PR
Calendar
Freepage List
Comments
Keyword Search
◯本文より
あと何日生きられるんだろう、と夫がふいに沈黙を破って言った。/「……もう手だてがなくなっちゃったな」/私は黙っていた。黙ったまま、目をふせて、湯気のたつカップラーメンをすすり続けた。/この人はもうじき死ぬんだ、もう助からないんだ、と思うと、気が狂いそうだった。(「あの日のカップラーメン」)*余命を意識し始めた夫は、毎日、惜しむように外の風景を眺め、愛でていた。野鳥の鳴き声に耳をすませ、庭に咲く季節の山野草をスマートフォンのカメラで撮影し続けた。/彼は言った。こういうものとの別れが、一番つらい、と。(「バーチャルな死、現実の死」)* たかがパンツのゴム一本、どうしてすぐにつけ替えてやれなかったのだろう、と思う。どれほど煩わしくても、どんな忙しい時でも、三十分もあればできたはずだった。/家族や伴侶を失った世界中の誰もが、様々な小さなことで、例外なく悔やんでいる。同様に私も悔やむ。(「悔やむ」)*昨年の年明け、衰弱が始まった夫を前にした主治医から「残念ですが」と言われた。「桜の花の咲くころまで、でしょう」と。/以来、私は桜の花が嫌いになった。見るのが怖かった。(「桜の咲くころまで」)*元気だったころ、派手な喧嘩を繰り返した。別れよう、と本気で口にしたことは数知れない。でも別れなかった。たぶん、互いに別れられなかったのだ。/夫婦愛、相性の善し悪し、といったこととは無関係である。私たちは互いが互いの「かたわれ」だった。(「かたわれ」)
「年をとったおまえを見たかった。見られないとわかると残念だな」作家夫婦は病と死に向きあい、どのように過ごしたのか。残された著者は過去の記憶の不意うちに苦しみ、その後を生き抜く。心の底から生きることを励ます喪失エッセイ52編。
梟が鳴く/百年も千年も/猫たち/音楽/哀しみがたまる場所/作家が二人/不思議なこと/夜の爪切り/光と化して/降り積もる記憶/最後の晩餐/猫のしっぽ/生命あるものたち/喪うということ/あの日のカップラーメン/金木犀/それぞれの哀しみ/Without You/先人たち/亡き人の書斎/蜜のような記憶/三島と太宰/夢のお告げ/喪失という名の皮膜/春風/バーチャルな死、現実の死/受難と情熱/雪女/愛情表現/母の手、私の手/繭にこもる/祈り/お別れ会/折々のママゴト/シャルル・アズナブール/抱きしめ、抱きしめられたい/悔やむ/桜の咲くころまで/愛さずにはいられない/思春期は続く/動物病院にて/墓場まで/内線電話/もういいよ/残された時間/静かな死顔/バード・セメタリー/つながらない時間/神にすがる/かたわれ
世界99/村田 沙耶香 2025.12.23
列/中村 文則 2025.12.21
シーソーモンスター/伊坂 幸太郎 2025.12.13