。 うう、早くよくなって!(;_;)☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆8月26日、一応近くの総合病院に検査に行ってきた。脳神経外科で、CTスキャンとレントゲンを取った。現時点で脳の損傷などは見られないとのこと。診断名は「頭部打撲脳震盪」。まあ、大事には至らなくてよかった。ひき逃げ(当て逃げ)とはいえ、交通事故なので、とりあえず実費払い。まともに払うと5万円近いが、とりあえず1万円だけ払った。あとから役所で、「第三者による傷害届」と言うのを出せば、国保が使えるので、その時点で清算。いろいろネットで調べたら、ひき逃げ、当て逃げ、盗難車による事故など加害者による補償が見込めない事故に対して、「政府救済事業」というのがあるのがわかった。支払われるのに時間はかかるが、治療費、休業損害分など自賠責保険と同程度の保障があるらしい。どちらにせよ、警察の事故証明が必要なようなので、フ~さんもうちょっと元気になったら警察に行くことにした。しかし、最近ひき逃げってすごく増えているという話。嘆かわしい。(続く)
2006年08月26日
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生理が遅れた。心当たりは・・・あった。普段は妊娠しやすい日は避けているが、翻訳の仕事が忙しく、私もフ~さんも考える余裕がなかった。後になってから、あ、やばいぞって。でも、気がついても、なんとなく私は「まあいいや」って思った。フ~さんも初めは慌てたが、しばらくたつと冷静になった。これまで、ベビーが生まれた時は、二回とも、大きな変化の時だった。そしてそれは常に、ポジティブな方向への変化だった。生まれる前は色々心配したけど、生まれてみたら、物事がすべていい方へと変わった。しかも、ちょうどいいタイミングで。だからもし妊娠しても、今度もきっといい方になるから、大丈夫だよって二人で話した。それから2-3日して、なんとなく気分が悪いような・・・もしかしてつわり?三人目の可能性が現実味を帯びてくる。その気分の悪さは1・2日で収まった。それからは、しょっちゅう「もし妊娠してたら」という話題を口にしたり、考えたりした。また、上の子二人と同じく、吉村医院で出産しようか?ちょっと遠くなったけど、行けないことはない。生まれるのは5月頃だね。名前も考えなくちゃ。仕事がちょっと大変だけど、きっとなんとかなるよ。そんなことを、フ~さんと話したり、1人で考えて想像を膨らませた。うん、大変には違いないけど、なんとかなる。お盆のころが、だいたい生理予定日の1週間後だから、それを過ぎたら検査薬で検査しよう。そう思っていた矢先の13日、出血があった。ああ、生理が遅れただけだったか。ほっとしたような、がっかりしたような。ところがこの出血の様子が、普通の生理の時と違っていた。通常より鮮やかな色の出血が、少量だけあって、しかも1日で止まったのだ。14日・15日は1泊旅行だったので、生理二日目にかかるのはちょっとアンラッキーかなと思ったが、生理用品がほとんど必要なかった。これは、まだ妊娠の可能性あり?旅行から帰った16日、また出血が始まった。やはり、通常の生理より少量の色鮮やかな出血。下腹も少し痛い。これは、以前流産したときとよく似ている。ただあの時は、腹痛はなく、自然に出るのを待っていたら2ヶ月たっても出てこなかったので、結局掻爬してもらった。(ちなみにこの掻爬って、非常に気持ち悪い。)そして出血はだんだん増えてきた。やっぱり流産か。多くなってきたので、スーパータイプのタンポンとナプキンを併用。生理の一番ひどい時と同じくらいの出血量になってきた。お腹の鈍痛も続いている。ちょっと心配になってきた私。まさか、子宮外妊娠とかじゃないよね。ネットで流産について調べる。実は、もっとも流産しやすいのは、皆さんが妊娠に気づく前です。ふだんより少しおくれて、少し重い生理があった経験を思い出す方はいませんか。もしかしたら、それはきわめて早い時期の流産だったかもしれません。人間の受精卵は、受精の直後ではなんと40%が異常卵だといわれています。それが、子宮に移動する間にすでに淘汰が起きて、着床時には25%に減ります。このころの流産は、化学反応、つまり尿の妊娠反応を調べた時のみわかるので、「化学流産」あるいは「オカルト流産」と呼ばれています。この、気がつかない流産のことも考え合わせれば、人間の受精卵はそれほど完璧なものではない、とわかります。異常が起きるということも、「誰にでも起きる不運」と考えるべきなのです。>>専門医に聞く!「流産(1)」 流産は、自分を責めないで!ふーん、そうかあ。とりあえず、専門家の意見を聞こうと思い、吉村医院に電話をかけ、助産婦さんのアドバイスを聞く。やはり、妊娠のごく初期の流産の可能性がありますね、と言われた。外に出るかもしれないけれど、出血がひどくなければ、医者に来る必要もないでしょう、と。ちょっと安心。吉村医院は、必要ない処置はしないという姿勢なので、聞く方も安心できる。吉村医院に電話してから約30分後。突然、何かが出るのを感じた。慌ててトイレに行ってタンポンを取ると、大量の血。タンポンとナプキンには塊がついている。トイレの周りは小スプラッタ状態。フ~さんが様子を見に来て仰天。とりあえず、洗い桶に水を入れて持ってきてくれた。もう子どもたちを迎えに行く時間だったので、フ~さんに頼んで行ってもらう。しばらくしたら出血が収まったようなので、新しいナプキンをつけて、トイレを掃除した。体調は、まだ軽い腹痛があるものの、普段とあまり変わらず、普通に歩いていろいろなことができる状態。吉村医院にもう一度電話して、中のものが出たと報告しようとしたら、さっきとは別の助産婦さんだった。その人は、明日でいいから病院に来るように言うので、遠いのでどうしようかと思ったが、久しぶりに吉村医院に行くのもいいかと思い、行くことにした。とりあえず、その日はあまり動かず、早く寝た。翌日、フ~さんがついてきてくれて、一緒に吉村医院に行った。お腹はなんだかすっきりした感じ。結局、検査しても何も異常はないということで、やはり、妊娠のごく初期の流産だろうということだった。「98%くらいそうでしょう」と吉村先生。しかし、またあとで、「99%そうだ」と仰るので「確率が上がりましたね」と突っ込みを入れたら、「だんだん確信が強くなるんです」と言う答え。さすがドクター吉村^^;その後は徐々に出血もなくなり、通常の生活に戻った。ともあれ、今回のことで、三人目出産を想定した精神的シミュレーションができた。結果、三人目のベビー、いてもいいかもって、かなり思えるようになった。まあ、これも運命なので、どうなるかはわからないけどね。
2006年08月23日
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まだ、電子顕微鏡マニュアルの翻訳しています。でもちょっと、一段落ついたので、久しぶりに更新。☆ ☆ ☆ さて、今回は子どもたちの話。1ヶ月ほど前から、シャアはオムツを使わなくなった。夜寝るときもオムツなし。我が家には和式の男性用トイレがあって、いっちょまえにそれを使う。高さが足りないので、便器の前に箱をおいて踏み台にした。ちゃんと手でもって、立ってオシッコしている。トイレは1階にしかないので、2階の部屋にいるときは、おまるを使用。大きい方は、いやがってなかなかトイレでしてくれなかったが、あるときタイミングよく便座に座らせたとたんに出て、それ以来トイレでしてくれるようになった。初めは夜の間だけオムツをしていたが、夜の失敗もあまりなくなり、そのうち紙おむつが切れ、布オムツも暑そうなのでしなくなり、完全オムツフリーに(^^)v時々オネショをする時はあるが、まだ2歳だからね。セイラより1年早くオムツフリーになった。めでたいめでたい♪♪ヘ(^-^ヘ)(/^-^)/♪☆ ☆ ☆ 最近、セイラは髪が長くなり、暑くなってきたのもあって毎日私が髪をまとめてやっている。ポニーテールなら簡単なのだが、お嬢様、よく「みつあみにして~」とおっしゃる。三つ編み、いいけどね。まだイマイチ短いからすぐくずれるんだけど。あんまり上手にはできていなくても、本人は満足。だからいいことにしよう。☆ ☆ ☆ おまけ:これ、だーれだ?答え:若き日のフ~さん。抱いているのは生まれたばかりの長男君。フ~さんの妹が持っていたのを、先日次男君が、スキャナで取り込んで、メールで送ってくれた。気に入ったので載せちゃいます。ほっほっほ。
2006年08月06日
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ここんとこ、仕事が忙しくて、久しぶりの更新。ちなみに今、電子顕微鏡マニュアルの翻訳なんて言うハイブロウな仕事をしている。☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ さて本題。7月2日に、ウィーンでフ~さんの次男のところに女の子が生まれた。 ママは日本人。 自宅出産だった。フ~さんにとっては孫なので、私にとっては、あえていうなら継孫(マママゴ)ってことで・・・^^;彼らが自宅出産に至るまでには、色々経緯があった。 初めは普通の病院で出産するつもりでいた彼ら。 しかし、臨月になってから、ウィーンに住んでいる日本人の友人で、つい最近出産した人から、病院での出産でひどい目に会ったという体験を聞いたのだそうだ。 予定日を超過したので、早く生むために陣痛促進剤を使われ、陣痛が来て痛み止めの麻酔をしたが効かず、そのうち赤ちゃんの状態が悪くなって帝王切開になり、手術用の麻酔をしたがそれもあまり効かないまま帝王切開になりひどく痛かった・・といった話。 それを聞いて、出産を控えた次男夫婦、不安になった。 最近Skypeで次男とチャットをしているフ~さん、その話を聞いて、根本の原因は病院での人工的処置にあり、普通の病院で出産するのは危ないという実例を実体験に基づいていろいろ教えた。 フ~さんの別の息子はロンドンの病院で生まれた時、陣痛のある時に痛み止めを与えられた結果、陣痛が止まってしまったとか、すでに破水しているのにバカな医者がろくに確認せずに羊水を出す処置をしたとか。生まれてきた時、この子は仮死状態でぐったりしていたそうだ。 それから私の出産に関する話。 私は、自然出産で有名な愛知県の「吉村医院」という産院で二人の子どもを出産した。 >>吉村医院紹介記事そこでは、お産にできる限り人工的な介入を行わず、産婦がリラックスできる薄暗い和室で、自由な姿勢でお産ができるようにしている。特に異常がない限り、医師は生まれる直前にしか顔を出さない。後は助産婦さんたちがずっとついている。 出産の時に会陰切開することも余りない。 院長の吉村正医師は、長年の経験から、人口的にお産に介入すること(陣痛促進剤、痛み止めの使用など)は自然なお産の経過を阻害し、出産に悪い結果を与えると言う結論に達している。 なぜ人工的な介入が悪いのか?それは、お産と言うものは非常に複雑でデリケートなものだからだ。ホルモン、環境、雰囲気、月の重力などが密接に絡み合った複雑なプロセスにたいしては、いかなる人工的介入もその自然な進行を阻害する。例えば、陣痛が微弱で、出産がなかなか進まない場合がある。一般的にはこんな場合、陣痛促進剤が使われる。だが、陣痛が微弱なのには理由があるのだ。私がシャアを出産した時も、初めのうち陣痛が弱かった。セイラのときよりもずっと弱く、また、「二人目のお産は早く進む」と聞いていたにもかかわらず、結局セイラと同じくらい(約17時間)かかった。出産後、助産婦さんに聞いた話では、赤ん坊の首にへその緒が二巻きしていたそうだ。急にお産が進むと苦しいので、赤ちゃんが陣痛を調整してゆっくりと降りてきたんだって。