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とあるサイトに登録、自分の使用したいと思った時間だけアクセスしようと思っていた。SNSってか、まぁそんなもんかな(笑) すると、最近SNSで知り合った人に、「あなたは、24時間ログインしているんですね」と言われた。 はい!? 私、もう二週間以上もログインしてないんですけど。 いやいや、あなた、つねにログインしていることになっていますよ。と忠告され。 うわぁ。なにこれ。 そこで、盛り上げたい運営の意図を察知、その場で退会した。 騙された感満載
2017/02/05
こないだ、突然恋人から絶縁宣言を仄めかされて、涙を飲んで了承した。 突然ですかー。 びっくりして動揺したけど、仕方ないと諦めて同意の返信を送って、そして終わりになった。 僅か一ヶ月半。 骨折して、治ったと思ったらそれで終わり。 でもしみじみ感謝してる。 私の弱いところをサポートしてくれて、私を姫様みたいに扱ってくれてとても嬉しかった。これまでカボチャの馬車に乗っていた姫様は、すっかり夢中になって。 別れることになった時とても辛くて泣いてしまったけど、この人に最後に贈れるものは何だろうかと考えているうちに、感謝という言葉にたどり着いた。 この一ヶ月半、私のために心を込めてメールをくれたり、お逢いしたときに本当に優しくしてくれたことは、私にはとても素敵な宝物になっているから。 ありがとうという言葉しか出てこない。 もしかして復縁できないのかしらと、密かに期待もしたのだが、この人にとって本当の幸せってなにかを考えた時にそれは違うと思い直した。 縁って自分の都合で結ぶものじゃない。 相手の幸せを願うことで縁は結ばれるのだと思う。 それは親い縁ではないのかもしれないが、遠くで相手の幸せを願うだけでも縁は繋がるのだと信じている。 近寄れなくても、少し遠くで相手の幸せを願いお祈りするだけで、きっと縁としては繋がっているのだと思う。 そんな縁を大切にできたらと思う。 私は少し離れたところで見守っている。 自分の目標の糸口を見いだした人のために。 私はいま、もう一度思い出に恋しながら、好きなままで永く想えるように幸せになってほしいと願ってやまない。 自分が満足するような縁ではなくて、本当に好きな人が哀しまないよう、十分存在意義を持ちながら毎日を充実していけるように、私はお祈りする。 幸せに過ごしてくれたらと思う。 最近仕事前に近くの神社に参拝してから出勤している。 こんなに近くにあったのにどうして気づかなかったのかしらと思うくらい近くで。楠葉の二ノ宮神社。 いつもそこで、あの人が幸せな気分で一日を過ごせますようにってお祈りしてから出勤する。 今日は狛犬さんの視線を感じた(^-^) もう少ししたらお話できるかも。
2016/12/03
所作の汚さがででいたのかもしれない。
2016/11/30
大好きなものの大好きなものを祈りながら、私は手放す。 羽ばたいていけるよう、私は手放す。
2016/11/27
別にそう冠せられることなくても、私は傷ついた魂を癒す、暖かく抱きしめる・・・。あたりまえじゃなく有難き・・という思念が謙虚に自分を戒めて生きていく上での気づきになるのだろうと考えを馳せながら・・・。
2013/03/29
今日は久しぶりの休日でゆっくりした時間を楽しんでいる。こないだの日曜日は20年ぶりの同窓会に出席・・・みんな変わってないなぁ・・・というのが第一印象で、話をするうちにお互いに置かれている状況や考え方の変遷は分かってきたものの、やはり原点の一部分はここなんだろうなぁと感じて嬉しくなった。最近新しい出会いが広がりすぎて、自分の中で収拾がつかなくなってきていた矢先で、本当に関わっていきたい人、思い出として宝箱にしまったままでいいなぁと思う人、過去からのこれまでの関わりが走馬灯のように最近は心に過っている。人生の折り返し地点をちょっと過ぎた所で、私は走り抜けてきた過去を顧みている。これからも度々。人生今が一番幸せ・・・そう関わり合ってきてきてくれた人々に胸を張ってそう言うために。
2013/03/14
遠い所まで来てしまった二度とは戻れないような遠い遠い所へでも戻りたいとは思ってない自分がいるでも行く先に不安を感じている自分もいる見知ったものを置いていき見知らぬものと混じり合うすこぶるパワフルにすべからくアグレッシブに
2013/03/01
お決まりの夢を見る強固に建てられた家の中にいて外部からの侵入者の気配を恐れている戸締りをして、息を潜めて、気配を伺って・・・しかし強固に閉じられた扉を外から何やら凶暴な存在が壊していこうとしている外では虐殺が行われている凶暴な存在によって、外のものが壊されている私の心は恐怖でピークに達するがりがりバリバリこのバリケードが壊されたらお終いだそう思いながら必死に交戦する何とか防げた・・・というところで目が覚める怖い夢でもお決まりの夢この夢を見た後に必ず発熱するのよな・・・風邪であったり何らかのウイルス感染であったり・・・バリケードの中に入られたら発症するバリケードの中にまで入らなければ何とか大丈夫果たして夕方になって悪寒がしてきて、夜になると39℃にまでなったやばい・・・でも我ながら不思議に思うのは・・・39℃に発熱して非常にウイルスの居場所を居心地悪くさせて、挙句の果てにはウイルスを体外から追い出してしまったこと確かに39℃・・・そんな状態が6時間続いた後に変な発汗があって急速に私の体は冷えていく何にもしないのに36℃に解熱している自己免疫の最たるものかは・・・侵入を許してしまった夢を見たときは発症した・・腹膜炎、さすがに死を予感した今回は未然に食い止めている夢だからおそらく大丈夫かな・・・ミクロな部分をマクロに夢見ている自分に苦笑する不思議なことものすごく防御体制が備わっているのだなぁと実感する
2013/02/28
自分の思いを吐露する必要を感じなくなってきたのはいつからだろうか・・・。何かに満足しきっているからではなく、忙しすぎて・・って言うんじゃなく・・・。
2013/02/03
最近ナースの仕事以外にカウンセラー兼占い師をやっていて、そちらの仕事のほうが、忙しくなってきている。でも私は楽しい。楽しい・・・って言葉は不適切なのかもしれないけれど、私はその人の人生を思い浮かべ、心配し安堵し、そしてまた30年後のその人の姿を思い浮かべ、一緒に過ごしてあげられない残念さをかみしめるのだけれど、一時私はその人の人生にトリップできる幸せと楽しさを味わうことができる。自分の発する言葉の重みを感じながら、私はその人をナビゲートしていく。独特のクセで曲がるべき方向を曲がらなかったり、突き進んでいくべき所を突き進んで行かなかったりする所をナビゲートする。そんなことをしていたら、人間の10年なんてあっという間なんだなぁと思うようになってきた。本当にあっという間だと思う…自分の体の動きが遅くなってきて時間がやけに早く経つと思われるのか、ある意味人生を俯瞰できるようになってきたからなのか・・・私の人生、これまで駆け抜けてきたような観があるのだけれど・・・。 57歳までの大運が偏官なので、相変わらずあっちゃこっちゃ走り回る日々が続きそうな感じがするなぁ・・・まぁ、仕方ないかなぁ・・・。
