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1989 (昭和64) 年 昭和天皇崩御。 昭和終焉。 34年前の朝。 普段通りに、 玄関のドアを押し、 戸外に踏み出したのは午前6時前・・・。 当時、 片道二時間を要する長距離通勤者であった私は、 その時刻には必ず自宅を出ていたのです。 街路は闇に覆われていました。 その闇が払われる頃、 将に 諒闇 が到来したのですが、 それを知る事なく、 私は通勤列車に揺られていました。 仮眠を取っていたと思います。 今上崩御 の報に接したのは、 職場に到着してすぐの事でした。 それは少しも唐突なものではなく、 来たるべき日が遂に来たか٠٠٠との感慨を改めて催す程度でしかなかった様に思います。 その前年から陛下は病臥されていて、 重篤な状態が続いていましたから、 何時その報せが有っても不思議ではない状況だったのです。 本部からの通達に従い、 その日の業務は午前を以て終了となりました。 帰宅してテレビのスイッチを入れると、 丁度、 小渕官房長官(当時)が、 【平成】 と記されたボードを頭上に掲げている、 アノ場面が映し出されている所でした。 ・・・ナドと書いたら、 いかにも御都合主義的な記述に思われるかも知れませんが、 有りの儘の事実なのだから仕方がない。 要するに、 その日は国営 ・ 民営を問わず、 どのテレビ局も、 専らその報道に明け暮れていたという事の証左でもある訳です。 急拵えの黒いリボンを結び付け、 ベランダに弔旗を立てたのを覚えています。 因みに・・・。 百世帯を越す入居者を抱える、 そのマンションで、 弔旗を掲げたのは私の部屋だけでした。 そもそも国旗を所有している世帯は幾らもなかったかも知れません。 さて、 翌8日改元。 三十年間に及ぶ 平成史 が幕を開けるのですが、 その早々に、 私達が目撃する事となったのは٠٠٠。 ベルリンの壁崩壊 に象徴される東欧諸国の激変であり、 イラク軍のクウェート侵攻を契機とする 湾岸危機 の発生であり、 湾岸戦争 の勃発であり、 ソ連邦の解体 ・ 消滅٠٠٠ 東西冷戦の終結 と云った、 それこそ数十年に一度と思われる様な世界史的な変動の嵐でした。 そして国内的には٠٠٠。 昭和末期に完成型に達し、 絶頂期を謳歌した日本経済の立ち腐れていく姿であり、 金満大国 ・ 日本の奢りが微塵に粉砕される光景に他成らなかったのです。
January 7, 2023
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七 草 ・・・春の7種の菜、 すなわち芹 (セリ) ・ 薺 (ナズナ) ・ 御形 (ゴギョウ) ・ 繁縷 (ハコベ) ・ 仏座 (ホトケノザ) ・ 菘 (スズナ) ・ 葡蘿 (スズシロ) の称。 古くは正月7日に羹 (アツモノ) にした。 後世は、 これを俎 (マナイタ) に載せて囃 (ハヤ) してたたき、 粥に入れて食べた。( 『広辞苑』 ) 早いもので、 もう七草を迎えました。 (^.^) 寓居にて、 七草粥ならぬ 【白粥】 を炊いて、 息災を祈念して居ります。 さて、 例年の事なのですが٠٠٠。 この日になると、 粥を啜りながら、 ふっと脳裡に去来するものが有ります。 何気なしアルバムの頁を繰る様に、 脈絡もなく甦る情景。 昭和最後の日 の断片的記憶です。 個人的に、 取り立ててドラマティックな体験をしたわけではない。 因って、 激しい感情の発作を伴う、 生々しい記憶では有りません。 それでいて、 何か特別な瞬間に立ち会ってでもいるかの様な、 ささやかな興奮に終日浸っていた事はよく覚えています。
January 7, 2023
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賀状に紛れて、 【電力 ・ ガス ・ 食料品等価格高騰緊急支援給付金】 (50, 000円) の支給通知書が届きました。 政府 ・ 自治体からの篤志٠٠٠或いは【御年玉】とでも呼んだら良いのでしょうか。 緑寿を越してからの 【御年玉】と云うのも幾分気が引けるものですが、 有り難く頂戴する事と致します。
January 1, 2023
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