自然ってうまくできている。ところが、ここで陣痛促進剤を使ったりすると、赤ちゃんが圧迫され、状態が悪くなり心音が下がったりする。その結果、帝王切開。これって間違ってない?吉村医院での帝王切開率は約3%。97%は自然に下から生んでいる。 普通の病院では出産の10~20%は帝王切開だそうだ。 通常なら、100%帝王切開となる、足から出てくる逆子の場合でも、帝王切開せずに済むことが多い。 生まれてからは、完全母子同室。新生児室というものがない。 (シャワーを浴びる時だけ、助産婦さんに預かってもらう。) そうすることにより、スムーズに母子が互いのリズムを合わせられるようになる。 ここで二人出産したあとの私の感想は、もしまた子どもができても、もう普通の病院では怖くて出産できないと言うこと。 ベッドに縛り付けられて、薬を与えられて無理に生まされるなんて、考えただけでイヤだ。 そういうことを踏まえて、ウィーンで出産するのなら、普通の病院でなく、自然出産を特別に行っている施設か、助産婦に来てもらって自宅で出産することを勧めた。 そして、吉村医師の著書、「お産!このいのちの神秘」とDVD、「しあわせなお産をしよう」を日本から送り、それからドイツのAmazonを利用して、フランス出身の自然出産の先駆者である、ミシェル・オダン(michel Odent)という人の著書数冊(ドイツ語版)を送りつけた。 数日後。彼らは助産婦を頼んで自宅で出産することを選択した。 経過は順調だったようで、写真を見ると、母親も赤ん坊もいい顔をしている。 自然出産で生まれた子って、とても穏やかな顔をしてるんだよね。母親も出産の歓びに満ち溢れている。 うちの娘と1週間違いで、別の病院で生まれた子を、生後2週間の時に見たけど、その子はなんだか苦しそうな顔をしていた。 陣痛促進剤使われて吸引分娩だったそうだ。 うちの娘と比べると、違いが明らかだった。 そろそろ生後2週間。 現在無職の次男君はベビーで忙しいらしく、Skypeのステータスがいつもオフラインになっている。 彼ら夫婦にとって、いい影響を及ぼしたと、フ~さんは満足している。↓次男君に送った本とDVD
2006年07月15日
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今週の翻訳仕事:裁判関係の書類、「訴訟告知」のドイツ語訳。 こんなややこしい文書がフ~さん1人でできるわけはないので、当然私が張り付き、説明しながら翻訳。 だがまず、説明するには、私が内容を理解せねばならない。 やたら長たらしい文章で、一文に言いたいことを目いっぱい詰め込んであるので、わかりにくいことこの上なし。 裁判所の書類って概してこんなもの。 まず、「訴訟告知」って何だ?と言うのが最初の疑問。 原文を見ると、「原告」「被告」の他に、「告知人」「被告知人」というのがあり、関係がわからない。 そこで、文書内に参照してある「民事訴訟法」をネットで調べ、さらに、知り合いの弁護士さんに聞いたところ、訴訟告知とは、利害関係のある第三者に訴訟があることを知らせるものであり、告知された者はさらに別の者に告知できるということだった。 なるほど。そういう物もあるのね。 お陰で何とか当事者の関係をつかむことができた。 で、ややこしい構文の訴訟の内容をかいつまむとこんな風。 原告は、損害保険の会社6社。 被告は、輸出業者A。 一昨年、地中海を航行中の貨物船上で火災が起き、損害を受けた貨物に対し、原告の保険会社が損害保険金を支払った。 ところが、発火元は、被告である輸出業者A社の荷物だったので、原告の保険会社は損害の責任はこの輸出業者にあるとして被告を訴えた。 で、被告(A社)の方は、もしこの裁判で負け、被告の責任であると認められた場合、 その責任は元はと言えばコンテナに積載をしたスイスの運送業者Bの下請け業者が行ったコンテナへの積付不良のせいだから、 運送業者を訴えて損害賠償請求するということで、B社に以前に訴訟告知を行った。 で、こんどは、その告知されたB社がさらに、別の会社C社に訴訟告知。もし自分たちの責任が認められた場合、その貨物の買主であるスイスの企業C社が管理・支配していたものだから、最終的な責任はCにあり、B社はC社に損害賠償請求できるということ。 う~、なんだか責任転嫁のオンパレードに聞こえますが、輸出入のビジネス経験のあるフ~さんによると、よくあることだそうです。 概要は翻訳できたけど、フ~さん法律用語は自信がない。そこで、某SNSのドイツ語コミュニティで法律関係の辞書について聞いたら、同じ市内に住む、大学院でドイツ法を専攻しているという人が「何かお役に立てることがあったら」とメッセージをくれました!そこで、翻訳をチェックしてくれないか頼んだら、快く引き受けてもらえ、非常に有益なフィードバックがもらえました。Tさん、どうもありがとう!--------さて、次は子どもの話。うちのセイラ、時々どうでもいいことで拗ねる。先日は、スーパー銭湯に行く車の中で、私が左側のドアから降りたら、おむつかりになった。「セイラ、ママと一緒に、こっちのドア(右側)から降りたかったんだもん・・・ウワァァァンヽ(`Д´)ノ」私は、無体な要求をセイラがする時は取り合わないことにしているが、セイラ、いつまでも泣いて拗ねている。フ~さんが、「先に行って、セイラと話してくる」というので、シャアと一緒に一足先に2階にある入り口で待っていた。しばらくしてフ~さんとセイラが着たが、セイラ、まだ泣いて暴れている。ついに怒ったフ~さん、「じゃあ、帰った方がいい」と言って、セイラを連れて出て行ってしまった。私とシャアは、中のベンチに座って待っていたが、そのうち携帯にフ~さんから電話がかかってきた。「今、うちにいる。セイラと話して。」と言ってセイラに代わると「ママ~・・・」と心細げな声。「どうしたの、セイラのことずっと待ってたんだよ。」と私。フ~さんが、今から行くというので、また待っていたら、程なく二人して登場。セイラは私を見て抱きついてきた。フ~さんが言う。「家に一度帰るのは、必要だったよ。そうでなければセイラは僕が本気だと思わなかったからね。家に帰ったことに気がついて初めて、しまったと思ったみたいだ」そして、こういう騒ぎが会った後はいつもそうであるように、セイラは本当にいい子になりました。しばらくの間は(爆)でもまあ、セイラも、以前ほどではないにせよ、私がシャアにばかり構っていると感じるみたいなので、セイラにも甘えさせる時は甘えさせようと思い、心がけています。朝には、「セイラ、起きて、キュー(抱きしめ)してあげる。キュー」なんて近頃やってます。そういうと、気分が乗ってるときにはセイラは、「セイラ、ママのこと、だーいすきなの」なんて言ってくれる。------おまけ:馬鹿馬鹿しいけど笑えます。少林寺
2006年06月24日
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最近、翻訳の仕事が忙しい私とフ~さん。まあ、ありがたいといえばありがたいんだが、家のリフォームがなかなか進まないのが難。しかし、先週やった、工場納品条件仕様書:ドイツ語→日本語訳17ページには参ったよ。1文の中で、知らない単語が5個も6個もあるときつい!逐一辞書を見ているから、なかなか進まないしぃ徹夜して、朝まで仕事して、何とか納期に間に合わせました。まあ、品質管理文書は、英語の仕事では得意分野なのでなんとかなったんだけど。考えてみれば、普通は高いお金を払って語学学校なんかで外国語を勉強するのに、逆に、お金をもらってドイツ語を覚えられるんだから、ある意味ラッキーかもしれないと思うことにしました。ちときついけどね。今、フ~さんは、化粧品に関するアンケートのドイツ語訳を仕上げ中(プッ)今週は、ちょっとのんびりしたいー。゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜さて、少し前ですが、ちょっと面白い体験をしました。昨年、市民合唱団をやっている知り合いから、定期公演でハイドンをやるが、歌詞のドイツ語の意味が全然わからないから訳して欲しいと頼まれ、フ~さんと一緒に翻訳した。7部構成のオラトリオ。教会音楽。今年の4月になって、突然その知り合いから連絡が入った。そして公演の時、舞台で各部分が始まる前に歌詞の内容の簡単な朗読をして欲しいと頼まれた。私はそんな経験はゼロなので、「私でいいんですか?!」と聞いたら「はい」って。実は、私の今年のモットーは、『積極的にいろいろなことをしよう』それで、この仕事、受けてしまいましたー。あははー。指揮者と打ち合わせたり、スクリプトを考えたりして、前日のリハーサルへ。舞台の端においた演壇のような机でスクリプトを読むのだけど、集まったオーケストラとソリストの歌の迫力に圧倒され、舞台に立っている間、なんだかぼうっとしてしまった。当日の朝のゲネプロには、フ~さんと子どもたちも来たのだけど、余りの迫力に、セイラは泣きだし、フ~さんも涙が出たと言っていた。「質がいいのでびっくりした」って。 本番、始まる前はかなり緊張したが、一旦始まってしまうとわりと落ち着いて朗読することができた。 初めちょっとトチったけど、私の方の出来は80点かな。 歌とオケはすばらしかったです。 フ~さんは、ウィーン育ちなので、耳は肥えているのですが、その彼が「本当にいいので驚いた。もう一度子どもなしで最初から聞きたい」と言っていた。 演奏後は、ソリストの方たちと一緒に花束までもらってしまいました。 いやー、終了後の昂揚感が心地よかったです~。 合唱団メンバーはこのためにやってるんだというのがよくわかった。 楽屋が、ソリストの方たちと一緒だったのも、ちょっと面白かったし。 先週、その公演を録画したDVDをもらいました。フ~さんとセイラは、さっそく再生して見ていた。音楽はやっぱりいいけど・・・自分の声を改めて聞くのは・・・(冷汗)
2006年06月18日
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先週、久しぶりに、大口の翻訳の仕事が入った。高所クレーンのマニュアル、74ページ。しかしこの仕事、日本語→ドイツ語訳なんである。実は4月末から取引のある翻訳会社が、ドイツ語翻訳の仕事をよく回してくれるようになったのだ。最初に引き合いがあったのは英語の通訳としてなのだが、「うちは夫がドイツ語ネイティブで翻訳・校正ができますよ」と言っておいたら、2日後くらいに「ドイツ語の翻訳者が捕まらないので、急ぎの校正をお願いしたい」と、展示会のパンフレットの校正の仕事を回してきた。PDFファイルに細かい字でぎっしり、8ページ分の内容。で、フ~さんが校正。この元の翻訳文がかなりひどかったようで、だいぶブツブツ言っていたが、最終的にPDFファイルをアクロバットで編集して、編集箇所をわかりやすくリストアップし、説明をつけて納品した。そうしたら、翻訳会社に気に入られたようで、週に1回は電話がかかってくるようになった。ありがたいことで。でもフ~さんの日本語→ドイツ語翻訳って、私が手伝うことがかなりあるのだ。意味がしっかりわかってないことが多いので、私に確認してくる。しかも恐ろしいことに、ドイツ語→日本語訳の仕事も回ってくるようになった。これは私がやらないとどうしようもない。わからないところはフ~さんに聞いて確認しながら何とかやっているが、私のドイツ語レベルではどうにも効率が悪い。この前急ぎの仕事だって言うんで、フ~さんに張り付いてもらって、4ページの独文和訳を3時間で仕上げた。ひ~これはいやでも、私のドイツ語のスキルを上げなければ…果たして、やっているうちに自然に身につくだろうか?!やっぱりもうちょっと勉強らしいことをするべきか?フ~さんの手伝いで夜更かししてしまった。もう寝ます。