2012/12/20

今年は、完熟期表彰状、あんじー殿・・・君はよう頑張りました・・・の年になるのかしらと一人でほくそえんでいた・・のがまずかった。家があんまり汚いからあちこち片づけ修繕し・・・をやっていたら、ほんとうにどうしようもないくらい手をいれないといけないということが発覚・・こわいものの蓋をそっと閉じ、少しづつ片づけていくことにした。 まめにやっていたらこんなことなかったのに・・とほぞを噛みつつも、休みの日にはカビキラーとペンキを持ってうろうろすることにした。家電が突然壊れるのは常識、しかも今日明日買い替えないと危ないライフラインに直結しているものが連鎖反応的に壊れていく。仕方ないわよね・・・10年も使っていたら・・・寿命だもの、ありがとう、今まで働いてくれて・・・と壊れた家電の背中をなでる。そんなある日車がエンストした…これには心底青ざめた。信号待ちで当然坂道をするするとすべり落ちていくのだから・・・。車のプラグに煤がたまっていて不完全燃焼を起こしたようだった。タイヤもつんつるてんでこれも交換の対象となった。今年は完熟期の年・・どころか、散財の年じゃなかとひそかにため息をついた。しかしこれで終わりとなるか・・・大抵ドラマでもこれから本格的に何かがぶっ壊れるのよね…なんだろうね・・・地震で家が倒壊しちゃうかな・・・そんなことあってほしくない、でもなんかあるわよね・・・。そう思っていたら、あったあった・・・超A級の出来事が。私自身が壊れてしまったのだった(笑)・・って笑い事じゃない!!虫垂炎を発症して、あっという間に破裂・・腹膜炎を起こして危篤状態・・・。救急搬送されて緊急手術でなんとか一命は取り留められたものの、おなかの中はかなりひどかったみたいで、腹膜の上の膿がまさしく大海原と化しており、洗浄するのに5リットル以上の洗浄水を使ってやっときれいになったとのこと。まだ傷口が痛いしお腹も腫れている。でも病院の白い天井を眺めていると、これまでのことが思い出されて、ある共通したことですべてがつながっているのに気が付く。脱皮するセミは、古い殻を脱ぎ捨てて羽化して飛び去っていく。小さきものから大きなものになるために。なにか要らないもの、新しくしなくてはいけないこと、それを天の神様が強制的に教えてくれているのかもしれない・・・そう感じた。だから完熟期なんだ・・・頂点に達したら、ひとつ殻を破らなくてはならない。そうしないと次へ進めないから。家を修繕し、気持ちを整理し、メンテナンスして気持ちよく生活していこう、体も家電も、車も、そして私を取り巻くすべてのものを。そう。だからやっぱり完熟期なのかもしれない、脱皮の年ともいうが。そんなことを考えていたら、セミの羽化した瞬間に出逢いましたよ。。。
2012/08/06
最近実家の母の認知症度がひどくなってきたように思うと、顔を曇らせ父が私に言った。 初めて出会って、関わってきてから約40年近く経つ。 あのシャープな母さんが…と思うとちょっと気持ちが乱れる。 この数ヶ月少し疎遠だったし… 一番大嫌いで一番煙たかった母 でも 一番大好きで、一番に好かれたかった母 おさえようもない不安が心の中を渦巻き、やるせない哀しみが身体全体に張り巡らされる。 なるようにしかないよって、長男に励まされるけど、今年は離別の一年なんだわ 職場がだれもかも辞めていき、周りの空気が一変する中で、いいしれない不安感を胸にいっぱい秘め…変わらないと信じ切っていたものが、ある日ぴょんと変わってしまった時…。 そんな中、母の状態をきくと、正直焦る。 いつしかなにもかも全てが受け入れられる時がくるのかもしれないけど… 頑張れ! あんちゃん くじけないで 悩まないで あんちゃん
2012/03/06
毎年誕生日に早く帰宅できたためしがない。 仕事で残業いっぱいいっぱいの時や緊急搬送したりとか。 残業が終わり、疲れた私に夜勤スタッフが「これこれ」と袋から取り出したのはキリンの一番搾り(笑) 誕生日お祝いだからとニコッと笑ってプレゼントしてくれた。 なんだか温かい気持ちになって帰宅の路を急ぐ。 帰ると、私の部屋に子供たちが勢揃い。 ん? なになに? というまでもなく、己酉君と己亥君が、「お母さん、今日誕生日やろ」と木訥に紙つづみを渡してくれる。 中を見ると可愛いクマのキーホルダー。 ウサギのハンカチ。 「ありがとう~」 乙卯くんは、忘れてる。この人は、あくまでマイペース…ほんまに乙卯ですな。 でも嬉しかった。 今年も。
2011/12/22
ここじゃないどこか… 私が一番嫌いな言葉 居場所はね… できるものじゃないのよ 作るものなのよ
2011/10/31
黒い塊を飲み込んだらダメだ。 黒い塊は、体の中で根を生やし、枝を伸ばして宿主を侵食していく。 黒い塊はやがて宿主を凌駕し、宿主もろとも自爆する。 自爆テロする怖い奴なんだ、黒い塊は。 だから飲み込んじゃいけない。 黒い塊…憎しみ、悲しみ、怒り、嫉妬、僻み。
2011/10/29
ほんまに今週は疲れたわ…魑魅魍魎の世界。 でも今の私にはそれを軽々クリアーできる力がなくなっているということなんやろな。 今日は、ドクターとお互いデジタル音痴やね~と笑いながら、赤外線でアドレス交換した。何回も失敗したが、ようやく完了…。私よりも5歳年上の女医さん。 占い師もやってるのとカミングアウト…むっちゃ驚かれ。 ね。 来年の節分まではお互いに気をつけようねって話をしていた。
2011/10/25
過去は、覚えておくものではなく、思い出すもの。 過去は、振り返れば道があったと故人曰わく。 過去は、断片的だから、つなぎとめておかなければならない。 90歳のおばあちゃんが懐かしむのは、5歳の時に遊んだ隣のふみちゃん。 93歳のおばあちゃんが思い出すのは、洋裁で綺麗なワンピースを仕立て上げてそれが大喝采だった喜びの時間。 それを繰り返し繰り返し私は聴いてきた。 認知症のおばあちゃんたちは、自分が話した事を忘れてまた一から同じ話をし始める。 話の始まりから終わりまで、私が暗記できるくらい何度も何度も。 でも3年すると大抵認知症がさらに進んで、そんな話をしたことも忘れてしまう。 当の本人が忘れてしまい、私だけが覚えている…なんてこともよくある。 私の過去じゃない他人の過去。 でも私の記憶には残っていて、他人の過去にトリップすることができる。 私は、おばあちゃんたちの海馬。 そんな役回りでもいいかな…と最近ではそう考えている。 認知症のおばあちゃんが20代の女の子に、「あんた、歯並びがいいよね、真っ白な歯をしてるんだね」と褒めて…持ち上げておいて、「ほんまに綺麗な歯やわ、それって総入れ歯なの?」と真剣に言う姿は、私の海馬に落とし込まれる。 私が年をとったら、海馬も縮んでしまうだろう。 電気信号がついたり消えたり…。 その時は、誰か私の海馬になってよ。 過去は語り継がれるもの。 語り継がれて、人の夢になれるもの。
