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ある気功師・1038「ウン考」大と同じに壁にお尻を向けて座る。大ならいいが、小では飛び出る・・・。「あら、アタシ、大丈夫よ」「アタシは絶対無理!」「穴が小さすぎてアタシは横にズレないと」オナゴは様々な方向と角度があるらしい・・・。いろいろ勉強になりました・・・。私が思うに、あの穴の位置を設計したのはオトコだと思う。オナゴの意見など、一つも聞いてないのだと思う。オトコの身勝手社会の弊害はこんなところにもある。オトコ社会は強い相手(しかも同性)に媚び、応援する。だが弱い相手(病人・年寄り・オナゴ・子供)には冷たいのだ。未だに「強いのがいい」と思っているからナサケナイ(情け無い)。(もちろん実際に弱いのは、そんなオトコの心だが・・・)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/30
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ある気功師・1037「ウン考」インディアントイレはシンプルだが騒音が酷い。日本なら深遠なる真理に想いを寄せる空間だが、哲学の本場の空間は、静寂とは無縁だった・・・。「あ~ウルセェ! 耳鳴りが未だ続いている・・・」その代わりに、生活の中に生きた哲学が転がっている。騒音の中、オナゴ達はそれぞれ必死に考えた。さて、どっち向きに座ったらいいのだろう?穴が真ん中にあったなら悩まない。オナゴによって意見が分かれた。どちらにも正当で性等で聖等な言い分だ。壁に向かって座ると、膝が壁にぶつかる。「あら、アタシ、ぶつからないわよ」ヨガの先生方だから体は柔らかい。180度開けば、ぶつからない。でも手をつかないと、インドで初キスが壁になる。とにかく揺れるのだ・・・。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/29
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ある気功師・1036「ウン考」オナゴの「HOW TO SHIT」は隠されてきた。オトコに比べ個体差が大きいオナゴは一人で対処してきた。本来はオトコのワシが口を出す事柄じゃ無い。それを認識した上で、あえて書いている。結構、これでも気を使って表現しているんだけどねぇ・・・ワシは「下品」は好きでも「下品な表現」は好きじゃない。どこかにニヤリとする表現。読んで肩の力が抜ける表現を目指しているのだ。閉鎖空間でも然りだが、野外では尚更工夫が必要だった。列車内トイレは閉鎖空間ではあるが、インド列車は野外に似ていた。日本の鉄道のように滑らかで振動が少ないわけじゃない。揺れる移動空間内は穴から地面まで遮るものが無い。外の車輪音がトイレ内に直接響いている。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/28
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ある気功師・1035「ウン考」オトコのオシッコもモンダイない。キャサリン・メイヤーもその著書で書いていた。野外でもオトコは威厳を持ってオシッコが出来る。世界の未来を憂いながらオシッコが出来る。当初の狙いさえ定めれば、ノーテンキに過ごせる時間だ。オナゴはそういうわけにはいかない。周囲に気を配り、自身の一部に気を配る。姿勢、位置に気を配り、衣服や持ち物に気を配る。そして態勢を維持する筋肉を緊張させ、一部のみ緊張を解いて速やかに事を進める。恋や仕事の悩みも、この時間内で煩う余裕は無い。しかも西洋便器が無いということは、あふれ出た液体の行く末の心配までしなければならない。元の主にしがみつく場合があるからだ。靴であったり足であったり、それは多いそうだ。オナゴはまだまだ大変なハンディを背負っている。男女は同権かもしれないが、同等じゃないのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/27
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ある気功師・1034「ウン考」インディアントイレだ。直径10センチほどの丸い穴が床に一つ。僅かに穴に向かって勾配があったのかなぁ?直接線路の敷石が見えるから垂れ流しだ。それはモンダイない(モンダイあるけど)モンダイはその位置だ。壁から20センチほどに穴が一つ。さぁ、微妙な位置になる。大きい方はモンダイないだろう。壁側がお尻だ。座ったままで手が届くところに水がある。つまり蛇口が床から40センチ上。(ちなみに西洋便座でしか用便をしなかった人は、お尻を支えるモノがないと、とても苦労するようだ。和式トイレ用の筋肉は発達していないらしい。だから野外での排便に西洋人は苦労する。訓練と工夫をしなければ悲惨で滑稽な出来事を体験する)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/26
