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すごく個人的な話題です。日本の母から飼い犬のシーズー犬が死んだという知らせ。年齢的には20年近く生きていたはずだから、そろそろかな、というところでした。昨年末に乳がんの手術をし、元気にはなっていたらしいですが、寿命です。仕方がないことです。母は犬と二人で暮らしていたのですが、最期の時は、弟が実家に駆けつけ、日本時間で夜中の2時ごろまで一緒に看取ったようです。義父が母と同じ敷地内に暮らしていて、仲良くしていますので、母が一人になることはありませんが、トルコに居て、すぐにそばに行けない姉に代わり、弟が行ってくれたことに感謝するしかないです。それで、ふと思ってしまいました。子供が家を離れて、そのあと、この犬を家族として可愛がり、暮らしてきて、それを失ってしまった。口では「これで縛られるものがなくなった」と言っていましたが、寂しさは埋められないと思います。この犬の前に飼っていた犬も大型犬でしたが16年生きて、老衰で亡くなりました。でもそのときは弟がまだ家にいたし、母にとっても一緒に悲しむ家族がいたわけです。でも今回は違います。子供たちは独立し、目の見えなくなった犬を世話することが母の仕事でした。その犬もいなくなり・・・。そして、もうひとつ。いつも考えていることです。犬と人間を一緒に考えてはいけないです。でも、日本の夫の両親、私の母親・・・元気ではいますが、万が一のとき、私たちは最期のときに立ち会えるでしょうか。もちろん、日本にいたって、そばにいたって、会えないときは会えないのです。それに順番はどうなるかわかりません。それこそ神のみが知ること・・・。・・・・まだまだ元気な両親たちのことですから、考えることではないかもしれないです。でもいつも頭の片隅にあることです。病気が長くなってのことならそばにいるかもしれない、でも急なことなら葬式に間に合うかどうかもわからない・・・覚悟していることです。覚悟していても、でも後悔するだろうことも、今から想像しています。すぐに行けない距離に暮らし、後に自分を責めることになるだろうこと・・・それも想像しています。これらのことを考えはじめてしまうと、私たちにとってトルコに住む意味がなんなのかも考えてしまいます。私たち夫婦は日本人同士、子供も日本人。トルコに長く暮らしてしまいましたが、どうしても住まなければならない理由はないのです。きっと日本の親たちも思っているかもしれません。子供の就学前に日本に戻ったら・・・と。トルコにいる一番の理由は私の商売です。自分のやりたいこと追求していくと、トルコに滞在することが必要だからです。そして13年が経ち、トルコに慣れてしまったので、日本に戻る理由もなくなってしまった・・・というのが本音でしょうか。・・・・・たぶん、トルコから追い出されるまで日本へ戻ることはないと思います。でもなんだか考えてしまいました。今年は仕事の都合と、子供の教育で夏に一度帰国するだけの予定でした。でも、帰国するたびに孫と会えることを楽しみにしてくれている年老いた両親たちの顔を思い浮かべて、やはり1週間でもいいから、ちょっと日本へ行こうかな、なんて思ったりしています。大昔のように、一度日本を出たら、もう二度と戻ることはなかったろう時代ではありません。飛行機に夕方に乗って朝には日本に着いています。外国に住むことが特殊でなく、多くの日本人がこんなところにも!? っていうぐらい暮らしています。だけど、改めて思ってしまいました。私たち外国に住んでいるのです・・・って。この忙しい時期に、急に里心がついて、今、帰国する理由を自分に探しているミフリ社長でした。ああ、危ないよぉ・・・。
2005年01月31日
トルコの羊とヤギの毛は織物に使われます。毛を刈り、選別して洗い、糸により、染めをしたり、そのままの色でキリムや絨毯に使われます。ところで羊とヤギがたくさんいるので、皮革のなめし工房もあり、素材としての皮革も生産されています。皮革はコート、パンツ、スカート、カバン、靴などに加工されて、売られています。昔はデザインと縫製があまりよくなくて、買うのを躊躇したものですが、最近はどうなんでしょう。弊社は今のところ製品は扱いませんが、素材としての皮革は羊、ヤギ、仔ヤギ、子羊、牛・・・を扱っています。染めなしのナチュラル色のヤギの皮なんてちょっと面白いかな、って思っているのですけど。モノ作りが好きな方への素材の提供を考えています・・・。ミフリ社長が大昔に書いた本がyから始まるオークションに1冊だけ出ていました。ありがたいことに時々お問い合わせがあるのですが、出版社もつぶれたし、本人の手元にはないものなのでこちらでどうぞ。検索は作者名を入れると出てくると思います。(・・・ってミフリ社長のペンネームしらないぞ、って? それは残念でした)。どうしてもペンネームを知りたい方は私書箱にメッセージでも送ってくださいな。
2005年01月30日
のスケジュールが公式サイトに載っていました。1月31日にアンタルヤ入り。2月14日までアンタルヤのターティルキョイ・ベレックのシレネゴルフホテル内施設でトレーニングなんだそうです。新聞記者のフセインと、ちょっと様子を見に行ってこようと思います。シトシト雨天気も来週には青空になる、という話。(天気予報はあてにならないけど)名称が2月から変わったそうなのです。千葉市民(昨年から鹿沼市民か・・・)としては歓迎ですけど。
2005年01月29日
天候待ちとはこのことである。雨がなかなかあがらない。ホームページ用と個人向けにキリムの撮影をしなければならないのだけど、この天気では撮れないのである。あるレザーショップの兄ちゃんが、兄がアメリカにいるもので、絨毯を送って売ってもらおうとした。でも素人さんができる仕事じゃない。絨毯は売れず、今回、それらがトルコに戻ってきた。今お金に換えようと必死になっている。それで私も呼ばれる。さすがこぎれいな絨毯を揃えていたが、新しいものばかりで私の仕事じゃあない。でも価格は相場の半分ぐらいなので、お買い得はお買い得。お客さんの絨毯販売をしている人に紹介しようかと思った。でも撮影しないとね。しかも6~10平方メートルのデカイものが中心で、それを倉庫である3階からおろすのもの手間がかかる。裏を外側に畳んであったのだけど、一番下に「うん、これは!?」と思う絨毯が1枚あった。他の大量生産品と違う。見覚えがあるぞ、と思ったら、私が6年ぐらい前にトルコ人の絨毯屋に売ったヤタック(毛足が長く、布団代わりに使えるもの)である。個人的に草木染めの糸で作らせたもので、私が毛のカットのときに間違ってハサミを深く入れすぎたところがあるもので、その跡を見て確証した。改めてみると、やはりいいものである。なんだか買い戻したくなった。これだけ欲しいとゴネたら、ダメと言われた。あるところでアンティークキリムを見つけた。コレクターなら欲しがるだろうな、ってモノで値段も安い。これも撮影して送らなきゃいけない。青空が出るのを待っているわけである。天気予報だと週末まで雨。
