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ある気功師・978「セルフヒーリング」質問2「自分で自分にも氣功治療ができるか?」答え「できるよ」(そ、そっけない答え・・・)これは立場によってセルフヒーリングの意味が違う。氣功は基本的には誰でも出来る。運転や泳ぎや話と同じだ。誰でも(基本的には)話せるし泳げるし運転できる。教えてくれれば、異国語も水泳も運転もできる。自力で出来る人もいる。しかし出来る事と「プロ」は次元が違う。上手く出来れば「プロ」になれるわけじゃない。(最近はあらゆる分野でシロウトとプロが混在している)氣功のソース(大元)によって大きな差があるが、基本的には誰でも自分で自分を氣功治療できる。一般的な中国気功は「自己の氣」をソースにする。自分で自分を回復・保健するために使う保健氣功。中国気功は充分ではないが、適していると思う。(医療氣功への応用は単純に適しているとはいえない)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/30
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ある気功師・977「セルフヒーリング」間違いだから病気になるだけでなく、更に素晴らしくなる為に病気になる。これ・・・よく観ると、同じなのだ。だからブッちゃんの看破した通り、人は平等に「生老病死」がセットで付いている。生老死と病は同じなのだ。私流の言い回しなら、「この世は経験する為にある」正誤や正邪もあるかもしれないが、そういう事と無関係も多々あるのだ。この世では有限の生命だ。全てを体験・経験できないが、基本的な経験は誰でも出来る。それが「生老病死」だ。だから私のような欠陥人間も超高尚な人も「病」はある。グレちゃん(グレートサムシング)は、偉い人とアホな人を差別しない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/29
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ある気功師・976「セルフヒーリング」体と心に悪い(不調和な)モノを食べ、体と心に傷つける生活習慣を平気でし、神を畏れぬフトドキな言行をして、当然の結果として病気になる。不調和を行えば病気になる。いや、行っただけでは病気にならない。不調和を続けるから病気になる。これも事実なのだ。しかし病気はそれだけじゃない。ブッちゃんだって腹を壊して入寂した。人間だから、死ぬにはキッカケが必要だった。より高いレベルに上るにはキッカケが必要だ。高くなくても次に進むにはキッカケが必要となる。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/28
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ある気功師・975「セルフヒーリング」ここのマハリシの最後が「癌」だった。当時の私は何故病気になったのか不思議だった。しかも意識と関係の深い「癌」(癌は特に意識と係わる病症状なのだ)これほどまでに自然と調和した生き方をして、霊性を浄化し昇華した。そして地元の人達への大きな利他行をした。それでも事実として「癌」になった。今は理解できる。「病気」は間違うから起こるのではない。必要だから起こるのだと。例えば、私の病気と聖者の病気はレベルが違う。だが人間としては同じように起こりうる。誰でも病気は起こるようになっている。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/27
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ある気功師・974「セルフヒーリング」〇〇年前に南インドに行った。アルナーチャラ山という聖地に登った。インドの聖地は裸足という約束がある。上り口で靴を脱ぎ、裸足で登った。ほとんどが岩の山だったが、岩が温かい。多分・・・遠赤外線が豊富だったようだ。裸足での登山は、これから先も無いと思う。かなり上の堂まで私はハイテンションだった。この山は「マハリシ」と称される聖者がいた。「マハ」は偉大という意味だ。「リシ」はある境地に到達したヨガの称号だ。つまり「マハリシ」は個人名じゃないが、そう呼ばれる聖者は少ない。ここのマハリシは「裸の聖者」と呼ばれている。一生を半裸で過ごしたからだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/26
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ある気功師・973「セルフヒーリング」「生老病死」には大きな意味と仕組みがあったのだ。やはりグレちゃんはタダモノではない。(グレちゃんとはグレート・サムシングという偉大な御方この世界を創った存在というか、仕組みというか)創造主にむかって畏れを知らぬ、この書き方・・・アホな私ではあるが、ズルい計算もできる・・・何故かというと、グレちゃんは、そんな事で腹は立てない。腹があるのか、どうかも判らないけど・・・。神さま、創造主、というのはとても太っ腹だ。腹があるのか、どうかも判らないけど・・・何を言っても、何をしても怒らない。罰も与えたりしない。罰という概念も、多分、無い、と思う・・・(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/25