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ある気功師・1033「ウン考」同行者達はヨガ指導者の女性が多い。男性は2割くらいだろう。そこで列車内のトイレ談義に花が咲く。最初は男は私だけで3人が女性だった。日本人は私達のグループだけだった。インド語だかヒンズー語だか飛び交っている。騒がしいというか活発というか・・・そこでのトイレ談義だ。やがて話に加わる女性がどんどん増えた・・・私達の合向かいの4人用のスペースに無理やり割り込む。真ん中の通路に腰掛け、話に参加してくる。皆さん素直だから下品の話は好きなのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/25
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ある気功師・1032「ウン考」インドでのウン○話は沢山ある。この手の話をすると、とても「場」が活気付く。どうしてこんなに盛り上がるのか不思議なほど元気になる。思い出しても、可笑しくてしょうがない。邪気の無い「笑い」は「生命」を活性化する。皆さん、ウン○話をしたかったのねぇ・・・ウン〇やオシッコだけではない。性の話も盛り上がる。下品の話は参加者を明るく元気にしていった。夜行列車で10数時間の移動があった。列車内に売り子がくる。(い、いや、売りオッサンだった・・・)寝床は天上付近に設置できる。子供の頃の秘密基地みたいだ。隣から更に隣に天上伝いで移動できるのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/24
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ある気功師・1031「ウン考」各自で持っていたビール缶のようなモノ。持続可能な地球のためのエコロジーグッズだ。いや昔からしていた水入れだ。余計なモノを使わない排便の方法だ。文明国とよばれる国は紙(神)を使い、自然を壊す(環境破壊や戦争をする)。自分の汚れた(と思い込んでいる)モノを隠し、正義の名目で常に優位に立とうとする。「正しさ」は卑怯で薄情なモノなのだよ。混沌の国、インドでは(伝統的な生活者のみです)紙(神)もあるが、紙(神)は使わない。日と水が浄化(調和)してくれる。エコロジーは当たり前の日常なんだ。学ぶこと、気づくこと、沢山あると思わないか?(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/23
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ある気功師・1030「ウン考」歩く列はアチコチで延々とある。そして・・・アチコチで列を離れ、アチコチでしゃがみこんでいる人がいる。そう、ここは天然の野外トイレでもあるのだ。トイレが無いのではなく、何処でもトイレがある、国なのだ。ちょっと道(?)から外れた雑草の中、実に優雅に、実に自然に腰を下ろす。毎日の自然な日常生活。多くの人が溢れているのだが、何故か静かな時間が流れている。実に当たり前の光景であり、「生きる」を意識してしまう光景でもある。インドは不思議な国だった。朝のウン○時間に出会って、生物としての生きた哲学を学べる国でもある。薄っぺらな精神論はオシッコで流される・・・。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/22
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ある気功師・1029「ウン考」インドは混沌の国だ。(いや、日本もアメリカも世界のアチコチもだ。世界も宇宙もこの世も混沌なのだ)崇高な哲学とウン○が一緒に置いてある。私は性格的にこの国の混沌が好きみたい・・・。朝、電車で移動した時のことだ。(2000年以前のインドの話だ、今ではない)冷凍庫のような冷房の列車は駅付近はゆっくり走る。線路のすぐ脇を老若男女がゾロゾロゾロと歩いている。背筋を真っ直ぐに、歩調はゆっくりリズムよく・・・。実にインドの人達の歩く姿は優雅で綺麗な姿勢だ。手にはビール缶のような入れ物を持ち優雅に歩く。口は閉じ、おしゃべりはあまりしないようだ。意思のしっかりした目というか、キツメというか、歩く脇を通る列車をにらみつけるような目でもある。(最近の日本人は半開きの口が多いがインドではあまり見かけない)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/21
