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2010.02.22
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カテゴリ:
棋譜は一休み。


さて、今回は、他の人のブログも含めて、何回か女流棋士について言及したので、女流棋士に関する考察を書いてみる。

まず、誤解のないように断わっておくが、ルックス的には、昔から女流棋士は世間一般以上の水準を保持していると私は思っている。
だが、ある時点から、外見・容姿以外の何かが変わった。
―雰囲気?
そう、派手さというのとも少し違う、華やかさ、と言ってしまうとまた、「じゃあ昔は華がなかったのか」ということになってしまうので言い方が難しいのだが。

新旧世代の分かれ目

私がリアルタイムで多少なりとも知っている女流棋士といえば、「本田三姉妹」である。囲碁を覚えたばかりの頃、女流といえば杉内寿子・本田幸子・楠光子の三姉妹だった。あと、その頃活躍していた女流棋士といえば小林禮子、やや遅れて小林千寿や小川誠子などといった棋士が出てきた。
その頃の女流棋士は、なんとなく目立たないことを旨としていたかのように思える。とにかく控えめで、男性棋士から一歩ひいて立っている、という雰囲気がしたものだ。




ところで、「旧世代」の小川誠子といえば、少年期から若手の頃までの活躍はかなりのもので、男性棋士と伍して戦っていける素質も充分にあったように見える。囲碁は男女平等の大手合(今は廃止)で段位が決められ、将棋よりも男女格差がないと言われる。しかし、女流以外のタイトルを女流棋士が獲得した例は日本ではなく、なんらかのジェンダーによる有利不利があるのだろうと思われる。それが結婚後の家事・育児などによる負担、と言ってしまってはあまりにも寂しい。もしかしたらそうかも知れないが…。私が思うのは、小川誠子の悲劇は、囲碁界の常識人であることを常に求められたことにこそあるのではないかと思っている。彼女は、俳優の山本圭という、普通の人と結婚した。俳優が普通の人とは奇異に感じるかもしれないが、少なくとも棋士に比べればはるかに普通の人である。棋士がみんな変な人ばかりなどというつもりはないが、よきにつけあしきにつけ、棋士など勝負の道に生きる人というものは、何かしら常人離れしたところがあり、また世間からもそれでよしとされる風潮がある。そうではない常人と結婚した彼女は、きっと常識人なのであろう(このあたり全くの偏見です)。実際、本人がそんなことを言ったわけではないが、さまざまな状況証拠から、彼女がごく若い時期から、木谷一門の面倒見役を務めていたことがうかがえる。たとえば、趙二十五世は、幼少期に小川誠子に風呂に入れてもらったことを人からうらやましがられることに対して、「今ならよろこんで入るが、当時の子供だった僕は風呂嫌いで、きっといやがる僕を無理やり入浴させたに違いない」と若干のユーモアをこめて反論している。また、あるTV棋戦では、一緒に出場した若手男性棋士が、対局者(アマだったか)の手法をあまりにケチョンケチョンにけなしたのに対して、カメラの視界から離れた瞬間にたしなめる場面を、偶然方向を戻したカメラがとらえている。このように、彼女はずいぶん若い頃から多くの棋士のお母さん役を果たしてこなければならなかったのであり、これはさぞ疲れることだろう。女流選手権2期、女流本因坊1期、女流鶴聖1期と、思ったよりタイトル数が少ないのも、盤外で多大なエネルギーを消費したことにその一因があるのではないか。

女流囲碁界の林海峰―梅沢由香里

新世代の女流棋士たちは、いかにも現代っ子という感じで、囲碁もTV露出もなんというかのびのびと楽しんでいるように見える。新世代初期の代表格で相手の性別問わず勝ちまくる青木喜久代や今の謝依旻、ビジュアル面ではアイドル級の反則的可愛さを誇る囲碁界のマナ・カナこと万波姉妹などを見ていると時代の変化を感じずにはいられない。とくにその転回点となった存在が、やはり梅沢由香里ではないか。この人も「可愛さ」がひとつの武器ではあるが、小川誠子と違うタイプではあるが「常識人」であるということが大きなポイントである。「常識人」ではなんだか固いので、あえて「普通の女の子」と言っておこう(もっとも、「普通」とは言ってもじつはものすごい秀才である)。彼女は相手がJリーグサッカー選手という、まさに普通の女の子が最も憧れる結婚をしている(「棋士同士で結婚したら常識人じゃないのかい?」といわれそうだが、これは一つの象徴としていっているだけで、棋士も現在ではそんなに常人離れした人は少なくなっている)。で、棋戦よりもむしろ普及活動において、常識人・「普通の女の子」としての資質をいかんなく発揮し、絶大な成果を挙げた。見た目も普通の女の子、だから「私も囲碁できるかな」という気にさせる。感覚も普通の女の子、だから初心者の気持ちがわかる。それが最大の武器なのではないだろうか。『ヒカルの碁』時代の一時の隆盛をもたらし、その裾野を広げた功績は、やはり彼女のキャラが大きく貢献しているのではないだろうか。趙二十五世が、「日本の囲碁史を書こうという志ある人が現われたなら、ぜひ林海峰の名を特筆大書してほしい」と述べているが、これにならって日本の女流囲碁史を書くならば、ぜひ梅沢由香里の名を特筆大書すべきだと私は思う。

以上、長々と書いてきたが、これはあくまで私の独断と偏見に基づく女流観であり、しかもごく上っ面しか見ないでものを言っているので、ピンボケな点もあることと思う。ご容赦願いたい。





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Last updated  2010.02.24 01:16:29
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