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ある気功師・972「セルフヒーリング」生老死の三つは納得できる。誰でも生まれ、成長・老いる、そして死を迎える。でも「病」は間違わずに生きれば無いのでは?そう解説している健康の達人達の本に納得していた。達人であろうが所詮人間。超偉人のブッちゃんと達人を比較する私が馬鹿だった。ブッちゃんのいう事が理解できないからと、理解しやすい人の解説を信じようとした私が愚かだった。私は愚かなままだが、一応「プロ」になった。「人を観る」のが仕事(ライフワーク)になった。すると、「正誤」にこだわる事自体が間違いだったし、「間違い」というのなら、人の存在自体が間違いだと知った。更に100歩譲って、間違わないで生きられたと仮定しても、「病」は起こるように仕組まれていたと気づいた。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/24
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ある気功師・971「セルフヒーリング」人が真理を語るのは、通常はおこがましい。だが、その例外が何人かいるものだ。目覚めた人の意味を持つブッちゃん(仏陀)。同じくイエスという称号のキリちゃん(キリスト)。他にも何人もいるだろう。例外はどんな場合もこの世ではある。この世はヒネくれて創られている。ヒネくれている、というのは「絶対」が無い。だから、どんな場合でも希望があるのだ。グレちゃん(創造主)は「愛」の形を「ヒネくれ」として現した。そのブッちゃんが言った。真理に近づいた超偉人の言葉だ。「人には生老病死が必ずある」私はこの事が長い間解らなかった。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/23
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ある気功師・970「セルフヒーリング」よく訊かれる。1・「病気にならないですか?」2・「自分で自分にも氣功治療ができますか?」3・「氣功で宝くじがあたります?」4・「氣功でオナゴにモテますか?」(4の質問は無いなぁ・・・)それぞれが別の質問だから、別に答えよう。1番は「もちろん病気になる」ブッちゃん(ブッダ)という人がいた。人として真理を観る事に最も近づいた一人だろう。そこらの坊さんや学者さんの言う事は、(悪気が無くても)(全く)あてにならないが、ブッちゃんやキリちゃん(キリスト)のいう事は信用できる。(注:宗教組織が引用するときは信用できない)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/22
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ある気功師・969 「傷と病」それでも言おう。親が、泳げなくても飛び込む。自分の方に飛び込んで来る。それを子供は見て、感じる。子供はその姿に生命力が上がる。そして子供は自力で泳げるようになる事もある。理屈を超えて親が一直線に飛び込む。すると、そこに「道」ができる。タノムよ、親さん。もう少ししっかりしてくれ。親次第で、助かる子供は多いのだ(今回はこの最後のフレーズが言いたくて書いた)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/21
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ある気功師・968 「傷と病」「病」は計算で回復する部分と、計算できない部分がある事を知って欲しい。少なくても、最初の一歩は計算では進まない。計算をしていては、川に飛び込めない。頭の良い親ほど計算をする。頭が良いのは長所でも短所でもないが、計算をして飛び込まないのなら卑怯というものだ。今、溺れているのだ。「必ず助けてくれる人を探している」「助ける保証があれば、どんな謝礼もする」こういうセリフを平気で言う親さえいる。溺れている子供にとっては不運な親だが、大声で助けを求めれば、親以外でも飛び込む人はいる。親から離れるチャンスでもあるのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/20
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ある気功師・967 「傷と病」溺れている我が子を見ているだけの親もいる。「心配しているのだけどねぇ」「私も苦しいです」こんな言葉は意味が無い。すぐ飛び込む以外は意味が無いのだが、「病」を進行させる自由もある、と思う。哀しいけれど、不幸になる自由もある。私は子供を不幸にする親なんて納得できないけど。特に「閉じこもり系の病」に行動しない親が多い。「心の病」は観ようとしないと見えない。行動しない親は「わからない」と言い訳をするが、溺れている姿から目をそむけ、逃げている。飛び込むには不安もリスクもあるが、助けたいのなら飛び込む以外の選択肢は無い。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/19
