備忘録その 16. Hofgut Falkenstein
トリーアに着いた翌朝は、 9 時からザールのホーフグート・ファルケンシュタイン醸造所のアポがあった。その日は土曜日で、翌日曜から醸造責任者のヨハネス・ヴェーバーは、ニューヨークにワインのプレゼンテーションに行くのだという。小さな醸造所ながら国際的だ。
醸造所はザール川から離れたトリーア寄りの、コンツァー・テールヒェンのなだらかな斜面に囲まれた谷にある。前日訪れたマーリング・ノヴィアントのように、昔はザール川がこの谷間を流れていたのだろう。ホーフグート・ファルケンシュタインは、葡萄畑の斜面の中腹にぽつんと孤立して建っている
1928
年に建築された農場で、もともとトリーアにあるフリードリヒ・ヴィルヘルム・ギムナジウムがワインを醸造していた。しかし醸造がトリーアに移転してからは、ファルケンシュタイナー・ホーフは長い間使われてこなかったという。
ヨハネスの父エーリッヒが醸造所を購入したのは 1985
年、まさにあの不凍液混入事件の年だ。ここから車で 5
分ばかりの、モーゼル川とザール川が合流する町コンツに住んでいたエーリッヒは、農場で働いていた叔母を手伝ううちにワイン造りに魅せられて、ついには醸造家になってしまった。醸造所を引き受けたときの葡萄畑面積は 0.3ha
と猫の額ほど広さだったが、建物も丹念にリストアして、現在はモーゼルの醸造所としては中規模の約 8ha
まで広げている。
リースリング
80%
、ヴァイスブルグンダーとシュペートブルグンダーをそれぞれ
10%
ずつ栽培しているが、大部分が樹齢
40
~
50
年で、中には
60
~
80
年の古木もあり、約
40%
が自根。栽培はビオではない。除草剤も合成肥料も使わないが、銅を含むボルドー液を嫌ってあえて農薬を一種類だけ、ベト病対策に使っている。
葡萄畑の土壌は灰色と青色スレートに、ザール周辺で時折みられる火山性のディアバス Diavas
と呼ばれる緑色がかった石や、赤味を帯びた砂岩も混じっている。畑をほんの 10m
ほど移動すると、土壌の組成がかなり違っていて、それぞれ適した品種を栽培しているそうだ。
セラーは斜面の中腹に堀込まれるように造られており、昔は樽ごとワインを販売して、転がしながら道路脇まで持っていってクレーンで吊して荷馬車の荷台に積んだという、その名残が今も残っていた。何十年も修理しながら使い続けた樽がならぶセラーの上に圧搾所があり、
2012
年産までは伝統的な垂直式のバスケットプレスで圧搾していたが、
2013
年産からはスロヴェニア製のガス圧式圧搾機を使っている。セラーに空調はないが、年間気温は一定している。発酵は野生酵母で行い、出来るだけ手をかけずに醸造し、仕上がったワインはアサンブラージュせずに樽ごとに瓶詰めしている。
ここのワインはとてもクリーンで軽く繊細で、酸とミネラルのキレがある。醸造前に1度亜硫酸で樽を消毒し、瓶詰め前にもう一度加える。真っ直ぐで無駄のないピュアな味わいで、畑の個性も良く出ている。冷涼な気候なので果汁の pH
値が高く、放っておいても乳酸発酵は起こらないそうだ。
ここのワインはやや甘味が残っていたほうが、酸味とのバランスが生きてくる。
2014
年産のニーダーメニガー・ヘレンベルクのリースリング・シュペートレーゼ・ファインヘルプには、樽番号
2
と樽番号
3
の二種類あって、樽番号
3
は熟した柑橘が華やかな香味がたっぷり、ゆったりと口中に広がり、樽番号
2
はしなやかで軽く繊細で、スレートの香りが余韻に残り上品だった。それぞれの個性がはっきり表現されている。シュペートブルグンダーは
2013
は売り切れで、
2014
を樽試飲した。赤いベリーに香草の混じる繊細で軽やかな味わいで、いかにもドイツの赤、昔ながらのドイツの赤の良いところ-ピュアでフルーティな味わい-が好ましい。ビュルテンベルクの赤にも少し似ている。
この醸造所のある建物は、実は 2014 年の 12 月に火災で深刻な損傷を受けた。中央部分の二階にはトリーア大学で中世史を教えていて退職した教授の図書室があったが、そこから恐らく漏電で出火し、蔵書は灰燼に帰してしまった。それからどうなっていたかずっと気になっていた-フランツ・イルジーグラー教授は中世のワインに関しては第一人者だから-のだが、建物は再建が始まり、教授は時々庭仕事をしているのを見かけると聞いて、少しほっとした。
(つづく)
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