2006年06月06日
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携帯を変えた。以前の日記で、水没してスピーカーが使えなくなったのがいつのまにか直っていたと書いたが、その後また調子が悪くなったのだ。ちょうど、TU-KAからauへの切り替えキャンペーンをやっていて、定期契約解除の違約金なしでauに変えられること、また、新規契約扱いになるので、無料で新しい携帯が入手できたことで、auに変えた。こんどはカメラ付きにしたので、それで撮った写真を今回使ってみました。さて、フ~さんが先日、久々にパラチンケンを作った。パラチンケンって、ウィーン風クレープ・シュゼット。 甘くない薄焼き生地にいろいろなものを載せ、くるくる巻いてある。 元々はハンガリーのもので、ハンガリーではパラチンタと言っている。 ちょうどイチゴが安くておいしい時期なので、イチゴとヨーグルトをフィリングにした。 フ~さんはあまり料理しないけど、パラチンケンを作るのは上手。 材料はすべて目分量。 でも大体いつもうまく行くのに感心する。 フライパンをくいっと動かして、焼いた生地を空中に放り上げ、ひっくり返す。だからフライ返しは不要。 見てたセイラが、「パパ、すごーい!」 イチゴを刻んでヨーグルトに混ぜ、砂糖を加えたものを焼けた生地に乗せ、 くるくる巻いて、フォークですくった粉砂糖をかけてでき上がり。 焼き立てのが次々出てきて、おーいしい♪ 子どもたちも大喜びで食べました。 夕食がこれとサラダだけになったのはちょっと問題だけど、まあたまにはいいってことで。そして次の写真はこれ。あんまり可愛かったので載せちゃいます。セイラが描いた絵。下の三つ編みの子がセイラ、真中の青い服がシャア君、一番上は私だそうで。実際はセイラは髪がそんなに長くないけど、三つ編みがあこがれ。私の髪も長く描いてくれた。「ママ、かわいくかいてあげた」って。ありがとうね。確かに実物より数倍かわいいよ。
2006年05月19日
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以前にも書いたが、最近はほぼ毎日ホームベーカリーでパンを焼いている。私がパンを焼くようになったある日、フ~さんがボソッと言った。「サワータイクって、どうやって作るのかな…」どうも、パンに使うサワータイクというものがあるらしい。タイクって、ドイツ語で生地のこと。サワーは英語と同じで、酸っぱいと言う意味。そういえば、サンフランシスコ・サワードウというのを聞いたことがあるけど、似たようなものだろうか?その後しばらくして、偶然見つけたMICHIE'S BACKSTUBEというHPに、サワータイクのことが載っていた。>>ザワータイクについてなるほど、ライ麦の量が多いパンを作るには、サワータイクが必要なのか。HBのレシピ集にもライ麦パンがあるけど、どれもライ麦の比率が少ない。これではどうも物足りない。サワータイクを作ったら、HBでライ麦比率が高いパンが焼けないだろうか。そう思って、4月半ばから、サワータイクを起こし始めた。>>サワータイクの起こし方上記のHPに従って、3日かけてアンシュテルグート(スターター)を作った。 保温中の炊飯器の上にビンを置いておくと、ちょうどいい具合に発酵してくれた。 ビンの蓋を開けると、ポン!という音がして、気体が発生しているのがわかる。 発酵中のサワータイク、耳を近づけるとシュワシュワ音がするんだよ!酵母菌ががんばってるって実感。まずはスターターを作るまでにできた間引きサワーを一部入れた、ライ麦25%のパンをホームベーカリーで焼いてみた。 サワーが少ないので、あまり酸味はなかったけれど、それでもあのブロート独特の風味がほんのり感じられた。 これは次が期待できるかも。 数日後、熟成させたフォルサワーを使って、ライ麦の割合が50%になるように配合した。サワータイクの割合をどのくらいにするか迷ったけど、使用するライ麦の半分、すなわち全粉量の1/4がサワータイクになるようにした。 オリーブ油とキャラウェイシードも入れて・・・念のため、少しだけイーストも足して・・・そうしてホームベーカリーで焼いたら、できた! ふくらみが悪かったので失敗かと思ったけど、取り出してみたら、外側はカリカリ、中は固めのモチモチ。香ばしいパンができました。 ホームベーカリーでここまでできたらもう上出来! これに、無塩の発酵バターをつけて食べたら、超うまかった。フ~さんも絶賛!だって日本では本格的なライ麦入りのブロート、なかなか手に入らないし、入っても高い。申し訳程度にライ麦を配合したパンはちょくちょくあるんだけどね。フ~さんの誉め言葉にすっかり気をよくし、せっせとサワータイクの面倒を見る私だった。でも、サワータイクの管理って、ぬかみその手入れに通じるものがあるような…^^;
2006年05月09日
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先回ウィーンに行った時、SPARというスーパーで1kg入りのセイロン紅茶の大袋を買った。お値段は、€7.99。日本円にしたら1200円弱。これを日本に持ち帰り、毎日飲んでいたが、帰国後4ヶ月たち、ついに使い切ってしまった。新しい紅茶を買わなくちゃ。でも、この1kgの大袋に比べたら、日本で売っている紅茶はどの紅茶もバカ高く見えてしまう。ネットでいろいろ探して、たどりついたのが、トルコのチャイ(紅茶)。500g800円で、送料420円。これが探した中で、一番安かった。^^;試しに1個注文。もしかしたら結構いけるかもしれないぞ。注文した翌日に商品到着。まずは普通の紅茶と同じように淹れてみる。うーん、いまいち味も香りも薄いような。パッケージを見ると、英語の説明があり、10分ぐらい煮出すよう書いてある。トルコチャイなんだから、トルコ式ににだすとおいしいのかもしれない。インターネットでトルコチャイをキーワードに検索してチャイの淹れ方を調べ、ケトルと電動ポットを併用して次のように淹れてみた。ケトルに茶葉を入れ、少量のお湯を注いで蒸らす。ティーポットに熱湯を必要量だけ入れ、ケトルに入れる。ケトルを弱火にかけ、約10分煮出す。茶漉しをセットしたティーポットに3のチャイを入れてから、カップに注ぐ。こうしてできたチャイをストレートで飲んでみた。おいしい。普通の紅茶とはちょっと違う味と香り。煮出すことで濃厚になっている。これならいける!!以来、毎朝大きなティーポットで1リットルほど作っては家族で飲んでいます♪この紅茶、実に、飲み慣れるほどにおいしい~ ♥しばらくは、このチャイとティーバッグの併用で行くけど、今度、パキスタン人の友人が国に帰るとき、紅茶を買ってきてもらおうかと思っています。*トルコのチャイは、本式には、「チャイダンルック」という、こんな2段式のティーポットで入れるんだって。ウィーンだったら、安く手に入るかな。
2006年05月04日
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昨年の9月、うちのボーズが私の携帯を水に投げ込んだ。 スピーカーが壊れ、こちらの声は相手に聞こえるが、相手の声は全然聞こえない状態になった。 だが、イヤホンマイクをつなぐと使えたので、その後ずっとそうして使っていた。 おとといの日曜、電話をしようとしたら、イヤホンから音が聞こえない。 イヤホンのコードの線が切れたようだ。買い換えなきゃ。 そして昨日、母から携帯に電話がかかってきたので、スピーカーに向かってしゃべった。 「あ、ごめん、今携帯の調子悪くて…」 …声が全然聞こえないから固定電話にかけて、と続けようとしたら、 「じゃあかけなおせばいいのか?」 と母の声が聞こえる。 …そう、いつのまにか、私の携帯のスピーカー、直っていたのです!!!(驚) イヤホンもうっとうしいからそろそろ新しい機種に替えようかと思っていた矢先だったので、ちょっとうれしいような。 ちなみにうちの携帯はTU-KA。auに簡単に変更できると言う案内が料金案内に入っていた。5月からはもう新規契約をしないんだって。どっちもKDDIグループだし、もうすぐauに吸収されるんだろな。しかし私、どのくらいの間、直っていると知らずにイヤホン使ってたんだろう? ^^;
2006年04月25日
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4月から、子どもたちが新しい保育園に行き始めた。 3月まで通っていたところは、園児が200人ほどいる大規模な保育園。6月に名古屋に引っ越してきて、運良く1歳児クラスに空きがあり、7月からすぐ通うことができた。 管理はとてもしっかりしており、先生たちも元気で明るい、いい人たちだったが… セイラが登園拒否になった。 引越し前に通っていた保育園では、一度も言わなかったのに、「今日保育園に行きたくない」と、週に1-2回は言うようになっていた。あまり無理強いしてもよくないので、どうしても行きたがらない時は休ませた。 フ~さんも、子どもたちを並ばせて行進させたりする軍事訓練みたいなことはあまり好きではなく…。 それじゃ、もっと小さいところを探してみようってことになって、見つけたのが今のところ。 お寺の経営する保育園で、園児の総数は50人ぐらい。教室は3つだけで、異なる年齢の子どもたちが同じクラスにいる。 老人保養施設も併設されていて、お年寄りとの交流もあるらしい。場所も遠くない。 ここに決めたけど、定員の関係で、年度途中には変われず、4月まで待った。 そのうち、前の保育園も、何ヶ月も通わせていると、だんだん里心がついてきて、転園するのが後ろめたいような気分になってきた。3月はセイラに、「今の保育園はあとちょっとだから、がんばって行ってね。」と言った。お陰で何とか毎日、行くことができた。3月31日が、前の園の最後の登園日。先生たちにお別れを言った。 シャアのクラスの先生、ちょっとウルウルしてた。シャアは先生たちにとても可愛がられていたようだ。 この先生、いい人だったから、ちょっと胸が痛んだ。 転園するのは果たしていい考えだっただろうか?でも、もう後戻りはできない。いい結果になることを祈るだけ。新しい園には仰々しい入園式はなく、4月1日に対面式と言うのがあった。新しく入った子達を元からいる子達に紹介するもので、保護者の付き添いはなし。この日は1時間でお迎え。 お迎えの時、シャアのクラスのお友達が何人か出てきて、さようならの挨拶のあとみんな揃って「バイバーイ」と言って手を振ってくれた。ちょっと感動。 フ~さんは、「あれを出て涙が出た」と言った。それからそろそろ3週間になる。 セイラは毎日、保育園に行くのを楽しみにするようになった。 朝も、前はぐずぐずとなかなか起きなかったのが、ぱっと起きて支度するようになった。 「XX保育園、だーいすき」とセイラが言うので、 「どこが好きなの?」と聞いたら、 「女の子が多いもん。 それに○○保育園(前の園)ではセイラをだいきらいな子がいたの」 との返事。 …そうか、友達との関係があまりうまく行ってなかったのか。確かに、今の園は、前の園に比べて、子どもたちがみんな優しい感じがする。思うに、前の園では、人数が多い分、子どもたちにストレスがたまり、アグレッシブな子どもが多かったのではないか。 フ~さんとそんなことを話し合った。 子どもに対する先生の数も、前の園より多い。前の園では、年少以上は1クラス20人、先生は1人。今の園では、年少、年中、年長が同じ教室で計30人なのに対して、先生が3人。そのうち1人は若い男性の保育士。 毎日喜んで保育園に行くようになったセイラを見て、私もフ~さんもうれしい。思い切って転園してよかった!