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ある気功師・966 「傷と病」泳げない親なんていないのだ。飛び込む事が「泳ぐ」という意味だ。飛び込む事が「助ける」という意味なのだ。そんな事さえ知らない親が増えている。子供達からの「助けて~」の声を聞かない。いや、聞こえない。聞こうとしていないから、聞こえない。最近、そういう親と出会った。(私は少し怒っているぞ!)治る保障がなければ治療を頼まない。治る根拠を示してくれ。子供が苦しんでいる隣でそう言う。そんな親でも親であるから、勝手に治療はできない・・・(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/18
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ある気功師・965 「傷と病」自分の人生に責任を負う「大人」ならいい。そういう生き方もあると思う。「短くとも太く」「苦しくても濃い人生」好きにしてくれ、それも勘違いだけど・・・。(長短と太い、濃いは別モノだ。つまり太く、濃く長い人生にすればいいのに)だが「子供の病」に関して親の無理解がある。溺れている最中なのに「困った」と思うだけ。「誰か助けてくれる人がいないかなぁ」と言うだけ。「助け方を知らないから出来ない」と言い訳をする。溺れている最中に「助け方」ウンヌンもあるものか!子供が溺れていれば、すぐ、飛び込め!(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/17
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ある気功師・964 「傷と病」「病」は自然回復しないだけではない。日々の暮らしだけでは進行してしまうのだ。何も対策をしなければ、毎日「病」は深く広がる。だから、手遅れになりやすい。「病」は、今、川で溺れている最中なのだ。「傷」と違い、ガマンすれば乗り切れる事ではない。溺れている最中に「じっくり考える」ヒマはない。溺れているのに「そのうち対策します」もない。「病」は「進行形」だという認識が足りない。「傷」からも「病」へと進行するが、それは日々の暮らしがデタラメすぎるからだ。このことは本人達が自覚している。「そのうち生活習慣を直さなくちゃ」「傷」の段階なら、この余裕がある。だが「病」まで進んでいるのに意識は相変わらず「傷」だと思っている。「病」と「傷」の違いが解っていない・・・。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/16
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ある気功師・963 「傷と病」日々の暮らしだけでは回復しない「病」。だから自然に回復する「傷」と違って、「病」には意志が必要になる。「意思」ではなく「意志」が必要なのだ。本気で治す、絶対治そう。「強く思う」だけでは何にもならない。具体的行動が必要になるのだ。治す為の行動を生活に加える必要がある。生活を整えれば自然に回復する「傷」と違い、「病」は積極的に生活を変え、積極的に「治療」する行動をとらなければ、とても苦しい結果を体験しなければならない。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/15
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ある気功師・962 「傷と病」だから「傷」付くのは活動帯に限る。「回復」は必ずしも休息帯に限らないが、自己治癒力としては休息帯としておこう。(ここの説明は複雑なのだ)「傷」は日々の暮らしで塞がるのだから、「傷」付く事を恐がらなくてもいい。「傷」は「痕」が残っても恐くないが、「恐れる心」は新たな「傷」を作り、日々の暮らしでは治らない。日々の暮らしで治らない「傷」。それを「病」という。「回復」が「傷」の上で空回りをする。「回復」よりも「傷」が深く進行する。日々同じ状態が続くか、悪化するのは「病」。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/14
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ある気功師・961 「傷と病」自然治癒力を高めるのは「暮らしの中」であり、特別な方法や食品やグッズは補助的役割なのだ。この基本が理解されていないから、(開発した人や会社も理解していない)優れた補助のモノ達が充分、活かされてない。開発に力を入れても、総合的に観ないと活用は出来ないその自然治癒力の範囲内だけで解決できる「不調和」その不調和を「傷」と定義してみよう。自然の暮らしのリズムで回復する「不調和」だ。通常は、日々良好になっていくレベルだ。「不調和」を日々の回復力が上まわる範囲だ。一日は活動帯と休息帯の時間で成り立つ。活動帯は主として交感神経が受け持ち、体や心を傷つけ、疲れさせながら何かを生産する。休息帯は副交感神経が受け持ち、傷つき疲れた体や心を回復させるが生産をしない。大きく分ければ、この二つでワンセットだ。(もちろん、どちらにも属さない部分もある)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/13