2005年01月28日
犠牲祭のころから降り続いている雨。やんだり、シトシトふったり、ゴーゴーふったり。カレイチ育ちの大家が「昔のアンタルヤの気候だなあ」とつぶやいたが、私もアンタルヤらしい天気だと思った。ここ数年、あまり感じなかったけど、アンタルヤの冬の雨は降り出すと長い。1週間ぐらい普通で、これって地中海気候の特徴なのかなあ・・・って。やっと冬らしくなったけど、この雨があがれば、春がやってくる(・・・のだと思う)。犠牲祭の休暇で田舎へ行っていた人たちが戻りはじめた。肉を食って太った人、お見合いしてきた人、妊娠した嫁さんを田舎に預けてきた人・・・・。土産話でも聞きながら、チャイでもすすろうか・・・。
2005年01月26日
・・・って思ってしまったわけです。なんで急に思ったかというと、友人・知人から旅に出ました、もしくは旅に出ますの報告。トルコへ来る人たちも、滞在だけど外国への旅。考えてみたら、ここ10年、パスポートにスタンプ押してもらったのは、滞在国であるトルコと自国の日本ぐらいである。4歳の息子のパスポートには9往復分の日本の出入国のスタンプがあるだけだ・・・。トルコへ来る前は日本で仕事をしていたし、その仕事から逃げるために年に数回、海外旅行をしていた。バブル期(後期だけど)のライターだもん、お金だけはあったからね。国内だとワープロ持っていって、ファクス送らなきゃならないなんてこともあって、休暇じゃなくて、場所を移しての仕事だったから、とにかく海外、っていうのが基本。・・・あ、でも今の時代なら、海外でもパソコン持っていけ、なんて言われるだろうから、意味ないか・・・。パソコンだ、インターネットだって、普及していない時代でよかった。さて、トルコは東西の架け橋。ヨーロッパなんて目の前だから、いつでも行ける、と思っていたら、トランジット以外では一度も行っていない。そろそろ旅行の虫が騒ぎだしそう。一番の理由は子供の手がかからなくなってきたからかも。それと、深夜に中世ヨーロッパの映画観たりして、刺激されはじめているか・・・。とりあえず、アンタルヤ発のツアーでも参加しようかな、なんて考えています。ああ、でも今じゃ、ヨーロッパは寒いだろうな・・・って。
2005年01月24日
そろそろですね。アンタルヤでのそれぞれの目的を持った長期滞在。楽しみにされていることと思います。みなさん、これまでもトルコ、アンタルヤに旅行、または1か月~3か月間の滞在を経験されていますので、こちらの様子はお分かりかと思います。今回、(村ではなく一般家庭への)ホームステイ、アパート住まいなどで、前回とまた少し様子が変わることになりますが、それらも全て体験し、いいも悪いも見てきたミフリ社長が長期滞在の準備へのヒント、を書いてみたいと思います。あくまで個人差がありますので、参考程度にどうぞ・・・。旅行だと楽しい人間関係も、滞在となり、定期的に顔を合わせるようになると、事情が少しずつ変わります。トルコ人の温かさを感じ楽しい時期、日本人の感覚と違うトルコ人のジョークに頭が混乱する日々、そこから来る人間不信の時期などなど。精神的には多少のことは気にしない、強さや図太さを持つことも必要になります。トルコタイム、トルコセンスとのズレも気にしないこと。思い通りにいかないことの方が多い、この国です。その土地の習慣を受け入れてしまうことが、一番ラクな方法です。でも、私が言いたいのはトルコ人化しろ、ってことではないのです。(トルコ人化しているミフリ社長に言われたくないいって!?)周囲のことには寛容に(これは自分を追い込まないため)。多少のことには流動的に対応する(これも自分のため)。そのうえで、これだけは守る、という座右の銘を持つこと。座右の銘ってモットーってことですかね。なんでもいいのです。難しいことじゃなくて、簡単なことでいいと思うのです。例えば・・・って、それは自分自身のことですので、私は書きません。それから長期滞在で一番心配なのが、健康のこと。アンタルヤにもちゃんとした病院がありますので、心配はありませんが、保険をかけていないと、プライベート病院では1回の診療代が4、5000円になりますし、薬代もバカになりません。入院した日には1晩2、3万円請求されます。できれば保険をかけてきたらよいでしょう。あとは常備薬。病院に行くほどではない場合のために、使い慣れた風邪薬、頭痛薬、胃腸薬など持ってきた方がいいかもしれません。それから女性の場合、気をつけることなのですが、とにかく誘惑の多い国です。年齢とか、容姿とかは無関係にもてます。60歳であろうと、夫がいようと、口説いてくれます。東洋人の恋人を持つことが自慢になったり、日本人=金持ちの図式はまだ残っていますので、金銭が目当てだったり。日本へ行って働きたいとか・・。だからまともなトルコ人は、日本人だからという理由だけでは相手にしないですよ。自分に気があるな、と男が感じたら(って思い込みが多いのですけど)、断っても断っても口説きにかかります。日本の男性がなかなかしないことをやったり、言ったりするので、その気がなくても誤解してしまいそうです。恋愛は個人の自由ですから、私はとめませんが、相手をよく見極めてから決心してください。それが原因で、長期滞在の本来の目的を見失うことになったり、不快な思いをしなくてはならないことは私たちの望むことではないのですから。ここでは私たちは「外国人」という、ある意味で保護されない不利な立場にいます。極端な話をすると、部屋に呼ばれて乱暴されても、どうせ外国人女の方が誘ったんだろう、という見方をされることもあります。