2011/10/19
アバウトさ全開の私が、初めて毛染めに行った。 これまで何回も美容師さんに、「あなたは斬新なカットとアコースティックな毛染めの仕方をしていますね」と笑われたことか。 ビールを飲んだら途端に気が大きくなって、突然自分は造形作家だと錯覚してしまう(笑) ハサミ片手にシザーズカット…気がついたら、ジョニーデップまっつぁお~の虎刈り状態。 朝起きてから、驚愕するんよね~。 うわぁぁ~、またやっちまったな、と。 起きてきた息子にも「またやっちまったな」とぽつり。 続いて起きてきた息子にも「ムースで角立てたらまだ分かりにくいから大丈夫やし」と慰められ。 最後にお目覚めの息子には、「お母さん、おでこ、まーる見えやん、あはは」と笑われてしまう。 私は負けじと「何いうてんの、エディットピアフカットやで、こんな芸術的な髪型みたことないわ」とうそぶく(確かにこんな髪型みたことないわ) そうこうしてしばらくして髪が伸び、少しまともに見え始めると、私のまた嫌な芸術家の虫が(笑) あ~ こんなに髪の毛がまとわりつくのは鬱陶しい! またまたアートしないと! …でまたもやバッサリアートしてしまう。 の繰り返しがもう5年も続いただろうか。 職場の人にも、お客さんにも、切るたびに「女学生さんみたいやね」「自分で切らはったんでっしゃろ」と言われる。 そのたびに私は、うふふと曖昧に笑顔を見せ確かなことは答えない。 そんな私が何故か一念発起して美容室へ出かけていった。 自分のために急にお金使ってもいいかなぁと思ったので。 最近買ったものはといえば、食料品、家を直すためのコーキング剤、セメント、カビキラー…。 髪の毛バッチリ染めてもらったわよ(笑)\(^ー^)/ 久しぶりに自分が、ちょっと綺麗になったかなぁと錯覚して嬉しくなっちゃった(単純) 専門家にきちんとしてもらう心地よさを感じる。 きちんとさん。 そう。 専門家は決して侮ってはいけないものなのよね。 頭のエステしてもらって、気持ちよかったなぁ~。 なんだか、お疲れやすって肩たたきしてもらったような。 嬉しい1日でした。
2011/10/17
夏の暑さに耐えて萎みそうになりながらも頑張ってきた花。 冬の寒さに耐えて凍えそうになりながらも頑張ってきた花。 花は結構頑張り屋さんなんですよ。 つらいことがあっても、知らん顔して綺麗に花を咲かせるんですよ。
2011/10/15
洗濯物がパリパリに乾いて、それを取り入れ畳む時のお日様の匂いを嗅ぐ瞬間が大好き。 今日はいろんな時代にトリップしていた。 4年前。 8年前。 あぁ。顔も知らないフナさんと文通していたのは、もう13年前になるのか…。 ハッピーネットワークって今もあるのかしら…。
2011/10/09
りとるあんじーことシャオロンこときのとみぃちゃん、イコールみぃです(笑) 巳一族は人から助けられることが多い。 もしくは助けてもらおうとしているのか。 私の人生、若い頃冬で心身共に寒かった。 暖かみを求め…でも方法が分からず絶望していることが多かった。 でも今から考えると、不思議と困っている時には誰かが救いの手を差し伸べてくれた。 本当に不思議でね…。 だから恵まれていたのかなぁと思ったりして。 自分の人生右上がりなのかも。 公務員試験の時、「あなたが目指す公務員とはどんな公務員ですか」と訊かれて、「地に咲く花の美しさを謡い続ける詩人のように、私は人間の美しさを職場で探したいのです。それを語り続ける義務が公務員にはあると思います」なんてこと言って、面接官のおっちゃんに面白がられたことがある。 でも結局そのおっちゃんが採用にあたって、私のことを後押ししてくれたのだと知った。 病棟配属の先でそれは聞いた。 親兄弟、本当に巳族が多い。 みんなの人生を見ているといろんな人に助けられて生きているなぁと思う。 特に私なんか、土族、火族、水族に助けられてるなぁと思う。
2011/10/08
今日は休み。 ホッとするわ。 なんせ今の職場は、魑魅魍魎が跋扈してるようなところなんだもの。 ここまで、裏表がはっきりしてる職場も珍しい。人間は単純なものじゃないし、理屈だけじゃ通じない感情の部分だってあるからね…いろんな感情が錯綜して、流れ淀み、それに流された方がいいのか、抗った方がいいのか…。 錆びた頭でそれに解決策を講じる能力はなく。 Aさんに、Bさんが、「CさんがDさんの悪口を言ってますが、なんでそんな陰口をたたくのでしょうね」と言う。 するとAさんが、Dさんに、「Bさんって調和を乱したいのでしょうかね~、あなたの悪口をCさんが言ってると私に散々言うんですよ。」と言う。 そんなことを言われたらDさんは、何を言われたか気になるわよね。 「Cさんが私の悪口を…ってどんなことを言ったんですか」 するとAさんは、「大したことじゃないんですよ。でもそんなことを私に言ってくるなんて、Bさん、おかしいんじゃないですか?」と話がスライドされる。 結局Dさんは、Cさんが、何か自分の事を言ってるんだと思うが、よく分からずじまい。疑問だけが残る。 この話を聞いて私は魑魅魍魎やし~と改めて怖くなった。 切り取られた情報の断片が式神のように命を吹き込まれ飛んでいく。 一番引っ掻き回しているのは、実はAさんなのかも。 淀みの淀んでいる部分をぱっと撒き散らしたような。 それはそれで時には川ざらえみたいに必要なのかもしれないけど、不確かな情報や、一方的な情報の切り売りは、疑心暗鬼を生み、人の心にすっとつけいらす事になる。 私はDさんに、Aさん、Bさん、Cさんの3人を集めて、こういう事を聞いたのですが、本当ですかと訊いてみて、各々がどう返事するか見てたらどう?と答えた。 Dさんにその勇気があればの話だけど。 魑魅魍魎やし~、やっぱりこの職場の人たち。 ぼんやりしていたら、気がつくと変な形で自分の言葉が捏造されてしまう…。 たまの休日には、職場から離れて、綺麗な景色を見に行こう。素敵な映画を見に行こう。プールで汗をいっぱいかきに行こう。お野菜をたくさん買い込んでお料理をいっぱい作ろう。
2011/10/05
カルト映画…見たのは2回目。一度は20歳になる前。初めはメロドラマっちっくと思いながらなんだか印象深かった記憶がある。劇中のラフマニノフが気になってそれからセルゲイファンになった。子供の頃から、民話や昔話、伝承話を好んできた私が一番強く心刻まれたのが…過去に戻って恋人との逢瀬の際の会話で、「このポケットは」といいながら、コインを取り出すシーンで、彼が目にしたのは、未来のコイン…1979年製のコイン…もちろん1912年には存在しようにもないコインに驚愕し、自分が未来の人間であることを瞬時に悟ってしまう…。一気に彼は現代に引き戻され…。まさにあるのよね~、こんな落とし穴的瞬間映画だけじゃなく。昔話だけじゃなくて。そんなこと…それが現実として…現実身体的にここにあったとしても、私たち人間はきっと…。きっと人間は、精神的に感じていると思う。何かが間違ってると天が教えてくれて、緩やかに思いと現実が逆行するってことを。それでも戻りたい?でもよく考えてみて。過去に戻りたいとしたらいつ?そんな設問に対して私は戻りたくないって真剣に思う。冬の季節が長くて、震えていた草花…それが私。冬から段々暖かくなってきて正直ホッとしてたりしてね。まぁ、そんなことは別として。カルト映画2回目…感想は…若者たちの映画って気がする。とても素敵なメロドラマ。私には純愛ってよくわからない。なにが純粋でなにが不純なのか…。その場の精一杯の表現はそれぞれ各々の宝物。恋愛に批評家はいらない。そう思いながら、このぷりぷりメロディアスちっくドラマに半日没頭していた。やきがまわったな~あんじゅはん~
