ソウル3日目の6月25日は、ソウル市が運営してる、ソウルウォーキングツアーの城北洞コースを予約してた。
城北洞コース:先人の魂を感じることができる都心の中の思索空間
崔淳雨古屋-ソウル城郭 - 先蚕壇址 - 吉祥寺 - 李鍾奭(イ・ジョンソク)別莊 - 尋牛莊(シムジャン) - 李泰俊家屋(寿硯山房(スヨンサンバン)) 所要時間:3時間
待ち合わせの、漢城大入口(ハンソンデイック)駅までは、1020と272のソウル市バスを乗り継いで行った。
この日の日本語文化観光解説ボランティアさんは、前日とは別の李さん。
やっぱり日本と関係のある仕事をしてて定年退職しはった男性。研究者肌の方で、とても詳しく説明してくれはった。
まわる順番も考慮してくれはって、まず吉祥寺(キルサンサ) から。
吉祥寺のシャトルバスが地下鉄4号線漢城大入口駅のそばから出てる。本来は信者さんのためのバスのようや。
9時40分発のバスに乗って、お屋敷街の急な坂道を上り、5分ほどで吉祥寺に到着。
緑に囲まれた立派な雰囲気の場所。
ところが、その由来を説明してもらってびっくり。
このお寺ができたのは1997年とまだ新しく、以前は高級料亭やったそうや。
かつて有名やった3大「妓生(キーセン)料亭」、「清雲閣」「大苑閣」「三清閣」のうちの、「大苑閣」やったところ。
7千坪あまりの大苑閣の土地、建物の所有者やった金英韓(キム・ヨンハン)さんが、高名な法頂和尚の著書「無所有(무소유)」に感銘を受け、当時で時価1000億ウォンを超える大苑閣を布施としてほどこしたいと、敷地を寺にするように願い出る。その後10年にわたって布施を遠慮し続けた和尚に受け入れを繰り返し求め、やっと1995年にその想いを成し遂げることとなったそうや。
金英韓さんが法頂和尚から授かった法名が「吉祥華」で、お寺の名前も「吉祥寺」になった。
金英韓さんの人生が、また波乱万丈。
いわゆる貴族階級である両班の家に1916年に生まれたものの、早くに父が亡くなり、跡を継いだおじが財産を使い込み、金英韓さんは16歳のときに歌舞音曲など伝統芸能を習い、妓生(キーセン)になる。置屋(券番)さんも経営したのかな。
今は北朝鮮になる咸興(ハムフン)で1912年生まれの高校の英語教師をしていた詩人の白石(ペク・ソク)と恋に落ちる。
でも、白の両親は妓生との結婚を許さず、別の人と式を挙げさせてしまう。
南北分断で離れ離れになってから、二人は生涯会うことはなかったそうやけど、金さんはずっと白のことを思い続けて、今の吉祥寺がある場所で料亭や韓国料理レストランをなさり、1999年に亡くなりはった。
解説ボランティアの李さんも、家族で焼肉を食べに来たことがあるそうや。
敷地内に渓谷の流れもあり、その奥に「吉祥軒」があった。料亭時代に金英韓さんが生活してはって、亡くなりはった場所でもある。
渓谷に沿って、ログハウスのような料亭時代の離れが点在してて、今は信者さんの修行や滞在の場になってるみたいや。
入口近くに韓国彫刻界の巨匠の崔鍾泰(チェ・ジョンテ)氏が作った吉祥寺観音菩薩立像があった。
崔氏はカトリックの信者で、観音菩薩のお顔がマリア様のよう。
仏教とカトリックの交流という意味もあるみたいや。
いろんな観点から、とっても興味深いお寺やった。
テンプルステイもできるみたいや。
吉祥寺
ソウルウォーキングツアー城北洞コースは、まだまだ続く。
(旅行当時のレート、100ウォンW 88円)
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