トルコ人女性が守られるのと全く反対の立場です。誰に対しても油断をしないことです。とある東部の村での話しをします。外国人が一度も入ったことのない村へ行きました。村人がやってきて、アイラン飲め、チャイ飲め、飯を食え、と歓迎されました。そこの村長が私たちと記念写真を撮りたいというので、同行していた日本人女性と一緒に撮りました。それを見て、同行の日本人男性たちも、村の女性たちと記念に写真を撮りたいと言います。当然ですね。そのとき村長は何て言ったと思いますか?「娘たちとは撮ることは許可できない。うちの村の娘たちは見知らぬ男と写真を撮るような売女ではない!」・・・言葉に詰まりました。つまり外国人女はいいわけです。でもトルコ人女性は守る。村での話しですけどね。こんなことを書いていると、人付き合いができなくなりそうですが、声をかけてくるのはお兄ちゃんたちだけではないですよ。いい家族、学生さん、つきあう機会を逃さないために、お出かけ用の服を1着持つことをおすすめします。特にいい服というのではなく、ちょっとしたお出かけに着ていけるようなもの。語学学校のお友達とのお出かけ、大学の先生のお呼ばれに、テレビ出演の際に・・・。それから友人、知人の結婚式、婚約式、割礼式などのパーティーに出席する機会も増えると思います。お金のこと。国際キャッシュカードが便利だと思います。アンタルヤだとドゥシュ銀行で、1回に2000ドルまでドル、ユーロ、トルコリラ現金で引き出しができます。引き出し手数料は1回210円です。スーパーでのお買いものなどはクレジットカードが使えます。いろいろ書きましたが、トルコ人は一度身内的存在になると、徹底的に助けてくれようとします。気をつけなければならない相手もいますが、一般的には温かい心の持ち主です。ただ都会の生活は、日本と変わりなく、経済的にも苦しく女性たちも外に仕事へ出るようになりました。自分でできることは自分で、そしてできないことは相談する。また自分は自分の目的のために来ているのです。生活と離れた「遊学」ですから、ここで生活する人たちに経済的負担をかけないこと・・・。でも何でも自分でやろうと、無理をして、自分を追い詰めないこと。ときには相手が承諾してくれるのなら、甘えることも・・必要かな。そんなことはわかってる、と怒られそうですが、以上、ミフリ社長からでした。追記:長期滞在で100%恋しくなるのが、日本語で書いてある本。でも愛読書以外は持ってこなくて大丈夫ですよ。ミフリ文庫にたくさんありますので、いくらでもお持ちください。また日本から後に小包などを送ってもらう場合ですが、船便だと2~4か月間本当にかかります。また郵便局の税関で全検査があります。1つ許可されないものが入っていると、全部送り返されますので、できればEMS(エクスプレス・メール・サービス)で送ってもらってください。EMSなら基本的に検査なし、無税、住所まで配達です。EMS以外の船便、飛行機便は検査あり、関税、保管料、最寄の出張税関のある郵便局まで引き取りに行きます。
2005年01月22日
犠牲祭の4連休。雨は降るし、別荘に行くには家族の体調がいまひとつだし、仕方がないので、とにかく家でゴロゴロしているか、寝ているか、日本語のビデオを観ているか・・・・。そろそろ日本の確定申告時期ですね。トルコの会社は税理士がいるので、そちら任せだけど、自分たちでやらなきゃいけないのが、日本の店の方。そろそろ夫が帰国するのだけど、それにあわせて準備しているところ。ああ、面倒くさい。帳簿ぐらい自分でつけてくれ。って思うのだけど、夫は「お金」と無縁の人生を送っているから仕方がない・・・・。・・・というわけで2月中旬とから3月は鹿沼店「アクチェ」は営業しますので、どうぞ遊びにいらしてください。私の帰国はいつになるか・・・というと、今年は2月から春先にお客さんが集中しているので、梅雨シーズンに予定している。先の話のようで、商売上はそんなに先の話ではないので、そろそろ日本での予定を入れていかなければならない。今から宣伝。6月下旬から7月上旬に都内港区でトルコ関係3社合同催事をやる予定ですので、普段、鹿沼までいらっしゃれない方、どうぞこの機会にミフリ社長とか、ミフリ社員とかの顔を見に来てください。7月末ごろまで日本に滞在するとして、8月は暑いので、トルコへ戻って山に避暑。ついでにトルコ東部へのクルド系織物、民族衣装の調査旅行に出ようと思っている。こちらは期間も長くなるし、費用もかかるので、同行者を募集しようかと思っているところ・・・。かなり期待しているし、楽しみにしていることのひとつ。9月、10月は草木染めに最適の季節なので、今年もそれ。さて突然欲しいものリスト・・・!?豚ハム丸ごとインスタントラーメン(棒状のラーメンありましたよね)コーンクリームのカップスープそうめん(細めんのもの)草加せんべい紅茶の葉 日東などの安いものでブレンドかアッサム(ティーバックではないもの)そうめんの食べ方は、夫が目をそらすほどですから、みなさまにはとてもとても説明できないほど、不気味です・・・。
2005年01月21日
昨夜はズールーをテーマにした深夜映画に見入ってしまい、寝たのは明け方。朝は「メエエエエ~」という山羊の声で目が覚めた。メエエはこの世、最後の鳴き声かと思ったけど、どこかへ連れていかれるところだったので、ホッとする。山羊の運命、行き着くところは同じなんだけど、目の前で見るのと見ないのでは、その後の私の食生活に影響する。というのもかなり前だが、犠牲祭で牛を切るのを見て、その後、3か月間というもの、肉類を口にできなくなった経験があるからだ。・・・この私が、である。自分でもショックだった。食欲旺盛。多少のことでは動じない私がである。ステーキは血が滴るようなのが好みだし・・・。でも・・。牛が生きたまま倒され、切れないナイフで喉を切られ、苦しみのあまり、脱糞し、鳴くたびに切り口から血が噴出し・・・。それを見た2匹目の牛など、悲鳴をあげはじめ・・・。本来、2匹目には殺されているところを見せないようにするものであるが、それどころではない場合も少なくない。現に殺していい場所が指定されると、そこで列を成して、切られるのを待つわけである。・・・書かないけど、そのシーンは最近のある事件と重ねてしまうのは、私だけではないと思う・・・。不謹慎と言われても仕方がないが、その事件の話を聞いて動画を見なくても、どんな風だかすぐに想像できてしまったもの。習慣の違いであるから私たちに残酷に見えることも、実際は生きるために仕方がないことであり、私たちがいくら、きれいごとを言ってみても、口にしている肉はこうして私たちの食卓に運ばれるわけだから何か言える立場ではない。殺す行為が残酷で、その肉を食べる行為が残酷じゃない、なんてことはありえないのだからね。そう考えると、宗教的行事と考えるまでもなく、苦しみ肉になっていく動物たち・・・本当は命の尊さや、食べ物になる家畜たちへの感謝の気持ちを知るためにも、子供たちには見せていかなければならないことかもしれない、と思ったり。弊社のホームページから入れる、もうひとつのブログの方へは犠牲祭の様子を写真つきで載せていますので、興味がある方は覗いてみてください。