2011/09/29
恋したのは、ガーシュイン。 憧れたのは、ラフマニノフ。 浜田小夜が歌う…そのイメージングシーン なんてね(笑) ラプソディは、人の心をさざ波だたせるのかもしれないよね。 私の歌声で良ければまた歌いましょうな。 それで皆様の気持ちが穏やかになるのなら。
2011/09/28
私の中にはブラックスワンが存在する。 みんな知ってること。 今日は昼から「接吻」を見た。 なんだかやり切れない映画で…感情移入できない映画だった。 悦っちゃん… あかんやんかぁ ちょっと…
2011/09/26
私にはもう一度会いたい人がたくさんいる。 私が看取ってきた人たち。 一緒にたくさんの時間を過ごしてきた老人たち。 ある人は認知症を患い、ある人は食べ物が飲み込めなくなり衰弱していかれた。 最期に「お姉ちゃん、ありがとな」と手を振ってくれた直後に亡くなられた方。 呼吸が止まりそう…だが、主治医が遠方に出かけていて看取りに間に合わない…主治医が「ごめん、間に合わへんかもしれへんけど、すぐに戻るわ」と電話で会話してるのを聞いてか聞いてなかったか…それから奇跡的に持ち直し…3時間ほどして慌てた主治医到着5分後に息を引き取られた方。 私は、人間の生命力の不思議さを感じる事をたくさん経験してきた。 花が落ちる時に色んな落ち方があるように、人間一人一人の死に方も様々だと思った。 ある亡くなったおばあさんの家族と話をしていて「ハイビスカスの花って派手な花でしょう。でもね、花が落ちる時は傘のように花弁をくるくると畳んでぽつっと落ちるんですよ。Aさん(亡くなったおばあさん)も本当に潔く亡くなられましたね」と言った。 すると家族の方は、「みなさんが、おばあちゃんの生命力を最期まで大切に守ってくれたからですよ、最期の最期まで苦しむことなく逝けましたからね」と答えてくれたことが印象に深く残っている。 医療介護とは何かを常に模索してきた私は老人たちに身をもって教えられてきた気がする。 患者本人が壊れてまで病気を叩くのではなく…いかに病気と共存するか…なのかもしれない。 特に老人の場合は。 いつ尿を検査しても、細菌がうようよしている人がいた。 でも本人はいたって元気…この人は細菌と一緒に暮らしている…そう思った。 人間の身体の不思議をまたここでも感じた。 この10年間…いろんな人と関わってきて最期を看取った。 お別れはいつも哀しい。 でも後悔はない。 精一杯の気持ちを込めて介護してきたから。 でも時々懐古感が広がる時もあって、私は今頃あの人たちは天国でどうしているのかしらと思う。 たまに亡くなられた方が私の夢に出てくることがある。 私は懐かしさでいっぱいとなり、大きな声でその方を呼ぼうとすると目が覚めてしまう。 まだその方たちと話ができないのは、私がまだこの世でやり残していることがあるからなんだろうなとしみじみ考える。 医療は人の優しさを引き出すものないのはのかもしれない。
2011/09/26
たわわ実る稲穂を横目に見ながら私は公園へと歩く。 さやさやブナノキが歓迎してくれるかのように優しく葉ずれのメロディーを奏でる。 週一の楽しみなんよね~。 森林浴しながらの一番絞りは。 今日はとても清々しい空気がたくさん吸えそう。 緑に囲まれてると安心するわ…なんせ同胞だから。乙巳あんじーにとっては。
2011/09/24
ニュートリノの話題を新聞で読みながら、ぼんやりとこの半年のことを思い出していた。 香里園に転勤になってから早や半年。 あっという間の半年だった。 臨床から遠ざかり、管理事務室にこもりだしてから、…仕事が面白くなくなった(笑)。 パソコン画面ばかり見ているので、老眼が進んだ。 確かに大切な仕事の一つかもしれないけど、私にデスクワークは似合わないわぁとこの半年でつくづく感じた。 じっと座ってるのは得意…好きなことには。 猫の写真を撮るためにずっと座り続けているのは苦痛じゃない。 でも事務室でずっと座り続けているのは苦痛…でしかない。 この気分をなんとか転換し払拭しないといけないんだけど…。 水泳ではじめの2キロを泳ぐまではがむしゃらに泳いでいるが、2キロを泳いだ時点で、少し水中の景色に飽きてくる。 最近はせいぜい3キロくらい。 4キロ泳いだら、今日は上出来やと思うようになった。 仕事もそんな感じなんだろうなぁ。 毎日の人との会話から生まれる楽しさ、発見がなくなって、無味乾燥なパソコン画面を見つめてばかり、考えているのは、いつも監査対策ばかり。 飽きてきた。 いや、待てよ…今は空亡だから、いろんな判断は来年以降にしようっと。 形ないものから何かつかみとれる何かを探す…ニュートリノみたいにってか(笑)
2011/09/24
なんで今頃思い出したのか。 小学生の頃、大きくなったら、ジャポニカ学習帳の取材班のメンバーになって世界を渡り歩きたいって思ってたこと…今突然思い出したわ。 子供と昔、話をしていて「オレ、大きくなったら、タイヤになりたい」と言うので、私は聞き間違えたのかと思って、「ん?運転手になりたいのかな?」と聞き返した。 なら、彼はううんと首を振り…「タイヤやん、タイヤ…オレはあんな規則正しく動くタイヤの生活に憧れんねん、オレにはないものやし」と真面目顔で答えた。 私はなんだか暗喩チックだなぁと思いながらも、自分の小さかった頃ジャポニカ学習帳の取材班に入りたかったことを思い出していた。 それがもう5年前…。 ふと奥にしまわれたアルバムを取り出してめくるうちにその当時のことを思い出したのだった。 今は、フリーターになりたいと息子は言う。 なるほどタイヤよりは進化したけど、フリーターはアカンやろ~(笑)
2011/09/23
優しい気持ちになれる時がある。 みんなからもらった優しさを思い出した時。 私はいつだってお姫さま。 太陽に照らされ、雨が降り落ち、大地に育まれて生きていく。 金星を見ながら何か非常に大切なものを見つめているような気がする。 きっとみんなの優しさで輝いている星なんだろうなぁ。
2011/09/23
