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3日ほど間が開きましたが、また研修で東京に行ってました、しかもディズニーランドの研修なのでほとんど遊びかと思われますが、意外にしんどい研修で歩き詰めと最終日は京葉線の停電にばっちり遭遇してしまい、バスも大幅に遅れげっそりでした・・・ さて、秋田名物と言えば稲庭うどん、ここは青柳家の中にある食事処で今回注文したのはほんのりピンク色の桜稲庭です!色もさることながら口に入れるとふわっと桜の香りがして咽越しも良く美味しく頂きました。 近くのお土産物屋さんでもりら用のちっっちゃい傘が売っていたのでつい買ってしまいましたが意外といけてるような気がします!もりらの一言「荒波5人男に入れるか?」
2006.09.29
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さて、角館で一番大きな武家屋敷「青柳家」にやってきました。 青柳家は1570年(元亀元年)に当主・青柳和泉守が佐竹義重の側近となって以来、佐竹家に仕えていましたが、1597年(慶長2年)、青柳主水正が佐竹盛重(芦名義勝)に仕えてから芦名家家臣となりました。 1603年(慶長8年)、青柳藤右衛門は芦名義勝にともなって角館入りし、歩行頭(おかちがしら)として60石を与えられた。 芦名家家臣の平均石高が61.4石であったので、中級の位と言えます。 中には当時の生活用具などが展示されており、広い敷地内には、稲庭うどんの店やお土産物屋までありました。 入場するときに大量の団体客に巻き込まれ、すこしげっそりでした・・・もりらの一言「見落とすなよ!ちゃんといるからな!」
2006.09.25
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さて、日も改まりましてやってきましたのはみちのくの小京都と呼ばれる角館です。 ここは、春になると桜が満開になる武家屋敷通りです、今の時期は観光客もそんなには多くなかったのですが、なんというか雰囲気だけでいいなぁと感じてしまう場所です。 もりら用のちっちゃい提灯を買ってみましたが、これが無いと正直どこを写しているのか分からなかったので苦肉の策です・・・ でも、以外に似合っていてよくないですか?もりらの一言「タン塩納めねぇ奴は御用だ!」
2006.09.21
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9/8で紹介した牛タンの店「味太助」の外観です。 しつこいと言われるかも知れませんが、旅の目的はタン塩を食べに行くこと!しかも面白いことに値下げの看板が!雑誌では2200円だった定食も、行ってみたら1700円になっており、これはラッキー!思わず1.5人前平らげました。 さて、次はいつ来れるでしょうか?よ~く味わって食べないとね!もりらの一言「おらのカバンには若干の余裕があるから詰めてくれ!」
2006.09.20
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仙台城(せんだいじょう)は、現在の宮城県仙台市の青葉山にある平山城であり、慶長年間に伊達政宗が築造してから、廃藩置県・廃城令までの約270年に渡り、伊達氏代々の居城であり、仙台藩の政庁でありました。 現在は国指定史跡となっています。 幾度となく、地震などによる損害を受けながらも修復を繰り返し、奥羽越列藩同盟盟主として戊辰戦争を経るも、一度も戦火を見ることなく要塞としての機能を終えて、その後は明治初期から大正にかけてその大半が失われた。 数少ない遺構であった大手門、隅櫓、巽門は戦火に見舞われ焼失した。現在では、宮城県知事公舎正門に移築された城門などがのこるのみであります。 青葉山に位置する事から、青葉城(あおばじょう)という雅称を持つが、一般的に青葉城と呼ばれる事も多く、青葉山は、仙台七崎の一つ「青葉ヶ崎」に由来する。 青葉山にあり、雅称して青葉城(あおばじょう)ともいうが、これは仙台城ができてから生まれた地名で、山と城のどちらが先に「青葉」の名を得たか不明であります。 青葉城は山の上にあり、バスで行かないと非常に厳しいにもかかわらず地図上の距離だけを見て近いから歩けると思ったら大間違い!30度の中本当に倒れそうになりました、おまけに、次のバスまで30分あるから歩いたほうが早い!と言ったら、青葉城手前であえなく抜かれる羽目に・・・2重にくたびれました。もりらの一言「ちょっと影がかっこいいな!!」
2006.09.19
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仙台といえば伊達政宗!ということで向かった先は正宗の眠る「瑞鳳殿」です。 伊達政宗は永禄10年米沢城に生まれ、18歳で伊達家を相続し、その後、岩出山から仙台へと居城を移し、仙台藩祖として伊達62万石を築きました。 寛永13年70歳で生涯を閉じた伊達政宗公の霊屋である瑞鳳殿は、公の遺命によりその翌年経ケ峯に造営されました。 瑞鳳殿は、桃山様式の遺風を伝える豪華絢爛たる廟建築として昭和6年(1931)国宝に指定されましたが、昭和20年の戦災で惜しくも焼失しました。現在の本殿拝殿・涅槃門・御供所(資料館)は、昭和54年に再建されたものです。 二代忠宗、三代綱宗の霊屋もあり、普段は中を見れないようにしているのですが、この日はたまたま工事でペンキを塗っており、そのために扉が開いていて中を見ることが出来ました。 じーっと見ていると、どこから現れたのか、おじいさんが「普段は扉開けていないから、中を見ることは出来ないんだよ、工事していて逆にラッキーだったね」と教えてくれました。 どうやら、ここの関係者の方みたいで扉の向こうには本人の彫像が飾っていました。もりらの一言「おめぇもおらに会えてラッキーだろ!」