2005年01月20日
今年は20日から23日までが、イスラムの宗教行事クルバンバイラム(犠牲祭)である(らしい)。周囲にちゃんと教えてくれる人がいないから正しく知らない。息子が19日に半ドンで保育園から返されてくるので、そう思っただけ。あとでハムディおじちゃんに確認しておきます。ムスリマンになったはすだけど似非ムスリマンの夫と、世の中で一番偉いのは自分だと思っている社長の家庭では、宗教的犠牲祭は無関係である。大昔は(ってたかだか10年前なんだけど)、犠牲祭と無関係の自分に、仲間はずれのような、違和感を持っていたけれど、最近は感じない。それは犠牲に関する都市の規則が厳しくなり、勝手にそこらで牛や羊やヤギを切ってはいけない、とか、切ってもいい場所を決められたり、お金だけ渡して、貧しい人に肉を分けるように頼んだりか、そうなったらお金もないことだし、やらなくてもいいかな・・・って、言う人が増えてきたからかもしれない。宗教行事だし、犠牲になる動物を買うお金のない人には強制的ではないし、政教分離のトルコ国民の義務でもないわけ。それぞれの信仰心、心の中にあるもの。アンタルヤでの話しに限るけど(他の地域は2年間以上続けて住んでいないから知らない)。以前は多くの家庭や職場でクルバン(犠牲)を捧げていた。それは実際に家の庭や店の前に犠牲になる動物を連れてきてつないでいたり、切ったりしていたものなので、私たちの目に見えるものだった。ところが決まったところでしか切ることができないとか、2年半前に規制が出来てからは、犠牲になる動物の姿を街中で以前ほど見ることがなくなった。とくにカレイチでは見ない。今年はどうだろう。周囲でクルバンだ、と騒ぐ人すら少なくなった気がする。お金を渡して終わりにする人、最初からやる気のない人。実際はカレイチ周辺では目に見えなくなっただけで、ちゃんとやっている人たちはたくさんいるのだろうけど・・・。おかげで仲間はずれ意識がほとんどない。信仰心はないけれど、犠牲祭の休暇は私にもあるわけである本来はこの期間、旅行に来る県外のトルコ人たちでカレイチはにぎわうので、商売人たちは準備に大忙しである。が例によって、ミフリは社長の怠けグセのせいで、もちろんお休み。村の織アトリエ兼別荘(そろそろ名前をつけなくちゃ、と思っている)に行って、近所の人から肉のおすそ分けを待つ、というのでもいいなあ・・・・と思ったのだけど、どうやら昨日の寒波で峠に雪が降ったらしい。同じ雪で寒いのなら、新聞記者のフセインに取材のために誘われていたアンタルヤのスキー場にでも行くかな・・・・と思ったのだけど、私以外はスキー経験者がいなく、夫もアドナンも消極的。犠牲祭2日目にフセインが実家のコンヤに帰るというので、それについて行こうかと思ったけど、フセインと一緒じゃ、肉食いまくって体重増やして帰ってくるだけだし・・・。うーん・・・・ってことは、やはり「寝正月」ならぬ、「寝犠牲祭休暇」か・・・!?ところで夜、知り合いのご夫婦が日本からツアーで来ていたので、アンタルヤのホテルで会った。犠牲祭の話になって「お祭りということで町がにぎわうそうですね。だから明日は散歩でもしようと思うのです」と言われた。日本語ガイドさんが、犠牲祭を日本の「なんとか祭」とか、リオの「カーニバル」みたいなイメージで説明したらしい。っていうか、ご夫婦はそう思い込んでいた。アンタルヤにトルコ人観光客が増えて、にぎわうのは正解。でも犠牲祭ならではの「カーニバル」的なイベントってないよ(・・・ねえ?)。ロシア人のスリ集団の話といい、連続でツアーの日本語ガイドさんへの不満になってしまったけど、日本人が思い浮かべる「祭」の一般的なイメージと、犠牲祭の「祭」の意味の違いぐらい考えて説明してもいいと思うけどなあ・・・。
2005年01月19日
2日前までの夏のような陽気から一転して、雨が降り始めた。アンタルヤの長雨は冬の風物詩であった。12月、1月と言えば、1週間も降る続ける雨が当たり前で、今年のような晴天続きは逆に異常気象ともいえる。雨は今日はシトシトと降り続けているだけだが、昨日は時々暴風雨の天気。気温は下がったような、雨のおかげで温かいような・・・。土曜日に臨時出勤したので、月曜日は臨時休業。・・・・臨時休業が多すぎる、って。だって、雨が降っているんだもん。(って理由になってないよ!)それより言われてしまった。最近中華レストランで遊んでばかりいるものだから、家の階下のマーケットの人に「キミは中華レストランのオーナーかね?」と。自分の店にいるより、中華レストランにいる時間が長いし、かと言って中華レストランで働いてないし、飯も食ってないし。オーナーかって。「私は絨毯屋だよん! 50m先の!」っていうのだけど、昔からいる人以外は知らないのかもしれない。最近、働いている風ではないしね。出張多いし、店も開けているけど、通りかがりの人はとらないから、開いていることに気がつかない。これから卒業旅行シーズンだけど、いらっしゃるご予定の方は、できるだけメールか電話でご予約を。日本語で書いていただいて大丈夫ですよ。電話も日本語で話していただいて問題なし。せっかくいらっしゃっても、出張中だったり、臨時休業だったりして留守では申し訳ないです(・・・と思うなら店開けろって!)。とくにキリム織り、絨毯織り、村での草木染色体験などは内容のご相談から準備までがありますので、どちらにせよ事前にご連絡くださるよう、お願いいたします。またはHPからケイタイにご連絡ください。店に電話しても、いないときは誰もでませんので(あたり前!)。さきほどの天気予報では、少なくとも水曜日まで雨が降り続くようです。アンタルヤに限らず、イスタンブルから南東部までほぼ全域。アンタルヤの気温は13度~15度ぐらいの予想でした。・・・・と思っていたら、天気予報はみごとにハズレ。最近ハズレてばかりだけど、再び青空が広がるのでした。
