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「リング」シリーズの中田監督の新作です。かの有名な古典「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」を原作に、「しゃべれども、しゃべれども」の奥寺佐渡子さん脚本でアレンジしたもの。 ネタバレはないつもりですが、 観てない方で、楽しみにしている方はご注意下さい。時代は江戸、検校の金貸し・宗悦は借金を踏み倒そうとした武士・深見に斬られ、無念の死を遂げます。深見は沈めたら二度と上がらないといわれる累ヶ淵に、凶器のカマとともに宗悦を沈めてしまうのです。時は経ち、25年後、たばこ売りの新吉(尾上菊之助)と富本の師匠の豊志賀(黒木瞳)が出会う。豊志賀は宗悦の娘、新吉は深見の息子。そこから運命的な悲劇がスタートする、というわけですが。。。映画は「因縁の世界を、愛の物語に昇華させた」ということですが、観たところでは、「昇華させた」といえるのかどうか、と友達と話しました。豊志賀は父の因縁のせいで、新吉をとことん不幸にするためにとりつくのですが、その父の「うらみ」が「女の男への愛」という形になって表出しているわけです。ここが、作品の視点をわかりにくくしている。豊志賀は新吉をあまりにも愛するために、周囲の女たちを巻き込んで悲劇にダッシュしていくわけだけど、その「愛」がどんどんメインテーマのようになっていって、「親の因縁」というホラーとしてのテーマがぼやけていってる。結果、ホラーにもなりきれず、愛の物語にもなりきれてない感じがした。 この男だけはぜったい誰にも渡せない! 死んだ後でも、私以外の女を愛するなんて、絶対許さない!という豊志賀の情念はみんなが共感できることなのだから、いっそのこと、そのことを中心にすえて、「愛ゆえの怪談」という作品に決めてしまったらよかったんじゃないのかな?どうも「愛」も「ホラー」も、どっちもおなかいっぱいにはならない気がしましたね。私はホラーファンではないから「ひぇぇ~~~!!」というのを期待するわけではないけど、ホラーじゃないよね、これ。因縁のカマは随所に出てくるけど。だけど、愛も描ききれてないのよね。古典に題材をとって、新境地を拓こうとした中田監督の試みはわかりますが、作品としては、☆2つ、かな。☆がふたつのわけは、菊ちゃんも女優陣もよかったと思うから。女優陣には賛否両論らしいけど、黒木瞳さんをはじめ、ウブでかわいい井上真央ちゃん、可憐ではかなげな麻生久美子さん、そして定番の不幸で色っぽい木村多江さん、みなさん熱演で、よかったと思いました。
2007.08.12
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長い間ここを捨てておいて、申し訳ありませんでした。結論を言いますと、息子は東京には行けなくて、京都にいくことになりました。こう書くと「京大?」って聞く勘違いな(笑)人もいますが、とんでもないっすよ。私学D大です。ただ、文学部志望だったのが、ここは違う学部を受けていたので、どうするか迷ったのですが、これも人生のなにかの啓示(?)かも…と肯定的に受けとめて、この方向に進むことにしました。すでに、部屋も決めて、荷物も引っ越しました。1日は入学式で、8日から講義開始です。いよいよ自立の春です。いろいろあったことを私は春には全部書くつもりでいました。でも、親だから、というだけで、息子のことを勝手に書いていいものか、また、書くことで、まったく意図してなくても、間接的にでも、傷つけられたり、悩ませられたりする人は必ず出てくるだろうと思いました。なので、これまでのことはもう書くのはやめます。書くことはカタルシスをもたらしますが、自分が救われたいからと言って書きなぐるのも大人ではないし、書かなくても、もう時が浄化してくれるような気もしてきました。人生にはいろいろありますね。でも前向きに少しづつでも進んでいきましょう。そして、間違った、と思ったら、また方向転換して再出発しましょう。自立の春です。私にとっても自立の春です。こんなに生きてきても、まだ真に自立していなかった自分に気付きます。いろいろ考えましたが、こんな中途半端な更新になりました。またボチボチ続けていきますので、みなさま、どうぞよろしくお願いしま~す。
2005.03.29
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待っていた「情熱大陸」の放送がありました。扱い方・掘り下げ方も表層的でなく、ジョーくんの内面をていねいに探ろうとしていてよかったですね(^^ファンにとっては最近の彼の「あの時」「あのインタビュー」「あの写真」が確認できて、つい口元が緩むって感じだったと思います。ラスト近くに映った台本も次の作品への期待を盛り上がらせましたね。ただ、オダギリジョーをまだよく知らない人が見たときには、拾い上げる点が多くて迷ってしまったかもしれないなと思いました。もう一押ししてポイントをはっきりさせてほしかったような、でも「情熱大陸」としてはあえてあれでいいのかと思ったり…あとは視聴者がそれぞれの受け止め方をすればいいのかな。「ひとりっこ」であることを最初に言ってました。たぶん、交流は好きなんです。でも、固い自分の塊というのがあって誰かに影響を与えようとか、誰かに感化されて自分を変えるとか、そうことはないのですね。自分ひとりで考える時間、そこで構築した世界、そういうものを大切に扱わなければ自分としてだめな人なんだと思います。だから「スター」ではなく「役者」でありたいということですね。素の自分はおいといて、「役者オダギリ」を見てほしい、自分の創造した世界を評価してほしい。よって、さらけ出すことはよしとしないし、衣装のことも「こっち(普段着ではない自分)が本物のオダギリ」と言っていたのだと思います。やっぱり生き方がかっこいい人だなぁ~♪上手な生き方ではないけど、いつも一生懸命ですね。あらためてそう思いました。
2005.09.19
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