2006年04月19日
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風邪を引いてしまった。季節の変わり目で、暖かかったり寒かったりするからだ。2日前には咳がずいぶんひどくなり、ゲホゲホ、コンコン。苦しくて夜なかなか眠れなかった。昨日も咳は収まらず、一度咳き込むとなかなか止まらなくて辛かった。それでも、医者に行くのも薬を飲むのも気が進まない私。ふと思いついて、咳に効くハーブをネット検索してみた。すると、セージやタイムをお茶にして飲むとよいとある。セージは炎症を抑え、タイムには強い殺菌作用があるそうだ。また、タイムは精油成分も多く含まれるので、飲みながら蒸気を吸入するのもよいとか。そのほかにも色々なハーブが上げられていたが、セージとタイムならうちのスパイス棚にあるぞ!というわけで、さっそくハーブティーを作りました。セージは粉のしかなかったので、カップに粉のまま入れ、そこにタイムも入れる。そこにそのまま熱湯を注いだけれど、ちょっぬるいので、電子レンジで1分間加熱。できたのを取り出して、香りを嗅いでみる。タイムの強い香り。なんか効きそう。蒸気を吸いながらゆっくり飲む。心なしか、楽になった気が…しばらくしたらまた咳が出始めたので、もう1杯。なんか、楽になってる。その日は寝るまでに4杯飲んだ。咳、あまり出ない。ぐっすリ眠ることができた。そして今朝。ずっと楽になってる!いやー、ハーブティーがこんなに咳に聞くとは思ってなかったので、ちょっとビックリ。セージやタイムをお茶にして飲んだことって、今までなかったもんね。 セージ タイム=余談=フ~さんに、ハーブがすごく効いたよって言ったら、セージ、タイムのドイツ語が思い出せなくて悩んでいた^^;オンライン辞書で調べたら、セージはSalbei(サルバイ)、タイムはThymian(テュミアン)でした。サルバイはよく彼のお母さんが飲んでたそうです。私は、セージが薬用サルビアだとは知らなかった。
2006年04月14日
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またまた作ってしまいました、オーストリア料理。今回は、あのグラーシュです。実は私、ずっと、グラーシュが気になっていた。 グラーシュは、ご存知ハンガリーの有名なスープ。オーストリアでもポピュラーで、大衆的な店で食べるとおいしいそうな。 簡単で、材料が高くなければ、家で作れるかも。 でも、牛肉を使うのが一般的みたいだからなあ。 うちは基本的に牛肉はあんまり買わない。肉は豚と鶏がほとんど。 そんなことを思っていたら、またまたぷりんさんのサイトに豚肉を使ったグラーシュのレシピがあった。 「ゼーゲディナーグラーシュ」 (写真はぷりんさんのサイトから) これなら豚肉だし、1月にウィーンで買ったザワークラウトの残りもあるのでちょうどいい。 パプリカも、何年か前ハンガリーに行った人からのお土産がまだ残ってるし。 ちょうど、スーパーで豚肉のモモ切り落としが、100g88円の特売。 これを300g買って、さあ作るぞ! …ん、待てよ、 「マジョラム」がうちにないじゃないか! 香辛料の棚をひっくり返して出てきたのが、プロバンスハーブミックス。マジョラムも入っているから、これで代用しちゃおう。 トマトペーストもないけど、ダイスカットトマトの缶があるからこれを使おう。どうせあとで水を加えるんだから同じだろう。 …あり?サワークリームもいるの? これもないよ。どうしよう?! こうなったら、ゼーゲディナーグラーシュじゃなくて、普通のグラーシュを豚肉で作るか。 これにはザワークラウトは使わないけど。 というわけで作り始めた。 中華なべで玉ねぎをよく炒めて、パプリカをまぶす。 ここで、トマトを1缶、全部入れた。 う、ここで「肉を炒めて焦げ目をつける」だって? トマト缶全部入れちゃったから、水が多すぎてできないよ! だからトマトペーストを使えって書いてあるのか。 (次からトマト缶を使う時は、肉を炒めてから入れよう) そしてにんにくとキャラウェイ、マジョラム代わりのプロバンスミックスを入れる。 別のスープ用鍋に移して、水とスープの素を入れ、じゃがいもと人参を入れた。人参はレシピにはないが、野菜がほしかったので追加。 かき混ぜてしばらく煮てから、味を見る。 うーん、ちょっと子どもにはスパイシーかなあ。 カレーだと、こういう時にはヨーグルトを入れるから、ここでもヨーグルトを入れてみた。 またしばらく煮ると、とろりとしてきていい感じ。 これはいけるかも♥ 野菜も柔らかくなったので、一旦火を止めた。スープや煮物は冷めるときに味が具に染み込むから。 出来上がったグラーシュは、ヨーグルトのおかげで、ちょっと白っぽい。 しばらくして、仕事にキリのついたフ~さんが台所に来た。今日は仕事がはかどり、満足そう。 鍋の中身を見て 「ああ、ゼ-ゲディナーグラーシュてどんなのか、いままで忘れてたけど、この色で思い出したよ。 ザワークラウトが入ってるだろう?」 ・・・・ゼーゲディナーグラーシュとちがって、サワークリームや生クリームを入れてない。白っぽいのはヨーグルトのせい。だからザワークラウト入れてないけど。 「ザワークラウトないんだね」 ・・・・あるよ、ウィーンで買った残りが冷蔵庫に。 「じゃあ、入れよう」 ってことで、ザワークラウトも入れ、やめたはずのゼーゲディナーグラーシュに戻ってしまった。^^; まあ、サワークリームの代わりにヨーグルトを使ったことで、本来のものよりあっさりしたグラーシュになったようです。 味も合格だったようで フ~さんとシャアが、これでもかってくらい食べました。 量もたっぷりあり、たくさん食べたのに、夜に作ったグラーシュ、翌日の朝、昼と食べてようやくなくなりました。今回で、大体グラーシュの作り方がわかったので、また機会があったら作ります。 肉が特売の時ね(笑)
2006年04月10日
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セイラが、字が読めるようになった。もう、ひらがなはほとんどOK。カタカナも少しずつ覚えている。セイラに、ひらがな練習のドリルを買って与えたのが去年の夏。何ページかやって、そのままになっていたが、急に1ヶ月ほど前から字に興味を持ち出し、絵本を見て「この字なに~?」と聞くようになった。あとはあっという間に字を覚え、ドリルも引っ張り出してちょこちょことやっている。まだ、一字一字を音読している段階。だから読書と言うよりは、解読。でもそれを夢中になってやっている。思えば私も、この手の「解読」作業って好き。J.R.R.トールキンの「ホビットの冒険」の原作、"The Hobbit"の前書きを読むと、使われているルーン文字がどの英語のアルファベットに対応するかわかるようになっている。それを必死で覚えて、他のページのルーン文字を解読したり、ルーン文字で色々書いて遊んでた。高校生の時だ。といっても、バリバリに英語の本を読んでいたわけではない。中身はあまり読まずに、原作を買ったことだけに満足していた。英語は好きだったが、やっぱり普通の高校生には、児童書といえども英語の原書はちと難しかった。今のところ、セイラもシャアも、本が大好き。シャアは特に、「三匹のこぶた」の話が気に入って、毎日本を持ってきては「さんびきのこぶた、よんで!」と言う。シャアの誕生日には、フ~さんのお母さんから、ドイツ語の絵本が送られてきた。厚紙でできていて、中に仕掛けがあり、ページを引っ張ると農場に隠れている色々な動物が出てくるようになっている。これもかなり気に入ったシャア君。「よんで~」と言って来るが、「ドイツ語だからパパが上手だよ」と言って、もっぱらフ~さんに振っている。二人ともこのまま読書好きの子に成長してくれるといいな。
2006年03月30日
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最近、なぜかフ~さんの故郷、オーストリアの料理を作るようになってきた。どうもグリースノッケルスープを作って以来、オーストリアの料理やお菓子をよく作っている。以前は作ろうと思ったこともなかったのに。子どもが大きくなってきて、余裕が出てきたせいだろうか?パンも、ホームベーカリーでせっせと手作りしている。ライ麦や全粒粉を入れて、キャラウェイシードを混ぜると、ホームベーカリーでなんちゃってブロート(ドイツ風パン)ができる。ただ、ライ麦を入れると、ちょっと水加減が難しくなって、よくぺちゃんこにへこんでしまうんだが、味は大丈夫だとフ~さん。ほぼ毎日パンを焼くので、スーパーで売っている強力粉ではとても足りず、ネット通販でまとめ買いをしている。10kgの強力粉をほぼ1ヶ月で使いきる。ドライイーストも、125gのサフインスタントイーストが1ヶ月でなくなる。よく利用するショップは、572310(粉に砂糖)ドットコム。わりと近くにあり、直接商品を受け取りに行って送料を浮かすことができるので、便利。値段もわりと安い。先日はブラジルショップでレンズ豆を買った。レンズ豆。英語ではレンティル(Lentil),ドイツ語ではリンゼ(Linse)。正直言って私はこんなものを料理したことはなかったが、どうもヨーロッパではよく食べるらしいので買ってみた。作り方はネットで調べる。「簡単レンズ豆のトマト煮」というのがあったので、作ってみた。しばらく煮てそれらしくなったので、夕食に出す。フ~さん、大喜びで、何回もお代わりしました。「こういうベーシックなものが時々恋しいね」って。普段彼は、あまりオーストリアの食べ物のことを言わないので、これまで作ったことがなかったけれど、こんなに喜んでくれると作りがいがあったってもんです。レンズ豆、水で戻す必要がないから簡単だし。この後、再びレンズ豆を使って、スープにしたり、ソーセージを入れて煮たり(これはドイツ風らしい)しました。子どもたちもよく食べてくれるので、またちょくちょく作りそうです。
2006年03月26日
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7日は、シャアの2歳の誕生日だった。 フ~さんは、丸いケーキが絶対必要だと言う。 四角いのじゃだめなんだってさ。 でもって、普通にケーキ屋で売ってるバースデーケーキは高いから意味ないとか言う。 じゃあ、ミスドでドーナッツ買ってうちで食べれば、と言ったらそれも却下。店に行く、ということなら特別な体験として意味があるが、高くつくって。 以前、4歳になるセイラのバースデーには、出来合いのケーキの台と泡立て済みで絞りに入って売っているクリームを買い、娘にクリームをつけさせた。 それはまあ成功だったが、今回、まだ2歳のシャアに自分でケーキの飾りつけは難易度が高すぎ。 それにクリームでべたべたのケーキは、後の惨状が目に見えるので避けたい。 結局、予算と要望に沿うには、私が自分で手作りするしかないことになった…^^; でも、私、正直言って、お菓子作りってあんまり好きじゃないんだが。 高校生の時パウンドケーキぐらいは作ったことがあるが、二十歳以降ぜんぜんやっていない。 まあ、できるとは思うけど… いろいろレシピを見て悩んでいたところで、フ~さんが、 「ケーキを作るのくらい、大したことないだろう」って言う。 「あなた、そういうんなら自分で作りなさいよ」、と言うと、自分は他にたくさんやることがあって忙しくてできないって。 はいはい、そうでしょうとも。 結局悩んだ末、ガトーショコラを作ることにした。 レシピは以前作ったグリースノッケルスープと同じぷりんさんのサイトから拝借。 型がないので、近所の100円ショップで紙の丸型を買う。 後の材料はスーパーで購入。 製菓材料コーナーに行ったら、製菓用チョコレートがバカ高! 170gで500円以上は、ボリ過ぎだあ。 チョコはブラックの板チョコで代用。2枚で176円♪ あとは粉砂糖とココアパウダー、生クリームを買う。 粉砂糖は「好みで」とレシピに書いてあったが、フ~さんは絶対にかけるに決まっている。 家に帰って作り始める。 ココアパウダー、安かったから森永のを買ったら、フ~さんがVAN HOUTENのがよかったとほざく。 はいはい、今買ったのがなくなったらね。 プリントアウトした作り方を見ながら、チョコとバターを溶かし、卵と砂糖、小麦粉、ココアパウダーを混ぜ、卵白でメレンゲを作って合わせる。 合わせたものを型に入れる。れ、半分ぐらいにしかならないぞ。 オーブンレンジを予熱し、セットする。 実はこのオーブンレンジをオーブンとして使うのは、初めてだったりする。180度のオーブンに入れて30分経過したところで一旦取り出す。 おお、生地が膨れて大きくなっている!これはまあまあいけるかも。 生地に串を挿してチェック。まだ串に生地がついてくる。 あと10分間加熱して、串を再び挿す。生地がついてこないからOK。 焼けたばかりの時は真中が膨らんでいたが、冷めたら平らになった。 時間になったので子どもたちを保育園に迎えに行く。 帰りの車の中、ケーキを楽しみにする子どもたち。 帰宅して、フ~さんがケーキに粉砂糖をかけた。 そしてキャンドルを立てる。 最初は「真中に1本大きいのを立てなきゃ」と言っていたが、2本のローソクでそれをやるのはうまくないので、細いローソク2本を立てた。 ちなみに真中に1本大きいのを立てるのは彼の故国オーストリアの習慣のようだ。そしてハッピーバースデーを歌い、ローソクを吹き消す段になったが、シャアはまだ小さいのでうまくできない。 セイラが一緒に横から息を吹きかけて、ローソクを吹き消した。 ケーキをカットし、お皿に盛ったら、子どもたちが食べること! 小さく切ったとはいえ、二切れずつ食べた。フ~さんは、「これにナッツを入れたらきっとおいしいよ。甘さを抑えて、ホイップクリームを添えるのがいいね」などと言っている。 次回を期待されてしまった。ううう。