2005年01月17日
ガイドブックでミフリを見られた方から、遊びに行きたいと連絡がありました。日本からの団体ツアーに参加されているご夫婦。その電話でおかしなことを尋ねられました。「アンタルヤは個人で歩くと危険なんですか?」「えっ!?」「ガイドさんがロシア人のスリ、引ったくりがウヨウヨしているから、個人で出かけないように言うのですけど」「・・・!?」ヨーロッパ人のお客さんたち、どんなにのんびり、警戒しないで過ごしていることか。こういうときは「日本でも気をつける程度には、気をつけられたらいいいと思いますよ」と返事するしかない。毎度のことであるが、ツアーで自由行動をされるのがよほど困るのだろう。安く買い物されちゃ、・・・・ね。私も一番初めにトルコにツアーで来たとき、絨毯、キリム問屋がつらなる今夜の○○○で、ガイドに言われた。「○○○は外を歩くと誘拐されたり、モノをぶつけられたりしますから、絶対出歩かないでください」何もしらないから、ガイドの言葉を信じるしかないよね。それでも退屈して散歩程度に外に出ようとした人たちに。「外に行くのなら、私たちは責任をとりませんよ。本当に行くのですか!なんてバカなことを」普段はさっさと部屋にこもるガイドが、その日に限って、ホテルの出入り口のロビーにかなり遅い時間まで座っているわけ。監視していたのですね。外に出ないように。これも答えは簡単。○○○は外に出たとたん、絨毯屋の客引きに声をかけられるし、そうでなくても絨毯問屋が並んでいるわけで、興味がある人は簡単にのぞける。行かれたくないのですね。安く買える絨毯屋には。ツアーの価格が15日間で15万円を切る価格になっている今日このごろ、買い物で稼がないとツアーが赤字になる、っていうのはよくわかる。でもその土地、トルコ人(なかには日本人絨毯屋っていうのも含まれるわけだけど)、無実の外国人などを悪人に仕立てる、っていうのはズルいのじゃないの?正々堂々としていれば、いいと思うのだけど。ツアーではお値段はバックマージンがあるので、高くなりますが、私たちの会社が契約しているところですから、言葉の心配、クレジットカード使用の不安、配送の心配などはございません。安心してお買い物していただけます・・・・と。こうしてアンタルヤの観光地カレイチに暮らし、商売をするミフ社長は、なぜかツアーの日本語ガイドさんからの情報で、アンタルヤがロシア人のスリグループで歩くのも危険な町、だということを初めて知るのであった。
2005年01月16日
アンタルヤ近郊にはターティルキョイというのがたくさんあって、そこには高級リゾートホテルというのが建ち並んでいるわけである。このターティルキョイっていうのは、なんて訳したら適当なのかわからない。私は直訳て「休暇村」なんて説明するけど、イメージがちょっと違う。いわゆる「リゾート」です。仕事でこの2日、アンタルヤから45キロ、クルマで40分ほどのベレックを3往復ほどした。ゴルフ場のあるホテルへ通ったわけであるが、ここら辺は小さな商店街の先は、道以外何もないところで、夏の別荘が並び、その先は広い敷地にホテルがあるだけ。観光客は空港からピックアップしてもらい、30分ほどかけて、ホテルに入る。ホテルに入ってしまったら、食事はホテル内のレストランで食べ放題。夏はビーチ、プール。サウナ、ハマムもあり。ゴルフもできるホテルが何軒か。ホテルに何でもあるので、外に出る理由がないのである。価格だって高くはない。1万円ぐらいで泊まれるし、キャンペーンのときなんか日本円で4桁の下の方で泊まれたりすることもある。たまにはこんなホテルで休暇でも、って思うのだけど、地元すぎて、泊まるのも変な感じ。で、泊まったことがない。ゴルフ場のあるホテルは、イスタンブルやアンカラの在住の日本人もかなり利用しているかと思う。トルコでゴルフ? ってあまりイメージないけど、地中海でゴルフ、って思うとイメージいい。それに今年は異常な温かさ。雨もほとんどないし、今日なんて朝からシャツ1枚で問題ない暑さだった。仕事とはいえ、こんな日に往復90キロ×3回のドライブも気持ちよかった。幹線道路からベレックに入る道に入ればネズミ捕りもいないし、クルマも少ないし、快適。クルマには見慣れない、日本語の文字が書いてあるカセットテープ。誰かさんが、先日、日本人のガールフレンドにトルコ音楽のCDをプレゼントした、そのお返しにもらったものらしい。二人で出かけたときにでも置き忘れたのだろう。せっかくだから聴きながら走る。私は知らないけど、今日本で流行っているらしい「オレンジレンジ」と、これなら歌える「ユーミン」のアルバム。天気のいい日に、一人でクルマを飛ばして、今度来るときは夫と子供を誘おうかなあ、なんて思いつつ・・・・。カレイチにいると地中海沿いに住んでいること、すっかり忘れてしまうって、いったいどういうことなんでしょうね。
2005年01月14日
振込み手数料とか、送金手数料じゃないのです。自分の会社の口座に預金するのに、毎回15.75YTL(約1200円)とられるって話です・・・・。トルコの某大手銀行に私の会社の口座がある。会社名義の電話料金など会社の経費はそこから落ちることになっている。定期的に現金を預金しているわけである。昨年末、列が長くて預金することができなかった。そして今日に至ったのだが、アドナンが銀行に預金に行って、妙なことを言われたそうだ。「預金するのに15YTL手数料がかかります」他人の口座に送金するのじゃなくて、通帳を持って、会社の口座に預金するのに、なんで手数料? しかも高額である。説明を求めても「法律が変わったから・・・」と言われるだけで、上役の人と話をしても結果は同じ。気の短いアドナンは喧嘩をしてきたらしいけど、とにかくその銀行の別の支店に行っても同じことを言われ、また喧嘩。