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ある気功師・960 「傷と病」回復する力。それは「自然治癒力」。療法でも、薬でもない。療法や薬がどんなに優れていても、死んだら回復できないのだ。こんな当たり前の意味を忘れている。「自然治癒力」を高めないで、薬や医者や治療法に頼ろうとする。西洋医学や東洋医学から離れた人も同じだ。自然志向や民間療法好きであっても同じだ。○○セラピー・驚異の○○健康食・波動グッズ。自分を高めないで、他に頼ろうとする。「自然治癒力」が何処から沸くのか理解しないから、「自然治癒力を高める」というセリフに踊らされる。(騙しているとは限らないが、勘違いはある)「自然治癒力」は「自己治癒力」だ。それは日々の暮らしや生き方で左右する力だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/12
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ある気功師・953 「傷と病」病名が無くても、原因不明でも方法はある。「治療法不明」というのは、今の医学側の言い分だ。原因がわからないのだから治療ができない。症状を抑える方法だけはある。私等に「治療法不明」はありえない。生命力を活性して結果として回復させるからだ。原因に対する治療法という学問ではないからだ。だから病名も不要となる。この立場からなら「傷」と「病」の観方が変わる。「傷」と「病」の正体の違いなんて無視する。だが「回復」する為にという視点からなら、違いがある。それは「回復」の本質条件に関わる違いだと思う。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/11
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ある気功師・952 「傷と病」最近では優れた検査機械に診断を頼り切っている。AIが最終判断までするのも時間の問題だ。そのうち、生身の医者はいなくなるかも、と思う。医者はオペレーターという専門職に・・・病院は検査機器とオペレーターさえいれば何とかなる。あとはAIコンピューターが最適な薬や治療法を選んでくれる。手術もAIロボットが完璧にこなす。(近い未来はホントに、そうなるだろう)私のような治療者(ヒーラー)は医者じゃない。病気の名前や原因を解明するのが仕事じゃない。治療そのものをするのが仕事だ。治療じゃなく、回復補助かもしれない。結果として、治療になってしまうが・・・。その先の「幸せに生きる手伝い」が本職だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/10
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ある気功師・951 「傷と病」医学は「病気の正体」を研究し、解明する。そして対策を研究し、臨床して発達してきた。だから、原因を解明しないと回復への道標が無い。つまり「病気のプロ」が前提条件なのだ。検査・解明すれば、あとはマニュアル(医学)がある。病気の正体(名前と原因)を見つける事が最重要。検査・解明するのが主の仕事で、治療は後始末。(病名は医者の為にあり、患者の為じゃない。つまり同じ人の病状でも、西洋医学者と東洋医学者とアーユルヴェーダ医者は違う病名を付けるのだ。病名はその医学に対応させる符丁なのだ。病名を知りたがる患者が多いし、それは自由だ。だが患者に病名は意味をなさない、というのは重要な指摘だぜ)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/09
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ある気功師・950 「傷と病」「傷」というと外傷を思い浮かべるが、ここではもっと広範囲の意味を持たせる。内臓の傷、心の傷、精神の傷、魂の傷。目に見えない「疲れ」という傷も含める。「傷」に広範囲の意味を持たせると、「病」との違いが無くなる。部位や症状の違いで区別しない。そして「傷と病」を別な角度から観る。別な区別の基準から回復を観ようと思う。私の仕事は健康への導きだ。病気回復もその一つだが医者と違う。医者は「病気のプロ」だが「健康のプロ」ではない。私は「健康のプロ」を自負している。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/08
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ある気功師・949私はいろいろな「欲」もあるのだが、維持する根性が無いのと、気まぐれなのだ。すぐ諦められる、というか、メンドウになる。お陰で「氣の銀行」から、フリーパスになった。もちろん、汚れた魂だから一回の限度額はある。でもね、こういう立場になると少しは性格も変わる。いや、性格はいいかげんのままだが、生き方は変わる。エラソウにモノを言う(変わってねぇ・・・)自分じゃ「謙虚」のカケラも無いくせに、他人には「謙虚」を薦める。それは魂が高貴になるからじゃない。無理な(偉くなる)修行の為じゃない。「謙虚」になれば自我が引っ込み通路ができ、「氣の銀行」からのお金(天氣)を使えるからだ。タダでお金が使えりゃ、ラッキーじゃないかぁ?単純に、私はそう思う。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/07
