https://www.amazon.co.jp/dp/B076PW6SQM 国籍(西、英、米)の違うギター界のスーパー・スターが世紀の競演を果たした! 1980年10月にドイツのデュッセルドルフで聴いた“スーパー・ギター・トリオ"のライヴの興奮はいまも忘れることができない。筆者がたまたまドイツのドナウエッシンゲン現代音楽祭に参加したときのことだ。12月には来日するという“スーパー・ギター・トリオ"のコンサートがデュッセルドルフで行なわれるというので、急遽、車を運転してくれる仲間をみつけて聴きに出向いたのだ。出向いたといっても、滞在地ミュンヘンから目的地までは直線距離で500キロ(!)もある。午後出発して夜のうちに戻らなければならない。無謀きわまりない強行スケジュール(運転手はアウトバーンを200キロ近いスピードでぶっ飛ばした)だったが、当夜のコンサートはそうするだけの価値があった。なにしろスペインのパコ・デ・ルシア(1947年12月21日生まれ)、英国のジョン・マクラフリン(1942年1月4日生まれ)、米国のアル・ディメオラ(1954年7月22日生まれという国籍の違うギター界のスーパー・スターが世紀の競演を果たすという破天荒なアイデアが実現したのだ。1980年といえば、ジャズ界にアコースティックなサウンドヘの回帰機運が高まりつつあったころだ。70年代後半期にハービー・ハンコックらがピュアーなアコースティック・ジャズをV.S.O.P.クインテットで聴かせたときは世界中が熱狂した。1980年に誕生した“スーパー・ギター・トリオ"はギター版VSOP(Very Special Onetime Performanceの略)だった。この顔合わせの面白さは、意外性にあった。マクラフリンはマイルス・デイビスとの録音やトニー・ウイリアムスの「ライフ・タイム」で活躍し、70年代はフュージョン系の「マハヴィシュヌ」や「シャクティ」といった自己のユニットで人気を高めた超大物。ディメオラは70年代中期にチック・コリアのグループでデビューしたロック寄りのテクニシャンで、耳が追いつかないほどの早弾きが売り物だった。一方のパコはフラメンコ界で天才呼ばわりされてきた鬼才。ギターを抱えてステージに出ると、独特の妖しいオーラが立ちこめた。スタイルも背景もそれぞれ異なるスーパー・ギタリストが競演するという異種格闘技に通じるバトルの面白さが幅広い層の音楽ファンの心を熱く捉えたのだ。“スーパー・ギター・トリオ"は1980年に世界ツアーした際に「ライヴ!」、1983年にはスタジオで「情炎」というアルバムを録音したが、この2作で合計350万枚もの売り上げを達成した。この驚異的な数字が当時の彼らのすさまじい人気を端的に物語っている。 地中海の舞踏/広い河(Mediterranean Sundance/Rio Ancho)(パコ・デ・ルシア、アル・ディ・メオラ) 黒い森(Short Tales Of The Black Forest)(ジョン・マクラフリン、アル・ディ・メオラ) フレボ(Frevo Rasgado)(ジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシア) 幻想組曲(Fantasia Suite)(パコ・デ・ルシア、ジョン・マクラフリン、アル・ディ・メオラ)
スーパー・ギター・トリオ ジョン・マクラフリン(英) アル・ディメオラ(米) パコ・デ・ルシア(西) 録音:1980年12月5日、サンフランシスコ、ウォーフィールド劇場での実況録音 「ガーディアン・エンジェル」のみニューヨーク、Minot Sound、 White Plainsにて録音。 解説:青木啓 CBS SONY(CBSソニー) 35DP-9 購入年月日:1991年2月24日(ブックバーン蘇原店)