最後は預金をあきらめてきたが、こんな変なシステムが導入されるのなら、銀行引き落としをやめるほうがいいわけだ、って私も思ったのである。電話の請求書を持って、直接支払いに行かせた方がいいよ。少なくとも銀行のような列も待ち時間もない。なんの意味があるのだろう、銀行引き落としにする意味が・・・って。預金するときに、会社の社長がじきじき、銀行に行けば、この預金手数料なるもの、払わなくていいそうだけど・・・変な話。引き出しをするときはわかる。でもお金を預けるのに、本人以外はダメってどういうことだろう。社長が預金するためだけに、銀行の長い列に並ばなきゃいけないってこと。社長がそんなに暇な会社って、いったいどんな会社だ。このシステムは2005年から始まったそうだけど、これに従う会社はどれだけあるのか、これで文句がでないのか、私はそれが不思議である。とにかく銀行に口座を作る意味も、自動引き落としにする意味もなくなったので、解除するしかないのだけど、なんだか腑に落ちないよ。それとも世の中には「預金手数料」っていうのがあったのだっけ? 私が知らないだけ?
2005年01月11日
wさんの帰国が明日にせまった。明日は朝早いので、今夜でお別れである。いきつけのレストランで、みんなでご飯を食べて、さようならをし、彼女たちがホテルに戻った後も実はチャットで話をしたので、なんだか距離感がない、お別れとなった。アドナンもほぼ24時間勤務で疲れただろう。地元でのつきそいホテル出張、ご苦労さまでした。アンタルヤにいながらにして、国内出張を9日間続けていたようなものである。さて、私の友人のトルコ人の一人に、容姿も性格もアドナンによく似た男性がいる。女の子にモテるものだから、時々調子に乗っているようだけど、基本的には悪意のない、いいやつである。でも悪意がないというのは時々困りものである。相手を傷つけたくない、と思うから、傷つけないために嘘もつく。その場は相手も救われるだろうが、結局は嘘であるからあとで悲しむことになるのではないかと思う。彼の名前を仮にアタとしておこう。アタにはトルコで知り合った日本人のガールフレンドが何人かいた。何人か、というのは問題である。彼曰く、いずれも女性たちの方からのアプローチで、彼女たちを傷つけないために断れなかった・・・という。でもそれはいいわけで、私に言わせたら断るべきだったのである。というのは彼には妻子がいる。実際は離婚を前提に別居をしているので、人によっては実質は独身だから問題なしと考えるかもしれないが、法律的には既婚者である。ただこの事実を知る人は限られていて、親しい人たちの中でも彼を独身だと思っている人がほとんどである。子供がもう少し大きくなったら正式に別れようと考えていた。彼の人生にかかわることだから、日本人のガールフレンドたちには本人が言わない限り、他人の私たちが口出しするのは間違っているように思え、私もまたアタの親友たちも「彼には妻子がいるから、やめときな」とも言えない。どうせ本当のことを言ったところで女性たちに恨まれるだけであるから、(世の中そういうものである)何も言わない、見ない、聞かない。先日、久しぶりにアタと偶然、お互いの共通の友人のレストランで一緒になり、話しをした。今、本気で将来を考えている相手がいるという。私も知っている日本人ガールフレンドの一人、Cさんであった。アタは彼女に妻子のことを打ち明けたそうだ。彼女は最初はショックを受け、でもアタを信じ、待つと言ってくれたそうだ。アタに、なぜ彼女とは本気になったか、という質問をした。というのは、アタの日本人のガールフレンドのほとんどには日本に彼氏がいたり、夫がいるというパターンが多く、アタは日本人女性に対する不信感を持っていた。そして歳月とともに「本気になること」を拒んでいたからだ。だから複数の彼女と同時進行ということも、やれたのかもしれない、と思うことがある。彼のやってきたことは誉められることではないし、彼が私にとってはどんなにいいやつでも、正直言って日本人女性として不愉快な思いもある。でも女性たちもアタに対して、真剣だったか、と聞かれると、それにも返事ができない。だからアタの行動を非難することなく黙認してきた、とも言える。そんなアタの心を仕留めたのだから、彼女Cさんはすごいと思っている。Cさんは独身で、日本に彼氏もいない。アタ一筋であったのも知っている。アタにはあるクセがあった。アクセサリーをプレゼントするのが好きなのである。自分のアクセサリーを選ぶセンスに自信があるのだという。ガールフレンドたちが日本に帰るときに、決まってネックレスやブレスレッド、シルバーの指輪などを贈っていた。でも彼は頼まれても絶対「ゴールドの指輪」だけは買わなかった。彼にとってゴールドの指輪は真剣な恋、結婚への証だったのである。Cさんにゴールドの指輪を買ったという。それだけでも本気なのだというのがわかった。でも複雑な気持ちである。Cさんとの将来を考えたアタには幸せになってほしい。だけど幼い子供のためとは言え、妻とはまだ離婚しないでいるわけで・・・。子供が小学校へあがったら、離婚することになっているという。それまであと2年ほどである。他人の私が口出すことではない。本人同士が決めたことである。簡単にはいかないかもしれない。でもCさんと出会って、人を愛し、信じることの意味を知って、彼には幸せになってほしいと思う。
2005年01月10日
・・・って、よくトルコツアーの日本語ガイドさんが言う駄洒落なんですけど・・・・○だけなのでわかりませんね。出張で、アドナンを運転手にWさんとアンタルヤから山を越えて、往復約600キロの某地方都市に行っていました。社外のお友達Wさんがいたので、前回のような不愉快な思いをさせないように、今回は定宿の「監獄ホテル」ではなく、別のホテルを取りました。おかげで監視もなく、ゆっくり、気持ちよく泊まることができました。ゆっくりと言っても、仕事が夜中の12時半までかかったので、それから部屋に戻り、私はシャワーをあびて朝までぐっすり。この都市の絨毯屋さんたちとは10年来のつきあい。道を歩いただけで、もしくは知っている人がお互いに連絡網で知らせるものだから(冗談のような本当の話)、あちらこちらからケイタイに電話がかかってきます。ここでいいものを見つけました。それとちょっとおもしろい噂話も・・・。出張の話は明日以降。もう疲れてぐったりですので、お休みなさい!