今日は休みで午前中にスーパーに立ち寄った。 野菜を見ていると聞き慣れた声がする。 ふと横を見ると、うちの両親が野菜を見て喋っている。 私は「あ」と声をかけかけたが、急に思い止まって俯いた。 なぜだか声をかけにくい雰囲気…ううん、険悪じゃなくてかえって仲睦まじい雰囲気に気圧されて。 野菜を選び魚を選ぶ…その姿を見ていると私は突然「人」という字を思い浮かべた。 派手な喧嘩もしていたが、持ちつ持たれつの仲よしな関係。 私はそんな絆を伴侶と築けなかった苦い思い出がある。 それはそれで仕方なかったともう諦念の境地なんだけどもね。 でも帰りのパーキングでバッタリ(笑) 「あら~、買い物に来てたんやぁ」とニコニコしながらいつものように声をかけ。 いつまでも眩しい存在ですわ…あの両親は。
2011/09/22
私自身の何の変わりもないはずなんだろうけれど、少しずつらせんの上に押しやられている自分は感じるわ。後数年しか生きられないかもしれないけど、私は私の人生…これでよかったなぁってね…納得できるからね~。でも今一番謝りたいのは、若い頃お付き合いしてた彼かなぁ…この年になったらまた違う視線でものを見られるからね…あの頃はわがままいっぱいですみませんでした私は今元気いっぱい…なんかな(今はね・笑)
2011/09/21
台風なのに香里園から牧野まで歩かないといけなくて。 久しぶりだにゃ~ 雨音が傘に畳みかかりそして、地中に消えていく 目印はあのコンビニ…昔なかったはずなのに
2011/09/21
この10日ばかり少し落ち込んでいて…。 知り合いが亡くなって…亡くなる3日前まで元気に話をしていたのに。 8年間泣いたり笑ったり、喧嘩もしたり、バカにされたりバカにしたりもしてさ… まるで弟のようだったのに。 こんなに立ち直れない自分にちょっと驚いてる… スーパーに行って、彼の好きだったチョコパイを見ると、あぁと思ってしまうし…かなりしんどかったのに、しんどいなんて一言も言わずに淡々と話をしていたとか… 独りで死んで4日もわからずにいて… こないだしんどそうに肩を回した時に、肩をもんであげたら良かったなぁ~ もっと優しい言葉をかけてあげたら良かったなぁ~ 独りで寂しく死んじゃったから… 私は温めてあげることできなかった ごめんなさい もっと優しくしてあげたらよかった。
2011/01/19
その時はいつも気がつかないの…。 ずっとずっと長い時間が経ってから、その時初めて起こった事同士が後で結びつき…それに気がついて、その不思議さに驚嘆してしまう。 過去は歴史 私の歴史 歴史があるからこそ今の私があるんだと思う ありがとう 私の歴史に関わってもらえた人たち… 本当にありがとう
2010/09/19
子供 ワン(うちのネコ)くらいかな… 火事になったら、絶対助けに入るわ…この子たちなら…。 私って人間嫌いな割には、一度好きになっちゃうととことん絡みたくなっちゃうのよね。 ブログに綺麗事かけない…模範解答はかけないから…秘密なブログなんかも(笑)
2010/09/05
何もかも一緒にするつもりはないけれど、既存のものが壊れるか、無くなるかして、新しい何かに生まれ変わる場面を見ることが最近もの凄く多い。 今日プールで泳いできたんだけど、私の前を一生懸命片手片足で泳いでいる男の子を見かけた。 私は初めは気がつかずにいたのだけど、1時間もするうちに彼の一生懸命な泳ぎが気になってきた。 無くしたものを取り返すんじゃなくて、新たに何かを獲得する…そんなことを感じさせる泳ぎ方だった。 彼は泳ぎきった後、ふと立ち上がって後ろの私を見つめた。 私は目が合うと何ともいえない感覚にとらわれた。 私は自分の生き様や欲望を見据えられているような恥ずかしさを感じた。 それほど澄んでいる眼だった。 私はそこまで潔くなれるだろうか。 私はそこまで思い切りをよくすることができるだろうか。
2010/08/21
25年前から一切連絡のなかった友人の夢を見た。昔の顔じゃなくて夢の中でも年をとっていた。夢のシーンは高校の同窓会でひょっこり帰郷して再会するといったものだった。夢の中でたくさんたくさんおしゃべりをして懐かしんだ。最後に「もう北海道へ帰らないといけない」と哀しそうに言われる。私は「寂しいね、でも久しぶりにこうして話ができてよかったやん」と言う。みんなで一緒に集合写真を撮った。夢から醒めたとき、はっきりこのシーンを覚えていて言いようのない懐かしさを覚えてしまった。普段は思い出した事もない高校生時代の頃の友人たち(って失礼か・笑)・・。その友人じゃなくてあの頃、何か忘れてきたもの、もう一回学生に戻って勉強しなくてはならないものの・・それを私に訴えかけている象徴なものなのかも知れない。
2010/07/03
日常、それが当たり前のように思っているものが、突然なくなってしまったら私は混乱すると思う。理由を探しに行くだろうと思う。でも理由が分かったとしても、なくなってしまったものは元には戻らない。変化を受け止めること・・自分も変わっていっているのに周りが変わらないわけはない分かってはいながら、自分の中で怯えみたいなものを感じる。新しいものを見つけたとき、感じたときにも感じる「怯え」それを乗り越えたら違う展開が待っているのだと思うんだけれど、怯えの強いときと弱いときとが私の中で混在している。繰り返しが好きでそれに安心してしまう自分がいて、そう・・自分は変わるのに周りは変わって欲しくないと自分勝手なことを思ったりする。
2010/06/29
人の体の仕組みを勉強している人は感じ考える生き物痛い苦しいと感覚し嬉しい哀しいと情を感じる病気って何で起こるの?老化ってどういうこと?病気になったらどうして苦しいの?今までうっすら曖昧にしか考えてこなかった事を自分の中で「知りたい」という気持ちが強くなって勉強している年をとるってこういうことなのね脳がしぼみ、免疫力がなくなり人は段々と枯れていく食べられなくなり、飲み込みにくくなりばい菌に負けてあちこち炎症が起こってしまう老化は止められないし、ましてや死ぬ事を止めることなんてできやしない。抵抗力がなくなって弱っていくおばあさんがいた。肺炎にはなるわ、膀胱炎にはなるわ、ちょっと怪我をしてもその傷がなかなか治らないいつも目やにが貯まっていて拭いても拭いてもわきだしてくる感じ柵のない場所に病原菌をまいているかのようで、ばい菌のやつらはホイホイおばあさんの体の防御柵を突破し侵入していく・・そんな感じだった。膀胱炎が治ってもすぐに再燃する膀胱の収縮する力もなくなって常に少量の尿が膀胱の中に残っている状態・・ばい菌のやつらからしてみたら恰好の培地となる毎日膀胱から貯まっている尿を管でとって洗浄して綺麗な状態にするしかし翌日にはもう尿は混濁しているその繰り返しおばあさんは食欲もなくなり、ものも飲み込めなくなってしまった私は元の元気なおばあさんに戻って欲しいと思った。でもそれが無理だという事もうすうす感じ取ってもいた。かといって「老衰です」「これ以上の治療は単なる延命治療です」と突き放すことは考えられない何人かの「死」を看取ってきたけれど、「死」は高い高いハードルのよう「死」というハードルを飛び越えるためには、たくさんの苦しみや老いを感じなくてはいけない「ぽっくり」という言葉はあるけれど、物理的な時間だけを言えばそういう死の迎え方もあるのかもしれないけれど、ぽっくり死ぬまでの数時間のうちに当の本人の時間は未来永劫苦しみを味わったのかもしれないと思う死を看取るなんて言葉では聞こえがいいけれど、実際「死に至るまでの時間」を一緒に見つめていくことで綺麗事ばかりでは済まされないその人の弱っていく様を自分の中で受け止めそれを相手に返していく時には「死」のハードルの先につまづいてこけた相手と一緒に倒れてしまうことだってある「死」のハードルを越えようとするとき「行っちゃいや」とあらゆる手を使って引き止めようとしたくなるけれど、ハードルを越えようとする時間がかえって長くなり本人が苦しむことにつながりかねない事だってある。人によって死生観は千差万別あるのだろうけれど私は自分の死生観を養っていきたいと思うそのために生きている人間の体の仕組みをもっと知りたいと思う