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ある気功師・1028「ウン考」故マザー・テレサのフィルムを見た。膿と垢だらけの病人を抱きしめていた。あれが「上品な振る舞い」というものだ。自他を融(解)かして行動する。そこに塊(こだわり)はない。「やわらぎ」と「やすらぎ」だけがある。マザー・テレサの行動を評して誤解がある。「自分を捨て、他の為に生きている」そう語られ、書かれる事がある。それは違う。自分を捨てた行動で「生命」は続かない。自他を融かした(解放させた)から偉大なのだ。私が無条件で平伏する聖人の一人でもある。また硬い話になったかなぁ・・・ウン○話が硬くては苦しむなぁ。明日こそ、軟かなウン○話を!ファイト! オー!!(そんなことでファイトするのか?)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/20
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ある気功師・1027「ウン考」下品を代表する(するのか・・・)性の話。面白い話から深淵な話。誰でも共通する、あるある話。存在の哲学となる鍵の部分。広く、浅く、深く、広く、高いのだ。「下品を愛する事」と「下品な振る舞い」は正反対の位置にある。ところが世の中は「下品」に眉をしかめ、「下品な振る舞い」の政治家達に投票(応援)する。常識って、かなりおかしい(可笑しくないか?)私は上品はよく判らないが、「上品な振る舞い」は判る。私にはなかなか出来ないのだが、「上品な振る舞い」は敬愛する。「下品」好きと「上品な振る舞い」は矛盾しないのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/19
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ある気功師・1026「ウン考」下の品だから「下品」下品の代表として「性」がある。「性」を正面から取り上げるのは私では無理だ。とても深遠すぎて雑記で書ける相手ではない。特に日本での常識は狭く偏っている。肉体界と精神界(心の世界ではないぞ)から、聖界(真界)への乗り物としての能力を秘めている。しかも生き物は全て備え付けている。そんな話をしても通じる人達は極一部しかいないだろう。チベット亡命政府のある北インド、ダラムサラ。かつての宮殿名ノルブリンカの名をつけれれた文化センター。そこで見たチベット仏教の大曼荼羅図中心の御神体図。男女交合神は腹の底が震えるほどの波動があった。「性」の遥か深く、とんでもない世界がある。グレちゃん(創造主)がオチャメだというのが、これ(性)一つとってもわかるだろう。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/18
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ある気功師・1025「ウン考」言葉遊びではないが「下品な振る舞い」は下品ではない。下品な振る舞いは、上品でも下品でもない。品が無いのだ。品というのは生命の形、現れの部分だ。下品な振る舞いとされているのは、品自体が無い。生命の形が無いのだ。力をかさに威張る。権力、暴力、金力、能力で威張る輩だ。品が、無い・・・下品を愉しむ人達は、威張らない。そこには、ユーモアがある。ユーモアはヒューマニズムの変形だ。人間味があるのが、下品だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/17
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ある気功師・1024「ウン考」人の生き方は好き好きだ。趣味のモンダイだ。上品好きだろうと下品好きだろうと、他人が口出すモンダイじゃないだが勘違いしては困る。「下品」と「下品に振舞う事」は別だ。下品は人に最初から付いている。それを哀しい性といおうが、生命の賛歌といおうが、付き物ではある。付き物は大切に愉しむものだと思う。私は「下品」は好きだが「下品な振る舞い」は嫌いだ。下品に振舞う事の中には犯罪がある。人の作った法律でなく、存在の理としてある。「他を侵(犯)してはならない」これが存在するモノ全てに共通の法だ。これが無いと生物(と他のモノ)は滅亡する。だからワシは戦争に正面から反対する。争いは「下品な振る舞い」なのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/16