2006.09.16
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さて、松島の観光船乗り場の隣には松島のシンボル・五大堂があり、ここは大同2年(807年)、坂上田村麻呂が東征のおり、毘沙門堂を建立したのが最初で、 後に、慈覚大師円仁が円福禅寺(瑞巌寺の前身)を開いた際、「大聖不動明王」を中央に、「東方降三世」、「西方大威徳」、 「南方軍荼利」、「北方金剛夜叉」の五大明王像を安置したことから、五大堂と呼ばれています。 現在の建物は、 伊達政宗公が慶長9年(1604年)に再建したもので、桃山式建築手法の粋をつくして完工したものです。 伝説では、 慈覚大師円仁が五大明王を安置したところ、坂上田村麻呂が祀った毘沙門天は光を発して沖合いの小島に飛び去り、 その島は毘沙門島と言い伝えられています。(国重要文化財) もりらはおみやで貰ったタン塩と一緒におにぎりをほおばっています、きっと小腹が減ったのでしょう。もりらの一言「ちっこいのはおめぇにやる、おらはおっきいほうな!」
2006.09.15
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松島の遊覧船は外海に出ると大きく揺れ、波しぶきがすごく、危うく船酔いになるところでした。 さて、次に訪れたのは国宝瑞巌寺で、ここは天長5年(828年)、慈覚大師円仁によって開創された奥州随一の禅寺で、伊達政宗公の菩提寺です。 正式には臨済宗妙心寺派・松島青龍山瑞巌円福禅寺といい、現在の建物は、慶長14年(1609年)、 政宗公が桃山様式の粋をつくし、5年の歳月をかけて完成させたものです。 建築にあたっては、 諸国から名工130人を集めたほか、建材も熊野山から取り寄せるなど、奥州の覇者としての意気込みが伝わります。 特に唐戸や欄間、あるいは襖や床の間の豪華な絵画は日本の自然美を代表する人工美の極致とされています。 政宗公が心血を注いだ荘厳な大伽藍といえるでしょう。(国宝) 写真は入口で、その奥に過ぎの並木林が凛と並びさわやかな風を運んでくれます。 観光船よりも、なんだか見所があり、結構な時間を使ってしまいました、とにかく面白いお寺と思ったのは久しぶりです。もりらの一言「照明強すぎだぞ!」
2006.09.14
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松島で遊覧船を待っていると、目に飛び込んでくる一際不気味な!?船、「孔雀丸」と書いているものがあります。 ぱっと見「ハト」かと思って近づいたら頭にマチ針の様なものがいくつも刺さっているのでようやく孔雀だと認識できました。 この船実は「日本全国おもしろ観光船」というイベントで見事3位に輝いているからびっくり! ちなみに同1位も同じくここが所有している龍の形をした船「龍鳳」ということですがあいにく見ることは出来ませんでした。 孔雀丸というのは、昔伊達政宗が使った船の名前ということですが、まさかこんな形してたらあっというまに標的になってしまうよなぁ・・・と考えてしまいました。もりらの一言「おまるみてぇだな・・・」
2006.09.13
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タン塩も食べて、お腹もいっぱいになったところで早速観光に行きましょう!やってきたのは、日本三景の一つ「松島」です。 万葉の昔より歌枕として用いられ、みちのくを代表する名勝松島が「宮島」「天橋立」 と並び日本三景の一つと言われたのは1714年ごろ(正徳四)、江戸幕府の儒学者林羅山の三男である林春斎がその著書 「日本国事跡考」において、「日本三処奇観」と記したのに始まります。 俳聖芭蕉が奥州行脚する目的の一つとした松島は、奥の細道の中で「松嶋の月まず心にかかりて」 とありますようによほど気にかかっていたようで、「扶桑第一の好風なり」とそのあまりの美しさに驚嘆し、 絶句したそうです。 また、芭蕉が詠んだ句と言われる「松島やああ松島や松島や」は、後にできた逸説のようです。 現在、このすばらしい景観保持のため、全国のゴルファーの協力により、松の植樹が行われているとのことです。 気温32度!名膳こんなに暑いのでしょうか・・・でももりらは元気いっぱいです!もりらの一言「おみやのタン塩カバンに入りきらなかったから 、キープしてもらってきたぞ!」
2006.09.12
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お待たせしました、1週間ぶりに帰ってきましたが、妻の実家に帰るにあたり、今回の目標でありました仙台に初上陸しました!!もりらにとってみれば仙台はまさにタン塩の聖地!昨日はワクワクして夜も眠れなかったといいますから、じゃあ早速行ってみましょうタン塩屋! 向かったのは終戦からの創業57年の老舗「味 太助」です。 上面はかりっと、中はジューシーな肉汁あふれるこのタン塩はとっても柔らかく、塩味も程よい感じでした、唯一つ付け合せの漬物がしょっぱかった・・・残念!テールスープとかあとは文句なしのおいしさだっただけに悔いが残ります。 でも、もりらはがむしゃらに、半ば半べそかきながら喜んで食べていました! 良かったね!しばらく来れないからたらふく食っとけよ!もりらの一言「ぐすっ・・・うめぇ、うめぇよ!初めておらおめぇらに感謝したぞ!!」
2006.09.08
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