2006年03月07日
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ことの始まりは、うちに、下宿人君が置いて行ったコーンミールがあったこと。コーンミールって、何に使うんだ?コーンブレッドとか?とりあえず、最近ハマっているホームベーカリーで、コーンミールを配合したパンを焼いた。でも、これだけじゃなかなか減らないぞ…そういえば、この前オーストリアから持ってきたクノールのスープに、グリースノッケルン(Grießnockerln)のスープと言うのがあった。なかにきめの粗い麩みたいなものが入ってるスープ。辞書で調べると、グリースは穀物の粒、ノッケルは南ドイツ/オーストリアで団子のことだとある。もしかして、これコーンミールで作れない?フ~さんに聞いてみた。「グリースノッケルンって、何で作るの?」「グリースだよ。でも何かな?僕はグリースのことはよく知らない」…あ、そうですか(ーー;)クノールスープの原料を見たら、"Weizengrieß"って書いてある。Weizenってことは小麦か。じゃ、とうもろこしじゃないのか。あきらめず、ネットで検索してみたら、日本語のグリースノッケルンスープのレシピを発見!しかも、材料が「とうもろこしの粉」ってかいてあるじゃない!他の材料も手持ちのものでできるし、これはやるしかない!⇒レシピはコチラってことで、オーストリア料理に初挑戦。私、オーストリア料理ってこれまで作ったことがなかったのでした。生地を作って、30分ほどおいて、スプーンですくってスープに落とす。こんなので団子になるのかな~と思いながら、数分後にスープを見てみると、ポコポコと丸い塊が浮いてるぢゃありませんか!お、これはまあまあ成功かも!?ここで仕事が一段落くついたフ~さんを呼ぶ。「ねえ、これ見てよ。」「…グリースノッケルン?!」味見をしてもらい、それらしい味になってるというので、一安心。ついてに、別のサイトでレシピを見つけた「カトーフェルンサラート(ポテトサラダ)」も作って、テーブルに並んだ料理がすべてオーストリア風という、前代未聞のことになったぜ^^;ちなみに、このレシピのサイトを作ってるぷりんさんという方、Aiさんのお友達らしい。オーストリアもののレシピが欲しいときに、重宝しそうです。
2006年02月18日
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うちのフ~さん、最近、グルジエフ(Gurdjieff)という人の、哲学だか神秘主義思想だかの本にはまっている。ある晩、グルジエフ関係の本に書いてある、人と時間のことについて話し始めたので、「エンデの『モモ』に、似たようなことが書いてあるよ」と教えてあげた。フ~さん、ドイツ語が母国語のくせに、ミヒャエル・エンデの本を読んだことがないと言う。じゃあいい機会だからと言うことで、日本のAmazonでドイツ語版の"Momo"を買いました。元値が14.90ユーロの本が、消費税込みで2,062円。送料無料。悪くない。おととい注文して、今日もうそれが届きました。あ~便利!まずはフ~さんに読ませて、その後私がドイツ語の勉強のために読もうと思ってます。以前に日本語で読んだことがあるから、ストーリーもわかってるので、私にも何とか読めるんではないかと(^^ゞまあ、仕事が一段落したら、ぼちぼちがんばります。
2006年02月15日
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インターネットを使って固定電話に格安で通話できるSkypeについては以前の日記で書きましたが、今度は、主要各国の固定電話に完全無料で通話できるというVoipStuntをダウンロードして使ってみました。 といっても、自宅の電話にかけてみただけですが。このサービス、マイクとヘッドフォンがあれば、プログラムをダウンロードして、ユーザーネームを登録してすぐ使えます。操作も簡単。現在サイトは英語のみで、ソフトもWindows用のみ、しかもベータ版ですが、ヨーロッパのほぼ全域と北米、日本を含むアジアの主要国、オーストラリア、NZなどの固定電話へ完全無料で通話できます。ユーザーネームとメールアドレス以外のこまごまとした個人情報を登録する必要もありませんでした。以下、その感想です。 使用方法はSkypeとほとんど同じ。ただしインスタントメッセージ機能はなし。Skypeよりもシンプル。言語は現在英語のみ。ただし、言語選択バーがあって、数カ国語がグレイに表示されているところを見ると、将来的には数ヶ国語に対応予定か。自分で言語ファイルを作ってカスタマイズするのも可能のようだ。 音質はOKだった。但し、若干のタイムラグ(0.3秒ほど?)が生じた。これはSkypeも同じ。 通話料無料の国にかける場合は、あらかじめクレジットを購入する必要がないので面倒が少ない。 Skypeだと固定電話に通話するときは必ず最初に最低€10分のクレジットをクレジットカードで支払わなければならない。HPを読むと、この会社、そうとうSkypeを意識していますね。 通話料有料の場合でも、Skypeとの値段を比較し、より安いことを強調しています。 やっぱり、固定電話に通話料無料と言うのは大きいかな。 とりあえず私は、無料通話できる範囲でだけ使って、様子を見たいと思います。 まあ、国際電話をよくかける人にはメリットが大きいだろうな。フ~さんは、「一体誰が出資しているんだろう?Skypeが大きくなりすぎるのを防ぐのが目的か?」などと言っております。<2/10追記>後で色々と調べてみたら、無料でかける場合、5ユーロ分のクレジットを先に買わないと1分で通話が切れてしまうことがわかりました。がっかり。それだったら、経営が健全そうな分、Skypeを使うぞ。
2006年02月08日
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なんだかんだで、この日記も1ヶ月近く更新してませんでした。なんと言っても、400ユーロ(前回の日記参照)のショックが大きく、なかなか書く気になれなかったし。オーストリアから帰ってきて、新居が片付かず、かと思うと子どもが熱を出したり私が胃腸風邪で1週間ぐらい調子が悪かったり…フ~さんのお母さんの誕生日プレゼントに、ストールを編んでいたり…今、仕事で決算処理しなきゃいけないからそれもあるし…でもそろそろ旅行記も書かないと、いいかげん記憶が薄れてきてしまうんだが。とりあえず今日は、今回の旅行でオーストリアから持ち帰ったものをご紹介。1. Steirischer Waldhonig(シュタイヤマルク産の樹液蜂蜜)これ、フ~さんがずーっと欲しがってたもの。花の蜜じゃなくて、森の木の樹液を蜜蜂が集めたハチミツ。特に、シュタイヤマルク産のものが有名らしい。普通のハチミツに比べて、色が黒っぽく、濃厚な味。帰国して1ヶ月、すでに7割なくなりました。だってフ~さんとセイラが、毎日食べるんだもの。2. Stroh Rum(ラム酒)オーストリア産のラム酒。なぜかオーストリアはヨーロッパで唯一ラム酒を作っている国。アルコール度が40、60、80の3種類がある。トモりん。さんが帰国時に1本持ってきてもらおうと思って頼んだが、ある理由から持ってこられなかった。それを今回トモりん。さんに会ったときに渡してもらい、ウィーン滞在中に複数の人間が毎日紅茶に入れて飲んだ結果、半分はなくなり、残りの半分を日本に持って帰ったのでした。紅茶に砂糖とオレンジジュースを入れ、そこにこのStroh Rumをたらすと、本当においしいよ。3. Osmocolor(床用ワックス)ドイツ製の天然原料の床用ワックス。日本でも買えるが、値段がメチャ高い。オーストリアのホームセンターで買ったら、日本の値段の6割ぐらい。しかも免税が利いて、日本の売り値の半分程度になった。これをリフォーム中の我が家に使うのだあ。4. きゅうりのピクルス、サワークラウト重いのでやめとこうかと思ったが、日本の値段の1/4くらいなので、つい買ってしまった。5. レッドビーツ日本ではちょっと手に入りにくいので、買ってみた。サラダにしようと思ったのだが、フ~さんが、「ボルシチができるね」なんて言っている。そんなもの作り方知らないぞお!6. インスタントのスープKnorrのご当地のインスタントスープを3袋ほど。種類は、グーラーシュと、グリースノッケルン(麩みたいなもの)のスープ。作ってみたら、まあそれなりの味はするけど、やっぱインスタントっぽい。7. グリシーニイタリアの細長いパリパリの乾いたパン。うちの親にお土産で持っていったが、イマイチ不評だった。私は好きなんだが^_^;(以下2項目追加…2/9)8. ミューズリー 2kgうちはミューズリーがわりと好きなのですが、日本じゃ高い!日本の半値以下だったので、2袋買いました。9. セイロン紅茶 1kg大袋、カミツレ茶セイロン紅茶は1kgで8ユーロぐらいのをSPARで売ってた。1昨年同じのを見て、「買って帰ればよかった」というフ~さんの要望から。カミツレ茶(カモミールティー)、当然ながら日本で買うとバカ高いので。それじゃ、決算処理が終わったら旅行記をぼちぼち書き始めることにします。
2006年02月07日
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みなさんお久しぶりです。1月7日に、日本に帰ってきました。実は1日前の6日に帰国予定だったけれど、バカな理由で飛行機に乗り遅れ、1日遅れました。おまけに、翌日のチケットに変えるのに家族全員で400ユーロかかったし!(大痛!)まあ、全額かからなかっただけよしとしましょうか。それにしても痛い…今は、ようやく時差ぼけも取れてきて、ペースが戻ってきたところ。これから旅行の話を少しずつ書いていきますね。さて、帰国してから久しぶりに料理をするようになった私。でも、12月に大雪が降ったせいか、野菜がどれもこれも高い!安いのと言ったら…もやしと貝割れくらい。ドイツのスーパーでは、有機栽培のりんごが1キロ1ユーロだった。日本では1個でそのぐらいする…(ーー;)そんな中、比較的安かった大根で、ねぎ油大根サラダを作りました。これ、昔ラジオで、中国の薬膳として紹介されていたものをちょっとアレンジしたやつ。簡単なのでご紹介します。◆材料大根 ごま油 ねぎつゆの素(またはしょう油+うまみ調味料)量はそれぞれ適宜(笑)◆作り方 大根は千切り、ねぎは小口切りにする。 「ねぎ油」を作る。ごま油を多めにフライパン又は中華なべに取り、熱くなったらねぎを入れて2-3分揚げる。 2のねぎ油を熱いうちに、千切りにした大根にかけ、混ぜる。 3につゆの素を加え、混ぜてでき上がり。
2006年01月13日
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この記事は、「ウィーンへ行くぞ その1~7」の続きです。ウィーン行きの飛行機の乗客リストに私たちの名前が載っていない!?フ~さん、チェックインカウンターで抗議した。オーバーブッキングのためトラベルバウチャーをもらってスケジュール変更したことを説明し、日本のルフトハンザのTさんからもらった予約状況のプリントアウトのコピーを見せた。カウンターのお姉さん、電話をかけ、いろいろ問い合わせる。かなり待った後、OKが出て、無事飛行機に乗れることになった。そして搭乗手続きを済ませ、搭乗ゲートに行ってみると…飛行機が1時間遅れていた!!ウィーン空港には、フ~さんの家族が迎えに来るはずなので、何とか知らせなければならない!公衆電話はクレジットカードでかけられるはずだが、なぜかカードを受け付けてくれない。ちゃんとした説明書きもない。近くにいた空港関係者に聞いてもわからない。しかたないので、コインでかけた。なんとか通じて、用件を伝え、飛行機に乗り込む。乗り込んでみると、私たちの席は、身障者用のドアの近くの席だった。身障者のために普通は取ってある席を提供されたようだ。フランクフルトからウィーンは飛行機で約1時間。到着してみると、フ~さんの成人した息子セビ君(セイラとシャアとは腹違いの兄弟)が出迎えてくれた。そして、驚いたことに、フ~さんの叔母さん、アニーが一緒に来ていた!アニー叔母さんは御年85歳。杖をつきながらも自力で歩いていた。そしてそれから…滞在先のセビのアパートまで、電車で行った(爆)これがまた階段が多くて、エレベーターもエスカレーターもない。荷物も多くて、セビがいなければとてもじゃないができなかったことだろう。その間、セイラはベビーカーで、シャアはベビースリングの中で熟睡。やっとのことでセビのアパートに着いたら、また階段!3階で、大荷物と子どもを抱えてエレベーターなしはキツいぜ。着いたときには、もう、くたびれきっておりました。でもようやくこれでウィーンに着いた。そして、そのあとは、大したトラブルもなく、楽しい休暇を過ごして帰国の途に着くことができたのでした。実は帰りも飛行機がオーバーブッキングしていたが、そのおかげで帰りは家族全員ビジネスクラスでした。ビジネスクラスは、やっぱり食事が豪華。飛行機に乗ると歓迎のシャンペンなんかくれるし。という訳で、2004年度版「ウィーンへ行くぞ」はこれにて完結といたします。(パチバチバチ)