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ある気功師・1023「ウン考」こんな当たり前のことを忘れて行動する。当たり前に反した文明を築く。「当たり前」よりも「欲」を優先する。「生命」よりも「欲」を優先している。近代以降、かなり歪んでいるよなぁ・・・。まぁいい(よくないか・・・)下品に魅力があるのは、下品の内に「生命を活性化」するモノがあるからだ。下品に(本気で)魅力を感じないのなら、「元気に生きていく」事にも、あまり反応が無いものだ。下品に何故か魅かれるのは、正常な「生命」だ。上品が好き(かどうかしらないが)な人達は、バイタリティ(生命力)が少ない。下品が好きな連中(!)は、生き生きしている。それが社会的に良いか悪いかは別として、「生命」は下品好きと相性がいい。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/15
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ある気功師・1022「ウン考」人は何故下品が好きか?好きかどうか判らなくても、何故魅かれるのか?わけがわからないけど魅かれるモノの中には、とても重要なモノが含まれている。例えば「いのち」「氣」「恋」「心」私はわからないモノには素直になる。わからないモノをヘタに考えると間違える。下品に何故魅かれるのか?下品に魅力があるからだ。当たり前だよね。魅力は何処から湧き出るのか?魅力は「生命」が活性化するモノから湧き出る。生き物は「生命」を大切にしているんだ。生き物の本質は「生命」の活性を求めている。生き物は全て「生きたい」「より元気に生きたい」のだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/14
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ある気功師・1021「ウン考」何しろウンコとオシッコだ。「やわらかい」し「温かい」・・・もし真剣に正面から受け止められないのなら、アナタは偽善者だ。汚いと顔をしかめるのなら、アナタは腹汚い。アナタの腹はウンコで満ちている・・・例外なく、人の腹はウンコとオシッコを持っている。ところで、話は横道・・・この「ウン考」の題名にしたら、アクセス数がかなり増えているみたい。なるほどなぁ・・・。上品な話は気が乗らないけど、下品な話は興味があるんだなぁ・・・私は上品と下品を差別しない。どちらも滑稽だと思っている。上品に価値を付ける人は、抑圧されている。下品だけに興味を持つ人も抑圧されている。(その人も上品が上等だと思っているから)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/13
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ある気功師・1020「ウン考」「やわらぎ」が基準だよ、といいながら結構、硬い題名が続いた(有言不実行だ)そうだ!やわらかな題名にしよう(有言実行)そこで乱雑な本をながめていた。内容がやわらかくても題名は硬い本が多い。「HOW TO SHIT IN THE WOODS」キャサリン・メイヤー著これは題名がやわらかい・・・。日本語名は「山でウンコをする方法」内容は、野外でのウンコ・オシッコとの付き合い方だ。表現もやわらかいが、内容はマトモだ。自然愛好家でもある著者は、特に自然破壊に警鐘を鳴らす。その一つとして最も身近で例外の無い排便を語った。しかも、女性の目、女性の行動として語った。硬く、重くはないが、深く、温かい本でもある。こういう文章はワシの目指す方向の一つだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/12
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ある気功師・1019「ウン考」最初から言行一致など守る気も無いが、いつも言行不一致ではマジメすぎる。(いつも不良なのはマジメなのだ)たまに言行一致するのが「いいかげん」の道だ。たまに知行も一致するのが「いいかげん流」だ。本妻と愛人を差別しない生き方。(一応、区別はしてます・・・)ウソとホントも差別しない。有言実行も有言不実行も差別しない・・・。差別しないから、どちらでもいい。どちらでも、いいところは沢山ある。真面目は不自由。正義は争いの元。自由と平和はいいかげんからだ。皆がいいかげんなら平和になる。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/11
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ある気功師・1018「ウン考」このように文章文体の乱れも趣味なのだ。昔、書くのが好きなくせに苦労して書いた時期があった。上手く書こう、という意識があった。読んでいただく人が解りやすく、と思っていた。自分の文才程度が観えてなかったのだ。「氣」のプロとなって気づく事は多い。「氣」は上辺、体裁が通用しない。ウソも技術も通用しない。ウソに「氣」は乗らないのだ。この世の仕組みはヒネクレている。私が書きたいように書く。読む人の事など、知った事かぁ・・・。そう変えたら、文章が私の手から離れた。御筆先様が勝手に書いてくれるようになった。今では第一番目の読者が私になったのだ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/10