2010/06/28

大嫌いな人がいる。一緒にいるとイライラするし、ものすごくストレスを感じる。でも私に似ている。正確に言えば、20年前の私に似ている。20年前何かに気がついていなかった頃の自分にそっくりだと思う。だから多分嫌いなんだと思う。自分の昔を思い出すから。ドンくさい自分。気が利かない自分。周りが見えてない自分。自分自分って他人より自分が一番だと信じていた自分。自分は変わる事なくして他人が変わるのが当たり前と信じていた自分。たぶんこの人のことを受け入れて認めることが私の中でできるようになったら、私は過去の自分を本当の意味で受け入れ「赦す」ことができるように思う。でもできないでいる「今」の自分を感じる。成長し切れていない自分を感じる。何でこんな事を思うのかというと・・。同じタイプの人間に囲まれているから。不思議と同じような「気の利かない人間」に囲まれている。引き寄せるものが私の中であるのかと思わず感じてしまうくらい・・いてる。そのたびに衝突してしまう。「こんな人に仕事を任すくらいだったら自分でやったほうがまし」そう思って、相手を無視してしまう。相手の「汚い」部分を見つけるのは得意だ・・だって自分と似ているから(笑)変なポリシーもある。1から10までお膳立てして、その人が作業しやすいようにサポートすることだってできる。でもしない。なぜか。そんな事をしたら私はその人に「うらやましさ」を感じてしまうから。私があくせく、涙流し、汗流し、苦労しながらようやく今の知恵を身に着けてきたのに、その人は何の努力もしないで人からの好意で「ポン」とその知恵を自分のものにしてしまう・・そんなショートカットが、今の私には赦せない。心狭いんだろうね、きっと。積み重ねもなくして、結果だけを盗みにくるようなもんじゃないかと・・こう考えてしまう。アカンっていうことは分かっている。こんな考え方じゃ、周りと協調しながらやっていきにくいものを自分でかもし出しているだけだな・・と思う。そこが私の「伸びない」理由。よく分かっている。でも積み重ねの結果なんだろうなぁと思う。小出しにその人に自分の気持ちを伝える事をしなかったから。「こんな事は、私の気持ちをささくれさせます」とか「もっとこうしたら私は楽になるので助けてください」そう言って軌道修正しながら関係を結んでいったらよかったのだろう。でも私は自分一人で何もかもする方法を選び、しんどいと弱音も吐かずがんばってきた。得た代償は大きい・・自分なりの努力の結果だと思っている。ただその人と関わるということからしたら「失敗」だったように思える。他人を生き生きと生かしきれなかった自分がそこにあるから。私はその人に自分を投影し、自分が昔の周囲の人間と被らせるようにして、立場を逆転、意趣返しをしているのかもしれない。私は私を好きになれない理由はこの辺にあるのかもしれない赦せない昔の自分思い出したくない昔の自分昔の自分が今の私を作り出しているのに昔の自分が積み重なる事によって今の私が存在しているのになにやってんだ、自分
2010/06/28

がんばっている人に「がんばってね」とは言えない何だか「もっとがんばって」とか「結果が早く出るようにがんばってね」と聞こえてしまうように思うから。本当にがんばっている人は全力疾走して、目一杯がんばっているんだと思うこんなにがんばっても結果は出ないんじゃないかしらという不安を打ち消すかのように目一杯。「がんばってるね」とも言えない。何だか他人事でのんきに声をかけているような気がして。だから私は本当にがんばっている人を見かけたら沈黙する、見守る、自分の握りこぶしをぎゅっとする・・・これくらいしかできない自分がいる。もしかしたらがんばっている人は、楽しみながらがんばっているのかもしれないし、がんばっていることに価値を見出してるのかもしれない。私は、派手で大げさなことはできないけれど、こつこつと何かを積み上げていくのは好き。地道で時間がかかるけれど、積み重ねたものの結果がご褒美のようで嬉しい気持ちになる。レンガを一つ一つ積み重ねて大きな家を作った、その中でヤッホーと叫ぶような感覚かな。私のがんばりは、粘り強いんだわ(笑)
2010/06/28

最近自分って一体なんだろうかしらって思う事がある。車を運転してるときにふと思ってみたり、エレベーターを待っているほんのちょっとした時間なんかにふと頭の上をこんなフレーズが浮かんでくる。何だろうかしら・・って私は私だもの、私は私でしかいられないのだからこんな事を考えても仕方のないことなのかもしれないけれど。仕事をしていても「私は何のためにこの仕事をしているんだろう」って思う事もある。お金のため・・って言ってしまえばそれでおしまいなんだけど。仕事をしていて「楽しい」から?人間のためになるような仕事でやりがいがあるから?困っている人、病んでいる人を助ける、弱い人に力を貸して助ける・・・他人に必要とされることによって自分のアイデンティティを再確認する・・みたいなところが私にはあるように思う。だから他人から必要とされなくなった時のことを考えるとなんだか怖い。それで仕事を目一杯引き受けてしまい、その負荷の重さで息切れしてしまう。他人に必要とされることで自分を確認するのだから、実は私自身が「他人」を必要としてるのかも知れない。強い強い私をみんなにアピールしてしんどくても涼しい顔をして飄々と仕事をこなしていく。弱さを見せられない私。弱さを見せられないって事は、本当は自分に自信がないのだろうし、弱さを露呈するだけの「強さ」が私には欠けているのかもしれない。甘えべた・・ってよく人から言われる。「もっと甘えてもいいんだよ」ってみんなからも言われるし、、自分でも本当に人に甘えるのが下手だし、自分の気持ちを人に伝える事が下手だって思う。老人ホームに勤めるようになって、認知症の老人と接するようになってからほっとした事がある。私がどんな変なことをやっても、面白い変な顔をしても笑うけれど、馬鹿にしないということが私にはたまらなくほっとした。もちろん相手の尊厳を傷つけたり、悪ふざけはしてはいけないという範疇の中でだけど。