私は、ほぼ毎日自分でご飯を作って食べているわけですが、“自分の好きなものを好きなだけ食べられる”“とにかく安上がり”というのは、どちらも大きくはありますが、最大のモチベーションではありません。最大のモチベーションは、“片付いていくのを見るのが楽しい”、コレです。
例えば、先日白菜を一玉半貰いました。フルサイズの白菜なんて、大き過ぎて冷蔵庫には入らないので、冬場の気温の低さを逆手にとって、部屋の片隅に転がしておきます。とりあえず半玉、寸胴で茹でて絞ってオヒタシにし、タッパーに詰めて冷蔵庫に移すと、部屋に転がる白菜は、一玉半から一玉に減り、その一角が目に見えて片付きます。コレが嬉しい。更に、その一角には、常時様々な食材が積み上げてあるのですが、ある程度この食材が減ってくると、積み方を変えて、より収まりの良い配置を検討したりします。コレがまた楽しい。また、冷蔵庫に移したタッパーのオヒタシを、毎食コンスタントに食べていって数日後にそれが無くなると、今まで冷蔵庫の一角を占めていた、そのタッパーのスペースが空きます。コレも嬉しい。
そんなに片付いているのが好きならば、台所を空にして全部外食にすればいいじゃないかとも思われそうですが、それは違います。“片付いているのが好き”なのではなく、“片付いていく過程が好き”なので、やっぱり自炊は必要なのです(無論食べることそれ自体も好きなんですが)。ただ、こういう意見をおおっぴらに言う人を、私はあまり知りません。いるとは思うんですが、“食べる事よりも片付いていく事の方がが好き”なんて、食通の意見ではなくて、むしろ片付け魔の意見ですからね。