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ある気功師・1017「ウン考」片鱗でも触ってみれば意識は変わるが、こんなの・・・ツマラナイ。便利、早いは、ツマラナイものなのだ。好きなオナゴはいつまでも愛でたい。少し触っただけで、イッてどうする?好きなマンガはゆっくり愉しむのがいい。パラパラめくりで読んでしまったら、一所懸命書いてくれた漫画家さんに失礼だ。珈琲と和菓子が残っているのに、マンガだけ終わっては調和がとれない。人間、賢い人は稀で充分だ。誰でも脳細胞は壊れるように創られている。記憶も知識もボケてくるようになっている。応用できないのに詰め込むのは無意味だ。私はアホの人間で生きたい。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/09
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ある気功師・1016「ウン考」私は有言不実行、知行混乱な人間だ。反省はしないが、気まぐれに変えるのは好きだ。意識の基準を「正誤」から「やわらぎ」に。なんて書いているくせに、いつも題名が硬い。最近、硬くあるべきトコロが柔らかくなっているが、そこが何処だかはアナタが詮索するべきじゃない。乱雑なのは頭だけじゃない。昔から本を読むのは好きだった。文字中毒症だった頃もある。できるだけ厚い本でないと満足しなかった。ナナメ読みはしないが、速読タイプだった。月日は流れ、努力研鑽の成果が現れた。乱読、積どく、メンドク(さい)の三位一体を極めたのだ。表紙を見るだけで内容が解る。手を当てれば、智慧が流れ込む。こ、これが、空海の求聞持法かぁ・・・(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/08
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ある気功師・1015「混合」この世の仕組みを観るのにDNAから学ぶ事は多い。特にジャンクの存在は大きい。大部分は遺伝子(本人系統)ではない。本人に直接役に立つ事は5%くらいだ。大部分は、他の役に立つように創られている。人間は(多分に目覚めてないが)他の役に立つように存在しているんだ。役に立つ事も一つ一つ「混合」している。何の役に立つのかは科学では解明出来ない。だから科学者ではジャンク(ガラクタ)としか説明できない。科学者が解らなくても、本人が目覚めればいいことだ。目覚めれば、ジャンク部分は活性化する。人の中の「混合」だって30億対ある。つまり60億の一つ一つの基があるんだ。一生を100年としても全部は使えない。でも、あらゆる可能性が詰まっているだろうね。圧倒的多さの「混合」の事実を知ると、「希望の光」の多さに気づく。私が言う「奇跡が当たり前」は、当たり前だろ?(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/07
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ある気功師・1014「混合」区切らない、メビュウスの輪。DNAの形はこの世の仕組みの相似形でもある。この世の仕組みは、素直に見てもヒネクレている。アナタもヒネクレたDNAで創られている・・・。間違いない!!DNAは個々の(塩)基が対になり、対も対になり、ついつい一つのモノを創ってしまった。だからアナタも、あるオトコとオナゴが、ついつい(対対)作ってしまったのだ。(いのちの)ハズミ(弾み)で生命は発生するものだ。これは生物は皆同じなんだ。宗教関係者が綺麗事を言っても、ウソだと思うよ。しかも遺伝子ではないDNAが大きな役割をしている。これらはジャンク(ガラクタ)とよばれているが、役に立たないモノはこの世に存在できない。そのジャンクDNAが圧倒的な割合で多い(90%以上)。もしジャンクが本当に役に立たないのなら、それを説明している科学者自身も役に立たない人間だ。人間はジャンク部分が95%以上らしいよ。ハハハ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/06