今まで「構えて」話をする癖のあった私が、心から笑ったり泣いたりすることのできる相手が見つかった・・初めてだった、こんなこと。初めて人間・・自分を含め他人を「愛しい」と思う事ができた。老人が病気になったといえば心配し、老衰で病み衰えてくると感じると哀しくなったり、アカンと思っていた老人が再び回復するとよかった~と真剣に思う事もあった。いつの間にか仕事をする事が私の生活の中の一部と化していった。1日の半分は職場にいて後の半分は家で過ごす。親兄弟よりもずっと長い時間を一緒に過ごす。「仕事がんばってるね」と周りの人から言われるけれど、仕事が生活の一部になってしまっているからがんばっている感もなく、普通に場所を移動しながら生活してるようなものである。居場所はここなんだなぁって思うことがある。もちろん家が私の住処なんだけれど、気持ちの上での居場所という意味でそうかなぁってことで。このホームに住んでいる人たちはみんな私が健康管理をして、弱った年老いた体を守ってあげなくっちゃいけないと思っている。残り僅かな人生をこのホームに託している人たちその人たちの顔が苦痛で歪まないように寝たきりの人に床ずれができないようにご飯が食べられなくなった人にどうやって栄養をつけてあげたらいいのか認知症が進んでものが言えなくなってしまった人が訴えたくても訴えられない体の叫びをどう拾ってあげられるか私の知恵や経験がどうしたらケアに生かせるかなんてことを考えていると「私って一体なんだろう、何者なんだろう」という前述の疑問にぶち当たる。何を一体やりたいんだろう・・ううん、何をやろうとしているんだろうって不思議な疑問が頭の中に浮かんでくる。ゴールの見えない場所へ向かって突き進んでいくって感じ。人生って後を振り返って「あぁ、こんな道のりを歩んできたんだ」って感じる事はできるけれど、先は見えない(当たり前か・・・)大海原を一艘のヨットで航海していくような感じにも思う。そんな自分が、老人たちの残り少ない人生の道筋を決めてしまいかねないような仕事に携わっている事に大きな不安を覚える。老化が進んで、食べ物を飲み込むことができなくなった人がいた。食べなかったら(水分も摂れなかったら)2、3日で衰弱して死んでしまう。昔はそれが老衰であるといわれたし、周りも諦めた。今でも在宅だったらそうだったかもしれない。ただそこは「施設」という中途半端な立場にいるものにとって、半分家、半分病院じみた立場で煩悶しなければならない問題が出てくる。延命か否か。何にもしなければ、2、3日で衰弱ししてしまうだろう。水分の点滴をしたら1ヶ月は持つだろう。高カロリー輸液や胃ろうを造設すれば1年は持つだろう。どこまでを延命と捉え、どこまでを延命じゃないかと捉えるかはもちろん本人を含めた家族に判断してもらうことになるのだが、こちらの状況報告の仕方いかんでその判断は大きく変わっていく事になる。毎日老人を見ていない家族にとって、私たちが発する言葉から「おばあちゃんをどうしてあげたらいいのか」「おじいちゃんがどうしたら苦しまずにすむのか」を考え判断しなければならない。家族にとって難しい問題でもあり、私たちにとっても難しい問題である。その選択によって、その老人の最期が決まってしまうだろうから。あらゆる知恵を総動員する。ここで働いているケアスタッフはもちろんの事、往診に来てくれる医師、他にツールはないかと探し回る。おばあちゃんは食べられないでも植物人間状態ではなく、おしゃべりもできるし冗談を言って笑う事もできる生活反応がある人間としての「個」を表現する事ができるそんなおばあちゃんに一体どんな方法をとったあげたら、楽に過ごせるの?まだ答えは出ていない。1日1本の点滴で静かに人生を過ごされている。愛しい人たちのために私は何ができるのか愛しい人たちにとって私は一体何者?そんなことを最近ではよく考えてしまうこの人たちは私が必要だでもそれ以上に私はこの人たちが必要なんだそう思う。
2010/06/28

この1年で私は大きな流れの変化を感じている。今までとは違う何か・・ううん、でもこれまでの積み重ねがこの流れの変化を大きく左右してるような気もするから連続性はあるのだろう。気持ち的、ミクロ的、インナー的より、とにかくマクロ的な出来事が私の前に次から次へと現れる。まずは肉体大改造・・・ほんの軽い気持ちから始めたトレーニングが、ぽっちゃりあんじーからアンジェリーナあんじーにすっかり変えてしまった。ぽっちゃりあんじーで私を知っている人が今の私を見たらきっとびっくりすると思う。去年の11月に車に轢かれそうになった捨て猫を保護・・気がついたらうちの飼い猫になってしまっていた。末っ子の娘・・・ワン(でも猫なのである・笑)それまで家の事に無頓着だったが、ワンが誤食してしまいかねないものを片づけだしたら・・・あるわあるわ、山のように「不要なもの」まで溜め込んでいることに気がついた。そこから家の整理が始まった。思い切って処分してしまうが・・自分の今の生活になんの支障もないことに気がついた。スカッとした空間を眺めながら、心なしか重荷が少し減ったような気がした。人間たくさんのものを持つ事はできない・・要らないものを処分するとそこには空間ができる。すると不思議と新しいものが生まれるような気がした。庭の手入れをして種をまいた。そこからすくすくと芽が出て草花が大きく育ってきた。5月に携帯電話を水没させてしまった。マイクロSDカードごと水没させてしまったので、データが何もかも没になってしまった。アドレスも撮りおいた写真も何もかも没になってしまった。初めはショックだったが、なくなっても自分の今の生活になんの支障もないことに改めて気がついた。必要な人なら何らかの形で連絡がつくだろうから、このまま私の人生から消えていく人たちのアドレスは処分しなさいよという、神様の強制終了の命令だったのだろうかと思っている。これからの人生、いろんな人と新しい関わり合いを持てるように。一昨日の水曜日。トイレが詰まった・・点検してもらうとトイレが詰まったんじゃなくて、トイレと下水をつないでいる10メートルの配水管の中のどこかが詰まっているという事が分かった。さらに調べてもらうと、汚物で詰まったんじゃなくて、なんと割れた配水管の隙間に木の根っこが侵入してきて、根を張って管を閉塞させていたのだという事が分かってびっくりした。結局配水管そのものをやり変えなくてはいけなくなったので、経済的にはピンチに立たされたが、別なところで自然の逞しさを感じて感動してしまっている自分がいた。職場でも違う風が入ってこようとしている。今までとは違う風を感じている。いろんな意味で公にはされていないことが多いのだが、私に打診されてくる風向きは今までとは違う感じがして、私は期待と不安とが入り交ざったような揺れを自分の中で感じる。私は私で、これまで自分が信じて「いい」と思った事をしっかりこなしていくしかない。少し開いた空間の中にいると自分の足りなかったものが見え出してくる。疑問は新しい知識の獲得への意欲を作り出す。今まで分からないままで放置していた事を一から学びなおしたくなる。学んでいて、それが小出しのスマッシュヒットになったら、またそれで充足感を感じ、意欲という火に油を注ぐかのごとくがんばろうと思う。「ジギトキシン中毒」久々のヒットだったなぁとにんまりする。誰も予想していないところから、答えを引き出してきてみんなをあっと言わせることは、魔術師あんじーの自負心をくすぐるからね。あらゆる意味で「変化」へと風は流れていく、それを感じる。その呼び水となったうちの愛猫「ワン」の写真を添付して・・・。