2005年01月08日
昨日は卓球に燃えたミフリ社長。本日はボーリングとビリヤードという組み合わせ。お休みのフセインも誘って、夕方、息子を保育園に早めに迎えにいき、みんなでアンタルヤ唯一のボーリング場(他のホテルなどにもあるかもしれないけど、私はここしか知らないので)へ行った。ボーリング初体験のアドナンを含め、低レベルの争いになった。1位はフセインで82点、2位はミフリ社長で80点。3位がアドナンで63点、4位がWさんで59点。Wさんはファールが2回で、実際はあと20点は取れていた。日本じゃ100点以下を取るほうが難しかったけど、他のレーンも軒並み、30点とかせいぜい80点とか。(ところでボーリングは○点、って言うのだっけ!?)トルコ人の多くはスコアのつけ方を知らないので、スペアのあとに「なんで俺のだけ点数がついていないんだ!」と騒ぐ始末。私とWさんは、第1次ボーリングブームのときに小学校の高学年だったし、第2次ブームのときは予備校に通っていて、毎日ボーリング場通いをしていたものだ。みんな下手なもので、1ゲームで終わりにして、そのあとはビリヤード。ビリヤードはアドナンと私が過去にやったことがある程度でド素人集団である。アドナンはルールをかろうじて覚えていたが怪しい。私はルールすらも忘れていた。怪しいゲームを3回やって、フセインとミフリ社長チームが勝ち。ちなみにボーリングは靴代が約420円、1ゲームが約460円。ビリヤードは1時間750円。ゲーセンのゲームは1回(日本だと100円か50円)120円。まだまだ高いけど。遊びに来ている人たちといえば、その程度のお金を気にしないようなトルコ人か外国人ばかり。娯楽が少ないのがトルコで、パチンコ屋とかカラオケでもやれば、きっと大流行なんだろうな、って思ったりする。昔はホテルのカジノに遊びにいったりもした。禁止されたのがもう6、7年経つのだろうか(正確には覚えていない)。私は賭け事は嫌いなので、あくまで遊びであるが、本当にトルコは夜、暇つぶしするところが少ない。明日の部活動は、ミグロスへ行って買い物。そして遊園地・・・・かな?・・・・おいおい、仕事しろよ!?
2005年01月05日
新年から仕事をしていなくてすみません!働く気があるのでしょうか!?仕事もないし(・・・じゃなくて。溜まっている仕事をさっさとやれ、って!?)、お金は出ていくばかり・・・。お金と言えば、今日、3日目にしてやっと新しいトルコリラ札にお目にかかれた。デザインは旧札と基本的に同じで、数字のゼロが6桁なくなっている。20000000が20になっているわけである。両替レート、値札などは新トルコリラで、でも旧札と新札がごっちゃにつかわれているわけで、慣れているはずのトルコ人も混乱しているのだから、外国人旅行者はきっとわけがわからないであろう。だって1ドル=1.315YTLって、両替所に表示されているのに、手元に来るお金は旧札で1315000TL分くるわけである。数字だけみると1000000倍の額面である。もしくは10YTLのものを買う。20000000TL札を出す。おつりは10YTL。お~い、19999990TL足りないよ~って!?そんなことを考えていたら、日本から来た友人のWさんが日本で昨年11月に出た新札を見せてくれた。慣れていないからまるでおもちゃのお金のようである。1万円札なんて知らないで出されたら、またまた~。おもちゃのお金なんか出して。ふざけないでくださいよっ!なんて、お客さまに言ってしまうかもしれない。ところで今日はミフリの部活動がホテルのゲームルームで行われた。それは卓球である。Wさん、娘のMちゃん、アドナン、夫と息子と私。どんぐりのせいくらべの腕前であるが、久しぶりに身体を動かして、気分はすっきりである。一番乗っていたのはミフリ社長かもしれない。最後はアドナンとの社内対決になり接戦で社長の勝ちとなった。ああ、これでかろうじて、社長としてのプライドが守られた。(卓球で勝たないと社長の地位が危ない会社か?ミフリは・・・・!?)さて、明日の部活動はビリヤードをやる予定でいるが、アドナンはオズギュルの記録を越えられるか!?・・・・というか、越えそうな勢いである(らしい)
2005年01月04日
今日は日本人の友人がアンタルヤへ着く日。今日は日曜日でアドナンはお休みなので、社長自ら運転をして、空港までお迎えにいく。友人にとって、モスクワで6時間待ち、さらにイスタンブルで深夜から朝まで6時間待ち、やっと着いたアンタルヤ。雨の天気予報だったけど、曇りのち、時々晴れ。高級住宅地そばのカフェで、スボレイの朝食をとり、スーパーで買い物をし、ホテルへ。アドナンは夕方からホテル入り。昼間は私が世話係り、夜は私に代わってアドナンが世話係りである。アドナンは地元で、しかも日本人女性の世話係り・・・など、仕事とは言え、さすが家族に言えなかったようである。私が説明しようか、と言ったのだが、家族が余計誤解するから、と実は出張することにして、家を出てきたと言う。まあ、クルマを運転しないだけで出張同然であるから、嘘にはならないけど。