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ある気功師・948私は故お師匠様とは違う性格だ。だが「氣の銀行」の管理者は面白がったようだ。自我を無くし、高潔な志の魂は貴いが、「氣の銀行」からお金を引き出すだけなら、高潔や高尚な聖人で無くても関係ない。要は、空っぽの通路があれば流れる。「氣の銀行」の管理者は太っ腹だ。超お金持ちはケチケチしない。ヘタな条件(高レベルとか)は付けない。受け皿(通路)さえ用意すれば、幾らでも恵んでくれる。超お金持ちと、超貧乏は似ている。どちらも所有観念が無いか、薄いのだ。(これも私には有利に働いたのかも)この世はヒネくれている。欲しい気持ちを諦めると、恵んでくれる。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/06
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ある気功師・947いいかげん。デタラメではない。高潔とか強欲とかと縁遠い。立派も下品も自由に使う。融通無碍というと立派に思える。だが超根性無しも同じだ。何事にもこだわらない。何事もこだわる根性が無い。どちらも似たようなものだ。この世はひねくれている。神様はいたずら好きだ。似ていれば、同じに扱ってしまえ。世界は相似象という仕組みになっている。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/05
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ある気功師・946「氣の銀行」からお金を引き出す条件。暗証番号を使う時の共通点がある。「謙虚になるとお金が降ってくる」と私は表現した。では「謙虚」とはどういう状態だろうか?傲慢で独善でヤケクソでアホな私だ。謙虚はもっとも私に似合わない・・・それでも私と「謙虚」の共通点がある。その共通点が「氣の銀行」のパスワード。私は決して「謙虚」じゃないが、天賦ともいえる才能がある。それは・・・「輝く、いいかげん」これがある為に「氣功師」が天職となった。「氣の銀行」からのお金がいつでも使える。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/04
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ある気功師・945「氣の銀行」が神様の管理かどうか判らない。だが謙虚な波動にはヒイキする気がする・・・ならば、私には使えないはず(独善家だし)・・・ま、まぁ、例外は付物だ・・・そんなわけで人間には暗証番号が必要だがそれは一つの種類だけじゃない。例えば・・・私との縁で使う場合、私のアホ顔を思い出すと、自然にレベルが下がる。「人間って・・・アホね」と謙虚になる。すると少額かもしれないが、お金が余計に使えるのだ。レベルは下げれば(謙虚)何かが上手くいくのだ。(ウソや冗談じゃない。事実なのだ)荘厳な自然に出会った時も同じなのだ。「あぁ、なんて人間はチッポケなの・・・」これで謙虚になる。すると、お金が降ってくる・・・。(私との縁よりも絶対いいと思う・・・)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/03
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ある気功師・944そこで仲介役をするモノが必要なのだ。仲介役(変圧器)は人やモノであるけど、ようするに、レベルを下げなければ使えないのだ。仮に一億円札を渡されても日本では通用しない。一万円札にレベルダウンして使えるのだ。何かのキッカケで「氣の銀行」のお金を使えると、自分がレベルアップしたと勘違いしやすいが、そのまま続けると、疲れるか、壊れてしまう。高圧電線に触れば、ヤケドじゃすまない。「私は人間を超えた! 神様が付いた!だから神力が使える! 逆らうと地獄に落とす!」こういうタイプの将来は悲惨なものだ。近寄ると影響を受けるから、気をつけようね。「私はアホやぁ。人間はアホだから人間だぁ」このくらいの常識は持って欲しい・・・。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/02
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ある気功師・943「氣の銀行」のキャッシュカードは、世界中、あちこちで手に入れられる。気がついたら、自然に手に持っている事もある。私でも使える事ができるのだ。でも、ほとんどの人は使い方が解らないようだ。1・2回使って、忘れてしまう場合も多い。キャッシュカードを貰った事に気づかない。だから暗証番号も憶えない。暗証番号はATM(変圧器)を通して使うものだ。「氣の銀行」は超巨大ギガバンクだ。直接、銀行には行けない。普通の人間は、守衛さんに追い出されてしまう。「これこれ、人間が来る所じゃない!」(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/09/01
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