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1881年 文豪 ・ ドストエフスキー 死去。↑(画像は AI 生成 によるものです) 『貧しき人々』 , 『罪と罰 』 , 『白痴』 , 『悪霊』 , 『カラマーゾフの兄弟』 等々・・・。 数多くの著作で知られ、 トルストイと共に19世紀ロシア文学の黄金期を築いた小説家である フョードル ・ ミハイロビチ ・ ドストエフスキー は、 是の日・・・ 露歴1881年1月28日 。 露都ペテルブルグの一街区に在る寓居に於いて、 愛妻 ・ アンナに看取られながら逝去しました。 享年61歳 (満59歳) 。 慢性的な呼吸器疾患に (コレも持病である) 癲癇の強度の発作が重なり、 惹き起こされた 肺動脈破裂 ・ 大量吐血が死因とされています。 因みに・・・。 ドストエフスキーの死から一ヶ月余が経過した 露歴3月1日 。 急進的革命組織 【人民の意志】 の犯行による (皇帝) アレキサンドル二世暗殺事件 が起きています。 特筆すべきなのは、 【人民の意志】 がアジトに使用していた部屋とドストエフスキーが居住していた部屋は、 同じ建物内に在り、 而も隣同士の位置関係を成していたという事実です。 両者の間に取り立てて密な交流はなかった模様ですが、 ドストエフスキーに取って天敵めいた存在であった 【第三部】 ・・・皇帝直属の秘密警察は、 この事実を逸早く (恐らくはドストエフスキーが気付くよりも先に) キャッチし、 監視の網を張っていたと云われます。 近年、 それらの特殊事情が絡み合い、 ドストエフスキーの病変の悪化に、 何らかの作用を及ぼしたのではないかとする言説が流布されていますが、 無論・・・今となっては検証する術もなく、 憶測の域を出るものでは有りません。 尤も、 二十代にして ペトラシェフスキー事件 (1849年4月) に連座し、 獄に繋がれてからの受難の日々・・・。 銃殺刑宣告 ・ シベリア流刑 ・ 兵役・・・と続いた、 ドストエフスキーの凄絶な来歴に思いを致すなら、 その終幕について不穏当な憶測が生じるのも、 或いは無理からぬ事なのかも知れません。
January 28, 2026
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寿永3年(1184年)1月、近江国粟津(現在の滋賀県大津市)。 琵琶湖畔に広がる冬の湿地帯は、薄氷と雪に覆われ、鉛色の空の下、凍てつく風が吹き荒れていた。 かつて「旭将軍」と称えられ、京の都を席巻した 木曽義仲 の軍勢は、もはや存在しなかった。 源範頼・義経 率いる鎌倉の大軍に追われ、数万を誇った兵力は、京を落ちる頃には数百に、そして今、この粟津の地に辿り着いた時、義仲の傍らに残る者は、わずか数騎となっていた。 その中には、最後まで義仲に付き従った乳兄弟であり、無二の忠臣、今井四郎兼平の姿があった。 そして、勇猛な女武者として知られた 巴御前 もいたが、義仲は「最後の戦場に女を連れていたとあっては末代までの恥」として、涙ながらに彼女を落ち延びさせた。( 『平家物語』の記述に基づく) 残されたのは、義仲と兼平、主従二人のみ。 周囲は、雲霞のごとく押し寄せる敵兵で埋め尽くされている。 もはやこれまでか。 死を覚悟した義仲は、兼平に言った。 「日頃は何とも覚えぬ鎧が、今日は重うなったぞ」 心身の極限の疲労を吐露する主君に対し、兼平は力強く励ました。 「御身もまだ疲れ給わず、御馬も弱っておりませぬ。何が重かろうはずがございましょう。あれに見える松原こそ、御自害にふさわしい場所。あそこまで駆けてゆき、静かに御最期をお迎えなされませ。お供は、この兼平がつかまつります」 兼平の言葉に、義仲は再び闘志の火を灯した。 「ならば、最後まで共に戦おうぞ」 二騎は、無数の敵陣の中へ、最後の突撃を開始した。 