2006年01月04日
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ただいまウィーンです。ウィーン西駅近くのフ~さんのこっちの家族のアパートに滞在してます。今回は何事もなく無事到着した…と言いたいところですが、そこは我が家のこと。またまたハプニングがありました。それについては、おいおい書いていきます。到着してからウィーンはいいお天気が続いていましたが、今日はかなり激しい雪でした。今日届いた妹からのメールには、実家のある名古屋も50年ぶりの記録的豪雪だったとか。名古屋は雪がちょっと積もると交通が麻痺するからねえ。さぞかし大変だったことでしょう。昨日はグラーツまで行き、トモりん。さんちにおじゃましちゃいましたよ。大勢で押し掛けて、いっぱいご馳走になってしまいました。トモりん。さん、どうもありがとう!まもなくクリスマスで、町はイルミネーションできれいです。それでは、次はいつになるかわかりませんが、みなさんそれまでごきげんよう。
2005年12月22日
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あす、いよいよヨーロッパに出発です。まずフ~さんのお母さんのいるドイツへ行き、1泊してウィーンに行きます。日本に帰るのはお正月過ぎになります。できたら、現地で日記更新します。それではみなさま、ちょっと早いですがよいお年を~♪
2005年12月13日
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この記事は、「ウィーンへ行くぞ その1~6」の続きです。フランクフルト空港に着いたはいいが、フ~さんがオーストリアの免許証を自宅に忘れてきた。日本の免許証ではレンタカーを貸してくれない!フ~さん、別のレンタカーの会社に当たってみたが、結果は同じ。「そうか、日本語だと読めないからな。」…って、今ごろ納得するフ~さん。こうなったら、電車でヴュルツブルクまで行くしかありません。まず、先ほど引き取ったばかりの荷物を手荷物預け所に預ける。それから、シティバンクのカードでATMからユーロをゲット。荷物を最小限にして、今度は空港内の鉄道駅へ。フ~さん、往復乗車券を買う。うう、列が長い…。そして鉄道駅のプラットフォームへ。空港内をあっちへ行ったりこっちへ行ったり。その間、セイラはベビーカーで、シャアはベビースリングの中で熟睡。う、電車が25分遅れ!?気温は4℃。寒いよ~。ようやく電車がきたと思ったら、席が見つからないぞ?!あ、フ~さんが何とか席を探してくれた。フ~さん、電車がいつもより遅いと言う。普段はもっと早く着いてるはずだって。やっとのことでヴュルツブルク駅に到着。階段の上り下りが多いぞ!ヨーロッパの駅って、エスカレーターが多いような気がしてたんだけど、それは幻想か?フ~さんによると、ヴュルツブルク駅は、以前はこんな風じゃなかったって。EUの拡大で、東欧系の人が増えて、だいぶ変わったそうな。駅の外に出て、タクシーを待つ。ところがタクシーは100mほど向こうにいて来ない!「前はちゃんとここまで来てくれたぞ」とフ~さん。ようやく1台を捕まえ、ヴュルツブルク郊外にあるフ~さんのお母さんの家へ向かう。そしてついに、お母さん宅へ到着!お母さんは手料理を用意して、待っていてくれました。子どもたちは初めて会う、おばあちゃん。セイラ、最初ははにかんでいたが、そのうちすっかり打ち解けて、Hoppa Hoppaをしてもらって大喜び。お母さん、セイラとシャアに会えて、本当に喜んでくれました。最初はセイラに英語で話していたが、そのうちお母さんはドイツ語で、セイラは日本語で互いに話していた。何となく通じているのが微笑ましい。そして、寝る段になり、用意してくれたソファーベッドに乗った私たち。ところがここで、シャアが今度はベッドから落ちた…(T_T)顔から落ちて鼻を打ち、鼻が真っ赤になった。1日前に入管で同じところを打ったばかりだというのに…☆☆☆☆翌日、お母さんと一緒にバスでヴュルツブルクまで行った。そして駅でお別れし、また電車に乗ってフランクフルト空港へ。混雑した電車を降り、預けた手荷物を引き取ってウィーン行きの飛行機にチェックインする。ところが、ここでカウンターの係員が、私たちの名前がリストにないというではないか!おいおい、マジかよ…?(続く)
2005年12月09日
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セイラが、昨日で4歳になりました。 前日の晩、一緒の布団で寝ながら、セイラに話しました。 「セイラちゃんはね、4年前の今日はまだママのお腹にいたんだよ。」 「そお?」 「なかなか出てこないから、どうしたのかなって思ってたら、『今から出てくるよ』ってママに知らせてくれたの。それでママ一生懸命がんばって、セイラちゃんもがんばって出てきたんだよ。」 「そお?」 本当に大きくなったもんです。 娘の寝顔を見ていて、なんだか涙が出てきました。 ここまで無事に育ってくれて、本当によかった。 *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*さて、当日の夕方、仕事の後。時間がないから、ミスドにでもみんなで行こうかと思っていたが、セイラが「ケーキが欲しい」というので、ケーキを調達に。普通のケーキ屋で売っている、いわゆる『デコレーションケーキ』は、フ~さんに言わせると「バカらしい」ものなので、前に買ったような小さな丸いチーズケーキにローソクを立てたものにしようかと思った。しかし、この夏に引っ越した私たち。近所の店にはそういうケーキがなかった。フ~さんがスーパーで目をつけたのは、出来合いのスポンジケーキとホイップクリーム、それにクリスマスケーキの飾りのチョコレート。これにフルーツの缶詰とジャムを塗って、簡単にケーキができる。でも、これって彼が言ってた「バカらしい」ケーキとあんまり変わらないんじゃない…?これにするんだったら、私が最初からホイップクリームを泡立てたのに。今からコチョコチョやるのやだよ…ブツブツ(-_-;)と不機嫌になった私。「やるんなら、あなたがやってよ」と念を押してそれを買う。子どもたちを保育園に迎えに行って、改修中の新居へ。見たらスポンジケーキはすでに横にカットされているし、ホイップクリームもすでに泡立ててあって、しかも口金付きチューブ入りで子どもでもそのままできるようになっている。ヘー便利。セイラは自分でケーキを作るので大喜び。見てたらフ~さん、クリームを乗せる前にフルーツを乗せ始めたので、「普通はクリームが先だと思うけど・・」と口を出した。スポンジケーキの台にクリームを延ばしたあとで、「ママもやる?」ときかれたので、クリームのデコレーションをつけてあげた。ローソクとチョコレートを飾り、ハッピーバースデーの歌を歌う。味は、思ったよりOK。これならまあ許せる。さて、プレゼントは、フ~さんがリサイクルショップで見つけたエレクトーンでした。(1980年頃のモデルで格安だった。)これにはセイラもシャアも喜んだ。うちの子たち、音楽や踊りが大好き。将来、音楽に親しんでくれるといいな。
2005年12月03日
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たいした病気ではないんだけど、シャアが手足口病にかかりました。 これは、夏風邪ウィルスが原因で5歳以下の子どもがかかる病気だそうで、手足に細かい発疹がでて、口の中にも口内炎ができるようです。シャアはおしりにも発疹がでました。 医者に連れて行ったら、放っておけば自然に治るが、他の子に移るので発疹がなくなるまで登園はできないそうです。 熱が出ることはあまりないそうで、シャアも熱は出ませんでした。でも、時々「いたい、いたい」って言ってた。寝てるときもなんだか寝苦しそうで、何度も目を覚まして泣いたりもしました。てことで、2日間休み。 仕上げなきゃならん書類がぁぁぁぁ~!! ようやく今朝ぴかぴかに元気になったシャアを保育園に連れて行き、オフィスに復帰。でも、結局今日も終わらなかった、この書類。明日こそ仕上げるぞ。絶対。(と自分に言い聞かせる)
2005年12月01日
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今年のオーストリア行きもだんだん近くなってきた。今度こそ、ちゃんと結婚できるようにしとかないと^^;さて、離婚手続きに関するフ~さんとオーストリア大使館の領事閣下とのやりとりは続いた。まず大使館に、フ~さんの出生証明書(Geburtsurkunde)のコピー、市民権証明書(Staatsbürgerschaftsnachweis)のコピー、オーストリアでの結婚証明書(Heiratsurkunde)のコピー、離婚したことが記述してある前の奥さんの戸籍謄本およびそのドイツ語翻訳を郵送した。領事閣下からのメールによる返事を要約するとこんな内容。コピーの場合、出生証明書、結婚証明書などのコピーは公証されたものでなくてはならない。大使館でも公証できるが、1通4200円かかる。離婚の証明としては、戸籍謄本ではなく、届を出した役所で発行された「離婚届受理証明書」が必要。外務省の認証であるアポスティーユ(付箋)を付けること。アポスティーユは東京、または大阪で取得することができる。大使館でも代行して取得することができ、その場合は4日ほどかかる。アポスティーユって、外務省が無料で出してくれる、この書類は公的なものであるっていう証明となる付箋。それが付いていれば、ヘーゲ条約を締結した国において公的書類として通用するそうだ。ただしもちろん日本語だと読めないので、翻訳が必要なんだけど。外務省のHPによると、アポスティーユを郵送で申し込む場合、2週間ほどかかると書いてある。それだったら大使館に頼んで取ってもらった方がずっと早い!そんじゃ、ってことで、11月11日に届が出された市役所へ電車で行って、「離婚届受理証明書」を取って来た。この届が出された日から離婚が有効なんだそうだ。そしてまたそれをドイツ語訳。ひー。まあ、項目が少なかったからちょっとは速くできたけど。それから、どうせアポスティーユを取ってもらうんなら、結婚に必要な私の戸籍謄本にも取ってもらおうとフ~さんが言った。私の戸籍謄本にアポスティーユが要るかどうかはわからないけど、まあ念のため。(在オーストリア日本大使館のHPには、必要かもしれないので手続きをする役所に問い合わせておくよう書いてあった)本当はフ~さんに早いとこ確認して欲しいんだが。自分の戸籍謄本はすでに取ってきてあったので、私は急いでまたそれを翻訳にかかった。子どもたちの記述もあるのでまた調べなきゃ。でも、ほとんどが名詞だけなので、時間がかかるだけでそんなに難しくない。一番難しかったのは、証明書の最後に書いてある、「これは戸籍の原本と同じ物であることを証明する」とか、「これは、戸籍の内容であること証明する」という文の翻訳。フ~さんに助けてもらわないと、手も足も出ない。もちろん最後はフ~さんに翻訳を仕上げてもらった。そうして、2通の書類にそれぞれドイツ語訳をつけたものにカバーレターを添えて、また大使館に11日中に発送。14日月曜日に領事閣下からまたメールが来る。日本語の文書に付けたドイツ語訳は、gerichtlich beeideter Übersetzer(司法認定翻訳者?)によるものか、日本の翻訳業者の場合は指定の法律事務所によるものでなければならない。え…てことは私たちが苦労してやった分は、そのままじゃ使えない?どうしよう?でも、実はフ~さんの妹は、ウィーンで翻訳会社を経営している。その関係で何とかなるかもしれない。フ~さん、妹にEメールでgerichtlich beeideter Übersetzerについて聞いた。翌日、妹からの返事が届いていた。「同じ建物にgerichtlich beeideter Übersetzerがいて、うちといい関係だから認証をもらうことは問題ない」そこで結局、オーストリア大使館には領事閣下にお願いしてアポスティーユだけ取ってもらい、残りの書類をすべてウィーンのフ~さん妹のところへ送って、翻訳に認証(スタンプか何か)をしてもらい、妹にフ~さんの代わりにウィーンの役所に離婚の届出をしてもらうことになった。19日土曜に大使館からアポスティーユ付きの離婚届受理証明書と戸籍謄本が届いた。そして今週月曜、21日に、手紙を添えてEMSでウィーンに書類を発送。後はフ~さん妹が書類を受け取り、役所に行って手続きにかかる日数を確認してから、結婚する予定の町の役所にフ~さんが電話をかけ、詳しいことを相談する。結婚予定の町は、人口1700人ほどの小さな町だから、予約いっぱいで結婚できないということはなさそう。さあ、本格的に進んできたぞ。ちょっとワクワク。
2005年11月24日
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最近、シャアの言葉がめっきり増えた。この前おんぶして散歩に行った帰り、家に入ろうとすると、「ママ、おうちはいる?」と、完璧な文でいうぢゃないか!!2歳前にしては、なかなかのものだと思う。そのシャアは近頃よく「はいー」と返事をする。その言い方がめちゃめちゃかわいい!!!。柔らかく、ちょっと間延びした感じで、「はいー」と言う。この前、セイラがシャアを相手に「お医者さんごっこ」をしていた。二人で向き合って、プープー鳴る子供用の椅子にそれぞれ座り、セイラがお医者さん役。セイラ、紙の筒を持ってシャアの口に近づける。「はい、くちをあけて」シャア、口をあけている。セイラ 「ちょっとわるいですねー」シャア 「はいー」セイラ 「ここもみましょうね」シャア 「はいー」セイラ 「じゃあまたあしたきてください」シャア 「はいー」この調子で、すべてに「はいー」で返事をしていたシャアだった。
