備忘録その 15. Weingut A. J. Adam
A. J. アダム醸造所はドーロン川のほとりにある。去年の秋に訪れた時は工事中だった、祖父が経営していた醸造所の改装が終わり、試飲室も出来上がっていた。場所は脇道の奥にあって少々わかりにくい。脇道に入るところに醸造所名を記した小さい看板があるので、それを見落とさないようにしたい。
数軒の民家に囲まれた中庭のような場所が駐車場で、醸造所の脇は前夜の雨で増水したドーロン川が滔々と流れていた。川といっても、幅
5m
ほどの小川だ。やがてモーゼルに流れ込むこの川に沿って、ドーロナー・ホーフベルクの葡萄畑が広がっている。
試飲室の内装は大方完成していて、西と北向きの窓から澄んだ光が差し込み、ベージュ色の壁に反射して部屋全体が落ち着いた明るさに満ちていた。ワイン用の冷蔵庫は、後から室内の調度にあわせた板を扉につけるため、フレームが剥き出しになっていた。木目の温かな、大きなテーブルが室内の大半を占め、青い染料で絵付けされた 18 世紀風のタイルが、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
以前ブログ (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/diary/201003030000/) にも書いたが、当主のアンドレアスは 2000 年にガイゼンハイム大学に通いながら、廃業して 20 年近く経った祖父の醸造所を再興し、頭角を現してきた。今年 36 歳になる( 2015 年)。我々が訪問したとき、丁度子供が生まれそうなので奥さんの病院に付き添っていると、数年前から兄と一緒に醸造所を切り盛りしている、妹さんのバーバラ・アダムさんが言っていた。

ワインは相変わらず見事なものだった。一つ一つの個性が明瞭で味わい深く、絶妙な甘味が、辛口からファインヘルブのリースリングに深みを与えている。 3.8ha の葡萄畑には耕地整理を免れた樹齢 60 ~ 80 年の古木が多いことも、この醸造所のワインの個性を形作っている。伝統的な棒仕立てで、フーダー樽とステンレスタンクを使い分け、野生酵母で発酵する。 モーゼルの支流ドーロン川沿いの斜面は、奥に行くほどフンスリュックの高原に近づいて気温が下がるため、温暖化の影響で葡萄が熟し易くなった昨今、かつてはデメリットだった冷涼な気候条件がポジティヴな要素になっている。また、土壌も灰色や青色のスレートに鉄分が混じっていたり、結晶片岩 Glimmerschiefer と呼ばれる、地下深部の高圧で変性した片岩や珪岩が混じっていたりする。葡萄畑のポテンシャルは高い。

ドーロン村の他にピースポート村にも畑を持っており、(
2016
年までは)ユリアン・ハールトと共同で会社を設立して「アダム&ハールト」の名前でもワインを造っていたが、エティケットの意匠が
A. J.
アダムと同じなので見分けがつきにくい。しかし醸造はアダムが行い、品質も同レヴェルで葡萄畑の個性の違いも納得出来る。
また、 VDP に倣ってグーツヴァイン ( エステートワイン ) 、オルツヴァイン ( 村名 ) 、ラーゲンヴァイン ( 畑名 ) のヒエラルキーを採用している( 2020 年に VDP 加盟)。この醸造所ではラーゲンヴァインは VDP. グローセス・ゲヴェクスと同格の扱いなのだが、 VDP のメンバーではないので裏ラベルにどこか遠慮がちに「 GG 」と記載し、表ラベルの畑名を金文字にしていた。しかし現在これはやめて、ラーゲンヴァインも他と同じ黒い文字にしてしまったので、どれがどのカテゴリーに入るのかとてもわかりにくい。一体、日本で「ドーロナー Dhroner 」が村名で、「ホーフベルガー Hofberger 」が畑名だなんてわかる人が、どれだけいるだろうか。
このわかりにくさは、できるだけエティケットの意匠をシンプルに、わかりやすくしようという意図もある。 A. J. アダムの表エティケットには醸造所名、生産年と地理的表示の三項目しかなく、とてもシンプルだ。反面、地名を知らなければ品質等級の区別が付けにくい。それでもいい、というのはある意味醸造家の自信の表れかもしれない。「私の顧客はそういうことは承知している」と、トロッケンやハルプトロッケンのエティケット表記を避けて、キャップシールの色で区別させたりしているところは、大抵そう言う。

とはいえ、
A. J.
アダムのリースリングは素晴らしい。
VDP
にいつ加盟してもおかしくない。品質的にはザールのペーター・ラウアーといい勝負ではないかと思う。ラウアーの方がやや上手かもしれないが。ピュアで精緻で気品があり、ミネラリティに富んでいる。モーゼルの辛口系リースリングとして申し分ないと思うし、甘口ももちろん見事だが、カビネット、シュペートレーゼではそれほど抜きん出ている訳でもない気がする。ただ、アウスレーゼ以上の貴腐になると、葡萄畑のポテンシャルと丹念な手仕事が俄然ものを言う。昨年秋に試飲したベーレンアウスレーゼの味は未だに記憶に残っている。
帰り際、セラーの一角にしつらえられた棚の上に、小型のおもちゃのような木製のバスケットプレスがあった。バーバラさんによれば、祖父が兄に子供の頃プレゼントしたものだという。どうやらアンドレアスは、小さい頃から祖父に目をかけられていたようだ。そして祖父には、やがて醸造所を継ぐのは孫かもしれないという思いがあったのかもしれない。
5 時頃に試飲を終えて、その日はもう予定がなかったのでアダムの葡萄畑に立ち寄ろうということになった。ホーフベルクの畑まではものの 3 分もかからない。斜面の途中で車を降りて、そこがアダムの所有する区画かどうかは分からなかったが葡萄畑で写真をとっていると、背後から英語で怒鳴り声が聞こえた。「おーい、そこは俺の所有地だ。おまえら人の畑に勝手に入って何やってんだ!」振り向くと、麓の村の一軒家の二階にあるテラスから、 2, 3 人の男達がこちらを見て、中の一人が叫んでいた。「すいません、写真とってます。いい畑ですね!」と言うと、また同じ事を繰り返した。「勝手に入るな!」と。
ドイツに 13 年住んで、葡萄畑には何度も入って写真をとっているが、怒られたのはたぶんこれが初めてのことだったので、いささかこたえた。ワインのあるところには寛容と愛がある。そう信じていた私はナイーブだったのかもしれない。少々へこみながら畑を後にして、我々は少しばかり悲しい気持ちでトリーアへと向かった。
(つづく)
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