阿修羅のごとく駆け回り、敵兵を蹴散らすその姿は、まさにかつての旭将軍の輝きそのものであった。 しかし、運命の時は残酷に訪れる。 松原を目指して馬を飛ばしていた義仲の乗馬が、薄氷の張った深田(泥深い田んぼ)に足を取られたのである。 名馬といえども、冬の泥濘は深く、もがけばもがくほど馬体は沈んでいく。 義仲は、後ろを気にかけた。 「兼平は無事についてきているか」 そう思い、泥に足を取られた馬上から、後方を振り返ったその一瞬であった。 敵将・石田次郎為久(手塚光盛とする説もある)が放った強弓の矢が、義仲の面体を射抜いた。 「あっ」 短いうめき声とともに、旭将軍・木曽義仲は、馬の首にうつぶせに倒れ伏し、動かなくなった。 享年31。 あまりにも短く、激しい生涯の幕切れであった。 その光景を、遠目から見ていた今井兼平。 主君の壮絶な最期を悟った彼は、もはや戦う意味を失った。 「これを見よ、東国の武士ども! 日本一の剛の者の自害する手本よ!」 兼平はそう叫ぶと、太刀の切っ先を口にくわえ、馬から逆さまに飛び落ち、壮絶な自害を遂げた。 冬の粟津の原。 冷たい風が、主従二人の亡骸とあ、静まり返った戦場を吹き抜けていった。 かつて日の出の勢いと言われた男の、儚くも潔い、最期の情景であった。
January 20, 2026
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1184年 源義仲敗死。源義仲 (1154~1184) 平安末期の武将。 為義の孫。 幼名、 駒王丸。 木曽山中で育ち、 木曽冠者と称される。 以仁王の 平氏討伐の令旨 を受けて、頼朝 ・ 行家に呼応して挙兵。 平維盛を倶利伽羅峠で破り、 京都に入って 朝日将軍 とよばれた。 しかし後白河院と対立し、 範頼 ・ 義経の追討を受け、近江国粟津で戦死。 ・・・。 (小学館 『日本大百科全書』 から) (AI 初心者の) モノクロームです。 源氏の勇将 ・ 義仲の栄達と凋落の軌跡については、 大分以前の事となりますが、 2011年1月20日 付の記事である 【 本日 (1月20日) の出来事 (続々) 】 に於いて詳述 (拙文で、 大変恐縮ながら) してありますので、 御参照いただければ幸いと存じます。 今回は、 その際に筆の及ばなかった部分である、 義仲の 最期の情景 を改めて AI に叙述して貰う事としました。 その全文を次頁に掲載致します。
January 20, 2026
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AI 初心者 ・ モノクロームです。 物語の主要登場人物の一人である ヘンリー ・ サイラス の南北戦争時代の上官という設定にしている、 ニューメキシコ州知事の ルー ・ ウォーレス について、 少しく触れさせていただきます。 読者の方は御存知かと思いますが、 歴史上に実在した人物であり、 伝説的アウトローの ビリー ・ ザ ・ キッド に関連する人物としては、 ジョン ・ チザム や パット ・ ギャレット と並んで、 必ず耳にする名前と云って良いでしょう。 サム ・ ペキンパー 監督の映画 『ビリー ・ ザ ・ キッド / 21歳の生涯』 では、 名優 ジェーソン ・ ロバーツ がウォーレスに扮していました。 個人的には チャールトン ・ ヘストン の演じるルー ・ ウォーレスを一度見てみたかったナと思っています。 (^o^) ٠٠٠ビリーが司直から追われる発端と成った リンカーン郡の銃撃戦 が発生したのは 1878年7月 の事です。 そして、 郡保安官のパット ・ ギャレットが放った銃弾に斃れたのが 1881年7月14日 。 ビリーが希世のアウトローとしてニューメキシコ州のみ成らず西部全域に名を轟かせた時期は、 図らずもウォーレスの在任期間とほぼ重なっています。 恩赦の発令を条件に投降を促す為、 ウォーレスはビリーと極秘裏に会見していたのではないかとは能く云われる所ですが、 真相は判然としません。↑ 今回はチョッとした遊び心から、 ウォーレスがビリーを食事に招き、 歓談している情景を AI に生成して貰いました。 当時の西部ではチキンはビーフより希少で高価であり、 極上の御馳走でした。 両者の会見が実現していたものと仮定して、 こんなにも和やかで打ち解けた雰囲気が醸されていたかどうかは分かりませんが٠٠٠。
