マイホーム新築物語
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) ばく然とした状態
道後温泉、坊っちゃんで有名な四国・松山で生まれ、広島で育ち、東京で就職、会社の本社移転で岐阜に移動と各地を転々とした私にとって、ふるさとは、あってないようなもの。しいていえば愛媛(生まれ故郷)、広島(高校までそだった青春時代)、岐阜(一番長く住んだ子育て時代)になります。言葉も、親同士は伊予弁、私は広島弁、妻は東京標準語、子供たちは岐阜弁と入り乱れています。当然、贔屓の野球チームはカープ、ジャイアンツ、ドラゴンズとこれも共存しています(一番強く主張しているのは私)。
東京で結婚して、岐阜に移住した家族にとっては、いずれ、東京で住みたいと考えていました。両親も
80歳
を超え、同居を考えた頃、二世帯住宅を考えるようになりました。
2008
~
2009
年の頃です。
この時期、父を連れてハウスメーカー(富士ハウス)の静岡工場を見学をしたことがあります。木構造で静岡の浜松に本社を置く会社で耐震性抜群、断熱も十分入っていて、営業マンも気さくな方で一級建築士の父も気に入っていたんですが、見学客も少なく、工場も半分ぐらい稼働していなくて、おかしいなと思っていたら、まもなく倒産してしまいました(2009年1月29日に負債総額640億円で自己破産し倒産) 。計画前で、私たちにとっては運が良かったと思います。あの時、工場で打ち合わせをしていたブラジル人夫妻はどのようになったんでしょうか?
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