2005年11月17日
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さて、翌日。父が車で、朝5時半に家を出て、名古屋空港まで送ってくれた。(お父さん、ありがとう!)国内線のANAのカウンターに着き、チェックインを済ませる。さずがに今日は余裕。名古屋から成田は、約50分のフライト。離陸時に子どもたちの耳が痛くならないよう、セイラにはあめをなめさせ、シャアにはオッパイを含ませた。どうやら効果があったみたいで、特に泣くこともなかった。スチュワーデスさんが子供用にプレゼントを持ってきた。セイラはその中から「組みひも」のキットを選んでゴキゲン。一人じゃできないから私がやることになるけど、このあとフライトが長いからいいかも。機内から夜明けの富士山の山頂が見えた。本当にきれいで感動した。成田で国際線に乗り換える。出国審査を成田で済ませ、(ここでフ~さんはまた日本人には必要ない再入国用の出国カードを記入しなければならず、せっかく並んで待ったのにカードを貰ってまた並びなおし)、今度は無事ゲートの向こう側に行くことができた。フランクフルト行きLHの搭乗がはじまり、子ども連れのため、先に案内してもらえたのだが、フ~さんが狭い機内で長いこと待っているより、ひろい待合室で最後に乗り込むほうがいいと言ったため、外の乗客が全部乗り込んだ後で乗った。初めからバシネットがつけられる席を予約してあったので、ほどなくスチュワーデスがやってきて、バシネットをつけたいか聞いてきた。でも、フ~さんがドイツ語でしゃべったせいで、スチュワーデスが私にも当然のようにドイツ語で話してくる。^^;まあ、内容はわかったので、「ヤー」とだけ返事をしてすませた。フ~さん、このへんからドイツ語モードに切り変わる。普段は英語ばかりしゃべっているけど、やっぱり彼の母国語なんだと思う。私にとってはこんなにたくさんドイツ語を聞くのは久しぶり。セイラは機内放送の「ダンケシェーン」を聞くたび、「ダンケシェーンだって!!」と繰り返す。シャアは、離陸後まもなく寝てしまい、食事の時間も寝てくれていたので、私はゆっくりと食事を食べることができた。オレンジジュースをたくさん飲んだセイラ、間もなくトイレに行きたくなった。食事のすぐ後だったので、エコノミーのトイレは混んでいる。フ~さん、ファーストクラスのトイレにセイラを連れて行った。ここでまたもやアクシデント。トイレのドアが硬くて、力をいれてあけようとした拍子に、セイラの指がドアに挟まれてしまったのだ!セイラ大泣き。かなり痛そう。フ~さん、スチュワーデスを呼んで説明すると、乗客の中に医者がいないか聞いてみると言った。まもなく機内アナウンスがかかり、しばらくしてドイツ人のドクターが来てくれた。ドクターはフ~さんの説明を聞き、セイラに英語で話しかけた。「指をこんなふうに曲げられるかな?じゃあ、こんなふうには?」セイラ、言われたとおりに指を曲げた。ドクターは、小さい子は骨が柔らかいから、力がかかっても骨に異常はないことが多い、たぶん大丈夫だと言った。ほっと一安心。フ~さんは、ドアの構造に欠陥があると文句を言っていた。このままにしておいたら何かあったとき訴えられるぞって。ドイツの飛行機なのにねえ、と思ったが、あとでよく考えてみたら飛行機自体はボーイングだったからアメリカ製か。しばらくするとセイラは落ち着き、その後は順調にフライトが続いた。シャアもぐずることなく、無事フランクフルト空港に到着。セイラがベビーカーに乗りたがり、しかたなくシャアは私がベビースリングに入れて運ぶ。前日すでに届いていた荷物を探し出し、カートに載せて、いくつかあるレンタカーのカウンターの一つへ行ったフ~さん。車種と値段をチェックし、2日借りる予定だと告げた後、カウンターの係りに聞く。「オーストリアの免許証を家に忘れてきたのだけど、日本の免許証で大丈夫だよね?」返事はこうだった。「だめです。日本の免許証では、国際免許証でない限り、お貸しできません。」ああ、やっぱり。
2005年11月12日
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最近話題になっているインターネットを利用した電話、Skypeを試してみた。これ、IP電話と音声チャットソフトの中間みたいな感じでしょうか。表示言語も、主な言語をほとんど網羅しています。双方がSkypeをインストールしていれば通話は無料、固定電話にも、ヨーロッパやアメリカに1分1.7ユーロセント(3円以下)で通話できます。通話料金はどこからかけるに関係なく、相手先の国によって決まります。だから、日本の固定電話にかけるときは、1分1.9ユーロセントで、ヨーロッパより少しだけ高い。それでも長距離通話に使うと、通話料金を抑えることができそう。必要なものはマイク+イヤホン、またはUSBにつなぐ電話機型の端末。とりあえず昨日、マイク付きヘッドセットを近所の電気屋で1080円で購入。その後、Skypeのウェブサイトからソフトをダウンロードしてインストールし、音声テストをしてみた。テストがうまくいったので、昼寝していたフ~さんを起こした。フ~さん、自分のMacG4にSkypeをインストール。フ:「あ、何も指定しなくても自動的にMac用のダウンロードページに変わる(^^)」次にテスト。マイクに向かって何かしゃべり、しばらく待って自分の声が聞こえたらOK。これがなぜかうまくいかなかった。フ~さん、いろいろやってみる。どうもマイクのライン入力に問題があることがわかった。ヘッドセットをはずしたら、突然コンピューター内臓のスピーカーから声が聞こえた。げ、ヘッドセットがなくても、内臓のマイクとスピーカーで通話ができる! ― 待てよ、じゃ、買わなくてもよかったのか?それから通話料の先払いとして、SkypeCreditというのを10ユーロ分購入。これはクレジットカードで買えました。さて、それからフ~さん、ドイツにいる入院中の自分のお母さんに電話してみた。日本の電話とは違う呼び出し音がスピーカーから聞こえ、そして、「ハロー?」おお、お母さんだ!でも、今ドクターが来たから1時間後にまたかけてって。さて、それからフ~さん、今の電話番号を電話帳に入力。そのうちに、メールソフトのアドレス帳からメールアドレスや電話番号が入力できることを発見して大喜び!夕方だったので、子どもたちを保育園に迎えに行ってから、フ~さんは再度お母さんに電話するため仕事場に戻った。1時間ほどして帰ってきたので、「どうだった?」とたずねたら、通話はできたけど、お母さんが、自分の声のエコーが聞こえてうっとうしいと言ったって。音声が届くのにタイムラグがあるので、マイクがスピーカーから出た彼女の声を拾ってしまい、それが、エコーとなって聞こえたようだ。フ~さんは、あまり長く話せなかったので、翌日また、エコーがかからないように、普通の電話でかけ直すと言った。やっぱり少なくともヘッドホンはあったほうがいいということだね。ヘッドセットは無駄じゃなかった。ほっ。ヘッドセットで聞いた限りでは、音質もよかったと思う。でもヘッドセットよりUSBフォンのほうが、使い勝手はよさそうな気がする。ちょっと高いけど。
2005年11月10日
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さて、ウィーンへ行くぞ その2で書いたとおり、ずっと事実婚でやってきた私たち。先回の旅行で結婚する予定ができなくなったので、今年12月にオーストリアで手続きをする準備をしている。まずは、フ~さんのオーストリアでの離婚手続き。先回はこれで引っかかって結婚手続きできなかったのだ。フ~さんは日本人女性と日本で離婚しているが、オーストリアではまだ離婚の手続きがされていない状態。最初、彼の別れた奥さんの戸籍謄本をウィーンの日本大使館に持っていって、それを元にドイツ語の離婚証明を作ってもらうつもりだったのだが、事はさほど簡単ではなかった。大使館にメールで問い合わせたのだが、戸籍謄本を元に証明する場合、原則的に戸籍の筆頭者(つまり別れた奥さん)からの申請でなければならず、本人が申請に来るか、さもなければ委任状が必要となる。フ~さんは、できることなら彼女の介在なしでことを済ませたいので、なんとかならないか日本大使館にいろいろ聞いてみたが、結局、日本大使館としては、委任状なしでは何もできないので、東京のオーストリア大使館に問い合わせるように言われた。そこでフ~さん、オーストリア大使館にメールを出す。メールは日曜に出し、その週の金曜日に大使館からフ~さんに電話がかかってきた。(ちと遅い…日本大使館はメールを出して即日回答がきたのに…)フ~さん、電話を終わって言った。「コンスル(領事)からだった」え、領事って…かなり偉い人?!どうも、東京のオーストリア大使館には、まともにドイツ語を話せるのは領事以上しかいないらしい^^;後は全員日本人スタッフで、日本語と英語しかできないんだとか。とりあえず、大使館を通じて、離婚認証の届出ができると言うことで、その日、私は半日かけて、辞書と首っ引きで戸籍謄本のドイツ語訳に取り組んだのだった。(あとでフ~さんが手直ししたけど)ここでわかったこと。オーストリア大使館に書いてある日本語のビザ申請要領(日本人向け)には、「添付書類がドイツ語以外の場合、認証訳文が必要(無犯罪証明書を除く)。認証訳文は原則的に下記のオーストリア大使館顧問弁護士法律事務所によるもの。」と書いてある。かたやオーストリア人向けのドイツ語のページ。「日本語の証明書類は国に認定された翻訳者によってドイツ語に翻訳しなければならない。日本には認定された翻訳者がいないので、大使館は下記の会社を推薦する。」推薦よ、推薦!指定じゃないの!これって、絶対この翻訳会社の作為を感じるんだけど。ドイツ語を理解できる日本人が少ないと思ってからに。。。まあ、だから私たちが自分でできたんだけどね。(一応、翻訳会社だし)でもまだ、この書類に、フ~さんの出生証明書や婚姻証明書の原本をつけなきゃならないのか、コピーでいいのかという問題もある。(オーストリアの証明書は、日本と違って、役所ではなく本人が原本を保管する。)フ~さん、とりあえずコピーで全部出して、その後また領事閣下と電話で話すつもりらしい。さあ、どうなることか。今週中にけりがつけばいいけどな。
2005年11月07日
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さて、フ~さんの再入国ビザを取るために、バスで名古屋の中心街に向かった私たち。「栄行き」に乗るとよかったのだが、「ヒルトンホテル行き」に乗ったので、入管より少し離れたところについてしまった。そこから地下鉄で入管に行くこともできたのだが、子どもたちと荷物を持ち、前日から寝ていない私たちは疲れていたのでタクシーに乗った。ところが、このタクシーの運転手、新しい入管事務所の場所(地下鉄丸の内駅近く)を知らず、元の市役所近くの方へ行こうとした。途中で気が付き、メーター倒して750円で走ってくれることに。新しい入管事務所は、以前に比べてずっと空いており、柔らかいウレタンマットを敷き、まわりを囲った子どものためのプレイコーナーもあって来訪者になかなか親切な設計。さっそく、フ~さんが順番を待っている間、子どもたちをプレイコーナーで遊ばせる。うちの子達のほかに、ペルー人、ブラジル人の母子もやってきて、子どもを遊ばせていた。ここで思わぬ事故がおきる。昨夜から一睡もしていない私、待っている間に猛烈な睡魔が襲ってきた。プレイコーナーの縁にもたれ、うとうとしているわずかの間に、シャアが縁に上り、外側の固い床に顔から落ちた。。。はっと気が付いたら、鼻から血を出して泣いてたよ(T_T)20分ほどでフ~さんは手続きが終わり、無事再入国ビザを取ることができた。新しいビザは、2次元バーコードつき。これで3年間はダイジョウブ。さて、この日は名古屋市内にある私の実家に泊めてもらうのがよかろうと思ったので、実家に電話をかけた。「あ、お母さん、あのね、ちょっとトラブっちゃって、今日出発できなくなったの。フ~さんが出国検査で引っかかっちゃって…。今日できたら泊めて欲しいんだけど…」このときの母の一言:「何だ、テロリストにでも間違われたか?!」ともかく、名古屋の中心部から地下鉄で実家に向かう。セイラはベビーカーに乗り、シャアは私がベビースリングで運ぶ。最寄の地下鉄駅に着いたら、エレベーターは工事中。(愛知万博に向けて設置工事を始めたところだったようだ)フ~さん、ベビーカーをエスカレーターに乗せて運ぶ。危険だと思うが、「慣れているから」と言って平気。確かに、ベビーカーごと階段を上がるんじゃ、たまったものではない。さて、なんとか実家につき、和室に布団を敷いてすぐに爆睡。母によると、部屋をのぞいてみたらみんな寝てて、シャアだけが起きていて、一人で遊んでいたそうだ。5-6時間ほど寝て、夕方に目が覚める。翌日は父が車で空港まで送ってくれることになった。夜、フ~さんが言った。「実のところ、これでかえってよかったよ。あのまま行ってたら、到着して母に会うときには、くたびれきっていたからね。ここでゆっくり休むことができて、本当によかったよ。」そうだね、疲れがだいぶ取れたし。ところが、その後でフ~さんがまた恐ろしいことを言った。「オーストリアの運転免許忘れてきた」ええええええーっ!!?それじゃ向こうでレンタカー借りられないんじゃない?「多分大丈夫だよ、だって日本人観光客がよくヨーロッパでレンタカー借りてる。日本の免許は持ってるから。」うーん、すごーく疑わしいんですけど…(続く)