January 18, 2026
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↑ 巨大翼竜 (ラプトル) の襲撃に遭い、 妖刀 ・ 村正 を抜き放って応戦するサイラス。 元合衆国軍人という設定に合わせ、 (刀身はその儘) 外装をサーベル仕様に修正するつもりです。 ٠٠٠さて、 前回に続いて、 (基本) オリジナルのファンタジー小説 ・ 『アメリオン戦記』 の構想の一部を開示致します。 今回は物語の主要舞台として設定されている アリエンド州 について、 少しく解説致します。 既に述べました様に、 現実の合衆国内には存在しない、 全く架空の州です。 ただ、 明敏な読者の方は御気付きの事と思いますが、 その地形 ・ 風土の造形については アリゾナ州 のイメージを色濃く投影させています。 ニューメキシコ州と境を接し、 メキシコとは地続きの長大な国境線を有している。 (後年、 核爆発の試験場に選定された程の) 広大な 砂漠地帯 が有り、 雄壮なロケーションを誇る 大峡谷 が有る。 また、 野牛 ・ 野生馬の群棲する豊穣な牧草地帯も有れば、 北米先住民の生活圏٠٠٠ 居留地 も有る。 加えて、 ゴールド ・ ラッシュ時代の名残りを留める廃鉱やゴースト ・ タウン (魔物が息を潜める舞台装置として打って付けの) も散在している。 何から何までアリゾナ州としか思われないジオグラフィー٠٠٠。 当初は アリエンゾナ州 とするつもりでしたが、 合衆国の一州のネーミングに伊予松山弁でもないナと思い直し、 アリエンド州にした次第です。 事程左様に٠٠٠。 人名 ・ 地名等の設定については余り深く考えないのが作者の流儀なので、 宜しく御含み置き下さい。 (^o^)↑ メキシコから越境して来た山賊の一団を撃退するサイラス。 今回は幾分劇画調の画像に成りました。 ٠٠٠妖魔の跳梁によって無政府状態と化したアリエンドの地は盗賊や無法者の解放区でもあった。 対魔戦のプロフェッショナルであるサイラスからすれば、 山賊退治などは余興の様なもの。
January 17, 2026
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↑ 物語の主要登場人物の一人である ヘンリー ・ サイラス が乗馬代わりにしている異次元駱駝 ・ ナラクーダ (御覧の通り飛びます。 翼は普段は隠しています) 時空の壁に生じた、 針で突いた様な穴を潜り抜け、 此方の世界へやって来ました。 一時、 マフディ (救世主) を名乗る以前の ムハンマド ・ アフマド が所有していましたが、 ムハンマドの強勢な思念を以ても手懐けられず、 持て余していたのを、 サイラスが譲り受けたもの。 サイラスとナラクーダは良好な関係性を保持しています。 ٠٠٠悪化の一途をたどるアリエンド情勢を深く憂慮するニューメキシコ州知事の ルー ・ ウォーレス は、 窮余の一策として、 南北戦争時代の部下であり、 今は放浪のガンマンに身を窶している ヘンリー ・ サイラス と連絡を取り、 一連の異変の究明を依頼する。 南北戦争中、 サイラスは有能な情報将校であったが、 分離主義者によるリンカーン大統領暗殺計画を阻止し得なかった責任を取り、 軍を退いていた。 以後十五年間、 サイラスは世界中の未開地を経巡りながら、 様々な退魔のノウハウをほぼ独力で修得し、 知る者ぞ知る٠٠٠妖魔討伐を専業とする狩人 (ハンター) として働いていたのである。 五芒星の刻印されたマント。 純銀製の銃弾を装填したライフルとピストル。 妖刀 ・ 村正 。 退魔戦闘用に特化した武装で身を固めたサイラスは、 異次元駱駝の ナラクーダ に打ち跨ると、 州軍も州政府も撤退し、 今や無法地帯と化しているアリエンド州へ向かうのであった。↑六千年の時を経て甦った魔物 ・ 魔アゾック 。