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ある気功師・1013「混合」このテーマはネタが尽きない。「混合」だから何でもネタになる。でも書くのに飽きた。途中で切り上げる癖が私にはある。何事も成し遂げられないタイプだなぁ・・・。まぁいいかぁ、困るのは本妻くらいだし・・・。「混合」から「融合」への話も重要だ。「現在」から「未来」に対応する歩き方。このまま書き続けると、アヤシげな精神世界の話になる。毎日の筆任せの無責任雑記では重くなりすぎる。深いのはいいが、重いのは好きじゃない・・・。「混合」と「融合」の関係は面白い。「アナログ」と「デジタル」の関係でもある。「肉体」と「精神」の関係でもある。直線で進むのではなく、螺旋で進む関係だ。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/05
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ある気功師・1012「混合」何よりも・・・人間に「真実」が判定できないなら、一つでも、多種多様でも「わからない!」これが大多数に当てはまると思う。「判定できる人がいる」と仮定しても、その人を見分ける目が無いのだから話にならない。「悟り人」と「狂人」の違いさえわからないだろ?「真実」が多種多様なら、この世だって多種多様。この世が多種多様なら、真実だって多種多様。「正しさ」が一つだけじゃないと、マズイのか?多くあるほうが、幸せに暮らせると思うがなぁ・・・。多くの相手を認め尊敬できる世の中は、暮らしやすいぜ。「真実は多種多様!」と思えたらマジメではなくなった。マジメは「一つの正しさ」にこだわりすぎだと気づいた。そうしたら、治療回復の道が広がった。道が見えなくても、進めるようになった。クライアント自身も楽になったようだ。(そりゃそうだね)ヒーリングも一気に深まり広がった。(注: 治療とヒーリングを分けてます)(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/04
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ある気功師・1011「混合」精神世界では真実を「空」ということもある。真実を「理」「法(則)」として表現することもある。これも理解レベルによって解説も受け取りも違う。それぞれは「一つだ!」と思っても別な理解をしている。例えば・・・「水は上から下に流れる」でもねぇ・・・水蒸気は下から上に流れるのだ。だから毎日飲めるのに・・・。「現象と真実は違う!」そういう人もいるね。違うといえば違うし、同じといえば同じだし・・・。結局、観る(理解)レベルで差が出てしまう。例えば・・・「見た目が美人でも真実は醜い人がいる」そ、それって、「美」を見抜く目が無かっただけじゃ?同じ言葉で統一は出来ないと思う。この世は人間だけでも多種多様いる。それぞれの基準が違うし、理解度が違う。だから人間相手に言うなら、「真実は、多種多様だ!」と表現するほうが現状に当てはまると思う。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/03
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ある気功師・1010「混合」私はこれでもマジメだった。「真実は一つ!」名探偵コナンも言っている。偉い人は、皆言っている。私もこの言葉は当たり前だと思っていた。だから「正しさ」を追い求めた時期があった。真実を追いかけたた時期もあった。私は昔からアホだった。ヘソ曲がりのグレちゃんを想うようになって、「真実が一つなんて・・・アヤシイ」と変わってきた。この世の仕組みを観るようになって、変わってきた。「真実は・・・多種多様かもしれない」「正しさは・・・多種多様かもしれない」(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/02
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ある気功師・1009「混合」私流の表現では、グレちゃんはモノグサだった・・・生物がどうなろうと、生命がどうなろうと、地球がどうなろうと、宇宙がどうなろうと、「それぞれが、勝手にしていいぞ」グレちゃんは美味しい和菓子とコーヒーで、寝転んで好きなマンガを見ている・・・。でも非情じゃない。その逆だ。アホな本質体達を全て懐に入れている。懐は・・・温かい。最初から「融合」にしなかった。融合で創ったら、存在できないからだ。グレちゃんは、とてつもなく優しかった。(アホの)本質体達を存在させてくれている。それが「混合」の仕組みだと思う。今の私が理解できる「混合」の仕組みだと思う。(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)
2024/11/01
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