2010/06/25

過去のいろんなことを思い出します。楽しい事もあれば辛い事も・・・昔、お付き合いしていた人がいて私はその人のことが好きだったけれどその人はそうでもない感じだった。「なぁ、次いつ会おうか、スーパーの前でお酒を買って待っていてよ、ホテルで飲もうよ」なんて話をするたびに何だかおもちゃにされているみたいな違和感をいつも感じていた。そういう思いを強く感じたのは、置きっぱなしにしていたかれのデスクにあった一通の手紙・・・いけないと思いつつ見てしまったそこにははっきりと「都合をつけて欲しい・・君と逢いたい」と彼の直筆で書いてあった。彼は巧みに使い分けていた・・・本命には「逢いたい」と書いていながら私には「今度会った時」「次はいつあおうか」・・・きっとそれは本命に対しての後ろめたさがあったのだろうね・・・確かに彼は優しかった楽しい時間を共有もしたしそれなりに楽しんでいたでもそれは私にとって独りよがりの恋だったという事に始めてふと気がつかされた時・・・体中の力がふっと抜けるような気がしたこの人が求めていたのは私じゃなかったんだそう思ったときひどい虚脱感に見舞われた暫くは普通にお付き合いしていたが、そのうち何とはなしに遠ざかっていったこんな夜はそんな昔の事を思い出す。思い出しても仕方ないのかもしれないけれど。しょんぼりと涙ぐんでいた昔を思い出す。思い出しても仕方ないのかもしれないけれど。あんじーのことが大好きそう言ってもらえるような対人関係じゃなったんだって今は分かるだから今どうしたらいいのかも分かるしあの時どう対応したら良かったかも分かるでも理論の問題じゃないのよね・・・気持ち、感情の問題なのかも・・・理論で対応する関係じゃなくて、思うがままに愛してくれる存在を切望していた・・過去があるそんな、いじらしくて不器用だった時代の私・・・そんな経験が多分今のセロトニン、バンバン出しながらがんばっている私を形作っているのかもしれないなぁなんて思うただ寂しいと思う相手になんの期待も理想も抱かないあるのはここに感じている・・シンプルな寂しさだと思う自分の立ち回りで人は変わっていくのかもしれないでも理性を超えた寂しさがここには存在しているのかもしれない
2010/06/09
満足できるものしみじみいいものだなぁと満足できるものできるものとできないもののどこに違いがあるんだろうかしら・・そんな事を思っていた。こないだふと入った店で、レディースランチセットを注文した。おうどんにご飯に、サラダにお豆腐とこまごまとしたメニューがあって、それはそれは目を楽しませてくれて嬉しかった・・・けど、一つ哀しい事があって・・・サラダを見た瞬間・・・レタスが悲鳴を上げているような気がしたのだ・・。よくよく見ると、レタスが真横にちぎられていて、あたかも「やめて~、死にそう」と悲鳴を上げているような気がしたのだ。レタスの体を半分引きちぎるようなむしり方に私は何だか味気なさを感じた。食べても・・美味しくないレタスはいずれ食べられる運命なのかもしれないが、レタスの命を生かした食べ方はきっと必ずあるんだと思う。「レタスさん、私は貴方が食べたいの・・あるいは、食べさせてあげたい人がいるの」・・・そう語りかけながら調理するときっとあんな体真っ二つなんて可哀相なちぎり方はないだろうね・・・と思う。トマトジュクジュクサラダも・・・何だか「血を流しています」みたいなメッセージが伝わってきそうでちょっと顔を歪ませてしまうきゅきゅきゅっですよね・・トマトは。。。あ・な・た・を切りますよ・・でも無理やりじゃないんですよ・・・て言いながらきゅきゅきゅって切っていきます。言葉がないから、こちらの思い通りに・・なんて事じゃない言葉がないからこそ・・・守ってあげたくもなるし、こちらがもっともっと気がついていなくてはいけない事の多さに圧倒される
2010/06/07
映画「プレシャス」を見てきました。両親に虐待され心身ともに傷ついている主人公「クレアリース・プレシャス・ジョーンズ」の物語です。薄倖の少女・・中学生にして2児のママ・・・は、体重150キロ!!シーンの中彼女は泣きじゃくりながらこういいます。「愛なんて最悪なだけ、ぶちのめされて自分がみじめだった・・。」実の父親にレイプされ妊娠させられ、母親には殴るけるなどの暴行を受け・・でも親は言うのです「これは愛しているからこそするんだ」って。彼女は愛がどんなものかは分かりません、偽物の愛(愛とすら呼べない)を本物の愛だと教えられて育てられました。代替学校でいろんな人とめぐり合い、彼女は強くなっていきます。彼女はある日言います。「私は馬鹿だった・・知ろうともせずにいたことが。」彼女に寄生しようと復縁を迫ってきた母親に決別しわが子たちの手を引いて雑踏の中に消えていきます。絶望の中にいても希望を忘れなかった少女の話・・心にしみました。「あたしの幸せは、あたしが見つける」人生は、苦しく辛く・・豊かで・・そして短く・・・。エイズを父親から移されて自分の寿命を瞬時に悟って泣くシーンもありました。でも生きるんだ・・その時まで・・・そう気持ちが変わっていったのは、彼女の強さなんでしょうね。
2010/05/11

昨日携帯を水没させてしまい、データがみんな吹っ飛びました。アドレスも何もかも消えちゃったので、よかったらここの私書箱にアドレスを入れておいていただけたらお便りいたします。去年から比べると15キロ減で運動オタクになっています(笑)山登り、息切れしなくなりましたよ。陶芸始めました。カラオケ・・・また1位めざします。・・・こんなところかな、近況って。
2010/05/04
お香が好きだねって、いろんなお香を逢うたんびにプレゼントしてくれて・・でもそれは燃やせないでずっとたんすの引き出しになおして置いてたこないだからちょっとずつそのお香を取り出しては焚いている・・・甘く薫ってその匂いは、過去への思い出を想起させてくれる・・・笑った記憶も泣いた記憶もあの人は今どうしているだろうかもう6年も前の話になるのにね・・・
2010/05/03
ココのパパさんココとコアはおげんきですか?気がついたらこんなに時間がたっちゃいましたうちにね、迷い猫がやってきましたのよ。生後1ヶ月・・・今は半年たって大分大きくなりましたよ結構やんちゃでてこずります末っ子ってこの娘のことですわ。
2010/05/02
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