January 11, 2026
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AI 初心者 ・ モノクロームです。 前回に続いて、 (基本) オリジナルのファンタジー小説 ・ 『アメリオン戦記』 の構想の一部を開示致します。 本編の執筆開始は果たして何時になる事やら覚束ない所なのですが、 年内には取り掛かる所存でいます。 制作状況については、 当サイトにて随時御知らせ致します。 鬼モンガアによる被害の増大を重大視したアリエンド州政府は、 軍隊を大規模投入しての討伐作戦を展開するが、 どんどん強大化していく鬼モンガア軍団の威勢に圧倒され、 思わしい成果を挙げる事は出来なかった。 ٠٠٠する内に、 鬼モンガアのみならず、 巨大翼竜 (ラプトル) や怪鳥 ・ シュラバード も出現。 州全域が大混乱に陥ってしまう。 相次ぐ巨大生物の襲来は、 西洋文明の侵襲によって封印を解かれ、 数千年の眠りから醒めた太古の魔物 ・ 魔 (マ) アゾック によるものであった。 アリエンドの禍乱は、 北米先住民 ・ 合衆国騎兵隊 の従来からの対立 ・ 抗争をも呑み込み、 凄まじい勢いで隣接する諸州へと波及していく。
January 10, 2026
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AI 初心者 ・ モノクロームです。 松の内も明け、 小 ・ 中 ・ 高等学校の多くは本日より新学期を迎えている事と思います。 折から関東平野は強風に見舞われ、 ヤケに肌寒い一日と相成りましたね。 さて、 今回披露する AI 画像は、 1880年代初頭٠٠٠西部開拓時代も終幕に差し掛かった合衆国の辺境地域を舞台としています。 架空の土地である アリエンド州 。 異常発生した巨大ムササビ ・ 鬼 (キ) モンガア の大群に襲撃される幌馬車隊の情景を作画して貰いました。 目下、 (基本) オリジナルのファンタジー小説として構想中の 『アメリオン戦記』 の挿し絵に使用するつもりです。
January 8, 2026
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↑(画像は AI 生成によるものです) ・・・水師営の会見 。 日露戦争の激戦地、 旅順要塞の攻防戦が終結した直後、 明治38年 (1905年) 1月5日 に持たれたこの歴史的な会見の情景は、 日本の歴史において 「武士道精神の極致」 「昨日の敵は今日の友」として、 長く語り継がれてきました。 その場の空気感、 情景を以下に描写します。季節と場所 : 凍てつく冬の満州、 荒廃した民家 時は厳冬の1月。 満州の荒野を吹き抜ける風は刃物のように冷たく、 地面は凍り付いていました。 会見の場所となった 水師営 (旅順の北にある小さな村) にあった建物は、 決して華やかな外交の舞台ではありませんでした。 それは、 激しい砲撃戦の余波で壁が崩れ、 屋根には弾痕が残る、 粗末な一軒の中国農民の土屋 (民家) でした。 部屋の中は薄暗く、 土間の冷気が足元から這い上がってきます。 窓には障子紙の代わりに新聞紙などが貼られ、 隙間風を防いでいました。 部屋の中央には、 どこかから調達してきた簡素な木の机と、 不揃いの椅子が数脚。 暖を取るための火鉢が置かれていましたが、 その熱は、 部屋の冷え切った空気を温めるには到底足りません。 そこにあるのは、 硝煙の匂いと、 土埃、 そして戦争の現実そのものでした。