店にお父さんが遊びにきたら、どうするのであろう・・・。彼女Wさんとアドナンはこれが2か月半ぶりで2度目。前回は国内出張で一緒だったので、気心は知れている。アドナンもWさんと彼女の10歳の娘を気に入っており、世話係りをすすんで引き受けてくれたので、私も助かった。24時間勤務になってすまないねえ。その代わり、快適なホテルライフを楽しんでいただこうではないか・・・。地元でホテルに泊まるってことも滅多にないことだろうし。さて、このホテル、パソコンの接続が無料である。Wさんもパソコンを持参してきており、部屋のプラグに指しこみ、電話番号を入れるだけ。不自由なく動くし、こんな便利なシステムがあったなんて、知らなかった。(世間では一般的なんでしょうが、私は世間から遠いのでこういうことは知らないのです)これならインターネットカフェを探す必要もない。さてさて、Wさんの「必要なものがあったら買っていってあげるよ」という言葉に甘えていろいろ頼んでいた。とくに楽しみにしていたのは豚肉のハム。丸ごと大きいのを頼んでいた。これでしばらくチャーハンと目玉焼きがおいしい。図々しく、いろんなものを頼む私とは正反対に、アドナンからは実は全くリクエストがなかった。彼は人にモノを頼むのをいやがる。頼まれた側の大変さを知っているし、何かをもらうことを恥ずかしいことと思っているからである。それでもWさんが、前回も今回もお世話になるから彼になにかお土産を持って行きたいと言うので、それを彼に伝えたら、遠慮勝ちに「ミニ盆栽」という答えが返ってきた。実はアドナンの趣味は「盆栽」なのである。2年半前に日本へ行ったときに、盆栽を持ち帰り、育てたのだが、ちょうど夏になるときで黒松にアンタルヤの気温は高すぎた。今回は沖縄の植物と、再度チャレンジ黒松。Wさんも持ってくるのが大変だったと思うが、アドナンがとても喜んでいたので、その苦労も報われたか!?夜はWさんと娘のMちゃんとカレイチのハマムへ行く。全身脱毛を体験したいと言うので、彼女にはそれを、私と娘のMちゃんはハマムで蒸し風呂。Wさんの感想は「脱毛は自分でやるものだ」で、下の毛の脱毛は、もう地獄の痛さであったという。・・・知っている。だから私はやらないのだ。盆栽と豚ハム。大変な思いをして持ってきてくれたに違いない。重たいし、邪魔だし。でも私たちは、おかげさまでちょっと新春気分。明日はいったい何をしよう。ねえ、Wさん!?
2005年01月03日
あけましておめでとうございます。気がついたら日本時間では1月2日の早朝2時過ぎ。ああ、日本の元旦が終わっていました。実家にも夫の実家にも電話もせず・・・・。でもトルコでは、また夕方の7時過ぎ。一応、元旦中に起きれた、ってことで自分を許す・・!?これでまたぐうたら社長のぐうたら2005年が始まったわけである。今日は元旦のカレイチでも散歩するつもりたっだのに・・・・(本当にそんな気があったか!?)。昨夜は中華レストランで友人たちのと年越しパーティー。夜10時過ぎに炭をおこし始め、肉9キロの炭火焼き、羊の脳みそのフライ、胃袋の辛味炒め、レバーの野菜炒め、ビベルとトマトの炭火焼き。以前なら肉1人1キロなんて平気だったのだけど、さすが胃袋は年とっていく。300グラムも食って、いっぱいになってしまった。肉はおかげで半分以上も残ってしまったけど。メンバーはと言えば、トルコ人、中国人、日本人の混合。中華レストランのオーナートルコ人のペリンと、その夫で中国人のジャン、ジャンの友人の中国人貿易商ハン、レストランのコックのジャンのおじさん、ミフリからはアドナン、私の友人の日本人女性Hさん、新聞記者のフセイン、暇人ジェム、私の夫、息子、そしてミフリ社長。あとはいろんな人が訪問するので、そのたびに皿とグラスが増える。アドナンのお父さん、おじさん2人、ペリンの両親・・・・。季節で言えば、冬である。地中海の町アンタルヤだって、通常の年なら、寒くてコートを羽織る。ところが今年はどうだろう、天気に恵まれ、あたたかい日が続いていた。年越しはバーべキューだから当然、屋外だったのであるが、明け方3時まで外に座っていたけど、寒さを感じずにいられたのだから、アンタルヤの暖かさに感謝!ビール、ウイスキー、ビールのコーラ割り、ラク、ワイン・・・と飲み干し、2004年から2005年を迎え、アンタルヤのカレイチの空に花火があがった。私が帰ったのは明け方4時ごろであったが、カレイチのレストランなどでは、宴会がまだ続いていて、着飾って、飲んで踊るトルコ人たちの姿が見えた。どんな年になるのであろうか。寝正月で始まった新年であるが、実はミフリ社長の心の中にはいくつかの決意と計画があったりもする。でもね、大きな話は横においておき、いつものように他所様にちゃんと支払いができて、家族が健康で貧しくても3食ご飯を食べられる、そんな生活ができること。それが一番の願いである。
2005年01月01日
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