内子は、大洲藩六万石の領地で、江戸時代から和紙とハゼノキを搾ってつくる木蝋の産地として栄えてたそうです。明治入り、木蝋は国内だけではなく海外にまで輸出され、内子は経済的にすごく豊かやってんて。でも大正になると、電気が普及して木蝋産業は急速に衰退したそうです。
栄華を極めた江戸末期から明治初期にかけて建てられた商家や土蔵が、軒を並べて残ってるとこが、1957年国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されてる。
まずは内子座へ。1916年に大正天皇の即位を祝って建てられるた歌舞伎劇場やねんて。老朽化のために取り壊されるところ、町民の熱意で復元。1985年、劇場として再出発。1995年に改修工事をして、回り舞台は機械で動かすようにもして、それから 毎年文楽
をしてはるみたい。
今年は8月27日と28日、人間国宝の竹本 住大夫さんや吉田 文雀さんも出演しはるそうです。こんなとこで文楽観られたらええやろうなあ。
ここの看板や垂れ幕も復元したみたいで、ええ雰囲気やった。収容人数が金毘羅さんの金丸座が740名、内子座が650名で、ちょっとこっちのほうが小ぶりやから、よけい親しみがわくんかなあ。
「商いと暮らし博物館」は、明治からの薬商「佐野薬局」を再現してます。当時薬局でケチャップも売ってたんやて。
内子には、木蝋で和ろうそくを作るお店がようけあったそうやけど、今では大森和蝋燭屋さん一軒だけ。約200年続いてるこのお店も、ご主人がサラリーマンしてはったんを辞めて、平成元年に六代目を継ぎはったから、今がある。
そして、このお店が核になって内子の文化や風土が守られてるように感じました。
ハゼの実から搾り取った蝋を和紙とトウシミ(い草の芯)で作った芯に、
手で丹念に重ね塗りしていきはる。それが年輪みたいになってきれい。溶かした蝋で手は熱いし、根気はいるし大変な作業やなあ。そのおかげで、煤が出にくく、長くのびる大きな炎になるみたい。和蝋燭の炎を見てると、温もりと柔らかさを感じます。うぐいす色した5匁のを2本買いました。
長生民芸店で棕櫚のほうきやたわしを見て、帰りに買おうと思てたら、雨やからか早仕舞いしてしまいはって残念やった。このお店には、よそから来てもろたみたいやなあ。
泉和傘製造所は、和傘造り70年近い90歳を超えた泉さんが全部1人でやってはる。お弟子さんがいはったそうやけど、関東に行ってしまいはったそうで、跡を継ぐ人がいなくて残念やな。
泉さんのとこは、寄らへんかったけど。
この3人の職人さんがいはることで、内子の町が息づいてるんやなあ。
町並み保存で、かっこええなあと思うたのがこの「市兼」さんていう床屋さん。いなせやなあ。ここは鏝絵もやってはるお家みたいで、横のギャラリーみたいなとこに並べてあった。
続きは次の日記で。
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