二人の将軍 : 勝者の謙譲と、 敗者の威厳 その薄暗い部屋に、 二人の司令官が姿を現します。 日本側 : 乃木希典大将 勝者である日本軍第3軍司令官。 しかし、 その表情に驕りは一切ありません。 小柄ながら背筋を伸ばし、 端然とした軍服姿。 その目は深く静かで、 長きにわたる激戦の指揮と、この戦いで二人の愛息を失った深い悲しみを、 鋼のような自制心で胸の奥底に沈めていました。 「武士」 としての矜持そのものが服を着ているような佇まいです。 ロシア側 : アナトーリ ・ ステッセル中将 敗者となった旅順要塞司令官。 大柄な体躯には、 長期間の籠城戦による疲労の色が濃く滲んでいました。 しかし、 彼もまた帝政ロシアの軍人としての誇りを捨ててはいません。 敗北の無念さを噛みしめつつも、 毅然とした態度を保とうとしていました。会見の空気 : 静謐な敬意 会見が始まると、 部屋を支配したのは、 張り詰めた緊張感ではなく、 奇妙なほど静謐で、 厳粛な空気でした。 これが後に美談として語られる所以ですが、 乃木大将はステッセル中将に対し、 徹底して 「礼」 を尽くしました。 本来、 降伏する指揮官は武装を解除されるのが常ですが、 乃木はステッセルに 「帯剣」 を許しました。 これは軍人にとって、 相手の名誉を重んじる最大級の敬意表現でした。 通訳を介して言葉が交わされます。 最初は降伏に関する事務的なやり取りがありましたが、 それが終わると、 二人の間には人間同士の対話が生まれました。 互いの軍の勇敢さを讃え合い、 長い戦いの労をねぎらう言葉。 そして、 ステッセルが乃木の二人の息子の戦死に弔意を示すと、 乃木は静かにそれを謝し、 祖国のために命を捧げたことを誇りに思うと語りました。 その瞬間、 部屋の冷たい空気の中で、 国籍も立場も超えた、 同じ地獄を見た 「戦人 (いくさびと) 」 同士にしか分からない共感が、 静かに流れたといいます。結び 粗末な土屋、 凍える寒さ、 質素な机。 外ではまだ多くの将兵が傷つき倒れている現実。 しかし、 その小さな空間だけは、 憎しみではなく、 互いの武勇を認め合う、 静かで気高い精神性 が満ちていました。 それが、 後に文部省唱歌にもなり、 日本人の記憶に刻まれた 「水師営の会見」 の情景です。
January 5, 2026
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1905 (明治38) 年 水師営の会見 行われる。 AI初心者のモノクロームです。 今回は試験的に、 日露戦争のハイライト ・ シーンの一つである【水師営の会見】 の情景を 生成AIツール (Gemini) に叙述して貰いました。 その全文を次頁に掲載します。 ・・・七十の手習い。 年金生活者の気紛れと御了承下さい。
January 5, 2026
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身内からの勧めも有り、 不慣れながら AI作画 なるものを始めてみました。 ・・・巨大な鷲の背に乗ったアメリカライオンの仔が、 巨大なムササビと翼竜の混成軍を蹴散らしている光景。 ・・・と指示を出して、 出来上がった画像がコレです。 壮絶バトルの筈なのに殺伐とした要素は皆無で、 どう見ても、 じゃれ合ってる様にしか見えませんね。 (^_^;) また、、、 ムササビの前脚の本数が可怪しい。 尤もコレはコレで、 牧歌的な興趣が捨て難く、 調和と至福の感情に満たされた世界を織り成しているかの様でも有り、 如何にも新年らしくて良いかナ・・・と思い、 アップする事にしました。 何れにしても、 まだまだ精進が必要な様です。 さて、 最後になりましたが、 皆様の御多幸を心より御祈りして、 新年の挨拶とさせていただきます。
January 4, 2026
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