2005年11月05日
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さて、電車を乗り継ぎ、名古屋駅に着く。そこから空港行きのバスに乗り換え。う!7:30発のしかないぞ。そうすると到着が8時ぎりぎり。ちょっとあぶない。まあ、バスは無事に空港へ向かい、空港到着10分ほど前にLHの担当者、Tさんに電話をした。空港に到着し、LHのカウンターに向かう。ほどなくTさんが出てきて、いろいろ説明をし、バウチャーを渡してくれた。一通りTさんが話し終えたところで、フ~さんが笑顔で言った。「実は一つ問題があるんですが。再入国ビザがないんです。」Tさん、口をあんぐりあけて、3秒ぐらい固まってた。「その場合・・・出国すると今持っているビザが無効になりますが・・・」「ヨーロッパで手続きできない?」「できません。」やっぱり。そうだと思った。(ーー;)でも結局、このまま出発しようということになった。永住者ビザ持ってるから、手続きも楽だろうというフ~さんの希望的観測。知らないぞお。とりあえず、私と子供たちだけ先に出国手続き。フ~さんは別に記入する用紙があるが、それを持っていなかったので、カウンターまで行ったが用紙をもらってまた記入して並びなおし。おいおい、時間があんまりないんだけど。ゲートの近くで待っていたら、出入国管理官に別室に呼ばれた。出入国管理官が言うには、フ~さんがこのまま出国すると、今持っている永住ビザを失うことになり、ツーリストビザで日本に帰らなければならず、それから改めて別のビザを経て永住ビザを申請することになるという。それではあまりにも彼にとって不利なので、この場で再入国ビザを発給してくれるというではないですか!なんてありがたい!と思ったのも束の間だった。飛行機の出発時間まで、あと10分ほどしかない!!!!!これではせっかく再入国ビザを発給してくれても間に合わない!!!そこでまたまたLHのTさん登場。Tさんは、明日のANA便で成田に行き、そこからLHでフランクフルトに行くことを提案した。ただし、成田までの飛行機代はこちら持ちになり、家族全員で3万円ぐらいだろうと、Tさんは言った。OK、それにしましょう。私と子供たちは、出国スタンプを取り消され、フ~さんとともにチェックインカウンターに戻った。フ~さんは改めて再入国ビザを名古屋の入国管理局で取る事になった。Tさんは、翌日のANA便の予約を取ってくれた。電話でANAのカウンターと話しているとき、Tさんがセイラの年齢をきいた。「あと1週間で3歳です」実は、国内線では幼児と子供料金の区分が3歳からなので、座席を必要としなければセイラはシャアと同じくベビー料金で乗れるとのこと。おかげで思ったよりずっと安くなった!!ラッキー!私たちはとりあえず必要な手荷物とベビーカーだけを持ち、大きなスーツケースなどは先にフランクフルトまで送ってもらえることになった。Tさん、本当にお世話かけました。(^_^;私たちは国際線ロビーを後にし、空港内のシャトルバスで国内線のANAカウンターに向かった。そして成田行きの航空券を購入した後、名古屋入国管理局へ行くためバスで名古屋の中心街に向かったのだった。(続く)
2005年11月05日
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さて、ウィーン出発前日となったが・・・フ~さんは仕事が忙しく、ぎりぎりまで準備をする時間がなかった。前日になっても、「ちょっと休まないと…」と言って布団に入っていた。ルフトハンザから電話がかかってきたときも布団で寝ていたフ~さん。無理に起こすわけにも行かない。前日の食事は、家にある生もの総ざらえ。クリームシチューをたくさん作って、生野菜は全部投入。豆腐まで入れたよ。(←これおいしかった)そして、最近仲良くしている身長204cmのアメリカ人を夕食に呼んで、食べるのを手伝ってもらった。それでもあまったけど、多分残りは下宿人が見つけて食べるだろう。夕食後、子供たちを寝せて、フ~さんもまた寝た。私は自分でできる範囲でいろいろ用意しておいた。深夜になったので、さすがにフ~さんを起こす。フ~さん、システマチックに荷造りをしようとするが、子供のものもあったりしてなかなか進まない。そして、何の気なしにフ~さんのパスポートをパラパラとめくって見ていたとき、私は非常に重大なことに気がついた。フ~さん・・・再入国ビザがない!!!日本に住んでいる外国人が日本国外に出るときは、再入国ビザというものが必要で、これがないと現在持っているビザをキャンセルすることになる。フ~さんは永住ビザを持っているが・・・どうなるんだ~!?フ~さんに言ったら、「今更仕方ない。これで行ってみるしかない。忘れる人もあるはずだし、きっと向こうでまた取れるさ。」(←ノーテンキ) 取れないと思うぞ・・・(ーー;)と思ったが、この時点でこれ以上ごちゃごちゃ言っても無駄なので、とりあえず準備をすすめる。そうこうしているうちに、朝になる。子供たちをたたき起こす。泣く子供たち。ヽ(`Д´)ノウワァァァン ウワァァァンヽ(`Д´)ノ着替えさせるひまがないので、パジャマの上から服を着せる。とにかくタクシーを呼んで、荷物を入れ、駅まで向かう。何とか電車に乗れた。さあ、これから空港に向かうが、大丈夫だろうか・・・(-_-;)(続く)
2005年11月05日
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さて、先回の続き。これで問題は全て解決するかに見えたが、そううまくはいかなかった。9月の終わりにルフトハンザの「ウェブ35」という正規割引チケットをインターネットで購入。出発は11月24日、帰りは12月15日。名古屋からフランクフルトで乗り継ぎでウィーンに行く便。旅行代理店ではなく、LHから直接購入した。10月、フ~さんの妹からメールが入る。フ~さんの叔母さんが市役所に婚姻手続きについていろいろ問い合わせたところ。問題があることがわかったというのだ。そこでフ~さんはウィーンに国際電話をかけ、市役所の担当者と直接話した。フ~さんは以前に日本人女性と離婚しているのだが、その離婚手続きがオーストリアの方ではされておらず、今回の旅行でついでにすませるつもりだった。オーストリアでは離婚続きは裁判所を通して行うことになっている。3週間あれば十分だろうと思ったのだが、ウィーン市役所の担当者によると、届を出してから裁判所の離婚裁定が出るのに1ヶ月はかかるという。そして、その裁定文書がないと、フ~さんの婚姻要件具備証(独身証明書)が発行できず、結婚手続きが出来ないのだ。皮肉なことに、2005年の1月2日からは法律が変わり、1ヶ月待たなくても即座に結婚できるようになるというのだ。だが、格安チケットなのでフライトの変更はできない。チケットのキャンセルは1人3万円以上かかる。しかたなく、今回は結婚手続きはあきらめて、次回ウィーンに行く時にしようということになった。それから、次にフ~さんのお母さんの問題が出てきた。チケットはウィーンまで買ったのだが、実はフ~さんのお母さんはウィーンではなく、ドイツのヴュルツブルクに住んでいる。ヴュルツブルクはフランクフルトから車で1時間くらいの町。フ~さんいわく、旅行の第一の目的はお母さんに子供たちを見せることなのだから、何よりもまずお母さんに会わなければならない。そうするとフランクフルトで飛行機を降りてヴュルツブルクまで会いに行くことになるが、例によって格安チケット、購入後の変更がきかない。そうすると、ウィーンまでの便はキャンセルし、フランクフルトで飛行機を降りて、レンタカーでヴュルツブルクまで行き、その後ウィーンまでレンタカーで行こうかってことになった。ゆ:「ちょっと待って、フランクフルトで借りて、ウィーンに乗り捨てするのってできるの?」フ:「わからないけどできても料金が高いかもしれない。それだったらずっとレンタカーを持っててフランクフルトに返した方がいいかも。」3週間レンタカー借りっぱなし?うわ・・・高くなりそう・・・。でもってせっかくのウィーン-フランクフルトの切符もキャンセルするのか?(ーー;)そんなこんなで時が過ぎ、いよいよ出発前日。夕方5時ごろ、電話が鳴った。電話はルフトハンザから。フライトがオーバーブッキングしていて、席が足りないので、便を変更して成田経由で行ってくれないかということだった。了承したら、補償として、1人300ユーロ分のトラベルバウチャーをくれる。ベビーを除く3人分で900ユーロ。これでLHの航空券を買ったり、機内販売の購入に使ったりできるそうだ。LHは成田からミュンヘン経由でウィーンに行く便をオファーした。ゆ「ええと、実はフランクフルトで降りるつもりだったんですよ。ウィーン行きの便をキャンセルして。」LH「あ、そうですか。フランクフルト行きだとできなくはないですが、成田での乗り継ぎの時間が非常に短いです」ん?待てよ?もしかしてこんなことは・・・?ゆ「フランクフルトで降りて、その次のウィーン行きの便を2日後くらいに変更することってできますか?」LH「ウィーン行きの便に空席があればできます。」おお!それならフランクフルトでレンタカーを借りてヴュルツブルクまで行き、その後空港に戻ってレンタカーを返して飛行機でウィーンまで行けるぞ!レンタカーは2日借りるだけで済むし、返却場所の問題もない。いったん電話を切ってフ~さんと相談し、24日に成田-フランクフルト、2日後の26日にフランクフルト-ウィーンのフライトが可能ならOKするとLHに返事した。折り返し電話があり、26日の3時ごろのフライトが取れたとのことだった。これでレンタカー代は浮くし、しかも900ユーロのトラベルバウチャーまでもらえる。900ユーロというと、12万円以上。今回買った航空券の値段の半分ほどにあたる。超ラッキー!!!だがそうなると、予定より朝早く出なければならない。朝6時には家を出ないと間に合わないぞ。これから徹夜で荷造りだというのに、大丈夫だろうか??(続く)
2005年11月04日
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2004年の11月末から12月半ばにかけ、一家でフ~さんの故郷、オーストリアに行きました。その時のこと、途中まで前のブログに書いていて、まだ全然完結していないので、こちらで続きを書きますが、まずはこれまでに書いた分を再掲していきます。(タイトルも微妙に変えました。)----今回の旅行、そもそもは2004年の初夏、6月ごろに行こうという話だった。だが、安いチケットを求めていろいろ問い合わせした結果わかったのは、ディスカウントチケットには幼児(2歳未満)料金がないこと。通常はベビーは席なしの場合、大人料金の10%だが、ディスカウントチケットにはベビー料金の設定がないので、バカ高い正規料金の10%が適用されてしまい、ディスカウントの大人料金と大差ない。この事実でフ~さんは気がそがれ、ウィーン行きは当分延期しようということになった。だが、ウィーンへ行くべき理由はいくつかあった。◆ お母さんに孫を見せるフ~さんのお母さんは高齢で、今はまだお元気だが、いつ何があるか分からないので、それまでにぜひ子供たちに会わせておきたい。だから私は彼に言った。「チケットが安い時期にルフトハンザ辺りの正規割引チケットでウィーンに行こうよ(注:正規割引運賃ならベビー料金が適用される)。でないと、もしお母さんに何かあったら、あなた一生後悔するよ。」・・・ただうなずく彼だった。◆ 婚姻手続きウィーン行きの理由、2つ目は、私とフ~さんの婚姻手続き。実は今まで私たち、ずっと「事実婚」だったのだ。今のままでも、さしあたっての問題はないのだが、将来のことを考えると手続きしといた方がいいかということになった。日本の方式でも手続きできないことはないのだが、結局現地とやり取りしなければならず、それなら現地で全部済ませる方がずっと簡単。私はもともと結婚式というものに幻想を抱いていなかったが、それでもウィーンで結婚式するのって、ちょっといいかなって思ったし。(ウフ)◆ 健康保険ウィーン行きの理由、3つ目は、フ~さんの健康保険の問題。2年半前に勤めてた会社を辞めてから、フ~さん健康保険に入ってなかった。健康保険は原則、空白期間が認められないので、あたらしく国保に入ろうとすると、会社を辞めた時点から遡って納めなければならない。概算してもらったら、最初の年だけで年間30万円以上になるという。(そんなお金ないよお!)だが、外国人の場合は、国保に加入するのは、一番最近に入国した日からでよい、ということがわかった。つまり、旅行で国外に出て、日本に帰ってから加入すれば、それまでの分は払わなくてよい、ってことだ。これで保険の問題は解決する。これらの理由により、チケットの安い11月末にウィーンに行くことに決定!(続く)
2005年11月02日
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